機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS   作:後藤陸将

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これで完結とか思っていたら、忘れていたことがありましてさらに一話増えました。


PHASE-X8 猛る刃

「認めるか……俺は認めないぞ!!」

四肢を失い、コックピットのモニターに各部の破損を示すアイコンが表示されていても尚カナードは戦意を喪失していなかった。

18年間追い続けた自身の仇敵に一度とはいえ迫ったのだ。ようやく手が届きかけた獲物に痛烈な後ろ蹴りを喰らわされたからといって簡単に諦めることはカナードにはできなかった。故に、彼は敗北が必死な状況であっても足掻き続ける。直ぐに自己診断プログラムを作動させ、損傷箇所を割り出す。まだハイペリオンは動く。彼はそう信じていた。

「駆動系統がやられたのか……」

だが、ハイペリオンの再起動は不可能といっても過言ではなかった。胸部の装甲の一部が欠損、さらに機体の各部に指示を伝える駆動系統の障害が発生しており、これでは機体を動かすことができない。

 

『パイロットに警告する。すぐに機体を捨てて投降せよ。1分以内に出てこない場合、抵抗の意思ありとみなして撃墜する。これが最後通牒である』

自身に情けをかける怨敵の声が彼の業火のような怒りに油を注ぐ。勝てないにしても、この期に及んで圧倒的に優位な立場にある宿敵から降伏勧告され、彼が応じるわけがない。幸いにもハイペリオンは核動力搭載のMSだ。核爆発させることはさほど難しいことではない。自爆を決意したカナードは原子炉の設定を操作しようとコンソールに手を伸ばす。

だがその時、フリーダムは突如ハイペリオンに向けていた銃口を上に向ける。カナードもそれに釣られて上方の映像に画面を切り替える。同時に幾条もの火箭が上方から降り注いだ。

「メビウス!?……あいつらか!!」

上方から火箭を放ったのは傭兵部隊Xの所有する9機のMA、メビウスだった。更に、ハイペリオンに通信が入る。相手は傭兵部隊Xの母艦、オルテュギアだ。

 

『カナード。無事』

「何故手出しをした!!こいつは俺の獲物だ!!」

メリオルが何かを言い切る前にカナードは口を挟んだ。

「確かに俺の機体は満身創痍だ!!だがな!!だからといって俺は宿敵を討つのに手助けを求めるほどの腑抜けではない!!」

凄まじい剣幕で捲くし立てるカナードに対し、メリオルは普段と同じ態度で淡々と話す。

『腑抜けですか。しかし、達磨よりはマシではありませんか?』

「何だと!!」

『このままでは、貴方はフリーダムに撃墜されるか拿捕されるかしかありません。自爆という選択肢も貴方の中にはあったと思いますが、既にドレッドノートが同じ手を使っていますから、恐らくは看破されるでしょう。自爆に失敗すれば、貴方は犬死です。自爆は古今東西どんな例を見ても負けに他なりませんよ?』

負け――それを認めることはできない。それは、自身に押された失敗作という烙印を否定するために重ねた研鑽の――ひいては、自身の人生の全否定に他ならない。それは、彼の矜持が許さなかった。

「そうだ……俺もお前もまだ戦える!生きているうちは負けじゃない!!」

この交信の間にも、既にメビウスの数は半数を切っていた。時間がないと判断したカナードはコックピットを開放し、座席に備え付けられていた工具箱を手に宇宙空間に出る。そして胸部の装甲欠損部分に取り付くと、工具箱から電灯を取り出して欠損部分を照らした。

「クソ……情報伝達ケーブルが欠損している!」

損傷箇所を確認したカナードは手持ちの工具を使用し、情報伝達ケーブルを繋ぎあわせようとする。だが、生憎とキラはそれを黙って見ているほどお人よしでも間抜けでもなかった。キラはカナードがコックピットを飛び出し、欠損した装甲部分にはりついているのを見て、カナードが何を企んでいるのかを察したのである。

