機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS   作:後藤陸将

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これでとりあえず断章は完結です。


PHASE-X9 新たなる時代へ

C.E.73 6月24日 大日本帝国 内閣府

 

 

 テログループに占拠された大瑠璃丸がアメノミハシラに衝突した事件からおよそ3週間が経過していた。懸命の捜査活動の末にテログループの本拠地を見つけ出し、航宙母艦を伴う有力な艦隊を派遣した帝国宇宙軍であったが、遂に首謀者を捕らえて組織を全滅させることはできなかった。

捕虜となったジンやストライクダガーのパイロット、そして無事救出されたラクス・クラインの証言により、今回の一連の事件の首謀者はマルキオ導師であることが判明していた。しかし、帝国軍は数週間に亘る大捜索にも関わらず彼の身柄を押さえることはできなかったのである。

 

「無碍の民を虐殺した不貞の輩を捕らえられなかったことは痛恨の極みです。面目次第もありません」

吉岡は沈痛な面持ちで深く頭を下げる。だが、澤井は手を挙げてそれを制した。

「防衛大臣、君が責任を感じる必要は無い。我々の想像以上に敵は狡猾であり、巨大であったというだけのことだ」

「いえ、私があの時東アジア共和国に対する抑止力として安土に残していた第一艦隊のマキシマオーバードライブ搭載艦を一隻でもメンデルに回す決断をしていれば、テロリストの逃亡は防げたはずでした」

 

 去るC.E.73 6月4日、大日本帝国宇宙軍第三航宙艦隊は廃棄コロニーメンデル周辺でテロの犯人グループと接触した。敵の本拠地であるメンデルからの脱走に成功した大和少尉を追跡してきたMS部隊と交戦した第三航宙艦隊は被害を出したものの、これを退けることに成功する。

そして第三航宙艦隊はMSが出撃した拠点であるメンデルに突入し、これを占領することに成功した。だが、既にメンデルにはテログループの首班であるマルキオの姿は無かった。彼はメンデルから出撃したMS部隊が交戦している間に快速艇を使ってメンデルから高速で離脱していたのだ。

マルキオが逃亡に使用した高速艇にはかつてヴォワチュール・リュミエールが搭載されており、メンデルからのプロパルションビームを受けて加速し、そのままL4から逃亡したのである。第三航宙艦隊にはマキシマオーバードライブを搭載した艦は未だに配備されていなかったため、高速で逃亡するマルキオの脱出艇を追跡できる艦はなかった。

マキシマオーバードライブを搭載した艦は従来艦と比べて巡航速度が段違いに速く、連携させることが難しい。また、従来の機関に比べて調達費と維持費も高い。澤井政権も性急なマキシマオーバードライブの搭載艦の増強は列強国を刺激しかねないと判断したために調達ペースを押さえる路線を取っていた。そのため、現在マキシマオーバードライブ搭載艦は第一艦隊に集中して配備されている。

 

「過ぎたことを悔やんでいては仕方がない。それに、私は君の判断が間違っていたとは思わないさ。あの時はまさかテログループがあれほどの技術力を持っているとは想像できなかった」

「D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の解体が、このような形で帝国に害を及ぼすとは我々も考えていませんでした」

吉岡の判断を支持した澤井の言葉に、重ねて辰村情報局長が発言した。自身の発言の真意を読み取れなかった一部の閣僚が訝しげな表情を浮かべていることを察した辰村は、すぐに捕捉する。

「報告書にあった快速艇の加速に使われたヴォワチュール・リュミエールはD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)が開発した技術で、簡単に言えば既存のソーラーセイルの延長線上にあるものです。D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の解体直前には既に技術立証機が完成していました。今回、テログループが使用したプロパルションビームの発信器の構造も、D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)が試作したものとほぼ一致したそうです」

五十嵐文部科学大臣が辰村に問いかけた。

「つまり情報局長は、D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の解体と同時に本来出資国以外に漏れるはずが無かった技術が人材と共にテロ組織に流れたと考えているのですか?」

辰村は首を縦に振って肯定した。

 

 

