機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS   作:後藤陸将

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ギリギリ年内に間に合った……皆様、よいお年を。


妻子持ちの忘年会

 C.E.78 12月26日 大日本帝国 東京

 

 東京の下町に大勢の客でにぎわう一件の居酒屋があった。建物のつくりは古く、どことなく情緒を感じさせる佇まいだ。店からは時折笑い声が漏れ聞こえてくる。

 そして、その店の暖簾をくぐり、3人の男達が入店してきた。3人の男は皆鍛え抜かれた身体をしており、その引き締まった肉体は彼らの身に纏う雰囲気と相まって、彼らが一般人でないことを周囲の人間に気づかせていた。

 ちょうど年末ということもあり、店の中ではこの日が仕事納めというサラリーマンやOLが何組も飲みはじめていた。宴は盛り上がり、既にできあがっている人間も少なからずいたのだが、3人の男が入店すると同時に女性たちの視線は先ほど入店した男達のもとに自然と集まっていた。

 宴の最中にチラチラと別の方向に視線を向ける女性達の仕草に気づいたのか、周囲の男性たちの視線も女性たちの視線を追うように自然に3人の男のもとに集まっていく。そして、男達は何故女性の視線が先ほど入店した男達のもとに集まっていくのか気づいた。

 端的に言えば、3人の男達は皆イケメンだったのである。共通してスポーツマンとでも見間違うほどに鍛えられた長身の肉体を持ち、それぞれが女性をひきつける魅力を持っていた。

 一番若い茶髪の男は、アメジストのような瞳と柔らかな表情、細くそれでいて引き締まった長身の身体を持ち合わせており、海外のファッションモデルも顔負けの美貌である。

 黒髪の男は、端正な顔立ちに少し落ち着きのある態度、そして服の上からもわかるほどに鍛え上げられた肉体を持っていた。会社で言えば頼れる年上の中堅社員ような、憧れを抱かせる男だった。

 最後、壮年の男は一言で言えばナイスミドルだった。思慮深げな態度、前述の若い二人と比べても遜色のないほどに鍛え上げられた肉体、そして若い二人にはない人生の詫びさびを知る渋みが感じられるかっこいいおじさんだ。

 ただ、3人の中で唯一左手薬指に結婚指輪をしていることもあって彼に視線を惹き付けられた女性は溜息をつき、少し熱意が冷めたようだった。また、横顔からも分かる大きな傷跡を見てヤのつく自由業の人ではないかと恐れて視線を逸らした女性もいた。

 3人組が意図したものではないかもしれないが、折角の飲み会ということで好みの女性の気を惹こうという下心が多少なりともあった男達は、難なく女性の視線を釘付けにするイケメン3人衆を呪わずにはいられなかった。

 特に、クリスマスまでに恋人を得ることができず、寂しいクリスマスを過ごしたばかりの男は、つい先日まで味わっていた悲愴感を再び味わうこととなり、心の中で怨嗟の声をあげていた。

 

 

「……視線を感じますね」

 イケメン3人衆の中で最も若い茶髪の男がボソリと言った一言に、壮年の男が苦笑する。

「仕方ないだろう。武君もキラ君もまだ若いし、女性から熱い視線を送られることもある。それに、女性に情熱的な視線を向けられるのも悪くはないだろう?若いうちの特権だから存分に楽しむといい」

 今日はプライベートということもあり、互いに階級はつけずに呼び合うことにしている。妻同士も懇意であるし、彼ら自身よく職場で会う仲なので、遠慮は無用ということだ。

「いや、巌谷さんにも視線は集まっていると思いますよ?僕達だけではなく」

「否定はしないでおこう。しかし、君達よりは俺に向く視線は熱が冷めているはずだ。こいつがあるしな」

 そう言って巌谷は薬指に指輪を嵌めた左手を翳す。

「流石に、既婚のおっさんにそこまで熱い視線は集まらんよ」

「僕もつけてくればよかった……」

「諦めろ、キラ。視線を感じるのはどこの基地でも同じだろうが」

 隣に座る黒髪の男がキラの肩をポンと叩く。その顔には諦めが感じ取れる。

「武さん。でも、僕ら妻帯者ですよ」

「女性と意図して過剰なコミュニケーションを取らなければいいんだ」

 武とキラは帝国有数のパイロットであり、MSに乗る機会は事欠かない。また、非常脱出に備えた訓練や、MSでの近接戦闘時の体捌きの訓練なども抱えているため、指輪が原因で怪我をしたり、訓練中に指輪が破損する可能性があるため、武もキラも基本的に指輪は外している。

