雪風は赤い砂と共に   作:火の丘

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決闘

 サソリとタバサは昼食を摂るため、アルヴィーズの食堂に来ていた。

 相変わらず、黙々とタバサは昼食を食べている。パクパク、モシャモシャと。リスのように頬を膨らませながら、次々に料理を口に運び、食卓の上には空になった皿がどんどん積み上げられていく。

 いやもう、遠慮のない食べっぷりだ。大概のことが起きても動じないサソリが顔を引きつらせるぐらいの食欲である。

 

「……よく食べるな?」

「ふつう」

 

 普通じゃない。

 心の中で冷静にツッコミを入れるサソリ。

 そんな彼の心の声が届いたのか、タバサが食事をおかわりする手を止める。

 やっと食べ終わったか。

 どこか安堵したような表情を浮かべるサソリだったが、タバサがキョロキョロと辺りを見回していることに気付く。

 

「どうした?」

「デザート」

 

 タバサの視線の先では、使用人がデザートのケーキを配っている。

 タバサの瞳がサソリには、獲物を狙う狩人の目に見えた。

 どうやら、まだまだ食べる気満々のようだ。

 

「オレの分も食べるか?」

 

 タバサが迷わず頷く。

 どこか疲れたような笑みを浮かべ吐息をつき、タバサの食事についてもう何も言うまい、と心に誓うサソリだった。

 

 タバサがデザートのケーキを食べ終わる頃、なにやら食堂が騒がしくなる。

 サソリが騒ぎのする方に目をやると、先ほど教室のいたルイズの使い魔の少年と金髪の派手な服を着た少年が言い争っているようだった。

 そして、話はどんどん進み、どうやら二人は決闘で雌雄を決することにしたらしい。

 

「面白そうだな」

「興味ない」

 

 二人の決闘に興味を持ったサソリが呟くが、タバサにバッサリと否定される。

 

「夕食のデザートもお前にやろう」

「すぐに行こう」

 

 舌の根も乾かぬ内に、意見をひるがえすタバサだった。

 

 

 サソリとタバサは、先ほどの二人が決闘する場所ヴェストリの広場に来ていた。昨日、サソリとタバサが手合わせした広場だ。

 広場には、サソリたちと同じように大勢の生徒が、決闘を見ようと集まっていた。

 

「諸君! 決闘だ!」

 

 金髪の少年が薔薇の造花を掲げ、高らかに喧伝する。

 すると、周りの生徒から歓声が巻き起こった。

 

「ギーシュが決闘するぞ! 相手はルイズの使い魔だ!」

 

 ギーシュと呼ばれた少年は、歓声に腕を振って応え、それからやっと存在に気付いたという風に使い魔の少年に向き直る。

 

「よく逃げなかったね。……ひょっとして君は馬鹿なのかい?」

「逃げるか! そんで誰が馬鹿だ!」

 

 心底意外だ、というようなギーシュの言葉に、怒りを顕わに黒髪の少年が語気を強め返す。

 

「いや、褒めているんだよ。ある意味ね」

 

 ギーシュが片目をつむり、芝居掛かったポーズを取りながら言った。

 そして――

 二人が二言三言、言葉を交わした後、決闘は始まった。

 

 最初に動いたのは使い魔の少年だ。先手必勝とばかりに、猛然とギーシュに向かって駆け出す。

 それを見たギーシュは、その端正な顔に余裕の笑みを浮かべ、手に持った薔薇の花を振った。

 すると花びらが一枚、宙に舞う。

 淡い光を花びらが発したと思ったら、次の瞬間には、きらめく甲冑を着た女戦士の姿へと変わっていた。

 身長は人間と同じぐらいだが、陽光を受けて光るその体は硬い金属製のようだ。

 

 

 ギーシュの魔法で創り出された金属製の人形にサソリが関心を示す。

 

「あの魔法は?」

「土魔法のクリエイト・ゴーレム」

 

