機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS   作:後藤陸将

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こういうシーン書くの難しすぎる……
同じ文量でもオッサンのややこしい話の方が倍は早く執筆が進むのに……


やはりアスランの青春ラブコメは腹が立つ

C.E.71 10月1日 ディセンベル ザラ邸

 

 パトリック・ザラは数ヶ月ぶりにディセンベル市にある自宅への帰宅の途についていた。ただし、その周囲には物々しいほどの護衛がついていた。そしてその護衛はザフトの赤や緑の軍服ではなく、大日本帝国宇宙軍の軍服を纏っていた。

 

 

 カナーバとデュランダルによるクーデターと降伏宣言の後、彼の身柄は地球連合軍の預かりとなっていた。正確に言えば彼は大日本帝国軍の預かりとなっていたのだが、これには勿論理由がある。パトリック・ザラと彼が率いるプラントは自治権を巡り戦前から理事国と激しく対立していた。

その理事国とは東アジア共和国、大西洋連邦、ユーラシア連邦の3カ国である。これから裁判を開くにあたり、この3カ国の何れかが彼の身柄を拘束していれば、法廷にて他の理事国に不利になる証言を強要させかねないと彼らは危惧した。もしもそのような主張をされれば、プラント利権の分配にも支障をきたしかねない。

そこでユーラシア連邦と大西洋連邦は妥協策として大日本帝国側が身柄を押さえることを提案。大日本帝国と犬猿の仲である東アジア共和国は強く抗議するが、この場ですぐに用意できる代替案もないため、半ば押し切られる形となり渋々同意した。

 

 現在、プラントを占領下においた地球連合軍は裁判に向けての資料集めや参考人聴取などの真っ最中だ。勿論、パトリック・ザラは最重要参考人だ。しかし、裁判にむけて把握すべき資料も膨大であり、彼に対して聴取すべきことすらも整理しきれない状況にあった。

そこで大日本帝国は拘留中のパトリック・ザラの一時帰宅を了承した。裁判の資料の整理が終わるまでは文字通りただ拘留を続けるだけとなり、彼の精神も必要以上に追い詰めかねないと判断したためである。

無論、ただで開放するというわけではない。彼の邸宅の周囲には警護部隊を派遣し、彼の邸宅からは自決に使えそうな拳銃の類は全て没収、彼の腕にはその生命活動を常にチェックできる計測装置を内蔵した腕輪が装着されている。また、屋敷と外界との通信手段の類も全て没収している。

パトリックは文字通り自宅軟禁というべき状態になろうとしているのだが、本人はそれを全く気にしている様子は無い。むしろ、ようやく窮屈な牢から開放されるとあって清清しい表情だ。

 

 

「閣下。着きました」

若い日本兵に付き添われてパトリックは送迎に使われた装甲車から降りる。元ザフトのお膝元ということもあって、ディセンベルには他の市以上に武器弾薬が保管されており、それらが流出した可能性を危惧した日本軍は警備に万全の体制を敷いたのだ。

 

 パトリックは数ヶ月ぶりに我が家に戻ってきた。ここ数ヶ月は戦局の悪化などもあり、ほとんど議長府で生活していたため、帰宅できなかったのである。扉を開けるとともに懐かしい我が家の空気を感じた。

パトリックはふと、もう戻れない昔の姿を幻視する。自治権の獲得を求め精力的に活動していた頃、深夜にへとへとになって我が家に戻っても、最愛の妻は玄関で暖かく彼を迎えてくれた。しかし、もう妻は迎えてくれない。彼女はここにいないのだから。

 

 

「おかえりなさい、父上」

久しぶりの帰宅で少し思いに耽っていたパトリックは息子の声で我に帰る。

玄関で自分を出迎えた息子は最後にあった時と比べて遥かに成長していた。その瞳からは歴戦の戦士の凄みが滲み出ており、強靭な意志もそこから垣間見える。過酷な戦場が息子を育てたのだと思うと、感慨深いものがある。

 

 ふと、パトリックは奇妙な感覚を覚えた。

おかしい。この家は自分の家であり、その住人は今帰宅した自分と入院中の妻、そして一人息子のアスランだけだったはずだ。それでは今アスランの隣にいる女性は誰なのだろうか。

 

「初めまして、お義父様。私はアナスタシア・ビャーチェノワと申します」

パトリックはアスランの隣で柔らかな笑みを浮かべる銀髪の美少女の告白に再度思考を停止させた。

 

 

 

