ストーリーがまとまらなかったので筆がずっと止まっていました。
完結に向けて少しずつ進んでおりますので、よろしくお願いします。
「ーー断ると言ったのだ」
ハドラーは何を馬鹿なと、さも当然であると言うように断言した。
一切の迷いのない言葉に動揺するトーヤを他所に、ハドラーはバーンへと向かって歩みを進める。
「大魔王バーン、あなたに尋ねたいことがある」
「そちらの話は良いのかな?」
一笑に付す態度にハドラーは顔を歪ませた。
体内に埋め込まれていた黒のコアは目の前の男の仕業である。忠誠を誓ったハドラーは何かの間違いあって欲しいと心の底では願っていた。
が、それもこの瞬間まで。直前まで抱いていた疑念は完全に消え去った。やりきれない思いがハドラーの胸中を駆け巡り、そしてそれは怒りへと転換された。
「どうした、そんなに血相を変えて。まるで余を憎んでるような目つきだな」
「ヌケヌケとッ!!」
バーンの嘲りに怒りは一気に臨界点を超える。バーンを焼き尽くすため熱波の本流を奔らせるがーー
「よく考えてもみろ」
「ッ!?」
僅かにバーンの指が動くと、熱波は微かな風を残して掻き消えた。
「お前は本来アバンとの戦いに敗れ、とうの昔に散っている筈だった。それを余の力によって生き長らえることが出来たのだ。感謝こそすれ恨むなどと見当違いではないのか」
「よく言う」
噛み締めた歯はギリギリと音を立てて今にも砕ける寸前だ。
「ふっ、お前の目的はなんだ。黒のコアを埋め込み、お前の決闘に横槍を入れた腹いせか?」
「無論のこと。……がそれだけではない」
自身の攻撃を容易く封殺したことを意識の外に追いやり、忌々しく吐き捨てる。
「黒のコアの爆発……もしバランが威力を抑えなければどれだけの被害になっていたと思っている」
「仮に黒のコアが本来の威力を発揮したとしたら地上の十分の一は消えていただろうな。だがそれがどうした。地上がどれだけ損壊しようと余には何の関係もないこと。それよりもお前の口から被害などという言葉が出て来ようとは驚いたな。騎士道精神の次は勇者の真似事でもするつもりか」
「オレは正義感から言っているわけではない。ただーー」
何故そんなことをしたのか。その問いを遮りバーンは続きを口にする。
「決まっている。邪魔な地上を消し去り、魔界をここへ浮上させるためだ」
「地上を!? 何故そんなことを……あなたの目的は地上を支配することではなかったのかッ!?」
「愚問だな。余は初めから地上になど興味はない。あるのはその先ーーすなわち、天界を滅ぼすことにある」
「ならば何故最初からオレたちにそのことを話さなかった。天界を攻めるというのならオレたち魔王軍も……」
「フハハハ、魔王軍など地上を消し去る余興として戯れに作ったまでのこと。お前たち程度の連中が天界との戦いで役になど立つものか。さあ、他にもあるのなら言ってみるといい。冥土の土産と言うやつだ」
「いや……それだけ聞ければ後はいい」
僅かに瞑目すると、その胸中を吐露し始めた。静かに、しかし厳かに、嘘偽りのない真実を。
「確かにあなたの言う通り、オレはかつて命を救われた。そう、感謝しているとも。命を賭して戦えというのなら喜んで戦場に身を投じる程にな。しかし……しかしだーー」
ハドラーはバーンに傾倒していた。先のバランとダイとの一戦、力及ばずに果てたとしてもハドラーは本望だったと言い切れる。だからこそ感じる無念。
横槍を入れた? 黒のコアを埋め込まれた? そんなことは些末事だ。
主の命ならばそれを投げ出すのは至極当然のことであり、敵の排除は最優先。
故に赦せないのはただ一点。
魔王軍などという幻想で唆した。あまつさえそれを戯れと曰ったこと。それだけは決して赦せることではない。どんな理由があれーー
「このオレをコケにして良い道理など何処にもないッ!!」
如何に強大な力を持つ相手だろうと変わらない。死をもって償わせるだけ。
「余に手向かうか。構わんぞ、それが出来ると言うのならーー来い」
+
「一体どうなってるんだっ!?」
「俺に聞いてもわかんねえよっーーあいたっ」
目の前で始まった戦いにダイは困惑の声をあげた。ポップも飛来する砂塵から身を守るべく縮こまってダイに叫ぶ。
次々と目まぐるしく変わる状況に誰もが多かれ少なかれ迷い、動揺を隠せない。
それは俺も同じだ。
ハドラーの協力を得られないことは明白だった。しかしどうしても諦められない自分がいる。
前世の知識からハドラーのことを俺は知っている。例え表面的・立場的に敵対していても、その根幹には正義の心と意思があると信じたい。
だけどそれは漫画の中での話である。いや、正確には俺が漫画を読んで感じた印象に過ぎない。
結局アバンの忠告通りか……。
だけど協力を得られなくても構わない。
どちらにせよバーンと事を構えているのは同じこと。ならばこのまま全員でかかればなし崩し的に全勢力を結集し臨むことが可能である。
だからここまでは予想外ではあるが、予定調和の範囲内でもある。
戸惑いながらも考えをまとめていると、誰かがゆっくり近づいてくる気配を感じた。その誰かは後ろから俺の肩に手を置いた。
「なんだ、どうかしーーぐあッ」
視界が真っ白に明滅して一瞬の浮遊感に苛まれた。
上も下も分からずに、それでも勝手に動いた手が鼻孔から流れる液体を押さえていた。タイヤの焦げたような臭いを感じて懐かしいな、なんて場違いなことさえ考えていた。
「な、なにをしている!?」
誰かを咎めるクロコダインの声が耳に届く。その声を余所に、俺は今殴られたのだと他人事のように考えていた。同時に、何故殴られたのか分からなかった。
数回頭を振ってから鼻血をぞんざいに拭って面を上げる。左右に揺れる視界の先で目に映るのは幽鬼の如く佇む男の姿だった。
「お、おい……テメェまさか」
なんとか声を絞り出す。しかしそれ以外は指どころか筋肉一本までも打ち付けられてしまったみたいに動かない。
呼吸するのも忘れてしまうほど。ともすればバーンのことすら些事に思えてしまうほどの悪夢が目の前に立っていた。
こんなのは夢だ。悪夢に違いない。絶対に嘘だ。質の悪い冗談だ。なあ、そうだよな? 冗談だよな?
「バーン様に仇なすモノは死ね」
そんな俺の一縷の望みをかき消すように、その男は冷淡な言葉を紡いだ。
肌は浅黒く、額には黒い影が帯となっている。それはミストバーンに操られていることの証明だった。
「お前と戦えってのか。冗談きついぜ、なあ?」
躰から暗黒闘気を蒸気のように揺らめかせるバランを見る。