タロット使いの魔導師   作:祭永遠

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戦場は危ないんだよ?

 

ルイズの部屋へ入ると、感極まった表情で膝をついたルイズを抱き締めた。

 

 

「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!!」

 

 

「姫殿下、いけません。こんな下賤な場所へ、お越しになられるなんて……」

 

 

下賤とはどういうことだ。仮にも俺が管理してるんだぞ?知らないだろうけど王室以上の安全領域なんだぞ?

アンリエッタは尚も感動の面持ちで、ルイズへと語りかける。こんなことを思うのは失礼だが、さながらつまらない演劇を見ているようであった。二人が抱き合いながら演劇を続ける。俺と才人は状況についていけずボケッとするばかりである。

 

 

「幼い頃、一緒になって宮廷の中庭で蝶を追いかけたじゃない!!泥だらけになって!!」

 

 

「ええ、お召し物を汚してしまって、侍従のラ・ポルトさまに叱られました」

 

 

「そうよルイズ!!ふわふわのクリーム菓子を取り合って、掴み合いになったこともあるわ!!ああ、喧嘩になると、いつもわたくしが負かされたわね。あなたに髪の毛を掴まれて、よく泣いたものよ」

 

 

この時代のお嬢様はこんな感じだったのだろうか。なんとなくお姫さまのイメージが儚く散った気がする。というか取っ組み合いの喧嘩の原因が菓子て……いや、幼い頃はそんなものか。姫様だろうが、お嬢様だろうが、平民だろうが、小さい頃は何も変わらない子供ということだな。それが大人になるとここの教師みたいになるのか……いや複雑だな。

 

 

「いえ、姫様が勝利をお収めになったことも、一度ならずございました」

 

 

ルイズはすごい。この身分絶対主義の中で姫様を泣かしに泣かせたんだな。戦績はルイズの圧勝っぽい。数える程しか負けてないってことだものな。

 

 

「思い出したわ!!わたくしたちがほら、アミアンの包囲戦と呼んでいるあの一戦よ!!」

 

 

はい?今なんと?

 

 

「姫様の寝室で、ドレスを奪い合ったときですね」

 

 

ルイズも覚えてんのかよ。というかどんな仰々しいものかと思ったらドレスの奪い合いって……いやいや、二人がしているのは子供の頃の話し。今でも呼んでて恥ずかしくないのか、とか黒歴史確定だろ、なんてことを思うのは無粋だ。

 

 

「そうよ、『宮廷ごっこ』の最中、どっちがお姫さま役をやるかで揉めて取っ組み合いになったわね!!わたくしの一発がうまい具合にルイズ・フランソワーズ、あなたのお腹に決まって」

 

 

「姫様の御前で私、気絶いたしました」

 

 

ああ、アンリエッタが気絶したルイズの前で勝ち誇って、Vサインをかましてるのが目に見える気がする。

才人と顔を見合わせ、呆れるように溜め息をついた。

 

 

「その調子よ。ルイズ。ああいやだ、懐かしくて、わたくし、涙が出てしまうわ」

 

 

「どんな知り合いなの?」

 

 

二人の関係がわからない才人が訊ねる。ルイズの答えは簡単に言えば幼馴染みというものであった。この二人だけが幼馴染みでよかったかもしれない。これで他に幼馴染みと言える人間が一人でもいたら、多分この二人に振り回される光景が手に取るようにわかる。俺の幼馴染み三人娘は、狸一人に思いっきり振り回されてたけど。

 

 

「ところで姫様。どうして姫様とこの男が一緒にいたのですか?」

 

 

「実は……誰にも気づかれないように、お忍びでここに来たのは良いのですが……こちらにいるサガミさんにバレてしまいまして……それにしてもびっくりしましたわ!!まさかこのわたくしが後ろから羽交い締めにされて、首筋にナイフを当てられるなどとは思ってもみなかったわ!!」

 

 

「あああああ……あんたねえ……姫様に向かってなんてことしてんのよ!!」

 

 

「しょうがないだろ?ローブ纏って不審者丸出しだったんだから。管理人として不審者をほっとく訳にもいかんだろうし」

 

 

ルイズはそれでも納得できないように唸る。それも当然だろう。敬愛する姫様に正体を知らずとは言え刃を向けたんだ。そうなるのも無理はない。

それからアンリエッタの声のトーンが少し落ちた。どうやら本題に入るらしい。しかしその前にやっておくべきことがあったのでストップをかける。

 

 

「ちょっと待った。その前に少しだけいいか?」

 

 

「……どうかされましたか?」

 

 

俺は部屋の扉の前に移動し、思いきり開ける。

「え?」という言葉と共に姿を見せたのはギーシュであった。

 

 

「よお、グラモン……こんな真夜中に男が女子寮に侵入なんてよほど痛い目にあいたいとお見受けするが……弁解はあるか?」

 

 

「え?あ?いやあ……あはははは……」

 

 

乾いた笑いが部屋に響く。ルイズと才人の顔が酷い。目は冷めているし口がへの字に曲がっている。顔全体で「なにしてんだこのバカ」を表現している。

 