 タバサにギーシュが使った魔法を尋ねると、サソリにも聞いたことのある名前が返ってきた。

 ――土遁・剛隷式(ゴーレム)の術。

 岩の人形を作りだし操る術。しかしサソリからしてみれば、剛隷式(ゴーレム)の術は芸術性の欠片もないただの岩の塊だが、目の前にあるギーシュが造り出したゴーレムは、サソリからしてみても中々の造形美だった。

 ギーシュの魔法に俄然興味が湧いてきたサソリ。

 造形は中々だが、戦闘のほうはどうだ、とサソリは目を見張るが、使い魔の少年の力不足で、戦いは一方的な展開になっていた。

 腹をゴーレムに殴られ、うずくまる少年。そして少年の主たるルイズが飛び出して来て、決闘をやめさせようとする。

 

「ギーシュ、いい加減にして! 大体、決闘は禁止されているじゃない!」

 

 しかし、ギーシュはルイズの言葉を意に介さず、それどころかルイズを茶化す。

 

「禁止されているのは、貴族同士の決闘だけだよ。平民との決闘は誰も禁止してないよ」

「……そ、それは」

「ルイズ、君が平民の彼をそんなに心配するなんて……。ああ、わかった! 君は彼のことが好きなんだね!」

 

 手を叩いておどけるギーシュにルイズの顔が、怒りで赤く染まる。

 

「誰がよ! ふざけないで! 自分の使い魔がみすみす怪我をするのを、黙ってみていられるわけないでしょ! 主として使い魔を助けるのは当然よ!」

 

 ルイズがギーシュの発言に怒り、小さな肩を震わす。その震える肩にポンと手が置かれる。ルイズが反射的に振り向くと、瞳に映ったのは自身の使い魔の姿だった。

 

「サイト!」

「……だ、誰が怪我するって? 俺はまだ平気だっつの」

 

 ルイズの肩に手を置いたのは使い魔の少年サイト。その表情は痛みからか、すぐれない。やせ我慢をしているのは明白だった。ルイズは立ち上がった少年の姿を見て、無意識の内に悲鳴にも似た声で、その名前を呼んでいた。

 サイトは、ルイズに軽口を叩き、ギーシュの方へと歩いて行く。その瞳からはまだ闘志は消えていなかった。だが、誰の目から見てもサイトの劣勢は覆らないだろう。平民は貴族には勝てない、ハルケギニアではそれが道理。

 しかし、サソリとしてはそれでは面白くない。

 せっかく興味を引かれた魔法なのだ、どれほどのモノか試してみたい。

 そう思ったサソリは、行動に移る。

 

 再び、サイトはギーシュの創り出したゴーレムと対峙していた。

 ゴーレムがサイトとの距離を詰め、その右手を振りかぶり殴り掛かる。サイトはゴーレムの攻撃に反応できていないのか、その身体を微動だにさせず、迫りくる拳を捉えた目だけが大きく開かれていた。誰もが、ゴーレムの右手がサイトの顔面に突き刺さると思ったが、その予想は外れる。

 サイトは紙一重で顔をずらし攻撃を躱していた。

 その光景を見たギーシュが眉を上げ驚いた表情をつくる。

 

「今のを躱すなんて、マグレにしてはやるじゃないか。でも、マグレは二回も続かないよ!」

 

 ニヤリと口元に笑みを携え、ギーシュがそう言うと、手に持つ薔薇の造花を指揮棒のように振るう。すると主の命令に応えるようにゴーレムがサイトに再び襲い掛かった。

 先ほどまでのゴーレムの動きより速い。

 それが意味するところは、ギーシュが本気を出したということだろう。

 次々とくり出される拳。

 風を切る音が辺りに響き渡る。

 固い金属製のその拳に当たりでもすれば、ただでは済まないということは容易に想像がつく。

 当たりさえすればの話だが……。

 

「……すごい」

 

 誰かの口から驚きがこぼれた。

 ゴーレムの攻撃を最小限の動きで躱していくサイト。

 その姿に生徒たちは言葉を失い、あっけにとられた顔で彼を見つめていた。まるで舞台役者のような流麗な動きで、皆を魅了していたからだ。

 

