雪風は赤い砂と共に   作:火の丘

12 / 27
使い魔

 サソリは目の前で倒れ伏す、傷だらけの女を見下ろしていた。

 ぼろぼろになりながらも、最後まで諦めずにいた姿には、サソリにある種の尊敬の念さえ抱かせる。

 なぜ、諦めないのか尋ねると、返ってきた答えが帰りを待つ家族の為とは、サソリにとっては皮肉以外のなにものでもなかった。

 サソリの体からは殺気が消え失せていた。くだらない理由で怒りを撒き散らした自覚もあったが、別に後悔はしていない。元々、他人がどうなろうが気に留めないのがサソリなのだから。

 しかし、なぜか胸がモヤモヤする。喉に小骨が刺さったような不快感にサソリは囚われていた。

 

「くだらねェ」

 

 久しく感じることのなかった憂鬱な気分を振り払うように、サソリは呟く。

 そんな時だった。タバサたちがやっと駆けつけてきたのは。

 

「フーケを捕まえたの?」

「ていうか、死んでいるんじゃない、それ?」

「うわ! ひでえ怪我じゃないか!」

「やりすぎ」

 

 フーケの惨状を見たルイズたちが口々にフーケの容体を気に掛ける。

 そこで、キュルケはあることに気付く。

 

「あれ、この人って……?」

「知り合いか?」

「知っているもなにも、ミス・ロングビルよ! 学院長の秘書の!」

 

 キュルケの発言にルイズとタバサがフーケの顔を覗き込む。

 

「確かに」

「本当ね。ミス・ロングビルで間違いないわ。……あれ?」

「どうしたの? ヴァリエール」

 

 何かに気付いたのか、ルイズの顔から冷や汗が流れる。

 

「わたしたち勝手にミス・ロングビルをフーケと思い込んで、大怪我させたんじゃ?」

「……そ、そんなわけないでしょ」

 

 ルイズの疑問をキュルケは完璧に否定したかったが、もしかしてやっちゃたかな~、と思ってしまい自信なさげに答える。 

 

「こいつが盗賊かどうかは分からないが、ルイズを殺そうとしたのは確かだ」

 

 サソリの言葉にサイトは同意する。

 

「そうだな。最初に踏みつぶそうとした時は見えなかったってこともあるかもしれねえけど、その後、ゴーレムが殴ってきた時は、あきらかに俺たちを狙ってたしな」

「そうよね! よかった~! 間違えて学院長の秘書に大怪我させたなんて、大問題になるところだったわ」

 

 ルイズが安堵の息を吐く。

 

「後は、ロングビルがフーケかどうかってことだけど、う~ん」

 

 キュルケが頭を悩ませていると、サソリがフーケに近づき、頭に小さな針を刺そうとする。

 

「ちょっと! なにしようとしてんのよ!」

 

 慌てた様子で止めに入るルイズ。

 

「こいつの記憶を見ようと思ってな」

 

 事もなげに言うサソリに、ルイズは難色を示す。

 

「だから、その針を頭に刺すの? いくらなんでもそれは……」

「だめ」

「駄目なのか?」

 

 針をフーケの頭に刺そうとするサソリをタバサが止める。タバサに言われ、しぶしぶ針を懐にしまい、フーケの額に手を当てる。

 

「まあ、針なしでもここ一時間ぐらいの記憶なら、読み取れるか?」

 

 サソリの手が白い光りを発すると、フーケの記憶が彼の脳裏に流れ込む。感情の奔流にサソリが顔をしかめながらも、目的の情報を探り当てる。

 

「どうやら、こいつがフーケで間違いないようだ。目的は学院にある『破壊の杖』ってのを奪うことみたいだな」

「破壊の杖、そんな名前の杖が確か宝物庫にあるって聞いたことがあるわ。それじゃあ、やっぱり、ミス・ロングビルがフーケだったのね」

 

 サソリの答えに、キュルケが安堵する。怪しさ全開のサソリの術だが、周りにいる一同からは信用されているようだ。

 

「じゃあ、後はミス・ロングビルをどうするかね」

「まあ、先生を呼んできて、引き渡したらいいでしょ」

「でも、その前に怪我をなんとかしないと、死んじゃうかも」

 

 ルイズがフーケの容体を気にかける。彼女の目から見ても一目で重傷とわかる傷をフーケが負っていたからだ。

 

「それはまずいわね。タバサ、お願い!」

 