 せめてプライベートな時ぐらいは指輪をつけて欲しいと妻達は頼むのだが、武は基本的に常在戦場の心構えのため、万が一の時に指輪を外す暇もなく出撃を強いられることを危惧して妻の言い分を跳ね除けている。例外は結婚記念日ぐらいしかないだろう。ただ、その代わり武は公私を問わず常に妻からもらった守り刀を傍に置いている。

 武もキラも、現在では部下の模範であるべき立場なので、うっかりで指輪を外し忘れていたなどという事態はなるべく避けたかったし、指輪を壊すようなことになればもっと恐ろしいことになると考えていたということもあるが。

 既に年齢的な問題でパイロットを辞めて開発局に詰めている今の巌谷はこの点、あまり二人のようなことを気にする必要がないので、堂々と指輪を嵌めていられるのである。

 

「でも、女性の影が少しでも見えると、その夜はラクスの前で説明会ですよ?僕は……」

「俺もだ。女性の香水の臭いでもついていた日には子供達が寝静まってからずっと土下座だからなぁ」

 キラと武は軍の中でも女性からの人気は高い。ヤキンドゥーエ戦役の英雄、帝国宇宙軍屈指の撃墜王(エース)という冠だけではなく、軍人としての優れた立ち振る舞い、そして女性を魅了する容貌となると、妻帯者であると知られているのにも関わらず女性から興味や憧れを抱かれるのも無理もないことかもしれない。

 二人とも既に結婚してから数年が経ったが、「愛人でいいから」「一晩だけでいいから」と言い寄ってくる女性や、香水や化粧をしてさりげなくアピールしてくる女性も軍の内部、外部問わず未だに絶えない。

 キラはその点では生来の生真面目な性格もあって彼女たちのアプローチに頬を赤らめることはあっても、本気で心がぐらついたことは……数回しかない。キラは妻ラクスのような貧に……ゲフンゲフン、スレンダーな女性よりも、フレイのような凹凸ある……ゲフンゲフン、スタイルのいい女性が好みというわけではない。ただ、若く健全な男として妻が持たざるふくよかな胸に思うところがないわけではなかったのである。

 数年前、キラは妻と子供を置いての長期任務中に一度だけ、酒の力も合わさったことで一度だけ男の本能からなる誘惑に負けてしまい、数ヶ月の間通いつめて馴染みになっていた酒場の給仕のお姉さんと一夜を過ごしたことがあった。

 幸いにも、その夜のお相手はキラの立場にも配慮し、キラとの関係は一夜限りのいい夢だったと割り切れるあっけらかんとした女性であったため、彼女との関係は一夜限りのもので終わり、その後は何事もなかったかのように客と給仕の関係に戻っている。

 因みにこの事件、最終的にはキラの妻であるラクスの手によって曝かれていた。ラクス自身も平行世界では世界を掌握したほどの女傑であり、当然この世界でも同じ資質を持っていた。

 世界を掌握した女帝の勘と洞察力を誤魔化せるほどの交渉人の素質はキラには全くと言っていいほどない。あの一夜のことに罪悪感を抱いていたこともあり、ラクスの鎌かけで動揺を顕にしてしまう。ラクスに完全に不貞を見抜かれたキラは、基本的に妻に一途で頭が上がらないこともあって、数分の尋問で全てをゲロってしまった。

 そして、その日、子供達が寝静まったキラの家に世界を滅ぼす修羅が爆誕した。全てが曝かれた翌日のキラは精神も肉体も完全に干からびていたらしい。その夜に何が起こったのかキラは誰にも語ろうとはしなかった。

 ただ、キラに独身時代の女遊びについて色々と吹き込んで間接的に彼を一夜の過ちに唆した張本人である武にだけ、キラは少しだけその日にラクスが放った言葉について語っている。

 曰く「今度私以外の女性と関係を持った日には、私はアスランと寝ます」だそうだ。

 元婚約者であり親友だった男と寝るという宣言を聞かされたキラが戦慄したという。それからというものの、キラはラクス以外の女性に対する欲求をほぼ失ったらしい。

 

