サソリの申し出を受け、一同は魔法学院の敷地内、風と火の塔の間にある、ヴェストリの広場に来ていた。そこは日中でも日があまり差さないため滅多に人が来ない、手合わせをするにはうってつけの場所だった。
「ミス・タバサ。本当に一人で戦うのですか?」
「心配ない」
コルベールが不安そうにタバサに声をかけるが、タバサは問題ない、と言わんばかりに何時もの感情が窺えない短い言葉で答える。
そして、自分が召喚した赤い髪の少年。サソリが待つ広場中央までゆっくりと歩いて行く。
タバサは考える。
――サソリのことを。
サソリは不思議な少年だった。自分と同い年ぐらいだろうに、いきなり召喚されたにも関わらず物怖じせず、それどころか落ち着き払ったその姿は、年長者のような印象すら感じさせる。
先ほど、サソリから感じた殺気も今まで経験したことのないものだった。かつて戦った数多の怪物がサソリの前では霞んでしまうほどに。
表情の乏しいその顔はどこか自分に似ていて……。
そして、人形になりきれなかった人間、と己のことを語るサソリを見た時、凍らせたはずの心が震えるのを感じた。
もしかしたら、彼は自分と同じような人生を歩んできたのかもしれない、とタバサは考えずにはいられなかった。
彼に認められたい。
実力を測るように手合わせを願い出たサソリに実力を認められたいという欲求がタバサの心に生まれる。
そして――
彼にわたしの使い魔に成って欲しい。
本能が訴え懸けているように、タバサはサソリを求めてしまう。
タバサとサソリは、広場の真ん中で対峙する。お互いの距離は十メイルほどだろう。
サソリがタバサに問いかける。
「一人でいいのか?」
「一人で十分」
「フン……いい返事だ」
タバサの返事を聞いたサソリの表情は変わらなかったが、タバサにはどこかサソリが嬉しそうにしているように感じられた。
「タバサ」
「ああ?」
突然、タバサが自身の名をサソリに告げる。その意味が分からず、サソリは怪訝な声を出す。
「わたしの名前」
「……それは知っている」
タバサが首を横に振る。
「まだ、わたしの口から言ってなかったから」
その言葉を受けて、サソリは口の端をわずかに上げる。
「律儀なやつだ」
おもしろいものを見つけたような声でサソリが言うと、
「サソリだ」
彼もまた、自身の名をタバサに告げる。
タバサはうつむき、サソリの名を呟くように小さく唇を動かした後、その顔を上げサソリと視線を合わせる。
二人の表情は真剣なものへと変わっていた。
「さて、もうやるか」
サソリの開始の合図に、タバサはこくりと頷く。
まず、最初に動いたのはタバサだった。
「ラナ・デル・ウインデ」
その口が呪文を紡ぐと、自身の身長より長い、節くれだった杖に青白い光がほとばしり、杖の先端に螺旋を描くように風が集まっていく。やがて、空気が高密度で圧縮され、エア・ハンマーと呼ばれる風魔法が完成する。
杖を握る手に自然と力が入り、タバサは杖を振った。すると、サソリに向かって、爆ぜる音と共に目に見えない空気の塊が放たれる。
タバサはこの攻撃は当たらないと予想していた。だから避けられた方向に追撃の魔法を放とうと詠唱を開始しようとした。その時、タバサの予想に反して、エア・ハンマーがサソリに命中する。
風の槌が直撃したことにより、サソリの身体が宙を舞う。
タバサには信じられなかった。
こうも簡単に魔法が当たったことに。わたしは彼のことを過大評価しすぎていたのだろうか、という考えが頭をよぎるが、その考えが間違いだったという事をすぐに思い知らされる。
サソリは空気の塊が身体に当たった瞬間、空気の流れに乗って自ら後ろに飛んだ。そして、くるりと宙で一回転すると何事もなかったように地面に着地する。その身体に外傷は見当たらない。
サソリは魔法について自分なりの考えを纏めていく。
印の代わりに、呪文にチャクラを練りこんで杖を媒介に放つのか。杖は魔法に指向性を持たせる為か? それとも威力を高める為か?
