かくも日常的な物語   作:満足な愚者

19 / 42
他サイト様の方で投稿している方にてこの作品は二次創作ではないという意見をいただきました。アイドルマスターという二次創作にすることで読者を釣るためのエサではないかということでした。

確かにオリジナル要素が強すぎるのは分かっていますので、ハーメルン様においても、オリジナル小説にしていてタグとしてアイマス微クロスとしようか考えております。

二次創作の範囲がどこまでなのか不明なために誰か意見をくれるとありがたいです。


第二話 その13

三階以下と打って変わり、四階には部屋数こそ多いものの使われている部室は少ないようだった。プレートの見える数がぼちぼちといったところだ。数こそ少ないが三階と同じくインパクトはとても強い部活がちらほら。白魔法実行会、天使を捕獲しようの団など。もはや何をやっているのか名前だけでは決して分からない部活だ。

にしても、よく学校側もこんな部活を承認したものだ。俺たちの部活もどちらかと言えばそちら側だったが、少なくとも俺たちは部室を得るために一応それらしいことを外面上はやっていた。

 

まぁ、よくある頭がいい学校ほど校則が緩い法則があるのかもしれない。とりあえずは四階にある部室を全て確認してから行く場所を決めることとなった。俺的には白魔法実行会に是非とも行ってみたい気持ちがあるが、さっきわがままを言ったしもう一度言うのも気が引ける。全て見て回って行く場所が決め切れていないようなら提案してみようと思う。

 

四階の端から端まで廊下を歩く。ちょうど向かい側の端まであと4、5mといったところ、一番端の部室から2個ほど隣の部室を通り過ぎようとした時、何のデジャブか中から声が聞こえてきた。

 

「くっそー! 何で勝てねーんだよ!」

 

その声ともに何かを投げたような鈍い音。

 

「ちょっと、負けたからっていちいちコントローラー投げないでよ。みっともないでしょ」

 

「だあああああああ! うるせー、ここまで勝てないなんて、お前、何かチート使ってんじゃねぇだろうな?」

 

「はぁ……。そんな筈はないでしょ……。貴方が弱いだけよ。認めないよ」

 

「くっそー! ムカつく!もう一回勝負しろ!」

 

「たっく……。いい加減諦めなさいよ……」

 

「うるせぇよ。勝負は諦めたら終わりなんだぜ」

 

人生において流れというものがあるのかないのか、それは分からないが、少なくとも今日に限っていえば、ヒロトと出会ってから今までの出来事は流れそのものと言っていいのかもしれない。

 

「あれ? 兄さんこの声って……」

 

「あいつ、ここにいたのか……」

 

「ふむ、ヤツの性格からして運動場か体育館あたりにいるものと思っていたが」

 

「あれ、この声って……?」

 

真、ヒロト、SSKは勿論のこと雪歩ちゃんも気づいたみたいだ。上を向けばゲーム研究会の文字プレート。ゲーム研究会ではないが、中央高校にもゲーム部という部活はあった。表向きは、日本の古き遊びから新しい遊びまでをする部活という名目だったが、実際にはTVゲームをするだけの部活となっていた。このゲーム部と俺たちの部活は因縁というか縁が強く、何かとぶつかったり、協力したりしたもんだ。特に文化祭の時には毎年のようにゲーム部に4人で乗り込みに行ったっけな。

 

四人の視線を受け、扉に一番近い位置にいる俺が代表してドアノブを捻る。少し冷んやりとしたドアノブはガチャリと一つ金属音を鳴らす。そして扉が開かれる。

 

扉の向こう、部屋の中はゴチャゴチャしているというほどではないが、片付いているとも言えなかった。中央には長机が一つ。その周りには無造作におかれたパイプ椅子が6つ。そして何故か机の上には黒い布と同じように黒いトンガリ帽子。扉から対になるよう部屋の隅には机が一つ。その上には今時珍しい大きめの銀縁のブラウン管テレビが目に入る。

 

