前回、一部で次は『やはり超高校級の妹が希望ヶ峰学園に入学するのはまちがっている。』の続きを登校するといいましたが、こちらの方が筆が乗ってしまいました。
今回は主にお風呂回と春日部耀のギフトゲームです。
「…は? 久遠が襲われた? 誰に?」
街から戻った八幡は、戻るなり舌打ちした女性店員の勧め(強要ともいう)で、“サウザンドアイズ”支店の露天風呂に入っていた。
そこには、すでに十六夜とジンがおり、八幡は二人と今日の出来事の情報交換を行っていた。
そして、そこで十六夜からレティシアへと同行人を変えた飛鳥が、単独行動中に襲われたことを教えられる。
「さあな。レティシアの話じゃ、鼠を操ってたらしいが、他にはさっぱりだとよ」
「操ってた? 久遠のギフトがあれば、どうにかなったんじゃないのか?」
八幡の疑問に、十六夜はニヤリと笑う。
「それが、効かなかったらしいぜ」
「効かなかった? どういうことだ?」
「あのボンボン坊ちゃんの時と同じで、向こうの霊格の方が各上だったか、もしくはお嬢様と相性のいいギフトを相手が持っているかのどっちかだろうな」
「それで、相手は魔王かその仲間なのか?」
「たぶんな。ま、ただの祭りの『荒らし』って可能性もないわけじゃねえけどな!」
本人的にはどっちでもいいのか、十六夜は心底楽しそうに笑う。
「で、八幡は今日はどこ行ってたんだよ。一人で観光か?」
「まあな。人材勧誘中の新興コミュニティの奴に案内してもらってな」
「そんなことあるのか、御チビ?」
十六夜の質問にジンは頷く。
「はい。新興コミュニティの場合だと、目立つ以外にもそういう親切で名を売るコミュニティも存在します」
「でも、それだとトラブルになるだろ。やっぱり、ギフトゲームか?」
「いえ、個人での移籍は自由ですから、大きいところに目をつけられない程度に秘密裏にという程度です」
「そういや、あの斑ロリも大きいコミュニティの前だと隠れてたな」
「斑ロリ…?」
八幡の言葉に十六夜が訝しげな顔をしたと思ったら、途端に面白がるような様子を見せる。
「おいおい、八幡。まさか、ロリとデートしてたのかよ」
十六夜のからかいに、八幡は心底嫌そうな顔をする。
「だから、さっきも言ったが案内してもらっただけだ。あと、たぶん言うほど若くはない…と思う」
明確に聞いたわけではないので、言葉の最後の方が弱くなる。
「にしても、白髪ロリに金髪ロリに遂には斑ロリってなると、ちょっと狙いすぎな気もするな」
「身も蓋もないな…」
十六夜の言うことももっともなので、八幡も否定はできない。
「けど、合法ロリか違法ロリかはともかく、実際のところ、お前はどういうのが好みなんだよ」
「なんで俺のギフトといいお前といい、人の好みを聞きたがるんだよ…そういう、お前はどうなんだよ」
八幡が呆れると、十六夜は少し考える素振りを見せる。
「そうだな…。やっぱ、タイプでいうなら断然黒ウサギだな。で、御チビはやっぱりアレか? サンドラっていうあの“サラマンドラ”の頭首様か?」
「な、なんでそうなるんですか!?」
面白いぐらい顔が赤くなるジンに八幡もこのからかいに乗っかることにする。
「おいおい、マジかよリーダー。狙うんなら気をつけないと上の兄姉に消されるぞ」
「お、会ったことねえのに上の兄姉がシスコンってわかるのか?」
「まあな。上の兄姉ってのは、普通下の弟妹が可愛いもんだからな」
誇らしげに言う八幡にジンはため息を吐く。
「はぁ…。お願いですから、マンドラ様の前でそういうことは言わないで下さいよ」
「大丈夫だ。問題ない」
「それ、『大丈夫じゃないフラグ』って、前に自分で言ってましたよね!?」
「ヤハハハハ! で、結局八幡は誰が好みなんだよ。俺らだけに言わせて自分は言わないってのはなしだぜ」
「めんどくさい」と思いながら、八幡は一応考えてみる。
「……………いないな」
八幡の答えに十六夜は興ざめしたかのような冷めた目を向ける。
「八幡、さすがにそれはないだろ。うちのコミュニティは見た目だけならかなりのものだろ?」
「いや、それはわかるけどさ。…俺、どっちかといえば年上の方が好みなんだけど」
「「あー」」
どこか納得したような顔をする十六夜とジン。
「うちのコミュニティ、致命的にロリばっかだからな。そりゃ、好みの奴がいないわけだ」
