かくも日常的な物語   作:満足な愚者

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第二話 その5

ドクン。ドクン。

 

鼓動が聞こえる。二枚目のカーテン裏はすぐにステージだった。

 

準備はすぐに終わった。それが、10分だったのか、1分だったのか、はたまた5分なのか。

 

ボーッとしていた俺にはただ早く準備が終わったことしか分からない。

 

「皆さん、準備の方はよろしいですか?」

 

生徒会長の声が後ろから聞こえる。

 

どうやらカーテンを隔てたところにいるみたいだ。

 

「いつでもいいぞ」

 

「俺も同じだ」

 

SSKもヒロトも準備は万端なようだ。

 

「大丈夫か、お前?」

 

さすがだ。俺みたいなもんだろうな。この中で緊張してるやつなんて。

 

ドクン。ドクン。

 

また鼓動が大きくなる。

 

「おいっ! 聞いてるのか?」

 

もうすぐ演奏だ。あと少し。

 

あと少し。

 

あれ?

 

ギターってどうやって演奏するんだっけ?

 

この持ち方でいいんだっけ?

 

何で演奏とかしてるんだっけ?

 

ん?

 

そもそも、俺は何でここにいるんだ?

 

「いい加減にしろ!!」

 

ドコッ。

 

鈍い音。鈍い痛み。脇腹が痛い。

 

「うっ……」

 

口から息が漏れる。

 

「お前、大丈夫か?」

 

気づくとミズキ顔がすぐ横にあった。

 

ここまで近くにいたのに気づかないとは。

 

顔は真剣だった。どうやら知らない内に心配をかけていたみたいだ。

 

「あぁ、何もない。大丈夫だ」

 

「つまらない嘘はつくな! どうせお前のことだ、足手まといになるとか、迷惑をかけるとか、演奏のレベルを下げるとか、そんなことを思ってるんだろうよ」

 

ミズキが確信をついてくる。確かにその通りだが、顔に出やすいのだろうか。

 

彼女は語りかけるように続ける。

 

「そりゃ、確かにお前の演奏はお世辞にもうまいとは言えない代物だ。だけどな、お前がこのグループにいることでこのグループは音楽になるんだよ! 分かるか。俺と色男とそこの天パーで演奏すれば確かに演奏のレベルはプロ並みだろうな。だけど、それは音楽じゃないんだよ! その演奏には何も協調性のない、ただ淡々とした演奏なんだよ! 俺はそんな演奏がしたいんじゃない! そんなものは音楽とは言わねぇんだよ! いいか、誰が何と言おうとお前は俺たちの仲間だ! 天パも色男もそれは同じ気持ちだ。高校時代に俺とSSK、それにヒロトが入った時から今までお前は誰が何を言おうと俺たちのリーダーだ。それに、あれこれ考えるのはお前には向いていない。お前はただ何も考えずに演奏すればいいんだよ。音楽とは文字通り音を楽しんだもの勝ちだぜ。朝のセッションの感覚を思い出せよ」

 

熱く俺に語りかける。しかし、決してカーテンの向こうに聞こえない絶妙な声の大きさで。

 

音を楽しむか。

 

朝のセッションを思い出す。あの時は無心でただ引いていた。でも、それは全く辛くなく、むしろ楽しかった。

 

考えるのは俺らしくない。愚直にただひたすらに目の前のことに集中する。

 

「皆さん!! たったいま、生徒会と文化祭実行委員会の方からビッグな情報が入りました!」

 

失敗しようがしまいが、下手だろうとうまく行こうとそんなことはどうでもいい。

 

「帰ろうとしている皆様少しお待ちください! 南女子高等学校文化祭野外ステージ一日目はまだ終わっていません。な、ななな、ナント、特別ゲストが急遽来てくださいました!!!」

 

過去も未来もない。あるのはただこの瞬間のみ。

 

考えるのは今ではない。後でいくらでも考えられる。でも、演奏できるのは今だけだ。

 

「今の二三年生は、去年の卒業生から聞いた人も多いのではないでしょうか?」

 

「おっ。吹っ切れたみたいだな。それでこそ、お前だ。楽しもうぜ、リーダー!」

 

彼女はそう言って俺に微笑む。

 

「ありがとう。ミズキ、助かったよ」

 

「あぁ、貸し一つだぜ」

 

そう言って右手の拳を差し出す。

 

「必ず返すよ」

 

右手を軽く握りミズキ拳に合わせる。

 

「楽しんでいこーぜ。リーダー」

 

