死ぬ死ぬ詐欺じゃないです。マジで死にます。
いや、ここまで長かった。
というわけで、『比企谷八幡 死す』お楽しみください。
「魔王が………魔王が現れたぞオオオォォォォ!!!」
誰かが叫ぶ声や悲鳴を聞きながら、空から舞い落ちる“契約書類”に八幡は緊張で身を固くし、小町のいる観客席を見る。
すると、十六夜が観客席から飛び出し、まるでおもちゃを見つけた子供のような顔をして敵がいると思われる方へ飛んでいく。
八幡と耀は小町達のいる観客席へと急ぐ。
二人が観客席へ向かっていると、突如、黒い霧のようなものが観客席から上がり、観客席に残っていた飛鳥、小町、サンドラ、マンドラが弾き出される。
「春日部!」
「うん!」
八幡は耀に声を掛けると、自分は小町の方へと行き、小町を受け止める。
飛鳥も耀によって受け止められ、サンドラはマンドラによって受体勢を立て直す。
「すみません。どういう状況か訊いてもいいですか?」
八幡がマンドラに尋ねると、マンドラは苛立たしげに叫ぶ。
「どういう状況も何もない! 魔王が現れたばかりか、白夜叉様が封じられた!」
「白夜叉が!?」
驚く耀に、八幡はできる限り冷静になるように努め、白夜叉の状況を分析する。
(魔王が現れて白夜叉が封じられたってことは、相手のギフトかギフトゲームに白夜叉を封じる何かがあるはず)
そう考え、八幡は空から舞い落ちてくる無数の黒い“契約書類”の一枚を手に取り目を通す。
『ギフトゲーム名"The PIED PIPER of HAMELIN"
プレイヤー一覧
現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台区画に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。
プレイヤー側
ホスト指定ゲームマスター 太陽の運行者・星霊 白夜叉。
ホストマスター側勝利条件
全プレイヤーの屈服・及び殺害。
プレイヤー側勝利条件
一、ゲームマスターを打倒。
二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。
宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
“グリムグリモワール・ハーメルン”印
』
「…どういうことだ?」
少なくとも、ここには白夜叉自身や、それに纏わる何かを封印するような文面は見当たらない。
「こうなったら、白夜叉本人に直接心当たりがないか聞いてみるか」
「私たちも行くわ」
「私も」
飛鳥と耀もついて来ようとする。
「一応、何人かで言った方がいいだろうな。けど、一般人の避難もしなきゃいけないとなると……サンドラ様」
「はい、何でしょう?」
「俺たちとジンは白夜叉の指示を聞いてきます。その間に、“サラマンドラ”の兵士たちとマンドラさんで一般人の避難誘導。黒ウサギとレティシアとサンドラ様で敵の足止めを頼みます。小町はすぐに避難だ」
全員、八幡の作戦に異論がないのか、反論せずに頷く。
八幡としては、ここで反論が来なかったのは意外だった。
非常事態とはいえ、意地や見栄を張って前に出ようとしたり、こちらに無意味に反論するような輩もここにはいると思っていたからだ。
「わかりました。白夜叉様の方はお願いいたします」
「くれぐれも気を付けてくれ、主殿」
「では、行きましょう。マンドラ兄様もお願いします」
「わかっている!」
そう言って、黒ウサギ、レティシア、サンドラ、マンドラはそれぞれ闘技場から出ていく。
「それじゃあ、私たちも行きましょう」
「……うん」
飛鳥と耀が先導し、客席に向かう。
「あの……八幡さん」
