サソリは夢を見ていた。それは幼き日の幸せと絶望の記憶。
忍び五大国の一つ砂隠れの里。里の大半を砂漠で覆われた忍びの隠れ里。
照りつける太陽が地上を熱し、風が砂を運んでくる。この里ではいつもと変わらぬ風景。いつもと違うところは、赤い髪の少年が両親の見送りをしているという光景。
赤い髪の少年、名はサソリ。年の頃はまだ三つか四つといったところだろうか。愛くるしい笑顔を両親に向けていた。
「お父さま、お母さま。早く帰って来てくださいね」
任務のため里を離れる両親にサソリがそう言うと、父が笑顔でサソリの頭を撫でながら答える。
「ああ、任務が終わり次第すぐに戻ってくるからね。サソリもチヨバア様の言うことをよく聞いて、いい子にしているんだよ」
「はい!」
父の言い付けにサソリは元気よく返事をする。父の隣にいた母も笑顔でサソリを見つめた後に、サソリの隣にいたサソリの祖母チヨに我が子を託す。
「お義母様。サソリをよろしくお願いします」
母が深々とチヨに頭を下げる。寂しい思いをさせてしまう子供のことが心配なのだろう。その様子を見たチヨは心配するな、と大きく頷く。
「うむ。ワシに任せておけ。二人とも気を付けて行ってくるのじゃぞ」
「はい! 行ってきます」
チヨにサソリを預け両親は任務に向かう。
走り去る両親の後ろ姿に、サソリは二人が見えなくなるまで手を振っていた。
両親の姿が見えなくなる頃、チヨがサソリに声をかける。
「さあ、サソリ。家の中に入ろう」
「はい! チヨバア様」
サソリは、チヨに手を引かれ歩き出すが、その視線は両親の向かった方向をずっと見つめていた。
両親が任務に就いて数日が経過したある夜。
サソリは家で両親の帰りを一日千秋の思いで待っていた。そして両親が任務に就いてから幾度となくしてきた質問を今日も祖母にする。
「チヨバア様。お父さまとお母さまはいつ帰って来るのですか?……チヨバア様?」
サソリの問い掛けに答えずチヨは目を閉じたまま動かない。その姿はまるで死んでいるように見えて……。サソリが慌ててチヨの体を揺さぶり名前を呼ぶ。
「チヨバア様! チヨバア様!」
するとサソリの声に反応するように、カッとチヨの目が開き、その顔に笑みをつくる。
「な~んてな。死んだフリ~。ギャハ、ギャハ、ギャハ」
ただの冗談だった。
呆気に取られたサソリは口を開け、ポカンとしばらく佇んでいたが、チヨにからかわれたと理解すると、その頬を大きく膨らませる。
「チヨバア様! 酷いですよ」
「すまん、すまん。ちょっとしたお茶目な冗談のつもりだったんだが、許してくれ、サソリ」
顔を背け、むくれているサソリに、困り顔でチヨが何度も頭を下げる。
「もう、仕方ありませんね」
サソリも本気で怒っている訳ではないのですぐに許し、チヨに顔を向けると、もう一度、同じ質問をする。
「それでお父さまとお母さまはいつ戻られるのですか?」
「そうじゃのう。もうそろそろ帰ってくると思うんじゃが……」
そうチヨが答えたと同時に、家の扉がノックされる。
「お! 噂をすれば帰ってきたのかもしれんぞ」
チヨの言葉を聞いたサソリは笑顔になり、飛び跳ねるように扉に近づき、鍵を開ける。しかし扉の向こうに居たのは両親ではなく、見知らぬ忍びだった。
サソリの顔が明るい表情から一転暗くなる。その様子を見ていたチヨは八つ当たりと分かっていても来訪者に怒りを覚え、強めの口調で尋ねた。
「こんな時間に何の用じゃ!」
「す、すみません。チヨ様に至急お伝えしたいことが……」
チヨの剣幕に怯えながらも忍びは答える。おそらく里から相談役である自分へ伝令を頼まれた使いの者だろうとチヨは察すると、理不尽な怒りを治めもう一度、口調を弱め質問した。
「で、伝えたいこととはなんじゃ?」
「此処では……その……」
チヨの質問に忍びは、サソリの方をチラチラと見て、此処では答えにくそうにしていた。サソリが居たのでは不味い内容の話なのだと察して、チヨは忍びにすぐ行くので外で待っているように指示を出し、次に落ち込んでいたサソリに屈んで目線を合わせ、穏やかな声で話しかける。
「サソリ。ワシは少し出かけてくる。それまで一人で留守番していてくれ」
「……はい」
まだ声に少し元気のないサソリに不安を覚えたが、チヨはサソリの頭をやさしく撫でてやった後、待たせている忍びの元へと急いだ。
「すまんの待たせてしまって、それで要件はなんじゃ」
「それが……」
忍びから話を聞いたチヨは、膝から崩れ落ちた。話の内容があまりにも衝撃的過ぎて、立っていることができなかったからだ。