 

「んで?まるで変質者のようについてきたグラモンはどうするよアン。まあ別にお前が許しても、俺が許さないんだが……罰が二つになるか一つに減るかの違いだな」

 

 

俺の言葉に血相を変えたのはルイズとギーシュの二人であった。

 

 

「ああああんた……!!おおお恐れ多くも姫殿下をそんな風に呼ぶなんて許されないわよ!!」

 

 

「そうだぞ!!この方はトリステイン王国の王女であり本来なら口も利けないんだぞ!!」

 

 

「えー……?そっち?……いや、んなもん知らんし。そう呼べって言ったのはアンだし……なあ?」

 

 

そう言ってアンリエッタへ振る。頷くアンリエッタを見てさらにルイズとギーシュは騒ぎ出す。こんなことでいちいち中断していては話が一向に進まない。

 

 

「とりあえずさー……話進めようぜ?グラモンは窓の外から吊るしとけばいいだろ」

 

 

ギーシュの足を掴み、窓枠まで引き摺りそこからぶら下げようと持ち上げたところで待ったがかかった。

 

 

「サガミさん、何もそこまでしなくてもよろしいのですよ……?」

 

 

「あー?そうやって甘やかすから我が儘坊っちゃんが出来上がるんだろうが。手足縛って身動き取れない状態で砲撃ぶちかます誰かさんよりは優しいと思うぜ?」

 

 

「……一体どこの悪魔よ、それ……」

 

 

俺の幼馴染みとは言えない。管理局のエース・オブ・エースは行きすぎたお仕置きがお好みなようで。止めようと思ったんだが無理だったんだ。高町はあの時が今までで一番怖かった。というかこれ、俺帰ったらヤバくないか。この状況は確実にお仕置き確定コース。そもそも管理局続けられるかわからないぐらい色々やっちゃってるので今更なんだが。まあ管理局なんて数ある内の一つでしかない。ここから戻れて、仮に管理局をクビになっても地球に戻れば問題ない。二十歳なんだから就職先はたくさんあるし、誰かさんたちと違って高校も出てるからなんとかなるだろ。

 

 

「わああああ!!頼む!!待って待ってよ待って下さい!!覗いてたことも謝る!!女子寮に忍び込んで姫殿下の後をつけたのも謝るから!!どうか僕にも話を聞かせてもらえませんか!?」

 

 

「だってよー?どうするアン。お前の話にこいつが必要なら、今回だけは不問にしてやらなくもないんだが」

 

 

ギーシュが懇願するような顔でアンリエッタを見つめる。しかも顔を赤くしながら。それを全く気にせず考え込むアンリエッタ。腕を組み、さらに組み換え、うーんと唸りながら思考を深めていく。ふと顎に手を当てたアンリエッタが口を開いた。

 

 

「すみません……もう一度お名前を伺ってもよろしいですか?」

 

 

「ははははい!!ギーシュ・ド・グラモンです…あがあ!!」

 

 

俺に逆さまに持ち上げられた状態でも膝をつこうという姿勢は見事だが、その状態で動くからこうやって手を離してしまったじゃないか。思いきり頭から落ち、それでも何事もなかったかのように膝をつくギーシュを見て、アンリエッタがかなり引いているのがわかる。

 

 

「……ごほん!!グラモンという家名……もしかしてあなたはあのグラモン元帥の?」

 

 

「はっ!!息子にございます」

 

 

元帥の息子がこんなに頭が緩くて大丈夫なのだろうか。関係ないけどこの国の将来が不安になってきた。

 

 

「あのグラモン元帥のご子息であればいいでしょう。しかしこの話を聞いたからには後戻りは出来ません……それでもかまいませんか?」

 

 

「はい!!このギーシュ・ド・グラモン、この杖に賭けまして全うしてみせましょう!!」

 

 

「え?これそんな重要な話だったの?それなら俺と才人は席を外すべきか」

 

 

才人を引き連れ外に出ようかと思ったのだが、そうはならなかった。

 

 

「あら?もう一方いたのですね。もしかしてルイズ、あなたの恋人かしら?」

 

 

「姫様、あれは使い魔です。恋人だなんて……冗談にしてもつまらないですわ」

 

 

アンリエッタは何を言っているのかわからないという面持ちで才人を見つめた。

 

 

「人が使い魔ですか……あなたって昔からどこか変わっていたわね」

 

 

「好きであれを使い魔にしたわけじゃないです」

 

 

言いたい放題の二人にどんどん傷が修復不可能なレベルまで深くなっていく才人。流石に可哀想なのでそれ以上聞かせない為に返事を待たずに外へ出ようとした。

 

 

「二人ともお待ちになって。そちらの方はルイズの使い魔と聞きました。それならば外へ出る必要はありません。メイジと使い魔は一心同体なのですから。それとサガミさんにも出来れば聞いていただきたいのです。不思議な力を扱えるようなので少しでも味方がいてくれた方が有難いのです」

 

 