その途中で、ジンが声を掛けてくる。
「なんで僕も一緒にと?」
どうやら、白夜叉の方に行くメンバーとして、自分が選ばれたのが意外だったらしい。
「おまえ、ずっと十六夜に付き合って何日も徹夜して勉強してるだろ?」
「え……は、はい」
「正直、言ったところで、俺たちだけじゃヒントすら掴めないかもしれん。だから、十六夜の次に知識のありそうなお前を選んだんだよ。だから……」
八幡は言葉を置くと、正直にジンに思っていることを告げる。
「頼りにしてるぞ、リーダー」
「……はい!」
♦
白夜叉の元に辿り着いた四人が目にしたのは、白夜叉を取り囲むように渦巻く黒い風だった。
「何、この風……!? 全然近づけない」
どういうわけか、この風が壁の役割をしているらしく、出入りはできないようだった。
「おい、白夜叉。気分はどうだ?」
「最悪だな。見ていることしかできんのだからな。それよりも、誰かこのギフトゲームの“契約書類”を持っている者はおらぬか?」
「言うと思って、ちゃんと持ってきたぞ」
八幡は白夜叉に見えるように“契約書類”を広げる。
白夜叉は一通り目を通すと、真剣な眼差しで八幡たちを見る。
「よいかおんしら! 今から言う事を一字一句違えずに黒ウサギへ伝えるのだ! 間違えることは許さん! おんしらの不手際は、そのまま参加者の死に繋がるものと心得よ!」
いつになく真剣な白夜叉の声に、八幡たちは状況がそれだけ切迫していることを悟る。
八幡は、ちらりと“契約書類”を見る。
『※ゲーム参戦諸事項※
・現在、プレイヤー側ゲームマスターの参戦条件がクリアされていません。
ゲームマスターの参戦を望む場合、参戦条件をクリアして下さい。
』
(参戦条件……白夜叉だけをギフトゲームから締め出す方法。一体、この封印のカラクリはどこだ?)
「第一に、このゲームはルール作成段階で故意に説明不備を行っている可能性がある! これは一部の魔王が使う一手だ! 最悪の場合、このゲームはクリア方法が存在しない!」
「なっ……!?」
絶句する飛鳥に、白夜叉はなおも言葉を続ける。
「第二に、この魔王は新興のコミュニティの可能性が高いことを伝えるのだ!」
「……新興のコミュニティ」
白夜叉の言葉に、八幡は嫌な予感がした。
(やっぱり……あの斑ロリが魔王だったのか?)
「第三に、私を封印した方法は恐らく「はぁい、そこまでよ♪」……ッ!?」
五人が声のした方を見ると、そこには白装束の女が三匹の火蜥蜴と二人の少年を連れていた。
「あら、本当に封じられてるじゃない♪ 最強のフロアマスターもそうなっちゃ形無しねえ!」
「おのれ………! そやつらに何をした!?」
「そんなの秘密に決まってるじゃない。如何に貴女の封印が成功したとしても、貴女に情報を与えるほど驕っちゃいないわ。………ところで、一体誰と話をしていたのかしら?」
女が手に持っていたフルートを指揮棒のように振ると、彼女が伴っていた火蜥蜴と少年たちが襲い掛かってくる。
「くっ……!?」
「きゃあ!」
「あら? てっきり“サラマンドラ”の頭首様だと思ったのに」
不思議そうに驚く女に、耀はグリフォンの能力で風をぶつける。
「きゃあ!?」
「みんな、今のうちに!」
耀が飛鳥とジンを抱えて飛び上がろうとすると、あたりにフルートの音が響く。
「…え!? なんで……」
どういうわけか、フルートの音を聞いていると、少しずつ力が抜けていく。耀はそのまま地面に膝をついてしまう。
「今のはグリフォンの風かしら。貴女、人間にしては変わっているわね。顔も中々端正で可愛いし………決めたわ。貴女は私の駒にしましょう!」
そう言うと、女はまたフルートを吹き始める。
すると、常人より優れた五感を持つ耀は同様に常人以上の効果を受けてしまうのか、完全に動きを封じられてしまった。