忍びがチヨに語った内容とは、サソリの両親が任務の途中、他里の忍びとの戦闘において命を落としたという訃報だった。
「おのれ! よくも! 木の葉の白い牙め~!」
よくも! よくも! と何度もこぶしを地面に叩きつけ、怨敵の名を呼ぶチヨの声は怒りに満ちており、その顔は修羅の如き形相へと変わっていた。
怒りや悲しみなど色々な感情を抑え込むのに、少なくない時間を要したが冷静さを取り戻したチヨは、サソリの待つ家へと帰ってきた。チヨが家の扉を開けると、一人での留守番は寂しかったのであろう、サソリが嬉しそうにチヨを出迎える。
「お帰りなさい。チヨバア様! ……チヨバア様?」
「お、おお! ただいま……」
「チヨバア様、何かあったのですか?」
いつもと様子の違うチヨに、サソリが心配そうに尋ねる。
チヨは迷っていた。サソリに両親の死を伝えるかどうか。
「サ、サソリ実はな……」
「何ですか?」
言い淀むチヨにサソリは小首を傾げ、不思議そうな表情をつくる。
「い、いや! 何でもないんじゃ」
チヨはサソリに真実を伝えることができなかった。まだ幼いサソリに両親の死を知らせるには余りにも残酷すぎると感じたからだ。それがただの問題の先送りにしか過ぎないと分かっていても。
両親が任務に就いてどれほどの日々が過ぎただろうか。
サソリの顔から笑顔は消え、暗い顔を覗かせることが多くなったのは、両親がいつまで経っても帰って来ない不安さからだろう。
チヨは、サソリから両親の事を聞かれても誤魔化すばかりで、未だに両親の死を伝えることができないでいた。しかし、日々落ち込んで行くサソリを見ていると如何にか元気づけてやりたいという想いに駆り立てられた。そこでチヨは一計を案じる。
サソリが部屋で両親の姿が写った写真を見つめ、憂いの表情を浮かべていた。その写真は両親が任務に赴く前に撮った写真だ。
『忍んでこその忍びじゃ!』とチヨが写真を撮るのを嫌がり、それを父と母、そしてサソリがチヨをなだめて撮った家族の写真。
その時のやり取りを思い出し、サソリの口元にさびしい笑みが浮かぶ。鳶色の瞳は潤んで、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
服の袖で目元を拭うと、不意にギィィと言う音が耳に届き、はっとした表情でサソリが音のした方に視線を走らせると、部屋のドアがわずかに開き小さな人形が入ってきた。
人形は、サソリの目の前まで近づくと立ち止まり、サソリに向かってお辞儀をする。
「わあ! すごい!」
サソリの口から驚きの声が上がる。そして再び部屋のドアが開き、次に入って来たのはチヨだった。
「サソリ。気に入ったようじゃな」
「この人形を動かしているのはチヨバア様なのですか?」
チヨの指先から青い糸のようなものが伸び、チヨが指を少し動かすと連動しているかのように人形も動く。その様子を見たサソリが疑問を口にし、チヨが答える。
「ああ、そうじゃ。サソリ、お前も人形を操ってみたくはないか?」
「できるのですか!」
チヨの申し出に、サソリの表情がパアッと花を咲かせたような満面の笑みに変わる。
チヨは、久しぶりに見たサソリの笑顔に満足そうに頷いた。
その日よりサソリは、チヨから傀儡使いとして、また造形師としての教育を受ける事となる。
サソリは天才だった。チヨから教わることを砂漠が水を吸収するかの如く覚えていく。
たった一人で傀儡人形を造る事さえ可能になるのにそんなに時間を有しなかった。
ある日、チヨは見てしまった。
サソリが両親に抱きしめられる光景を。
いや違う。サソリを抱きしめている両親はもうこの世にはいない。それはサソリが初めて造った父と母の姿を模した傀儡人形だった。
「お父さま、お母さま」
サソリが両親の傀儡人形に抱かれるその表情は穏やかな笑顔だった。両親のことを思い出したのだろう、瞼の端には涙を携えている。
その時だった。傀儡を操る為にサソリの手から伸びていたチャクラ糸が切れたのは。
「あっ!」
サソリは短い悲鳴を上げ、その頬を涙が伝い悲痛な表情を作る。
倒れ伏す物言わぬ傀儡を見た時、サソリは悟ってしまった。いや気付かないようにしていただけなのかもしれない。
――両親がもうこの世にはいないという事を。
サソリの顔からは表情が抜け落ちて、感情も押し殺し、両親の死がサソリを別の何か、そう歪な何かに変えてしまう。
それは物言わぬ人形。それは心のない人形。それは……。
そこで夢は途切れ、サソリの意識は、ゆっくりとゆっくりと覚醒していく。
サソリが目を覚ますと、そこは見知らぬ場所だった。白を基調とした部屋。アルコールの匂いが鼻につく。ベッドに横たわる自身。それらのことが、ここが病室だということをサソリに連想させる。