「あの……父上?」

呆然としている父にアスランは恐る恐る話しかける。ややあってパトリックも正気に戻ったのか、視線を銀髪の少女から自身の息子に戻し、口を開いた。

「……床に座れ、アスラン」

「はっ!?……父」

「正座だ」

「……はい」

まず、パトリックはアスランから事情を聞くことにした。いきなり可愛らしい女性を連れ込んでいることに対しては人の親として思うところがあるのか、多少アスランへの態度は厳しいが。

「ああ、アナスタシアさん。貴女は座らなくてもいい。これは私達親子の問題だからな」

アスランの隣に座ろうとしていたアナスタシアに声をかけ、パトリックは正座している息子に改めて顔を向けた。

「何があったのかを最初から説明してもらおうか」

 

 

 

 

 

 

「……というわけで、俺とアナスタシアはトゥモローから逃亡したんです」

アスランは居間の床に正座しながら自身の父親であるパトリックにアナスタシアをこの家まで連れ込んだいきさつを説明しているところであった。

そろそろ正座が辛くなってきて体が僅かに震えだしているが、パトリックはアスランに足を崩す許可を与えるつもりはない。まぁ、久々に帰宅してみれば息子が女を自宅に連れ込んでいたとなったらまともな親であれば多少厳しい目を向けることはおかしくはないだろう。

「……それで貴様はアナスタシアさんを連れて駆け落ちしたというわけか」

パトリックは半ば呆れた表情を浮かべる。彼もまさか息子が戦争中に駆け落ちをするとは思いもよらなかったらしい。

「違いますよ!!あの時の俺はただ彼女を護りたかったわけであって」

「……彼女に私を御義父さんと呼ばせておいて尚言い逃れようとするか。……恥を知れ、馬鹿息子」

傍目には愛の逃避行にしか見えない行動をし、更に救った女性と仲睦まじくしておいて、あの時には恋心が無かったなどと堂々と宣言したところで信憑性は薄い。ここは嘘でも彼女に惚れていたから救おうとしたということぐらい言っておくべき場面だろう。

 

 我が息子は親に結婚の報告をする気が本当にあるのだろうか?

パトリックは息子の育て方を間違ったかもしれないと猛省していたが、このままでは話は進まない。しかたなく頭を切り替え、アスランに話を進めるように促した。

「……それで、トゥモローから逃避行したお前はどうして彼女と婚約してこの家に連れ込むことになったのだ?」

アスランは足の震えを我慢しながら口を開く。

「はい……実はその後……」

 

 

 

 

 

 

 

 アナスタシアを連れて愛の逃避行をしたアスランは自身の母艦、エターナル級3番艦フューチャーに帰艦した。当然、浮いた噂の無かったアスランが女性を連れ込んだということでクルーたちは散々彼を弄ったが、アスランはむしろそのことを周知の事実とすることで彼女が母艦を離れてこの艦に乗ることを周囲に認めさせた。

 

 その後、ザフトは総司令部の降伏宣言を受けて全軍の戦闘停止を命令。そして彼らに母港に一時帰港することを命令した。実はこの時トゥモローのシュライバー艦長はザフト総司令部に対し、脱走したMSパイロットが他の艦にいるので連れ戻すように命令して欲しいと伝えていたのだが、降伏後の混乱で正式に受理されることはなかった。

当時の総司令部は現在展開している戦力の速やかな武装解除と兵の復員に追われてそんなことに気をとめていられなかったのである。シュライバーは総司令部に全く動きがないことに焦り、自身の後ろ盾にあった高官に連絡をするも時は既に遅し。

ザフトは降伏文書に署名し、全軍の武装解除が開始されてザフトという義勇軍組織は改組されて軍人の復員除隊管理組織へとその役割を変えていた。そのために戦闘員への異動命令や出頭命令は出せなくなっていたのである。

そしてアスランとアナスタシアはディセンベルの軍港に帰港後、終戦時まで一戦闘員に過ぎなかったということもあって速やかにフューチャーより退艦。そのまま簡単な手続きを経て除隊した。

ここでシュライバーら人造ESP計画に関与している派閥がアナスタシアの身柄を押さえることも不可能ではなかったのだが、ディセンベルが日本の管轄化におかれたこともあり、ここで動いて計画のことを日本に感知されることを恐れ、結局は実行されなかった。

既に研究成果は東アジア共和国に売り渡すことが決定しており、これが日本にも流出すれば東アジア共和国への手土産となる計画の価値が減ってしまう。それを避けることを彼らは優先したのだ。

