サソリたちがルイズたちを追跡した日の夜……。
ルイズの部屋では一触即発の事件が起こっていた。
キュルケとルイズがバチバチと火花を散らし、睨み合っている。二人は、どちらが贈った剣がサイトに相応しいか、ということで争っていた。
渦中の中心人物であるサイトはというと、キュルケから贈られた美しい剣に夢中なっていた。刀身は鏡のように光り輝き、装飾には宝石が散りばめられた美術品のような大剣にサイトは心を奪われてしまっている。
そんな争いを尻目に、自分たちは関係ない、と言うようにタバサはベッドに座り本を広げ、その隣ではサソリが傀儡をいじっていた。
白い顔を紅潮させ、ルイズは不倶戴天の敵を不愉快そうに睨んでいる。しかし、キュルケは悠然とルイズの視線を受け流すと、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「見てごらんなさい! サイトはこんなにもあたしの剣に夢中じゃない! 嫉妬はみっともないわよ? ヴァリエール」
「し、嫉妬? 誰が嫉妬してるのよ! へ、へんだ。 あんたなんかただの色ボケじゃない! ゲルマニアで男漁りしすぎて相手にされなくなったから、トリステインまで留学して来たんでしょ?」
額に青筋を立て、ルイズも負けじとキュルケを挑発する。その声は怒りから震えていた。
ルイズの言葉にキュルケの顔色が変わる。
「言ってくれるわね。ヴァリエール……」
「なによ! 本当のことでしょう?」
キュルケがくやしそうにする様にルイズが気を良くしたのか、口元に笑みをつくり、小馬鹿にするように言う。
その瞬間、部屋の空気が変わり、示し合わせたかのように二人が同時に杖を抜いた。
それまで我関せずを通していたタバサが、二人よりも早く杖を振る。すると、部屋につむじ風が起こり、キュルケとルイズの手から杖を吹き飛ばす。
「室内」
タバサが淡々と言う。ここでやったら危険と言いたいのであろう。
「なにこの子たち。さっきからいるけど」
ルイズが邪魔されたことに腹を立て、忌々しげに呟くと、キュルケが宝物を自慢するように、その大きな胸を張り答える。
「あたしの友達よ」
「なんであんたの友達がわたしの部屋にいるのよ」
眉をひそめ、ルイズが言った言葉にキュルケの表情が強張る。
「別にいいじゃない」
普段の彼女らしくない、少し拗ねたような口調でキュルケは言った。
サイトが剣から、魔法で部屋に風を起こしたタバサに興味を移し、
「よ、よお」
じっと本を読んでいるタバサにおずおずと声をかけた。だが、タバサは本のページを黙々とめくり、サイトに興味ないのか無視する。
「な、なあ。おい」
今度はタバサの隣にいたサソリに声をかけたが、こちらも傀儡造りに夢中なのかサイトを無視する。今日も平常運転の主人とその使い魔だった。
サイトが少し目を離した内に、キュルケとルイズの睨みあいは激化していた。二人は目を吊り上げ、罵り合う。
そして……、
「ねえ」
「なによ」
「そろそろ、決着をつけない?」
「そうね」
「あたしね、あんたのこと大っ嫌いなのよ」
「奇遇ね。わたしもよ」
「気が合うわね」
二人がそう言って笑い出す。だが、二人の目は笑っていない。傍から見ればその光景はうすら寒いものを感じさせた。そして、笑い声がぴたりと止まると、二人は同時に怒鳴った。
「決闘よ!」
「……やめとけよ」
サイトが呆れて言った。しかし、キュルケもルイズも頭に血がのぼり、周りの声が届く精神状態ではない。サイトの言葉は哀しいかな、二人には届かなかった。
キュルケたちは、ヴェストリの広場まで移動していた。