『ジンくん、八幡君………コミュニティの同士として、春日部さんを連れて逃げなさい!』
「……はい」
そこで、飛鳥が“威光”によって指示を出し、その場から避難させた。
「………あらら? 貴女一人? お仲間は?」
「私に任せて先に逃げたわ。貴女程度の三流悪魔、私一人でも十分ですって」
「………ふぅん?」
女は飛鳥を探るような目で見る。
「それは半分嘘ね。貴女の瞳は背負わされた人間の瞳じゃない。自ら背負った人間の瞳よ。………うん、すごく好みかも。あーもう、予想外にいい人材が転がってるじゃない! あっちこっち目移りしちゃうわねホント!」
飛鳥は女が油断している隙に“威光”を使い叫ぶ。
『全員、そこを動くな!』
その瞬間、彼女が操っている火蜥蜴たちや女が拘束される。
飛鳥は、千載一遇のチャンスとばかりに、ギフトカードから十字剣を差し出し、相手の懐に飛び込む。
「……この!」
「なっ……!?」
しかし、飛鳥の剣は敵に容易く弾かれる。
「驚いた……不意打ちとはいえ、数秒も拘束されるなんて。かなり奇妙な力を持ってるのね、貴女。出会い頭に悪魔を服従しようとするなんていい度胸してるじゃない♪」
女は楽しそうに笑い、一瞬で飛鳥との距離を詰めると、壁にでも叩きつけてやろうと思い切り拳を振るった。
しかし、その攻撃は間に入った八幡によって阻まれる。
「なに……!?」
「八幡君!?」
先ほどの飛鳥の“威光”の命令には、今までと違い八幡も命令に含まれていた。それなのに、八幡はこの場から逃走していなかった。
「おい、久遠。コイツは俺が抑えるから、お前は今のうちに操られてた奴らをお前のギフトでどうにかしろ」
「……わかったわ」
どうして八幡がここにいるのか。それを考えるのを後回しにし、飛鳥は周りを見渡し、叫ぼうとする。
「させると思う?」
女は二人から距離をとると、持っていたフルートを吹き始める。
すると、再び操られていた火蜥蜴や少年たちが襲ってくる。
「……ちっ!」
「……きゃあ!?」
八幡は、飛鳥を抱えると彼らから距離を取った。
「ちょっと、どうしたの八幡君!?」
八幡は冷や汗が流れるのを感じる。
「まずいぞ久遠。アイツら、操られてるせいで全く行動が読めねえ」
その言葉に、飛鳥は顔色を変える。
「それじゃあ、どうするというの。まさか、逃げ出すつもりじゃないわよね?」
飛鳥の性格上、こういう時に逃げようとしないのは、八幡の想定の内だった。
故に、八幡は操られている面々を見据え、大きく息を吸い叫んだ。
「おいおい、まさかこのまま魔王に好き勝手させて、挙句の果てに“ノーネーム”風情を頼って助けてもらおうっていうのかよ! 自称誇り高い(笑)コミュニティの“サラマンドラ”の衛兵プラスその他大勢さんは! だとしたら、がっかりすぎるなあ! この“ノーネーム”にも劣る(恥)集団は!」
“ブチリ”と、八幡がジャックをキレさせた時の音がした。
「「「「「誰が(恥)集団だ、このクソガキィィィィイイイイイイイイイイイ!!」」」」」
操られていた全員が怒りで絶叫した。
「まさか、私のギフトを破ったっていうの!?」
操られていた“サラマンドラ”の火蜥蜴たちを始めとする五人はものの見事に八幡の挑発に乗ったことで、相手のギフトの支配下から脱することに成功したのだ。
しかも、操られていた者たちは完全に気が高ぶっており、フルートの演奏もとても耳に入りそうな状態ではなかった。
八幡の予想では、感覚の鋭い耀が影響を強く受けたならば、音が耳に入らない状態ならば、敵のギフトの影響は受けないはずだった。
しかし、女は余裕たっぷりに笑う。
「……やってくれたわね、貴方。お名前を聞いてもいいかしら?」