アナスタシアから計画の一端が漏れる可能性があったが、彼女には記憶の操作がされているのでトゥモローに計画に関するものがあるということぐらいしか流出し得ないとシュライバーの後ろ盾は判断していた。そのために彼女は口封じをされることもなく、アスランと共に何の問題も無く除隊できたのであった。

 

 元々計画のために生み出された存在であるアナスタシアにはザフトという組織から離れても還る場所はない。除隊というのは文字通り放り出されるようなものである。

アナスタシアは知らないことであったが、終戦まで生き残った彼女の姉妹も東アジア共和国に売り渡されるか殺処分、または娼館に売却といった悲惨な運命しか待っていなかった。それに比べれば彼女は姉妹の中で最も幸せであったといっても過言ではない。アスランはあの傍目からは恥ずかしい宣言の通りに彼女を護り抜いたのだから。

 

 アスランは身寄りのない彼女を連れてディセンベル市内にある自宅へと戻り、それから彼女と二人で生活を始めた。この家には本来アスランを含めて3人の住人がいたのだが、その一人であるアスランの父は戦争犯罪者としてディセンベル市内の施設に拘留中、アスランの母は意識不明のままフェブラリウスの病院に入院中だったため、アスランとアナスタシア以外の住人はいなかった。

二人での生活をはじめたものの、初めのうちはトラブルの連続であった。なんせアナスタシアは一般常識に関する教育を受けてはいない。元々彼女達は兵器として製造されたのだから当然のことではあるのだが。

掃除、洗濯、料理。全てアスランが教えた。最初は全てアスランがやるつもりだったが、ただ飯ぐらいをよしとしないアナスタシアはアスランから家事のイロハを教わることにしたのである。

初めの内は上手くいかずに物を壊したりすることもあったが、めげずに続けていたこともあってアナスタシアの家事スキルは着実に向上していった。料理だけはいまだ及第点には至らないが、それでも掃除や洗濯は最低限の水準になっていた。

 

 しかし、軍から除隊した後の彼らの生活は順風満帆というわけにはいかなかった。アスランの父親はザフトのトップであるパトリックだ。大衆はこの戦争における敗戦の責任者、ひいては現在のプラントの苦境をもたらした張本人としてパトリックを批判しており、その謗りは息子であるアスランにも降りかかった。

アスランが街に出ると、国を滅ぼした愚か者のドラ息子、日本との開戦を誘発した戦犯などとと罵られ、露骨な嫌悪を向けられた。売店の売り子さえも露骨に無視をしたり嫌がらせをする始末だ。街で謂れの無い理由で集団リンチを受けたこともある。幸い治安維持の名目で進駐していた日本軍が迅速に駆けつけたためにアスランはたいした怪我もせずにすんだのであるが。

ここディセンベルはザフト軍の教育施設や軍政施設、軍港などが集中していたこともあり、居住区にはザフト軍の関係者が多く居住していた。そのためにザフトに敗北をもたらしたとされるパトリックを感情的にも許すことができない者も多いのだ。

 

 買い物に出るたびに憔悴し、大なり小なり傷を負って帰ってくるアスランのことを心配したアナスタシアは決して理由を話さないアスランの態度に業をにやして遂には共に買い物に行くと言い張るようになる。アスランは彼女を危険に曝さないたまにひたすら治安が悪化しているということを理由に彼女と共に外出することを拒み続けた。

しかし、アナスタシアはESP能力者だ。リーディングを使えばアスランの嘘程度見破ることは造作もないことである。ただ、同時にその嘘が自分を想うが故の嘘であることもアナスタシアは見破っていた。

そしてある日アナスタシアは買い物にでかけたアスランを追って家を出た。そこで彼女が見たのは謂れの無い誹謗中傷と侮蔑を浴びせられるアスランの姿だった。アスランが道端で暴力を振るわれた時にはつい駆け寄りそうになったが、アスランの心中をリーディングで察してその足を止めた。

 

 そのとき彼女が感じたのは尊敬する父を侮辱された悔しさ、怒り、そしてその感情を必死に押さえ込もうとする葛藤だった。

もしもここで彼が暴れれば、プラントを滅ぼした議長の息子だけあってやはり感情に任せて暴れまわる馬鹿息子だと吹聴することになってしまう。アスランには自分から偉大な父を貶めるような真似だけはできなかった。

ここで自分が止めに入ったとしてもアスランは喜びはしないだろう。父の名誉のために周囲の中傷に耐え続けることがアスランにとっての何よりの云われ無き暴力への抵抗であると彼女は察していたためである。