キュルケとルイズ。二人は口喧嘩をすることはよくあったが、決闘にまで及ぶ事はなった。それが今回は決闘する為わざわざ広場まで移動するあたり、本気で雌雄を決するつもりのようだ。
「じゃあ、始めましょうか」
キュルケが腕を組み、高圧的な態度でルイズに言った。ルイズもキュルケを睨み付け、やる気満々といった様子だ。そんな二人を心配するようにサイトが止めに入る。
「本当にお前ら、決闘なんかするのかよ? やめとけよ! 怪我するだけだぞ」
「あら、あたしの事を心配してくれるの? 大丈夫よ、魔法の使えないヴァリエールなんかに負けないから」
「な、なんですって!」
キュルケの挑発を受けて、ルイズが怒りを顕わにする。
「本当のことじゃない、ゼロのルイズ。二つ名の由来忘れたわけじゃないでしょう?」
蔑むようなキュルケの言葉に、ルイズは唇を噛み締めた。その小さな身体が悔しさから小刻みに震え、瞼の端に涙をためる。
ルイズは魔法を成功させたことがなかった。そのことで幼い頃から、出来の良い姉たちと比べられ、よく母に叱られ、実家の使用人にさえ陰口を言われる始末。
それは、魔法学院に入学しても同じだった。どれだけ勉強しても、努力しても魔法が成功することはなかった。周りの同級生たちからは馬鹿にされ、教師たちからはさじを投げられ、ルイズの心は折れる寸前だった。
そんな時だった。春の使い魔召喚試験、召喚の儀式で魔法が爆発せずに発動したのは。召喚できたのが平民という納得しがたいものだったが、ルイズは生まれて初めて魔法が成功したことに内心喜んだ。もしかしたら、これをきっかけに他の魔法も使えるようになるかもしれない、と期待が持てる出来事だった。
しかし、無常にもルイズの期待は裏切られる。ルイズの使う魔法は相も変わらず、爆発、爆発、何度やっても爆発である。召喚の成功でついた自信など、一瞬で消し飛んだ。
そして今、不倶戴天の敵キュルケに唯一成功した魔法の成果、馬鹿イヌ、もとい使い魔を誘惑され、売り言葉に買い言葉で、いつの間にか決闘することになっていた。
決闘するのはいい。本当はよくないが仕方ない。でも、もし決闘に負けて、ありえないことだが、サイトがわたしの元を去ってしまったら、いや、いや、こんな可愛いご主人さまの元を離れるなんてありえないけど、万が一ということもあるかもしれない。エレオノール姉さまが結婚するぐらいありえないけど。もしあの駄犬がキュルケの元に行ってしまったら、わたしは本当にゼロになってしまう。
ルイズは俯き、涙をこらえ、様々な負の感情に囚われていた。
その時、ルイズに天啓がもたらされる。
「あなたには魔法の才能がある」
先ほどまで本を読んでいたタバサが、本から顔を上げ、ルイズに話しかけてきた。
「はあ? どういう意味よ? 同情ならやめてよね!」
タバサの言葉に訝かしんだルイズが声を荒げた。
その大きな声にタバサはぴくりとも表情を動かさず、静かに首を横に振る。
「本当のこと。あなたには才能がある」
真剣な眼差しでルイズを見つめるタバサ。その真っ直ぐな瞳からは、いつもルイズに向けられる蔑みや同情が混じった冷たい視線とは違う、嘘偽りない透明な印象を受けた。
その瞳に見つめられルイズは思った。目の前の青い髪の少女の言葉に嘘はない、と。
タバサの発言を聞いていたキュルケが口をとがらす。
「タバサ。ヴァリエールに魔法の才能があるなんて本気で言っているの?」
タバサは迷いなく頷く。そのさまを赤い瞳に映したキュルケは、信じられないと言った風に疑問を口にする。
「じゃあ、何でいつも魔法が爆発するのよ?」
「呪文に魔力を込めすぎているから」
「だから、魔法が爆発するって言うの?」