そしてその前に置かれている二つのパイプ椅子の右側には予想と同じく紅の艶のある髪が見えた。赤の彼女は扉から背を向けるような形でダラリと座ってテレビ画面を見つめる。テレビ画面には有名な野球ゲームのスコア。5-3。しっかりと勝者と敗者を示していた。さっきの会話から察するに彼女は負けたようだ。そんな赤のよこには、彼女と同じように一人の少女がこちらに背を向けて座っていた。真っ黒の髪はセミロングに伸びミズキ同様にクセのない艶のある綺麗なものだった。背中はは、ピンと張っており、赤の彼女が横でだらしなく座っている分、その姿勢の良さが目立った。部屋の中には、その二人しかいなかった。

 

二人とも、物音に気づいたのか同時にこちらを向く。

 

「ん。よう、お前ら久しぶりだな」

 

「ミズキさん! こんにちわ」

 

「よう、真。今日も元気だな」

 

「えへへ、元気だけが取り柄ですから!」

 

くせ毛をピコピコさせながら言う真。

 

「ミズキ、ここにいたのか……」

 

「よう、色男、そしてSSK。お前らどうしてこいつと一緒にいるんだ?」

 

そう言って俺を見るミズキ。

 

「あぁ、ミズキ達と離れた後に体育館に行ってね。その時に出会って、それで一緒に回ってるよ」

 

「俺も似たようなものだ。人混みを避けて、ここの三階で麻雀を打っている時に会ってな、ついさっきから一緒に回っているといったところだ」

 

ヒロトは笑顔を絶やさず。SSKは淡々と、お互いにいつも通り答える。

 

「おっと、そこにいるのは雪歩だったよな」

 

「あ、はい、昨日お会いした萩原雪歩と言います……」

 

少しオドオドした感じで答える雪歩ちゃん。ミズキの雰囲気とか態度がヤンキーとか不良とか言われるそれに近いから雪歩ちゃんが緊張する気持ちも分かる。

 

「はははは、そんなに緊張するなって、別にとって食ったりしねぇから」

 

「はい……」

 

余計に困らせているようにしか見えないが、大丈夫だろうか?

 

「今年は珍しく、人がたくさん来るなと思ったら、貴方の知り合いだったのね」

 

その時始めて黒色の彼女が口を開いた。ミズキとは真逆の凛とした鈴のような音色だった。目はパッチリと大きく、整った容姿だ。彼女は一呼吸おいた後に続ける。

 

「まぁいいわ、ゲーム研究会の会長としてあなた達を歓迎するわ」

 

どうやら一応は歓迎されているようだ。

 

「それでミズキは何でここにいるんだ?」

 

気になることを聞いてみる。

 

「あぁ、女子高生の波というか人ごみが何処に行っても襲ってくるもんでな。はぐれて最初は良かったんだが段々とイライラし始めてな。サインは頼まれるわ、写真はお願いされるわでまともに回れねぇしな。それで鬱陶しくなってここまで着たってわけだ」

 

どこの有名人だよ、と言うのは無粋だろうか。ミズキだから、その一言で終わるのは俺たちが一番知っている。

 

「でも、お前の赤髪は目立つだろうに」

 

ミズキ髪はそこらの街中にあるような色では決してない。

 

「あぁ、ちょうど運動場でコスプレ大会が昨日のステージであってな。そこから少しだけ衣装を拝借してきたって訳だ」

 

「いきなり魔女コスした女が入ってきた時には何事かと思ったわね」

 

なるほど、長机の上に置かれている黒い布とトンガリ帽子の訳はそういうことだったか。黒い布はさしずめマントといったところだろう。

 

「ん、どうした? もしかして俺のコスプレを見たかったのか?」

 

そういいながらニヤニヤと笑うミズキ。

 

ミズキのコスプレか……。正直に言えば見たかった。だって美人だもんな。でも、マントとトンガリ帽子だけでコスプレと言えるのだろうか。まぁ、それは人の考え次第ということだろう。

 

「まぁ、見たかっと言えば見たかったよ。美人だしねミズキ」

 

ここは正直に言う。

 

「そ、そうか、もしお前がどうしてもっていうのなら見せてやらんこともないぞ、うん」

 

少しだけ顔が赤い。照れるなら言わなきゃいいのに。

 

「へぇ、じゃあ俺も是非とも見せて欲しいね」

 

