あまりの出来事に一瞬思考が停止する。
唯一の脱出手段といえる”同行”がオシャカになったのだ。絶望と言わざるを得ない。
「どうした? 顔色が悪いぞ」
破れて半分になったカードを手放し、ハドラーとミストバーンを視界に収める。
「察するにキメラの翼のような効果を持ったアイテムだろう。もしも攻撃アイテムならば、ダイやポップと共に挑んできただろうからな」
「お見通しか。そこまで分かっててあいつらに逃げられるなんて、本当は見逃したんじゃないか?」
「オレはバーン様に忠誠を誓う身。であればバーン様に仇なす者は誰であろうと殺すのみよ。私情は挟まん」
「それにしては嬉しそうに見えるけどな」
「ふふふ、ダイと戦うためにこの身を魔獣へと変えたのだ。あっさりと決着がついてしまってはその甲斐があるまい」
チッ。悠長に構えやがって、ムカつくぜ。
しかし好都合だ。今のうちにこの場を切り抜ける手段を考えないと。
そうだ、確かポーチの中には”フェニクス薬剤”がまだ数本入っていたはずだ。
これを使って持久戦に持ち込めばあるいは・・・ダメだ、ハドラーはともかくミストバーンは絶対にムリだ。
ミストバーンがいる限り持久戦も正攻法も得策じゃない。他の手を考えるんだ。
俺の考えを余所に、ハドラーが何かを思いついたように口を開く。
「どうだ、オレと1対1の勝負をせんか?」
「ーーなんだと?」
疑問を持ったのは俺だけではない。ミストバーンもハドラーに視線を向けて、その真意を探ろうとしている。
「なに、簡単な話よ。ダイとは万全な状態で戦いたいからな、少しでも多く戦って慣らしておきたいのだ。それにお前もそれなりに腕が立つのだろう。このままオレたちに殺されたのでは死んでも死にきれまい」
ミストバーンは沈黙したまま動く気配がない。今一度超魔生物となったハドラーの戦いを観察するつもりなのだろうか。
ミストバーンから視線を外しチラリと海に目をやる。しかし目聡くそれを見ていたハドラーが嘲笑う。
「ふふふ、泳いで逃げるつもりか? やめておけ、素直に戦ったほうがまだマシというもの。覚悟を決めたらどうだ」
「・・・なるほど、いいこと言うぜ。さすがは魔軍司令殿、できる男は違うな」
俺の雰囲気が変わったことに気がついたのが、ハドラーとミストバーンは僅かに身動ぐ。
「ハドラー、お前の言う通りだ。いい加減覚悟決めて全力でやってやるよ。だが、せっかく本気でやるのに手を抜かれちゃ困るぜ」
「無論だ、手加減などするつもりはない」
「はぁ、分かってねえなあ」
俺はわざとらしく大きなため息をつき、木刀を地面に突き立てる。
「二人まとめてかかってこい」
息を呑むハドラーとミストバーン。一瞬の空白の後、凄まじいまでの殺気が俺を襲う。
「・・・いい度胸だ」
「身の程をわきまえろ虫ケラが」
二人の殺意を一身に受け、俺は左手の小指と右手の人差し指にはめてある指輪を外した。
* * *
死の大地の一角。そこで今まさに悪夢の様な死闘が繰り広げられている。
衝突する殺意と殺気。それは熱気と衝撃波に変わり大気を炸裂させる。
その暴風の中を疾風となり駆け抜ける3つの影。
余人の介入を許さぬほどに激しい戦い。その激しさは時を追うごとに増すばかり、まだまだ決着はつきそうにない。
ハドラーとミストバーン。この世界でトップクラスのバケモノ二人を相手に、トーヤは互角の戦いを繰り広げていた。
二人の殺意にさらされる緊張感とプレッシャーは、未だかつてないほどに集中力を引き出させることとなった。
気配もなくトーヤの背後に回り込むミストバーンはトーヤに向けて暗黒闘気の気弾を放つ。
加減などない。我ら二人をまとめて相手をするなどという傲慢は万死に値する。
雨のごとく降り注ぐ無数の闘気弾。しかし1発たりとて命中しない。
ハドラーとの絶妙な間合いを維持しながら、トーヤは闘気弾の雨を危なげなく躱していた。
「ぬううあぁッ!」
闘気弾が巻き上げた煙を突き破るようにハドラーが肉薄する。
削岩機のように地面を抉りながら突進してくるハドラーの一撃を、僅かに下がり木刀で受け止め軸をずらす。
直後、ハドラーは空いた左手の”ヘルズクロー”を伸ばし振るうがーー
「ーーおっと。当たらないな」
その一撃は何もない空間を削るのみ。
この戦いが始まってから何度あったことだろう。ハドラーやミストバーンが攻撃を仕掛けた瞬間、絶妙なタイミングでトーヤはその場から離脱する。
トーヤを中心に薄く張られたオーラは20メートルに及んだ。その内部で起こるすべての動作を感知できるトーヤに死角は存在しない。
「こっちからも行くぜッ!」
「っクッ!?」
体勢を崩した状態で木刀を受けたハドラーは大きくよろめいた。
畳み掛けるように振るわれる木刀の予想外の威力にハドラーは防戦を強いられる。