タバサが再び頷く。それをキュルケが鼻で笑う。
「そんな話聞いたことないわよ」
「事実」
タバサがじっとキュルケを見つめる。透き通るような青い瞳で見つめられたキュルケは、う~と唸ってから、降参というように手を振った。
「……わかったわよ。タバサが言うんだから信じるわ。よかったわね、ヴァリエール。あなた魔法の才能があるみたいよ」
「いきなりすぎて、よくわからないんだけど……」
ルイズは二人のやりとりについていけず、頭の中が混乱しているようだ。
「でもよく分かったわね。だれも分からなかったのに?」
キュルケの疑問にタバサは、サソリを指差す。
「サソリ」
タバサが呟くと、キュルケはすべてを理解する。サソリがタバサに教えたのだ。この使い魔ならルイズが魔法を使えない理由が分かっても不思議ではない、と納得した。
「じゃあ、わたしはどうすれば魔法を使えるようになるの? 教えて、お願い!」
混乱から立ち直ったルイズが、タバサに縋りつくように懇願する。
「サソリ。教えてあげて」
タバサは自身の使い魔に丸投げした。しかし、それも仕方がないことなのかもしれない。ルイズが魔法を失敗する原因を突き止めたのは他の誰でもない、サソリなのだから。
タバサの願いを受け、サソリは傀儡造りを止め、ルイズを一瞥すると、タバサに視線を向ける。
赤の他人に教える義理などない、と思っていたサソリだが、タバサのいつになく真剣な瞳と目が合うと、不思議とタバサの願いを聞かなければならない、という感情が湧いてくる。
「……わかった」
サソリがため息を吐き、めんどくさそうにルイズの方に向き直る。
「おい、小娘。オレが特別にチャクラのコントロールの仕方を教えてやる。光栄に思うんだな」
「はぁ? こ、小娘って、誰が小娘よ! それに平民に教わるこ、む、むうううう!?」
高圧的な態度のサソリに、苛立ちを覚えたルイズが文句を言おうとした瞬間、ルイズの口をキュルケが後ろから手で塞ぐ。
「ぷ、ぷはぁ! ちょっと、キュルケ! あんたなにするのよ!」
「それは、こっちのセリフよ、ヴァリエール! あなた今なに言おうとしたのよ! あなたは教えてもらう立場なんだから、もっと謙虚になりなさい。もっと広い心持ちなさい。お願いだから! それから、彼を怒らすのだけはダメよ、絶対に、絶対だからね! 彼を怒らせてから後悔しても知らないわよ!」
「……わ、わかったわよ」
キュルケの鬼気迫る態度に、ルイズはたじろぎ頷くしかなかった。
「……もういいか?」
「ええ、ごめんなさい。ヴァリエール、さっきあたしが言ったこと忘れないでね」
キュルケはルイズに釘を刺すと、二人から距離を取る。
サソリが改めてルイズに話しかけた。
「小娘、なぜお前の魔法が爆発するか分かるか?」
「さっきあの子が言っていたように、魔力の込めすぎで爆発が起こっているの?」
「ああ、その通りだ。お前のチャクラ量は他の者に比べて抜きん出て高い。異常ともいえる程にな」
「何でそんなことが分かるのよ?」
「オレは感知タイプじゃないが、相手のおおよそのチャクラ量ぐらいは分かる。それに、普通チャクラ量が少なかったら魔法自体発動しないんだろ? 逆説的に、爆発が起こるということは、チャクラが流れているということだ」
「う~ん。今の説明で魔力が流れているってのはわかるけど、魔力の込めすぎで爆発するっていうのは、わからないような」
サソリの説明を聞いたルイズはいまいち納得できていないようだ。
その様子を見たサソリが頭を振り、面倒そうに、
「仕方ない。オレが一度実践してやる」