ドラムのヒロト。

 

「ようやくらしくなったな。リーダー」

 

キーボードのSSK。

 

「中央高校の伝説の学生バンド、いや伝説のグループと言えばこのグループ!」

 

「まぁ、俺らのやることは、遊びでも音楽でも根本は同じ、楽しくやるってことだ。そうだろ、リーダー?」

 

「この地域の学生で知らない人はいない。今日お越しのOBの方々の中にはこの人たちの伝説や演奏を直に見たこと、聞いたことがあるひといるのではないでしょうか?」

 

 

確かに、俺たちの根本にあるもの。

 

それはただ“楽しく”ということだけ。

 

「あぁ、ミズキのいう通りだ。楽しく行こう!」

 

俺がそういうと同時にカーテンが徐々に徐々に開いて行く。

 

「それじゃ、俺がしきるか。楽しんで気合いれていくぞ!」

 

ミズキの気合の入った言葉。

 

「「「おう!」」」

 

野郎三人の声がそろう。

 

みんな笑っていた。きっと俺も何の引っ掛かりのない笑顔でわらえている。

 

鏡も何もないけど、それだけは分かった。

 

「「「「---------------」」」」

 

黄色い声援が聞こえる。

 

あちらこちらから、中央のミズキ!? とか、本物なの!? やら、え? あの伝説の!? そういった声が聞こえてくる。

 

ドクン。

 

ドクン。

 

心臓の鼓動が聞こえる。

 

でも、さっきとは違う。これは楽しみでウズウズしている心臓の高鳴りだ。

 

「さぁあ! 行くぜ、野郎ども! しっかりついて来いよ!」

 

ミズキが観客に一言。

 

ピュー、バンバンバン。

 

それと同時に後ろで眩い光と大きな爆発音。

 

後ろをみると、光の花が咲いていた。

 

他の三人はいたずらが成功したような顔をしている。準備に時間がかかりすぎてると思ったらそういうことか。

 

青がと光の花のコラボレーション。普段は黒とのコラボレーションが多いために中々に新鮮だ。

 

昼に見る花火も悪くないな。

 

「「「「「----------------」」」」」

 

観客のボルテージも最高潮まで上がる。

 

人がひしめくようにいる。

 

人が何人でも関係はない、俺はただ楽しむだけ。

 

さぁ最高の笑顔で、最高のステージを!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ!」

 

ライブが終わり、ステージ裏で水を飲んでいると、ミズキから声がかかった。

 

「あぁおつかれ」

 

「おつかれさま」

 

「お疲れ、楽しかったな」

 

SSK、俺、ヒロトの順番で返す。

 

そしてもう一度水を一口。

 

何かを全力でやった後ってただの水でもとても美味しく感じるよな。何かしら科学的な根拠でもあるのだろうか? 空腹は最高の調味料とかいう感じで疲労は全てのものを旨くする、的な感じなんだろう。

 

ライブはどうだったかって?

 

まぁ、精一杯やった。はっきりいうと、記憶が朧げであまり覚えてないというのが本音である。

 

いつの間にか終わっていた。

 

そんなライブだった。でも、観客もとてもとても盛り上がっていたし、成功したと言っていいと思う。

 

「皆さん! とてもとてもすごかったです! 私、感動しました!」

 

ライブの前にあった二つ結びの子が興奮気味に言う。

 

こんか風に言ってくれる人もいるんだ。今回のライブは間違いなく成功と言っていいと思う。

 

いや、そうじゃないな。

 

観客がどう思ったか、ではなく俺たちが楽しかったら全ては成功したといっていいんだ。

 

「当たり前だろ。何たって俺たちなんだぜ」

 

ミズキが得意げに答える。

 

「まぁ、なんにしても無事に終わって良かったよ」

 

ヒロトが汗をタオルで吹きながら答える。

 

「4人での練習もなしでいきなりだったがどうにかなるものだな」

 

「そりゃそうさ、何たって俺たちは最高のチームだからな。それにリーダーが優秀だからな」

 

その言葉に皆が笑う。

 

それぞれ、今日の最高の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

ステージ裏でライブの余韻に浸っていた時、聞き慣れた声がした。

 

「兄さん!」

 

聞き間違えるはずのない。この声は我が妹だ。

 

そして、勢いよく開かれるカーテン。

 

その向こうには息をきらした短髪の彼女がいた。

 

あれ? 何でここにいるんだろうか?

