魔王軍の総攻撃を見事にはね除け、俺達はパプニカへと戻ってきた。
今は慰労会的なやつだな。飲んで食べて騒いで、次の戦いに備えて英気を養おうということだろう。
数カ月ぶりの再会となるレオナに挨拶に行ったところ、何故か指をさされて大笑いされた。
理由を聞いたら「あなたの姿があんまりボロボロなのでつい」と言われた。
確かにレオナの言う通り俺の服はボロボロだった。
といっても戦闘でそうなった訳ではなく、自分でやったのだが。
レオナを泥まみれにしてしまったがために「自分もボロボロになっておけば怒られないんじゃね?」という俺の完璧な思考に基づいた作戦である。
しかしそんな事情を知るはずもないレオナが俺のボロボロな姿を笑うというのは如何なものか。
命を掛けて助けに行った人間に対して余りといえばあんまりな言葉だ。
これには俺もさすがに抗議をしようと口を開いたのだが、声を発する前に「あたしあの時起きてたのよ」と言われてしまい大人しく口を閉ざした。
そうか起きてたのか。なら目の前で泥水にダイブする俺の姿はさぞかし滑稽だっただろうな。
後悔すると共に、気絶しているのを良いことにいかがわしいことをしなくて良かったと心底安堵している自分がいる。
その時のことを思い出しているのか、未だレオナの笑いは収まらない。これ以上ここにいては分が悪いので早々に別のグループへ退散した。
足早に去る俺の後ろから聞こえてきた「ありがとう」という言葉が妙に印象的だった。
・・・・・・。
・・・。
「お前もそんなところにいないでコッチに来て一緒にご飯食おうぜ」
壁を背に佇むヒュンケルに声をかける。
これからはアバンの使徒として生きろとレオナから言われていたのだが、元魔王軍としてはそんなにすぐには打ち解けられないのだろう。
仕方ないので、俺は強引に手を引っ張ると空いているテーブルへと向かいご飯を食べることにした。
本当はクロコダインも誘いたかったのだが、バダックさん達と盛り上がっているようなので止めておく。
しばらくヒュンケルと二人で話していると、アポロたちがやってきて俺達へグラスを差し出した。
「飲むか?」
「あ、酒はダメなんでオレンジジュースください」
「トーヤ、口調が変よ」
オレンジジュースをエイミから受け取る横で、マリンが怪訝な表情で俺に言う。
「座れば?」
三人へ促すと、皆はそれぞれ適当に席についた。
するとヒュンケルがアポロの顔をみて何かを考えている様だ。
「おまえは・・・そうか、あの時の」
「どこかで会ったか?」
「ああ、全身に鎧を纏った男と戦ったことがあるだろう。それは俺だ」
「っ!? そ、そうか・・・あの時の。確か軍団長だと言っていたな。道理で強いはずだ」
「ふふ、俺もあの時はしてやられた」
どうやらヒュンケルとアポロは戦ったことがあるらしい。
戦ったことで友情でも芽生えたのだろうか。二人はなんとなく仲良さげだ。
「笑い事じゃないわよアポロ。あの時の怪我は酷かったんだから」
「笑い話にできて良かったじゃないか。なあトーヤ」
何故俺に振る。
「あなたなんかずっと家に籠もってて魔王軍のことなんて知らなかったんですもんね」
ほらみろ。エイミの小言が俺に矛先を変えたじゃないか。
「それにしても突然洞窟へ現れた時は驚いたわ。死んだと思ってたから」
マリンが俺のフォローのつもりなのか話を逸そうとする。
それにしてもヒュンケルはそれなりに上手く馴染めているようだ。
ま、そりゃそうだよな。原作でも普通に問題なくやってたし。
心配して損したぜ。
「ふわぁ~」
気が抜けたせいか段々眠くなってきた。少し早いけどもう寝るか。
そう思って移動しようとするのだが、あまりにも眠くてどうしようもない。
俺は机に突っ伏したまま意識の底へと沈んでいった。
* * *
最初に会話を交わしたのは地底魔城での戦いの後だった。
ちょうどクロコダインと共にダイ達の加勢に行くという話をしていた矢先のこと。隠れて話を聞いていたのか、その男ーートーヤも協力したいと言ってきたのだ。
