「どうしたんだ、二人とも。ずいぶんと遅いじゃないか」
「いや、アンタこそ何やってんのよ。ここは女子寮よ?男が入って言い分けないじゃない。これは使い魔だから男に入れないけど」
「これって言うな」
学院長は伝達もなにも出していなかった。報連相は大事なのだがそれをわかっていないようだ。この分だと他の生徒にも同じように言われそうなので、女子寮内に掲示板がないかあとで探しておこう。そこで名前と性別と管理人になる旨を書いておけば、みんな見てくれるはずである。もしなかったら女子寮の入り口の目立つ所にでも貼っておけばいい。それで学院長のところへ団体で抗議に行ってくれればなおいいのだが。
「んなもん決まってんでしょ。なんとかって先生が管理人もやってたらしいけど、産休取るらしくて管理人がいなくなるからって俺に回ってきただけ」
「ああ、なるほどね。それじゃあね、しっかり仕事しなさいよ?」
どうやら俺の儚い希望は打ち砕かれたようだ。まさかここまであっさり受け入れられるとは思ってなかった。だがそれでも俺は諦めない。誰か一人くらい抵抗のある人間だっているはずだ。女子寮内に入り二人を見送り、自分の部屋となる管理人室のある最上階へ上る。階段が辛い。エレベーターかエスカレーターはないのだろうか……ないのだろうな。
そして最上階に着き、管理人室を探す。いくつも扉がありそこにプレートがついているのだが、なんて書いてあるのかまったく読めないのでミクシムに頼む。
「ここは?」
《違います》
「どうよ?」
《違います》
「ここなら!!」
《違います》
とりあえず階段方面から順番に聞いて行くのだが、全て違うという返答しかなかった。
そうなると残りは一番奥の一部屋しかないので、そこが管理人室となるようだ。
一応コンコンとノックをしてから扉を開く。部屋の中は綺麗に整頓されていて、必要最低限のものはあるし、私物等はなかったのですぐにでも住めるようににっていた。
ここが今日から俺の住み処になるわけなので、まずは学院長対策を取る。体を調べて何も無いことを確認し不可視のサーチャーを飛ばす。展開している間は小量だが魔力を消費するのだが背に腹は変えられない。
そして今度は入り口に貼り付ける、管理人変更のお知らせを作る。ちなみに掲示板みたいなものはありませんでした。それを貼り終えたあとは侵入者などが入った時用の罠やミクシム経由で俺に伝わる感知器を取り付けておく。
ミクシムを経由すればすぐに変化を教えてくれ、離れた位置からも状況がわかる。そしていざとなればサーチャーにて映像も見られる。どうせ管理人をやるからには安全体制は万全にしたい。
そうすることで恐らくここは学院内で最も攻めにくい砦になるはずだ。最終チェックも済み、今日のところは一先ず良しとする。俺は久々に屋内で休めることに安堵しながらそのまま眠りについた。
翌日に俺は新たな問題に直面していた。それは飯をどうするかである。ああ、そう言えば風呂もか。昨日は女子寮の管理人という予想外の場所で働くことになったので、そこまで頭が回らなかった。それにここは管理人のすることが少なすぎた。本当にただいるだけである。ベッドメイクや女子寮の清掃などは本物のメイドがやってくれている。とりあえずその事も含め、すぐに学院長に相談することにした。
「女子寮の管理人、智春相模です。入ってもよろしいですか?」
ノックをして扉の前で所属と名前を名乗る。管理局ではこれが普通だったし、ここでのルールがわからないのでその通りにやってみる。
すると中から返事が聞こえたので「失礼します」と言って入室する。
「こんな早い時間にどうしたのじゃ、何か問題でもあったかの?」
「はい、仕事が無さすぎて困っているのと、俺の食事と風呂はどうすればいいのでしょう?ここの通貨を持っていないので自分で買うことすら出来ないのですが……」
すると学院長は驚いたように声をあげた。
「なんと……それでは君は一体どうやって今まで暮らしてきたのじゃ」
「………恥ずかしながら例の幼竜と共に野宿してました。食事は川の魚や木の実などでやりくりしてましたね」
別に一週間くらいだったのでそこまで辛かった記憶はないが、出来るならちゃんと調理されたものを食べたいと思うのは贅沢だろうか。
