魔砲使いになった理由   作:タニアホテル

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憧れの魔法

 

 目の前には見慣れた天井。カーテンの隙間からは朝の白い光が零れていた。なのはは死んだことを認識した。

 先程傷を負った背中。今は傷がない白くなだらかな背中。だが痛みの余韻が尾を引いていた。それに伴い思い出す。赤く熱した鉄を押し付けられたかのような痛みだった。そして考えが甘かったと、覚悟が足りなかったと悔やむ。

 痛みを感じずに、苦しまずに死ぬって特別なことだったんだ……。私は勘違いしていたんだ……。今頃気づくなんて本当にバカだ。今まで覚悟できたと思っていたけれど、そんな覚悟じゃダメなんだ。……だって私、もう一度あんな痛い思いを、それ以上の痛みを我慢しないといけないって考えると……。

 なのはは自身の震える体を両腕で抱きしめ丸くなった。自分の浅はかさ、痛みに対する否応ない恐怖、原因を解決しなければならないという意思。それらの感情が胸の中でぐるぐると渦巻く。泣き出しそうになるのを唇を噛みしめ必死に堪えた。

 目覚ましが鳴りだす。それを無視し、布団を頭まで被ると更に体を縮まらせ固く目を瞑った。目覚ましが鳴り止む。

 逃げたい。なにもかも放り出して、なにもかも知らないふりして、原因の解決なんて諦めて……そもそも私なんかに原因解決なんてできるわけなかったんだ。そうだよ。たかが小学3年生の平凡な私ができるわけないじゃん。何もできやしないんだ。何を自惚れてたんだ私は。

 

「なのは朝だよー」

 

 美由希が扉から顔を出しなのはに声をかけた。そしてなのはが布団に埋まって団子になっているのを見ると部屋に入りカーテンを開ける。

 

「ほらほら早く起きなきゃなのはの朝ごはん食べちゃうぞ?」

 

 震えが止まった。思考が止まった。そして声が美由希のものと理解するやいなや、その姿を見ようと体が勝手に動いた。

 なのはは布団を跳ね除けむくりと上体を起こした。そしてまじまじと美由希の顔を見る。ベットの近くにいた美由希は突然起き上がったなのはに驚く。

 

「うわっ、びっくりした……。そ、そんなに朝ごはん食べられるのが嫌だった? ごめんね、冗談だよ? なのはの朝ごはん食べたりなんかしないよー」

 

 布団跳ね除けて起きるほど朝ごはん食べたかったのか、となのはの意外な一面を知り美由希は思わずニコニコする。

 

「おはよう。すぐ起きるよ」

 

 私はさっき何を考えていた? 痛いのが怖いから諦める? 覚悟が足りなかった? ふざけないで! 私はあの時、お姉ちゃんに「任せて」と言ったんだ。その覚悟はあんな痛み程度で消えてしまうほど弱いものだったの? そんなわけない! あの時の覚悟は絶対に揺るがない強いものだ! たかが痛み程度で何を迷ってるんだ私は。……私は絶対に諦めない。

 笑顔で首をかしげる美由希を見ながら負の感情を切り捨てた。そしてベットから下りるため腰を持ち上げようとする。しかしそこで、ふと考える。

 

「……お姉ちゃん、歩けないおんぶして」

 

 ベットに座りながら両手を伸ばす。美由紀は一瞬驚いたが「しょうがないなぁ」と少し困った顔で笑うとベットに腰を下ろした。

 でも、戻ってすぐの朝くらいは……。

 美由希の首に顔を埋める。自然と口元が緩んだ。

 

 

 

 

 朝食の時なのはは沸き起こった疑問について士郎に尋ねた。

 

「ねぇ、お父さん。お父さんって体に傷跡がいっぱいあるよね。痛くなかったの?」

 

「そりゃあ痛かったさ。死ぬかと思ったよ」

 

「……じゃあなんで死ぬほど痛いって分かってるのに、そんなに傷だらけなの? 痛い思いをすればもう傷つきたくないって思うのが普通なんじゃないかな」

 

「そうだな。普通はそうだろう。お父さんも自分のために戦っていたとしたらすぐに逃げ出したと思う。……でも、痛い思いをしてでも、命を懸けてでも、守りたいものがあったから立ち上がって戦ってこれたんだよ」

 

 なのははじっと士郎を見つめた後「へぇ、そうなんだ」と頷いた。そんななのはを見て「なのはにはまだ難しいよな。でもいつか分かる時が来るさ」と笑った。

 なるほど。守りたいものか。私にとっての守りたいもの……。いつも通りの日常。大好きな人たち。託された思い。どれも守りたいものだ。そして私の戦う理由。……十分すぎる。