 確かに、とルイズの言葉に同意したキュルケが、タバサにフーケの怪我を治すよう頼む。水魔法が得意な親友ならなんとかできるかもしれない、と思ってのお願いだった。

 しかし――

 

「無理」

 

 ばっさりと断られてしまう。タバサもフーケの怪我を治したくないから言っているわけではなく、怪我が酷過ぎて治すには、秘薬が必要だったが故の発言だった。

 打つ手なし。 

 重い空気が辺りを包む。

 

「仕方ないわね。急いで先生を呼んできましょう」

 

 あまり時間を無駄にできないと思ったキュルケが、フライの呪文を唱えようとしたその時、サソリが口を開く。

 

「オレが治してやる」

「できるの?」

「そういえば、サソリは治癒魔法も使えたんだっけ、ほら、タバサも治して貰ったでしょ。サソリが召喚された日に」

 

 タバサの疑問に思い出したようにキュルケが応える。

 キュルケの言葉にタバサが自身の記憶を思い起こす。自分も一度サソリに怪我を治して貰っていたということを。

 あの時は気絶していて、どんな治療を受けたか憶えていなかったが、今度は見逃すまいと目を見張る。

 サソリが地面に横たわるフーケに手をかざす。すると、サソリの手から青白い光が発せられ、その光が当たった部分の傷がみるみる内に治っていく。

 

「ヒーリングと似ているけど、効果が段違いね」

「何回見ても、すごいわね!」

「……」

「もうファンタジーってなんでもありなんだな」

 

 フーケの体からあっという間に目立った外傷が無くなっていた。サソリがフーケの口に錠剤のような物を入れると、血の気が引いて青くなっていた顔も赤みを取り戻していく。

 

「今のは?」

「兵糧丸といって、簡単に言えばチャクラを回復させる秘薬だ」

「お医者さま?」

 

 慣れた手つきで行った処置を見たタバサが首を傾げ、サソリに尋ねた。

 

「一応、医療忍術は一通り叩き込まれたからな。前に居た場所では、上位に入れるぐらいの医療技術は持っていたと自負している。まあ、オレは生かすことより、殺すこと専門だったがな」

 

 サソリの答えにキュルケとサイトが顔を引きつらせたが、タバサとルイズの反応は違った。

 

「心が狂った者も治せる?」

「原因がわからない病気は治せる?」

 

 タバサとルイズ、二人同時にサソリに質問する。二人とも真剣な目をしており、縋るようにサソリに詰め寄る。

 

「落ち着け。一度診てみないと治せるかなんて、分からねえ」

「なら、一度診て欲しい」

「わたしも!」

 

 タバサとルイズが尚も食い下がる。いつになく真剣な表情のタバサを見て、サソリは思い出す。そういえば、タバサの母は、毒で心を病んでいるんだったな、と。 

 

「わかったから、落ち着け。タバサの方は診てやる」

「え~! ちょっと、なんでよ!」

「お前は何か勘違いしてないか、ルイズ。オレはタバサの使い魔だ。お前の使い魔じゃない。診て貰いたかったらタバサに頼むんだな」

 

 ルイズは納得がいかないようで、しばらく唸り声をあげた後、タバサに向き直り、頭を下げる。

 

「お願い、タバサ! サソリに診てもらいたい人がいるの! お願い!」

「別にわたしは構わない」

「本当! やったー!」

 

 ルイズの表情が笑顔でいっぱいになる。そして、サソリに問い掛ける。

 

「これで診てくれるんでしょ?」

 

 タバサなら断らないだろうな、と思っていたサソリは、予想通りの展開に肩をすくめる。

 

「ああ、診てやる。だが、期待しすぎるなよ。医療忍術も万能じゃないからな。オレが治せなかった時は、他の方法を探せ」

「わかってる。国中からお医者さまをお呼びしても治せなかったし、原因も分からなかったんだもん。別に治せなくても、文句なんて言わないわよ。でも、いつ診て貰おうかしら、手紙でも出して聞いてみないと……」

 

 これからの予定を考えているのか、ルイズがぶつぶつと呟く。

 

「タバサ、お前も期待するなよ」

 

 サソリの言葉にタバサは頷く。だが、内心、タバサはサソリなら母を救ってくれるような気がしてならなかった。

 タバサたちの話が一段落した所で、キュルケが一同に声をかける。

 

「そろそろ、先生を呼んで来ないとね」

 

 キュルケの意見に異議なし、と一同が頷いた。

 

 

 学院長室にサソリたちは集められ、フーケを捕まえた経緯をオスマンに説明していた。

 

