魔砲使いになった理由   作:タニアホテル

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新たな展開

 

 ゆっくりと瞼を開く。そこは見慣れた天井ではなかった。体に痛みの余韻もない。すぐ隣には暖かさを感じた。なのはは昨日のことが夢や妄想などではなく、全部本当にあったことなのだと安心した。

 外はまだ薄暗く、夜明け前であることに気が付く。

 

「早く起きすぎちゃった……」

 

 なのはは隣の美由希を起こさないよう小さく呟くと、もぞもぞと布団の中に潜り込む。

 頬がだらしなく緩んだ。

 こんなにも幸せで胸が暖かい、目覚めの良い朝はいつ以来だろうかとなのはは考えてみた。繰り返す前であるということは確かだったがいつかは思い出せなかった。今がこうして幸せなのだからどうでもいいか、と別のことに思考を向ける。

 私が欲しいのはこんな日常だ。こんな日常を手に入れるために自分は戦うんだ。もっともっと強い敵が出てくるかもしれない。何百回、何千回と繰り返すことになるかもしれない。でも諦めない限り絶対に辿り着けるんだ。私の魔法の力で絶対に絶対に辿り着くんだ。

 なのはは美由希の体温を感じながら、体の隅々まで幸せを感じながら自分の目指すものを再確認した。

 この幸福な空間がとても名残惜しかったが、表情を引き締めるとベットからそっと抜け出し自室へと向かった。

 自室の扉を開き薄暗い部屋に入る。照明を点けようとスイッチに手を伸ばしかけたが、急に明るくするとユーノを起こしてしまうかもしれないと手を引っ込めた。

 しかし部屋で何か作業をするには暗すぎる。まだ日は出ていないからカーテンを開けるくらいなら大丈夫かと考え、なのはは窓へ向かうべく机を通り過ぎようとした。その時、机の上のハンカチに置いてあるレイジングハートが薄く光った。そして蛍のようになのはの元へと飛んでくる。

 

「レイジングハート?」

 

 なのはは小さく驚きの声を上げ手を差し出す。そして掌の上に乗った仄かに点滅するレイジングハートを、人差し指でちょんちょんと触れながら朝の挨拶をした。

 そのままカーテンに近づくと音を立てないように開けた。目の前には蒼ざめた町並みが広がり、その上にはほんのり薄いオレンジと濃紺が入り交じる空が広がっていた。

 ユーノが寝ているであろうバスケットを覗いてみると、敷いているタオルに潜って丸くなっていた。なのはは次からは掛けるものを準備しておこうと思った。

 僅かに明るくなった部屋の中央に座るとレイジングハートを床に置く。

 

「さて魔法の練習しないとね」

 

 目を瞑ると意識を研ぎ澄まし体の魔力を掌に集中させる。掌に桜色の光が灯ると、それは膨張していった。そしてピンポン玉程度になると、大きくなったり小さくなったりを繰り返し始める。魔力が周囲に拡散し、これ以上大きくならないのだ。

 なのはは眉間に皺を寄せると、魔力が外へ逃げて行かないよう更に集中する。すると玉の大きさは安定し、ほんの僅かに大きくなった。しばらくその状態を維持すると、なのははほっと息を吐き魔力を霧散させた。そして少し休憩してから再び同じことを何度も繰り返した。

 

「まだまだだね……。気長に練習続けるしかないか。次は圧縮……」

 

 そう呟くと再び魔力に意識を向け、今度は魔力の圧縮を始めた。

 

「おはよう、なのは」

 

 圧縮の練習を始めてからそれなりに時間が立ち、朝日がすっかり顔を出した頃ユーノが目覚めた。なのはは魔力を散らし、レイジングハートを掴むとユーノに近づいた。

 

「おはよう。よく眠れた? 掛けるの用意してなくてごめんね。寒かったよね」

 

「……あぁ、よく眠れたよ。気にしなくても大丈夫だよ。寒くはなかったから」

 

 なのはは少し間の空いた返答に違和感をおぼえたが「そっか」と返すと、レイジングハートをハンカチの上に置き制服に着替えはじめた。

 衣擦れの音が静かな部屋を満たす。

 

「私、これからお姉ちゃんの練習見に行こうと思ってるんだけど一緒に来る?」

 

「え、う、うん。一緒に行くよ」

 

「……どうしたの? 後ろ向いて。なにか気になるものでもあった?」

 

 着替え終わったなのはは壁の方向を向いているユーノに、不思議そうな表情で尋ねる。ユーノはギギギと効果音が付きそうな程ぎこちない動きで振り返り「なんでもないよ」と答えた。