こうして俺らの返事を待つことなくアンリエッタは話始めた。同盟のためにゲルマニアの皇帝の元へ嫁ぐことになったこと。その婚姻を妨げるべく、アルビオンという国が血眼になりその材料を探しているということ。そしてその材料になりそうな手紙がすでにアルビオンにあるらしいこと。しかしアルビオンは戦争中であり、その手紙を持っているのは反対勢力ではなく、そこと争っている王家の人間であること。その手紙が反対勢力に奪われればトリステインは一国のみでアルビオンに挑まねばならなくなってしまうということ。

 

色々と聞いたが簡潔に要約するとラブレターを取ってこい、ただし場所は戦争中の国だけどな!!ということだった。さすがのギーシュも事の大きさに顔を青くしている。しかしルイズは違った。

 

 

「わたくしめは姫様の御為とあらば何処なりと向かいますわ!!姫様とトリステインの危機を、このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズ、見過ごすわけには参りません!!この一件、是非ともお任せくださいますよう」

 

 

そう言って膝をつく。アンリエッタはそれを感動の面持ちで見つめる。それを見たギーシュも負けじと膝をついて同じような口上を延べる。

 

 

「お二人とも……わたくしの力になっていただけるのですね……?」

 

 

「もちろんです!!」と声を揃えるギーシュとルイズ。しかしルイズは魔法が上手く発動させられないことを思い出す。才人も今更ながら気づいたのかルイズへ問いかける。

 

 

「アルビオンに行くのはいいんだけど、そこで色々やんのは俺なんだよな?」

 

 

「アンタには剣買ってあげたでしょ?それくらいしなさいよね」

 

 

戦争中の国へ行くのは決定事項らしい。才人もそれを了承してついていくようだった。全員戦争への危機感が足りなさすぎる気がする。その間も四人は出発時間や現在のアルビオンの状況などを話し合っている。

 

 

「いやさ、色々話し合ってるところ悪いんだけどさ……それって俺も人数に入ってたりする?」

 

 

「当たり前でしょ!!アンタ今更何言ってんのよ!?」

 

 

「そうだぞ!!姫殿下自ら僕たちに使命を下さったんだ!!これを全うしないでどうすると言うんだね!!」

 

 

どうするもこうするも、そもそも学生がそんなところへ行くこと自体が反対なんだが、わかってもらえなさそうである。信用出来る人間がルイズしかいないからと言って友達を戦争に巻き込むのか。素晴らしい友情だな。

 

 

「悪いが俺は反対だぞ。お前ら戦争を甘く見すぎちゃいないか?誰か一人でも戦場に立ったことのあるやつはここにいるのか?」

 

 

誰一人声を出すものはいなかった。それでも反論をしてこようとするのを黙らるように言葉を被せる。

 

 

「いいか?敵は訓練通りに動いちゃくれない。油断すれば首が飛ぶ。人を殺さなければ生き残れない。お前らはそんな中に飛び込もうとしてるんだ。人を殺した事もないお前らはそれでも行くというのか?」

 

 

才人は俺の言葉が多少なりとも堪えたみたいで躊躇いを見せる。しかしルイズとギーシュはその程度問題ないとでも言いたそうに俺を見ていた。

俺は溜め息をついて同行することを決めた。これでもし三人が戻って来なければ寝覚めが悪すぎる。女子寮は安全だし俺がアルビオンに行っている間の監視はフーケに任せれば良い。

 

 

「ったく……忠誠心だけは一人前なんだな」

 

 

「ルイズに至っては、戦うことすら俺任せですからね」

 

 

やれやれ、これを声には出さなかったが、態度に出てしまったのは見逃してもらいたい。なんせここの連中は命を大事にのコマンドがないらしいから。

 

 

アンリエッタの話が終わったあと、俺はアンリエッタを部屋まで見送り自室へ戻る。

その際フーケを呼びつけ俺の部屋へ案内する。もちろん話の内容は明日の事である。

 

 

「というわけで明日からしばらく留守にすることになったからさ。スマンがここは頼むぞ」

 

 

「……っち!!あのクソ王家がついに滅びるみたいだね。こっちとしては清々する気分だね」

 

 

フーケはアルビオン嫌いのようであった。それでも何か引っ掛かる物を感じた。

 

 

「どうした、フーケ。なにかアルビオンにあるのか?」

 

 

「いや、そうじゃないんだけどね。昔アルビオンにいたことがあったんだが……その際王のしたことをその息子に八つ当たり気味に追及しちまってね。ちょっとだけ申し訳ないなって思ってるだけさ」

 

 

そう言って遠くを見つめた。昔のことを思い出しているのだろうか。そもそもどんな因果があってフーケはアルビオンの王家と繋がりが出来たのだろうか。

まあそれは個人の過去だ、知らなくてもいい。

 

 

「用事はそれだけかい?終わりならアタシは戻るよ」

 

 

「ああ、悪かったなこんな時間に。くれぐれも明日から頼むぞ」

 

 

わかってるよ、扉を開けながら言ったフーケには何かを背負っている者にしか出せない雰囲気があった。

これなら安心して任せられる、そう思い俺は明日の為の準備を始めるのだった。

 

 

 


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