桃色の髪の少女ルイズは不機嫌だった。
「ねえ、どこまで行くのよ?」
少し不満げな口調で、前方を歩く派手な格好をした赤い髪の少年サソリに尋ねた。
ルイズはサソリに己に合った系統魔法を調べてもらう為、彼の後をついて行っているのだが、広場から正門をくぐり、すでに魔法学院の敷地外まで足を運んでいる。
周りを見渡せば、だだっぴろい草原がどこまでも続く光景が瞳に映った。夕暮れ時に訪れれば、茜色が辺り一面を染め上げ、幻想的な景色を楽しむことができる場所なのだが……。
いったい何処まで歩き続けるのだろう、という疑問をルイズは抱く。
「……」
前を向いたまま返事もしないサソリ。
ルイズの額に青筋が浮かぶ。
別に彼女は、サソリが返答しなかったことに苛立ったわけではない。自分は教えてもらう立場だという自覚は十分にあるし、多少、歩かされることぐらい大した問題ではない。なにより、彼を怒らせてはダメだ、ということは嫌というほど理解している。
問題なのは――
「ちょっと、キュルケ! さっきから、誰の使い魔にくっついてんのよ! 離れなさい!」
ルイズの使い魔であるサイトの腕に、自身の身体を密着させるように腕を絡ませている赤髪の少女キュルケだ。
ルイズと対照的な彼女の艶めかしい肢体は、異性を虜にする魅力に溢れていた。当然、その魅力に健全な男の子であるサイトが抗えるはずもなく、彼はだらしなく鼻の下を伸ばしている。そのことがルイズの苛立ちに拍車をかけた。
「あら~、ヴァリエール~。もしかしてヤキモチ焼いているの?」
意地の悪い笑みを浮かべ、小馬鹿にしたような口調で返すキュルケ。
「だ、誰がヤキモチなんか! た、ただ、わたしは主として、使い魔に変な虫がつかないように注意しているだけよ!」
顔を赤らめ、ルイズはキュルケを睨み付ける。
対するキュルケは、口元に手を当て、笑いを堪えるように一言。
「声が震えてるわよ」
ルイズの視線が鋭さを増す。
腹の底から怒りが込み上げ、悔しさのあまり彼女はギリギリと奥歯を噛み締めた。
怒りに震える桃色の髪の少女に、さらなる追い打ちをかけるのは周りの雰囲気だ。
ルイズが視線を動かせば、青い髪の少女タバサが、サソリに手を引かれている姿が瞳に映った。普段、無表情な彼女が紅く頬を染め、顔をうつむかせている。
恥ずかしそうに、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべるタバサ。
なんだろう? この甘ったるい雰囲気。
サイトとキュルケ。
サソリとタバサ。
あれ? わたしは?
自分だけ相手のいない状況に、ルイズは何とも言えない疎外感を覚えるのと同時に、自身の使い魔に対する怒りが湧きだす。
こんな可愛いご主人さまがいるのに、他の女にうつつを抜かすなんて、このバカ犬、後でおしおきね。
少女の脳内で裁判が開かれ、弁明の機会さえ与えられず、サイトの有罪が確定した。
「……この辺りでいいか」
サソリがそう呟くと歩みを止め、ルイズに向き直る。その時、サソリがタバサと繋いでいた手を離すと、青い髪の少女は名残惜しそうに自身の手のひらをじっと見つめていた。
ルイズは目的地に到着したことにほっと一息つく。草原に吹く風が彼女の桃色の髪を揺らす。爽やかな風は暗くなった気分を晴れやかにしてくれる。
「ところで、こんな何もない所じゃないと、わたしの系統魔法は調べられないの?」
ルイズが口にした疑問に、
「馬鹿ね、ヴァリエール。あなたの魔法がまた爆発してもいいように、何もない場所を選んだに決まっているじゃない」
小さく笑いながら答えたのはキュルケ。
ルイズのこめかみがピクピクと震える。
「キュルケ、あんた今日はやけに突っかかって来るじゃない」
「あら、そうかしら? あなたの気のせいじゃないの」
素知らぬ顔で返す赤髪の少女。
元々、家同士の因縁もあり仲の良い関係とは言い難かったが、今日のキュルケは普段にも増して自分をからかっているように感じたルイズ。