そう。“ノーネーム”のメンバーは、ほとんどが八幡より年下なのだ。また、年齢上は年上でも、精神的、肉体的に年上に見えないため、“ノーネーム”のメンバーは八幡の好みからは外れるのだ。
ちなみに、八幡自身はほんわかお姉さん系が好みなのだが、これは妹がいる反動だろうと自己分析している。
「よくわかりませんけど…。八幡さんは明日の耀さんの出場するギフトゲームはどうしますか? 見に行きます?」
そう言えばそんなものもあったなと、八幡は白夜叉と耀のやり取りを思い出す。
「小町が見に行くなら行く」
迷いなく答える八幡に、ジンは苦笑する。
「…ブレませんねえ」
♦
その後も他愛のない会話をして風呂から上がった男性陣は、用意された来賓室にて、八幡がギフトカードに入れて保存していたMAXコーヒーを飲みながら、女性店員と歓談していた。
「にしても、このコーヒー地味に再現率高いな」
「ばっか、おまえ。ここまで再現するのにどれだけ大変だったと思ってんだよ」
「そういえば、レティシア様やリリとよく厨房にいるのを見かけますね」
「ああ。暇を見ては改良、研究してるからな」
得意そうに言う八幡に女性店員は呆れた様子でため息を吐く。
「なぜ、そういう努力をもっとコミュニティのために使おうとは思わないんですか。あなた、他の三人とは違ってあまりギフトゲームには出てないでしょう」
「これでも、情報収集とかで働いてるんだけどな」
八幡の言葉に女性店員は眉を顰める。
「情報収集? あなたがですか?」
「まさか…」と、呟く女性店員に、十六夜が笑う。
「ヤハハ。それが八幡の“ステルスヒッキー”。これが中々に侮れなくってな。盗み聞きにちょうどいいんだぜ」
「盗み聞きとか嫌な言い方すんな。人間観察って言え」
「それもあまり褒められた趣味ではないでしょう…」
「ですが、おかげで十六夜さんたちが興味を持ちそうな情報を事前に調べておいてもらえる場合もあるので、僕らとしては多少は負担が減る分助かっています」
苦笑するジンの肩に、女性店員は気遣わしげな態度で手を置く。
「…あなたたちも大変ですね」
「……はい」
「あら、そんなところで歓談中?」
声の方に目を向けると、飛鳥、黒ウサギ、耀、小町、レティシア、白夜叉の六人が風呂から出てきていた。
風呂上がりのためか、浴衣姿の六人からは湯気が立ち上り、なんとも扇情的だった。
「………おお? コレはなかなかいい眺めだ。八幡と御チビ様そう思わないか?」
「何言ってんだお前?」
「はい?」
「黒ウサギやお嬢様の薄い布の上からでもわかる二の腕から乳房にかけての豊かな発育は扇情的だが相対的にスレンダーながらも健康的な素肌の春日部やレティシア、比企谷妹の髪から滴る水が鎖骨のラインをスゥッと流れ落ちる様は視線を自然につつましい胸の方へと誘導するのは確定的にあ
スパァーンと、小気味良い音がしたかと思うと、どこからとりだしたのか、ウサ耳まで紅潮させた黒ウサギと耳まで紅潮した飛鳥が風呂桶を十六夜に向けて投げつけていた。
「変態しかいないのこのコミュニティは!?」
「白夜叉様も十六夜さんもみんなお馬鹿様ですッ!!」
「ま、まあ二人とも落ち着いて」
慌ててレティシアが二人を宥める。
我関せずという体で、興味なさそうにしている耀は八幡はどんな反応をしているか気になり、彼の方を見る。
「おい、十六夜。人の妹をエロい目で見てんじゃねえ。殺すぞ」
「うわぁ…お兄ちゃん。キモイなあ…」
シスコン全開で当の妹からドン引きされていた。
「ふっ、わかるじゃねえか」
「お主もな」
そして、その裏で同行の士を得たように握手する十六夜と白夜叉だった。
♦
場所を白夜叉の私室に移した八幡たちをやや張りつめた空気が包んでいた。
「それではこれより、第一回、黒ウサギの審判衣装をエロ可愛くする会議を」
「始めません」
「始めます」
「始めませんっ!」
白夜叉の提案に悪乗りする十六夜。速攻で断じる黒ウサギ。
そして、それを見ていた八幡はあることを思いつく。
「なら、逆に普段と違う清楚系の衣装でギャップを狙うっていうのは…」
「「それだ!!!」」
「『それだ』じゃありません! もう、魔王に関わる重要なお話かと思ったんですよ」
