可怪しい。
心の奥底に小さなしこりを感じた。そしてそれは時が過ぎる毎に大きくなっていった。
違和感の正体も分からずに、焦燥ばかりが募っていく。
俺の心を映すように暗雲が立ち込める中、そんな俺の胸中など知る由もなく、ダイ達は次の戦闘に向けて準備を行っていた。
「ダイ、今度はあなたの番よ。こっちにきて傷を見せて」
マァムはダイの血の滲んだシャツに気が付き、腕をひっぱると地面へ座らせた。
ダイのシャツをまくり上げ、マァムは呪文を唱えるため腹部へ手を添えた。ほんのりと灯るい呪文の光によって徐々に傷口が塞がっていく。
患部から覗く痛々しい傷をみて、ポップは僅かに顔を青くした。
「オメエも重症だったんじゃねえか。なんで言わねえんだよ」
「あ、うん。でもあの人の方が大変だったから忘れてたよ」
「はぁ~、呆れるぜまったく」
肩を竦めるポップを見上げて、ダイは申し訳程度に笑って返事をする。どうやら自覚があるみたいだ。
だけど自分の父親が目の前で死ぬ寸前だったんだ、仕方ないことだと思う。
当のバランはというと、すっかり元気になったかと思ったら剣の手入れなんかしている始末。せっかくの和解のチャンスだというのに不器用なヤツ。
それでもこの二人が打ち解けるのは時間の問題な気がする。
ダイの方は話す切欠が見つからないだけで、かつて死闘を繰り広げたことなど気にしてなさそうだ。
バランは剣の刃紋を指でなぞり、そして眉をひそめる。
「妙だな」
「っ!? どうかしたっ?」
そのつぶやきに俺は過剰に反応した。もしかしてバランも俺と同じように違和感を感じているのかもしれない。
バランは目を僅かに大きく開けてたじろいだ。
なるべく平静を装って話しかけたつもりではあったが、どうやら驚かせてしまったらしい。
「た、大したことではない。刃が傷んでいたのが気になっただけだ」
「ーーそ、そうか」
なんだ、そんなことか。
そんなのキルバーンをぶった斬った時の血糊のせいじゃん。何を今更……。
ってそうか。キルバーンは俺のところに来ていたから、バランは原作と違って刃にダメージがあることを知らないんだ。
一応説明しておくか。
「それはキルバーンを斬ったせいだよ。自慢気に語ってたからな。『ボクの血液は魔界のマグマ並みの高熱と強力な酸を含んでいる』ってね」
原作でだけど。
「奴がまだ生きていたことにも驚いたが……ハドラーの首を落とせなかったのはそういう訳だったのか」
バランとキルバーンがやり合ったことはキルバーンから聞いたことにした。不審がられるかとおもったけど、バランは謎が解けてスッキリしたみたいだ。
その後もバランは何度か刃を指でなぞり、すぐに修復は不可能と悟ったのか諦めたみたいだ。
地面に突き立てるように剣を刺し、俺へと向き直った。
俺を正面から見据えるその瞳は、戦士のそれでは無かった。とてもこれから戦いに赴く人の顔とは思えない。
どうかしたのかと心配になり声をかけようとした矢先、僅かに早くバランが口を開いた。
「トーヤと言ったな。命を救ってくれたこと感謝する」
「え? あ、ああ」
思いがけない一言に呆けたように口を開ける。
鳩が豆鉄砲を食ったような俺の顔は、他人から見たらさぞ間抜けに見えることだろう。
「だが見ての通り私はもう大丈夫だ。だからそんなに不安そうな眼差しを向けてくれるな。気になって仕方ない」
はい?