「仕事の方は……そうじゃのう、そこまで言うのであれば朝、昼、晩の三回に食堂で配給の手伝いをしとくれ。そこで働いた後に賄いでも食べさせてもらうといいじゃろう。勿論配給分の給金は出すぞい。それと料理人たちにはワシから触れを出しておく、そこは安心してよい。それから風呂なんじゃがこちらも平民用のサウナで我慢しとくれ、あれだけは貴族でないとダメなのじゃ」
どうも温かいお湯には浸かれないみたいである。
こういう時の為の魔法だとおもうのだが、リリカルなのはの魔法は突出して戦闘用なので生活ではほとんど役に立たない。火を起こすにしても辺り一面焦土にしてはそれどころじゃなくなってしまうので諦めることにする。
配給の方はさっそく昼からやってほしいそうなので、それを了承した俺は食堂の裏口へと向かう。
裏口から入るとそこは厨房になっており、幾つもの大鍋やオーブンなどが並んでおり、メイドやコックたちが生徒たちの昼食の準備をしていた。
すると奥からここの厨房の責任者らしき人物が近寄ってきた。だいたい四十を過ぎたあたりだろうか。かなりがっしりとした体つきをしている。
「お前がトモハル・サガミか。学院長から話は聞いてるぞ、俺はここの料理長のマルトーだ」
「本日からこちらでお世話になります智春・相模です。メインは女子寮の管理人なので配給くらいしか出来ませんが忙しいときはこき使ってください」
その他にも厨房にいる全員と軽い挨拶を済ませたあとに配給の手順やテーブルのセッティングの仕方を習うこととなった。教師役は最後に挨拶をしたメイドさんである。名前をシエスタという。その子の教え方はとても丁寧で、初めてやった俺でもわかるように説明をしてくれた。どこぞの幼馴染み三人娘にも見習ってほしいものである。
そこそこやり方を覚えた頃にちらほらと生徒たちが食堂に入ってきた。それを合図に厨房の方はラストスパートを始め大変忙しそうであった。俺も慌ててそれらを食卓の上へ並べていく。
生徒たちが全員揃う頃には全ての配膳が完了し、俺は厨房へと戻る。初めて貴族の食事風景を見るが、なんか最初のお祈りが好きになれなかった。誰だよブリミル。感謝するのなら、まずは料理人や農作物を育てた人だろう。
そのあとは概ね元の世界と変わらないみたいである。一人で黙々と食べる人もいれば、周りの人と喋りながら食べる人と色々だった。
食事の時間が終わり、テーブルの上に出ているものたちを片付ける。そこで驚いたのだが殆どの生徒たちが何かしらを残している事であった。本当にここの判断基準がわからない。どこぞの国では敢えて少し料理を残すことで、満足したというサインになると聞いたことはあるが恐らくここは違うだろう。それぞれの料理が残り過ぎている。
それを厨房の洗い場へ持っていく。するとマルトーに話しかけられた。
「貴族の連中ももったいないことをするだろ?こんなに残されるとよ、俺の料理が不味いのかって思っちまう。まあもう慣れたがな」
その言葉に俺は何も言えない。マルトーは恐らく自分の料理の腕に自信があるのだろう。それがこれだけ残されてしまえばヘコみもする。最初の頃は何度も試行錯誤をして提供していたらしいのだが、どれだけ質を高めても結果は変わらなかったらしい。
食事の時間が終わり、食器を下げる行為が終わると、次はデザートがあるらしい。一辺に出したり、食事が終わったらすぐに出さないのは、デザートの質が落ちたり貴族の都合であったりするようだ。
そしてデザートの時間までの間は、俺や配膳チームはしばしの休憩となる。
すると厨房の裏口から先程出ていったシエスタが帰ってきた。のだがその後ろには才人の姿も見えた。その才人に一言告げてシエスタは厨房の奥へ消えていった。
「あれ?平賀じゃん。どうした、ついに使い魔クビになった?」
「相模さん……そうじゃないんですけど…腹が減ってるって言ったらシエスタに連れて来られたんですよ」
「ふうん、どうせろくでもないこと言って飯抜きにされただけだろ」
と言ったところで奥からシエスタが戻ってきたのだが、その手には温かそうなシチューを持っていた。
それを食べるように勧めると才人は一応確認を取り恐る恐るそれを口に運ぶ。そこからは早かった。才人は掻き込むようにシチューを次々と平らげる。それはもう見ていて気持ちのいい食べっぷりであった。