「いやいや、審判の話は本当だぞ。実は耀も出る明日のギフトゲームを、黒ウサギに依頼したいのだ」
「それはまた唐突でございますね」
「大方、どっかの二人が騒いだせいで、“月の兎”が来てることが噂にでもなってて、そのせいで明日のギフトゲームへの期待が高まり、いらんハードルが上がったってところだろ?」
風呂で十六夜と黒ウサギの起こした騒ぎを聞いていて、そこから当たりを付けた八幡の推測に「…う」と、何も言い返せない黒ウサギ。
「その通りだ。ここまで噂になってしまうと出さないわけにはいかなくてな。当然、別途報酬も用意しよう」
「わかりました。そういうことなら、明日のギフトゲームの審判・進行役はこの黒ウサギが承ります」
「ふむ…。では、審判衣装はレースで編んだシースルーの黒いピスチェスカートを」
「着ません」
「着ます」
「断固着ませんッ!! あーもう、いい加減にしてください十六夜さん!」
「ねえ、白夜叉」
騒ぐ三人に、それまで興味なさそうに黙っていた耀が口をはさむ。
「明日のギフトゲームで私が戦う相手ってどんなコミュニティ?」
「すまんが、主催者側としてそれは教えられん。教えてやれるのはコミュニティの名前までだ」
白夜叉がパチンと指を鳴らすと、羊皮紙が空中に現れる。それに目を通した八幡は眉を顰める。
「…“ウィル・オ・ウィスプ”だと」
「知ってるのか八幡…って、そういやお前、昼間にそこで買い物したって言ってたな」
「ああ。なんつーか、商売上手って感じだったな」
「他に何かわかったことってある?」
無意識に顔を近づけてくる耀に、八幡は顔が赤くなる。
「ちょ、春日部近い、近いって」
「え…あっ、ごめん」
八幡に言われて耀本人も遅れて気付いたのか、慌てて離れる。
そんな彼女の顔も心なしか赤い。
それを努めて気にしないようにしながら、八幡は他に気になったことを思い出す。
「後は…店員がジャック・オー・ランタンだったことぐらい「ジャック・オー・ランタン!?」…うわっ!? んだよ、久遠。いきなり叫ぶなよ」
「だって、ジャック・オー・ランタンでしょう!? どんなのだったの!?」
興奮したように喋る飛鳥に八幡があっけにとられていると、十六夜がさもおかしそうに笑いをこらえていた。
「いや、お嬢様って戦後間もない時代の出身だろ? だから、ハロウィンに興味があるんだとよ」
十六夜の説明受けて、八幡はようやく得心いったというような顔をした。
「なるほどな。あのジャック・オー・ランタンは格好の割に紳士的だったぞ」
「そうなの。早く見てみたいわ。ねえ、八幡君。明日の春日部さんのギフトゲームが終わったら、みんなでそのお店に行きましょう!」
「え、いや…」
「ヤハハ。まあ、いいじゃねえかそれぐらい」
「…ったく、わかったよ。…ん?」
しぶしぶ承諾した八幡は、肩に妙な重みを感じて隣を見る。
「……………ん」
すると、小町が気持ちよさそうに眠っていた。
「…悪い。ちょっと、部屋まで運んでくる」
「わかりました。それじゃあ、小町さん、おやすみなさい」
「はぁい…黒ウサギさん」
眠っている小町を負ぶって、八幡は部屋を出る。
八幡が少しひんやりとする廊下を歩いていると、隣に気配が現れる。
「やあ、今日は大変だったね」
どういうわけか、風呂上りっぽい浴衣姿のアリスが現れた。
「いろいろ聞きたいことはあるが、今日の奴…あの斑ロリについて、お前はどう思う?」
「そうだねえ…まず、間違いなく神霊クラスの霊格はあっただろうね。だけど、まだまだルーキーだ」
「ルーキーだと、なんでわかるんだ?」
「そりゃわかるよ。まあ、正面から相対しなけりゃよっぽどわからないだろうけど。あの子、自分の格の隠し方がイマイチやり慣れてない感じがしたしね。それでも、その場で敵対せずに済んだのは不幸中の幸いだったかな」
アリスの話を聞き、八幡は最も気になっている部分について訊く。
「あの斑ロリは魔王なのか?」
「…可能性はある。今のところ、6,7割ぐらいかな。でも、ここには白夜叉もいるし、たぶん大丈夫だよ。問題は別のところにあるかな」
「別のところ?」
「君があの子に気に入られたことさ。もし、彼女が魔王だったら、君は狙われる事になるんじゃないかな」
「うわ…マジかよ」
「でも、今はそこまで気にしなくていい。それよりも、君自身気にしなきゃいけないことがあるんじゃないかな?」
