機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS   作:後藤陸将

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バカテスや柴犬を読み返していたために遅くなりました。
衝動的にバカテスの短編も書いていたので、更に最新話を書き上げるまで時間がかかったという……
短編も興味がありましたらどうぞ。

因みに自分はあくまでこちらのシリーズを優先する予定ですので、短編の方のネタを本格的に書き続ける気は今のところありません。


クルーゼの逆襲

C.E.46 L4コロニー メンデル

 

 

 この日、G.A.R.M.R&D社には珍客が訪れていた。G.A.R.M.R&D社はコーディネーター産出を事業としているだけあって、その顧客は子供をコーディネーターにしようと考えている若い夫婦が大多数を占める。

しかし、この日同社を訪れたのは一人の中年男性だった。夫婦では無く夫だけが訪れるということは珍しくはない。ただ、老人は物々しいほどの数のSPをつれていた。それだけで老人が只者ではないことがわかるだろう。

 

 同社の技術チーフ、ユーレン・ヒビキ博士は男を応接室で出迎える。しかし、その顔は顧客に見せるには相応しくない渋面を浮かべていた。それに対し、男の方には余裕があるようにも見える。

「……まだ決めかねているのか。君が躊躇する理由がどこにあるというのだね?」

老人が重々しい口調で告げた言葉に対し、ヒビキ博士は眉間に皺をよせ、いっそう険しい表情を見せる。

「……しかし、それは違法です」

「法など変わる。そんなものに縛られていてどうするというのだ。……万が一、検挙されることがあっても無罪放免を勝ち取れると百戦錬磨の私の顧問弁護団は判断している」

「クローンは同一人物を造る技術ではありません。仮に貴方のクローンを造ったとしてもそれは貴方ではないのです。貴方と遺伝子的に同一な人間……つまりは一卵性双生児の弟ができるだけなのです。そのクローンが最終的には貴方と同等の能力を得る保証は何処にもありません。……あくまで、クローンはオリジナルとは違う別人なのですよ?」

ヒビキは険しい顔を崩すことなく、諭すような口調で男に語りかける。しかし、男は聞く耳を持たない。

「それでも、私の後継者となる資質はあるはずだ。多少能力が私より劣ろうとも構わん。その後の教育で矯正すればいい。私の息子を矯正するよりはまだその方が有意義だ」

 

 この男はクローンという存在を何故そこまで軽く考えることができるのだろうか。ヒビキは目の前の男の考えを理解することができなかった。

別にクローンを造り出すことは難しいことではない。なんせ今から数世紀前には確立されていた技術なのだから。ただ、それを行うものはいなかった。極一部のマッドサイエンティストが試みることはあったが、それらはほぼ事前に察知されて阻止されたと言われている。無論これは表向きの話であり、大国の暗部でのクローン人間開発の疑いはこの業界の人間だったら噂ぐらい一度は聞いたことがあるはずだ。

 

 

 既に人の遺伝子を操作する時代、コーディネーターは既に社会に溶け込める体制ができあがっているために誕生しても問題は少ない。しかし、これはコーディネーターが社会に溶け込める基盤を作り出した偉大なる先人、ジョージ・グレンの存在あってこそだ。

 

 普通であれば、コーディネーターを造る技術があったとしてもその技術によって造られたコーディネーターが好意的に受け止められるとは考えにくい。倫理、宗教、善悪の価値観から人間はその技術によって誕生したコーディネーターを忌避するだろう。

人々はコーディネーターは化け物(フランケンシュタインの怪物)のように見做したに違いない。そしてまともな親であれば、例え理論上は優れた能力が我が子に約束されるとしても社会から忌避され、化け物(フランケンシュタインの怪物)のように扱われかねない事情をわが子に付与しようとは考えなかったはずだ。

しかし、初めて世界に姿を現したコーディネーター、ジョージ・グレンは確固たる実績をもってコーディネーターの可能性、能力を世界に知らしめた。彼をこれまで賞賛していた人々は彼が明らかにした能力、実績を見て思う。自分も彼のようになりたいと、彼のようでありたいと。