ヒロトが続く。

 

「はぁ? 何言ってんだプレイボーイ。お前にゃ、頼めばコスプレの100回や1000回苦もなくやってくれる女の子が五万といるだろう」

 

まぁ、ヒロトなら本気でいそうな気がする。この女子高での人気も凄かったし、大学での人気も言うまでもないくらい凄いしな。

 

「……ははははは……はは……」

 

苦笑いで返すヒロト。

 

「兄さん、コスプレが見たいの? なら僕がしてあげるよ?」

 

真が首を少しだけ傾げながらこちらを見る。何か勘違いをしているみたいだ。真のコスプレも見たいと言えば見たいが、妹にコスプレを見せてと頼むのは嫌だ。それに妹にコスプレを強要した兄などというレッテルを貼られようものなら色々な意味で死ねる自信がある。

 

「いや……コスプレが見たいと言うよりもだな……」

 

「じゃあ、ミズキさんは美人だからコスプレが見たいの?」

 

「いや、真も美人だよ」

 

「えへへ。美人かー」

 

ニコニコ笑顔で言う。コロコロと顔色の変化が激しい妹だ。

 

「それで、ミズキは何をしていたんだ?」

 

「見ての通りゲームだよ」

 

「一回も私に勝てないけどね」

 

ゲーム研究会の会長さんがうふふ、と微笑む。

 

「うるせぇよ。俺が得意なゲームなら負けねぇんだよ!」

 

「パズルゲーム、サッカーゲーム、テトリス、テニスゲーム、スマブラ、FPS、野球ゲーム……。これだけのゲームで負けてきたのに、まだそんなことを言うのかしら?」

 

ミズキそこまで負けてたのか……。そういえば高校時代からゲームは人並みだったな。それで文化祭の時とかはゲーム部の奴らに負けてイライラしてたな。高校の時と違って威圧的な雰囲気が軽減している分、丸くなったというか穏やかになったと言えるだろう。

 

「くっ……」

 

ミズキもどうやら言い返せないみたいだ。

 

「ミズキさんは何でここまでこだわっているの?」

 

真の問いに答えのはミズキではなくゲーム研究会の会長さんだった。

 

「どうにも、ゲームで勝った時の景品が欲しいみたいなのよ。ほら、そこの棚の上にある」

 

そう指差す先には三つの人形があった。アザラシの人形、パンダの人形、それと少し前に流行ったキャラクターの人形だった。ん? あのキャラクターって……。

 

「いや、何言ってんだお前、別に人形が欲しいんじゃなくてなお前に勝ちたいんだよ」

 

焦った声で話すミズキ。

 

「ふーん、そう……」

 

会長さんが面白そうに目を細める。久しぶりにこんなミズキを見たな。

 

「よっしゃ、もう一戦やろうぜ、会長さんよ」

 

「うーん、それはいいけど……」

 

そう言って腕時計で時間を確認した後に続ける。

 

「時間的にあと一回が限界かしら……」

 

窓からは赤い光が差してきている。確かにもうそろそろ一般公開は終了する時間だ。

 

「最後か……」

 

ミズキは腕を組み。二、三秒目を閉じ、開ける。

 

「よし、じゃあお前が一番得意なゲームでやろうか!」

 

何ともミズキらしい提案である。これだけ負けて来たのに関わらず一番得意なゲームで勝負するとは流石だ。俺には真似できない。

 

「あなた……ここまで負け続けたのに本当にいいの?」

 

「あぁ、構わないさ」

 

「そう……。少しマニアックなゲームになるけどいいかしら?」

 

マニアックなゲームって何だろうな。最近のゲームはあまりやっていないし、詳しくない。

 

「あぁ、構わねぇよ」

 

ミズキは笑いながら答える。

 

「そう、なら……。何を選んでも文句言わないでよ」

 

会長さんはイスから立つと、ピンとした姿勢を崩すことなく、立ち上がると、人形が置いてある棚へと向かう。棚には多くの本やゲームが所狭しと並べられている。

 

その中から一つのパッケージを取り出す。緑色の最新のゲーム機から二つほど前のゲームディスクだった。

 

 