「気にすること……?」
少し複雑そうな顔をする八幡にアリスはにっこりと笑う。
「そう。君自身が少しずつ、この世界に馴染み、変わってきていることさ。前の君なら同性とはいえ、他人と恋バナなんてそうそうしなかったろうね。したところで、自分のことは言わなかったと思うけどね。適当にお茶を濁したりして……」
「もう、いいだろ」
話を打ち切るように、八幡は先に歩き出した。
しかし、アリスはそれに倣うように同じ速度で後ろからついてくる。
「別に悪いわけじゃないさ。ただ、君が将来、箱庭から元の世界に戻ろうとするなら、そこら辺をどうするのか、もっと考えた方がいいよ。それじゃあ、僕ももう休むね」
そう言って、アリスの姿はスッと消えてしまう。
「元の世界……か」
ここ最近は戻れるかどうかどころか、戻ることも考えていなかった。
八幡は、負ぶさっている小町を見やると、ぼそりと呟く。
「どっちがいいんだろうな」
当然、その質問に答えてくれる者などいなかった。
♦
次の日、八幡は他メンバーと共に、耀のギフトゲームを見に来ていた。
だが、八幡は今日ここに来たことを後悔していた。その理由は二つある。
一つ目は…
『長らくお待たせいたしました! 火龍誕生祭のメインギフトゲーム“創造主の決闘”の決勝を始めたいと思います! 進行及び審判は“サウザンドアイズ”の専属ジャッジでお馴染み、黒ウサギがお勤めさせていただきます♪』
「うおおおおおおおおおおお月の兎が本当にきたあああああああああああああ!!」
「黒ウサギいいいいいいいい!お前に会うために此処まで来たぞおおおおおお!!」
「今日こそスカートの中を見てみせるぞおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
この割れんばかりの観客の歓声と祭り独特の悪ノリである。
これを聞いた瞬間に八幡は思った。「やばい、超帰りたい」と。元々こういうものが苦手な八幡からすれば、こういう場は空気からして合わないのだ。
しかし、それ以上の問題があった。
「それじゃあ、お兄ちゃん。しっかりやってきてね!」
小町に言われ、八幡は深く深くため息を吐く。
「はぁ…。小町、本当にやらなきゃダメ?」
「ダメなのです。お兄ちゃん、こういう時ぐらいイイとこ見せてよ」
「小町、人間はみんな違うんだ。いいところも悪いところある。みんな違ってみんないい。だから、お兄ちゃん一人ぐらいダメでもいいんだ」
「いや、それそんなダメなせりふじゃないから。いいから行く!」
小町に押し出されるようにして、八幡は歩いていく。
一方、耀はジンに何かしらのアドバイスを受け、リングに向かい歩いていくところだった。
黒ウサギの紹介と共にリングに上がった耀を待っていたのは、「耀の方が最初に紹介されたことが気に食わない」という相手側の挑発だった。
相手が格下のコミュニティ“ノーネーム”の人間と見るや、馬鹿にして挑発する相手、アーシャなんとか(名前の後半は覚えられなかった)を睨むと同時に、もう一人の敵も睨みつける。
そこにいたのは、昨日の店員だった。
まさか、作品として出場してきてるとは思わなかった。
おそらく、昨日の出店も作品たる彼の宣伝もあったのだろう。
しかし、八幡にはそんなことどうでもよかった。今現在、彼の胸にあったのは、“失望”だった。
少なくとも、昨日の接客や商売のうまさ、魔王かもしれぬ相手を警戒させられるほどのまだ見ぬ実力を少なからず評価していた。
しかし、そんな彼が自身のコミュニティの同士と共に、こちらの同士を“ノーネーム”というだけで嘲笑っている。
こんなの自分の身勝手な失望だとわかっていてもだ。
(気が変わった。この勝負、絶対に春日部に負けてもらっちゃ困る)
「だから」と、八幡は密かに決める。
『自分は春日部耀の応援を真剣にやる』と。
♦
ギフトゲームの内容は“アンダーウッドの迷路”という巨大な樹によってできた迷路の脱出。ルールも厄介なものだった。
『ギフトゲーム名〝アンダーウッドの迷路”
・勝利条件 一、プレイヤーが大樹の根の迷路より野外に出る。
二、対戦プレイヤーのギフトを破壊。
三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合。