 

「どうした真? というか何でここにいるんだ?」

 

「どうしたもこうしたも、聞きたいのはこっちだよ!」

 

息を整えるとまくしたてるように聞いてくる。

 

「どうしたもこうしたもライブだけど……」

 

「何でそんな重要なこと言ってくれなかったの!? それに兄さんがギター出来るとか始めて知ったよ! それにミズキさんもあの中央のミズキだったなんて!?」

 

別に隠しているつもりも隠していたつもりもない。てっきり知っているものとばかり思っていた。

 

と言うか知らないこと自体が今、始めてしった。

 

「知らないも何も俺の演奏なんて遊びの範疇だし、そんなに自慢出来るもんじゃないよ」

 

「そんなことは関係ないよ! それに兄さんとてもカッコ良かったよ!」

 

何か我が妹は時々とても恥ずかしいく嬉しいことを言ってくれる。

 

それもとても、まっすぐな言葉で。

 

それがたまに嬉しくて、羨ましくてなんとも表現できない。

 

「よう! 久しぶりだな、真! そして、相変わらず兄弟仲のいいこった!」

 

「ミズキさんも言ってくれたらいいじゃないですか!」

 

「いやー、隠していたつもりもなかったし、まさか真がしらなかっただなんてな。アハハハハ」

 

「もう笑い事じゃないですよ!」

 

「いやいや、俺が誰だろうとお前の兄貴がどうであろうと、そんなことはどーでもいいだろ?」

 

「まぁ、そうですけど……。でも、僕に教えてくれてもよかったじゃないですか」

 

「まぁまぁ、気にするな。今度、ツーリング連れてやるから許せ!」

 

「本当ですか!? じゃあ、許します」

 

そんなことでいいのか。我が妹よ。

 

「久しぶりだね。真ちゃん」

 

「ヒロトさん! お久しぶりです」

 

「元気だった?」

 

「はい! 元気でした!」

 

「やっぱり可愛いね。兄貴にはもったいない妹だよ」

 

そんなセリフが普通に出てくるあたり、ヒロトはプレイボーイなんだな。

 

ヒロトと真か。

 

悪くない。ヒロトは考えるまもないほどいいやつだし。顔もいい。

 

「いやいや、ヒロトさんに言われると照れますよ。それに僕なんて可愛くないですし……」

 

真が照れるとは珍しい。このままひっつかないかな。

 

あ、でもアイドルだから恋愛はタブーなんだろうか?

 

もし、事務所的にOKだった美男美女カップルとして話題にでもなるのだろうか。ヒロトは雑誌のモデルや俳優のスカウトもくるようなイケメンだしイメージダウンになることもないだろうな。

 

いいね。この案。

 

「それに、兄さんは僕にはもったないくらい良い兄さんですよ!」

 

何で俺みたいな奴と一緒にいた真がこんな良い子に育ったのか、世界七不思議といってももはや過言ではないような気がする。

 

「久しぶりだな、姫」

 

「Sさん! 今日はかっこ良かったですよ!」

 

ん? なんかSSKの方が好感触なのは、気のせいか?

 

まぁ、彼も悪いやつではないし、信用はできるけど、兄としてはもう少しまともな人間を選んで欲しい。

 

どこぞの馬の骨よりか彼の方が信用はできるが、変人なのは紛れもないしな。

 

「はぁはぁはぁ……。真ちゃん、早いよ……」

 

そんな時息をきらした、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

いつものボブヘアーにいつもとは違う服装。黒に近い紺色のセーラー服。二つ結びの子とそして、観客にいた多数の子と同じ制服。

 

これで分かった。雪歩ちゃんはこの学校の生徒だったんだ。

 

「ごめん、ごめん。雪歩」

 

「演奏が終わったあといきなり、走って行くなんて、びっくりだよぉ」

 

「本当にごめん。雪歩、少しビックリして……」

 

どうやら真は雪歩ちゃんをおいて行くくらいに焦っていたみたいだ。

 

「私もビックリしたよ。真ちゃんのお兄さんがステージに立ってるんだもん」

 

俺をみると雪歩ちゃんは十分に呼吸をおきつかせると続ける。

 

「あっ、お兄さん。お久しぶりです。今日はビックリしましたよ。特別ゲストだったなんて!」

 

いや、それは俺じゃなくミズキであって、俺はどちらかと言うとおまけ。というかおまけ以外の何物でもない。

 

「お久しぶり。雪歩ちゃん、別に俺の演奏なんてお遊びレベルだし、ここにいる他のメンバーの足手まといだよ」

 