彼女が腑に落ちないというように首をひねっていたその時、
「お~い、君たち!」
空から声が響く。
一同が見上げれば、そこには黒いローブを纏った白髪の老人が宙に浮いていた。
魔法学院の学院長であるオールド・オスマンだ。
彼は地面に降り立つと、にこやかな笑みを浮かべる。
「授業にも出ないで、こんな所でなにをしているのかね?」
「え~と……」
オスマンの質問に窮するルイズたち。ルイズの魔法は魔力のコントロールがうまくできるようになるまで、内緒にしておくという約束をしていた為、どう答えればいいのか困ってしまったからだ。さらに真面目な性格のルイズは授業をサボったことに罪悪感を抱き、顔をうつむかせてしまう。
少女の落ち込む姿にオスマンが目をすがめ、
「あー、ミス・ヴァリエール、顔を上げなさい。授業をサボったことは感心せんが、別に君たちを罰しようというわけではない」
穏やかな口調で語りかける。
恐る恐るというふうにルイズが顔を上げると、オスマンはにっこりと微笑む。
「なに、わしも君の魔法には興味があってな。見た通り、飛んできたというわけじゃよ」
「……どうして、わたしの魔法のことを?」
オスマンの言葉にルイズは目を見開く。
少女の口からは困惑がこぼれた。
「この学院でわしが知らぬことはないよ、ミス・ヴァリエール」
威厳を振りまくように白い髭をなでながら、ドヤ顔でオスマンは答えた。
「フーケの正体に気付いてなかった癖に……」
誰かがぽつりと呟く。
「……」
水を打ったようにその場が静寂に包まれた。
気まずい雰囲気を誤魔化すように、オスマンはコホンと咳払いすると、サソリに視線を向ける。
「サソリ君、わしもこの集まりに参加しても構わんじゃろ? まあ、嫌と言われても、勝手に参加するがのう」
「……好きにしろ」
抑揚のない声でサソリは応えたが、内心では、オスマンのことを食えない奴だ、と警戒していた。
召喚されて以来、複数の視線に監視されていることに気付いていたサソリ。その監視の目の一つが今の会話からオスマンだということが分かったからだ。
わざわざオスマンが、自分から監視していることをばらすような真似をした真意を、サソリは測りかねる。
だが、彼がこの場に現れたのは都合が良いとも言えた。
サソリも魔法についてはまだ知らないことの方が多い。ルイズの系統魔法を調べる際に、分からないことがあれば、学院長という魔法の専門家に補足させられるからだ。
猜疑心を抱きながらも、サソリはオスマンに詳しい事情を説明する。
「ミス・ヴァリエールが魔力のコントロールをできないのは、系統魔法に目覚めていないから、のう……」
考えを巡らすように髭をなでながら、難しい顔をするオスマン。
そんな彼にサソリが質問を投げかける。
「ハルケギニアでは、自分に合った系統魔法を調べる方法はないのか?」
「いや、得意な系統を調べる方法ならいくつかあるよ。一番有名な方法は、使い魔召喚の儀式じゃな。現れた使い魔を見て術者の系統を知ることができる」
オスマンの言葉を聞いた一同の視線が、黒髪の少年に向けられる。
「俺!?」
いきなり注目を浴びたことで慌てふためくサイト。
使い魔召喚の儀式では、術者の得意な系統を象徴する生物が現れると言われている。
火系統が得意なキュルケがサラマンダーを召喚できたように、この考えはハルケギニアでは常識だった。
だから、使い魔を見れば術者の系統を見極めることは簡単なはずなのだが、ルイズの場合、致命的な問題が……。
「オールド・オスマン、人間が呼び出された場合の系統は、何になるんですか?」
瞳を輝かせ、期待するような視線をオスマンに向けるルイズ。
「……何になるんじゃろうな」
オスマンは困り果てた表情を浮かべ、申し訳なさそうに瞳をふせた。
ルイズの呼び出した使い魔は人間。今までに使い魔召喚の儀式で人間が呼ばれた例はないとされている。故に、サイトを見ても彼が何の系統を象徴しているか分からないのだ。