そして、サソリは己の体に起きた異変に気付き驚く。死んだはずの自分が新たな生身の肉体を得て生き返っているということに。穢土転生のような仮初の命ではなく、サソリの心臓は確かに脈打っていた。
「……ここは……どこだ。オレは一体……」
「おお! 目を覚ましましたか。どこか痛いところや気分は悪くないですか?」
サソリが自然と口にした言葉に応えたのは、優しげな笑顔を向ける、何処にでもいそうな中年の男性。目立つ特徴といえば、丸い眼鏡と寂しくなってきた髪の毛ぐらいだろう。
「お前は誰だ? それにここは……」
サソリは事態の把握に努めていた。話しかけた人物とその仲間と思われる人物たちを警戒しながら観察していく。するとサソリは一人の少女と目が合う。
目の覚めるような青い髪に白い雪を想わせる綺麗な肌をした小柄な少女。眼鏡の奥の蒼い瞳は透き通る美しさがあった。しかし、その瞳からは感情が感じられない冷たい印象を受ける。
似ているな。……人形になろうとした、かつてのオレに。
それがサソリの素直な感想だった。
そこで先ほどの男性が話しかけてくる。
「申し遅れました。私の名は、ジャン・コルべ-ル。ここトリステイン魔法学院で教鞭を執らせていただいております」
コルベールと名乗った男性は、柔和な笑みを浮かべ、一礼する。
彼の自己紹介の中に出てきた、トリステイン魔法学院という言葉。何故かサソリにはトリステインという言葉が今いる場所の名だとわかった。そのことを不思議に思ったが、それ以上に不審な言葉に些細な疑問はかき消される。
「魔法学院? ふざけているのか」
お伽話でしか聞かないような言葉に、サソリは眉をしかめた。
嘘を吐くな、というようなサソリの口ぶりに面食らったのはコルベール。
「ふざける? いえ、いえ、ふざけてなんていませんよ。ここはトリステイン魔法学院で間違いありませんよ」
ゆっくりと首を横に振り、温和な口調でなだめるようにコルベールは答えた。
コルベールの反応に戸惑いを覚えるサソリ。
嘘を吐いていない?
コルベールの語る言葉がすべて真実なら、自分の認識に誤りがあるのか。
そう考えたサソリは、己の推測が正しいか確認するためコルベールに一つの質問をする。
「トリステイン魔法学院……今いる場所は世界のどの辺だ?」
「? ハルケギニアの西方ですが……」
世界の何処という質問に聞いたことがない地名が出てきたことに、目を細めるサソリ。
此処は自分が居た場所からだいぶ距離が離れているのか。それとも自分が死んでから随分と時が流れているのか。
先ほどの会話も微妙に噛み合っていないように思えたが、コルベールが嘘を吐いているようにも見えなかったので、サソリはさらに質問をする。
「魔法が本当にあるのか? 空を飛んだりするあの魔法か?」
「ええ、その魔法ですよ」
幼い頃読んだお伽話では、魔法使いが空を飛ぶ魔法を使っていたので、試しに聞いてみたが返ってきた答えが空を飛べるとは、その答えに少なからずサソリは驚かされる。
サソリが知る限り、空を飛ぶ術を使うことができる者は数人しかいなかったからだ。
「じゃあ、オレがここにいるのも魔法の力か?」
「ええ、あなたは召喚の儀式で彼女の使い魔として呼ばれたのですよ」
コルベールが彼女と言って視線を向けた先にいたのは、先ほどの青い髪の少女だった。
サソリは少女を一瞥し、質問を続ける。
「使い魔というのは何だ?」
「使い魔を知らない? 平民の間では馴染みがないかもしれませんね」
コルベールは、サソリが使い魔を知らないことに少し驚くと、コホンと咳払いをして使い魔の説明をしだした。
「使い魔とは主人の目となり、耳となり、また主人が望むものを見つけ、そして、主人を守る存在の事を言います」
コルベールの説明を聞いたサソリは、召喚の儀式と使い魔とは『口寄せの術』に似ていると考えたが、ふと、ある事に気付く。
「当然、魔法は戦いにも使えるんだろ?」
「ええ、悲しいことですが」
コルベールの表情が暗くなり、寂しそうに答えた。
魔法は戦いにも使える。その言葉を聞いたサソリの心の中にある感情が芽生えた。それは、怒りだ。
サソリが気付いたある事とは、自分はすでに死人であるということ。そして彼は知っている。死者を口寄せし術者の意のままに操る術があるという事を。
――穢土転生の術。
サソリもその術で一度は蘇り、仮初の生を受けている。自分が知らないだけで、穢土転生に似た術が創り出されたのかもしれない、という考えに至る。
こいつらはオレを蘇らせ、使い勝手のいい道具として利用しようとしているのか?