 理解していると訂正するでもなく適当に相槌を打つと食事を再開するのだった。

 

 

 

 

 前回とほとんど変わらぬ空をバス停から見上げながら、前回と同じように情報整理を行う。

 やっぱりあのフェレットさんは話せたんだ。テレビに出したら有名になりそう。……そんなことより確か別の世界から来たといってたよね。その話を信じるとするなら、この世界以外に他の世界があるってことか。結局、黒いお化けの正体は聞けなかったけど別の世界から来たってことで間違いないかな。あんな生き物この世界にいるわけないもん。そういえば探し物があるとも言ってたよね。わざわざ別の世界にまで来て探すなんて大変だなぁ。

 なのはは思考を中断して到着したバスに乗る。学校に着き授業が始まると再開した。

 で、探し物を探すのに自分一人だと力不足だから資質のある私に力を貸してほしい……か。魔法の力ねぇ……。魔法……。

 なのはの頬が無意識に吊り上る。なにしろなのはにとって、いやこの世界の人にとって魔法とはファンタジー。現実には存在しえない空想の力。そしてそれは多くの人が、もしも使えたならと考えることであろう。勿論なのはもその一人だった。そしてなのははそれを使う素質があると言われたのだ。にやけてしまうのも仕方のないことだろう。

 なのはが魔法で最初に思い浮かんだのは白、黒、赤だった。自分もゲームのように魔法を使えるかもしれないと考えると今すぐにでも試したい衝動に駆られるが、前回の失敗を思い出し冷静になる。

 そうだそうだ。浮かれてる場合じゃないよっ! 呪文噛まないようにしなきゃ。あとフェレットさんを投げ飛ばしちゃったのは失敗かな。次は最後まで付き合ってもらおう。それと黒いお化けの攻撃だね。突進だけかと思ってた。ちゃんと相手の動きを見ることができればあの鞭攻撃もなんとかできるはずなんだけど……勘で避けられるのは2回までってことか……。

 頬杖をつき黒板を見つめながら溜息ひとつ。そして陰鬱な視線を窓の外へと移した。

 それに突進ですら確実に避けられるわけじゃない。前回は本当に運が良かっただけ。だから黒いお化けが現れる前になんとか呪文成功させたいな。もっと早くに動物病院に行かないとね。…………動物病院に預ける前になんとかできないかな? 預けないでそのまま家にもってくるとか……いや駄目だ。フェレットさんはどう考えても黒いお化けと関係がある。そうなると家にあいつが来るってことだ。それは絶対駄目。かといって拾う時はアリサちゃんとすずかちゃんの目があるし……やっぱり早く動物病院にいくしかないか。……お兄ちゃんに見つからないようにしないと。とにかく、まだまだフェレットさんには聞きたいことがあるし、魔法さえ使えればあの黒いお化けを倒せるんだ。なんとしてでも乗り切ってみせる。

 考えをまとめると今回も手紙を書き始めるのだった。

 

 

 

 

 なのはは自室で動物病院へ行く準備をする。前回と違い手紙は学校で書いてしまった。その分家を早く出ることができる。部屋を出ようと扉に手を掛けた姿勢で立ち止まる。

 そういえば、早く行くのはいいけどまだ院長先生とか居たりして……。まぁいなくなるまで待てば大丈夫か。

 扉を開け廊下に誰もいないことを確認するとすり足で家を出た。

 動物病院にはすでに人影はなかった。敷地に入ってからなのはは窓が開かないことを思い出した。しかし目的のフェレットがただの動物ではないことと魔法を使えることを思い出し、多分問題ないだろうと足を進めた。

 窓をノックするとフェレットがケージから顔を出した。なのはを視界に収めると自分で扉を開け窓まで駆け寄ってくる。

 

「君話せるでしょ?」

 

 外見では分からないが、フェレットは少し驚いていた。拾ってもらった時にはまだ気づいていない様子だった。それに、これから念話をしようとは思っていたがまだしていない。直接話したわけでもない。それなのに気付いたなのはに対し、なかなか頭が回る子だと無意識に評価を上げた。

 フェレットは頷くと事情を話しだした。なのははすぐにでも本題に入りたかったが怪しまれて赤い宝石を渡してくれなくなるのも困るので黙って聞く。時間はまだある。焦る必要もない。

 

「いいよ。私で良ければ力を貸すよ。どうすればいい?」

 

 フェレットは何やら文字が書かれた翠の円を出現させる。そこから1本、同色の鎖が飛び出す。そして窓の鍵に絡みつくと開錠した。

 

「窓開けてもらっていいですか? この体じゃ届かなくて」

 

 なのはは目を大きく見開いたまま固まっている。

 え……? え……? 今のがままままま魔法!? え、ちょ、すごいんだけど! 何あれ!? すごくかっこいいっ! あの床に浮かび上がったのって魔法陣ってやつだよね!? 本当に魔法ってあるんだ! 君には素質があるとか言ってたよね。私も使えるってことだよね? ね? やっぱり無かったですとかダメだよ? 私怒るからね? あぁもうテンション上がりまくりだよー! やだー!

