ちくしょう、しつこい野郎だ。
俺は海底の岩場に身を隠し、心の中で悪態をついた。
おっと、そろそろ新しいのなめないと。
ポーチからアイテムを取り出し、口の中へと入れる。
【 エアドロップ 】
・なめると中から空気が沸き出てくるアメ。なめている間は水の中でも呼吸ができる。
残り少なくなった”エアドロップ”に若干の不安を覚えながら、打開策を考える。
先の戦いでなんとかハドラーとミストバーンから逃げ延びた俺だったが、未だ窮地に立たされていた。
今は海底で”隠”を使っているからまだ良いが、ヤツは鼻が利く。いつまで隠れていられるか分からない。
それに”エアドロップ”も残り4つ。1つでだいたい30分だから、俺が海底に潜っていられるのは残り2時間程度。
その間にできるだけ遠くへ逃げないといけないし、そもそも逃げ延びたとしてどうやって広大な大海原からパプニカへ帰ればいいのかなど、悩みはつきない。
しかし今は目の前のことを何とかしないといけない。
岩場から少しだけ顔をのぞかせ、追手の姿を確認しようとするーーするのだが・・・何も見えねえぇ。
水中じゃ視界なんてぼやけて遠くなんて見えないし、何よりここは海底だからかなり暗い。
まだ浅い方だからなんとか光が届いているけど、ここから先はもっと深くなるはずだ。このまま海底を移動するのは不可能だろう。
”円”を広げると、すぐ近くにヤツの気配。
”隠”を使っていれば滅多なことでは見つからないが、ここまで迫っていては時間の問題だろう。
・・・仕方ない。ここは多少ムチャでも一気に抜けるしかない。
俺は意を決して岩場から飛び出した。
”念”で強化した腕力と脚力に任せて水中をがむしゃらに突き進む。
”円”の感覚をたどると、未だヤツは岩場の近くにとどまっている。
よし、そのまま動くなよッ。
ヤツの動きに注意を払いながら、全力で水をかき分ける。ーーそのときだった。ヤツの動きが変わった。
ヤツは岩場から離れると信じられない速度で向かってきた。
速いッ、とても逃げきれない。
逃げ切るのは不可能だと咄嗟に判断した俺は、身体を反転させると迫り来る巨大な顎を両手で抑えた。
水中では踏ん張りなどきかず、巨躯に押しやらて水圧が身体の自由を奪う。
なんとかその巨体から逃れるも、再び距離をとったヤツは何度も何度も体当たりのように俺を攻撃してくる。
いい加減にしろよッ、このクソ鮫がああぁ!!
心の中で罵声を浴びせ、本日2度目となる霊丸を放った。
・・・・・・。
・・・。
大自然と野生の脅威にさられされること数時間。
俺はついに陸地へと辿り着いた。まあ、辿り着いたっていうか海流に飲まれて漂着しただけなんだけど・・・。
あんなバケモノとの戦いを生き抜いてもこんな風に死にかけるんだから世の中ってわからないよね。
とはいえ未だ状況はかなり絶望的だ。まず現在位置がわからない。ここはどこやねん。
ちなみに日に4発しか使えない霊丸もすでに使いきっている。
ハドラー達に1発、巨大なサメに1発、超巨大な海流に飲み込まれた時に1発、難破船の残骸を避けるために1発だ。
ハドラー達は別にしても酷い目に合いすぎだと思う。それとも海ではこれが普通なのだろうか? だとしたら二度と海には潜りたくない。
などと色々と思うところは多々あるが、生きていたんだからよしとしよう。
気持ちを切り替え周辺探索へ意識を集中させる。
海岸へ流れ着いた俺は、岸から続く森へと入り高い場所を目指していた。
高い場所から周囲を見渡せば村や町が見つかるかもしれない。
道中で木の実を食べ、湧き水で喉を潤しながら先を急ぐのだった。
「何もねえな、くそ」
思わず声に出た。自分以外に誰もいないのは分かっていたが、声に出さずに入られなかった。
だが文句のひとつも言いたくなる。見渡す限り木と山と海、人里なんぞありはしない。
”同行”はないし、ここがどこかも分からない。どうしたもんかな・・・。
「ん?」
途方に暮れていると、遠くに微かにだが煙が見えた。
かなり遠いな、目算だけど15キロくらい先だ。
煙はひとつ、集落ではない。考えられる可能性としては山火事か温泉とかの湯けむりか、あるいは旅人が野営をしているかだな。
正直ヒトがいる可能性は低い。集落がないのならこんな場所を旅する奇特な人間などいないだろうからな。
・・・うーん、でも一応行ってみるか。どうせ他にできることもないしな。
結論から言うと、来て正解だった。
人間考えるよりも行動した方が良いね、危うくスルーするところだったよ。
焚き火を5人で囲みながらお茶をごちそうになる。いやぁ、ほっとするなあ。
「こんなに美味しいお茶を飲んだのは生まれて初めてですよぉ」
俺にお茶を手渡してくれた男へ礼の言葉を述べる。
「あっはは、そいつは良かったな。遭難してたんだろう? 今まで大変だったろぉ」
そう言って笑顔で俺の肩を叩く男の名はでろりん。原作の最初でゴメちゃんを拐ったニセ勇者だ。
彼らは魔王軍の脅威から逃れるためにこの地へやってきたそうだ。
一度滅ぼされた国、オーザムなら再び襲われることはないだろうと考えているらしい。
彼らのお陰で俺は現在地を知ることが出来た。ここはオーザムがあるマルノーラ大陸の最南端にある海岸だそうだ。
「ワシ等も助かったぞい、あんたのお陰でこうして食料にもありつけたからのう」
まぞっほ、へろへろ、ずるぼんの三人は嬉しそうに焼き魚に齧りついている。
お茶こそごちそうになっているが、今彼らが食べている食料はすべて俺が用意したものだ。
彼らを発見した時、彼らはニセクロハツという椎茸そっくりの毒きのことクサフグという毒魚を食べる寸前だった。
キアリーやどくけしそうがあるこの世界ではもしかしたら大丈夫だったかもしれないが、俺がここに来ていなければ間違いなく毒にあてられていただろう。
この世界で学んだサバイバル術がこんなところで役に立つなんて嬉しい限りだ。
とはいえ助かったのは俺も同じ。場所を把握することができたのもそうだが、なによりもーー
「本当にありがとうございます。”キメラのつばさ”まで頂いてしまって」
この状況を打破できる最強のアイテムを譲ってもらえたのだ。感謝してもしきれない。
「良いってことよ。これからも大変だと思うけど、お互い頑張ろうぜ」
およそ一週間分の食料の袋を抱えて、でろりんはとてもいい笑顔をしていた。
せめてこっちを見てくれ。
こうして俺は”キメラのつばさ”を使って、無事にパプニカへ帰ることができたのだった。
エアドロップは完全に読まれてましたね。
アトリエシリーズをプレイした人であればやっぱり分かっちゃいますよね。
感想では頂いてませんが、きっと指輪で能力抑えてたのも気づいてた方多そうですね(-_-;)