「ふむ……。ミス・ロングビルが土くれのフーケじゃったとは……。美人だったもので、なんの疑いもなく採用してしまった」

「いったい、どこで採用したのですか?」

 

 隣にいたコルベールが尋ねた。

 

「街の居酒屋じゃよ。わしが客で、彼女は給仕をしておった。わしの前に何度も来て、愛想よく酒を勧める、お世辞を言う、終いにゃ尻を撫でても怒らない。惚れてる? これは、わしに惚れてるな! とか思うじゃろ。まあ、それで採用した訳じゃよ。なんというか、若気の至りみたいなものじゃよ!」

 

 オスマンがフーケとの出会いを語り、フォフォフォと笑って誤魔化そうとする。

 

「死んだほうがいいのでは?」

 

 コルベールがぼそっと呟く。その言葉に学院長室にいた他の一同も気持ちを同じにした。

 皆の冷たい視線に気づいたオスマンは、照れたようにゴホンと咳払いをすると、厳しい顔つきに変わる。

 

「君たちよくぞフーケを捕まえてくれた。しかもフーケはこの学院にある破壊の杖を狙っていたそうじゃな。あれは、わしの命の恩人の形見での。守ってくれて、本当にありがとう!」

 

 オスマンが一同に頭を下げる。

 

「貴族として当然のことです」

 

 ルイズが誇らしげに胸を張る。

 

「いやいや、誰にでもできることではないよ。みなの勇気に敬意を」

 

 オスマンの言葉に、サソリとサイト以外の三人が礼をする。

 

「フーケは城の衛士に引き渡した。これで世間を騒がしていた盗賊は、もう出ることはないじゃろう。一件落着じゃ」

 

 オスマンは、よかった、よかった、と頷いた。

 

「君たち三人には『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサはすでにシュヴァリエの爵位は持っておるから、精霊勲章の授与を申請しておいた」

「タバサ、あなたシュヴァリエだったの?」

 

 ルイズはオスマンの心憎い申し出に喜び、顔を輝かせる。キュルケはタバサの持つ称号に驚く。

 喜びに浮かれていたルイズの視界の端に、先ほどから所在なさげに佇むサイトが目に入る。

 

「……オールド・オスマン。サイトには何もないのですか?」

「サソリにも?」

 

 少し言い難そうにルイズがオスマンに尋ね、タバサもそれに続く。

 オスマンは自身の長く伸びた白い髭を撫でながら、う~む、と唸った。

 

「残念ながら、彼らは貴族ではない」

 

 申し訳なさそうにオスマンが言った言葉にサイトは気にした様子もなく、あっけらかんと応えた。

 

「何もいらないですよ」

「オレもだ」

 

 サソリもサイトに同意する。

 オスマンはその二人を見て、うん、うん、と笑顔で頷いた。そして、その表情を真剣な物に変える。

 

「君たち二人に聞いて置きたいことがある。……君たちは何者じゃ?」

 

 オスマンの目は、年寄とは思えない刃物のような鋭いものだった。サイトがその視線に呑まれ答えあぐねていると、サソリはオスマンの視線を気にした様子もなく、答える。

 

「そこにいるコルベールにも同じ質問をされたと思うが?」

「ああ、その時のことは聞いておるよ。わしが聞きたいのはそんな抽象的なことじゃない、君はどこから来て、これから何を成そうとしているのか、ということじゃ」

「それをオレが答える義理があるのか? じじい」

 

 サソリが口の端を上げ、オスマンを睨み付ける。

 

「義理ならあるのではないか? 君が飲み食いしている食費、まだ収めて貰ってないからの」

 

 オスマンが飄々とした表情を浮かべ、サソリの食費未納を交渉の材料にする。

 サソリが本当か? とタバサの方に顔を向けるが、タバサはどこから取り出したのか本を読みだしており、私は知りません、私に聞かないように、と云うような態度だった。

 サソリはタバサの様子を見て、まさか、こいつ、とあることを思い出し、口にする。

 

「……もしかして、金がないのか?」

 

 タバサの肩がビクッと震える。どうやら図星らしい。サソリが思い出したこと、それはタバサが暇を見つけては、本を読んでいるということ。そして、サソリが傀儡を造ってからは、何度か本を買いに行くのにお供をしたし、お使いに行かされたこともあった。なまじ便利な移動手段を得てしまった事によって、本を買う頻度が増え、散財してしまったのだろう。

