機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS   作:後藤陸将

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アナスタシア・ビャーチェノワ

C.E.71 9月20日 L5正面宙域

 

 

 自分に訪れるはずであった死というものは救援に駆けつけた一機のMSによって防がれた。満身創痍で動かない自分の機体を護るようにそのMSはさきほどまで自分の機体を圧倒的な技量で追い詰めていた敵機の前に立ち塞がったのだ。

しかし、機体の状態からするに救援に来た味方の方が不利だ。このままでは撃墜されるも時間の問題だろう。だが、機体に異常のあるジャスティスであの敵機と渡り合うほどのパイロットをこの場で失うことはザフトのためにならない。

アナスタシアの懸念通りにジャスティスの左腕は不調をきたし、敵機の斬撃で右腕を弾き飛ばされた。右腕を犠牲に咄嗟に頭突きをくらわせた判断は大したものだったが、片腕ではもう戦えないだろう。それに体当たりの衝撃で精細なセンサーが集中している頭部が小破している。

それを瞬時に理解したアナスタシアはジャスティスに向けて秘匿通信を繋いだ。

 

「そこのジャスティス、私のことは見捨てて別の戦線に回って欲しい。もう動くことすらできない私の機体を救ったところでザフトの勝利に全く貢献することはない」

「何を言っている!!俺は君を見捨てるつもりは毛頭ない!!それにこいつをここで倒さなければ、また誰かがこいつの犠牲になるんだ!!こいつにこれ以上同胞を殺させはしない!!」

「問題ない。私の機体はまだ動力炉が生きている。この機体は自爆して道連れにしよう」

合理的な選択だ。ザフトにとって最良の選択であり、ザフトのために戦うザフト兵ならば必ずこの提案を受け入れるに違いないとこの時のアナスタシアは確信していた。しかし、このパイロットはアナスタシアの提案を否定した。

「その必要はない!!こいつは俺が討つんだ!!今、ここで!!」

 

 そんな叫びと共に小破したジャスティスが突撃の体勢を取った。

しかし、突撃の体勢を取ったジャスティスに対して敵機は背を向けた。そしてスラスターに光を灯し、全速力でこの宙域から撤退していった。

 

「へぁ!?」

敵機の予想外の行動に対して、ジャスティスのパイロットは間抜けな声をあげた。先ほどまで彼は尋常でないほどに気合を入れていたためか、盛大に肩透かしをくらった気分なのだろう。

 

「……こちらクルーゼ隊所属、アスラン・ザラだ。フリーダムのパイロット、応答求む」

先ほどの間抜けな声は無かったことにしたのだろう。ジャスティスのパイロットはフリーダムに接触回線で呼びかける。

「シュライバー隊所属、アナスタシア・ビャーチェノワ。救援に感謝する。こちらは推進機関が故障して動けない。すまないがトゥモローまで連れて行って欲しい」

アナスタシアも先ほどの間抜けな声のことはひとまず忘れることにした。ともかく、自分は命拾いをしたのだ。母艦に戻り、再出撃の準備を早急に整えることを優先すべきと彼女は考えたのである。

アスランは彼女の要請に答え、ジャスティスの左手でフリーダムの右手を掴む。ジャスティスは左腕の関節が動かなくなっていたが、マニピュレーターはまだ生きていたのだ。そして2機は手をつなぎながら満身創痍の状態でトゥモローへの帰艦の途についた。

 

 

 

 

「おお、帰ってきたか!!」

トゥモローの格納庫に待機していた整備班のエッグ班長は笑顔でボロボロの状態で帰還したジャスティスとフリーダムを出迎えた。

推進機関への被弾が確認されたジャスティスは早急に冷却に回されることとなり、パイロットであるアスランはコックピットから文字通り引き摺り下ろされた。その隣ではフリーダムがガントリーにロックされている。

 