「な、何で当たらないんだ!」

 

 ギーシュが焦った様子で声を荒げる。

 そんな彼に追い打ちを掛けるように、サイトはゴーレムの拳が伸びきった瞬間を狙い、その腕を引くことで重心を崩し、さらにゴーレムの体重を利用して投げ飛ばした。地面にゴーレムが叩きつけられ、甲高い音が辺りに響く。

 ギーシュは、何が起きたか理解できずに呆気に取られていた。

 呆然と立ち尽くすギーシュ。そのような隙を晒すなど、攻撃をしてくれと言っているようなもの。

 気付けば、サイトがギーシュに向かって駆け出していた。

 猛然と迫るサイトを視界に捉え、盾ともいえるゴーレムを失っていることを思い出したギーシュが慌てて新たに呪文を唱えようとするが遅い。

 呪文を唱え終わる前にサイトの強烈な蹴りがギーシュの腹に突き刺さる。

 

「グゥエェ!」

 

 ギーシュの口からカエルを潰したような声が漏れ、身体をくの字に曲げ、地面に膝をつく。

 一連の戦いの様子を見ていた生徒たちは驚き、しばしの静寂の後、次々に歓声が沸き上がる。

 

「おい! あの平民やるじゃないか!」

「ギーシュに一撃を入れたぞ!」

 

 驚いているのは生徒たちだけではなく、今まさに歓声を浴びているサイト本人が一番驚いていた。

 それは、何故か。

 自分の意思とは関係なく、身体が勝手に動いたからだ。

 負けたくない、と思い立ち上がり、ゴーレムに向かって行ったら、身体が何者かに操られるかのように勝手に動き出したのだから、サイトが驚くのも当然と言えた。

 サイトの身体が勝手に動く理由を、知っている者が見物人たちの中にいた。いや、動かしている張本人と言うべきか。それはサソリだ。

 彼がなぜ、サイトを動かしているかといえば、ギーシュのゴーレムの力量を測る為だ。あのまま、サイトがギーシュと戦っても嬲りものになるだけで、ゴーレムの力を見ることは叶わなかっただろう。だからサソリは、サイトにチャクラ糸を結び付け操ることにしたのだ。

 

「フフフ、まさかこの僕が平民に足蹴にされるなんてね……」

 

 痛みから回復したギーシュがゆらりと立ち上がる。彼の口からは自嘲めいた言葉と乾いた笑い声がもれた。

 そして――

 笑い声が止まると、ギーシュはサイトに視線を向ける。その顔は至極真剣なもの。

 

「君、名前はなんて言うんだい?」

「は?」

 

 ギーシュの問い掛けに、サイトは意味が解らず首をひねった。

 そのさまにギーシュは大げさに肩をすくめ、首を振る。

 

「いや、まだ君の名前を聞いていなかったからね。いつまでも『平民』では呼びにくいと思っただけだよ」

「……才人。平賀才人だ」

 

 サイトはギーシュの言葉をいぶかしく思いながらも、名を名乗った。

 それに満足したのかギーシュが微笑む。

 

「そうか。サイト、まずは君を褒めよう。まさかメイジである僕に一撃を入れることができる平民がいるとは思わなかったよ」

 

 驚くことにギーシュはサイトを称えた。相変わらずその物言いは上から目線だったが。

 ギーシュがおもむろに手に持つ薔薇の花をサイトに突き付ける。

 

「ここからは、遊びはなしだ。サイト、僕は君を殺してしまうかもしれない。それでも君は僕と戦う覚悟があるかい? もし、その覚悟がないならこう言いたまえ。ごめんなさい、と。そうすればこの件は手打ちにしようじゃないか」

 