 一方、武は本音を言えば英雄色を好むを地でいきたがるタイプの男である。世界を超えてまで継承した恋愛原子核の力は伊達ではない。本来ならば大西洋連邦随一の墜とした女の数(撃墜数)を誇るエンデュミオンの鷹をも凌駕する撃墜王(女誑し)の資質があるのだ。

 因果情報を得た高校3年の10月以前の武はただの朴念仁で、周囲の女性にも心の準備ができていなかったために本気で武に対する告白をするものおらず、10月以降も人が変わったかのように一心にパイロットへの道を目指す姿に違和感を覚えた周囲の女性たちは告白を躊躇い、そのまま武は女性と縁のないまま高校は卒業していた。

 因果から幾多のループでの女性経験の生々しい記憶を得た武は、何人もの女性の身体を知り、複数の女性と同時に関係を持つことへの忌避感も薄れていたこともあって基本的に女性からの誘いは断らないことにしていた。元々積極的にアプローチされない限りは女性に欲求を抱かない性格だったこともあり、日常では女性を性的な目で見ることはなかったが。

 実際に武は宇宙軍ですぐにMAパイロットとしての頭角を顕し、生来の原子核の性質も相まって同僚や基地の女子職員にももてていたため、軍人として、独身の男としての節度を守りつつもそこそこに奔放な夜を過ごしていた。

 つまり、積極的に女性を求める程に女性に飢えていたわけでもなく、自分から女性にアプローチすることはなかった。しかし、一度なら付き合っていいと思った女性からのアプローチは断らず、据え膳喰わぬは男の恥という言葉の通りに過ごしていたのがこのころの武だろう。

 ただ、武はこのころは女性との本気の恋愛は考えていなかった。幾多のループの経験から真に美しい、愛らしいと思える女性たちを知っていたため、本気の恋愛に対して女性に求めるハードルが非常に高くなっていたのだ。

 実際、関係を持った女性たちも彼の一番にはなれないことを悟って長くて一月ほどで別れを切り出していたため、殆どの女性とは長続きしなかった。別れた後は関係はすっぱり絶っている。

 そんな攻略が難しい要塞と化していた武を如何にして悠陽が墜としたのか、その事実は当人たち以外では武の恩師である香月夕呼博士しか知らない。ここではその仔細は語らないが、いつか誰かの口から語られることもあるだろう。

 しかし、悠陽と婚約した後、武は女遊びをすっぱりやめた。軍では旧姓を使っているが、公式には皇族とも薄からぬ血の繋がりを持つ名門華族、煌武院家に婿入りした立場だ。当然、世間体というものがある。『名門華族の婿養子の夜の性活(ハーレム)』などという記事を週刊誌にでも書かれたら大惨事だ。

 戦後、悠陽と結婚した後も武に言い寄ってくる女性は事欠かないどころか『大日本帝国一の撃墜王(エース)』の名声もあってさらに増加していたが、武は「妻子がいる」の一言で女性からのアプローチを断り続けていた。

 世界を超える愛の力を知るゆえに、武は一度本気で愛したならば何があろうとそれを裏切ることはできなかったのである。

 ただ、妻に一途になった今でも女遊びをしていた当時の話は飲み会の席で赤裸々に話す。過去のことであるし、引きずっているものは何一つないからだ。英雄の肩書きの前に恐縮している新しい部下や同僚との距離を縮めるために武はこの手の話を積極的に利用していた。

 武自身はキラのように英雄の語る生々しい話に影響される若者が多数女遊びに走っていることは知っていたが、若いうちにはそんな衝動もあるだろうと軽く考えている。キラを唆した自覚は彼には薄かった。

 

「芋焼酎に軟骨のから揚げです!!」

 武たちが座る席に料理が届く。しかし、店オリジナルデザインの前掛けをかけた高校生ぐらいのロングヘアーの少女がテーブルに置く料理には、注文したはずのない枝豆の盛りが追加されていた。