 オレのことより本が優先なのか、と軽くショックを受けるサソリ。タバサもお金を払いたい気持ちでいっぱいだが、無い袖は振れない。

 くだらない理由で主従の関係にヒビが入り掛けたその時、二人に助け舟が出される。

 

「もう、タバサたら。男を養うのも、いい女の甲斐性よ。ここはあたしが代わりに出してあげるわよ。サソリには街まで連れて行って貰ったしね」

 

 キュルケが男前な笑顔で金欠主従に言う。サソリとタバサには、キュルケがいつになく頼もしく見えた。

 食費未納の件は片付いた、と勝ち誇った笑みを浮かべるサソリ。しかし、その様子を見てもオスマンの表情は変わらない。そして、その場に新たな手札が切られた。

 

「最近、学院の敷地内の木がかなりの量、誰かに伐採されておるのじゃが、犯人が誰か知らんかの~?」

 

 サソリは犯人が誰か知っていた。木を伐採している犯人。それは、サソリだった。傀儡人形を造るのに材料として拝借したのだった。実は木だけなく、他にも傀儡に使えそうな物を色々学院内から勝手に盗んでいたりもするのだが……。

 とぼけようかと思ったサソリに、タバサが本から顔を上げ非難するような目で見つめてくる。まさかの裏切りである。

 キュルケとコルベールもサソリの傀儡人形を見ており、犯人はサソリだと思い、視線をサソリに注ぐ。

 ルイズは自分の魔法で木を持ち上げた事を言っていると勘違いし、顔を青くさせていた。サイトはルイズに、正直に言えば許してくれるさ、俺の世界の大統領も、とやさしく諭している。

 主人にまで裏切られたサソリは深くため息を吐き、オスマンを見据える。

 

「わかった。なにが聞きたいんだ、じじい」

「さっき言った通りじゃよ、君はどこから来て、これから何を成そうとしているのじゃ?」

「これを言って信じるとは思えないが、オレは此処ハルケギニアとは別の世界から召喚された」

「お前も別の世界から召喚されたのか!」

「お前も?」

 

 サソリの答えに、サイトが身を乗り出す勢いで反応する。そして、サソリがサイトに聞き返す。

 

「俺もこの世界とは別の世界から、ルイズの召喚で呼ばれたんだ! 俺のいた世界には、魔法使いはいないし、月も一つなんだ!」

 

 サイトは必死にこの世界と自分の世界の相違点を上げていく。サソリは暫し考え、サイトに質問する。

 

「お前が元いた世界。そこには忍びはいたか?」

「忍び? 忍びって忍者のことか?」

「ああ、そうだ。いたのか!」

「むかしは俺の国にいたけど、今はいないと思う。もしかしたら、俺が知らないだけでまだいるかもしれないけど。でも、それがどうしたんだ?」

 

 サイトの質問にサソリは少し間を置き答える。

 

「……オレは忍びだ」

「え! だったら俺と同じ世界から呼ばれたってことか?」

「いや、そう考えるのは早計だ。お前は、忍び五大国を知っているか?」

「いや、知らない」

 

 サイトは首を横に振る。なら、とサソリが次々に質問していく。風の国は? 暁は? 尾獣は? 人柱力は? と。しかし、サイトは首を横に振るばかりだった。

 逆に、サイトにも元いた世界の歴史や地理を聞いたが、サソリが知らない事ばかりだった。そして、サソリは結論付ける。

 

「小僧。お前の元いた世界とオレの元いた世界は別の世界だ」

「そうか……まあ、なんとなくそんな気はしていたけど。……じゃあさ、元いた世界に帰る方法はなにか知らないか?」

「オレは知らないな」

「……だよな」

 

 サイトが大きなため息を吐く。

 二人の会話を見守っていたオスマンがサソリたちに声をかける。

 

「君たちは別の世界から来たというのか?」

「ああ、オレたちの話を信じるのか?」

「うむ、わしは信じるよ。先ほど話したわしの命の恩人、破壊の杖の本来の持ち主、彼も此処とは違う世界から来たと、そして元いた世界に帰りたいと言っておった」

「その人は、今どこに?」

「言ったじゃろ。破壊の杖は命の恩人の形見じゃと。もう亡くなっておる。三十年も前の話じゃ」

「……そうですか」

 

 サイトががっかりと項垂れる。もしかしたら、元いた世界に帰れるかもしれないと思ったが、結局、手掛かりはゼロである。落ち込むのも仕方ないことだった。

 オスマンがゴホンと咳払いし、サソリとサイトに重々しい口調で尋ねる。

 