・敗北条件 一、対戦プレイヤーが勝利条件を一つ満たした場合。
二、上記の勝利条件を満たせなくなった場合。
』
これに加え、参加者はサポートも含めて使用ギフトを一部制限されている。
耀に関して言うなら、使うのが創作系ギフトである“生命の目録”のため、問題はないだろう。
八幡は確認できる限り、迷路の様子を確認する。
広大かつ複雑な構造の迷路を、耀は全く迷いなく進んでいく。
彼女の一際鋭い感覚が、空気の流れを察知し、出口への当たりをつけていたからだ。
これなら大丈夫かと思ったところで、八幡の脳裏に一瞬だけ妙な感覚が駆け抜ける。
『……降参』
「……ッ!?」
八幡は相手の攻撃を匂いにより感知し、回避、防御する耀を見る。
彼女の戦意は消えていない。しかし、このままいけば確実に負ける。そんな妙な確信があった。
そして、変化は思いのほか早かった。
「本気でやっちゃって、ジャックさん!」
アーシャが叫ぶと、後方をアーシャと並んで追ってきていたジャックの姿がフッと掻き消える。そして、その姿が急に耀の前に現れる。
それに驚愕し、耀は思わず足を止める。
これを好機とばかりに、ジャックは大きな白い手で耀を薙ぎ払おうとした。
しかし、出来なかった。耀にではなく、ジャック同様、彼らには突然出現したように見える八幡の手によって。
「八幡……なんで!?」
「ヤホッ!?」
八幡の出現に驚く二人に、八幡は不敵に笑う。
「言っとくが、反則を審判に問いただしても無駄だ。ギフトゲームは前提として、実力不足や知識不足を考慮しない。だから、お前らが俺に気づけなかった実力不足は考慮されない。そうだよな、審判?」
いきなり話を振られた黒ウサギは、急いで箱庭の中枢の問い合わせる。
「YES! 比企谷八幡さんは春日部耀選手と同じ“ノーネーム”のメンバーであり、このギフトゲームにおいては補佐として扱われます。また、先ほどまで姿を隠すのに使っていたギフトも使用制限には抵触していないと判断されました」
審判である黒ウサギの判断に、アーシャは歯噛みする。
ジャックは、そんな彼女の様子を察したのか、彼女を一喝する。
「アーシャ! 悔しがる暇があるなら早くゴールへ。この二人は私が相手をします」
「待っ…ッ!?」
追いかけようとする耀を、ジャックの持つランタンから噴き出た炎が邪魔をする。
「…春日部。俺に考えがあるんだが、お前に勝つ意志があるなら教えてやる。どうだ、聞くか?」
八幡が訪ねると、耀は静かに頷く。
八幡も、耀の真剣な表情から察し、指示を出す。
「少し時間がいる。しばらくは向こうの攻撃を避けるだけでいい。それと、出口ってどっちの方角かわかるか?」
八幡の質問に、耀はどういうことかと考えるも、聞かれたとおりに、空気の流れから自分が感知した出口の方向を指さす。
それに八幡は頷くと、ジャックの方を向く。
ジャックはすでにアーシャに指示を出し終え、アーシャはどんどん先へ進んでいく。だが、八幡にとってはそちらのほうが好都合だった。
そして、八幡はジャックに向けてにやりと笑う。
「よう、また会ったなジャックさん」
「いやはや、私もまたあなたに会うとは思っていませんでした。それで、私共の商品は気に入っていただけたでしょうか?」
「タイミングがつかめなくてまだ渡せてない。こう見えて、お兄ちゃんってのは大変なんだよ」
「ヤホホ! それはそれは。ですが、お客様とはいえ、今回は譲りませんよ」
「かまわねえよ。どうせ、あのアーシャってやつは大したことないみたいだしな」
八幡が嘲笑うように言った言葉に、ジャックの雰囲気がやや剣呑なものに変わる。
「ほう……それは、どういう意味でしょうか?」
まだ敬語は崩れないものの、その体から発される怒気に若干後悔しながら、八幡は言葉を続ける。
「だって、そうだろ? 春日部に足で追いつけず、ギフトも通じない。完全な力不足だ。その上、自分の作品でもなければ、自分が所持しているギフトですらない奴に頼って勝とうとしてるんだ。これを大したことない以外でどう言えっていうんだよ」
ジャックは怒気の中にもやや疑念を持つ。
「どうして、私が彼女の作品でないと?」
「ばっか、おまえ。完全な力不足の奴がアンタを作れるなんて、そう思うと本気で思ってんのか? 大方、“ウィル・オ・ウィスプ”のリーダーが作った不死身のジャック・オー・ランタンだろ?」
