情けない話ですが書いていると全然気づかないので本当に助かります。
紫電一閃。
キルバーンの姿を視界に捉えた瞬間、常人では視認不可能な速度の一撃を放つ。
相手の不意をついた絶妙な攻撃に確かな手応えを確信するーー
「残念、ハズレだよ」
ーーがしかし、木刀の一撃を華麗に躱したキルバーンは大きく後退して不敵な笑いを浮かべる。
「この死神ヤロウ。なんでこんなところにいやがる」
独り言のように言葉を投げかけ、キルバーンの本体である子供の魔物を探す。
”円”の有効範囲は20メートル程。しかしその範囲内にそれらしき気配はない。
キルバーンの頭部には黒のコアが仕込まれている。倒すにしたって迂闊な攻撃はできない。
だが手をこまねいていてはヤツの思う壺だ。
軽く舌打ちしてキルバーンへと向かい合う。
黒のコアも気になるが、とにかく攻撃しないことには始まらない。
「侵入者の排除も仕事の内だからね。ヒュンケル君はミストのお気に入りだから手を出すわけにはいかないし、ね」
話し終えると同時に地を踏み砕いて間合いを詰める。
キルバーンは棒立ちのまま、今度こそ絶対に捉えたっ。
袈裟斬りで木刀を振り下ろす。
だがまたしても木刀は空振り、地面を砕いて土煙を巻き上げるのみ。
今度は回避の瞬間を捉えることができなかった。……マズイな。
それに焦りのせいか動きが単調になってしまっている。そんな隙を見過ごすはずもなく、キルバーンは大鎌を振るう。
「ーー痛ッ!?」
余裕をもって躱したはずの攻撃は、しかし肩口を切り裂いた。
傷口を抑えて後ろへ飛び間合いを広げる。
追撃を仕掛けるでもなく、キルバーンは大鎌を回して悠長に構えている。
ヤツの笛の音を聞かされて、すでに感覚が狂わされてきたようだ。このままでは動くことさえできなくなってしまう。
「ふふふ、頑丈だね。今のは腕を切り落とすつもりだったのに、まだちゃんとついてるんだから」
肩口から手を放し怪我の具合を確認する。どうやら傷はかなり浅い。
”念”でオーラを纏っているから俺の身体は頑丈にできている。
キルバーンからしてみれば分厚いタイヤに斬りかかったような感触だったことだろう。
怪我の功名とは違うがヤツの攻撃は致命傷にはなりえない。ならば体力が削られる前にあの大鎌を叩き壊してぶちのめすのみ。
気持ちを切り替え全身に力を溜める。
単純な戦闘能力は恐らくこちらの方が上。絡め手さえなければ決して勝てない相手ではない。
なら取れる手段はひとつ。パワーで押し切るのみ!
「うおおぉぉぉッ」
暴風のようなオーラを身に纏いすべてを薙ぎ払うべく突撃する。
捨て身とも取れるような苛烈な突進はしかしーー
「ーーッぐ」
突如として襲いくる激痛。堪らず突進の勢いも殺せないまま、無様に地面に投げ出された。
上体を起こして左脚をみる。
傷口からまるで何かを伝わるようにして流れる血液。左大腿部を貫いて鈍い痛みを感じさせているそれは、しかし俺の目には映らない。
知っているぞ、これはーー
「ファントムレイザー。キミの周囲には抜いたが最後、誰にも見えなくなる透明な刀身が隠されているのさ。ふふふ、気に入ってもらえたかな」
残忍な笑みを浮かべた死神は大鎌を携えてゆっくりと歩み寄ってくる。
* * *
100を超える攻撃は全て空を切っていた。
攻撃を空振る度に間断なく反撃を受け傷は徐々に増えていく。
一撃一撃に威力がなくとも、それは無視できるものではなかった。
「おらぁ!!」
幾度と無くキルバーンの幻影を振り払い、その度に反撃を喰らい傷ついていく。
それでもトーヤは攻撃の手を緩めることができなかった。
やおら大鎌を回すキルバーンからは、耳をつんざくような笛の音が響いてくる。
キルバーンの鎌から発せられる音は、トーヤの神経に作用し五感を狂わせ始めている。
