かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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第二話 その9

体育館は特別棟の中でもとりわけにぎわっていた。やはりと言うべきかこの学校の体育館は大きかった。特別棟の4,5階部分の大半をぶち抜いて作ってあるそこは、そんじゃそこらの体育館よりも綺麗で横に長かった。端から端までで50m走のタイムでも計れるかもしれない。ようはそういう風に思うくらい広かった。二階というか校舎の5階部分には観客席までついているし。なんだよ本当この学校。

 

そんな体育館に入ると最初に人口密度の多さに驚いた。特別棟に入ったときは運動場や一般棟に比べるとましだと思っていたが、ここ体育館に限りは運動場に引けをとらないくらいの人口密度があった。そのほとんどが体育館の一点、中央付近に集中している。何かあるのかな。

 

目が悪くてよく見えない。最近視力落ちてきたんだよね。元々もむちゃくちゃ悪いのにこれ以上落ちるのは勘弁してほしい。コンタクトの度を変えるのもメガネの度を変えるのもただじゃないんだ。

 

真はそんな仲何かを見つけたようだった。

 

「あっ! ヒロトさん!」

 

そういうと中央の人だかりまで走っていく。

 

ヒロト? 確かに女の子が集まっている場所の中心にぼんやりと背が高い茶色髪が見える。

 

なるほど、これで納得が言った。あいつがいるのか。

 

つまりこの女子高生の人だかりはヒロト目当ての女子高生というわけだ。

 

「あっ、真ちゃんいっちゃった……。お兄さん、ヒロトさんって昨日の方ですよね?」

 

「うん。昨日話したていたと思うけど、俺と一緒に演奏してたヒロトだよ」

 

俺にはぼんやりとしか見えないけど目がいい真が言うんだ。間違えないだろう。

 

そんなことを話している内に真は人並みを掻き分けて中央へと進んでいった。

 

ヒロトらしい人がこちらを見ると手を挙げながら近づいてくる。どうやらヒロトで間違いないみたいだ。

 

それと同時に周りを囲んでいた女子高生たちも一斉にこちらに注目、近づく。格好もバスケットのユニフォームやバレーボールのユニフォームに制服姿などバリエーションも豊富である。やめてほしい本当に……。注目されるのは苦手なんだ。

 

「やぁ、来ているのは知っていたけど、こんなところで会うとはね。それと昨日会ったね。雪歩ちゃん。こんにちわ」

 

軽く手を挙げて笑顔で言う。キャーかっこいい! とか回りから聞こえてくる。恨めしい。首には俺と同じように通行証明書をぶら下げている。格好は白のシャッツに黒のチノパン。ラフな格好なのにそれがおしゃれに見えるのはイケメン補正というものだろうか? 少しでいいから分けてほしい。

 

「あぁ、まさかヒロトが来ているとは思わなかったよ」

 

「あっ、はい。こんにちわ。ヒロトさん」

 

雪歩ちゃんが少しぎこちない笑顔で挨拶を返す。羨ましい。俺なんて挨拶を雪歩ちゃんとちゃんとできるようになるまで3,4回かかったというのにこのイケメンは二回でそれをするか。というか昨日も雪歩ちゃんと話していたみたいだし。凄いよな……。

 

「そういえば、ヒロトが来ているってことは他の二人も来ているのか?」

 

他の二人とは言うまでもなく、SSKとミズキである。

 

「あぁ、実は一緒に二人とも来てたんだがいつの間にかはぐれてね。連絡を取ろうにも携帯は充電切れてて……。まぁ充電があっても連絡とらないと思うけど」

 

苦笑いで携帯を真っ黒の画面になったスマートフォンを取り出す。

 

「ということはミズキもSSKも来ているのか……。俺たちは見てないけど……」

 

「えぇー! ミズキさんもSさんも来ているんですか!」

 

見てないなら入れ違いになった可能性が高いな。何よりもこれだけ広い学校だし会わなくても何ら不思議じゃない。

 

「ところで君たちは体育館に何をしに来たんだい?」

 

「真の要望でね。体育館なら真がすきそうなものが多そうだろ?」

 

「確かに真ちゃんには似合ってるね」

 

「そうだそうだ! ヒロトさんも何か一緒にしませんか?」

 

「それは全然かまわないけど、雪歩ちゃんは大丈夫?」

 

「え!? 私ですか」

 

いきなり話題を振られた雪歩ちゃんが少しあわてて返す。

 

「うん、Sから男の人が苦手だと聞いてね」

 

「はい、大丈夫ですぅ。昨日も話せましたしぃ」

 

俺が努力して会話まで辿りついたというのに、こいつは初対面で会話出来るまでになっただと……。やはりイケメンは敵だ。モテない男子の敵で間違いない。

 

「そう、それは良かった。じゃあ何をやるの真ちゃん?」

 

「うーん。何をしようか……」

 

そういってパンフレットをみる真。確かにこれだけ広い体育館がやれることも色々とありそうだ。

 

「そういえばヒロトは何か体育館でやったの?」

 

「いやー、やろうと思ったんだけどすぐに囲まれちゃって……」

 

