機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS   作:後藤陸将

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年末年始ぐらいしか見ようと思うバラエティーがなく、さらに録りためたアニメを見る時間がなく……というわけで、思っていたより執筆時間が取れませんでした。しかも、これからまた忙しくなるので定期的な更新は難しそうです。
とりあえず、番外編はこのあたりで更新打ち止めにします。


そして穢れた聖杯も更新再開するつもりです。まさか12月末にアポが完結するとは思わず、急いで買いに行きました。
そして知ったアキレウスさんの宝具……なんですか、あれ?
予想と全く違う宝具だったので、穢れた聖杯のプロット書き直し!!
本当なら本編をもう一本書くつもりでしたが、穢れた聖杯プロット書き直しのせいで時間取れませんでした。



妻子持ちの忘年会~二次会~

 都内の某所で始まった妻子持ちたちの飲み会。

 帝国宇宙軍最強クラスの撃墜王(エース)に現役時代にはテストパイロットとして幾多の偉業をなしとげた伝説のパイロットが集まった飲み会は、その面子の豪華さとは裏腹に実に庶民的な話で盛り上がっていた。二件目のお店に突入し、アルコールが身体中に回って顔を少し赤らめた男達が酒の肴にしているのは、互いの家庭についての話だった。

 

「君達のところはどうなんだ?奥さんとは上手くやっていけているのかい?」

 巌谷に問いかけられたキラは、苦笑しながら答えた。

「ええ。結婚して5年になりますが、最近仕事で家に中々帰れない僕に代わって娘をしっかり育ててくれてます」

 キラはラクスとの間に長女を授かっていた。名前は瑞貴。今年で4歳になるラクスに似たおっとりとした女の子だ。

 一般にコーディネーター同士の婚姻によって子供が誕生する確率は非常に低いとされているが、それはコーディネーターの親から生まれた第二世代コーディネーターの婚姻の話に限定される。

 ラクスはこの第二世代コーディネーターに該当するが、キラは親がナチュラルである第一世代コーディネーターだ。第二世代同士の婚姻に比べれば、子供ができる確率は高い。また、キラ自身が普通のコーディネーターよりワンランク上の存在を目指して作られたということもあってか、第二世代コーディネーターに見られるような生殖能力の低下などは全くなかった。

 詳しく検査をしたところ、ラクスとキラとの間では第二世代コーディネーターとナチュラルの間の婚姻の場合とほぼ同じ確率で子供を授かることが可能だという診断された。生まれた子供もキラとラクスの能力を引き継いで特に異常もなく生まれてきた。

 ただ、キラはこの時、極秘裏に創設されていた軌道降下兵団(オービットダイバーズ)のメンバーと共に訓練の日々を送っていた。そのため、この半年ほどは一度も妻と娘が待つ家には帰れずにいた。幸いにも年末年始だけは休暇が取れたため、明日からは横浜に住む両親のところに娘を連れてゆっくりするつもりだ。

「中々娘に会えないのは辛いですけどね。だけど、ラクスがしっかり娘の教育はしてくれているらしいです。今年からは幼稚園にも通って友達もいっぱいできたそうですよ。こないだも幼稚園で書いたお父さんの絵を送ってきてくれて……」

 駄目だ、酒の入った親馬鹿の話が始まった以上、また地獄の時間が始まる。武は内心で頭を抱える。既に先の居酒屋で巌谷の親馬鹿話を聞いたばかりだ。二軒目でまた長々と親馬鹿話となると、精神的にダメージが大きすぎた。

 そもそも、娘を持つと親馬鹿の加速度が段違いだ。武も息子を持つ親の身であるが、娘を持つ同輩二人の親馬鹿度は自分の比ではない。やはり、男親にとっての娘というのは息子とは違うものがあるのだろうか?まぁ、それが理解できたところで親馬鹿トークには耐えられないことには代わりはないだろうが。

 結局のところ、自分も娘を授からない限りは分からないことなので、武はここで考えを打ち切ることにした。いつか娘ができたら、3倍にして親馬鹿トークを返してやると心に決めながら。

 