まだ完全にキルバーンの術中にはまっていないとはいえ、間合いや打点の僅かにずれるため躱されてしまうのだ。
このまま笛の音を聞き続ければ、遠くない内に全身が麻痺して動けなくなることだろう。
故に一刻も早くキルバーンを倒さなければならないのだが……。
「ーーっくそ。鬱陶しい」
脇腹を掠めそうになる透明な刃に舌打ちして悪態をつく。
キルバーンの使う見えざる刃ーー”ファントムレイザー”がそれを許さない。
「どうしたんだい? もう諦めたのかな」
「うるせぇな、ちょっと待ってろ」
すでに四方は刃に囲まれ迂闊に動くことはできない。そして最初の左脚に受けた傷は深く、機動力を大きく低下させていた。
汗と血の混ざりあった液体が頬を伝って滴り落ちる。その様子をみてキルバーンは楽しげに嗤う。
「いい表情だ。もっともっと苦しむ顔がみたい。死の間際に見せる戦士のそれに優るものはないよ、ふふふ」
「ちッ、罠でチマチマやるだけの能無しが偉そうにしやがって」
「フ…フフフッ……なめてもらっちゃ困る。ボクの特技は暗殺や呪法だけじゃない。普通に戦ったって十分な実力を持っている……だけどねーー」
「ッぐぁ」
一瞬で距離を詰めたキルバーンの鎌の柄が鳩尾を深く沈み込む。
「どんな才能がある奴もーー」
「がはッ」
「どんなに努力を重ねた奴もーー」
「げほッ」
「ボクの罠にはめると簡単に死んでいったーー」
「っぐは」
「どんな強い奴も簡単に死ぬんだよッ」
刃の檻に囲まれ動けないトーヤを嘲笑うように縦横無尽に檻の中を移動し嬲り続ける。
「こんなに気持ちのいい殺し方は他にないッ。一度味わってしまうと病み付きになるんだッ」
再び檻の外から凶刃を構え襲いかかろうとするキルバーン。
全身をズタズタにされ血を吹き出しながらも立ち上がるトーヤにトドメを刺すため迫る。
「だからどうしたーークズヤロウ!!」
迫り来るキルバーン目掛け霊丸を放つ。
それは眩い輝きと共にキルバーンを呑み込み、周囲を土煙と静寂で包み込んだ。
「はぁ、はぁはぁ……やったか……はぁはぁ」
土煙の向こうをみつめ、未だ笛の音のせいで満足に動かない身体を休める。
五感を狂わされたトーヤはキルバーンをまともに捉えることができなかった。そして、どこにあるのかわからないファントムレイザーに四方を囲まれ動くこともできなかった。
ではなぜ霊丸を当てることができたのか。その秘密は奇しくもファントムレイザーにあった。
ファントムレイザーはトーヤにだけあたる刃ではない。当然仕掛けたキルバーンでさえも当たれば傷を負う。
であればその内部に足を踏み込んだキルバーンも動ける範囲は限定されてしまう。
故にトーヤはそのチャンスを待った。待ち続けた。
五感を奪われる前に決着をつけねばならない、非常に低い賭けだったが……。
もう少しキルバーンが慎重に動いていれば結果は違っていただろう。
「よいしょっと」
トーヤは木刀を杖のようにして起き上がると、海へ潜るため歩き出す。
「ふう、思った以上に強かった。危うくこんなところで死ぬところだったぜ……さすがはーーえ?」
そこまで口にして背中に受けた衝撃に再び地面に倒れこむ。
「ぐあああぁぁぁ」
遅れてきた痛みに絶叫をあげ、自身を見下ろす影に視線を向ける。
「て、てめぇ……」
「やれやれ、少し気が早いんじゃないかな。キミはここで死ぬんだよ」
大鎌から鮮血を滴らせ、死神キルバーンは佇んでいた。
ちょっとキルバーン強くない?と思うかもしれませんが、バーン様がハドラーと同格かそれ以上の強者って言ってたので強めにしました。
ちなみにオリ主君も現在はそれくらいだと思って下さい。
あくまでもこのSS内での話なのであまり深く考えないで下さい。