「そんなことはないです! えーっと、お兄さんはとてもかっこよかったです!」

 

力強く断言してくる。いい子だな。俺の演奏がうまいとかかっこいいとかあり得ないけど、雪歩ちゃんがお世辞でも言ってくれると心が救われたような感じがする。

 

「なんだお前、妹の友達に手を出したのか」

 

ミズキがニヤニヤ顏でからかってくる。

 

「そんなわけないだろ。俺がモテないのはミズキの知っての通りだ」

 

ミズキは俺の言葉にアハハハハと声を出して笑う。

 

「もしも、誰も貰い手がいない時は俺が貰ってやるから心配するな」

 

「お互いそうならないように祈ろう」

 

ミズキは顔もイイし、スタイルもいい。貰いてとか一杯いそうだけど、性格があれだからな。

 

俺もミズキみたいな美女を彼女とかお嫁さんにしたいけど、まぁ釣り合わない。

 

豚に真珠。馬の耳に念仏。猫に小判。

 

この言葉も遊びの一貫、冗談だ。

 

「あなたが真ちゃんの師匠さんですか?」

 

「真の師匠? ……あぁ、空手のことか。そうだぜ、俺がミズキだ。よろしくな」

 

「真ちゃんから聞いた通りですぅ! とっても綺麗ですぅ!」

 

「アハハハハ。ありがとうな。嬢ちゃん! 嬢ちゃんもすっげー美人だぜ!」

 

確かにミズキも美人だけど、雪歩ちゃんも美人だよなー。

 

やっぱりミズキは同性からみても惹かれる存在らしい。

 

「そんな、私なんてちんちくりんですぅ」

 

薄暗い中でもわかるくらい顔の色がかわる。

 

「ミズキのいう通りだよ。君は可愛いと思うよ」

 

初対面でこんなセリフがでるとは、ヒロトは何か口説きの神か何かついているんじゃないのかと疑われても仕方ないと思うし、そんなことを普通に言うから、プレイ ボーイとか言われるんだ。

 

まぁ、雪歩ちゃんが可愛いのはそれは同意だが、初対面で言うことなど俺には4回生まれ変わっても無理だ。

 

「うああああああああ!! 男の人ですぅ!?」

 

 

薄暗くてヒロトに気づいていなかったのか、ビックリした声を出す雪歩ちゃん。そして、そのまま俺の背中に隠れ、ギュッとシャツをつかむ。

 

「あれ? もしかして嫌われちゃった?」

 

ヒロトが気まずそうに言う。少し声が動揺してるのが面白い。

 

「アハハハハ。色男が振られるの始めてみた」

 

「萩原雪歩は確か、重度の男嫌いだ。気にするなヒロト」

 

SSKがいつもと同じ声色で淡々と言う。

 

「そうは言ってもリーダーには懐いてるじゃん。何か悔しいよね」

 

俺とは最近普通に話していたから、てっきり大丈夫なものと思っていたけど、やっぱり男は苦手みたいだ。

 

「うぅぅぅぅ……」

 

肝心の雪歩ちゃんは、顔を赤らめながら俺の背中から少し顔を出してSSKとヒロトを覗いている。

 

少しの間再起不能のようだ。

 

「こいつは男っぽさが足りないからじゃないの?」

 

ミズキの言葉に皆が笑う。確かに男っぽさが足りないとは言われるけど。

 

そんな時、少し視界がボヤける。

 

そういえば、今日は頑張ったからな……。

 

少しふらつく。雪歩ちゃんは再起不能なため気づいていないみたいだ。

 

ミズキ達は真を含めて座って円を組みながら、談笑を始める。

 

「雪歩、兄さん、座って話そうよ!」

 

真が俺たちを呼ぶ。

 

その声で雪歩ちゃんがこっちの世界に戻ってきた。

 

「で、でも、わ、私に男の人と雑談とかむりだよぉ」

 

「兄さんと出来るんだから大丈夫だって! ほら兄さんも! 何かミズキさんが今回のライブの報酬くれるらしいよ!」

 

真が手招きしながら立ち上がる。

 

いい機会だ。

 

「ごめん。すこしトイレ行ってくるよ!」

 

「えーっ。兄さん空気読めない!」

 

「悪い悪い。すぐ戻るよ」

 

そう言って外に出る。

 

ステージ裏から出るとき、SSKと目が合う。

 

全てを知っていて何も言わない。

 

彼の瞳はそんな感じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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