「君たちが別の世界から来たのは信じよう。それで、君たちはこれからどうするつもりなのじゃ? この世界で何を成そうとしておるのじゃ」

「俺は元いた世界に帰りたいです。どうしたら帰れるかまだ何も分からないですけど……」

「……サイト」

 

 ルイズが何か言いたそうにサイトを見つめる。

 

「そんな心配そうな顔すんな、ルイズ。帰る方法が見つかるまではお前の使い魔でいてやるからさ、だから、元気出せって、な!」

「べ、別にわたしは心配そうな顔なんてしてないし、あ、あんたが元の世界に帰っても寂しくなんて、ないんだからね!」

 

 ルイズがサイトからぷいっと顔を背けてしまう。そんなルイズを見たサイトは、前にもこんなことあったな、と笑みを浮かべる。

 オスマンが眩しいものを見るようにサイトを見つめ、口を開く。

 

「わしでよければ、おぬしの力になろう。わしなりにおぬしが元の世界に帰れる方法を調べてみよう」

「ありがとうございます」

「それと、おぬしのその左手に刻まれたルーン……」

「あっ! 俺もこれについて聞きたかったんです。この左手の文字が光ると、何故か武器を自由に使えるっていうか、体に力が溢れてくるような、不思議な力が湧いてくるんです」

 

 オスマンは少し悩むような仕草をした後、サイトの力について語る。

 

「その左手のルーンは、伝説の使い魔の印じゃよ。神の左手ガンダールヴと呼ばれる者の印」

「伝説の使い魔の印?」

「そうじゃよ、ありとあらゆる武器を使いこなしたと言われる、始祖ブリミルが使役した伝説の使い魔じゃよ」

 

 サイトは首を傾げた。

 

「……どうして、俺がその伝説の使い魔なんかに?」

「わからん」

 

 オスマンはきっぱりと言った。

 

「すまんの。ただ、もしかすると、おぬしがこの世界に来たことと、そのガンダールヴの印は、なにか関係しておるのかもしれん」

「わからないことだらけだ」

 

 サイトは次々と湧いて出る謎に頭を悩ませる。

 

「力になれんですまんの。ただ、これだけは言っておく。わしは君の味方じゃ、なにかあれば遠慮なく言いなさい、ガンダールヴよ」

「……ありがとうございます!」

 

 サイトは深く頭を下げた。この世界に来て初めて、メイジに、貴族に、ここまで言われ、サイトは純粋に嬉しかったのだ。

 そして、オスマンは視線をサイトからサソリへと移す。

 

「さて、次は君の番じゃ。これから君はどうするつもりじゃ?」

 

 オスマンは剣呑な雰囲気でサソリに問い掛ける。

 サソリはタバサの頭に手を置き、ぐりぐりと撫でながら答える。

 

「オレはこいつの使い魔になる、と約束したからな。使い魔としてこいつの命に従うまでだ」

「君は元いた世界に帰りたいと思わんのか?」

 

 オスマンの質問に反応してタバサもサソリを見つめる。

 

「オレはもう答えを得たからな。元いた世界に未練はない。オレの『魂』を受け継ぐ者もいる。だから」

 

 サソリは言葉を区切り、タバサと目と目を合わせ、

 

「今は、お前の使い魔でいてやる」と言葉を続ける。

 オスマンはサソリの答えに満足したのか、目を細め、大きく頷く。

 

「さてと、わしの聞きたいことも聞けたし、もう夜も遅い。みな疲れて居るじゃろう。部屋に帰って休みなさい。明日の授業は休んでもいいように、わしが申請しておこう。そして、明日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。それまでに疲れを癒しておくといい」

 

 キュルケの顔がぱっと輝いた。

 

「そうでしたわ! この騒ぎですっかり忘れてました」

「明日の舞踏会、主役は君たちじゃ。しっかり準備して、せいぜい、着飾るのじゃぞ」

 

 タバサとルイズそれにキュルケは、オスマンの言葉に礼をして部屋から退出し、サソリとサイトもそれに続く。

 

 学院長室にオスマンとコルベールの二人きりになると、どちらともなく、大きなため息を吐く。

 

「オールド・オスマン。私は肝が冷えましたよ」

「わしもじゃ、コルベール君」

「だったら、彼を挑発するようなことはしないで下さい!」

 

 二人の脳裏によぎるのはタバサの使い魔サソリだった。

 

