工房って暑いよな。窓開けちゃダメかな?
暇だし、さっさと終わらせてくれないかなあ。っていうか暇。
ロン・ベルクがダイの手を見つめること数時間。何故かダイと共に小屋に残された俺は、やることもなくじっとイスに座って待っていた。
「おい、お前」
さらに数十分が経った頃、気の抜けた状態で待っていると突然話しかけられた。
「あ、あのトーヤです。俺の名前は、トーヤ」
「・・・お前は一体何だ?」
意図のわからない質問に俺だけでなくダイやジャンクも首を傾げている。
「何だ、と言われても・・・」
答えようがないので尻すぼみになりながら返事をする。
すると今までダイの掌を見つめていただけのロン・ベルクは顔をあげた。
「・・・何故オリハルコンを持っている」
「そ、それは偶然手に入れて・・・」
みんなは偶然手に入れたで納得してくれたんだけどな。ロン・ベルクはオリハルコンの出処が気になって仕方ないらしい。
「オリハルコンとは神々が作ったもの。世界中探しても極僅かしか存在しない伝説の金属だ。その希少性もあって地上にあるオリハルコンの場所は大体判明している。つまりお前さんが持っていることなどあり得ない話なんだよ」
「そういえばロモスの王様もそんなこと言ってたっけ。地上に残された僅かなオリハルコンで覇者の剣と冠を作ったって」
「地上だけじゃない、魔界でさえも滅多にお目にかかることのない代物だ」
「へぇ、神様が・・・。そんなに凄いものをトーヤが持ってるなんて」
オリハルコンの名前は知っていても、いまいちピンときていなかったのだろう。ダイはその話をきいて興味をもったのか、答えを求めるように俺をみる。
いくら伝説の金属とはいえそこまで貴重品だったなんて、とんだ失敗だったな。現代知識の弊害とでも言うべきか、伝説って言葉が俺の中で安っぽいものになっていたみたいだ。
俺はため息を吐いて、仕方なく事情を説明することにした。
「それ、俺が作ったんですよ」
「なにっ!? お前が作った・・・だと」
「神様が作った金属をトーヤが!?」
「ああ。まあ、俗に言う錬金術士ってやつでさ。素材さえあれば作れるんだよ・・・もちろん物凄く難しいけどさ」
あーあ、なんかここ最近自分の能力喋りまくってる気がするなあ。
「そっか、だからトーヤは不思議なアイテムをいくつも持ってるんだね。普段から使ってたカードみたいなやつも錬金術で作ったアイテムだったんだ」
「ええっ、気づいてたのか!?」
「うん。だってトーヤはいつもルーラ使うときに背中向けて何かやってたし、気にはなってたけど話したくないことなのかなって・・・みんなも気づいてると思うけど」
「・・・マジか」
うっわ、恥ずかしぃ。ちゃんと隠し通せてると思ってたからいちいち『ルーラ』とか声に出してやってたのに。
バレてたんなら道化以外の何者でもないじゃないっすか。
こうして俺は、自分の作ったアイテムやカードを取り出して説明することとなった。
説明している間、ずっと表情の緩むことがないロン・ベルクが気になった。
* * *
「余計な世話かもしれんが、あの男には気をつけろ」
俺は目の前に座るボウズーーダイの掌を見つめながら忠告をする。
今この小屋にトーヤはいない。話を聞いた後、準備に邪魔だからと追いだしたからだ。
「あの男って、トーヤのことですか?」
「そうだ」
「・・・どうして」
今日あったばかりのやつに仲間を貶されて気分を害したのか、ダイの表情は若干こわばる。
「ヤツは何かを隠している。もしかしたら魔王軍か、あるいは別の魔界の勢力の人間かもしれない」
「そ、そんなことありません。トーヤは俺達の大切な仲間です。そんなこと絶対にない!」
俺の言葉を否定するように頭を振るダイ。そしてそんなやりとりをする俺たちを部屋の隅で伺うジャンクの視線を感じた。
「ヤツはオリハルコンを作ったと言っていただろう、ありえん話だ」