先ほどの魔法も威力を確かめる為、サソリはわざと当たって見せただけだった。その結果分かったことは、平凡な風遁。威力もたいしたことのない下忍が扱う術と同程度ということ。
この程度の魔法などお遊びだな、とサソリは判断し、追撃してこないタバサに本気で攻撃するよう挑発する。
「手を休めるな……オレを殺すつもりで来い」
サソリの言葉にタバサが頷き、新たな呪文を詠唱する。ピキピキと空気中の水分が凍りつき、小さな氷の粒が回転し、その形をより大きく、より攻撃的に変えていく。やがて、タバサの持つ杖の周りには、太陽に照らされて妖しく光る無数の氷の矢が現れた。
タバサが得意とする風と水の複合魔法ウィンディ・アイシクルである。
タバサが杖を振るうと同時に、その名の通り、獲物に向かって放たれた矢のように氷の矢はサソリに襲いかかる。
氷の矢が逃げ道を塞ぐように、四方八方からサソリを包み込む。
ガガガガガッ! と地面を穿つ音が辺りに響く。
無数の氷の矢が地面に突き刺さり、地面を一瞬の内に氷結させる。しかし、サソリの身体を氷の矢が傷つけることは叶わなかった。サソリが最小限の動きで氷の矢をすべて躱したからだ。タバサの目には、氷の矢がまるでサソリをすり抜けたように見えた。
タバサの頬を冷や汗が伝う。
すごい、でも!
タバサはサソリが魔法を躱すと予測していた。氷の矢は、次の魔法への下準備にしか過ぎなかった。サソリの足元に突き刺さった氷の矢、そして氷結した地面、その水分を『錬金』で油に変え、すかさず『発火』の呪文を唱える。
ぶわっと、勢いよくサソリがいた場所が燃え上がった。
最高のタイミングだった今のを躱せる訳がない、とタバサは勝利を確信する。しかし次の瞬間、タバサの瞳に映ったのは、目の前にサソリが突然姿を現した光景だった。
サソリは地面が油に変わった瞬間、直観的に危険を感じ取り大きく飛び上がる。そして、指からチャクラ糸を出し、タバサの足元の地面に結び付け、チャクラ糸を縮める事で炎を回避し、タバサの目の前へと移動したのだ。
タバサはいきなり至近距離まで近づいたサソリに目を見開く。発火の呪文を唱え炎が燃え上がり、勝ったと思った直後に、目の前にサソリが居たのだから当然だろう。
「イル・フル・デラ・ソルウィンデ」
タバサはバネ仕掛けの人形のように大きく横に飛ぶ。地面に頭からぶつかりそうになったその時、タバサの呪文の詠唱が終わる。
タバサの体が見えない手で支えられているように空中に浮かぶ。そして、空を滑るように舞い上がり、サソリから距離を取った。
それを見たサソリは感嘆の声を上げる。
「ホウ……」
自然とサソリの口角がつりあがる。
優れた力を持つ者を倒し、『人傀儡』と呼ばれる人形に造り変えてきたサソリ。
タバサの使った数々の魔法はそんな彼の興味を引くには十分なものだった。彼の居た世界でこれほどの性質変化を扱える者など、そう滅多にはいないためだ。
わずかに疼く心に駆られ、サソリが右腕を真っ直ぐに突出し、構えを取る。もう様子見は終わりだ、というように。
サソリが指先を動かす。すると、彼の周囲に落ちていた無数の石が、フワフワと宙に浮き上がった。
その光景を見て、タバサが呟く。
『先住魔法』と。杖を用いず、精霊の力を借りて自然に干渉する力。亜人が得意とする、タバサたちメイジの使う魔法とは根本から違う魔法。
「ソォラァ!」
サソリの掛け声と共に、無数の石が空中にいるタバサに引き寄せられるように襲い掛かる。
タバサは真っ直ぐ飛んでくる石を飛行の魔法を解き、重力に身を任せ自然落下することで躱す。
タバサの居た空間を、無数の石が通り過ぎていく。
しかし――
「それで躱したつもりか」
サソリが指を動かすと、タバサを通り過ぎた無数の石が方向転換し、地面に着地した彼女の元へ雨のように降り注ぐ。