ジャックは怒気の中に感心の色を含ませる。
「なるほど、そこまで看破していましたか。いかにも、私は我らがリーダー、ウィラ=ザ=イグニファトゥス製作の傑作ギフト、“ジャック・オー・ランタン”!!」
高らかに宣言するジャックに、八幡は背中を冷や汗が流れるのを感じる。
(予想通りだが、不死のギフトってことは、やっぱり壊す方の勝利条件は満たせそうにないな)
そして、次に服の中のギフトカードを探り、このギフトゲームでどこまで使えるかを再度確認する。
(“ギフト・ボックス”に入ってたギフトはアリス以外はほとんど使えるな。後はアミュレット、ダガーと元からある奴か……となると、やっぱりこのギフトゲームで使えるギフトの使用条件は『元から持っているギフトと創作系ギフトに限る』ってところか)
この推測が当たっているなら、このギフトゲームは十分に正気のある戦いになる。
そのために、八幡は不敵な笑みを浮かべてジャックを見る。
「あんたがすごいのは十分に分かった。でも、だからこそ、あのアーシャとかいう奴は大したことない。自分の不足をあんたに丸投げしたんだ」
ジャックの怒気がみるみる上がっていくのに、冷や汗どころか今すぐ土下座して前言撤回したいところだが、まだ十分ではないだろう。
「こんな同士がこんな大きなギフトゲームに出てくるようじゃ、“ウィル・オ・ウィスプ”も大したことないなぁ」
思い切り嘲るように、せせら笑うように、相手が絶対に乗ってくるように笑みを見せてやる。
そして、“ブチリ”と、何かが決定的に終わったような音がしたと、そう認識した瞬間に八幡の体は壁に叩きつけられていた。
「ガハッ…!?」
「上等だクソガキ。そこまで言うからには、覚悟はできているんだろうな?」
先ほどの紳士的な様子とは打って変わった、もうすでに怒気を隠そうとすらせず、体から炎熱を噴き上げるジャックに、八幡はただにやりと笑みを向ける。
「……やれるもんならやってみろよドテカボチャ。でも、足元救われて負けて大恥かいても知らねえぜ?」
あくまでダメージを受けていることは全く気取られないように、八幡は余裕たっぷりに笑う。
しかし、それすら気に障ったのか、ジャックの噴き上げる炎の勢いが増す。
「ならば、その身に味わえ!! “ウィル・オウィスプ”の炎を!!!!!!」
ジャックは容赦なく、殺すつもりの一撃を、八幡に向けて放つ。
それが全て、八幡の掌の内だと気づかずに。
「…かかったな」
「……ッ!?」
ぐったりとした状態で壁にもたれていた八幡は、何かに引っ張られるようにその場から猛スピードで離れ、炎を回避する。
そして、八幡が避けたことで、ジャックの放った炎は大樹の壁に当たり、その壁をことごとく粉砕する。そして、遂には大樹の中から外へと炎が噴き出す。
「のわあ!? ちょ、ジャックさん本気だしすぎ!!」
ちょうど、ぶち破られた壁の何層か先にアーシャがいたのか、壊された壁から焦げ臭い煙が立ち上る中、声が聞こえる。
八幡は、それで無事に炎が大樹をぶち破ったことを理解すると、耀に向けて叫ぶ。
「春日部、外まで走れ!!」
八幡の言葉に、耀は八幡の作戦を理解し、ジャックが外まで開けた穴を一気に駆け抜ける。
それを見て、ジャックも八幡の狙いに気づく。
「いけない!」
瞬間移動ですぐに耀の行く手を塞ごうとする。
「やらせねえよ。仕事だ“ジャイアント・イーター”!!」
「オォォケェェェイ!! 呼ばれて飛び出で俺・登・場!! カボチャ頭をいただきまあぁぁす!!」
「ヤホ!?」
八幡がギフトカードから取り出したパペットが、八幡の右手にはまったかと思うと、何倍にも肥大してジャックのカボチャ頭に噛みついたのだ。
「ゲップ! はい、ごっちそーさん!」
意地汚くゲップをすると、ジャックの頭から口を話す。
すると、ジャックは力なくフラフラとし、その場にしゃがみ込んでしまう。
「こ、このギフトは……」
「ああ。そのギフトゲームの間だけ、相手の霊格を奪うことができるギフトだよ。つっても、そもそも相手が『自分より圧倒的格上』でなきゃ使えないし、『一度のギフトゲーム中に同じ相手には三回までしか使えない』って条件があるけどな」
「ぐっ……」