 

「……ん? あのゲームって」

 

とミズキ。

 

「まさか、ここで見ることになるとは……」

 

とSSK。

 

「へぇ……、懐かしいね」

 

とヒロト。

 

どうやらみんなも覚えていたようだ。俺が唯一このメンバーの中で一番上手いゲームを。

少しだけ話が変わるが、俺が高校時代にやり混んでいた格闘ゲームの話を覚えているだろうか。 暇つぶしに始めたものだが、やり混んでいくうちにレベルMAXのコンピュータにノーダメージで勝てるようになったというやつだ。そのゲームというのが不人気と操作の複雑性からマニアックゲーム認定されてやっている人も少なかった。何とも不思議な話であるが今ではもう世代遅れで見なくなったそのゲームこそが、今ゲーム研究会の会長がもっている緑色のパッケージなのだ。正直に言ってもう見る機会があるとは思わなかった。やっている人間少ないし無名だしね。俺も高校時代の文化祭以来だ。だからこそ俺も年に一度ゲーム部の奴らに披露する機会しかなかったわけだけど。なんとも奇妙な縁である。

 

「ねぇ、会長さん。景品って会長さんに勝てば誰でももらえるの?」

 

とりあえず、これだけは聞いておかないといけない。

 

「えぇ、誰でもいいわよ。もちろん」

 

「そうか、じゃあミズキ、そこにいる赤髪の彼女の変わりに俺がやってもいいかな?」

 

「おい、なに言ってんだ。この勝負は俺のもんだぞ」

 

ミズキが横から言ってくる。

 

「まぁ、たまにはいいじゃないか。ミズキはさっきまでゲームしていたんだろ? 俺もしたい気分でさ。頼むよ、ミズキ」

 

「うーん、確かにそういわれるとさっきまで散々やっていたしな。OK、代わりにやってもいいぜ。ただし、負けるなよ」

 

しぶしぶといった様子で立ち上がるミズキ。

 

「それじゃあ、会長さん。代打で俺が変わりにそのゲームをやるよ」

 

「あなたこのゲーム知ってるの? 結構難しいわよ」

 

「まぁ、少しかじった程度にはやったから大丈夫だよ」

 

「そう、じゃあ私も本気でやるわね」

 

凛とした声で話す会長さん。全力で勝負は臨むところである。

 

今ではほとんど見なくなった三世代まえほどのゲーム機にディスクを入れて原電をつける。懐かしく見慣れた映像が流れ始める。今日と昨日といい場面がなかったし、ここで一つ見せておきたいところだ。男はいつだって意地っ張りで格好をつけたがる生き物なのだ。それにミズキを失望させたくはない。期待にこたえられる程度には頑張ろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は、楽しかったー!ありがとう雪歩!」

 

夕暮れに包まれる校門前、真は右手にアザラシのぬいぐるみを持ちながら、うーんと一つ伸びをすると雪歩ちゃんに向かっていう。何でも生徒は今から文化祭の軽い片付けがあるそうだ。一般公開を終える時間になったために帰る俺たちを雪歩ちゃんは校門まで見送りに着てくれていた。

 

「ありがとう、真ちゃん。私も今日はいっぱいの人と回れて楽しかったよ」

 

赤い光の中ニコリと笑って話す雪歩ちゃん。

 

「俺からも礼を言うよ。ありがとう雪歩ちゃん、案内助かったよ」

 

「いえいえ、お兄さんと回れて私も楽しかったですぅ。それに人形もありがとうございます。大切にしますね」

 

そう言いながらぎゅっと胸にデフォルトされたパンダの人形を抱える雪歩ちゃん。とても可愛らしい。妹が一人増えたような感覚だ。

その時、校舎のほうからチャイムの甲高い音が聞こえてきた。チャイムはどこの学校にもあるよな普通の音だった。

 

「あっ、もうすぐホームルーム始まっちゃう。ごめんね、真ちゃん、お兄さん、そして皆さん、教室にもどります」

 

「うん。ばいばい雪歩、また明日ー」

 

「それじゃあ、また家にでもあぞびに来てよ」

 

「ありがとう。今日は楽しかったよ」

 