「生憎、知らない人に簡単に名前を教えちゃいけないって、親に言われてるんだわ」
「あら、そう。なら、後でじっくり教えてもらいましょうか」
女は再びフルートを構える。
そして、フルートの音色が響くと、先ほど正気に戻ったはずの少年二人が襲い掛かってきた。
「……ちっ!」
「残念だったわね。ハーメルンの笛吹は、子供を操るのが得意なのよ。それにしても、どうしてあなたには通じないのかしら。私はおろか、そこのお嬢ちゃんよりも霊格が低いっていうのに」
不思議そうな顔をする女に皮肉を返す余裕は八幡にはなかった。少年二人の猛攻を“エレメンタル・ダガー”によって、なんとか避けつつ捌きつつ対応していた。
「さてと、私は貴女のお相手をしましょうか」
女はゆっくりと飛鳥に歩み寄る。
「おいおい、こっちは総スルーかよ。そんなことしてると、足元掬われるぞ」
「あら、二人がかりだっていうのに余ゆ……きゃあッ!?」
一瞬、飛鳥は何が起きたかよくわからなかった。
簡単に言えば、目の前の敵が躓いて転んだだけなのだが、あまりにもタイミングが良すぎて驚いていた。
「今だ! エリア! ウィン! ヒータ! そいつのフルートを奪って集中攻撃だ!」
「「「了解!」」」
虚空から現れた、精霊のエリア、ウィン、ヒータが転んだ女の手からフルートを奪おうとする。
「ところが、そうはいかないぜ、クソガキ!」
「なっ……!?」
「きゃあッ!?」
「なに……これ……」
八幡と戦っていた少年の一人が投げた手枷のようなものは、すべて少年の腕にはまった手枷に繋がっており、それが彼女たちを拘束していた。
「勘弁してくださいよお、ラッテンの姉御。こっちだって、何度も操られたふりなんて面倒だっていうのに、スッ転んでゲームオーバーなんて、シャレにならんですよ」
「わかってるわよ!」
少し恥ずかしそうにする、ラッテンというらしい女は再びフルートを構えなおす。
「……? どういうつもりだ。“サラマンドラ”の連中はとっくに逃げたし、そこの奴らもそっちの仲間と分かった以上、操る意味なんてないんじゃないのか?」
訝しげな顔をする八幡に、ラッテンはさもおかしそうに笑う。
「『とっくに逃げた』? 本当にそう思っているのなら、とんだロマンチストね」
ラッテンのフルートの音が響き渡ると、観客席からわらわらとこんなに残っていたのかというほど“サラマンドラ”の衛兵や他のコミュニティの人間と思われる者たちが出てきた。
「伏兵かよ。めんどくさい真似を……」
そこで、八幡は異変に気付く。
エリア、ウィン、ヒータが辛そうにしているのを見る。
「どうかしたのか?」
エリアは息が切れながらも答える。
「申し訳、ありません。……恐らく、敵のギフトの影響かと。“契約”の繋がりが、不安定になっています」
「くそっ……!?」
八幡は自分たちを取り囲む敵を見渡し、ギフトカードを取り出すと彼女たちをその中に戻す。
手枷に繋がっていた相手が消えたことで、エリアたちを捕らえていた手枷はガシャンと地面に落ちた。
「さすがに、ギフトカードにまで影響は出せねえか……。おい、ニコ、お前も手伝え」
少年が言うと、ニコと呼ばれたもう一人の少年、それも、手枷のついた少年よりも小さい、恐らくジンとそう変わらない年齢であろう少年は嫌そうな顔で応じる。
「はあ? エティエンヌさん、なぜ僕がそんなことをしなくちゃいけないんですか? と、普段ならそう言ってるところですが」
そう言って、ニコは八幡を睨む。
「選ばれし僕のことを(笑)だの(恥)だの、言ってくれたあの少年には、罰を受けてもらいましょう」
そう言って、ニコはどこからか身の丈以上の大きさの鎌を取り出した。
「そうですね。まず、その首でも頂きましょうか」