 鋭い視線を向け、ギーシュが提案する。もしこの申し出を断れば、ギーシュはサイトに一切の容赦はしないだろう。言葉通り殺す気で向かってくるはずだ。

 周りからはギーシュの発言に不満の声が飛び交うが、彼は気にした様子もなく、サイトの返答をただじっと待っていた。

 ギーシュの気迫を感じ取ったサイトが、ゴクリと喉を鳴らす。

 先ほどは、身体が勝手に動いてくれたおかげでゴーレムの攻撃を躱すことができたが、次はどうなるか分からない。

 魔法の恐ろしさを肌で感じ、恐怖に呑まれそうになるサイト。

 その時――

 

「サイト……」

 

 自身の名前を呼ぶ声が聴こえた。声のした方に視線を向けると、そこにいたのは、この世界に自分を召喚した少女ルイズ。

 生意気で、偉そうで、いつも怒っているイメージしかなかった彼女が不安そうな表情を浮かべ、自分を見つめている。

 心配してくれてるのか?

 そう思うと、なぜか嬉しくなった。

 彼女が傍に居てくれるだけで不思議と心に勇気が湧いてくる。

 恐怖を払いのけサイトはギーシュに顔を向け、

 

「下げたくない頭は、下げられねえ」

 

 自身の矜持を口にする。

 その言葉を聞いて、ギーシュは笑う。凶悪な匂い漂う冷酷な笑みだ。

 

「サイト、君の勇気に素直に感激しよう」

 

 ギーシュは片手を高らかに上げ、歌うように言う。

 

「決闘の作法どおり名乗りを上げさせてもらう。我が名は、ギーシュ・ド・グラモン。全力でお相手仕る」

 

 時代掛かった仕草で一礼した後、薔薇の花を模した杖を構えるギーシュ。

 その様にサイトは内心、呆れる。

 どこまでも、キザな奴だ。

 だが、ギーシュの瞳は真剣そのもの。周囲にも彼の気迫が伝わったのか、水を打ったように場が静寂に包まれる。

 睨み合う二人。

 先に動いたのは、ギーシュ。

 彼が腕を振るうと、宙に赤い花弁が踊り、新たなゴーレムが現れる。その数六体。

 先ほどのゴーレムと合わせて、全部で七体の戦乙女の姿を模したゴーレムがサイトの前に立ちはだかる。しかも新たに現れたゴーレムは、その手に剣や槍を携えていた。

 一糸乱れぬ規律だった動きで七体のゴーレムはサイトを取り囲むと、彼に向かって一気に迫る。

 剣や槍がサイトを狙う。

 怒涛の勢いで振るわれる凶刃。

 誰もが思った。回避することなど不可能だ、と。

 だが数秒後、皆の瞳に映った光景は誰も予想だにしないもの。

 不可能が覆される瞬間だった。

 サイトは四方から襲い掛かるゴーレムの攻撃を、まるで未来が見えているかの如く、危なげなく躱していく。

 それは、一種異常な光景。

 サイトは、正面から迫る攻撃はもちろん、背後から襲い来る攻撃も当然のように回避する。視線すら向けずに。まるで背中に目がついているかのようだった。

 ゴーレムたちがどれだけ攻撃は繰り出そうと、彼を捉えることができない。

 その光景に、ギーシュは驚きを通り越し、恐怖を覚える。

 

「どうなっている! これだけ攻撃して、何で当たらないんだ!」

 

 気付けば、焦りをにじませた声で彼は叫んでいた。

 まさか、サイトは『メイジ殺し』とでも言うのか。魔法を使わず己が肉体だけでメイジを打倒する存在だとでも……。

 そんな憶測が脳裏を掠めた。

 ギーシュは恐怖心を払いのけるようにかぶりを振り、さらに魔力を杖に込める。

 

 ギーシュの叫びを聞いたサイトも同じ意見だった。

 

 何で俺は攻撃が躱せるんだ。誰か知っていたら教えて欲しい。そして、この状況をどうにかして欲しい。

 

 ゴーレムの攻撃を避けるサイトの目の前を、剣が通り過ぎて行く、今度は槍が髪を霞める。

 サイトは今まで真剣など見たこともなかったし、当然、剣や槍で斬りかかられた事もなかった。だから今、目の前で起こっている状況は、サイトからしたら生きた心地がしない、悪夢以外のなにものでもなかった。