追尾魔法! 迎撃するしかない、と瞬時に判断したタバサは、呪文を唱える。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース……」
タバサの周りの空気がキラキラと光り輝き、凍りつく。
凍った空気の束は、タバサを中心に猛烈な勢いで回転しだす。
やがて、アイス・ストームと呼ばれる、氷と風が織り成す強力な呪文が完成し、無数の石から身を守る為に展開される。氷の粒を含んだ嵐は、主を守る盾となり、襲い来る無数の石をバラバラに打ち砕いていく。
襲い来る石の迎撃に成功したタバサが魔法を解き、ほんのわずかに気が緩んだその一瞬。タバサの足元に落ちていた小石が浮き上がり、タバサの顔面めがけて飛んでくる。
あぶない! そう思った時には、すでに呪文を唱える暇はなかった。タバサは反射的に手に持っていた杖で顔を守る。石は杖に当たり、なんとか防ぐことに成功した。
運が良かった、とタバサは安堵の息を吐く。
咄嗟に石を防いだタバサを見て、サソリはタバサが思っていた以上に戦い慣れしていることに感心し、口にする。
「ククク……たいしたものだ」
「負けない」
タバサもこの勝負に勝つという意思を言葉にする。
タバサは、勝敗を決するために新たな呪文を紡ぐ。
サソリには今まで以上に、タバサの呪文にチャクラが練り込まれているのが感じられた。
タバサの周りの水分がメキメキと音を立て、凍りついてく。そして、完成したのは巨大な二本の氷の槍。その姿はまるで牙を剥いた大蛇のようだった。
タバサが杖を回転させると、連動するように氷の槍は回転し獲物を仕留めるタイミングを狙っていた。
そして、タバサが満を持して杖を振り下ろす。
一本の氷の槍が凄まじい速度で、獲物を喰い殺そうとサソリに向かって飛んでいく。
しかし、サソリは向かってくる氷の槍を避けようとしない。まるで外れるのが分かっているかのように。
はたして、氷の槍はサソリの横を掠めるように通り過ぎ、大きな音を立て地面に突き刺さる。
「どうした? オレは一歩も動いてないぞ」
サソリは口の端を上げ、タバサを嘲笑う。
おかしい? とタバサが不審に思い眉をひそめる。タバサは確かにサソリを狙ったはずなのに、狙いが微妙にずれたことに違和感を覚えていた。
その微妙なズレを確かめるべく、注意を払いつつタバサは氷の槍を再びサソリに放つ。
そして、タバサはその違和感に気付く。氷の槍を放つ瞬間、タバサの手に持つ杖がほんの少し向きを変えていることに。
杖の向きが変わったことで、またしても氷の槍はむなしくサソリの横を通り過ぎる。
「なぜ?」
思わずタバサの口から疑問の声が出る。そしてタバサは今までのサソリとの戦闘を思い返し、答えに至る。
先ほど見せた石を操る魔法と同じで、杖も操っている。
手に持つ杖を注意深く見てみる。すると、杖の先に青く細い糸のようなものが付いていることに、タバサは気付いた。
その糸の先は、サソリの指先にまで繋がっており、魔法を撃つタイミングに合わせて、糸を引いていたか、魔法に干渉したのだろう、とタバサは結論づけた。
「気付いたか。目に見えないようにしていたんだがな」
サソリの言葉を聞いて、タバサは自分の考えが正しかったことを確信する。
「いつの間に?」
「お前が杖で石を弾いた時に付けさせてもらった」
あの時、とタバサが思い出した瞬間、杖が強引な力で引っ張られた。
タバサは杖を離すまいと抵抗するが、無常にも杖はサソリの手元に引き寄せられる。
タバサは唖然とする。完全なる油断だった。
まさかあの細い糸でこれほどの力が出せるとは、タバサは思っていなかったのだ。
「油断したな。さあ、次はどうする?」
「……」
杖を奪われたタバサには、もう直接サソリに格闘を仕掛かるぐらいしか手は残されていなかった。
タバサはあまり近接戦闘が得意ではない。だが、今はそんなことを言っていられない。
そして、タバサは無謀にもサソリに殴り掛かる。
「何……?」