トーヤは”隠”によりオーラの半分以上を隠している。”凝”を使うことができないハドラーにとっては厄介な戦闘スタイルであった。
また、指輪を外したトーヤのオーラ量は膨大だ。それこそ今のハドラーを僅かに上回るほどに。
そんな相手が搦め手を使ってきては苦戦を強いられるのは当然のことだった。
しかし、いくらトーヤが二人に匹敵するほどの実力を持っていたとしても所詮は一人。
一人では二人に敵わない。単純な足し算だ。
では何故トーヤはまだ生きているのか。その答えは二人の連携にあった。
片方が攻撃する時、もう片方は沈黙する。これでは複数の利などありはしない。
むしろ現状では互いに攻撃のペースを乱され実力を発揮できずにいる。
これこそがトーヤの狙いであり、彼の考え得る唯一の活路だった。しかしーー
「だいぶ息が上がってきたようだな」
まるで希望などないと言わんばかりに、ミストバーンはトーヤへ告げた。
トーヤは尋常でないほどの汗を滴らせてミストバーンを睨みつける。
そう、いくら実力を出せずとも相手は二人。体力が持つはずがない。
トーヤはポーチから”フェニクス薬剤”をとりだすと一気に飲み干し、木刀を強く握り直した。
・・・・・・。
・・・。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・ちょっとは手加減とか・・・はっぁ、はぁ・・・ねえのかよ・・・」
息を荒げ片膝をつき、トーヤは苦しげに口を開いた。
1時間にも及び繰り広げられた死闘は終焉を迎えようとしていた。
「オレたち二人を相手によくぞここまで戦った。敵ながら見事だ。トドメは苦しまないようオレの最高の技で刺してやろう」
魔炎気を身にまとい、ハドラーは超魔爆炎覇の構えをとった。
ハドラーが攻勢に移る前に、トーヤは素早くポーチからアイテムを取り出すと口へ含む。
「っ!?」
突如、トーヤの身体の自由が奪わた。ミストバーンの闘魔傀儡掌だ。
ハドラーの横に降り立ったミストバーンはその掌をこちらへ向けたまま静かに告げる。
「トドメを・・・ハドラー」
「うむ。ーートーヤと言ったか、何か言い残すことがあれば聞いてやろう」
「なら一つだけ・・・勝負ってのは、最後の最後まで分からないものなんだぜ」
「くっ、あっはっははは。その闘志、やはり見事。しかしこれで終いだッ」
剣を構え更に闘気を高めるハドラー。しかしトーヤは慄きもせずに僅かに口の端をつりあげる。
「甘いんだよ」
小さくつぶやき人差し指を向ける。
二人の足元へと向けて放たれた霊丸は着弾と同時に爆発し辺り一帯をさながら隕石衝突ように吹き飛ばす。
「オオオオオォォォォッ!!」
絶叫をあげ岩盤へと叩きつけられるハドラーと、反対に声もあげずに空気の奔流に飲み込まれるミストバーン。
粉塵が舞い、岩の破片が空から降り注ぐ。低く地鳴りとともに、この戦いは幕を下ろした。
「大丈夫かい、ミスト」
静寂の戻った大地を上空から眺めていると、いつの間にかあらわれたミストバーンは親しげに口を開いた。
「キルか。いつからいた?」
「結構前からかなあ、キミとハドラー君があの男と戦っているのを10分くらい見ていたよ」
「・・・ヤツはどうなった?」
「自分の放った技の爆発に巻き込まれて海に飛ばされていったよ。しばらく浮かんでこないから、死んだんじゃないかなぁ」
軽い口調で話すキルバーンへミストバーンを無言で見つめる。
「心配しなくても大丈夫だよ。人間は水中じゃそんなに長く息をとめられないんだ。知らなかったのかい?」
冗談めかして笑うキルバーンには取り合わず、ミストバーンは海をみた。
「あの男についてはボクに任せておいてよ。この辺り一帯をみておけば必ず水面に顔をだす。しばらく見張っておくよ。ダイくんと魔法使い君を逃しちゃったから頑張らないとねえ」
飛び去るキルバーンを見送ると、ミストバーンは倒れるハドラーの元へと降り立った。
指輪を外したトーヤ君は紋章バランよりやや弱いくらいです。竜魔人よりは確実に弱いです。
”蓄える指輪”の効果で常に生み出したオーラの3割を吸収されていたので、今のオーラ量が本気という感じです。
イメージとしては幽助の呪霊錠と同じようなものです。
また、オーラ量よりも強くなった一番の理由としては指輪の”発”を使用していない状態で戦っているからです。
「指輪」→「堅」と「指輪」→「周」と”発”の並列処理を常時おこなっていましたが、それがなくなったことで普段より技のキレがよくなりました。
例えるなら、電話しながらスマホ画面をいじって自転車に乗るように、同時に何かを行うことは非常に負担となります。その枷を外すことにより技の練度が跳ね上がったと考えて下さい。