「ありえないって・・・さっきロン・ベルクさんも言ってたじゃないですか。俺は錬金術士じゃないんだ、剣を作って欲しければまずオリハルコンを準備しろって」
確かに言った。そしてその言葉は錬金術士ならばオリハルコンを用意できると言っていることと同義だ。しかしーー
「あれは言葉の綾というやつだ。神々の作ったものだぞ、只の人間ーーいや、魔族であろうと作り出すなんて不可能だ」
「え? でも素材さえあればできるってトーヤは・・・」
「その素材だが、あの男はなんと言ってた?」
「えっと、”竜のつの”と”油”と”金属”・・・だったかな」
先ほどトーヤから聞いた話を思い出し、ダイは指折りしながらトーヤの語ったオリハルコンの素材を答えた。
「おかしいと思わんか?」
俺の質問にダイは少し頭をひねる。そして何かに気づいたのか取り繕うように声をあげた。
「りゅ、”竜のつの”だったら別におかしなことなんてないですよっ。つい最近ドラゴンと戦ったもん、その時に手に入れたんだよっ」
「確かに”竜のつの”も十分貴重なものではあるが、そのことじゃない。ーーどうしてヤツはそんな大切なことを俺たちに話したんだ?」
「大切なこと?」
「材料だよ。錬金術士に限らず、俺たちのような仕事をしている者はその技術や技法を何より大切にしている。本来ならオリハルコンの生成の材料などは命の次に大切な情報だったはず」
「それは・・・俺たちじゃ材料があっても作れない訳だし、そんなに気にすることじゃ・・・」
仲間だからだろうか。ここまで説明してもダイは話の本質から目を逸らすように、トーヤのことをかばう。
いや、俺自身なぜあの男のことでここまでムキになっているのかよく分からない。
放っておけばいい。俺は地上最強の剣を作り、それを地上最強の少年に託すだけ。
それだけで満足なはずなのに・・・。
「良いか、よく聞け。トーヤは錬金術士だということをお前たちに隠していた。お前の反応を見る限りでは不思議なアイテムとやらのこともさっき知ったんだろう」
俺はいつになく真剣な眼差しでダイを正面から見つめていた。
ダイも、俺の只ならぬ様子を感じてか真剣に聞いている。
「だから尚更おかしいんだ。自分やアイテムのことさえ隠している人間が、なぜ重大な秘密であるはずのオリハルコンの材料を明かしたのか」
ハッキリとした声でダイへ告げる。お前の仲間は危険だ、手を切ったほうが良いと、言外に告げるように。
「あいつの行動には一貫性がない。正体を隠したり、あるいは自ら話したりと不可解な点が多い。材料の件だって作るところを直接見た訳じゃない。すべてがデタラメで、錬金術士と言うのも俺が偶々その言葉を使ったから出てきたウソかもしれん」
「ロン・ベルクさん。確かにあなたの言う通りかもしれない・・・それでも俺はトーヤを信じることにするよ」
忠告も虚しく、ダイはまったく迷いのない瞳で俺を見つめた。
「確かにトーヤは何か俺たちに隠してるし、錬金術士なんてのもウソかもしれない。だけど、トーヤが俺の大切な仲間だってことはウソじゃないから」
「・・・そうか、ならば俺からはもう何も言うまい」
なぜあんな奴を信用するのか、俺には到底理解できない。
「よし、そろそろ鍛冶に取り掛かる。ジャンク、手を貸してくれ」
「おお、こいつは大仕事になる」
元々ただのお節介。ダイが良いというのならそれまでのこと。
俺は俺の仕事をするまでだ。
炉から取り出したオリハルコンを叩く。
鎚から響く音や手応え。それだけでこのオリハルコンが最高の材料だとわかる。
オリハルコンだからなのか、あるいはあの男が用意したからなのか。ふとそんな考えが頭をよぎった。
剣を打つときに雑念が入るのは初めての事だった。
ロン・ベルクさんに疑われまくりのトーヤくん。
やることが浅はかなんですよ!
次回でダイの剣は完成させたいですね。