 なのはは首を傾げたが深く追求することはせず、適当に相槌を打つと鏡の前に立った。そして髪を結い終わると「それじゃあ行こうか」とユーノを引き連れ、庭にある道場へと向かった。

 中を覗くと木刀を持った美由希が一人、剣術の練習をしていた。

 扉の隙間から顔を伸ばし美由希に「見てもいい?」と聞く。

 

「あら、珍しい。朝起きたらいなくなってたからびっくりしちゃったよ。良いよ。見ても面白いものじゃないと思うけれどね」

 

 一度手を止めた美由希は笑みを浮かべながら了承した。

 

「ユーノも来てるんだ。後ろついてくるなんて本当に賢いんだね」

 

 なのはと一緒に入ってきたユーノを見つけると感心した声を上げ、再び木刀を振り始めた。

 なのはは隅に正座すると美由希をじっと見つめる。足運び、腰、腕、手首、視線。それらの動きを目に焼き付けるかのように観察した。

 少しでもその動きを真似ることができれば戦いの役に立つかもしれない、となのはは常々考えていたのだ。しかし、いつも目覚めると練習は終わっているために見学できなかったのだ。

 

「終わりっと。面白くなかったでしょ?」

 

「ううん、そんなことない……よぉおっ!?」

 

 なのはは立ち上がろうと腰を上げたが、足が痺れて再び座りこんでしまった。そしてその後に襲ってきた、何とも言えない感覚により悶える。

 

「ちょっと大丈夫? 別に正座しなくてもよかったのに」

 

 木刀を壁に掛けた美由希が、声を上げて笑いながらなのはのもとへやってくる。隣にいるユーノも心配そうになのはを見上げていた。なのはは「だ、大丈夫……この程度どうってことない」と壁に手をついて眉を寄せながら立ち上がる。

 美由希はそんななのはを微笑ましそうに見ながら「じゃあ、朝ごはん食べに行こっか」と言い、なのはが歩き出したのを確認すると一緒に道場を出るのだった。

 

 

 

 

 朝食を食べ終わると、ユーノと話すために一度自室へ戻ってきた。

 

「色々聞きたいことがあるんだけど、私学校行かなきゃいけないから話は帰ってきてからだね」

 

「あ、大丈夫。僕たち魔法使いは思念通話が使えるから、遠く離れていても話せるよ」

 

「死ねんつーわ?」

 

《こんな風に》

 

「あ……これのことか」

 

 なのはは傾げた頭をもとに戻しなるほどと頷いた。その時ふと、この声を黒い化け物の声だと考えていた最初の頃を思い出す。

 あの頃の私は、黒い化け物があの少年を取り込んで声を出してるって本気で思ってたんだよね……。今考えるとなんだかおかしいな。

 なのははユーノの話を聞きながら、ふふっと小さく笑った。自分で考えていたことに少し引っかかる部分があるような気がしたが、まぁ良いかと思考を切り替えた。

 レイジングハートを身に着けたまま心で話しかけると使えるとのことだった。さっそくレイジングハートを手に持ち「あーあーあー」と心の中で声を上げた。

 

《うん、ちゃんと聞こえてるよ。これで空いてる時間に色々話すよ。僕のこととか、ジュエルシードのこととか……》

 

《そう、お願いね》

 

 なのはは頷くと学校へ向かった。

 教室に入り席に着くと、アリサとすずかがなのはの机の周りにやってくる。

 

「おはよう、ねぇ聞いた? 昨日行った動物病院で車か何かの事故があったらしいのよ」

 

「それで壁と天井が壊れたちゃったんだって。フェレット大丈夫かなぁ」

 

 なのは一瞬固まったが、すぐに冷静になり適当に説明し始める。

 

「……うん、それについてなんだけど、そのフェレット今うちにいるんだ」

 

「え?」

 

 アリサとすずかが同時に呆けた声を上げ、なのはを見た。

 

「昨日、自転車で街中走ってたんだけどね、その時偶然鉢合わせしちゃったんだ。びっくりしちゃったよ。それで、怪我大丈夫かなって思って近づいたんだ。でも逃げる様子もないからそのまま連れて帰っちゃった」

 

 なのはは事も無げに、にゃはにゃは笑いながら答えた。内心では、そういえば今まで動物病院のことなんて全く頭になかったな、と引きつった笑みを浮かべていた。それと同時に、今まで経験したことの無い展開に刺激を感じていた。