 D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)はかつて、国際連合が機能していたころに設立された組織で、各国の共同出資によって運営されていた。その主目的は人類を火星以遠の宇宙に進出させることであり、その手段としてソーラーセイルや冷凍睡眠、自己修復型マイクロマシナリーテクノロジーを研究していた。そしてその研究成果は出資国に平等に公開されていた。

だが、戦後になるとD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)に出資する国は存在しなくなってしまった。最大の理由は日本で開発されたマキシマオーバードライブである。ヴォワチュール・リュミエールよりも深宇宙開発用宇宙船の動力としては遥かに優れており、その力は簡単に軍事力にも転用できるのだ。

D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)にヴォワチュール・リュミエールの開発をさせるよりも、マキシマオーバードライブを早期に実用化させるために自国の研究部門に投資すべきという動きが加速し、D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の出資国は次々と離れていった。

また、各国の宇宙開発に携わる科学者達もこれからはマキシマオーバードライブの時代であると判断していた。巨額投資をされていたにも関わらずヴォワチュール・リュミエールという宇宙開発においてはマキシマオーバードライブに劣るものしか造れず、肝心の宇宙開発にも確たる成果を出すこともできなかったD.S.S.D(深宇宙探査開発機構)は各国から見限られ、やがて資金難から解体された。結局のところ、敵国にも技術をもたらすような中立的研究機関というのは軍事的な緊張が高まっている時期には無理があったようだ。

日本もマキシマオーバードライブの実用化により火星以遠の開発を独力で推進することが可能になっていたので、いち早く援助を打ち切って自国の技術者を撤収させている。

その後、D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の技術者達は列強国に引き抜かれて各国に散らばったという。

 

 

「D.S.S.D(深宇宙探査開発機構)の出資国の『何れか』が意図的に流出したという可能性は考えられませんか?テログループにしては装備が異常なほど充実していたようですし」

奈原の問いかけに辰村が答える。

「その可能性も否定できません。ですが、メンデルでの調査では我が国に敵対的な国家の関連を裏付ける証拠は発見できませんでした。回収されたストライクダガーやジンも、ヤキンドゥーエ戦役で公式には喪失扱いにされた機体でした」

「戦闘終了後にジャンク屋が回収した可能性もあるということか……」

「はい。また、マルキオ導師はジャンク屋連合の成立にも深く関与していました。各国の上層部にも縁があるとか。自身の人脈であれほどの装備を集めることも不可能ではないかと」

「……根は深そうだな」

テログループの予想以上の厄介さに澤井は険しい顔を浮かべながら言った。

「このような勢力の跳梁跋扈を許しておけば我が国の宇宙開発の障害にもなりかねん。辰村局長、引き続き調査を頼む。必要とあらば軍の特殊部隊を投入することも許可しよう」

「はい」

 

 澤井は溜息をつくと、静かに椅子を引き、天を仰いだ。

大戦が終わり早2年、未だに帝国の宰相に安息の日々は訪れない。

 

 

 

 

 

 

 C.E.73 7月27日 大日本帝国 二条国立病院

 

 病院の一室、VIP専用の個室で一人の男性が着替えていた。病院服を脱ぎ、壁にかけられた軍服に袖を通す。未だ胸部と、頭部の半分を隠すように巻かれた包帯が痛々しい。

男は着替えを終えると、病室に備え付けられた鏡を見て身だしなみを整える。外地では国の範たる軍人は身だしなみは常に完璧でなければならない。本来であれば髪もセットすべきなのだが、頭部が半分以上包帯で覆われているため、本格的にセットすることはできない。

「キラ。お着替えは終わりましたか?」

軍帽を手にとったキラに病室の外から声がかけられる。キラはその声の主にすぐに返答した。

「ラクス、もう少し待ってて!今行くから!」

 

 

 病院の廊下をキラは清楚な白いワンピースを着たラクスを連れ添いながら歩いた。

「結婚式は、来月まで持ち越しだそうですね」

「残念だけど、仕方ないよね。新郎がミイラ男じゃ格好がつかないし」

キラは苦笑し、ラクスもそうですわね、と言いながら釣られて笑みを浮かべる。

 