タバサが殴り掛かって来たことに、サソリは呆気にとられる。
何かの作戦かと勘繰り身構えるが、タバサの体術はサソリからしてみれば児戯に等しかった。
サソリの手に持った杖で簡単に足を払われ、転ばされてしまう。
倒れたタバサに、サソリは杖を突き付けながら、疑問を口にする。
「なぜ魔法を使わない?」
「……杖がないと使えない」
意外な答えだった。
サソリは、杖とは忍びにとっての忍具のような物だと思っていた。
別に無くても魔法は使えるものだと考えていた。
だから、杖がないと魔法が使えないということに落胆して、気を抜いてしまう。
タバサはサソリの油断を見逃さなかった。突き付けられた杖を掴み、呪文を詠唱する。
空気が震え、小さな稲妻がサソリとタバサ、二人の体に走る。
「くっ!」
「うっ!」
タバサは、サソリに一矢報いる為に自分もろとも電撃の魔法を放ったのだ。
そして、サソリが驚きで杖を離した一瞬の隙を狙って、タバサが杖を奪い返す。
「我ながら呆れる……それともお前を褒めればいいのか? タバサ」
サソリは油断した事を自嘲しながらも、自分に一撃を入れたタバサを称賛する。
タバサは服の至る所を焦がし、杖を掴んだ腕は大きな火傷を負っていた。
杖の向きが悪かった所為なのか、サソリよりタバサの方が怪我の具合が大きい。
それでも、タバサはフラフラになりながらも杖を支えに立ち上がる。
「ま、負け……な……い」
力を振り絞り戦う意思を言葉にするが、タバサはすでに限界だった。
魔法の使用に伴う精神力の消費、加えて電撃による怪我が祟ったのか、タバサの意識を無慈悲にも刈り取る。
意識を失い地面に倒れ伏す直前、その体をサソリが支える。
「筋は良い……なかなか楽しい戦いだった」
タバサを抱き止めながら、褒めるようにサソリは呟く。
タバサが目を覚ますと、心配そうに覗き込んでいたキュルケと目が合う。
どうやら医務室のベッドで寝かされていたようだ。
「よかった目が覚めて。心配したんだから」
「……ごめん」
安堵の表情を浮かべるキュルケを見て、自分の身を案じてくれる友人の気持ちに嬉しくなるのと同時に、不安にさせてしまったという申し訳なさでいっぱいになる。
「……負けた」
タバサはサソリとの戦いの結末を思い出し、その口から呟くように言葉がもれた。そして、自分の体の異変に気付く。
「怪我が治っている?」
「それが凄いのよ! サソリがタバサの体に手を触れたら、見る見る内に怪我が治っていったのよ」
身体の痛みを感じないことを疑問に思ったタバサは、キュルケの説明を聞き、サソリならそんな事ができてもおかしくはないと不思議と納得してしまった。
ベッドから上半身を起こすと、キュルケの後ろにいたサソリが声をかけてくる。
「今度は立場が逆だな」
皮肉交じりにサソリが言う。
確かに、ここは召喚したサソリが目を覚ますまで寝ていたベッドだ。あの時とは確かに立場が逆になっている。
「ミス・タバサ。あのような無茶な魔法の使い方をして大怪我をしたらどうするのですか!」
「まあまあ、いいじゃないですか、コルベール先生。タバサの怪我も治ったんですし」
「しかしだね。ミス・ツェルプストー」
サソリの隣にいたコルベールが先ほどのタバサの捨て身の魔法を注意してくる。その言葉は口調こそ強めだが、タバサの身を案じた優しいものだった。
キュルケはそんなコルベールを宥めるが、納得いかないのか、サソリに対しても苦言を呈する。
「サソリ君も。君ほどの実力があればもっと穏便に勝負に勝てたはずだ」
「フン……魔法がどのようなものか見るのが目的だったからな。まあ、怪我をさせるつもりはなかったが」
サソリはコルベールにそう答え、タバサに視線を合わせる。
「一応、医療忍術で怪我は治したが、まだ痛むか?」
「大丈夫」
タバサは、サソリの質問のなかに聞きなれない言葉があったが聞き流し、今はもっと大事な話があった。