結局アナスタシアはアスランを影から彼を見守ることしかできなかった。唇を噛みしめ、アスランが無抵抗のまま周囲の中傷に耐え続ける姿を見続けた。

 

 その日の夜、アスランがベッドに入ったことを確認したアナスタシアは、意を決して彼の寝室に忍び込み、彼のベッドに潜り込もうとした。突然のことに驚いてベッドから飛び降りたアスランは彼女に翻意を促す。

しかし、アナスタシアはここで引き下がることはできなかった。彼女には決意があったのだ。

 

「私には聞こえるんです」

アナスタシアは言った。

「私は、人の心の声が聞こえるんです。だから、今貴方の心があげている悲しい悲鳴も分かるんです」

既にアナスタシアの生まれと能力についてはアスランに明かされているのでアスランも驚きはしない。しかし、普段のアナスタシアは普通の人間と変わらない様子なので、すっかりそのことを失念していた。おそらく彼女はもう自分が一人で外出する理由も、そこで何があったのかも察しているのだろう。

「貴方の心はもうボロボロなのも分かっています。そして貴方が心をボロボロにしても尚護りたいものがあることだって分かっています。……けど!!」

 

 アナスタシアはその瞳に泪を浮かべながらアスランを見据える。その潤んだ瞳の中に見える強靭な意志を宿した光を見た彼は何も言うことができない。

「貴方の心の痛みは貴方一人が耐え続けなければならないものなのですか!?」

アナスタシアの口調は次第に怒鳴るような口調に変わっていく。

「ずっと……ずっと一人で耐え続けるのですか?どうして私には何も言ってくれなかったんですか!?」

「……これは俺の問題だ。俺が父上と母上のためにも俺は耐え続けなければならないんだ」

「私だって貴方の苦しみを背負えます!私は!」

「無関係の君を巻き込みたくはない!!」

アスランの口調も次第に荒々しいものへと変化していた。アスランはアナスタシアを護ると誓っている。だが彼女に自身の負う責めを共に負わせるということは彼女を傷つけることに他ならない。それはアスランが認めることはできないことであった。

 

 頑なにアナスタシアの手を拒むアスラン。しかし、アナスタシアもかといって引き下がるわけにはいかなかった。

「わからないんですか!?……私は!!…………私は!!貴方のことが好きなんです!!」

突然アナスタシアは彼の頭に手を伸ばし、彼の頭を自身の豊かな胸部に埋めたのだ。アスランは顔を真っ赤にする。最もそれは告白の衝撃半分、スケベ心半分であったが。

「聞こえますか?……私の心臓、こんなにバクバクしてるんです。身体も、こんなに熱いんですよ?それもこれも、好きな人の前にいるからなんです」

勇気を出して告白した健気な少女に対し、アスランはというと目の前の少女の告白で頭が真っ白になって半ば思考を放棄していた。しかし、アナスタシアは続ける。

「私はアスランさんが好きです。私を命がけで敵機から救ってくれたアスランさんが、あの艦から連れ出してくれたアスランさんが、兵器でしかなかった私に居場所をくれたアスランさんが好きなんです!!」

 

 アナスタシアの真っ直ぐな告白にアスランは茫然自失になっていた。心臓はフルマラソンを走っているかのように早鐘を打ち続ける。顔から感じる熱はさらに上昇する。

自分はアナスタシアを女性として意識しているのかと問われればYesだ。毎日同じ屋根の下で暮らしていたため、そのボディラインを見せつけられることも何度もあった。これで意識するなという方が無理があるだろう。

では、一人の男として彼女に愛情があるかと聞かれればどうだろうか。確かにアナスタシアは美人だし、スタイルもいいし、たまに見せる表情は実に愛らしい。日常のふとしたところで見る笑顔に癒されている自覚もある。

……魅了されているといっても差し支えはないのかもしれない。

 

 そうか、俺は知らず知らずのうちに彼女に愛情を抱いていたのか。

アスランはその感情をついに自覚した。だが、同時にその愛情を貫くことが彼女のためになるのかと考えてしまう。

ここで彼女の想いに応えたとしても、彼女は本当に幸せになれるのだろうか。ザラの息子である自分は世界中の恨みを買ってしまう。その恨みが自分の伴侶にも飛び火することは確実と言ってもいいだろう。

自分とともに爪弾き者として生きることが彼女にとっての幸せなのだろうかとアスランは思ってしまう。真に彼女を愛し、彼女の幸せを願うのであれば彼女の想いに応えるべきではないかもしれない。

アスランは心を鬼にする。少しばかり残念な気持ちを抱きながらも彼女の胸に埋めていた顔を上げ、彼女と正面から向き合った。

 