 なのはは必死に顔に出ないように意識するが頬がピクピク痙攣している。街灯の光を背にしているなのはの顔は陰になっている。そのためフェレットは表情の変化に気づかない。

 

「あの、すみません。どうかしましたか?」

 

「え? あ、うん。なんでもないよ。窓開ければいいんだね」

 

 窓をスライドさせる。窓縁に飛び上がったフェレットは首にかけてある赤い宝石をなのはに差し出した。前回の失敗によるものなのか、これから魔法を使うことに対してなのか。なのはは緊張で脈が上がり、手はじっとり汗ばんでいる。ゴクリと唾を飲み込むとそれを受け取った。

 

「我使命を受けし者なり……契約の元その力を解き放て……」

 

 目を瞑り心を澄ませる。今度は間違えないように、一文一文、気を付けながら。

 

「不屈の心はこの胸に……この手に魔法を……レイジングハートセットアップ!」

 

 赤い宝石レイジングハートとなのはの魔力、魂が共鳴する。

 い、言えたぁあ! ってなんか光ってるぅ! 私の、手から、桜色の、極光が、放たれてるッ! これが……魔法!? 私今魔法使ってるよ! すごいすごいすごいすごいっ!

 掌から……正確にはレイジングハートから伸びる眩いばかりの光柱が雲を突き破る。その光に照らされるなのはの顔は歓喜に満ちていた。

 

「……すごい魔力だ」

 

 フェレットはその魔力量に感嘆の声を上げる。自分と同程度あれば上々かと思っていたが、それよりも少し上回っている。良い方向に裏切ってくれたようだ。これなら目的を果たせるかもしれないとなのはと同様に内心歓喜する。すぐさま魔法を制御するための杖と身を守るための衣服を作るようなのはに言う。

 突然の言葉に、なのはは眉を寄せ必死に考えながら「急にそんなこと言われてもっ」と抗議の声を上げる。魔法使いと言ったらあれしかないじゃないか、と今日学校で思い浮かんだ3つの色の内一つを選んだ。しかし杖が思い浮かばない。

 杖ってどんなのがいいの!? ゲームに出てくる杖ってどんなデザインだったっけ。杖……杖……杖ぇ……。ダメだ出てこないよ。あぁもうこんな感じでいいやっ!

 レイジングハートはなのはが思い浮かべる漠としたイメージを受け取ると、それをもとに構築し始める。

 なのはの体が一瞬だけ光に包まれる。そして現れた姿は、まさしくゲームや漫画にでも出てくるような魔法使い然としたものだった。

 左手に持つ杖。長さはなのはの胸辺りまではあろうか。拳よりも大きくになったレイジングハートを中央に、金色のフレームが囲っている柄頭。純白の柄との接合部付近には2本の円筒が飛び出ている。石突き部は桜色の外装で覆われていた。そしてそれを持つなのはの服装……バリアジャケットは、手首に近づくにつれ広くなっている白のローブ。その上に白のケープを羽織り、胸元で赤いリボンを結んでいる。それにはフードが付いていて、ネコ耳を彷彿させる2つの三角が威風堂々と天に向かって立っていた。裾と袖とフードの淵には赤い三角がぐるりと描かれている。首元からは黒のインナーが、風に揺らめくスカートからは黒のタイツに包まれた足と茶色のハーフブーツが覗いていた。

 無表情で自分の姿を確認する。そして徐に茶色の手袋に包まれている右手をフードへ伸ばす。呼吸が浅く早くなる。勿論興奮によるものだ。恐る恐るフードの三角に触れた。瞬間、なのはの顔は恍惚としたものに変わった。

 

「成功だっ!」

 

 フェレットの言葉など、自分の世界で絶賛狂喜乱舞中のなのはには届いていない。そんな時、なのはとフェレットの頭の中を鋭い感覚が通り過ぎる。

 なのはは今はそんな場合じゃないことを思い出し、即座に気持ちを切り替えて振り返る。視界に黒い化け物が映った。それが何なのか認識するよりも先に体が動く。窓縁に立つフェレットを掴みあげて横に全力で飛び込んだ。