「ただ……一つだけ心配なことがあるんですよね」

 キラは視線を下に向け、憂鬱そうな表情を浮かべながら呟く。

「何が不安なんだ?ラクスさんはいい奥さんだし、いい母親をやっているそうじゃないか」

 大和家とは家族ぐるみの付き合いをしている武はキラの言葉に疑問符を浮かべる。確かに、かつてのラクスはお嬢様だったこともあり、その行動力はさておき家事能力は壊滅的なものであった。

 しかし、キラとの結婚を目前に控えた数ヶ月の間、彼女は煌武院家にて嫁入り修行を受けて掃除、洗濯、炊事などの能力を一般的な女性と比べても遜色ないほどに高めていたはずだ。初めての子育てということで当初は不安を抱えていたそうだが、母としては先輩であるキラの母や悠陽からもアドバイスをもらって精力的に育児に励んでいたらしい。そんな彼女のどこに不安を抱いているというのか?

「……ばれたのか?」

 巌谷が低い声でキラに尋ねた。しかし、キラは静かに首を振る。

 この問の中で巌谷が敢えてぼやかしていた主語は、『(ラクス)の身元が』というものだ。ラクスは前回の大戦中に日本に亡命し、その後日本国籍を得て今は民間人として暮らしている。しかし、数年前にもクラインの娘という立場などからテロ組織などに襲われたこともあって現在ではラクス・クラインであることを隠して生活している。

 髪は黒く染め、瞳にはカラーコンタクトをいれて外見上の特徴をなるべく隠して暮らしているため、普通に生活している以上は彼女の身元が周囲の人々にバレることはないはずだ。プラントで活躍中のラクス・クラインに似てると噂されることもあったが、あくまで似ている人レベルでしか噂されなかった。本物として彼女を名乗る偽者がプラントで活躍している以上、誰も彼女がまさかラクス・クライン本人だとは思わなかった(何より、プラントで活躍するラクス・クラインと比べればそのスタイルが違うことが一目瞭然だということが大きかった)。

 名前は敢えて変えなかったが、それはキラの伴侶である以上、ラクスを標的とするテロリストには名前を変えたぐらいでラクスの正体をごまかしきれないことを悟って開き直っていたからだ。

「ご近所で一度話題になったくらいですから大事はありませんよ。妻の身辺には護衛が密かに配置されているらしいですし」

 どうやら、彼女の正体絡みのやっかいな話はないようだ。数年前には旅客船ごとテロにあっというからその危険を心配してたのだが。しかし、それがらみでないとすれば、一体彼女のどこに不安を抱くのだろうか?武はますます深まる疑問に首を捻る。

「ばれてないってなら、不安ってのは何なんだ?」

 武が尋ねると、キラは静かに眼下の料理を指差した。

「実は、不安っていうのは、料理なんです」

「ちょっとまて、確かラクスさんの料理は煌武院邸での嫁入り修行で家庭に出せるレベルになったって聞いてるぞ」

 武は反論をする。

 確かに、かつてのラクスの料理は凄まじい不味さだった。流石にどこぞの高校のFクラスに所属する観察処分者の恋人のピンク髪のような薬品を使った毒物料理は作ったりはしなかったが、食材の使い方、チョイス、調理法の最悪コンボで極悪な味覚破壊兵器を製造していた。

 かつて彼女の父親であるシーゲル・クラインが彼女の料理をザフト宇宙軍で飢えを凌ぐために嫌々ながらに食べられている合成食材と比べ、食べられるだけ合成食材の方がマシだと評したことからも、その凶悪さは分かるだろう。

 また、その事実を知らずに初めてラクスの料理を食べたキラも武にこう漏らしていた。

『料理は愛だ!愛があればLOVE IS O.K.!!……って言えたらいいですね。僕には無理です。その場でエチケットタイムでした』

 簡単に言ってしまえば、彼女の料理はそんな愛のエ○ロンなゲロマズ料理だったというわけだ。天然物の食糧に乏しかったプラントという環境故か、はたまた彼女の天性のセンス故の事情なのかは分からないが。