そう言うと、サソリは広場の端に生えていた一番大きな木の方に歩いて行く。他の一同もその後に続く。そして、サソリが木の前まで来ると、皆の方に向き直り、説明を始める。
「オレのいた場所では、チャクラコントロールの修行として、手を使わずに木に登る修行方法がある」
「手を使わないでどうやって木に登るのよ?」
「足の裏にチャクラを集め、木に吸着させる。いいか、よく見ておけ」
サソリが木の方に真っ直ぐに歩いて行き、どんどん前進していく、そして、そのまま歩みを止めず、木を垂直に歩き出す。木の中ごろ辺りまで進むと、ピタリと歩みを止め、木の幹に垂直に立ったままの状態を維持する。
「……すごい」
「相変わらず、デタラメね」
「杖も使わずに……、一体あんた何者なの?」
「空飛んだりする方がすごいと思うんだけど……」
一同から驚きの声が上がる、若干一名を除いて。
「ここからが本題だ。いいか、オレの状態を魔法に置き換えると、木に吸着している今の状態が魔法を正常に発動できた場合だ。そして、小娘の場合がこれだ」
パァンと何かが弾ける音がした後、サソリが木から落ちてくる。サソリは空中で体勢を整え、見事に地面へと着地する。
「今なにをしたの?」
「足のチャクラ量を増やした。その結果があれだ」
サソリが木の幹を指差すと、そこには爆発が起きたように、木の幹が破壊されていた。
「チャクラを大量に流すと、反発が起きる。この状態の規模を大きくしたのが小娘の魔法だ」
サソリの見解に一同が耳を傾ける。
「まあ、これは木に吸着する為に必要なチャクラが微量だから起こる現象で、普通の術でチャクラを込めすぎて、爆発が起こるなんてことはありえないけどな」
「じゃあ、爆発が起きるのは別の理由なんじゃないの?」
サソリの説明に疑問を感じたキュルケが首を傾げる。
「いや、それだけ小娘のチャクラが馬鹿げている量ということだろう。魔法の許容できるチャクラ量を大幅に上回るほどにな」
「どれぐらいなの、ヴァリエール魔力量は?」
「おおよそ……タバサの百倍ぐらいか」
「ひゃ、百倍! それって、トライアングルメイジ百人分の魔力量ってこと?」
「まあ、そうなるな」
ルイズの魔力量にキュルケが驚きの声を上げる。タバサもいつもの無表情を少し崩す。サイトは話に付いていけてないようだった。そして、話の中心人物たるルイズは内心喜びに打ち震えていた。今まで、散々周りから馬鹿にされ続けてきたのが、実は凄い才能の持ち主となれば、喜びが込み上げてくるのも当然といえた。
自然とその表情が満面の笑みに変わる。そして、魔法を正常に使うすべを教わるため、サソリに尋ねる。
「わたしの魔法が魔力の込めすぎで爆発するのは分かったけど、魔法を爆発させずに使うにはどうしたらいいの?」
「簡単な話だ。込めるチャクラ量を減らしてやればいい。お前は気負い過ぎだ。チャクラってのは、精神エネルギーを使う。気を張りすぎたり、やっきになったりしたら失敗するのは当然だ」
サソリの答えに、タバサが付け加える。
「系統魔法もダメ」
「そうね。系統魔法も適正がなければ結局失敗するわね」
キュルケもタバサの意見に頷く。
「そうか。タバサ、系統魔法以外でこの場で使える魔法はあるか?」
「コモン・マジック」
「コモン・マジック?」
タバサが短く答え、なんだそれは、とサソリが聞き直す。その問いに、キュルケがタバサの代わりに答える。
「メイジだったら誰でも使える魔法、呪文を唱える時にルーンを紡がなくていいの。ここならライトか念力が試しやすいわね。簡単に説明すると、ライトは明かりを灯す魔法で、念力は物を動かす魔法ね」
「そうか、なら小娘。念力であそこにある石を動かしてみろ」
「わ、わかったわ!」