がくりとルイズは肩を落とす。
「他に調べる方法はないのか?」
サソリが落ち込むルイズを一瞥すると、オスマンに尋ねた。
「他の方法だと。系統魔法の初歩呪文、『発火』や『凝縮』を順番に唱えていくという方法がある。自分に合った系統魔法を唱えると不思議と身体になじむような感覚とでもいうのじゃろうか。直感的に理解することができるのじゃよ」
最近の貴族は魔法学院に入学前の家庭学習で、早々に系統魔法に目覚めるのが常だった。今オスマンが語った方法であれば、使い魔召喚を行わずとも簡単に己の系統を知ることができるからだ。むしろ、春の使い魔召喚の儀式まで、得意な系統すらわからない貴族は、落ちこぼれの烙印を押されてしまう風潮すらあった。
今度は、一同の視線がルイズに集中する。
しばしの沈黙の後、ルイズは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、
「どの魔法を唱えても、なじむどころか爆発したわ」
残酷な現実を口にする。
なんとも言い難い重い空気がその場を満たした。
「で、でも、魔法が成功するようになってからは試してないんだろ? なら、今の方法を試してみれば自分に合った系統が分かるんじゃないか?」
ルイズの悔しそうな顔を見たサイトが慌ててフォローする言葉をかけた。
「もう試したわよ。……今度は爆発すらしなくなったけどね」
地面にがっくりと膝をつき、乾いた笑い声をもらすと、どよ~~んという効果音が似合いそうなぐらいルイズは落ち込むのだった。
ルイズが膝を抱え、ぶつぶつと呪詛の言葉を吐き出している。トラウマを刺激され、彼女はいじけていた。どんよりとした黒い影が背中から立ち昇っているように見えるのは、目の錯覚だと思いたい。
サソリはそんな少女の姿にため息を吐く。
「おい、ルイズ。お前、なんのために此処に来たのか忘れてないか?」
「……なんだっけ?」
うつろな瞳をサソリに向け、首を傾げるルイズ。
どうやら完全に忘れているようだ。
再び、サソリの口からため息がもれる。彼は軽い頭痛すら覚え、額に手をあてた。
「お前の系統魔法を調べるために此処まで来たんだろ」
「……系統魔法を調べる?」
呆れたように言ったサソリの言葉に反応して、少女の瞳に光が灯る。
「そうよ! 系統魔法を調べるために此処に来たのよ!」
ガバッと勢いよく立ち上がり、ルイズはサソリに詰め寄る。
「サソリ、お願い! もうあんただけが頼みの綱なの!」
彼女は縋るような声を出し、今にも泣き出しそうな顔で懇願した。
「最初っから、調べてやると言っているだろうが……」
いいかげんルイズとのやり取りに疲れてきたサソリは、さっさと本題に入ることにした。
「オレのいた世界では、系統魔法のように性質変化と呼ばれるチャクラの五つの基本性質がある」
「性質変化?」
聞き慣れない言葉にルイズが首をひねる。
「そうだ。系統魔法が、火、水、土、風、虚無なのに対し、性質変化は、火、水、土、風、雷だ」
「虚無がない代わりに雷が系統の一角を成しているのか……。世界が違うというのにここまで似通っているとは、おもしろい偶然じゃな」
オスマンが興味深げに言った言葉にサソリも同意する。系統魔法のことを知った時はオスマンと同じ感想を抱きもした。今は偶然にしては出来すぎているように思ってさえいる。
そして、そう思えたからこそ、元いた世界の方法でルイズの系統魔法を調べられるのではないかと考えたのだ。
サソリは懐から手のひらサイズの白い紙切れを取り出す。
「性質変化を調べる方法として、オレの居た世界ではこの紙を使う」
「どうやって?」
ルイズが期待からごくりと喉を鳴らす。
一同の視線がサソリの持つ紙切れに集まる。
彼が手に持つ紙は、なんの変哲もないただの紙切れに見えた。
一体どうやってその紙で調べるというのだろうか?