「エッグ班長、申し訳ありません。力及ばず、彼女一人しか救えませんでした」

コックピットから降りたアスランはまずエッグのもとを訪れて頭を下げた。だが、エッグは柔らかな表情を浮かべて首を横に振る。

「貴方が責任を感じることではありませんよ。一人でも、生きて戻ってこれた……それだけで俺達技術屋からすればありがたいことです」

そしてエッグはハンガーにて冷却処置を受けているジャスティスに顔を向ける。

「それに、貴方の機体を見れば貴方がどれだけ奮闘したのかはすぐ分かりますよ。貴方は文字通り命をかけて自分との約束を護ろうとしてくれたのでしょう?自分はあの子達(・・・・)のためにあそこまで戦ってくれた貴方に対して、心から感謝しているんです」

その時、エッグを呼ぶ声が格納庫に響いた。整備班の班長というだけあって、被弾した機体が帰還したときに彼がやるべきことは沢山あるのだ。

 

「すみません。自分はこれから仕事に戻ります。貴方の機体は今度こそ万全な状態に仕上げてみせましょう!それまでしばらくロッカールームで休んでいてください……それと、ここのコーヒーは裏ルートから仕入れた本物の豆を使っていますから、絶品ですよ」

最後の方は耳打ちでこっそりとアスランに伝えてエッグはその場を離れようとする。アスランもこれには苦笑いした。折角の好意であるし、是非堪能しておこうと考えた矢先、エッグが何かを思い出したのか、急いで戻ってきた。その表情は先程よりも申し訳なさそうな印象を受ける。

「ああ……後、あの娘も連れて行ってください。そしてロッカールームで戦術のことでも相談していただきたい。これからは貴方達でエレメントを組むことになりそうですからね」

ここでエッグは再び声を潜め、アスランに耳打ちする。

「研究者面したクルーが彼女を連れ去ろうとするかもしれません。その時も先の理屈で通してください。ごり押しでもかまいません。今は詳しく言えませんが……よろしくお願いします」

 

 エッグからの奇妙な相談にアスランは訝しげな表情を浮かべて質問しようと口を開きかけたが、彼が口を開く前にエッグは自身を呼ぶ若い整備兵の下に駆け出してしまい、質問することができなかった。

しかし、エッグの頼みだ。自分もお世話になっていることだし、その人柄にも信頼が持てると判断したアスランは彼の言葉に従い、先ほど助けたフリーダムのパイロット――アナスタシア・ビャーチェノワの下に向かうことにした。

 

「アナスタシアさん、少し構わないだろうか?」

格納庫の隅でヘルメットを脱いで顔の汗を拭いているアナスタシアにアスランは話しかけた。アナスタシアは特に表情を変えることも無く首を縦に振る。

「今エッグ班長たちが機体を修復している。今後は君と俺がエレメントを組むことになるから、修復が終わるまでに連携について相談しておきたい。時間がとれないか?」

アスランの提案にアナスタシアは簡潔に答えた。

「了解した。話はロッカールームでいいな?」

「ああ。そこで話そう。あそこのドアの向こうであってるか?」

「そうだ」

 

 アナスタシアの案内で二人はロッカールームに向かう。アスランはエターナル級3番艦フューチャーに乗艦していたので、同じエターナル級のトゥモローの艦内で迷うことはない。

二人でロッカールームに入ると、ひとまずアスランは班長お勧めの天然の豆を使ったコーヒーを淹れることにした。

「アナスタシア、コーヒーを淹れた。これを飲みながら話を……」

その時、アスランは自身の迂闊さに気がついた。アナスタシアはロッカーの前に無言で佇んでいたのだ。アスランも同じような思いを幾度か経験しているから分かる。彼女の前のロッカーはおそらく彼女の同僚……おそらく自分が駆けつける前に日本軍に討たれたパイロットのものだろう。