そう望んだ人々は彼のようにはなれはしない。しかし、ジョージ・グレンが残した技術はそれを限定的ながら可能にした。彼が発表したコーディネーターの製造法(レシピ)を使えば、これから生まれてくる我が子にはジョージ・グレンに匹敵する才能を与えることができるのだ。不可侵であるべき生命の領域に踏み込むことへの忌避感よりも、確実に得られるであろう能力の魅力が勝ってしまったのも仕方の無いことなのかもしれない。

結果、ジョージ・グレンの告白以後は多数のコーディネーターが誕生した。そしてコーディネーターの数が増加した今日では、世間でも極端な拒絶の態度を示す意見は少なくなりつつあったのである。

 

 

「能力ある子供を造り出すのであれば、コーディネーターのお子さんがいればよいのではありませんか?優れた能力を約束された息子であれば、貴方の後継者たる資格は十分であると思うのですが」

ヒビキは何とかこの依頼を無かったことにするべく、男に提案した。だが、男の答えは冷淡でかつ、ヒビキを驚愕させる答えだった。

「コーディネーターを造り出すという技術を、私は信用してはいない」

「な……何故ですか!?」

ヒビキは僅かに声を荒げる。自分達が扱っている技術が信用に足らないと言われればそれは技術者としての沽券に関わるからだ。

 

「簡単な話だ。コーディネーターの製造法(レシピ)が世に出てから30年しか経っていない。遺伝子の調整が人体に与える影響について、誰もその終末まで確認していないからだ」

男は淡々とした口調で続ける。

「遺伝子を調整した人間についての研究はいまだ未熟だと言わざるを得ない。いまだ人類は老いたコーディネーターのサンプルを得ていないのだ。生命という未だ謎の多い領域を侵す問題である以上、机上の予測だけを鵜呑みにはできない。結果が出なければ安心できない人間もいるのだよ」

ヒビキは男の言葉に反論できず、閉口する。

 

 確かに、まだ自分達は遺伝子を調整した人間の末路を見てはいないのだ。そもそも、人類の遺伝子構造は30万年以上前に人類が誕生してからずっと変化し続けてきた。そしてその遺伝子の改変――進化には必ず意味があるのだ。

必要であったから進化したところもあれば、不要になったから退化したところもある。その遺伝子の取捨選択による進化の結果、人類という種が本能的に最適な遺伝子構造として選んだのが現在の人類の遺伝子である。人類という種が本能的に最適とみなした遺伝子に改変をした結果、人体には予期せぬ不具合が起きたとしても不思議ではないということだ。

今はまだ遺伝子の改変による深刻な問題が報告された例はない。しかし、遺伝子改変の影響は老後にコーディネーターの身体に現れるかもしれないし、コーディネーターの子孫に影響が出ることだってありえる。

そのような可能性を完全に払拭できるのかと問われれば否だ。学会では秀才の誉れ高いヒビキでも断言はできない。一方、クローニング(遺伝子複製)の方はコーディネート(遺伝子改変)に比べれば古い技術だ。技術的信頼性で言えば確かにコーディネート(遺伝子改変)に勝るかもしれない。

 

 だが、ここで首を縦に振ることはできない。別に倫理的な問題であるとか、技術的な問題であるとかいうことは全くない。

しかし、自分は遺伝子工学に携わる科学者だ。自分達の誇る技術に見向きもせずに信頼性に勝るという理由で古い技術の使用を強要されるなど、彼のプライドが許さない。自分達の研究を、英知の結晶が信頼に足らないなどと判断される屈辱を甘んじて受ける気は彼には毛頭無かったのである。

 

 

「まだ、首を縦に振らないか……それならば」

男は懐から封筒を取り出し、中から一枚の紙を手にとってヒビキに手渡す。ヒビキは訝しげに紙を受け取るが、その中に書かれた内容を見て絶句した。驚きの表情を浮かべるヒビキに男は冷笑する。

「……顧客から受け取った予備の卵子で人工子宮の実験か……確かに研究費を抑えることもでき、かつ不要になった卵子の処分もできる。一石二鳥というやつか。しかし、契約では予備の卵子は全て破棄することになっているな」