そんな考えに至ったサソリの心中は穏やかではなかった。殺意を秘めていると言い換えてもいい。穢土転生に似た術で呼ばれたという事柄は、彼の怒りを買うには十分すぎる理由だったのだ。
『アンタは傀儡を操る一流の忍だった。誰かに操られるようなゲスじゃなかったハズだぜ』
かつて敵対した傀儡使いの言葉が思い出される。もう誰かに操られるのは、傀儡使いとしての誇りが許さなかった。
サソリは、ここにいる全員殺すか? と物騒な事を考え、実行しようとしたその時。静かな声が耳朶を打つ。
「ごめんなさい」
サソリが言葉を発した人物に視線を走らせると、青い髪の少女が深々と頭を下げていた。
「あなたを召喚してしまったことで家族の元から引き離してしまって、幾ら謝罪の言葉を並べても許して貰えないかもしれないけど……ごめんなさい」
サソリは少女の言葉に勢いを削がれ、言葉の内容に殺意もかき消された。少女の謝罪に驚いているのはサソリだけでなく、コルベールも少女の隣にいた赤い髪の少女も意外そうに青い髪の少女を見つめている。
少女の言葉には嘘や詭弁を言っているようには見えず、本当にサソリを呼び出した事を後悔しているように感じられた。
頭を下げ、謝罪する少女の姿に、サソリの抱いていた怒りが自然と治まっていく。そして、彼の口から出たのは疑問だった。
「なんで家族の元から引き離したと思ったんだ?」
少女は頭を上げ、その青い瞳でサソリを見つめながら小さな声で答える。
「あなたが眠っている時、両親の名を呼んでいたから」
「……そうか」
さっき見た夢の所為か、情けない姿を見られたな、とサソリは思わずため息を吐く。
その姿を見た少女がなにか勘違いしたのか、「必ず家族の元に帰す。約束」と元気づけるように言葉をかけてきた。
そこに、それまで二人の会話を見守っていたコルベールが少女の発言を焦った様子で止めに入る。
「ミス・タバサ。言い難いことだが、彼を帰してしまったら、君は使い魔を得られないばかりか、二年生に進級することさえできなくなるのだよ」
「構わない」
「い、いや……しかしだね……」
「問題ない」
コルベールの忠告をキッパリ断る青い髪の少女タバサ。
ほとほと困り果てた様子のコルベール。
平行線を辿る二人を見かねた、赤い髪の少女が助け舟を出す。
「タバサ落ち着いて、まずは彼の意見を聞いてみないと」
赤い髪の少女がタバサを窘め、サソリの方に向き一礼する。
タバサとは、対照的な見た目の少女。その赤い瞳は好奇心に満ちており、男を誘惑する為にあるような艶めかしい姿態を自慢するように全面に強調し、炎を想わせるその髪をかきあげて、サソリに、ニコッと微笑みを向ける。
「あたしの名前は、キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。キュルケって呼んでね。それであなたのお名前は?」
「サソリだ」
年下か同年代を相手にしたような話し方に少し苛立ちを覚えたが、普段のように傀儡に入っている訳でもない上に、素顔は年下に見られても仕方がない姿なので我慢し、サソリは短く自分の名を答えた。「変わった名前ね」と呟くキュルケ。
「サソリはこの子、名前はタバサって言うのよ。タバサの使い魔として呼び出された訳だけど、あなたはタバサの使い魔になるのは嫌? 召喚の魔法は一度使い魔を呼び出してしまうと……」
キュルケは言葉の途中で言い淀み、少し考える素振りを見せた後、言葉を続ける。
「もう一度使う為には、色々と厄介な条件があるのよね。タバサでは、その条件を満たすことは絶対できないの。あたしとしては、あなたがタバサの使い魔になってくれると嬉しいんだけど」
キュルケは真剣な眼差しでサソリを見つめる。その言葉には友を思う気遣いが感じられた。