「ふむ、少しの間だったが一緒に回ってくれたこと感謝する」

 

「じゃあな。雪歩、また会えたらよろしく」

 

各自おのおの雪歩ちゃんに声をかける。雪歩ちゃんは、それではまたと少し小走りで校舎へと消えていった。

 

「よし! じゃあ俺らも帰りますか!」

 

雪歩ちゃんが見えなくなったあと、ミズキが口を開く。

 

「そうだな。ヒロトと俺はバスだが、姫たちはどうやって来たんだ?」

 

「僕と兄さんは電車で来たよ」

 

ヒロトとSSKはバスなのか。たしかバス停は駅から逆のはず。

 

「じゃあ、ここで解散とするか」

 

「そうだな、そうしようか」

 

「それで問題ねぇよ」

 

俺の提案にヒロトとミズキが答える。

 

「ミズキさんはどうやってここまで来たんですか?」

 

「あぁ、バイクで来たよ。駅前の駐輪場に止めてるけどな。流石に今日はバイク置き場を確保できなったしな」

 

「じゃあ、僕たちと同じ方面ですね!」

 

「そうだな、よしそれじゃあ行くか……。ここにいてもしょうがないしな」

 

「あぁ、また学校で会おう」

 

「じゃあな、ミズキに真ちゃんにリーダー。また」

 

SSKとヒロトが言う。SSKは淡々とヒロトは笑顔で。

 

「おう、また学校でな」

 

「Sさんもヒロトさんも今日は楽しかったです!」

 

「ヒロトもSSKも学校でまた」

 

校門の前で手を振って分かれる。なんだか高校時代に戻ったみたいだった。だけどあの時とは色々と決定的に違ったのは、四人とも分かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん、僕さきに上に行ってるよ! それじゃミズキさん、今日はありがとうございました。あと、昨日言ったツーリング忘れないでくださいね!」

 

「おう、お疲れ。ツーリングの件は忘れないから安心しろ」

 

南女子の校門から駅までは歩いて5分といったところだった。その間ミズキと真は楽しそうに雑談に花を咲かせていた。ミズキのとこに真が空手を教えてもらいに行くのをやめてから会う機会がすくなっていたけど、中のよさは昔と同じようだった。仲がいいことはいいことである。俺はそんな二人の会話に相槌を打っていた。女子の会話に混ざる勇気はない。二人とも男っぽいけど。駅についてすぐ真はそんなことを行って階段を上って先に行ってしまった。大方トイレか何かだと思う。

 

ミズキは駅前の駐輪場に止めてあったバイクにまたがる。昨日二人乗りしたバイクだ。

 

「ミズキ……」

 

 

彼女の名前を呼ぶ。

 

「ん、どうした?」

 

ヘルメットを抱えて答えるミズキ。

 

「これやるよ」

 

そういって手に持っていた人形を投げる。

 

「だから俺は人形がほしかったんじゃないって言っただろ?」

 

「まぁ、貰っといてくれないか。俺が持っていてもどうしようもないしな」

 

「そうか……。お前がそこまで言うのなら貰っておいてやるよ」

 

赤い逆行の中で彼女は微笑む。少し顔が赤くなっているのは夕日のせいだろう。

 

「覚えているか? この人形は……」

 

「もちろん覚えているよ。高校のときにゲーセンのUFOキャッチャーでとってミズキにあげたキャラクターと同じものだね」

 

「そうか、覚えていたか。お前にしてはいい記憶力だ」

 

ははははは、と笑ったあと、彼女は背中にからっているカバンにぬいぐるみを入れる。

 

そしてフルフェイスの黒いヘルメットをかぶり、エンジンを入れる。重低音があたりに響く。

 

「それじゃあ、また学校で会おう」

 

くぐもった声が言う。

 

「あぁ、また会おう」

 

重低音に負けないように少し大きな声で言う。バイクは俺に背を向けるとゆっくりと加速する。

 

さて、真を待たせるとどやされるかもしれないな。少しばかり急いで上にあがろう。俺は赤い赤い夕日の中、低いエンジン音を背に駅の階段を上るのだった。

 

明日もいい天気になりそうだ。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。