 

「ひっ!」

 

 剣が鼻先を霞めたことで、サイトの口から小さな悲鳴がもれた。

 その悲鳴を聞いて、ギーシュのサイトに抱いていた畏怖の念が薄れる。

 

「ハハハ! さっきから避けるだけで精一杯のようだね」

 

 ギーシュは笑う。少しぎこちない笑みだったが。

 そうだ。僕が負けるはずがない。

 心の中でそう呟く。自身を鼓舞するように。

 実を言うと、ギーシュはサイトの実力を認めていた。

 その勇気も素晴らしいものだ。

 だが――

 ギーシュには誇りがある。

 貴族としての、代々続く軍人の家系に生まれた者としての誇りが。

 だから、負けるわけにはいかない。

 

「僕は、平民に負けるわけにはいかないんだ!」

 

 意図せず、胸に抱いた想いを口にしていた。

 その言葉に悪意はなかったのだろう。

 しかし、悪意はなくとも言葉とは、時に相手を傷つけ、知らぬ間に受け取り手の逆鱗に触れる場合がある。

 そして、その時というのが今だった。

 ギーシュの言葉を聞いた瞬間、サイトの頭に焼けるような感情が走る。血が沸騰するような怒りが湧き出してきた。

 召喚されて以来、事あるごとに平民と馬鹿にされ、理不尽な扱いを受けてきたサイト。ギーシュの平民を見下したかのような発言は、彼には看過できなかった。

 

「メイジだか貴族だかしんねえけどよ。お前ら揃いも揃って威張りやがって。魔法が使えるのがそんなに偉いのかよ!」

 

 心の奥底から怒りが溢れ出し、自然とサイトは叫んでいた。

 そして、叫びに答えるように身体が勝手に動き、剣で斬りかかって来たゴーレムの手に蹴りをお見舞いし、ゴーレムの手から剣を落とすことに成功する。その剣をサイトが拾い上げた瞬間、彼の左手に刻まれたルーンが光輝き、全身を万能になったような感覚が襲う。

 そして――

 サイトの瞳に映る世界が一変する。

 時間が圧縮されていく。襲い掛かっていたゴーレムの動きがひどく緩慢に感じられた。熱くなっていた思考が冷静さを取り戻し、淡々と告げる。

 今なら目の前のゴーレムを苦も無く倒せる、と。

 サイトはその心の囁きに従い、ゴーレムに向かって走り出す。

 途中、何かに引っ張られるような感覚があったが、今の俺には関係ない、と足にさらに力を入れ、無理やり力任せに突撃する。

 プチッ、と何か切れる音がしたと同時に、サイトの身体に解放感が訪れる。もう身体が勝手に動くことはない、となぜかわかった。

 解き放たれたサイトの動きは、まさに疾風と言っていいものだった。

 四方八方から迫るゴーレムの攻撃を人間離れした動きで躱し、お返しとばかりに、その手に持つ剣を振るう。  

 煌めきが虚空に踊ったかと思えば次の瞬間、ゴーレムの身体が二つに割れ大地に崩れ落ちる。ぐしゃ、と地面にぶつかる音を響かせて。

 

「なっ!」

 

 ギーシュの口から呻きにも似た驚きの声が上がった。サイトの振るった剣筋がギーシュには見えなかったのだ。

 ギーシュが目の前で起きた事を正常に理解する前に勝敗は決する。

 サイトが剣を振るう。その動きに一切の無駄はなかった。熟練の剣士のように研ぎ澄まされたその剣閃は残ったゴーレムを難なく切り裂いていく。

 瞬きする間にギーシュの創り出したゴーレムは全て倒されていた。

 そして、サイトは次の標的に顔を向ける。

 サイトの黒い瞳と目が合い、ギーシュはようやく目の前で起きた事態を理解した。

 だが、遅い。

 サイトは一瞬でギーシュとの距離を詰めると、その顔面に蹴りを喰らわす。ギーシュの身体が宙を舞い地面に転がる。

 サイトは止めとばかりに、地面に這いつくばるギーシュに向かって剣を振り下ろす。

 