主がいなくなったロッカーの前では同僚がいなくなったことを否が応でも彼女は思い知らされるのだ。そこで何かを話し合おうにも彼女の精神が安定するはずもない。

「……すまない。場所を変えようか。確かブリーフィングルームが近くにあったはずだ。そこで話そう」

アスランはロッカーに背を向けて扉へと向かう。しかし、その時アスランの腰に衝撃が走った。何かが背中にぶつかった衝撃でアスランは慣性に従ってロッカールームの壁に吹き飛ばされた。そして彼は頭部を強打し、言葉にならない叫びを上げる。

 

 アスランは一瞬トゥモローが被弾して、その衝撃で吹き飛ばされたのかと誤認した。しかし、彼がいまだ何か柔らかいものが腰に当たっている感触を感じて後ろに振り向き、先ほどの衝撃の正体を知ることとなる。

「ア、アナスタシア!?」

「行くな……行かないでくれ。ここに一緒にいてくれ……」

突然の不可解な行動と言動、これまでの凜とした表情から今にも泣き出しそうな表情に変わった時のギャップでアスランは混乱していた。先ほど壁に打ち付けた髪の生え際に下から手を当てて自身の広めの額が丸見えになって傍目からはかなり微妙なことになっていることにも気づかずに。

因みに髪を上げて広い額を顕にして間抜け面していたアスランを至近距離で見ていたアナスタシアだが、涙を浮かべて彼に抱きついていたため、直視していれば噴飯ものの彼の顔を見ずにすんでいた。

 

 甲斐性なしのヘタレであるアスランにはこのような時どうすればいいのか分からない。ひとまず彼女を抱きしめるが、その顔は見るからに混乱したままだった。しかし、泣き顔を浮かべた女性への適切な対処をヘタレで甲斐性なしで優柔不断、そのくせフラグは乱立する凸野郎に求めるのは酷なことだろう。

彼は知らないことであるが、あのパトリック・ザラの息子で養成学校であるアカデミーを首席で卒業する秀才、かつ額を見せなければ文句の無いイケメンである彼は打算的なものも含めてかなりもてた。

アカデミー女学生の中では彼を巡って水面下で熾烈な戦争が勃発しており、その戦いを潜り抜けられ、かつ抜け駆けをするほどの肝っ玉をもった数人の女学生以外にはアカデミー在籍中の一年の間でアスランに告白することは不可能だった。

その争いの凄まじさを喩えるのであれば、スタイル抜群の幼馴染剣剣道少女と高貴な英国お嬢様とあざとい僕っこパリジェンヌとツインテール第二幼馴染中華少女と眼帯銀髪独逸軍人による某ブリュンヒルデの弟争奪戦レベルだ。

因みに卒業の間際にはその争いもヒートアップし、生徒会長な暗部の長やいつものほほんとしたクラスの癒しまでも参戦した世紀末決戦レベルになったらしい。

水面下で言葉にすることもおぞましいほどの争いを潜り抜けてきた彼女達は告白の返事にアスランからNOを突きつけられてもその場で泣かないぐらいには精神的にタフだった。そのためにアスランは影で女性を泣かせていながらも、目の前で泣かせたことはなく、対処した経験も無かったのである。

 

 

「オリガも、みんな逝ってしまった」

涙ながらにアナスタシアが呟く。

「今までは誰も死ななかったのに、みんなで帰ってこれたから怖くなかったのに……だけど、もう、みんなは」

死の恐怖をこれまで彼女達は感じたことが無かった。否、正確には覚えていなかったというべきだろうか。彼女達は幾度かの実戦を経験しているが、その際の記憶のうち、戦いの際に感じた恐怖の類の記憶は完全に抹消されている。

 

 アナスタシアは与り知らないことであるが、シュライバーらは戦闘のたびに彼女達をメンテナンスと称して調整装置に送って記憶の削除を行っている。彼女達は戦闘中は敵の恐怖を読み取って昂ぶるために恐怖というものを知らないが、いざ戦闘が終了すると戦闘時の恐怖を思い出して塞ぎこむ傾向にあることがこれまでの実験で分かっていたためである。