 しかし、彼女の料理は5年前を境に変わったはずだ。飯マズな婚約者が怖いとキラに泣きつかれた武は、悠陽にラクスの花嫁修業をさせるように頼み、悠陽もそれを了承した。催眠を解除する療養を兼ねて煌武院邸においてラクスは煌武院家のスーパーメイドの指導のもとで嫁入り修行を行った。

 3ヶ月という短い間だったが、ひとまず一般的な家庭の主婦レベルの家事スキルをラクスは習得し、キラはテロ事件で負った怪我が治って宇宙に戻るまでの間は熱々の新婚家庭を満喫していたはずだ。当然、料理も一般的な主婦レベルにまで高められていたためにキラも新婚家庭に文句はなかったと聞いている。それが何故、今更問題になるのだろうか?

「まさか、昔みたいな愛のエプ○ンな料理にもどっちゃったってわけじゃないだろう」

「武くん、そんなに軽く言ってくれるなよ。もしそうだったら、キラ君だってもっと必死になっているさ」

 巌谷は慰めるようにキラの肩を軽くたたく。実は、彼の妻であるマリューもかつては劇物製作者であった。

 胃袋も強化されて一週間ぐらい賞味期限が切れた魚介類を食べても大丈夫な若いコーディネーターとは違い、抵抗力も中年のそれであった巌谷は、マリューの劇物手料理を彼女を傷つけまいと真実を隠しながら毎日食べて文字通り撃沈した。その時、巌谷は意識不明の重体となって救急病棟に担ぎ込まれ、胃洗浄を行うこととなった。そして、その手料理を作ったマリューは毒殺の容疑者として警察署で取り調べを受けたらしい。

 その後、巌谷は産休を取ったマリューを親交のある篁の家で過ごさせ、栴納に手料理を習わせていたそうだ。現在ではマリューも何とか子供に食べさせてもいい料理を作れるようになったらしい。

 因みに、武の嫁である悠陽はこのようなメシマズとは無縁の嫁だ。元々自分で料理を作ることは非常に珍しいが、稀につくる手料理は中々のものである。幼少期から手料理を作るような機会は全くなかったらしいが、彼女は武を手に入れるための一手として一般的な主婦に必要とされるスキルも一通りマスターしたらしい。超激戦区の白銀武争奪戦に一人勝ちした煌武院家の当主には全く隙がなかった。

「大丈夫です。今のラクスの料理は食べられますし、美味しい料理ですよ」

「なら、別にいいじゃないか。一体何が不満なんだ?」

 巌谷に尋ねられたキラはビールを一杯煽ってから話を続ける。酔わなければ話せない話のようだ。二軒目なのでもう既にそこそこにアルコールが回っているはずなのだが、流石スーパーコーディネーター。肝臓のコーディネートも抜かりはないらしい。

「実は、ラクスは最近変な料理人のレシピに嵌ったらしくって、その料理人の料理ばっかり作るようになったらしいんです。僕も、今日帰って昼ごはんを食べているときに知ったんですけどね」

「……民族料理とかか?それとも、あの秦山の麻婆豆腐の類か?ひょっとして発酵食品に嵌ったとかじゃないだろうな?」

「どれも違いますよ。普通に美味しいですし、見た目も悪くないし臭いも普通ですから」

「じゃあ、何が不満なんだよ、だから」

 キラは溜息を一つ吐くと、ポツリポツリと呟きはじめた。

「パルミジャーノチーズ……グリエールチーズ……ズッキーニ」

 キラが突然呟き始めた食材の名前に武は首を傾げる。一般家庭には珍しいものだが、別に高級品というわけでも、ゲテモノだったり入手困難品というわけでもない。少し探せば調達できる代物だ。

「ペコロス、ナツメグ、ピンクペッパー、ルッコラ、ロメインレタス、万願寺唐辛子、伏見唐辛子、ローズマリー」

 ちょっと分からない食材もある。しかし、これが一体何だというのだろう?

「オレガノ、セージ、カッペリーノ、エメンタールチーズ、タイム、アボカド、チャイブ、八角、タイ米、ショウコウシュ……」

 まだキラの口は止まらない。

「テンメンジャン、コリアンダー、ポルチーニ、アンチョビ、ベビーリーフ、ローリエ、エシャロット……これが我が家に常備されている食材です」

 かなり珍しい種類の食材まで揃えられている。イタリア人でもこれほどそろえているだろうか?