「ひっ!」

 

 ギーシュに刺さったかに見えた剣は、ギーシュの右横の地面に突き刺さっていた。サイトは剣を地面に突き立てただけだった。

 

「続けるか?」

 

 サイトが脅しを効かせた声で呟く。

 ギーシュが首を横に振る。圧倒的な力の差に、彼は完全に戦意を喪失していた。

 震えた声でギーシュが降参の言葉を口にする。

 

「ま、参った。……僕の負けだ」

 

 その瞬間、周りにいた生徒たちから盛大な歓声が上がる。

 

「すごいぞ! あの平民!」

「ギーシュに勝ちやがった!」

 

 割れんばかりの歓声がサイトの耳朶を打つ。

 サイトが驚きと困惑の混じった表情で辺りを見回していると、その瞳に一人の少女の姿が映る。彼の主であるルイズだ。

 サイトは歓声を浴びながら、ルイズの元まで歩いて行く。

 ルイズの目の前に立ち、その顔を覗くと、鳶色の瞳が潤んでいるように見えた。そんな少女の姿に、優しいところもあるんだな、とサイトは思った。すると心の中が穏やかな気持ちになっていく。自然と口元がほころび、彼は言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう。あと、心配かけてごめん」

「何でわたしにお礼を言うのよ?」

 

 ルイズが手で目元を拭い、誤魔化すように少し強めの口調で尋ねた。

 

「俺がゴーレムに殴られた時、心配して決闘を止めようとしてくれただろ。だから、ありがとう。それと、心配かけてごめん」

「バ、バカじゃないの。わ、わたしは、ただ自分の使い魔が怪我をするのが許せなかっただけよ。か、勘違いしないでよね!」

 

 ルイズはそう言うと、プイッと顔をサイトから背けてしまう。それを見たサイトは、頭を掻きながら苦笑を浮かべた。

 

 

 

「あなたが操っていたの?」

 

 歓声が鳴りやまない生徒たちの中、先ほどの決闘を不審に思ったタバサがサソリに尋ねる。 

 

「途中まではな……」

 

 サソリは自身の指先をまじまじと見つめながらポツリと呟いた。

 

「途中まで?」

「ああ、あの小僧が剣を掴んだ瞬間、小僧の身体から力が溢れ出した。そして、オレのチャクラ糸を切り、後は見ての通りだ」

 

 サソリがサイトに目をやる。先ほどの戦闘で見せた力を今のサイトからは感じられない。

 ただの一般人かと思ったが、何か特別な力があるのか、とサソリの興味を引く。

 そして、決闘のもう一人の主役ギーシュに目を向ける。彼は地面にへたり込んだまま、動こうとしない。負けたという事実を受け入れられないのか、呆然自失といったところだ。

 戦いに負けはしたが、サソリはギーシュの実力を買っていた。

 傀儡使いは、操る傀儡の数でその者の力量を測れる。

 ――極意『指の数』

 傀儡使い最高の使い手が、指の数と同じ数の傀儡を操ることができると言われている。すなわち、最高で十体。そして、ギーシュは七体まで操って見せた。一体、一体の熟練度は、お世辞にも上手いとは言えないが、それでも戦い方を学べば、将来が楽しみな逸材になるやもしれない、とサソリに思わせる。

 

「ギーシュのメイジとしての実力はどれほどなんだ?」

「メイジとしては、一番レベルの低い『ドット』」

「あれで最低なのか? ククク……面白い」

 

 ギーシュのレベルが最低と聞いて、サソリは嬉しくなった。なぜなら、ギーシュより実力が上の者は先ほどギーシュが見せたゴーレムより、さらに造形美に優れ、戦闘美でも楽しませてくれるに違いない、と確信にも似た思いを抱いたからだ。