無論、彼女たちの中には恐怖を感じず、戦闘後も敵の断末魔を思い出して恍惚な表情を浮かべる個体も中にはいたが、そのような個体は総じて戦闘能力が高いとは言えなかった。おそらくは戦闘能力の高い個体=感受性、リーディング能力に秀でた個体ということもあり、戦闘時のように気が昂ぶってなければ敵が死の間際に感じる恐怖の感情に呑まれてしまうのだろう。

 

 

 そして今、アナスタシアは初めて自覚した死に対する恐怖に完全に呑まれていた。

自分の目の前で爆発四散した同僚、そして同僚を屠ったときと同じように圧倒的な力の差をもって自身の命を刈り取ろうとしている死神、死神の鎌から間一髪救われたときの生に対する微かな安堵、帰還後に見た還らない同僚のロッカー。

常に気を張っていた戦闘中は自身に迫っていた死を恐れることはなかった。戦闘中にやるべきことは任務の完遂だけであり、そのことだけに意識を向けることができたからである。しかし、任務から開放されたとき、これまでは自覚していなかった死への本能的な恐怖がまるで沸騰した鍋に蓋をして吹き零れるかのように彼女の脳裏に溢れてきた。

同時に、戦闘中は意識していなかった敵が死に際に感じた恐怖、宙に散った同僚が今際の際に持ったイメージを思い出し、その恐怖で彼女は動けなくなっていた。特に同僚のESP能力者が死に際に感じた恐怖は彼女にほぼダイレクトに伝わっていたと言ってもいい。

 

 ESP能力者である彼女達が連携して戦うとき、常に敵と相方に対してリーディングを、相方には更にプロジェクションを使用している。自分の考えを瞬時に相手に発信し、こちらも受信する。この能力によって彼女達は一心同体とも言える驚異的な連携攻撃を可能にしている。

文字通り互いの考え、感情を共有している状態であったアナスタシアはオリガの感じた死というものへの恐怖をそっくりそのまま味わってしまったのである。任務中はその恐怖を直視せずにすんだが、一度緊張の糸が途切れるともうその恐怖から目をそらすことが彼女はできなくなっていた。

 

 

 

 アスランは彼女が何に怯え、何故泣いているのかを理解した。彼女は同僚の死ではなく、自身の死が怖いのだと。

尚、アスランは自身の経験と彼女の様子からの推測で彼女が泣いて怯えている理由を理解できたと自分では思っているが、実はそんなことはない。感情が乱れたアナスタシアは無意識の内にプロジェクション能力を発動させており、アスランは彼女の感情を直接伝えられて理解したにすぎない。

あのヘタレな朴念仁が泣いている女性の表情と自身の経験からそんな察しのいいことができるはずがないのであった。

 

 さて、プロジェクションが泣ければ彼女が泣いている理由さえも察することができなかった凸野郎だが、彼は何故かここで男を見せた。自身に縋りつく彼女の背に手を回し、彼女を抱きしめたのだ。

アナスタシアはアスランの腕に抱かれ、その胸で涙を流し続ける。しかし、その嗚咽は次第に小さくなっていった。彼女を支配していた死への恐怖が薄らいでいく。リーディングを使っているためにアナスタシアはアスランの心境がはっきり理解できる。アスランの暖かな心に触れ、アナスタシアの死への恐怖で凍てついた心は今溶け出したのである。

 

「俺が護る」

アスランはアナスタシアを抱きしめてその耳元で口を開いた。

「君は俺が護る。俺が君と一緒に死と戦ってやる」

女性を口説く時の言葉にしては随分とシンプルな言葉だ。しかし、アナスタシアにとってはこれだけで十分だった。密着した状態で流れ込んでくるアスランの心からの想い――嘘偽りない想いは彼女の心を奪っていた。