「ラクスさんって凝り性なんだな。物凄い数の食材を扱っているみたいだし」

「……それが、それだけの食材を使って凝って作っているのが男くさい料理なんです」

 食材に物凄く凝った女性が全力で作る男料理……何とも感想を言い難いと武は思った。酒で滑りがよくなっている舌からも何も出てこない。

「調理風景を見たんですが、一つまみどころか大匙2杯くらいありそうなぐらいの量の塩コショウを上からファサーってフライパンに振りかけるんですよ。本当にファサーって!!しかも物凄い高さから!!」

 塩コショウ過多。大雑把なのか?ラクスさんの性格には合わないと武は感じていた。

「そのくせして包丁さばきとか、料理の手間のかけ方のかは凄い細かいんです!!そこ細かくするなら、塩コショウの分量くらい気を使って!!」

 次第にキラの独白は愚痴になっていく。

「オリーブオイルでマリネしてからオリーブオイルで揚げるわ、オリーブオイルで炒めてからオリーブオイルをかけるわ、仕舞いにはオリーブオイルで揚げた後に、追いオリーブオイルをするわ!!おかしいでしょう!?」

 武はデジャヴを感じる。あれ?こんな風な料理を作る視聴者のリクエストをガン無視する料理番組を知っているような気がする。

「娘さんが成人病にならないか非常に心配だな……」

「娘はオリーブオイルの臭いが嫌いらしいので、ラクスはいつも娘の料理は別で作っているみたいですよ。何でも、ラクスが食べる方の料理は朝作りたくなる簡単レシピらしいんで、両方料理してもあまり手間はかからないらしいです。娘の食事は基本和食みたいで、ヘルシーでしたよ」

 そりゃあそんだけオリーブオイル毎日使っていれば臭いが嫌いにもなるはずである。

「僕はどうすればいいんでしょう?……妻の手料理が食べられるんだけど、好きになっちゃいけないと警告する自分も僕の中にいるんです。不味い料理を作っているわけでもないし、僕の趣味趣向を押し付けるのもどうかと思いますし……」

 おそらく、日本に来て料理の腕前そのものは一般的な主婦を上回る水準にまで向上したのだろう。しかし、プラントで生まれ育ち、不味い合成食糧に育まれた彼女の味覚は煌武院家のスーパーメイドによる教育でも矯正しきれなかったのだろう。そして、キラにとっては不幸なことに彼女は自身の味覚に会う血潮にオリーブオイルが流れる料理人の料理に出会ってしまったのだ。

 戦前のプラントの食育の業の根深さを感じ、武は戦慄した。そして、ザフトが世界を征服しなくて本当に善かったと思っていた。

 しかし、愛のエプ○ンを卒業したら、MOCO’Sキ○チン……キラの食運はどうやらどん底にあるらしい。強く妻を非難できないキラにも責任はあると思うが。

「……放っておけば娘の味覚もおそろしいことになるぞ。キラ君、君が本当に家族のことを思っているのなら、正直にラクスさんに言うべきだろう。遠慮してばかりいるのが夫婦ではない。時には意見をぶつけ合わなければいけないんだ」

 嫁の尻に敷かれてる巌谷が言っても説得力がないなぁと武は思った。まぁ、彼も人のことはあまり強く言えないが。

「言い辛いですけど、やっぱり言うしかないですか……婉曲的に言うしかないかなぁ……」

「直接的に言うべきだ。下手に隠すと、取り返しのつかないことになるぞ。俺のように」

 嫁の劇物を食べて死に掛けた巌谷が言うと、こっちは説得力はあると武は思った。

 

 しかし、キラとラクスの話し合いが如何なる結果に終わろうともしばらくはキラの家の食卓にはお呼ばれしても絶対に行かないことを武は心の中で誓った。

 彼女のセンスでは、ラクススペシャルなる紫色の複雑怪奇な味をした微妙なスープが出てきてもおかしくないと思ったからである。




ラクスの味覚は治りませんでしたとさ。残念無念。

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