 

 カナードの駆るハイペリオンとの戦闘の終盤、キラはハイペリオンの最後の特攻をビームサーベルで迎え撃った。そしてハイペリオンのフォルファントリーがフリーダムの胸部装甲を正確に捉えてから僅かに遅れてフリーダムのビームサーベルがハイペリオンのコックピットを真一文字に両断した。

キラが搭乗していたフリーダムの改修型は外部装甲にはラミネート装甲は採用されていたが、至近距離から発射されたフォルファントリーを防ぎきることはできず、フェイズシフト装甲部分までの貫通を許してしまう。

そしてフォルファントリーの命中の直後にハイペリオンが爆散、フリーダムは至近距離で爆発の衝撃を受けてしまった。特にコックピット部分は先のフォルファントリーで外部装甲が破壊され、フェイズシフト装甲部分も損傷していたこともあり、爆発の衝撃を防ぎきれずに大きな被害を受けた。

想定外の衝撃がコックピットを覆うフェイズシフト装甲を破壊し、コックピット内にいたキラはその餌食となった。コックピット内の計器が爆ぜ、その部品が飛び散ってキラの身体を襲ったのだ。頑丈に造られたコックピット周りのフレームのおかげで爆風そのものに身を曝されることはなかったが、爆発の衝撃飛び散った部品だけでもキラの命を脅かすのには十分だった。

パイロットスーツは装着しておらず、ヘルメットしか装着していなかったために全身をコックピットで跳ね回る部品が彼の身体を傷つけ、一部部品はヘルメットのバイザーを砕き彼の頭部を襲った。衝撃でシートに叩きつけられ、全身を打撲、更に身体の複数個所が骨折していた。

戦闘終了後、爆発を感知して駆けつけた権藤にすぐさま救助されたキラはそのまま蒼龍の医務室に緊急搬送されて治療を受けることとなる。一時は出血多量で命の危機もあったが、蒼龍のクルーからの輸血でなんとか命を繋ぐことができた。

その後、全治3ヶ月半と診断される重傷を負ったキラは容態が安定した後に安土の宇宙軍病院から内地の京都に搬送され、遂に今日退院となったのである。

京都の病院に移送されたのは、彼の療養を兼ねていたためだ。退院したのちはしばらく京都にある煌武院邸で世話になり、けがの具合を見せるために二条国立病院に定期的に通院することになっている。

上司も、『雅な都にある大きなお屋敷で可愛い婚約者に看病されるんだからうらやましいものだ』と愚痴を溢していた。

 

 

「ラクスは、もう大丈夫?」

キラはラクスの体調を案じる。

「私は大丈夫ですわ。もう完全に薬の影響も無くなっていると診断されましたし」

「暗示の方は大丈夫なの?」

「そちらの方も、専門のお医者様に診ていただきました。1週間ほど前まで暗示をなくすために治療を受けておりましたが、もう心配はないそうです」

 

 

 マルキオに囚われた際に催眠効果のある薬物を投与され、催眠暗示を受けたラクスは蒼龍の医務室では有効な治療を行うことはできないと判断されて即座にL4の安土宇宙軍病院に搬送された。そこで彼女はマルキオに植えつけられた暗示を解除するために催眠療法士による治療を受けた。

幸いにもラクスに投与された催眠誘導剤は僅かであり、薬物による影響が身体に残ることはなかった。だが、暗示の解除には思ったよりも時間がかかった。暗示に使われた機械や暗示の内容などのデータはマルキオのメンデル脱出直後に実験施設が爆破されたために消滅していたのだ。

そのため、彼女にどのような内容の暗示が如何なる手法で行われたのかを把握することに時間を費やし、結果的には1ヶ月以上の治療が必要となってしまった。

退院後彼女はキラの入院している二条国立病院にほど近い煌武院家の邸宅に世話になることになった。これはラクス自身がキラの傍にいたいと申し出たことと、彼女の身辺警護の都合のためである。

因みにラクスは花嫁修業も煌武院邸で行っていたらしい。

 

 