その腕に抱かれた安心感と、彼が傍にいることで満たされる心。アナスタシアは生まれて初めて恋というものを知り、人を愛し、愛されたいと想う心を知ったのだ。それと同時にアナスタシアは自身が恋した男性の腕の中で子供のように泣き叫んでいたことを自覚して恥ずかしさから顔を真っ赤にした。

勿論、アナスタシアの恋愛対象となっているアスランはそのようなことを察するような鋭さなどない。アスランの胸から顔をあげたアナスタシアの顔が赤くなってきたのも人前で泣いていたことに対して羞恥心を抱いたのだと勘違いしていた。

 

 

 

「アスランさん!!ジャスティスの整備が」

その時だった。整備員の若い男がロッカールームにいたアスランを呼びに来たのは。ロッカールームにいたのは抱き合う二人の男女。これで邪推するなという方が無理である。

気まずい空気がロッカールームを包む。しかし、整備員もプロだ。多少視線を泳がしながらも用件を伝える。

「ジャスティスの整備が完了しました!すぐに準備をお願いします!」

「……了解しました。今いきます」

そそくさとロッカールームを後にする整備員の後についていこうとするアスランだが、ここで彼の腕は後ろから掴まれた。アスランが振り返ると、アナスタシアが彼の腕を遠慮がちに掴んでいた。

「私も貴方を見送りたい……」

涙目で上目遣い、更にプロジェクションまで使ってアスランにお願いをするアナスタシア。アスランもこれにはNOといえず、彼女と手をつなぎながらロッカールームを後にした。

 

 

「おう、アスランさん!……あ~、うん整備はひとまずおわりやした」

エッグ班長がアスランを迎えるが、その表情はさきほどの伝令役の青年のような微妙な表情だ。まぁ、アスランの隣で手を繋いで顔を赤らめているアナスタシアを見れば仕方のないことだが。

しかし、その整備が終わったというアスランのジャスティスの姿だが、あきらかに歪だった。

 

「……こいつにのるのか?」

「はい!!」

これは本当にジャスティスなんだろうか?腕と頭はフリーダム、脚はゲイツ、胴体しかジャスティスの原型が残っていない。しかもバックユニットの代わりにシグーの推進ユニットが強引に設置されている。

……正直、不安だ。

 

「大丈夫ですよ!見てくれはあれですけど、元々フリーダムとジャスティスの部品は互換性があるんで問題はないはずです」

「……ゲイツの脚とバックユニットに無理やりに付けられてるシグーの推進ユニットは大丈夫なのか?」

「…………正直なところ、保障はしかねます」

エッグは険しい表情を浮かべている。しかし、ここでごねたところで機体がよくなることは無いだろう。おそらくこの機体はこの艦の現状でできうる限りのことをした結果なのだろう。代替となる部品が無い中で彼らは最善を尽くしたのだ。ならば、多少問題がある機体であっても自分には最善を尽くす義務がある。

「エッグ班長、この短時間で再出撃できるようにしてくださったことを感謝します」

そう言うとアスランはコックピットに飛び乗った。シートをスライドさせ、ひとまずシステムを起動する。その時、まだハッチを閉じていないはずなのに上方からの光が遮断された。不思議に思ったアスランがハッチの入り口を見上げると、そこには美しい銀髪がたなびいていた。

 

「……アスラン」

不安げな表情を浮かべるアナスタシア。アスランはそんな彼女を正面から見つめる。そして、朗らかな笑みを浮かべながら口を開く。

「いってきます」

アナスタシアもリーディングで彼の心を悟ったのだろう。流れ出そうな涙を腕で拭い、精一杯の笑顔を浮かべながら見送ろうとする。

「いってらっしゃい」

ジャスティスのハッチが閉じられるようにアナスタシアが身を引こうとしたその時だった。

 

『ザフト軍全軍と、東アジア共和国軍、ユーラシア連邦軍、大西洋連邦軍、大日本帝国軍に通達します。私、ラクス・クラインを中心とする勇士たちはこのたび、プラントを戦火から守るべく決起いたしました』