話している最中、廃墟となったパプニカで戦ったことを思い出した。俺のブラッディースクライドを受けても生き延びた男だ。相当な実力者に違いない。
当の本人は俺のことを覚えていないのか、まるで気にした様子はない。
魔王軍と戦うのなら、自分の正体がバレるのも時間の問題だ。だから俺は自ら魔王軍の軍団長だったことやパプニカで戦ったことをトーヤへ告げた。
その場で襲い掛かられても可怪しくなかった、にも関わらずーー
「ふーん」
あろうことかトーヤはそんな軽い一言で終わらせてしまった。
それだけではない。傷らだけの俺やクロコダインを見て、治療までしてくれた。ーーそして、仲間だと言った。
殺されかけたというのに、不思議なことを言うやつだと思った。
今にして思えば、ダイ達やクロコダインもそうだ。自分を殺そうとした相手に何故こうも心を開くことができるのか。
だからこそ、俺もみんなのために何かをしなければならない。
仲間だと言った、彼らの気持ちに応えるために。
トーヤと別れバルジ島へ向かっているとき、思い出したことがある。
最初にパプニカで戦った際にトーヤは俺の名を叫び俺に向かって呪文を放った。
あれは何だったのだろうか。呪文のことではない。何故トーヤが俺の名を知っていたのかということだ。
再び会う機会があれば聞いてみようと思った。そしてその機会は思いの外早く訪れた。
ハドラーを倒し塔へ向かうと、そこにはトーヤの姿があった。
どうやら墓を作っているらしい。
誰の墓かと尋ねると、短く一言フレイザードとだけ答えた。
その顔がひどく物悲しそうに映ったのでそれ以上言葉をかけるのは憚られた。
そして今、トーヤはそんなことがあったのことなど嘘のように明るい表情で俺の手を引っ張り歩いてる。
テーブルへ着くと呆れるほどの食欲で料理を食べ始めた。
「そんなに食べて大丈夫なのか?」
既に10人前は軽く超えるであろう量を食べているので少し心配になる。
「普段はもっと食べてるからヘーキ、ヘーキ」
なら普段は一体どれほど食べるのか、気になったが聞くのはやめておこう。
「ていうかお前もちゃんと食えよ。明日からまた一緒に魔王軍と戦うんだから」
「変わったヤツだな、お前は。いや、ダイやレオナ姫もそうだ。俺は数え切れない程の人を殺めているというのにーー」
自分を卑下するなと先ほどレオナ姫から言われたばかりだというのに思わず口をついて出てしまった。気づいた時にはもう遅かった。
こんなことを言っても相手を困らせるだけだろうに。
「・・・お前だけじゃない。俺もたくさんの人を消してしまった」
それはまるで懺悔のようだった。
先ほどまでの明るい雰囲気は消え、思いつめたような表情になる。
失敗したと思った。この男にもきっと俺のように何か後ろめたい事情があるのだろう。
それを無理に聞き出すようなマネはしたくないし、するつもりもない。
続く言葉を失っていると、トーヤの知り合いがやってきた。
おかげでまたトーヤの調子が戻り、再び饒舌になり話し始めた。
と思ったら、どうやら酒に酔っているようだ。しばらくして机に突っ伏したかと思ったら、そのまま動く気配がない。
「先ほど酒はダメだと言っていたようだが・・・」
おそらく原因であろう飲み物を渡した女性に声をかける。
「大丈夫よ。姉さんに散々心配かけたんだからこれくらいやらないと。明日は二日酔いで苦しむといいわ」
「まったく、エイミったら。それにしても本当にお酒に弱いのね、あれだけの量でこんなになっちゃうなんて」
先ほどからのやりとりからしてトーヤと仲がいいのが伺えた。
三人にトーヤを任せ俺は席を立った。
今日は楽しかった。俺のような人間を迎え入れてくれる場所があるなんて。
クロコダインと共に鬼岩城を目指して歩きながら、再びみんなと会うことを楽しみにするのだった。
物語的に進展がないので少し長めです。