 病棟を出たキラは空から差し込む真夏の日差しを受けて眩しそうに手を上にかざした。日本に移住してから2年が経過したが、普段は気温、湿度ともに快適に調節されたコロニーで過ごしているためか未だこの蒸し暑い気候にはなれない。

蝉時雨の中、病院の敷地の外に待機している迎えの車の元へ二人は額にうっすらと汗を浮かべながら歩く。

 

「この後、キラはしばらくお休みでしたよね。今度二人でどこかでかけませんか?お仕事がないからといって、悠陽様のお屋敷に缶詰では気が滅入ってしまいましょう」

ラクスが少し声を弾ませる。何しろ、久々に二人で過ごせる休みだ。期待が隠せないらしい。

「うん。僕は怪我が完治するまでは京都で療養だからね、できれば気が紛らわせるようなところに行きたいな。でも、身辺警護の事情もあるからあまり人が多いところとかには出かけられないんだ」

これまでも、デートの際には二人とも完璧なメイクを施して、密かに警護のものを周辺に配置していた。だが、今回の件を受けて二人には厳重な身辺警護が敷かれている。そのため、ラクスとよくデートに行った遊園地や水族館、ショッピングモールといった施設には行けないのだ。

「身辺警護の事情は私も理解していますわ。ですから、そうですわね……映画館にでも行きませんか?それでしたら、大丈夫ではないでしょうか?」

「映画館か……それならいいかもね。ラクスは見たい映画はあるの?」

「はい。何でも、今は『始まり(ゼロ)に至る物語』というものが人気らしいのです。私も入院していたときに予告編をテレビで見て、少し気になっています」

 

 

 

 

 

 他愛の無い会話をしながら病院の門に向けてラクスと二人でゆっくりと歩いていると、前方から一人の少年が走ってきた。服装から推測するに、少年は帝国宇宙軍少年学校の生徒のようだ。少年はその額に大粒の汗を浮かべ、息を切らしながら走っていた。

しかし、少年は病棟から歩いてくるキラに気づき、慌ててその場に立ち止まる。おそらく、キラの着ている軍服を見て条件反射で反応してしまったのだろう。そして少年は軍服の襟に光る少尉の階級章に驚いたのか、緊張した表情を浮かべて敬礼した。

キラもまだ初々しさが抜けない少年に微笑みながら答礼し、少年の隣をゆっくりと通り過ぎた。

 

 ふと、キラは後ろを振り返る。既に少年は病棟に向けて駆け出していた。

「あのお方はお知り合いですか?」

不意に後ろを振り返ったキラにラクスが怪訝な表情を浮かべて声をかけるが、キラは普段と同じ朗らかな笑顔を浮かべながらラクスに向き直った。

「いや……なんでもないよ。最初はこんなところに少年学校の生徒がいるのは珍しいと思ったけど、そういえばもう学校も夏季休暇に入った頃だしね」

「あの方も病院にどなたかお知り合いが入院されているのでしょうか?」

「そうかもね。軍少年学校の生徒なら自分の怪我は軍病院で安く治してもらえるから民間の病院に行く必要はないし。……さあ、行こうか。あんまりお迎えの人を待たせるのはまずいだろうし」

「そうですわね」

キラの様子から、別に何か特別なことがあったわけではないと判断したラクスは、特に気にしたそぶりを見せずにキラの腕を自身の腕で抱え込み、彼の肩に頭を寄せる。

 

 

 

 一瞬の会合だったが、キラは先ほど擦れ違った黒髪の少年に何か『人とは違ったもの』を感じた。その正体はキラにも理解できてはいなかったが、少年の紅玉のような紅い瞳の奥に少年自身も気がついていない何かが眠っていることをキラは確信していたのだ。

 

 

 

――――頑張れよ、後輩。

 

 

 

 キラは心の中で名も知らぬ後輩にエールを送り、ラクスと共に迎えの車に乗り込んだ。




とりあえず、次からは種死編の方を更新する予定ですが、現在諸事情で各種資料の揃ったホームを離れているので執筆が難しくなりそうです。
もしかすると、またバカテスに逃避するかもしれません。

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