 聞きなれた破壊音。なのははせっかくの気持ちを乱されたことを不満に思いながら立ち上がると、穴の開いた壁を見つめる。フェレットを地面に降ろす。黒い化け物が硬直している今、どうしても聞いておかなければならないことがあった。あの黒い化け物は魔法で倒せるのかと。

 

「あれは忌まわしい力のもとに生み出されてしまったもの。あれを停止させるにはその杖で封印して、元の姿に戻さないといけないんです」

 

「……つまり、倒せるってことでいいんだよね?」

 

 頷くフェレットを見て、握る杖に力を込めた。そしてどうすれば魔法を使えるのか尋ねる。

 

「攻撃や防御みたいな基本魔法は心に願うだけで発……」

 

 なのはは使い方が分かるやいなや、最後まで聞かずに、今にも動き出そうとしている黒い化け物に杖を向け攻撃を念じる。レイジングハートが何かを言うが言葉が分からない。とにかく念じる。すぐさま魔法を使いたかった。いや違う。すぐさま黒い化け物を屠りたかった。あいつには何度も痛い目に合わされている。そしてなにより美由希の仇である。それを倒す力を持っている。だったらやることは一つしかないだろう。

 杖の前方に野球ボール程の魔力光と同色の光球が生成される。そして線を描いて高速で放たれる。結果を見る前にもう一度撃つ。更に撃つ。3発撃ってから気づく。……魔法弾は当たると同時に気の抜けるような、ポコンという音を立てて霧散している。見た感じからしてダメージなど与えられていない。

 なのはは「うそ……なんで……」と零し呆然と黒い化け物を見つめる。それはあまりに予想外だった。こんなはずではなかった。魔法を使えば致命傷は与えられないまでも多少のダメージは与えられるはずだった。

 でも、これじゃあまるで駆け出し冒険者が魔王に挑むようなものじゃん……。

 黒い化け物は咆哮をあげるとなのはに赤い眼を向けた。

 我に返ったなのはは直ちに杖を両手で構え、防御を念じる。レイジングハートの声と共に桜色の防御バリアが展開した。こんな薄い光の膜で本当にあれを防げるのだろうか。そう不安に思ってしまう。

 黒い化け物が地面を抉り、ものすごい勢いで飛んでくる。そしてバリアと黒い化け物が音を立ててぶつかった。

 一瞬の均衡の後、ガラスが割れるような音がなのはの耳に届いた。

 前と後ろからの強い衝撃。気が付けば星が微かに輝いている空を見上げていた。

 一体何が起こったのか。考えるまでもない。バリアが破られ突進の直撃を受け吹っ飛ばされた。それだけだ。

 フェレットが駆け寄って来て何か言っている。頭を起こそうとするが上がらない。心臓が脈打つ度に、頭がハンマーで殴られているかのような痛みが走る。呼吸する度に、内臓を引っ掻きまわされているかのような激痛が全身を襲う。泣き叫ぶことも、のた打ち回ることもできない。口の中が鉄臭い。

 痛い。痛い。痛い。死ぬほど痛い。このまま死んじゃうのか。……でもまだ生きてる。それなのに足掻かずに死ぬのを待つ? 動くと痛いから仕方がないって? 私の覚悟はそんなものなの? 違うよね。

 

「この程度……どうってことないっ」

 

 なのはの指がピクリと動く。再び頭を起こそうと力を込める。不覚にも呻き声が零れる。情けない。もっと気合いを込めろ。内心で叱咤する。

 なんとか上体を起こし近くに倒れている木に背を預けた。意識が飛びそうになるのを堪える。体の奥から込み上げてくる熱い塊を吐き出した。赤い液体に白い何かが混ざっていた。涙で霞む視界と朦朧とする意識の中で状況を確認する。目の前には折られた木の株があった。杖はすぐ脇に転がっていた。バリアジャケットではなく普通の服に戻っていた。

 先程なのはが立っていた辺りにいる黒い化け物は、硬直から回復しこちらに視線を向ける。

 レイジングハートを手に取る。横にいるフェレットにもっと強い魔法は無いのかと尋ねる。しかしその返答を聞き取れない。何を言っているのか頭が理解できていない。すぐに聞き取ることを諦め、蚊の鳴くような細い声で「逃げて」と言う。黒い化け物は飛び上がり狙いを定めている。

 今回もあれでやられるのか。……でも。

 なのはは震える手で点滅するレイジングハートを構えると、魔法弾を構築した。そして宣戦布告するかのように撃ち放った。

 

「……いつか必ず倒す」

 

 なのはの魔法弾と呟きは一瞬で掻き消された。

 

 

 


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