サソリは考える。自分が使い魔にならなければ、タバサは不利益を被るらしいこと。しかし、使い魔になってやる義理もないということを。
サソリはもう一度タバサと目を合わせる。先ほどは自分と似ていると感じたが、短い会話の中でガラリとその印象は変わっていた。
オレは心を捨てたが、こいつは他人を気遣う心を持っている。
サソリはタバサに興味を持ち始めていた。そして、タバサに尋ねる。
「お前は一体何だ?」
タバサは感情を窺わせない冷たく透き通った瞳でサソリを見つめ、ゆっくりと答えた。
「……人形」
タバサの答えを聞いたサソリは薄く笑う。
二人の会話を聞いていたキュルケとコルベールは意味が解らず、呆気に取られているとサソリが答えを出す。
「いいぜ。使い魔になってやってもな」
「本当! やったわね、タバサ!」
応えたのはキュルケだった。その表情は明るい。まるで自分の事のように喜んでいる。しかし、当のタバサは納得のいかないというように口を挟んできた。
「あなたの両親が心配する」
「オレに肉親と言える者はもういない。父も母もオレが幼い時に死んでいるからな」
「……ごめんなさい」
タバサは失言してしまったことに眉をひそめ、謝罪してきた。何か思うところがあるのかも知れない。サソリはそう思い、気にするなと手を振る。
「それでは話も纏まったようですし、ミス・タバサ。彼とコントラクト・サーヴァントを」
話が一段落した所で、コルベールがタバサにサソリと使い魔の契約の儀式を行うよう指示してくる。
それに待ったをかけたのは、サソリだ。
「ああ、言い忘れていたな。使い魔になってやってもいいが、一つ条件がある」
「条件?」
「そうだ。オレは魔法を見たことがない」
コルベールは耳を疑った。そして思わずサソリに聞き返してしまう。
「魔法を見たことがない? 一度も? さっき魔法を知っているような口ぶりでしたが?」
「昔、魔法が出てくる本を読んだことがあっただけだ」
サソリの魔法を見たことがないという言葉に、一同は唖然とした。
この世界ハルケギニアでは、魔法はなくてはならないものとして社会に組み込まれている。その魔法を見たことがないというのは、今まで一体どのような生活をしてきたのだという疑問を浮かび上がらせた。
「そこでだ。魔法がどんなものか見てみたい」とサソリが言うと、一同はなんだそんな事か、とホッと息を吐き安心したのも束の間、サソリの次の発言に驚かせられる。
「タバサと言ったか。お前と手合わせしたい。オレを呼び出すほどだ。それなりに実力はあるんだろ。なんならお前ら三人掛でもいいぜ」
サソリの発言に三人は顔を見合わせた。魔法の恐ろしさを知らない無謀な考えに聞こえたからだ。
コルベールがサソリの身を案じ、タバサと手合わせするのを止めようとする。
「サソリ君。メイジと相対するという事は、大変危険なことなんだ。もしかすると命を落とす事だってあるかもしれない」
「フン……」
コルベールの忠告をサソリは鼻で笑う。
「オレが死ぬ? くだらねェ」
そう言うとサソリの体からは、禍々しい殺気が溢れ出す。その殺気に当てられて三人は息を呑む。
「……!」
「これは……!」
数々の修羅場を経験してきたはずの、タバサとコルベールですらサソリの殺気に恐怖を覚え、死のイメージを幻視する。キュルケに至っては、声を出すことも立っていることも敵わず、腰を抜かしてしまう。
「ククク……わかったか? オレの身の心配は無用だ」
唇の端を上げそう言うと、サソリの体から出ていた殺気がぴたりと止まる。
体に掛かっていた重圧が消えたことで、三人は安堵したのか大きく息を吐き、まだ三人の中では比較的ましな状態のコルベールが青い顔をしながらサソリに尋ねる。
「君は一体何者なんだい?」
その質問にサソリは少し考え、自嘲気味に答える。
「敢えて言うなら……人形になりきれなかった人間だ」