 2人は信じられないことを聞いたかのように声を上げて驚いた。

 

「えぇ!? そんなことってあるの!? すごいわね!」

 

「逃げ出したフェレットと偶然出会って、しかも家へ連れて帰れるなんて……。なのはちゃんが助けてくれたこと覚えてたのかな」

 

「そうなのかなぁ? あぁ、それとユーノ……あのフェレットさん飼われてるわけじゃないみたいだから、当分の間うちで預かることになったよ。名前はユーノっていうんだ」

 

 雑談を終え、アリサとすずかは自分の席へと戻っていく。そして朝のホームルームが終わり、授業が始まった。

 新鮮だった。今までずっと同じ授業の繰り返しだった。しかし今回は違う。もう聞き飽きた授業ではなかった。

 なのはは、そういえばこんな授業あったなと遠い過去を思い出すかのように目を細め、どこかわくわくしながら黒板を見た。

 

《ジュエルシードは僕らの世界の古代遺産なんだ》

 

 突然の声に吃驚したなのはは膝が飛び跳ね、ガタンと机を浮かせた。その音に、教室の皆の視線がなのはに集中する。

 

《あの小さな石には膨大な魔力がこめられているんだけど》

 

「なのはさん、大丈夫ですか?」

 

《力の発現が不安定で単体で暴走したり、無機物や生き物を取り込んで》

 

「はいっ! 大丈夫です! 問題ありませんです!」

 

《自身の駆動体に変化させる性質があるんだ》

 

 羞恥に顔を熱くしながら先生に返事をした。なのはは皆の視線が黒板に戻ったのを確認すると、体の熱を逃がすかのようにほっと息を吐き出した。

 

《…………なのは聞こえてる?》

 

《ねぇ、ユーノくん……。いきなり話し出すのはやめようね?》

 

 なのはの声はいつも通りの落ち着いた口調だった。しかし、なぜかそこには、思わず身震いしてしまうような何かが込められていた。

 ユーノは心臓を握られたかのような気分になったのだろう。怯えた様子で「ご、ごめん、次は気をつけるよ」と謝った。

 

《うん、お願いね? それでなんでそんな危ないものが近くにあるのかな?》

 

《……僕のせいなんだ》

 

 なのはの動きが止まった。体の奥底から怒りが湧き起こってくるのを感じた。呼吸をするのも忘れ、ぎりりと歯を噛み締め握った鉛筆にも力が入る。もしも目の前にユーノがいたら、握りつぶす勢いで掴み上げていたことだろう。

 

《……君が持ってきたの? ここに》

 

《僕が持ってきたわけではないけれど……僕が発掘しなければこんなことにはならなかったんだ。……僕は故郷で遺跡発掘を仕事にしているんだ。そして…………》

 

 ユーノの話を聞き終わると、なのはは深呼吸して体から力を抜いた。

 話を要約すると、発掘したジュエルシードを調査団に保管してもらったが、運んでいる最中に事故か何らかの人為的災害によりこの世界に散らばってしまった。ジュエルシードは全部で21個あり、今までに見つけられたのは2つということだった。

 たしかにユーノが発掘しなければこんな事態にはならなかっただろうが、そのことに対しなのはは全く怒りなど沸かなかった。最初に考えていた通りではなかったが、やはりユーノも自分と同じ被害者なのだとなのはは思った。もしも怒りをぶつけるとするならば、事故に対してか、もしくは人為的災害を起こしたものに対してだろう。

 

《そうなんだ。ユーノくんは悪くないよ。気にしなくていいと思う》

 

《でも……僕があれを見つけなければこんなことにはならなかったんだ……。全部見つけてあるべき場所に返さないと……。その……昨夜は巻き込んじゃって、助けてもらって本当に申し訳なかったです。魔力さえ戻れば一人でジュエルシードを探しに出ます。だからそれまで少しの間休ませてもらいたいんです》

 

 悲痛な声だった。自らが背負った重荷に苦しんでいるのだろう。変に責任を感じて一人で全てを解決しようとしているのだろう。本当に賢くないお人好しなフェレットだった。

 なのはの胸に熱い何かがこみ上げてくる。目を閉じて口元に笑みを浮かべて言った。

 

《やっぱりユーノくんは賢くないんだね。……ユーノくんは一人じゃない。私とレイジングハートも最後まで戦うよ。そうだよね? レイジングハート。私たちは仲間だよ。だからいつか必ず辿り着こう。一緒に》

 