格納庫に澄んだ女性の声が響き渡り、誰もがその作業の手を止めた。

『そして、ザフト軍最高司令部にてプラントでの焦土戦を強行しようとする現プラント最高評議会議長、パトリック・ザラ氏を拘束いたしました。私達はプラント最高評議会議員、ギルバート・デュランダル氏とアイリーン・カナーバ女史との連名を持って東アジア共和国軍、ユーラシア連邦軍、大西洋連邦軍、並びに大日本帝国軍に対して一時停戦を申し入れます。ザフト軍は直ちに戦闘行為を中止してください』

 

 何が起こっているのかアスランには理解できなかった。何故自身の元婚約者が決起したのか、何故、自身の父が拘束されているのか、そして東アジア共和国がこの場で出てくるのは何故なのか。アスランは考えが整理できずに呆然とする。

「おい!アナスタシア!!こっちへこい!!」

同時に格納庫にでっぷりと太った男が駆け込んできた。

「バンク副長!一体何事ですか!?」

エッグが駆け込んできた副長に訝しげに尋ねる。しかし、バンクはエッグを跳ね飛ばすと、ジャスティスのハッチの前にいたアナスタシアの手を強引に掴む。

「来い!!今すぐにだ!!」

しかし、アナスタシアは鼻息荒くして自身を引っ張ろうとする男に対し、恐れを抱いてその手を反射的に払いのける。

 

「何をするんですか!!彼女に乱暴することはやめてください!!」

ラクスの全周波放送を聴いて放心していたアスランもその様子を見て正気に戻り、ハッチからでてアナスタシアを庇うようにバンクの前に出た。

「やかましい!!拘束された元議長閣下のバカ息子は黙っていろ!!こいつは今すぐ連れて行かねばならんのだ!!邪魔するのなら容赦はしない!!」

バンクは拳銃を血走った目で拳銃を抜き、アスランに突きつけた。

 

「早くその化け物を引き渡せ!!」

アスランはバンクの言葉に青筋を浮かべて怒鳴る。

「化け物とはなんですか!?彼女は普通の人間です!!」

「黙れ!!」

しかし、アスランに怒鳴られて一層頭に血が上ったのだろうか。バンクはその手に握られた銃の引き金を引いた。

 

「アスラン!!」

アナスタシアは紅い鮮血が滲むアスランの右腕を見て息を呑む。バンクは苦悶の表情を浮かべるアスランに荒い息をしながら吐き捨てた。

「知らないのなら教えてやる!!こいつらは兵器として造られた人造人間だ!!人の心を読む化け物なんだよ!!」

バンクはアスランに縋ろうとするアナスタシアの手を強引に取って連れ出そうとする。しかし、アナスタシアはアスランの元に向かおうと抵抗する。

「手間をとらせるな!!化け物!!」

バンクは手に持った銃の銃底でアナスタシアを殴りつける。悲鳴をあげてアナスタシアが大きくのけ反った。殴られて怯んでいる隙にバンクは強引に彼女を連れ出そうとする。だが、その時彼の右腕に凄まじい衝撃が走った。

 

「はァァァ!!」

バンクの右腕を襲った衝撃の正体はアスランの蹴りであった。正確にバンクの右手首を狙った蹴りはその衝撃で彼の握っていた銃は吹き飛ばした。そしてアスランは素早い動きで慣性を殺さずに二段目の蹴りをバンクの顔面に放った。アスランの右脚に蹴り飛ばされたバンクは格納庫の壁面に叩きつけられ、そのまま気を失った。

アスランは気絶して宙に浮いたバンクを見て冷静さを取り戻す。この艦の副長を蹴り飛ばしたことは拙い。このままでは結局自分は上官反抗の罪で拘束されてしまう。しかもアナスタシアは彼女を化け物呼ばわりする人間に連れて行かれることになる。

アナスタシアが化け物呼ばわりされたこと、そして彼女を強引に連れ去ろうとし、自身を銃撃した男に対して激怒し、蹴ってしまったことは後悔していないが、これでは何の解決にもならないだろう。