なおも這って追おうとするジャックに八幡は嘆息する。
「やめといた方がいいと思いますよ。もうそろそろ、決着もつくだろうしな」
言われて諦めたのか、ジャックは「ふぅ…」と、息を吐く。
「一つ聞いてもよろしいですか?」
「……どうぞ」
「あなたの狙いは、『私に迷路を破壊させること』ですね」
そう、今回八幡は勝つ上で、ルールの穴を突くことにしたのだ。
このギフトゲームは、『迷路からの脱出』を勝利条件としている。しかし、その方法については一切問うていない。つまり、『迷路を破壊して外に出る』という方法であろうと、ルール上は何の問題もないのだ。
しかし、ここで八幡は念には念を入れて保険を打つことにした。
そのために、わざわざ耀に出口の方向を聞いたのだ。
耀の優れた五感ならば、ほぼ間違いなく出口の方角はつかめているはず。そうなれば、後はその方向に向けて敵の攻撃を誘導し、壁を破壊させればいい。そうすれば、必然的に壊れた先が出口となる。
しかも、破壊しているのは相手側であり、自分は攻撃を避けただけ。ルール違反を咎められるならば、まず相手側になるという。嫌らしいまでに計算しつくされた作戦だった。
そして、道さえできれば、後はジャックを抑えるだけでギフトによって強化されている耀の独走状態を作り出すことができる。
ジャックがそれに気づいたのは、すべて敵の術中に嵌りきったと理解した後。
今回の敗因は、相手が“ノーネーム”であることと自身の不死性に、少なからず慢心を持ってしまっていたこと。そして、相手が徹底して弱者である自身の立ち位置を存分に活用し、強者であるこちらの自尊心を煽ってきたことによるもの。
弱者だからこそ、相手は強者たるこちらを打倒し得たのだとすると、なんという皮肉か。
ジャックは、フラフラとした足取りで八幡の方に歩み寄り、彼に向けてその大きい手を差し出す。
「お名前を聞いてもよろしいですか?」
「………“ノーネーム”所属、比企谷八幡」
「今回のギフトゲームでのゲームメイク、お見事でした八幡殿。このジャック、完敗です」
ジャックは想いの限りの賞賛を込めて八幡の手を握る。
そして、そんな二人の耳に、春日部耀の勝利を宣言する黒ウサギの声が聞こえた。
♦
「言っとくけど、次に勝つのは私だからな!」
アーシャは思い切り耀を指さすと、対抗意識むき出しで叫ぶ。
そんな彼女に、耀は胸を張る。
「大丈夫。次もどうせ私が勝つ」
「なんだと!?」
言い合う二人をジャックは優しげに見守り、隣にいる八幡に話しかける。
「あの子は、同世代の子に負けたことがない子でしたから。今回のギフトゲームはいい経験になったでしょう。まあ、それは私もですが。八幡殿、今回は本当にありがとうございました」
完全に陽気で紳士的な………どころか、八幡に対していくらかの敬意を払うジャックに、八幡は少し気遅れしてしまう。
「別に礼を言われるようなことはしてないです。それよりも、すみませんでした。その、そっちのコミュニティのこと、いろいろ悪く言ったりして」
「いえ、それはお互い様です。ところで、もう一つお聞きしたいのですが」
「…なんすか」
「今回のギフトゲーム。元々、あなたが補佐をする予定はなかったのでは? 少なくとも、春日部嬢の中では」
「まあ、はい。今回のは、箱庭のギフトゲームの前提を利用した反則技でしたし」
「ですが、見たところ、あなたはこういうことに表だって出てきて目立とうとする人間には、どうしても見えなかったのですが」
「妹に言われたんですよ。こういう時、上の兄姉ってのは、妹に甘くなるものなんですよ」
恥ずかしそうに目を逸らして言う八幡に、ジャックは先ほどのゲーム中の彼との違いにおかしくなってしまう。
ジャックは今度は春日部に近づく。
耀は自分に対抗心をむき出しにするアーシャに苦笑しながら、どこか寂しそうな顔をしていた。
「今回のゲーム、あなたはどう思いましたか?」
「……八幡には悪いけど、私は自分の力で勝ちたかった。でも、私ひとりじゃ、きっと勝てなかった」
少し声を震わせる耀に、ジャックは優しげに言う。
「ギフトゲームにおいて、自身の力の不足というのは間々あることです。だからこそ、同士と共に協力するのです」
「でも、今回は八幡に任せっきりだった」
「いえ、そうとも言えません」