 一人じゃない。ユーノだけではなく自身にも向けた言葉だった。一緒に戦う仲間がいる。ただそれだけで心強いものだ。それをなのはは身をもって知っている。ユーノが教えてくれたことだった。

 

《き、気持ちは嬉しいけど……本当に嬉しいけど、昨日みたいに危ないことだってある。そんなところに……》

 

《むしろ危ないことしかないよね。そんなこと知ってるよ。これ以上ないほどに。だから気にしなくてもいいんだよ……って言ってもユーノくんのことだから納得しないかな?》

 

 なのはは少しおどけながら話した。

 考え込んでいるのだろうか。ユーノからの返事は無い。なのはは笑みを消し普通の口調で続けた。

 

《それに言ったよね? 私には私の目的があるって。辿り着く場所は同じだよ。……まぁユーノくん次第か。ユーノくんが回復した後、絶対確実にジュエルシードを回収できるのなら、その後はもう関わらないよ》

 

 少し意地悪な言い方かなと思いながら、なのははユーノが巨大樹や翼を持った何か、巨大な尻尾の獣と戦っているところを想像した。

 ユーノは全快の状態でジュエルシードを1個しか集められなかったのだ。正直、それらの化け物に勝てるとは思わなかった。今のなのは自身も勝てるとは思わなかった。

 

《わかったよ……申し訳ないけれど手伝ってもらえるかな? なのは》

 

《うん、任せて。今は無理でもいつか必ず一緒にね。……あ、そうだ、帰ったら私に魔法教えてよ。何もかもを吹き飛ばすような強力なやつ》

 

《強力な魔法かぁ。……砲撃魔法とかかな。いいよ、帰ったら教えるよ。でも……何もかも吹き飛ばすとなると、膨大な魔力と瞬間出力がないと難しいかもしれないね》

 

《ありがとう。膨大な魔力と瞬間出力か……まぁ使ってみればわかるかな。とりあえず今はこのくらいで念話終わるよ。帰ったらよろしくね》

 

 なのはは頬杖をつきぼんやりと黒板を眺めながら、魔法についてさっきユーノが言ったことを含めて考えた。

 魔力に関してはユーノがすごい魔力だと言っていたことから、そこそこの量であると予想はついた。しかし出力に関してはよく分からなかった。

 初めて封印魔法を使った時はかなり疲弊してしまった。つまり多量の魔力を使ったということだろう。それなのに威力など皆無だった。練習して分かったことだが、放出した魔力がエネルギーに変換されず外に逃げていたのだ。しかし今は最初に比べると遥かに疲労は少なくなっていた。それなのに威力は上がっていた。そのことから魔法の威力、魔力消費量は魔力制御にも依存することをなんとなくだが感じ取り、ただ単に自分が魔力制御が下手なだけだったと気づいたのだ。だからこそ、制御の練習ばかりを繰り返していた。 

 やっぱり実際に使ってみなきゃ分からないか。どんな魔法なのかも知らないし。

 いくら考えたところで無駄だと分かったなのはは、昨夜の黒い化け物との戦い思い出す。

 これまで苦労がまるで無駄だったと思わずにはいられないほどにあっさりと倒せてしまった。なのはは弱点を突く重要性と、内側から破壊する有効性に気づき始めた。ついでに初めて勝利に導いてくれたハンマー型の杖に愛着がわくのだった。

 そこでふと、黒い化け物の目玉を貫いた時のことを思い出した。その時の感触も音も思ったことも鮮明に覚えている。

 なのはは急に自分が怖くなった。あの感触を心地良いと思ってしまった自分が怖くなった。人を殴った時にも同じ気持ちを抱いてしまうのだろうか。そんな自分を想像してぶるりと身震いした。自分が化け物にでもなってしまったかような感覚をおぼえた。

 ありえない……。

 目を瞑り深く息を吸い込んだ。数秒息を止めた後ゆっくりと吐き出す。

 あれは初めての勝利への確信と今までの積もりに積もった恨みを晴らせることへの心地良さだったのだ。決して肉を貫く感触に対してではない。二度目は何も感じない。そうなのはは自分へと言い聞かせた。

 その時授業の終了を告げるチャイムがなった。

 授業全然聞いてなかった……。まぁ……いいよね。

 なのはは一度立ち上がり大きく伸びをする。そして再び座り込み、次の授業からは朝見た美由希の動きの確認と気づかれないように魔法の練習をしよう、と考えながらぐでっと机の上に突っ伏すのだった。

 

 

 

 

 学校が終わり下校中の時のことだった。

 ユーノにそろそろ家に着くからと念話している最中、世界の色が一瞬変わった。

 