ニコリと、爽やかな笑顔で、そんな物騒なことを言ってきた。
「ハハハ……。何それ、全く笑えねえ」
完全にカラ元気だった。
「大丈夫ですよ。すぐに笑いしか出ないようにしてあげますから」
ニコは鎌を振り上げると、ほとんど力任せに振り下ろす。
「ちっ……!」
八幡は“エレメンタル・ダガー”を構えて防ごうとする。
「残念、そうはさせねえよ!」
エティエンヌの投げた手枷が八幡の右腕を拘束した。その瞬間、
「……な!?」
八幡の手から“エレメンタル・ダガー”がその手からギフトカードに勝手に戻ったのだ。
そして、そうなれば必然的に、八幡を守るモノは何もない。
八幡の体はニコの鎌によって袈裟がけにされた。
「……なん…だと!? くそっ!」
「おっと」
八幡は咄嗟にニコを蹴り飛ばし何とか踏みとどまり、ギフトカードを見る。
『比企谷八幡
“不協和音▷
“トリガーハッピー”
“デプレッション”
“ヒッキ―▷
“ディテクティブヒッキ―”
“ステルスヒッキ―”””
“エレメンタル・ダガー”(使用不可)
“エレメンタル・アミュレット”(使用不可)
“風精霊(シルフ)ウィン”(使用不可)
“火精霊(サラマンダ―)ヒータ”(使用不可)
“水精霊(ウンディーネ)エリア”(使用不可)
“土精霊(ノーム)アウス”(使用不可)
“ミラー・アリス”(使用不可)
“ジャンク・スケアクロウ”(使用不可)
“マザーグース”(使用不可)
“リドル・ナンバーズカード”(使用不可)
“プリック・ヘッドホン”(使用不可)
“ディスタント・ゴーグル”(使用不可)
“A war on the board”(使用不可)
“不如帰”(使用不可)
“バグ・サルタスション”(使用不可)
“コーバート・ストリングス”(使用不可)
“ジャイアントイーター”(使用不可)
“シュレディンガー”(使用不可)
“フラグ・フラッグス”(使用不可)
“ブリストアー”(使用不可)
“ギフト・ボックス”▶(使用不可)
“???”
』
「何だよ……これ!?」
驚愕する八幡に、エティエンヌは笑って、鎖によって繋がれている手枷を示す。
「これが俺の持つギフトの一つ。“エスクラヴラティニュー”だ。このギフトは拘束した相手の俺より霊格の低い相手からの干渉とそいつの自前のギフト以外の使用権を全て無効にするギフトだ。つっても、ギフトカードは対象外だから、そこにしまう事だけはできちまうがな。でも、お前のギフトはほとんど他人からのものらしいな。おかげで、一気に弱くなってやんの」
「………」
心底楽しそうに笑うエティエンヌに言い返す余裕もないほど、八幡は焦っていた。
幸いにも、手枷の鎖はどこまでも伸びるらしく、動きは制限されていない。それでも、今八幡が使えるのは、自前である五つのギフト。しかし、それも現在では逆効果でしかない“トリガーハッピー”と“デプレッション”。完全に効果のない“ステルスヒッキー”。何のギフトかもわからないもの。と、ここまでですでに四つが戦力的に『使えない』のだ。残る“ディテクティブヒッキー”に頼ろうにも、ここで問題が発生した。
「おいおい、どうしたよクソガキ! 動きがどんどん悪くなってるぜ!」
先刻のギフトゲームのダメージが疲労として残っており、明らかに動きが落ちてきているのだ。よって、動きがいくら読めたとしても、体がそれに追いつききらないのである。
そして、それ以上の問題があった。
「……痛ッ!?」
「おいおい、ホントにどうしたよ! 全然動きが読み切れてねえじゃねえか!」
あからさまに楽しそうなエティエンヌを見て、八幡は確信する。
(くっそ! やっぱり、コイツら、俺を眼中に入れてねえ。そのせいで、“ディテクティブヒッキー”も全然使えねえ!)