ルイズは言われた通り十メイルほど離れた小石に念力を唱えようとする。その様子を周りにいた一同も固唾を飲んで見守っていた。
「とりあえず、肩の力を抜け、そして、イメージしろ。あの石が浮き上がる光景を心の中に思い描け。それができたら、杖にチャクラを一定量集めるようにして、石に意識を集中させろ」
「よし、やるわよ!」
ルイズが呪文を唱え、手に持つ杖を勢いよく振り下ろすと、魔法が発動した。
刹那、雷が落ちたような、空気を切り裂く轟音がしたのと同時に、辺りに爆風が起こる。
ルイズの魔法はいつも通り、爆発した。
「なんでよ! 言われた通りにしたのに!」
「……チャクラの込めすぎだ。さらに込めるチャクラを少なくしろ」
憤慨するルイズをサソリが呆れた風にたしなめる。
ルイズは気を取り直し、再度呪文を唱えた。
そして、また爆発が起こる。その次も爆発。そのまた次も爆発。何度やっても爆発が起こる。
一向に成功しない魔法に苛立ちがつのり、サソリが痺れを切らす。
「さっきからドカドカと爆発ばかりさせやがって、お前はデイダラか! 小娘、お前なめてるのか」
「だ、だって、ひぐ、せ、成功しないんだから仕方ないじゃない。うぐ、わ、わたしだって、わ、わざと爆発させてるわけじゃないわよ!」
ルイズは両目に涙を溜め、嗚咽交じりに反論する。その様子を見たサソリは、ルイズがわざと魔法を失敗しているわけではないと理解できたが、このままでは埒が明かない。
サソリは怒りを治め、冷静さを取り戻すと、口で説明するだけでは無理だと悟る。
「やり方が悪かったか。一度手本を見せた方がいいな。タバサ、こっちへ来い」
言われた通りにタバサがサソリの目の前までやって来る。サソリはタバサの後ろに回り込み、その背中に手を置く。
サソリの行動にタバサの口から疑問の声が上がる。
「なに?」
「今から魔法発動時のチャクラの流れ、量を調べる。タバサ、試しに念力で、あの石を動かしてくれ」
タバサは頷くと、杖を振り魔法を発動する。ルイズとは違い、指定された石は浮かび上がり、魔法は難なく成功した。
「よし、わかった。もういいぞ」
サソリはタバサの背中から手を離し、ルイズに向き直る。
「小娘。今からお前の体をオレが操って魔法を発動させる。お前は呪文だけを唱えろ。そして、その時に流れるチャクラの量と動きを感じろ」
「そ、そんなことができるの?」
「まあな。それじゃあ始めるぜ」
サソリの指から無数の青い糸が伸び、ルイズの体に結びつく。
「わわ、か、体が勝手に!」
サソリが指を動かすと、ルイズの体が操り人形になってしまったかのように、本人に意思とは別に動き出す。
ルイズは言われた通りに呪文を唱える。そのタイミングに合わせるように体が勝手に動く。指揮者のように杖を振る動作を取ると魔法が発動した。
すると、爆音も爆風も起こらず、ルイズの視線の先では、石がプカプカと浮かび上がっていた。どうやら、魔法は成功したようだ。
「すごい!」
目を大きく見開き、ルイズの口から思わず驚きの声があがった。
サソリは魔法がうまく発動したことに満足そうに頷くと、ルイズに確認する。
「うまくいったみたいだな。でだ、小娘。オレが流したチャクラの量と流れは分かったか?」
「なんとなくだけど。お腹の中心辺りから、小さい温もりが手に流れて行く感じがしたわ」
「よし、大体の感覚は読み取れたようだな。なら、今度は小娘、お前が一人でやってみろ。もし、チャクラが暴走しそうだったらオレが抑えてやる」
「……わ、わかったわ!」
今度こそ、と意気込むルイズ。先ほど感じた感覚を思い出し、呪文を唱えようとする。
「待て」