「火竜山脈に入らずんば極楽鳥の卵を得ずじゃよ」

「はあ? まあ、あまり無茶はしないで下さいよ。周りには生徒たちもいたのですから」

 

 コルベールがオスマンに苦言を呈した。

 オスマンはコルベールの言葉を気にした様子もなく、話を進める。

 

「結局、わかったこといえば、彼がこの世界の人間ではないという事と、ミス・タバサの言うことは聞くという事だけじゃな」

「彼の言うことを信じるのですか?」

「なんじゃ、君は信じていないのか? コルベール君」

「いえ、そういう訳ではありませんが……」

 

 コルベールは言葉に詰まってしまう。コルベールも心情的には信じたいが、生徒の安全を守る立場としては、サソリの存在は危険すぎた。

 コルベールは以前サソリに殺気を向けられた時に気付いてしまった。二人の間に横たわる圧倒的な差。サソリと自分の実戦経験の差と他者を殺してきた数の違いを。

 そんな危険な存在の彼の扱いには、どうしても慎重になってしまう。例えるなら、サソリは、いつ爆発するかわからない爆弾のようなものである。

 思い悩むコルベールにオスマンが導くように、金言を与える。

 

「人は変われるものじゃよ、コルベール君。君が変われたように」

 

 その言葉にコルベールは、はっとして、オスマンの顔を見る。

 オスマンは優しい笑みをコルベールに向けていた。

 

「そうでしたね……血に塗れた罪深き私でも、あなたに出会い、生きる道を見つけることができたのですからね」

 

 昔を思い出し、コルベールは複雑な気分になる。

 そんなコルベールにオスマンが自身の意見を述べる。

 

「彼は危険な存在かもしれん。だが、ミス・タバサを気遣う気持ちは本物じゃと、わしは思う」

「そうですね。私もそう思います」

「だから、今は彼らを見守ろう」

 

 コルベールは首を縦に振った。

 

 

 

 

 トリステイン魔法学院に、二つの月が淡く、優しい光を送り込んでいた。

 この学院の本塔の二階ホールでは、貴族の学び舎らしい宴が開かれていた。

 フリッグの舞踏会である。

 女神の名前がついたこの舞踏会は、生徒や教師の枠を超え、さらなる親睦を深めることを目的としたものだった。

 この舞踏会で一緒に踊ったカップルは、将来結ばれるという言い伝えもあった。

 

 サイトはバルコニーの枠にもたれ、華やかな会場をぼんやりと眺めていた。そんなサイトに何処からか声がかかる。

 

「おい、相棒」

 

 サイトが声の方に顔を向けると、そこには一メイルを有に超える大剣がバルコニーの枠に立てかけてあった。

 

「なんだよ、デルフ」

 

 サイトは剣に話しかける。傍から見たら剣に喋りかける痛い少年に映るが、そうではなく、サイトが話しかけた剣は、インテリジェンスソードと呼ばれる魔剣、意思を持ち、言葉を操る剣。その名をデルフリンガー。ルイズに買って貰ったサイトの剣である。

 

「相棒。昨日は随分活躍したみたいだな」

「俺は何もしてないさ。やったのはルイズとあそこにいるサソリって奴さ」

 

 サイトが賑わいを見せるホールに目を向ける。そこには黒いパーティドレスに身を包むタバサが黙々と料理と格闘していた。その横でサソリがその様子をなにか悟った目をして見守っている。

 

「相棒は謙虚だね~。娘っ子から聞いたぜ。馬鹿でかいゴーレムの腕を切り裂いて、助けてくれた、てな」

「ルイズが? お前に? 本当かよ」

「本当だって、まあ、その後、剣が折れて死にかけた、とも言ってたけどな」

 

 締まらないな、とサイトは苦笑いをする。

 

「しかし、相棒。そんな戦いがあったのに、何で俺を連れて行ってくれなかったんだ?」

「ごめん、忘れてた」

「相棒~! 俺は悲しい! 久しぶりに巡り会えた『使い手』だってのに、俺を忘れるなんて、俺すねるよ、いや、本当に」

 

 本当にこれは剣なのか、とサイトがデルフリンガーの人間臭さに頬を引きつらせ、ごめん、ごめん、とデルフリンガーに謝る。傍から見たら剣に頭を下げる、あまり近づきたくない少年である。