「……?」
ジャックの言葉の真意がわからず、耀は首を傾げる。
「今回彼が行ったのは、邪魔である敵側補佐の私の排除と私を利用しての最短ルートの確保。蓋を開けてみれば、彼は終始貴女がアーシャに勝つためのお膳立てしかしておらず、アーシャには一切手出しをしませんでした。彼のギフトがあれば、いくらでもアーシャを足止めできたというのにです。それは一重に貴女が自力でアーシャに勝てると信じ、貴女が自力で勝ちたいという想いを彼なりに慮ってのことでしょう」
そこで、耀は八幡の方を見る。
彼は傷こそ治っているが、服はジャックに吹き飛ばされた際にボロボロになってしまっていた。
八幡ならば、ギフトを使っていくらでも回避できただろうに、耀のことを思い、それをしなかったのだ。
耀は自分の中に温かいモノが染み込んでいくような、そんな不思議な感覚を覚える。
ジャックはそんな耀を優しげに見る。
「協調と一口でいっても、それらは多くの積み重ねによるものでしか実感できないものです。御若い貴女にはまだわからないでしょうけど………ああいや、どうにも説教臭い。カボチャだけに御節介な性分で! 貴女の様に物寂しい瞳の子供を見ると、一声掛けずにいられないのですよ」
ヤホホ!と笑った後に、「ですが…」と、ジャックは続ける。
「貴女には貴女のことを想ってくれる同士がいます。ですから、どうか悲観しないでください」
「うん。ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ、彼には多くを学ばせていただきました」
再び、ヤホホ!と笑うと、ジャックはアーシャについていく。
そして、耀はボロボロになった服を心配する八幡の方へと歩いていく。
「八幡!」
「この服どうすっかな。黒ウサギに頼んで別のを……って春日部か。えっと、その、悪かったな」
「え?」
まさか、謝られるとは思わなかったため、耀は戸惑ってしまう。
「えっと、八幡。どういうこと?」
「いや、そのなんつーか、小町に言われたといえ、勝手にお前のギフトゲームにでしゃばるような真似しちまったから……」
どうやら、彼は彼で勝手に耀の補佐役として出たことを気にしているらしい。
「ううん。八幡がいてくれたから私は勝てた。だから、ありがとう」
まさか、お礼を言われるとは思わなかったのか、八幡は意外そうな顔をすると、照れているのか耀から顔を逸らす。
その仕草を少し可愛いと感じつつも、耀もそれ以上は何も言わなかった。
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「まったく、あの男、相手の油断や驕りどころか、自身の弱さまで利用するとは、なんという横紙破りなゲームメイクを」
「まさか、迷路を破壊して攻略しようだなんて……」
「まぁ、兄は昔からそういうこと見つけるのは得意でしたから」
「ヤハハ! やっぱ、アイツはおもしろいな。ま、『白夜叉のゲーム盤は壊せない』って先入観も込みの作戦だったんだろうな。」
まさか、“ノーネーム”が勝つとは思わず、戸惑う者もいる観客席では、感心したり、呆れたり、苦笑したり、楽しそうにしたりと、それぞれがそれぞれの反応をしていた。
「とても見ごたえのあるいいゲームでした!」
サンドラも先ほどのゲームの興奮がまだ冷めないのか、とても楽しそうだった。
そこで、十六夜は視界に映るモノにふと、顔を上げる。
「おい、あれはなんだ?」
「なに!?」
十六夜の言葉に弾かれるように白夜叉が空を見上げると、空から黒い羊皮紙が無数に舞い落ちてきていた。
そして、誰かが叫ぶ。
「魔王が………魔王が現れたぞオオオォォォォ!!!」
遂に、魔王とのギフトゲームが始まる。
みなさん、どうしました?
え? 話が違う? 女子のお風呂はどうした?
そんなものありませんよ。たしかに、前回お風呂回とは言いましたが、お風呂回(in男湯)です。
というわけで、次回から魔王とのギフトゲーム。
魔王側も八幡の敵としてオリキャラが出ます。
といっても、初の対魔王ギフトゲーム。八幡は活躍できるのか、そもそも戦闘になるのか。こうご期待!
感想、評価、誤字訂正、ヒロインアンケート、よろしくお願いします。
それでは、次回『比企谷八幡 死す』でお会いしましょう。