「この情報をどうすると……仰るのですか?」

ヒビキの眉間に皺がよる。しかし、男は飄々とした表情を崩すことはない。

「別に言葉にする必要はないだろう。……さて、ヒビキ博士。研究費の援助と引き換えにこの提案を受けてくれるかね?」

 

 ヒビキには目の前の男が悪魔のように見えた。しかし、その悪魔の要求を受け入れなければ自身の立場が危うくなり、これまでの研究も水の泡となることも確実だ。研究を志半ばで断念することはヒビキに許容できることではない。それゆえにヒビキができる返答は一つしか存在しなかった。

 

 

 

「……クローンの製造をお引き受けします。次回までに仕様書を用意しましょう、MR.フラガ」

 

 ヒビキがその一言を喉から搾り出すと男は破顔して右手を差し出した。

「おお、それはよかった。これでお互いに未来に希望が持てそうですな、Dr.ヒビキ」

自身の技術を侮辱された屈辱に耐え、怒り心頭に発する心境にあったヒビキは感情をできる限り押さえ、険しい表情を浮かべたまま男の手を握る。自分が怒りで煮えくり返っているからか、はたまた男の冷徹さ故か、ヒビキは握った手から冷たさを感じた気がした。

 

 

 依頼人――アル・ダ・フラガが去った後、ヒビキは自身の研究室に戻った。しかし、入り口の扉が閉まった瞬間、彼がこれまで押さえ込んできた鬱憤が爆発した。ヒビキは自身の机の上にあるマグカップを鷲づかみにして床に叩きつけ、書類が積まれた机の上を乱暴に振るった右腕で薙ぎ払った。

そして強く握りしめた拳を机に叩きつけた。

怒りが収まらぬまま机の上に飾ってあった写真立てを投げ捨てようとした時、彼の動きは止まった。彼が振りかぶった写真立てには学生時代の彼と、妻、そして恩師の姿が映っていた。写真の中の今は亡き恩師の顔を見て、ヒビキは恩師の言葉を唐突に思い出した。

 

「科学など、所詮権力の道具でしかないのだ」

 

 間違いなく遺伝子工学においては世界最高峰だった恩師ですら、権力の前には屈するしかなかったのだろう。それならば今現在そこそこ名が売れ始めた自分のようなひよっこが権力に抗えるはずはない。

恩師のことを思い出している内に、怒りに支配されていた頭から血が抜けてヒビキは多少物事を冷静に考えられるようになったようだ。

 

 

「科学は権力の道具……しかし、かといって我々はそれでいいのでしょうか?白神先生……」

 

 

 

 

 

C.E.55 11月30日 大西洋連邦 オクラホマシティ

 

 

 金髪の少年が眉一つ動かすこともなく燃え盛る豪邸を前に佇んでいる。しかし、この地域でも有名な大富豪の屋敷の大火災ということもあって、報道陣や野次馬で屋敷の近くはごった返していた。そのためにこの場に居合わせた野次馬の一人にしか見えない少年の存在に気がついたものは皆無だった。

あの大火の中では自分を生み出した男が燃えている。これで自分にとっての懸念が一つ、消え去った。しかし、達成感というものは不思議と感じない。特に感慨も湧かなければ、後悔したということもない。

 

 

 自らの生まれを、そしてその運命を理解したのは2年前のことであった。自分がアル・ダ・フラガという男のクローンであること、生まれつきテロメアが短いために自身には人並みの寿命がないこと、そして自分は科学者の研究資金と引き換えに製造されたということは衝撃の事実だった。

その事実を突き止めるのはさほど難しいことでもなかった。自身の成長速度を気味悪がっていた世話係の態度のおかげで物心ついたころには自身の成長速度の異常さを薄っすらと感づいていたし、教育には恵まれた環境にいたために割りと簡単に自身の成長の異常さの原因であるクローニングの真実についての調べをつけることができた。

自身の出生にまつわる秘密を10に満たなかった自分が知りえることができたのは、やはりその常人に在らざる成長速度ゆえのことだろうか。はたまた自身のオリジナルとなったアル・ダ・フラガのもっていた潜在能力(ポテンシャル)を受け継いだが故のことであろうか。真実は分からないが、ともかく自分は齢のわりに極めて優秀であったと自負してもよかっただろう。