 

 アスランが自分のしでかしたことに頭を抱えていると、エッグが歩み寄ってきた。アスランは反射的に身構えるが、エッグは笑みを浮かべている。

「そう気張らんでくれ、騎士(ナイト)さん。俺は別にあんたを拘束しようって気はねぇ。だから、アンタには嬢ちゃんを連れてこの艦を出て行ってほしい」

アスランは訝しげな表情を浮かべる。それを察したのか、エッグは更に捕捉を入れた。

「この艦の艦長やらの上の方はな、どうやらザフトのお偉いさんがやってるきな臭い計画に関わる人間しか配置されてないらしい。そして何か極秘のプロジェクトを進めているってことはなんとなく俺達も察していた」

だからとエッグは続けた。

「この艦の上のやつらは表に出るとヤバイ計画に加担してることは間違いない。だからあの嬢ちゃんを連れて行こうとしたんだろうな。証拠隠滅か、それとも戦勝国に自分達を売り込むために手土産にするのかは知らんが」

その事実を聞いたアスランは機嫌を悪くする。しかし、目の前の少女の持つ裏と、この期に及んで彼女を使って自身の保身を図る上層部に対して反感を持つなという方が難しいだろう。

「だから、あんたはこの艦を出ていってくれ。他の艦に行った状態であれば、おそらく表立って彼女の身柄をどうにかしようってことはやつらもしない。皮肉な話だが、ザフトは終わったんだからな。どこに人をよこせとかって命令はもうできまい」

アスランはエッグの話を聞き、アナスタシアに視線を向けた。彼女も今の話を聴いていたので、説明する必要は無い。アスランは彼女に手を差し伸べる。

 

「……アスラン、私のことは」

アナスタシアはその手を握れない。恋心を抱いている相手に迷惑をかけられないと彼女は考えたのだ。しかし、沈痛な表情を浮かべているアナスタシアの手をアスランは強引に掴み、そのまま彼女を連れてジャスティスのコックピットに連れ込んだ。そしてハッチを閉じる前にエッグの方を見る。

このままでは彼らが無事で済むか分からない。それが分かっているはずのエッグはアスランに向かって笑いながら親指を立てた。

「頼んだぜ、騎士(ナイト)さま!!俺たちのことは構わずにいっちまえ!!」

見ると、格納庫中の手が空いたクルーが敬礼を浮かべている。アスランは僅かに躊躇って彼らに答礼すると、ジャスティスの中に入る。

 

 コックピットに押し込められて目を丸くしているアナスタシアを膝の上に乗せるかたちでシートに滑り込んだアスランは彼女に声をかけた。

「君は俺が護ると言っただろう?」

密着した状態で好きな男性にこんな言葉をかけられれば、それも心からの言葉をかけられたとなれば、意識せずにはいられないだろう。アナスタシアは顔を真っ赤にしてアスランに抱きついた。

それを発進の際の振動に備えるものと誤解したアスランは首を刎ねられてもいいと世の中の男児は思うことだろう。

 

『まて、アスラン・ザラ!!発進許可は与えた覚えはないぞ!!』

スピーカーからパンクのわめき声が聞こえるが、アスランは無視する。

ガントリーから強引に機体を引っ張り出したアスランはそのままカタパルトへと向かう。

「ちょっと荒っぽい発進になるぞ」

ハンガーの整備員が退避したことを確認したアスランは格納庫からカタパルトに繋がるゲートをビームサーベルで破壊、そしてそのまま発進ゲートにライフルの照準を合わせ、躊躇せず撃ち抜く。

 

 

「アスラン・ザラ!!ジャスティス出る!!」

騎士(アスラン)囚われの姫(アナスタシア)を抱えて(トゥモロー)から逃げ出したのである。




アスランはやはりアスランでした。
こんなだから島流しとかしていじめたくなるんですよ。

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