「今の何?」

 

 なのはは呆けた顔をして立ち止まった。疲れているのだろうか。そう考えた時、ユーノから答えがきた。

 

《ジュエルシードがすぐ近くで発動したみたいだ! 一緒に向かおう。手伝って》

 

 なのは一度家に帰りユーノと合流すると、自転車で発動した方向へと向かった。着いた場所は神社だった。ジュエルシードは境内にあるようだった。

 近くに自転車をとめ、境内へ向かうべく駆け出した。しかし、なのはは思わず足を止める。喉がごくりと音を立てた。

 

「私、これ無理かも」

 

 なのはは階段を見上げながら口の中で小さく呟いた。

 それはなのはにとって天まで届く巨大な壁に見えた。そしてそれは「人は時として乗り越えねばならぬ壁があるのだよ」となのはに優しく語りかけているかのようだった。

 

「さぁ、行こう! レイジングハートを起動して」

 

「……うん。我使命を受けし者なり。契約のもとその力を解き放て。風は空に星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を。レイジングハートセットアップ」

 

 一息で起動呪文を唱え白い戦闘服に身を包む。

 なのはは「よしっ」と気合を入れると第一関門、境内へと続く長すぎる階段を勢いよく駆け上った。もちろん途中まで。

 

「くっ……ユー……ノくん。私は……どうやら……ここまでのようだっ。あとは……頼んだ」

 

 階段に手をつきながら、これ以上ないほど荒い息でユーノに言った。

 

「ちょっとなのは、遊んでる場合じゃないよ! 急いで!」

 

 なのはに遊んでるつもりなど1ミクロンも無かったのだがユーノは一蹴すると先に行ってしまった。その時レイジングハートが小さく何かを言ったが分からなかった。

 なのはは眉間に皺を寄せながら「わかってるよ」と掠れた声で小さく呟くと再び昇りだした。心臓が破裂寸前かと思われた。唾を飲み込もうとすると喉が張り付いて、もんじゃ焼きを作りそうになった。暴走体と戦う前に死んでしまうと本気で思った。だがこんなところで諦めるわけにはいかなかった。

 

「乗り越えて……みせる」

 

 レイジングハートの励ましているのであろう声を聞きながら、手に持つハンマーを支えに一段ずつ上を目指す。上を向くとユーノの姿はもう見えなかった。

 森の中で生活してるだけあって疲れ知らずなんだな、となのははユーノの体力を羨ましく思った。当然ユーノは森の中でなど生活はしていないが見た目がフェレットなのだから仕方が無い。

 あと少しだった。あと少しでゴールに辿り着く。なのはは最後の力を振り絞り頂上を目指した。その時、強烈な破壊音と地響きがなのはに届いた。

 まずい。なのは急いだ。もう交戦は始まっている。もしかしたら今の一撃でユーノはやられてしまったのかもしれない。

 境内の様子が見えた。そこには抉れた地面と巨大な尻尾を揺らめかせている焦げ茶の獣がいた。ユーノの姿は見当たらなかった。境内に辿り着くと、朦朧とした意識で離れた場所にいる焦げ茶の獣を見つめる。

 あいつ……お兄ちゃんを殺したやつだ。

 ハンマーを握り締めると、息切れにより激しく肩を上下させながら構えた。焦げ茶の獣もなのはに気づき視線を向ける。

 その瞬間、なのはは魔法弾を生成し焦げ茶の獣の顔面目掛けて放った。しかし、それは前足の付け根から生えた腕でかき消されてしまった。それを確認すると同時になのはは避ける体制をとった。この距離からだとおそらく突進か飛び掛ってくるだろうと予想した。

 焦げ茶の獣は少し身を低くしたかと思うと目にも留まらぬ速さでなのはに迫った。黒い化け物に比べ分かりやすい予備動作だった。

 どのくらい離れればいいのか分からないため、なのはは力の限り横へ走った。それで焦げ茶の獣は横を通り過ぎ回避できるはずだった。しかし予想を反して、焦げ茶の獣はなのはから少しだけ離れた位置で止まった。かと思うと体を勢いよく回転させた。それと同時になのはは吹っ飛ばされた。振られた尻尾がなのはを薙いだのだ。飛ばされたなのはは手前の木々をすり抜け林の中へ消える。奥から小さく鈍い音が聞こえた。

 なのはが意識を失う直前に思ったことは、近づいてきた焦げ茶の獣の巨体を見上げながら、こんなの勝てるわけが無い、だった。

 

 


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