俺はそこでマルトーに呼ばれ、二人の見える位置からは離れてしまう。そろそろデザートの配膳をしてほしいそうなので、トレーに乗せて順番に配り始める。何か「失礼します、此方が本日のデザートとなります」的なことを言った方が良いのかと思ったが、他の給仕たちは何も言わず黙々と置いていくだけなので例に習い俺もそうする。
順調に仕事をこなしているとある貴族のポケットから小ビンが落ちたのが見えた。見えてしまった物は仕方がないので拾おうとしたのだが、いつからいたのか給仕の仕事を手伝っている才人が先に拾い貴族に声をかける。
しかしその貴族は聞こえていないのか、才人を無視して他の貴族と話を続けている。今度はわかりやすいようにテーブルの上に置いてた。すると貴族の表情が苦々しいものにかわった。その途端に周りの貴族が大声で騒ぎ始めた。
やれ香水がどうたらモンなんたらがギーシュとやらと付き合ってるだの。それを遠目で見ていたのでいち早く気づいたのだが、近くに座っていた栗色の髪をした少女が立ち上がる。そのあと貴族の元へ歩いていったかと思うと、一言二言のやり取りをした直後にパシーンといういい音が食堂に響いた。そのすぐあと、今度は少し離れた席からくるくるした金髪が立ち上がりなんとも言えない表情で、またもや叩かれた貴族の元へいった。
――――これが修羅場か
どうでも良いことを考えながら配膳を続けていると、テーブルに置いてあった小ビンを掴み、その中身を貴族にぶちまけていた。
それを直で見てしまった俺は吹き出しそうになる。配膳の最中にそんな事はできないので必死で堪える。デザートを台無しにしてしまえばマルトーにも迷惑がかかるのでそれは避けたい。此方が頑張って笑いを堪えながら仕事をしていると、才人の「逃げんのかよ!!」という大声が聞こえた。そのあと何故かシエスタが顔を真っ青にしながら走ってどこかに行ってしまった。
シエスタが走り去ったあと、ルイズが才人に駆け寄り言い合いを始める。ちょうど配膳の仕事を終えた俺は、マルトーに伝え少しの間休憩をもらい、食堂にふたたび顔を出した時には才人は取り巻きの貴族とどこかに行こうとしていた。その後をイライラしながら追いかけようとするルイズに声をかける。
「どうしたヴァリエール。平賀が何か問題でも起こしたか?」
「―――っ!!もう!!説明してる時間がもったいないわ!!歩きながら話すからついてきなさい!!」
そう言って足早に歩くルイズについていくと、事の顛末を話してくれた。なんとここでは貴族>平民という図式が出来上がっているらしく、平民は貴族に何をされても逆らえないという。そんなことになったらヘタをすれば殺される可能性すらあるようだ。
さすがに子供同士の喧嘩とはいえここまで度が過ぎてしまうと見逃せない。俺はそのままルイズについていき、決闘場所に指定されたヴェストリの広場へと急いだ。
ヴェストリの広場はなんというかジメジメしていて目立たない場所だった。しかし、そこにはすでに決闘騒ぎを聞き付けた生徒たちで溢れかえっており、二人の姿を見ることは出来ない。
「ここじゃ何にも見えないじゃない……!!」
「前で見たいなら連れてくぞ?少し恥ずかしい思いをしてもらうけど、それでもいいなら」
「………構わないわ。連れて行ってちょうだい」
その言葉を聞いて周りにバレないよう、隠れてセットアップをする。そのまま飛行魔法を展開し、ルイズを抱き締める(俗にいうお姫様だっこ)。
「なななな……!!なにすんのよ!?」
「だから恥ずかしい思いするって言っただろう?」
人垣を越えて一番前の特等席へ降り立つ。すると空からいきなり現れた俺たちに後ろがざわめくが、決闘をする本人たちの方に意識を割く。
「とりあえず、逃げずに来たことは、誉めてやろうじゃないか」
「誰が逃げるか」
「ふん、まあいい。さてと……では始めるか」
貴族がそう言った瞬間に才人は走り出す。とりあえず先手必勝、一発当てて怯んだところにぶちこむってところだろう。普通の喧嘩ならそれでいいだろう。しかし相手は魔法使い。ちゃんと馬鹿正直に拳で対応してくれればいいのだが。そう思ったがやはり貴族は魔法を使ってきた。貴族は持っている薔薇を振った。花びらが一枚宙を舞ったかと思うと、それが甲冑を着た女戦士の人形となった。
それを見て才人は急ブレーキをかけて可笑しな声をあげる。
「なんだこりゃ!?」