一体何の話をしているんだろう。不安そうな眼差しって……そんなものを向けた覚えはない。
何も言葉を返せずにいると、クロコダインは豪快に笑いながら俺の横に並び肩に大きな手を置いた。
「ぐっはっはは、そんなに腫れ物を触るようにされると居心地が悪いと言っているのだ。他人を思いやるのは結構だが、少しは当人の身になってみろ」
だから何の話をーーああ、なるほど。
さっき妙だと言ったバランに詰め寄ったのが、体を心配してのことに見えたわけか。
ぜんぜん違うわ、気持ち悪い。
本当に違うのでバランに否定してみせたのだが、周りの皆からは照れ隠しに見えたのだろう。
何度も違うと繰り返す俺に対し”そういうことにしておいてやろう”という空気をひしひしと感じる。
「だーから違うってのに。それよりほら、皆は何か変な感じしない? 俺はさっきからそれが気になってるだけだっての」
ムリヤリ話題転換して、俺が感じていることを素直に皆に伝えてみる。
言われてそれぞれが違和感らしきものを一緒に考えてくれたのだが、誰もその疑問を解消するには至らなかった。
「ならよぉ、いっその事一旦引き返すってのはどうだ?」
「ポップの言うことにも一理ある。最初に想定していた事態とは大きく変わってしまったからな」
弱々しく逃げ腰となったポップに意外にもヒュンケルが賛成とばかりに頷く。
マァムとクロコダインはその言葉に少し悩み、そして言いづらそうにして意見を述べる。
「わたしは反対よ。ここまで来たんだもの、一気に攻めこんだ方が良いと思うの」
「うむ。ここで引けばまた敵は態勢を整えてしまうだろう。キルバーンまで倒しているのだ、今の魔王軍の戦力は大幅に衰えいると見ていい」
なるほど、そういう見方もあるな。
真逆ではあるがどちらも正しい考えに思える。
俺はどちらに賛同しようか迷っていた。バーンとの戦いが始まってしまえば逃げることができなくなる。撤退するのであれば今が唯一のチャンスなのだ。
「ねぇトーヤ、回復アイテムってまだ持ってるの?」
「……戦いの傷を癒やすために結構使ったからなぁ。それに爆発やら戦いの衝撃やらでほとんど割れてしまった。残りは体力を回復させるエリキシル剤が1つと、さっきバランにも使った大天使の息吹が1回きりだ」
カバンから液体の入った小瓶を出してダイに見せる。
次にダイはマァムの方を向き、同じく質問を浴びせた。
「マァム、まだ魔法力は大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。それにここへ来る前にレオナに頼んで魔弾丸にベホマを込めてもらったわ」
「へぇ、そんなことして貰ってたのか。お前にしちゃ用意がいいじゃねえか。空いている弾丸があったら俺も呪文をこめてやるよ」
「一言余計よ! ……それに弾丸には回復呪文しか入れていないの。並みの攻撃呪文じゃこれからの戦いでは通用しないもの」
確かにギラとかヒャド呪文を詰めておくよりも、その方が有用だよな。
メドローア詰められれば良いのに。
などと考え事をしている間に、ダイは何かを決心したようだ。その眼差しからは力強さを感じる。
「みんな、このままバーンと戦おう!」
「ず、随分と自信があるみてぇだけど、勝算でもあるのか?」
「勝算って言われるとちょっと違うんだけどさ。こっちには竜の騎士が2人もいるし、それにみんなだって万全の状態じゃないか。回復する手段だってあるし、これならきっと大丈夫だよっ」
自信満々に言い切るダイに心の奥底から勇気が湧いてくる。
それは他の皆も同じなのか、先程までの険しいだけの表情とは違い強い闘志を感じた。
「うっしゃぁ! やってやるかっ、どのみち何れは戦うことになるんだからな! ここまで来て引き返せますかっての」
「何言ってんのよ、さっきまで青い顔して逃げようとしてたくせに」
あー、また夫婦漫才が始まった。これが始まると長いんだよな。
ダイもそう思ったのか、苦笑して二人で顔を見合わせてしまう。
ーーしかし、それは突然やってきた。
血も凍るような威圧感。経験したことのない圧倒的なまでの禍々しい感覚が襲い来る。
「………一同控えよ! 大魔王バーン様がお会いになられる」
いつの間にか姿を現したミストバーンの声が響く。
殺意と悪意に満ちた風が駆け抜け、気が付けばそいつはそこに立っていた。
無機質で無表情。そして燃えるような、凍るような視線。
誰もがその老人から目を逸らせなかった。
その老人は極自然な仕草で俺達の方へと手をかざす。
「如何っ!? 離れろ!!!」
バランが絶叫する。しかしその意味を理解することは出来なかった。
「ーーーーッ!?」
一瞬だった。
ほんの少し老人から闘気が迸ったかと思うと、光となってダイを透かすように抜けていった。
奇妙な光景だった。
辛うじて立っていたダイは数歩後退してから耐えられずに倒れ込む。
全員がその一部始終をただ見ていることしか出来なかった。
「拍子抜けだな。竜の騎士と言ってもこの程度か」
老人ーー大魔王バーンの言葉に我に返る。
そして、そんな俺たちを嘲笑うかのように杖から怪しい光と紫電が迸り、バーンは簡潔に告げた。
「よくぞ此処まで来た。見事である。褒美に、余が相手をしよう」
まさかの不意打ち。
バーン様のイメージに合わなかった人には申し訳ない展開です。