そう。敵はそもそも、比企谷八幡を敵として認識してすらいなかった。彼らにとって、比企谷八幡を殺すということは、悪意を向けるまでもない、文字通り『児戯』にも等しいことなのだ。
故に、そこには何の負の感情も生まれない。
そして、それは相手の負の感情から行動を読み取る“ディテクティブヒッキー”にとっては、致命的だった。
疲労と普段の様に再生させられない傷から流れる血が、どんどん八幡の体力を奪っていく。
それでも、ギリギリで次なる致命傷を避けられているのは、これまでの箱庭での経験によるものだった。
しかし、それもすぐに終わりが来る。
「あ……が……!?」
エティエンヌにばかり気を取られていた八幡は背中に感じた痛みと熱さで後ろを振り向く。
「すみませんが、そろそろ時間切れです」
そこには、ニコが血の付いた鎌を振り下ろした状態で立っていた。
その血が誰の血かは言うまでもない。
それを認識すると同時に八幡の体から力が抜ける。
「生憎ですが、僕はこの程度で済ませるつもりはありませんよ」
ニコが指をパチンと鳴らすと、周りを取り囲んで待機していた者たちが、一斉に槍や剣などの武器を八幡に突き立てた。
「……ぐ……!」
「おや、随分と耳障りな声ですね。黙らせましょうか」
鎌を横凪に、八幡の首めがけて一閃。
それだけで、八幡は崩れ落ちる。
ニコはそれを見つめて不思議そうな顔をする。
「どういうことでしょう? 僕は首を切り落とすつもりだったのですが……」
それの首からは未だ血が湯水が湧くかのごとく流れているものの、切断とまではいかず、三分の一程度を切るにとどまっていた。
エティエンヌもそれに近づき、それを見るうちに顔がにやりと笑う。
「おい、ニコ。見てみろよ」
「うん? ……へえ。やるねえ」
二人の見る先、それは口元だった。
それの口元は、唇が奥歯によって血が出るほど強く噛みしめられていた。
それは、恐怖からか咄嗟の意地かと言えば、二人にとっては後者だった。
次いで、二人はそれのすでに光を映さない目を見る。
「まだ、全然目が死んでませんね。こんなに腐ってるのに」
「だな。これは、惜しいやつを殺っちまったなあ。お嬢なら気に入ったかもしんねえのに」
「二人とも終わった?」
そんな二人の後ろから、飛鳥を抱えたラッテンが現れる。
「ええ。終わりましたよ、ラッテンさん」
「でも、こいつは惜しい人材でしたね。お嬢が気に入ったかもしれません」
「そう、それは残念。でも、まだまだ人材はたくさんいるから大丈夫よ♪」
「そっすね、それじゃあ……」
そう言ったところで、雷鳴が轟き、黒ウサギの声が響く。
「“審判権限”の発動が受理されました! これよりギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”は一時中断し、審議決議を執り行います! プレイヤー側、ホスト側は共に交戦を中止し、速やかに交渉テーブルの準備に移行してください! 繰り返します――――――」
「あら、一時中断ね。私はこの子を置いたら行くわ。二人はどうする?」
訊かれたエティエンヌはにやりと笑う。
「俺らは、これをちょっと利用して、敵さんらの揺さぶりを掛けさせていただきますよ。交渉が少しでも有利になるように……」
♦
「ギフトゲーム“The PIED PIPER of HAMELIN”の審議決議、及び交渉を始めます」
黒ウサギの厳かな声によって、審判決議が開始される。