 まだ見ぬ異世界の使い手にサソリは心を躍らせる。

 

 

 

 

 所変わって、魔法学院の本塔最上階にある学園長室。

 決闘の様子を魔法で覗き見る者が二人。一人は召喚の儀式に立ち会った教師コルベール。そして、もう一人はこの学園長室の主、腰まで伸びた白髪と、これまた長く伸びた白い髭が特徴的な百歳とも三百歳とも言われる偉大なる魔法使いオールド・オスマンその人である。

 

「……勝ってしまいましたね」

「うむ。……勝ってしまったな」

 

 二人とも決闘の結果に驚いているようだった。

 

「君の言うとおり、あの使い魔の少年は『ガンダールヴ』なのかもしれんな」

「……」

「どうしたのかね? コルベール君」

 

 コルベールは何か考え事をしているようで、オスマンが不審に思い声をかける。

 

「ハッ! すいません。少し考え事をしていたもので」

「一体どうしたというのかね?」

「実は……」

 

 コルベールはあの決闘で気付いたことを包み隠さず、オスマンに話した。

 

「では、君はあの決闘で使い魔の少年は、途中まで操られていたと言うのかね?」

「ええ、恐らく。昨日、彼の使う魔法を見ていなければ、私も気付けなかったとは思いますが」

 

 コルベール曰く、ミス・ヴァリエールの使い魔は、ミス・タバサの使い魔に決闘の途中まで操られていた。そして使い魔の少年が剣を持ち、ルーンが光った瞬間に操っていた糸が切れ、使い魔の少年自身の力で、ギーシュ・ド・グラモンのゴーレムを切り裂いた、と。

 

「それが本当なら、ミス・タバサの使い魔も伝説の使い魔の一体なのかのう? あらゆる獣を操るという、ヴィンダールヴ。人間も獣と言えば獣じゃしの」

「いえ、それがミス・タバサの使い魔のルーンは何の変哲もない物でして、それに、彼は契約の儀式をする前から相当の実力の持ち主でした」

 

 コルベールの発言に、オスマンが目を細める。

 

「君から見てもかね?」

 

 オスマンの確認するような問いに、コルベールは神妙な面持ちで応えた。

 

「はい。あれほどの殺気を浴びたのは、生まれて初めての経験でした。この者には、絶対に勝てないと思えるほどに。ミス・タバサと戦った時も、彼は実力の一割も出していないように感じました」

 

 オスマンは自身の長く伸びた白い髭を撫でながら、この時期に、二人の特別な力を持った使い魔が現れた事の意味を考える。

 二人の使い魔の主は、どちらも王家の血の流れを汲む者たちであると、オスマンは知っていた。凶兆が起こる前触れではないか、とオスマンの長年の経験が警告している。

 そして、オスマンの重い口が開く。

 

「この件はわしが預かる。他言は無用じゃ。ミスタ・コルベール」

「王室に報告しなくていいのですか?」

 

 かつて始祖ブリミルが従えていた伝説の使い魔ガンダールヴが現代に蘇ったのだ。世紀の大発見と言ってもいい事案である。王室に報告し、指示を仰ぐのが当然の処置。そう考えていたコルベールは、オスマンの発言に疑問を感じ、質問が口をついていた。

 オスマンは、眉間の皺を深くし、鋭い視線をコルベールに向ける。

 

「アルビオンの内乱の影響で、最近は何かとキナ臭い。今、王室にこの件を報告しようものなら、あの少年は道具としていいように、こき使われかねん。……そのことは君が一番理解しているのではないかね、コルベール君」

「……ええ、その通りです」

 

 コルベールは表情に暗い影を落とし、小さく頷いた。

 オスマンは肩を落とし意気消沈した様子のコルベールを一瞥すると、杖を握り窓際へと向かった。窓から見える景色は晴々としたものだったが、オスマンの胸中はその真逆。暗雲が立ち込めていた。

 

「何も起こらなければいいのじゃが」

 


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