「僕はメイジだなからね、魔法で戦う。文句はないだろう?」
ここでは魔導師の事をメイジと呼ぶらしかった。それを聞いて才人は苦い表情をして呟く。
「て、てめえ……」
「そう言えば言ってなかったかな?僕の二つ名は青銅。青銅のギーシュだ。よって青銅のゴーレム『ワルキューレ』が君のお相手をしよう」
その言葉と共にゴーレムが動き、才人の腹をめがけ拳を奮った。それは見事に決まり才人は呻いて地面に転がった。それを見ていたルイズが止める間もなく飛び出す。
ギーシュはそれを見つけて声をかける。
「おおルイズ。悪いが君の使い魔を借りているよ」
その台詞を聞いたルイズは特徴的な髪の毛を揺らしながらギーシュを怒鳴りつけた。
しかしギーシュはそれを揚げ足で回避し、思わずルイズは言葉につまる。そしてギーシュに心外なことを言われ怒りで顔を赤く染めつつ自分の使い魔を庇う。そのルイズの言葉を聞いて才人は立ち上がる。何度もルイズに止められたが才人は立ち上がりギーシュへ立ち向かう。
二回目のパンチが顔面捕らえ才人が吹き飛ぶ。よく見たら鼻が折れて、鼻血が止まらなくなっていた。
――――子供の喧嘩ならここまでだな
俺は立ち上がり二人の間に入る。
「ここまでだ。これ以上はやり過ぎだ」
「君は誰だね?見たところ君も平民のようだが邪魔をしないでくれるかな。これは僕とそこの使い魔君の問題でね」
「………はあ……はあ……そうだ……ぞ、これ……は俺とあ……イツの……勝負だ……!!邪魔すんじゃねえ!!」
そう言う才人に今の自分がどれ程危険な場所にいるか教える。それを聞いても才人の目は闘志が萎えるどころか変わらないものを秘めている。
「……っち、しょうがねえな……そこの貴族さんや、こいつに武器を持たせてやってもいいか?」
「……いいだろう、ならば武器を取りたまえ。平民が貴族に一矢報いようと磨いた牙を」
ギーシュから許可を取り付けたので、俺は正義のカードを取り出しスラッシュする。
「第一詩篇解放」
その言葉と同時に天秤と剣がそれぞれ左手と右手に現れる。その右手の剣をギーシュへ渡し、魔力付与や特殊能力がないことを確認してもらってから才人の前の地面へ突き刺す。
「ほらよ、頑張れ男の子」
「ダメよ!!アンタら何考えてんの!?それを握ったら、ギーシュは容赦しないわ!!」
才人はそれを聞いて独り言を呟くように言った。
「俺は元の世界に帰れない。ここで暮らすしかないんだろ?」
「そうよ。それがなに!?今は関係ないでしょ!!」
「俺は使い魔でいい。寝るのは床でいいし、飯も不味くていい。他に俺の出来ることはなんだってしてやるよ。生きるためだ。……でもな…」
ルイズが次の言葉を待つ。
才人は覚悟を決めるように右手を見つめてから剣を見る。
そのあと先程の台詞の続きを言った。
「下げたくない頭は、下げられねえ」
そう言って地面に刺さっている剣を引き抜く。
才人の左手が光だしたのはその時であった。
そこからは才人の独壇場である。いきなりスピードが上がる。ワルキューレの攻撃も簡単にかわし、ついでとばかりに剣で一振り。真っ二つにされたゴーレムがぐしゃっと音を立て地面に落ちる。
同時に才人はギーシュに向かって駆け出す。ギーシュは慌てて薔薇を模した杖を振り新たなゴーレムを作り出す。そのゴーレムは才人を取り囲み一斉に攻撃を仕掛ける。その瞬間六体のうち、五体のゴーレムがバラバラに切り裂かれた。それを見てギーシュは残りの一体を自分の盾にしたが、そのゴーレムも難なく切り裂かれる。
「ぐあっ……!!」
ギーシュは顔面に蹴りをくらい、ぶっ飛んで地面に転がる。才人はチャンスとばかりにギーシュめがけて地を蹴る。ギーシュの右横ギリギリのところに剣を突き刺しこう言い放った。
「続けるか?」
「いや、いい。僕の敗けだ…参った」
こうして才人の勝利で今回の決闘騒ぎは終息したところで二人を捕まえる。
「チェーンバインド」
二人の足元から魔法陣が現れ、そこから二つずつの鎖が伸びそれぞれを拘束する。
「さて……君たちはさあ、自分がどれ程危険なことをしてたかわかってるかな?万が一を考えて動けよ。ここは戦場じゃねえんだ。お前らは人の命の重みを知れ。それが解らないヤツに力を奮う資格はない」
それだけ言ってバインドを解く。才人の持っていた剣を回収しその場を後にした。