皆がそんな疑問を抱いた瞬間、サソリが持つ紙切れが真っ二つに切れる。
「えっ! 紙が切れた」
「なにをしたの?」
突然、紙が真っ二つに切れたことに驚きの声が上がった。
「この紙にチャクラを流し込んでやると、チャクラの性質によってさまざまな反応を起こす。風の性質なら今やったように紙が切れる、みたいにな」
「サソリの性質は風なの?」
タバサが上目づかいで確認するように尋ねた。
「ああ、オレの生まれ故郷は『風の国』と呼ばれるところでな。大半の者が風の性質を持っているんだ」
サソリの生まれ故郷である風の国、砂隠れの里。その長が冠する『風影』の名が示すように風を操ることに長けた者が他里に比べ多く、また風の性質変化を持つ者が生まれやすい傾向にあった。
「まあ、タバサが風のメイジなんだから、使い魔であるサソリが風の性質なのは当然よね」
キュルケがタバサの肩に手を置き嬉しそうに言う。
「そして、ここからが本番だ。この方法で系統魔法を調べられるか、というな。試しにタバサ、やってみろ」
サソリがタバサに紙切れを手渡す。
「杖にチャクラを集める要領で、紙にチャクラを流し込んでみろ」
タバサはサソリの言葉に頷くと、紙に魔力を込めた。するとサソリの時と同じように手に持つ紙が真っ二つに切れる。
タバサは口元をほころばせ、
「貴方と一緒」
二つに切れた紙をサソリの目の前に掲げる。そのさまは、どこか誇らしげだった。
サソリも、「そうだな」と薄い笑みで少女に応え、
「どうやら、お前たちでも問題なく紙は反応するみたいだな」
考えていた通りの結果になったことに満足気に頷く。
「どれ、試しにわしにもやらせてくれんか?」
「それじゃあ、あたしも!」
「俺も! 俺も!」
一連の出来事を見守っていたオスマンたちが、興味を引かれたのか、自分たちもやりたいと言ってきた。
サソリも検証結果は多いに越したことはないので二つ返事で了承する。
「ぬおおおおおー!」
紙切れを持つ手に渾身の力を込め、雄叫びを上げるサイト。傍から見れば、思春期特有の病気に掛かったようにも見えてしまう光景だが、彼は紙に変化を起こそうと必死なのだ。
しかし、少年の頑張りむなしく、その手にある紙切れには、何の変化も見られない。
「な、なんで何も起こらないんだ?」
肩で息をしながらサイトが口にした疑問に、サソリが答える。
「お前の場合、ただ力を込めているだけだろうが。チャクラを流し込まなければ、紙に変化が起こらないのは当然だ」
サソリには、サイトから一切のチャクラを感じ取ることができなかった。ガンダールヴという特別な使い魔といっても普段はただの人間と変わらないようだ。
現実を突き付けられたサイトは、しょんぼりと肩を落とす。
「そんなに落ち込むことないじゃない。あんたはメイジじゃないんだから、紙に変化が起こらなくても別に問題ないでしょ」
落ち込んだ様子のサイトを見たルイズが慰めの言葉をかけた。
すると、サイトは苦笑いを浮かべ、
「いや、俺の性質が分かればお前の系統も分かると思って期待してたんだけどな。……やっぱそんなに甘くないか」
とバツが悪そうに頭をかいた。
ルイズの頬がほんのり紅く染まる。サイトの何気ない気遣いが嬉しかったのだ。
あんなに必死になって紙に変化を起こそうとしていた理由がわたしのため? なによ、バカ犬の癖に、そんなにご主人さまの役に立ちたかったのかしら。ほんと、困っちゃうわ。
頬が自然とゆるむ。
「べ、別にあんたの性質が分からなくても、わ、わたしが紙に変化を起こせれば系統は分かるんだから問題ないわよ」
ルイズは恥ずかしそうにモジモジと指を絡ませ、小声で呟く。素直にありがとう、と言えないところが彼女らしい。
二人のやり取りを眺めながら、サソリはサイトの言葉に考えを巡らせていた。
使い魔と主の関係。
召喚の儀式では、術者の得意とする系統を象徴した生物が呼び出される。
そのことは、サソリとタバサが同じ性質を持っていたことからも確かなようだ。なら、伝説の使い魔を従えているルイズの系統は……。