しかし、ルイズの魔法はサソリの停止の言葉で中断される。
「な、なによ」
出鼻を挫かれたルイズは、怪訝そうな声を上げた。
「標的を変えるぞ。お前の込めるチャクラ量に対して、あの石では釣り合いが取れてない。お前のチャクラ量ならこっちの木を浮かせるほうが、石を浮かせるより魔法を発動させやすいはずだ」
サソリが指差したのは、先ほどサソリが登ったこの辺では一番大きな木だった。
「こんな大きな木、持ち上げられる訳ないじゃない!」
「いいから、やってみろ」
「う~、わかったわよ」
ルイズは不満そうな声を上げながらも、気持ちを落ち着かせ、精神を集中させる。瞳を閉じ、先ほど感じた感覚をなぞるように体内に魔力を循環させると、杖が眩い光を発した。
ルイズは瞳を開けゆっくりと息を吐き、意を決したように杖を振るう。
すると、メキメキという音とともに、木が見えない手に引っ張られるかのように宙に浮き上がろうとしていた。
「爆発しなかった!?」
「す、すげ~! あとちょっとだ。ルイズ」
「もう少しで浮き上がるんじゃない!」
周囲から驚きの声が上がる。そして、ルイズが杖を振りきると、木はボコッと周りの地面ごと浮き上がった。
「……ヴァリエール。あなた無茶苦茶ね」
「……びっくり」
「なんか、どっかの天空の城みたいだな」
地面ごと空に浮かび上がる木を見て、一同はこぼれ落ちそうなほど目を見開き、各々感想を口にした。
そして、ルイズの光り輝いていた杖がその光を失うと、魔法が解け、ドスンという地響きと共に木が地面に落下する。
「やった~! ままま、魔法が成功したわ! フフフ、やっぱりわたしってやればできる子だったのよ! 見た、サイト! あんたのご主人さまはすごいメイジだったのよ! 光栄に思いなさいよね。こんなにすごいご主人さまに仕えることができるんだから、別にわたしのことを賛美しても構わないのよ。美少女な上に、魔法も使える素晴らしいご主人さまで犬嬉しいワンって言ってもいいのよ。というか、言いなさい! あら、キュルケいたの? そういえば、わたしたち決闘をするために此処まで来たのよね。いいわ、掛かって来なさい! あんたなんてわたしの魔法で軽く捻ってあげるわ! わたしの魔法でね!」
魔法が成功したルイズはえらいはしゃぎようだった。その様子を見た一同から呆れられるほどに。
しかし、ルイズは周りの目など気にせず、笑い声を上げたり、飛び跳ねたりと体全体で喜びを表現していた。
「……いいかげん、落ち着け」
流石に見るに堪えなくなったサソリが、ルイズに声をかけた。その声に反応して、ルイズがサソリの方に顔を向ける。その表情は喜びに満ち溢れていた。
「一応、お礼を言っておくわ。ありがとう! あんたのおかげで魔法が使えるようになったんだもんね」
「礼ならタバサに言え。それと、一回成功したぐらいで喜び過ぎだ」
「べ、べつにいいじゃない。嬉しいものは嬉しいだから」
ルイズはタバサに向き直り、一礼する。
「タバサだったわね。あなたの使い魔のおかげで魔法を成功することができたわ。ありがとう」
「わたしはなにもしていない。あなたの実力とサソリのおかげ」
「フフフ、それでも、お礼を言いたいの。ありがとう、タバサ」
タバサに向けられたルイズの笑顔は、絶望を払いのけた喜びで彩られ、見る者をはっとさせる美しいものだった。
その笑顔にタバサは一瞬心奪われる。自分が失くしてしまった美しい光に胸が締め付けられ、羨望にも似た感情を抱く。
いつか、目の前の少女のように笑える日がくるのだろうか、と絶望の中を今もなお歩く少女に夢想させるのだった。
12/25 一部描写を変更しました。