プレイヤー側は黒ウサギ、十六夜、ジン、サンドラ、マンドラが出席。
ホストマスター側は八幡が会っていた斑ロリ、十六夜が戦ったヴェーザーという軍服男、ラッテン、ニコ、エティエンヌだった。
まず、黒ウサギはペストたちの方に顔を向ける。
「まず“ホスト側”に問います此度のゲームですが……」
「不備はないわ」
有無を言わせず、ペストはそう断じる。
「今回のゲームに不備・不正は一切ないわ。白夜叉の封印もゲームクリア条件の全て調えた上でのゲーム。審議を問われる謂れはないわ」
「受理してもよろしいので?黒ウサギのウサ耳は箱庭の中枢と繋がっております。嘘をついてもすぐわかってしまいますよ?」
確認する黒ウサギに、ペストは不敵に笑う。
「ええ。そして、それを踏まえた上で言うけど私たちは今、無実の疑いでゲームを中断させられてるわ。貴女達は神聖なゲームに横槍を入れている。言ってることは分かるわよね?」
「不正が無かったら主催者側に有利な条件でゲームを再開しろと?」
「そうよ。新たにルールを加えるかどうかの交渉は後にしましょう」
黒ウサギは確認するようにサンドラを見る。
それにサンドラも頷く。
「……わかりました。黒ウサギ」
「はい」
黒ウサギが耳を動かし、その場にしばし沈黙が続く。そして、黒ウサギ気まずそうに口を開く。
「箱庭も中枢からの回答が届きました。此度のゲームに不備・不正はありません。白夜叉様の封印も、正当な手段で造られたものです」
さも、当たり前と言うように、ペストは余裕ありげに笑う。
「当然ね。じゃ、ルールは現状維持。問題は再開の日取りよ」
「日取り? 日を跨ぐと?」
サンドラが意外な声を上げる。
それも当然だ。解答時間が長引けば長引くほど、それは明らかにプレイヤー側に有利となる。
「再開の日取りは最長で何時頃になるの?」
「さ、最長ですか? ええと、今回の場合ですと一か月ぐらいでしょうか」
「じゃ、それで手を……」
「待ちな!」
「待ってください!」
十六夜とジンがペストの言葉を遮る。
ペストはそれが不快だといわんばかりに二人を白い目で見る。
「何、時間を与えてもらうのが不満?」
「いや、ありがたいぜ。だけど場合による。俺は後でいい。御チビ、先に言え」
「はい。主催者側に問います。貴女の両脇に居る男女は“ラッテン”と“ヴェーザー”だと聞きました。そして、もう一体が“
その言葉に、サンドラはハッとする。
「そうか、だがらギフトネームが“
「ああ、間違いない。そうだろ魔王様?」
「……ええ。そうよ。御見事、よろしければ貴方の名前とコミュニティの名前を聞いても?」
「“ノーネーム”のジン=ラッセルです」
「“ノーネーム”……? もしかして、貴方のコミュニティに目の腐った男はいないかしら?」
ペストの質問に、ペスト側の三人がビクッとするも、誰も気づかず、逆に“ノーネーム”の三人がきょとんとする。
「えっと、それってたぶん……八幡さんのことですよね?」
「……だと、思います」
「おいおい、まさかとは思ってたけど、マジかよ」
「どういうことだ?」
戦慄している“ノーネーム”メンバーの反応を不思議に思ったのか、マンドラが訊く。
「別に大したことじゃないわ。私がここの下見をしている時に、気まぐれで一緒に回ったのがそこにいるジン=ラッセルのコミュニティの同士だったというだけよ」
「「……は!?」」
サンドラとマンドラは一瞬ペストが何を言っているのかわからなかった。
魔王が“ノーネーム”の人間と祭りを見て回った?