 そんな時だった。ホールの壮麗な扉が開き、ルイズが姿を現したのは。

 門に控えた衛士が、ルイズの到着を告げる。

 サイトは息を呑んだ。パーティドレスに身を包んだルイズの姿は、宝石のように輝いて見えたからだ。

 ルイズの周りには、その美貌に驚いた男たちが群がり、盛んにダンスを申し込んでいた。しかし、ルイズは誰の誘いをも断ると、バルコニーに佇むサイトに気付き、近づいて来る。

 

「楽しんでるみたいね」

「おかげさまで」

 

 サイトは眩しすぎるルイズから目を逸らし、疑問を口にする。

 

「お前は踊らないのか?」

「相手がいないのよ」

 

 ルイズはひらひらと手を振る。

 

「いっぱい誘われていただろ」

 

 サイトの突っ込みにルイズは答えずに、すっとサイトに手を差し伸べた。

 

「踊ってあげても、よくってよ」

 

 ルイズは目を逸らし、照れたように言った。

 

「踊ってください、じゃねえのか」

 

 サイトも目を逸らし、照れながら言った。

 ルイズは、ため息を吐き、今日だけだからね、と言うと、ドレスの裾を恭しく両手で持ち上げると、膝を曲げてサイトに一礼した。

 

「わたくしと一曲踊ってくださいませんこと。ジェントルマン」

 

 サイトが顔を赤くさせながら、ルイズの手を取る。

 

「ダンスなんかしたことねえよ」

「わたしに合わせて」

 

 ルイズに言われ、サイトは見よう見まねで、ルイズに合わせて踊り出した。

 

「ねえ、サイト。信じてあげるわ」

「なにを?」

「……その、あなたが別の世界から来たってこと」

「なんだ、信じてなかったのか?」

「今まで、半信半疑だったけど……。オールド・オスマンやサソリとの話を聞いてたら、信じてもいいかなって思って」

 

 そして、ルイズが顔を赤らめながら、サイトに意を決したように口を開く。

 

「ありがとう」

「なんだよ、いきなり?」

「わたしがフーケのゴーレムに潰されそうになった時、助けてくれたじゃない。そのお礼よ」

 

 サイトは思う。今日のルイズはおかしい。妙に可愛いし、ダンスには誘うし、とどめにお礼まで言いやがる、どうかしている、と。

 

「なんか悪い物でも食ったのか?」

「そんな訳ないでしょ!」

 

 ルイズが怒り出すところを見て、サイトは、やっぱりいつものルイズだ、と安堵する。

 そして、サイトはルイズに微笑みかける。

 

「気にすんな。当然だろ」

「どうして?」

「俺はお前の使い魔だろ」

 

 サイトの言葉聞いたルイズがさらにその顔を赤らめる。

 

 その様子を見守っていたデルフリンガーが、呟く。

 

「おでれーた! 主人のダンスの相手をつとめる使い魔なんて、初めて見たぜ!」

 

 

 ダンスを踊る多くの男女を尻目に、タバサは黙々とパーティ用の豪華な料理と格闘していた。その隣では、サソリが諦めにも似た、悟った目をしてタバサの食事風景を眺めている。

 タバサが黒いパーティドレスに身を包む姿は、その雪のように白い肌を一際引き立て、少女に大人びた雰囲気をまとわせていた。青空を思わせる髪と冷たく透き通った碧眼が彩る顔は、一種の芸術品のような美しさがある。その両手にナイフとフォークを持ち、次々と口の中に料理を放り込んでいなければ……。

 

「お前は踊らないのか?」

「興味ない」

 

 タバサの同級生たちがダンスをしているのを見て、サソリが聞いてみたが、予想通りの返答である。

 すると、タバサがサソリに目を向け、口を開く。

 

「あなたは踊らないの?」

「興味ない」

 

 タバサと同じ答えを返す。やはり、似たもの同士の主人と使い魔だった。

 そこに、キュルケが大勢の男子生徒を引きつれてやってくる。

 

「あなたたち、踊りもしないでなにしてるのよ?」

「食事」

 

 キュルケはタバサの言葉を聞いて、頭が痛いというようなポーズを取った後、タバサの肩に手を回し、小声で呟く。

 

「いいこと? これは親友としての命令よ。あなたもたまには舞踏会を満喫しなさい。いっつも黙々と料理をたいらげているだけじゃないの。あなたには、サソリがいるんだから、彼をダンスに誘いなさい。じゃないと彼、見た目はいいから他の女に取られちゃうかもしれないわよ。それでもいいの?」

 