「契約」
「まあ、約束だからな。いいぜ」
「でも……あなたに負けた」
「言っただろ。手合わせをしたのは魔法が見たかっただけだ。それに、お前と戦って分かったこともあったからな、お前の使い魔になってやる」
タバサがサソリの瞳を見つめ、決心したようにゆっくりと頷く。
「……わかった。あなたがそう言うのなら」
二人の話を聞いていたキュルケがタバサの顔をニヤニヤと見つめてくる。
「なに?」
「フフフ。分かっているくせに」
タバサにもキュルケが面白がっている理由は分かっていた。これから行う契約の儀式『コントラクト・サーヴァント』の所為だ。
使い魔と契約する為には、契約の呪文を唱え、対象と口づけしなくてはならない。動物や幻獣なら気にならないが、タバサも流石に男の子と口づけするのは躊躇われた。
だが――
考えていても始まらない。意を決し、タバサはサソリに契約の儀式を行う。
「目を閉じて、屈んで」
「……」
タバサはサソリの目の前まで近づき、契約の呪文を唱える。
「我が名はタバサ。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
杖をサソリの額に置き、そして、唇をそっと重ねる。甘く柔らかい感触。ほんの少し唇が触れただけのその行為に、少女の体は沸騰したように熱くなった。
サソリも驚いたのか目を開け、二人の視線が重なる。
タバサは頬が赤くなっていく自覚があった。サッと隠すようにサソリから顔を背けると、キュルケと目が合う。その顔は満面の笑みで、まるで極上の獲物を見つけた肉食獣のようだった。
タバサの頬を嫌な汗が伝う。
その瞬間、タバサの直感が告げた。やられる前にやれ、と。
そこからのタバサの行動は早かった。呪文を唱え、キュルケに向かって杖を振る。
タバサはキュルケが何か言う前に、サイレントの魔法で音を消し去ることに成功する。
キュルケが大げさに何かを喚いていたが、魔法のおかげで聞こえない。
これで安心だ。
タバサは、嫌な汗を拭った。
サソリに向き直ると、サソリの左腕が光輝きルーンが刻まれる。彼は口づけのことなど気にした様子もなく、自分の腕に刻まれたルーンを不思議そうに見ていた。
「無事契約は成功したようですね」
「この文字のようなものは何だ?」
「それは使い魔のルーンですよ。契約が成功すると使い魔の体のどこかに刻まれる、契約の文字ですね」
コルベールは契約が成功したことを嬉しそうに確認している。
タバサはその光景を見てホッと胸を撫で下ろした。
偽りの名での呪文では契約がうまく成功するか、多少不安だったからだ。
「さてと、契約も無事に終わったことですし、ミス・タバサ。彼に学院の中を案内してあげてはどうですか?」
コルベールの提案にタバサは頷き、サソリと共に医務室から出ていく。
部屋には、今日一日を振り返り少し疲れた様子のコルベールと、身振り手振りを交え、未だに何か騒いでいるキュルケが取り残された。
石畳の廊下をサソリがタバサの後に付いて歩いていると、建物の窓から明かりがこぼれているのが目に入り、ふと、何の気なしに建物の窓から外を覗くと、そこには赤と青の二つの月が輝いていた。
幻想的に輝く二つの月を見て、サソリは目を細める。そして理解する。自分が異世界に来たという事を。
最初は、元居た場所から遠く距離が離れているのかとは思っていたが、二つの月を目のあたりにして、サソリはその考えを改める。もう一つの可能性。生前より時が流れ、月を新たに創造したという可能性も僅かにではあるがあった。サソリも月を創ることのできる忍びを知っていたが、流石に現実離れしすぎているとその考えは斬り捨てる。
「どうしたの?」
立ち止まり月を見ているサソリを不思議に思ったタバサが声をかけるが、
「いや、何でもない」と手を振り、サソリは再び歩き出す。
補足
チャクラ=魔力
11/29 一部描写を変更しました。