それは一体何の冗談だ。
「……はぁ。いい加減、話を戻した方がいいんじゃねえのか?」
ヴェーザーの言葉に、全員が気を取り直す。
「それじゃあ、話を戻させてもらうけど、貴方たちが私の正体に気づいたところでもう遅いわ。私たちはゲームの日取りを左右できるという言質を取っているうえ、参加者の一部にはすでに病原菌を潜伏させているわ。それも、無機物や悪魔でない限り発症する、呪いそのものを」
「ジャ、ジャッジマスター! 彼らは意図的にゲームの説明を伏せていた疑いがあります! もう一度審議を」
「駄目ですサンドラ様! ゲーム中断時に病原菌を潜伏させていたとしても、その説明責任を主催者側が負うことはありません。また彼らに有利な条件を押しつけられるだけです!」
黒ウサギに言われ、サンドラは悔しそうに歯噛みする。
「此処にいる人たちが参加者側の主戦力と考えていいのかしら?」
「ああ、正しいと思うぜ」
ペストの質問にヴェーザーが同意する。
「なら提案しやすいわ。皆さん、ここにいるメンバーと白夜叉、それと八幡だったかしら。それらが“グリムグリモワール・ハーメルン”の傘下に降るなら、他のコミュニティは見逃してあげるわよ?」
「なっ……」
「私は貴方達のことが気に入ったわ。サンドラは可愛いし。ジンは頭良いし」
「私が捕まえた赤いドレスの子もいい感じですよマスター♪」
「なら、その子も加えてゲームは手打ち。参加者全員の命と引き換えなら安い物でしょ」
「ああ、えっと、それなんですがお嬢……」
ペスト側のエティエンヌが言いづらそうにする。
「実は、その……お嬢の気に入った八幡ってやつ。殺っちまったかもしんねえんですよ」
それを聞くと、ペストはしばし黙り、「はぁ…そう」と、心底残念そうにため息を吐いた。
「これから面白くなりそうだから、期待してたのに……残念ね。それで、あの男の死体は?」
「それなら、見せしめに飾ってありますよ」
そう言って、ニコは十六夜と黒ウサギの戦闘で壊され、白夜叉によって修理されたばかりのここ一帯で最も高い時計塔を指さした。
全員がそちらに目を向ける。
「……そんな!?」
「八幡さん!?」
「……ちっ!」
「なんて惨いことを!?」
「……くっ!」
その時計塔には、槍や刀剣でその胸や腹を貫かれた死体があった。
その死体は、その傷以外にも胸や背中、首に致命傷と分かる傷を受け、そこからとめどなく流れた血によって、着ているパーカーもズボンも、果ては時計塔の外壁すら赤黒く染めらていた。
それは、両手をそれぞれ一本の鎌によって時計塔の外壁に縫い付けられ、あたかも磔刑に処された罪人のような姿で絶命する比企谷八幡の惨殺死体であった。
さて、主人公が死にました。
というわけで、ちょっとした話をしましょう。
みなさん、私はこの第二章を書く上で考えました。「はたして、比企谷八幡は何事もなくこの魔王の戦いを勝ち抜けるのか?」と。
いや、無理だろ。日常系の主人公が異世界バトルの敵にそうそう勝ちまくれるわけないだろ。
え? ボンボン坊ちゃん? それはだって、あのボンボンだし…。
まぁ、というわけで、比企谷八幡君には死亡していただきました。
そういうわけなので、主人公死亡に伴いシリーズ終了とさせていただきます。碌にヒロインも作れなくてすみませんでした。
ってことで、次からは新しい『俺ガイル×○○○○○○○』の予告です。
♦
人が次第に朽ちゆくように、国もいずれは滅びゆく…千年栄えた帝都すらも、今や腐敗し生き地獄。人の形の魑魅魍魎が、我が物顔で跋扈する…天が裁けぬその悪を、闇の中で始末する…我等全員、殺し屋稼業…。
帝国において、殺し屋集団“ナイトレイド”といえば、その名を知らぬ者はいない。
ある者は恐れと共に。
ある者は畏れと共に。
ある者は怨嗟と共に。
ある者は希望と共に。
その名を胸に刻む。
しかし、革命軍に殺し屋集団がたった一つしか存在しないなど……そんなことがありえるだろうか。
その答えは、否だ。
“ナイトレイド”の他にも、確かに殺し屋集団は存在する。
ただ、彼らが声高に名乗っていないが故に知られていないだけなのである。
その組織は、帝都に潜む闇を打ち払うことを目的とし、いつかの未来という希望の光のために戦う。
光があれば影がある。故に、影があるなら確かに光は存在する。
ならば、自分たちは闇を打ち払う光を呼ぶ“影”であろうと。
その組織の名は……“
♦
というわけで、次回から『俺ガイル×アカメが斬る!』のクロスオーバーをやっていこうと思います。
また応援していただければ幸いです。
というのは冗談です。まだ続きます。
死んだ八幡はどうなったのか、次回『地獄編』開始!
感想、評価、ヒロインアンケート、誤字訂正お待ちしております。