「アナスタシア。気持ちは嬉しいが俺は君の事は」

「嘘ですね」

 

 覚悟を決めて彼女を振ろうとした瞬間、最後まで言い切る前に否定された。血を流すほどに唇を噛みしめて決めた彼の決意は一瞬で否定されたのである。同時にアスランは自身の迂闊さにも気づく。ESP能力者には自身の思考は筒抜けだと言う事を今この時まで彼は失念していたのである。

 

「……リーディングか。それなら、何故俺が君の想いに応えられないかも分かるだろう」

険しい表情を浮かべるアスランに対し、アナスタシアは苦笑しながら口を開く。

「別に、私には他人が何を考えているかをまるで読み物のように把握する能力なんてありませんよ。感受性が高い姉妹の間では別ですけど。私のリーディング能力でわかるのは人の大まかな感情くらいです。でも、アスランさんが何で私の想いに応えられないのかはなんとなく、わかります……私のため、ですよね?」

「リーディングではないなら、何で分かったんだ?」

アスランは訝しげな表情を浮かべる。アスランの答えを一瞬で嘘と断定するだけの根拠が彼女にあったはずだ。いったいそれはなんだったのだろうか?しかし、アスランは彼女の答えを聞いてしばし呆けることになる。

 

「貴方の心はとても暖かかったです。私の心とおんなじだって想いました。それなのにあんな苦しそうな顔をして私に答えを告げようとした……好きな人のことなんですから、これだけで根拠は十分ですよ」

アナスタシアはちょっぴり恥ずかしそうに微笑んだ。

 

 そしてアスランはそんなちょっとした仕草ですらときめいている自分に気づく。

アナスタシアの微笑みを見て、頬がまるで燃えているように思えるほどに熱を持ったことを感じる。

そして、そこに追い討ちをかけるかのような可愛らしい笑みを浮かべながらアナスタシアが言った。

 

「私はずっとただの兵士だった……ううん、MSに乗り込む人形だったと言ってもよかったかもしれない。姉や妹もいたけれど、それは自分の同位体でしかなくて、結局私には何も無かった。私はいつも空っぽだった。周りの世界だって背景でしかなかった」

アナスタシアはアスランの背中に腕を回した。

「だけど、アスランが私を私にしてくれた。人形だった私に中身をくれた、愛情をくれた、平穏な暮らしをくれた。……アスランに出会って私ははじめて、この世界に生まれてよかったって、この世界は大切だって思えた」

アスランは次第に泪交じりになっていく彼女の言葉をただ聞き続けていた。

「私は貴方に出会えて初めてアナスタシア・ビャーチェノワって一人の人間になれた。貴方がいたから私の世界はただの背景からかけがえの無い世界になった……だから今、貴方に伝えたいことがあります」

潤んだ瞳でアナスタシアはアスランを真っ直ぐ見据える。

 

「……貴方が好きです。貴方といっしょにこの世界に生きたいんです」

真っ直ぐな言葉。無駄な装飾句は全く無い言葉がアスランの胸に染み入る。

 

 彼女は自分の嘘偽りない感謝と愛の告白の言葉を自分にはっきりと伝えた。ここまで彼女に言わせといて応えられなければ男がすたる。アスランは決意し、目じりに光る涙で彩られた端正な顔を見つめる。

無駄な装飾句はいらない。ここで必要とされるのは己の嘘偽りのない言葉だけだ。

 

「俺も……君が好きだ」

アスランはただそれだけを告げると、アナスタシアの背中に腕をまわす。

アスランに抱かれた少女はしばし現実が信じられないといった表情を浮かべるが、しかし、胸の中に流れ込んでくるこれまでにないほど暖かさを感じた少女はアスランの腕の中でまるで感情が決壊したかのように泣き出した。

その涙は悲しみではない。リーディングでは分かっていても直接言ってもらわなければ消えない不安、それが解消された安堵感から来るものもあったが、大部分は違うものから来るものであった。

それは喜び。好きな人と想いが通じ合っている喜び、このかけがえの無い世界で共に生きてゆける喜び、そして愛と呼ばれる感情に包まれる喜びだった。

 

 

 

 ESP能力を持った兵士として生産され、兵士としてのみ生きる価値を与えられた人形はこの日、少年に愛されることでただの少女になった。




そしてまだ続く……って状態。このままだと外伝にひとまずケリつけるまで3ヶ月はかかりそうですね。
新章はほぼ構成が出来上がっているのですが、来年度までお待ちください。

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