苦笑いで言う。自慢かよ、自慢なんだな! 羨ましい。女子高生に囲まれたいとは思わないけど、緊張してぶっ倒れそうだし。でもモテタイとは思う。俺だってそれくらいの願望はある。

 

「うーん。これもあれも捨てがたいなぁ」

 

真はパンフレットとにらめっこしている。

 

「じゃあ真ちゃん、決めかねているなら最初は俺がやりたかったことでいい?」

 

「そうですね! どれも捨てがたいんで最初はヒロトさんがやりたい種目でいいですよ」

 

「雪歩ちゃんはそれでいい?」

 

「はい、でも……。私運動苦手ですし、見ているだけでもいいですか?」

 

雪歩ちゃんは観戦か。運動は苦手らしいし、そういう選択肢もありだと思う。

 

「それは全然構わないよ。誰にだって苦手なことや嫌いなことはあるさ」

 

優しいというか思いやりがあるというか……。だからヒロトはもてるんだろうな。

 

顔がいいだけじゃなくて気配りもできるから。

 

「じゃあ、俺も見ているだけでいいか?」

 

いくらなんでも一人だけで見ているのはかわいそうだろう。

 

「えー、兄さん釣れないよ! 一緒にしようよ!」

 

「そういえば君と何かスポーツするのは久しぶりだったし是非やりたいね」

 

「お兄さん、私のことは気にせずにやってください。その、私もお兄さんの運動するところ見たいです!」

 

三者ともにこのリアクションである。どうやらやらないといけない流れらしい。やっぱり参加しないといけないみたいだ。これは断れない。雪歩ちゃんの期待を裏切るわけにはいかないしね。少しばかり無様でもやろうか。

 

「そこまで言われたらやるけど……。一体なにをやるんだ、ヒロト?」

 

「さすが兄さん!」

 

この笑顔のためにやっているといっても過言ではない。

 

「あぁ、それはこれさ」

 

そう言いながらヒロトは微笑む。

 

 

 

 

ピカピカにワックスが聞いた体育館は廊下とよろしく高い天井にぶら下がった大きな蛍光灯の光を反射して輝いてる。高体連やインターハイの県予選にでも使えそうなくらい綺麗な体育館だった。

 

そんな体育館で今俺の目の前にあるのは、地面から290cmの高さで天井からぶら下がっている一枚の透明な板。その板には赤い枠のカゴが一つ。下を見れば白い丸い円やら直線やらが幾何学模様を描いていた。

 

ヒロトがやりたかったことは日本で言うところの籠の球と書いて籠球。英語でバスケットボールと呼ばれる競技だった。何ともヒロトらしいことだ。まぁバスケットボールといってもフリースローだけど。流石にバスケの試合まではやってない。文化祭だしね。色々な文化祭の部活が共同でやってるスタンプラリーみたいなやつの一種目だ。全部スタンプを集めるとなにか景品をもらえるらしい。ちなみにこの女子バスケ部のフリースローでは全部取ると景品としてジュース4本貰えるとか。

 

真はやる気満々にバスケットボールでドリブルしているし、ヒロトはヒロトで人差し指の上でバスケットボールをクルクルと回している。元バスケ部ってよくあれやるよな。俺も中学高校の時は体育のバスケそっちのけで練習したもんだ。上手くは出来なかったけど。

 

「なぁ、普通にフリースローやったんじゃ面白くないだろ。ここは一つ賭けをしないか?」

 

「は? 何を言ってんだ。勝てるはずないだろ。俺が」

 

やつは何を言ってんだろ。中学時代に全国大会にいった人間と勝負して勝てるはずがない。それに真にしたって運動神経が異常なくらいいい。どう考えたって勝てない。

 

「そうだね。じゃあハンデをつけよう。君と真ちゃんは兄妹でチームでいいよ。そして、フリースローラインから投げる。それで僕は一人で3ポイントラインから投げることにしよう。つまり君たちは僕の倍の球を投げれるわけだ」

 

「おっ! ヒロトさん言ったねー! 僕と兄さんのコンビは強いよー!」

 

俺が何かいう前に真が話す。確かにこれなら妥当なハンデだろ。フリースローという妨害もない競技だし真だけで下手すると勝負が決まってしまうかもしれない。

 

「で、何を賭けるんだ?」

 

彼は俺の問いかけに対して、そうだね……、と少し考える。そして何かを思いついたのか顔を上げた。

 

「じゃあ、負けたほうは勝ったほうのいうことを一つ聞くって言うことでどうだい。二人が勝ったら僕に一つずつお願いをできる。逆に俺が勝ったら二人に一つずつお願いをできる。どうだろう?」

 

「にひひ。言ったね! ヒロトさん! よし、兄さん! 僕たちの力をヒロトさんに見せてつけようよ!」

またもや何か言う前に真が口だす。まぁ別に真の機嫌がよければどんな賭けでもいいんだけど……。

 

「あぁ、そうだな……」

 

機嫌が良い真に押されて俺はそんなことしか言えなかった。

 

「おっと、これは怖い。ハンデをつけすぎたかな?」

 

そんな俺と真の様子をみてヒロトは人の良い笑みを浮かべるのだった。

 

世界はとくもかくにも平和である。

 


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