「ねえ、サソリ」
考えにふけるサソリの意識を引き戻すように少女の声が耳朶を打つ。
視線を向ければキュルケが、にこりと微笑んでいた。
「あたしも見て欲しいんだけど」
「ああ」
サソリは小さく頷く。そして、彼女の顔を見た時、あることを思い出す。そういえば、キュルケの使い魔はサラマンダーだったな、と。
「キュルケ、お前の得意な系統は火なのか?」
「ええ、情熱と破壊の火系統よ」
髪をかきあげ、自慢するようにキュルケは言った。
「だったら、火傷には気をつけろよ」
「それ、どう言う意味?」
忠告めいたサソリの言葉に、キュルケがキョトンとした表情を浮かべ、手に持った紙に魔力を込めた瞬間、
「きゃっ! 熱っ!」
自身の手から火が上がる。持っていた紙が突然、燃えだしたのだ。
慌てて燃え盛る紙を放り捨て、手をブンブン振るキュルケ。
そのさまを眺めながら、サソリが温度のない口調でぽつりとこぼす。
「火の性質の場合、紙が燃える」
「そういうことは、早く言いなさいよね!」
眉を吊り上げ、キュルケは猛然とサソリに抗議するのだった。
「ほう。これは面白いのう」
オスマンが手に持つ紙に起こった変化に驚きと感心が入り混じった声をもらす。
サソリが目をやると、オスマンの持つ紙がまるで腐敗するかのように崩れ落ちていく。
「お前は、土系統か……」
「うむ、そうじゃよ。君が分かったということは、土の性質の場合、紙が崩れる、というわけじゃな?」
「ああ、その通りだ」
キュルケやオスマンの結果を見て、性質変化と系統魔法は、ほぼ同じ反応を示すことが間違いないのは分かった。
そして、いよいよと言うべきか。
今回の目的であるルイズの番だ。
緊張した面持ちで紙をその小さな手に握るルイズ。
「こ、この紙に魔力を流せば、わたしの系統がわかるのね」
少女は、期待と不安が入り混じった声音をもらす。
そして――
「じゃあ、やるわよ!」
意気込みと共にルイズが手に持つ紙に魔力を込める。すると白色だった紙が墨を落したように、徐々に黒色へと染まっていく。
「おっ! 色が変わったぞ」
「今までにない変化ね。でも黒色に染まるなんてあなたの性格を表してるんじゃないの、ヴァリエール」
紙に起こった変化を見たキュルケが口元をにやけさせながら、ルイズを茶化す。
「一言多いわよ、キュルケ!」
眉をしかめ、唇をとがらせるルイズ。
だが、すぐにその表情はやわらぐ。
紙に変化があらわれたことが嬉しかったのだ。
風なら紙が切れ。
火なら紙が燃え。
土なら紙が崩れた。
それ以外の変化があらわれたということは、
「みんなと違う変化ってことは、わたしの系統は水なのね」
遠い昔に失われたとされる虚無を除けば、残された系統は水。ルイズは自身の系統が水だと推測する。
「癒しを司る系統なんて、慈愛の心に溢れているわたしにぴったりじゃない」
陶酔するようにルイズは、うっとりともらす。自分で言っちゃうあたり残念な娘だった。
しかし、喜びに舞い上がるルイズに冷や水をかぶせるように、サソリが言葉を発する。
「お前の系統は水じゃない」
「……えっ」
「水の性質の場合なら紙が濡れるからな。ついでに言えば、雷の性質なら紙にしわが入る」
サソリの口から紡がれた事実に、ルイズの顔からみるみる血の気が引いていく。彼女の身体は震えていた。
「……じゃあ、わたしの系統は何になるの? 水じゃないんだったら、もう他にないじゃない!」
喜びから一転、絶望へと。
ルイズが顔を青ざめさせ、かぶりを振る。
少女は怖かったのだ。もしかしたら自分には得意な系統など存在しないのではないか、と。
ルイズの怯えにも似た叫びにサソリが訝しむように眉根を寄せる。
「まだ、あるだろ。残された系統が」
「……残された系統?」
呟くようなルイズの言葉にサソリが頷く。
「ルイズ、お前の系統は虚無じゃないのか?」
――虚無。
伝説に謳われる魔法。
始祖ブリミルが用い、生命を操るとされる零番目の系統。
わたしの系統が虚無?
ありえない。
少女はそう思った。