 キュルケの言葉にタバサの瞳が僅かに揺らめく。それをキュルケは見逃さなかった。畳み掛けるように言葉を続ける。 

 

「知らないわよ、サソリが取られても。知らない女といちゃこらと目の前でされたら、嫌でしょ。だったら、あなたからサソリにダンスを申し込みなさい。彼もあなたの誘いは断らないから。大丈夫、あたしが保証する。だって、あなたたち、お似合いだもの」

 

 キュルケは自分の言うべきことは全部言ったというように、タバサの頬にキスをすると、その場から立ち去ってしまう。その後を男子生徒たちがぞろぞろと追う。

 再びタバサとサソリの二人きりになる。

 タバサはキュルケの言葉を思い出していた。あなたたち、お似合いだもの、その言葉がタバサの心を温かくするのと同時に、胸を締め付ける。今まで感じた事のない感情にタバサは困惑した。

 

 この気持ちは、いったい?

 

 そして、サソリに目を向ける。いつもの何の感情も感じさせない目とタバサの目が合う。

 

「どうした?」

 

 またも、キュルケの言葉がタバサの頭を駆け巡る。ダンスに誘いなさい、とキュルケが言ったことを思い出し、タバサはサソリとダンスしている光景を思い浮かべてみる。

 すると、鼓動の高鳴りが増し、自身に芽生えた感情にますます困惑していく。一体何なのだ、とタバサは冷静になろうと頭を振る。

 

「大丈夫か?」

 

 先ほどから様子のおかしいタバサを不思議に思い、サソリが声をかけてくる。

 

「なんでもない」

 

 そう、なんでもないのだ、とタバサは自分に言い聞かせる。きっとこの感情は、召喚されて以来、自分の為に働いてくれた使い魔への感謝の気持ちだ、と一人納得し、うん、うんと頷く。

 でも、感謝の気持ちを表す為に、サソリをダンスに誘っても良いのでは、とタバサは思った。決してこじつけではない。

 そして、いつもよりなぜか重くなった口を開くのに時間を有し、そこから誘いの言葉を出すのにありったけの勇気を振りしぼり、やっと言葉が出掛ったその時、窓から一羽のフクロウが飛び込んできた。

 フクロウは真っ直ぐタバサの元までやって来ると、その肩に留まった。

 タバサの感情がいつもの雪のように冷めたものに戻っていく。フクロウの足から、書簡を取り上げると、そこには短く、こう書かれていた。『出頭せよ』と。

 

「任務か?」

 

 サソリの質問に、タバサは頷く。

 二人は人気のないバルコニーに移動すると、サソリが巻物を取り出し、傀儡人形を口寄せする。

 竜の傀儡人形は二人を乗せると、空高くに飛び上がった。

 タバサはサソリの服にギュっと掴まり、その後ろ姿を見る。

 ぶっきらぼうな所もあるが、自分の為に仕えてくれる使い魔の少年。いつの間にか、一緒にいるとホッとできるようになっていた存在。

 絶望の道を一人で歩いて行くのはつら過ぎるが、サソリが居れば、二人一緒なら乗り越えられそうな気が不思議とタバサの心に湧いてくる。

 

「ありがとう」

 

 タバサの口から意図せず、感謝の言葉がもれる。

 

「何に対してだ?」

「いろいろ」

「……気にするな、オレはお前の使い魔だからな」

 

 サソリの答えに、タバサはかすかに笑みを浮かべた。そして、その青い瞳に真剣な光を宿す。

 

「……聞いて欲しいことがある」

 

 タバサが意を決したように口を開く。

 

「なんだ?」

「……あのね」

 

 青い髪の少女が淡々と語る。自身の過去を。

 それは絶望の記憶。親友にさえも語ったことがなかった少女の過去。

 赤い髪の少年はただ静かに少女の話を聞いた。感情を窺わせないその表情からは、彼の胸中を知ることはできない。だが、タバサがサソリの表情を見たら気付いたかもしれない。少年の瞳に強い意思の光が灯ったことに。

 

 二人に夜風が当たりその髪をくすぐる。空には二人の髪の色と同じ幻想的な赤と青の双月が輝いていた。淡い光が二人を包み込み、サソリとタバサは夜の空を舞い踊る。




後書き

ゼロの使い魔・NARUTO両原作未読の方には、訳がわからない不親切SSにも関わらず、読んで下さいました皆さま、誠にありがとうございます。また、お気に入り登録してくださった方々、本当にありがとうございました。励みになりました。
これからもよろしくお願いします!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。