ハイイログマ。通称グリズリーと呼ばれるそのクマは日本ではヒグマとして有名である。
北アメリカのアラスカからカリフォルニアで生息するハイイログマはヒグマの一種なのだ。
体長は2.5メートルから3メートル。体重はなんと500キロにもなるらしい。
以上、俺が子供の頃に行った動物園からの情報でした。
「ぐぉぉおおおおぉお」
とてつもなく低い声で雄叫びを上げる。
恐ぇよ!
すぐ近くで吠えられたため、マリンは竦んで動けなくなっている。
雄叫びで動けなくなるとかゲームが違うやん。反則だ。バグなのですぐにこのクマを消してくれ。
そんな心の声も虚しく、本物のハイイログマよりも一回り大きいグリズリーは二本足で立ち上がった。
俺が昔見たのは動物園の普通のクマで、こいつはモンスターなのだ。
きっとモノホンのクマより強いんだろうな。
5歳児の俺では到底勝てそうに思えないが、どうなんだろう。念があればイケるのだろうか。
今にもマリンに飛びかかりそうな状態なので、俺は全力で練を行い攻撃の体勢を整える。
「ぐぉぉおおおおぉお」
再び雄叫びを上げて、俺の方を向く。
どうやら練を行ったことでマリンではなく俺を攻撃対象にしたようだ。
ここで戦ってはマリンが巻き込まれてしまうので、俺は全力でグリズリーへジャンプし、顔面を踏みつける。
その顔面を踏み台にして再び大きくジャンプ。グリズリーの背後へ着地した。
子供の体重で踏みつけた程度じゃほとんどダメージはないようで、すぐに俺へと爪を振り下ろしてきた。
それをなんとかバックステップで躱し、背を向けて走りだす。
「おおおぉお」
グリズリーは小さな雄叫びを上げながら俺を追ってくる。
よし、このままマリンから離れるぞ。
両足に凝をして全力で駆ける。
スピード的には俺の方がやや遅いのか、少しずつ追いつかれる。
しかし、熊は時速50キロで走ると言われているから、俺はかなり脚が速いと思う。
グリズリーが真後ろに迫る恐怖をむりやり拭い去り、俺は地面を蹴りつけるようにして急ブレーキを踏む。
「オラァッ!!」
そのまま方向転換し、グリズリーの顔面に凝をかけたままの蹴りをお見舞いする。
自身の速度と体重では急停止も回避もできず、グリズリーは無防備のまま蹴りを喰らう。
痛ってぇ。
足自体は何とも無いが、体重に押された。膝が砕けるかと思ったぜ。
ダメージ自体はグリズリーの方が上だろう。起き上がってくる様子はない。
地面に座り込み、足をさすっているとマリンが小走りでやってきた。
「だ、だいじょうぶ?」
追いつくのずいぶん早いな。
と思ったけど、グリズリーとの戦いは時間にして10秒にも満たないものだったのだろう。
よく見るとさっき出てきた森から100メートルも離れていない場所だった。
「怪我したの? 見せてーーホイミ」
マリンは俺の足に手を当ててると、回復呪文を唱えた。
おお、これがホイミか。
なんだか湯たんぽみたい。あったかくて気持ちいい。
感想が庶民だな。
「ありがとう。すっかり痛くなくなったよ」
「お礼を言うのは私の方だよ。私、怖くて全然動けなかった」
「なに言ってんだよ。俺たちまだ子供だぜ、こんなの大人だってーー危ないッ」
とっさにマリンを抱えてその場から飛び退く。
お姫様だっこなんて本当にすることあるんだな。
「大丈夫か」
「う、うん。トーヤこそ大丈夫? 私重くないかな」
「そーゆー問題と場合じゃない」
どこかで聞いたようなやり取りをしながら、俺はさっきまでいた場所を見た。
「ぐぉぉおおおおぉお」
しつこいな。ただの雑魚キャラなんだからあれで沈んどけよ。
俺はマリンを抱えたまま全力で町の方へ走りだした。
「マリン。お前はこのままの状態であいつにイオを連発してくれ、できるか」
「わ、わかった。イオッ!」
まるで移動砲台のように追ってくるグリズリーに呪文をぶつける。
「イオッ!」
「イオッ!」
「イオッ!」
「イオッ!」
マリンが自己申告した数よりも多くのイオをぶつけているのにグリズリーは速度こそ緩めるが追走をやめない。
そして、やはりというか魔法力が尽きて攻撃手段がなくなる。
このまま町に入るわけにも行かないし、どうするか。
「ぐあッ」
そんなことを考えながら走っていると、後ろからの衝撃に吹き飛ばされた。
どうやら追いつかれたようだ。マリンを抱えていた分、走るのが遅くなったのか。
グリズリーの腕に弾き飛ばされるも、何とかマリンを守ろうと抱きかかえて地面を転がる。
数回転して止まると、起き上がるためマリンを抱きかかえたまま全身に力を込めた。
「グルルゥ」
直ぐ目の前までゆっくりと迫ったグリズリーは低く呻きながらまたもや腕で俺とマリンをなぎ倒した。
「うッ」
俺とマリンは地面に投げ出され、俺は仰向けに転がった。
グリズリーは俺の左肩に前足を乗せて動けないように抑えこむ。
「ぐあッ」
あまりの体重に俺の左肩は砕け、今まで味わったことのないような痛みが全身を襲う。
「トーヤッ!!」
地面に投げ出されたままのマリンが叫ぶ。
しかし、体は動かず魔法力も尽きているため、マリンには何もできない。
グリズリーはゆっくりと俺へと顔を近づけ、大きな口を開けた。
「そ、そんなに腹が減ってるならこれでも喰らいなッ」
右手の人差指をグリズリーの口に向けて大きく叫ぶ。
全身全霊を込めた霊丸をグリズリーの口の中にお見舞いする。
霊丸は昨日とはまるで違う威力でグリズリーの頭部を爆砕した。
「はあ、っはあ。危なかったぜ」
グリズリーに下敷きにされた状態からなんとか這い出し、一息つく。
「トーヤ、トーヤ。よかったぁ」
俺に抱きつき、泣きじゃくるマリン。
肩痛いからやめて、今はやめて。
あまりに痛すぎて声も出せず。俺はその痛みに耐え続けるのだった。
グリズリーに苦戦するオリ主。でもまだ5歳だからね。延びるのはこれからだよ。
むしろ5歳でグリズリーを倒したのは快挙だと言わざるを得ない。
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