ヒュンケルはアバンの様子に気がつくも、それを口にすることはなかった。
この作戦には穴がある。少なくともアバンはそれに気がついている。しかし敢えて言わないのは考えがあってのことだとヒュンケルは考えた。
アバンはとんでもなく甘い男だ。ダイを見殺しにすることはないし、手を抜くことなどないだろう。
「ところでトーヤの様子はどうなんですか?」
他の面々と違い、一晩経っても治療が完了しないトーヤについてポップがアバンに尋ねる。
「今はマトリフとブロキーナ老師に看護をお願いしています」
「老師とマトリフさんが? なんでまた……」
ポップとマァムは互いに顔を見合わせ首をひねる。
トーヤの外傷はそれほど多くなかったはずだ。少なくとも昨日一緒に帰還した時には命に関わるような怪我はなかった。クロコダインやヒュンケルの方が余程重症だったと記憶している。
その二人が無事であるのに何故?
「それはーー」
アバンは目線を彼等から僅かに逸し、低い声で話し始めた。
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目が覚めると俺はベッド上だった。
この世界にきてからこの展開にはなれているので突然起き上がるようなことはしなくなった。もし怪我していたら痛いからな。
手を握っては閉じたり、つま先からゆっくり動かしたりして身体の調子を確認する。
「……あれ?」
記憶を手繰り寄せるように思い返してみる。んー、ズタボロだったはずなのに怪我一つ無い。ということは誰かが回復呪文か何かをかけてくれたんだろう。
すぐ近くには椅子に座ってコックリコックリと船を漕ぐマリンとーー。
「のわぁっ!!!」
メチャシリアスな表情でこっちを見るマトリフさんの顔が間近に迫っていた。更にその隣にはブロキーナ老師がいる。
「よお、気分はどうだ」
マトリフさんは俺が失礼にも悲鳴をあげたのに気にせずフランクな挨拶などをしてくれる。さすが百歳近いだけある。
「痛いところはないです。治療をしていただいたようで、ありがとうございました」
「ああ、それならこっちの二人とアバンのやつに言ってくれ。俺はほとんど何もしちゃいねえよ」
親指で隣に立つブロキーナ老師を指さしニヒルに笑う。対照的にブロキーナ老師はVサインなどを出していた。
ブロキーナ老師とはあまり絡みがないのでどう接していいのか悩む。……と思ったけど別にいいか適当で。きっと気にしないタイプだろうから。
「ちょいと失礼するよ」
おもむろに近づいたブロキーナ老師は俺の服をまくり上げる。そして腹の辺りに手を置くと目を閉じて意識を集中させている。
きっと治療の一環だろう。ジャマするのもアレなので為すがままにされること約一分。ようやく満足したのかブロキーナ老師は手をどけて服を元に戻して元の位置に戻った。
「………」
いや何か言えよ。
何故か無言のブロキーナ老師に首だけ動かして問いかけるように目線で訴える。
「気分はどうかね?」
それさっきマトリフさんも聞いたやつ。
「痛いところはないです」
仕方ないので同じように答える。
どうやらこの答えでは不十分らしい。二人は表情を曇らせると低く唸ってみせた。そんな二人に構わず俺は俺の疑問をぶつけることにする。
「他のみんなはどうなりました?」
「無事だ。アバンのヤツがお前さん達を連れて逃げてきたのさ。ダイとその親父だけは敵に捕まっちまったらしいがな。そこまでは覚えてるか?」
マトリフさんの言葉で何となくだった記憶はより鮮明に蘇る。そう、ダイが連れてかれてしまったんだ。
「そのとき何か変わったことは無かったかな? 例えばダイ君に触ったり、とかね」
「……なぜダイに触ることが変わったことだと?」
あまりに限定的な質問に、意味が理解できず質問を返す。
「トーヤ君の使う”念”とやらの話はアバン殿から聞いているよ。闘気とは似てるけど随分違うようだね」
「……ええ」
静かに頷き肯定する。
どうしてアバンが”念”の話をブロキーナ老師にしたのか。気にはなるがこの際それは措いておく。それよりも気になるのは、何故このタイミングで老師は”念”の話なんぞをするのか、ということだ。
「闘気の扱いは非常に難しい。荒ぶる精神をコントロール出来ないと自らを傷つけることになる。弟子であるマァムにも扱いには十分気をつけるよう言いつけてある。コツは威力を極力抑えること、コレに尽きるね」
関係なく苦労話でもするかのような口振に、一体何の話やねんと言いたくなるのをぐっと堪える。
「キミの”念”は闘気に非常によく似ているが、精密さという点が闘気と一線を画しているよ」
「精密さ?」
「”念”は闘気の比じゃないほどに細かく生命力の運用ができる。だからその力で身を滅ぼすなんてことはまず無いだろうね。本来ならば」
「本来なら?」
なんかアホみたいにオウム返しばかりで申し訳なくなるが、まず何の話をしたいのかすら分からないから仕方ない。この人達は一体何の話をしているんだ?
「それから精神の影響をモロに受けやすいみたいだな。ここでさっきの話だ。お前さんダイにーーというよか暗黒闘気に触っちまったせいで精神を侵され始めているぞ」
な、なんだってー。
寝起きに明かされる衝撃の事実に、心の中だけで叫び声をあげておく。
暗黒闘気か……そういえばダイに触った時に頭痛ハンパなかったな。なんて気を失う前のことをシミジミと思い返してみる。
「随分と余裕そうじゃねえか。もっと驚くかと思ったが、気づいてやがったのか?」
「いやー、べつにそういう訳じゃありませんが」
そう。別に気づいてたとか、分かっていたとかではない。自分でも不思議なくらいなんの感慨も焦躁もなかった。
だからもしかしてコレも暗黒闘気の影響なのかな。普通は慌てたり騒いだり、それこそ二人に詰め寄る勢いでまくし立てたって可怪しくないんじゃなかろうか。
だってカラダが動かないんだから。
ここにきて念と闘気の差別化を図ってみたりしています。
思うところはあるかもしれませんが細かいことはお気になさらずお願います。