「店員さん。僕達は枝豆は注文していないんですけど?」

「サ……サービスです!!」

 キラに話しかけられた給仕の女性は顔を赤らめながら答える。

「あ、ありがとう……」

「いえ!!とんでもないでしゅ!!」

 武に礼を言われ、少女は耳まで真っ赤になり、返答に噛みながら逃げるように厨房へと引っ込んでいった。

「初心な子だなぁ。唯依ちゃんを思い出すよ」

 巌谷は他人事のように枝豆をつまみながら言った。

「巌谷さんは篁少佐とはお父さんの代からの付き合いでしたよね?」

「武さんの言う通りなら、巌谷さんの言う篁少佐って何年前の話です?あの凛々しい人にあんな初々しいころがあったんですか?」

「なーに、唯依ちゃんも軍に入るまではあんな子だったぞ」

 巌谷は楽しそうに笑う。

「あのころの唯依ちゃんは生真面目すぎて融通がきかないから、からかいがいがあったなぁ。生まれたころの話とかをすると、顔を真っ赤にして『巌谷のおじさま~』なんて恨めしげにこっちを涙目になって上目遣いで見るんだよ」

 想像できないと言いたげな視線をキラは武に向ける。視線を向けられた武も何も言わず、同感だと言わんばかりに首を縦に振った。

「じゃあ、巌谷さんところのお子さんはどうなんです?確かもう6歳でしたっけ?」

「昔の唯依ちゃんに負けず劣らず可愛い子だぞ~うちの美咲ちゃんは!!」

 そしてここからは巌谷の親馬鹿トークの時間である。昔から実の娘のように可愛がっていた唯依のトークをすると長かったが、自分の実の娘の話になると、その1.5倍は長くなっていると武は感じていた。

 

「ただ、最近は嫁の方がなぁ……」

「マリューさんがどうかしたんですか?」

 巌谷の嫁となった女性の名は旧姓マリュー・ラミアス。前回の大戦時には八面六臂の活躍をしたアークエンジェルの艦長である。

 MSの開発局に勤める巌谷は、ヘリオポリスでMS開発に携わっていた経歴を買われてMS開発局に出向していたマリューと知り合い、自然と惹かれあっていった。そして大戦後には結婚して、長女の美咲を授かって幸せな家庭を築いていた。

 現在、彼の妻であるマリューは育児のために休職中だが、娘が小学生にあがったら軍に復帰し、定時には帰れる内職勤務に着く予定となっているらしい。

「実は、最近娘がアニメに熱中して、家でもよくそのアニメに出てくる美少女戦士のステッキのおもちゃをかざして遊んでいるんだ。マリューも娘に付き合って遊んでくれているみたいだ。それだけなら問題はないんだが……娘が撮ってきたこの動画を見てくれ」

 そう言うと、巌谷はポケットから携帯端末を取り出して何かの映像を再生して画面を武たちに見せた。

『水星に代わって、頭を冷やしてあげる!!』

『水の星! 水星を守護にもつ知の戦士! セーラー○ーキュリー参上!!』

 その映像に写っていたのは、変身アイテムのおもちゃらしきペンをかざしている水色のセーラー服を着た女の子の姿だった。その年頃の女の子らしい仕草のどこに問題があるのだろうかと武は首を傾げるが、その時女の子の後ろから女性が出てきた。

『愛と正義の、セーラー服美少女戦士、セーラー○ーン!!』

『月に代わって、お仕置きよ!!』

 その映像に写っていたのは、年甲斐もなくセーラー服を着込んだスタイル抜群の女性――巌谷の妻、マリューの姿だった。変身のポーズのキレも娘よりもよく、どこか慣れているような感じがする。

 三十路を過ぎた女性が美少女戦士のコスプレをしている姿は……正直なところとても痛いと武は思っていた。だが、声はそっくりだし、あのスタイルだ。これはこれで別なところで需要がありそうな気がするとどこかズレたことも考えていた。

「娘につきそって変身ごっこくらいならいいんだが……本格的な変身アイテムまで自作して、声まで完璧に真似ているみたいなんだ。いや、娘と仲睦まじくやっていることはいい。だが、ここまでノリノリで、衣装を自作する入れ込みようを見ると、そっちの趣味に目覚めたんじゃないかって不安になるんだ……」

 巌谷はお猪口を煽り、深く溜息をついた。

 武は何ともいえない表情を浮かべて、巌谷のお猪口に酒を注ぐ。キラは気を利かせて追加でつまみの注文をした。

 

 だが、まだ飲み会は始まったばかりである。いや、寧ろここからが本番である。これから、男達は夫婦生活の不満、惚気を数時間の間語り続けていくこととなる。




飲み会はまだまだ続きます。後、1~2話で完結する予定です。




大和の続編は、大和が本編に登場した後に投稿します。打ち切りではありません。

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