 

 自身の生まれとその運命を知った少年は胸の奥に暗い炎を灯した。自分には遺伝子提供者はいても、親はいない。人の身体から生まれたといっても、胎盤を貸してもらっていただけのこと。

造られた命、それもただ自身の代わりが欲しかったという身勝手な理由で生み出された命である自分。愛情も、家族も自分には存在しない。与えられたのはアル・ダ・フラガとして会社の経営を継ぐという役割だけ。

しかもその役割でさえ、自分しか持ち得ないアイデンティティーとはなりえない。どうやら、自分以外にも同一の遺伝子、同一の目的を持って生まれた存在が何人か存在するということらしい。

確かに、アル・ダ・フラガからすれば合理的な判断であろう。クローンといっても、自分と全く同じ分身のような存在が生まれるわけではなく、ただ遺伝子的に同一の人間が生まれるだけなのだから、真に望んだ個体が生まれる保障はないのだ。

しかし、遺伝子が同一ということは、少なからずアル・ダ・フラガと似通った性質を持って生まれてくるはずだ。同じ遺伝子を持つ個体が複数いれば、当然その中でも多少の才能の差は必ず生じてくる。アル・ダ・フラガはその中から比較的寿命が長く、優れた素質を持つ個体を厳選するつもりなのだろう。

そして後継者として選ばれなかった個体の末路など考えるまでもない。クローンの製造は許されていない以上、またとない証拠である彼らは速やかに処分されるしかないのだから。

一体アル・ダ・フラガがどれだけのクローンを生産しているのかは分からないが、アル・ダ・フラガの後継者というアイデンティティーを得られるのは寿命に備えたスペアを考えれば数体といったところだろう。

それ以外の個体は例え生き延びることができたとしても決して他とは違う自己を得ることもできず、自己の根幹が空っぽのまま世間に放り出されて苦しみ続けるに違いない。そして彼らはそう遠くないうちに死んでいくしかないのだ。

 

 

 

 

 

 炎上する屋敷を見た少年は、まるで煉獄の炎が自らのエゴで生命を弄んだ愚か者に責め苦を与えているようだと思った。

ただ役割だけを期待して自身の複製を生産し、その中で能力値から後継者に秀でた個体を厳選して自身の後釜としての役割を与える。しかし、エゴにまみれた男の御眼鏡に適わなかった失敗作は僅かな命と空っぽの自分を抱きながらただ死を待つしかない。

煉獄の炎によってその身を焼かれ、裁かれるのも当然のことだろう。少年の胸の内には同情など欠片も湧いてこない。

 

 だがそれでも、アル・ダ・フラガはましなほうだ。彼が自身の罪を煉獄の炎で清算できたとしても、彼が生み出したクローンはこれからも僅かな寿命と戦って生き続けるしかないのだから。

庇護者も失い、金も地位も知り合いも……己すらない状態で社会に放り出された彼らにはこれからも責め苦が常に付きまとうこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝まで少年はずっと燃え盛る屋敷が見える場所から動かなかった。既に火は消し止められたが、屋敷は全焼し、屋敷があった場所には黒く炭化した残骸が散乱している。

自分を生み出した愚か者も、自分に与えられた可能性もある居場所も全てが燃えて塵になった。

 

 少年は文字通り全てを失くした状態となり、ふと考える。

己は何者なのか、何故元凶を焼き尽くしても尚、この心に灯る暗い炎はいまだに鎮火せずに燻っているのか――――

 

 

 

 

 

――――此処は何処だ? 私は誰だ? ――――

 

 

――――誰が生めと頼んだ? ――――

 

 

――――誰が造ってくれと願った? ――――

 

 

――――私は私を生んだ全てを恨む ――――

 

 

――――だからこれは、攻撃でもなく宣戦布告でもなく ――――

 

 

――――私を生み出したお前達(人類)への――――――

 

 

 

 

 

 

――――――――逆襲だ ――――――――

 




どっかの国民的アニメの劇場版第一弾をイメージしました。
というか、ほぼそのままですね。

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