既にオルテュギアから発艦した9機のメビウスは全て撃墜されていた。もう、キラのフリーダムの邪魔をするものは存在しない。キラはこのままカナードを捕縛しようと考え、機体をハイペリオンに向ける。

カナードも一瞬、もはやここまでかと覚悟をした。その時、艦砲クラスのビームがフリーダムとハイペリオンの間を貫いた。ビームを放ったのは他でもない、オルテュギアだ。

『カナード!!私達が時間を稼ぎます!!』

「メリオル……まさかお前!?」

『長くは持ちません!!手を休めないで下さい!!』

オルテュギアはゴットフリートMk.21をフリーダムに向けて斉射する。更に、対空ミサイルでフリーダムの回避行動を妨げる。後先を考えないミサイルの集中砲火により、フリーダムの動きはオルテュギアに完全に封じ込まれた。

 

 フリーダムの動きが封じられている間にカナードは断裂していた情報伝達ケーブルを復旧し、再度コックピットに潜り込んだ。機体の状態を確認し、戦闘プログラムを大破した機体の状態に最適化する。

「よし……メリオル!!もういいぞ!!下が」

カナードがOSの組み換えを終え、いざ機体を再起動しようとしたとき、カナードは外部のサブカメラが移す映像を見て言葉を失った。オルテュギアは船体の各部に被弾を受けて大破炎上していたのだ。だが、未だに対空火器は激しく火を吹き、フリーダムを引きつけていた。

 

 カナードはすぐにオルテュギアの艦橋に通信を繋ぐ。

「メリオル!!」

『カナード…………修理は……』

モニターに映る艦橋は煙に黒煙に包まれつつあった。紅い水滴が浮遊し、まるで何かが大暴れしたかのように荒らされた艦橋の様子から見るに、艦は既に航行が困難なほどのダメージを受けているらしい。メリオルも額から血を流し、その純白の船外服のいたるところを紅に染めていた。

「俺も、ハイペリオンももう戦える!!だからお前達は下がれ!!」

カナードは必死に呼びかける。これまでのカナードにとっては使い勝手のいい駒程度としか思っていなかった相手のはずだったが、何故か今のカナードの胸には彼らを失いたくないという強い思いが芽生えていた。

『下がりたいのは山々なのですが……既に推進機関が停止しています。ミサイルは撃ちつくしたので弾薬庫に誘爆する危険性はないのですが、動力炉が危険な状態にあるとの報告を受けています。遠からず、爆沈するでしょうね』

「すぐに脱出艇を使え!!」

メリオルは静かに首を横に振る。

『脱出艇を収容していた格納庫がレールガンの直撃を受け、半数以上が使用不能です。生存者を全員脱出させることはできません』

普段と同じ、事務的な口調でメリオルは艦の現状を報告する。

『全員が脱出できない以上、艦長たる私は最後まで艦の保全につとめ、生存者を脱出艇で送り出すところまで見届ける義務があります』

「ふざけるな!!貴様も生きて脱出しろ!!」

カナードは画面越しにメリオルに怒鳴りつける。だが、メリオルは涼しい顔を浮かべながら頭を横に振った。

『艦橋から格納庫に通じる通路は被弾の影響で既に空気がありません。船外服が破けていますから、このまま真空空間にでることはできないのです』

 

 その時、フリーダムの翼部シュラークから放たれた閃光が残された最後のイーゲルシュテルンを射抜いた。その衝撃でメリオルの身体は宙に跳ね上げられ、天井に激突した。だが、メリオルは激痛に悶える身体に鞭を打ち、再度カナードの顔が映し出されるモニターの前に戻って微笑んだ。

『勝ってください……かならず。私は貴方を信じています』

普段の彼女とは違う柔らかな笑みにカナードは知らず知らずの内に見惚れていた。

『ずっと言えませんでしたが、私は貴方のことが好きでした』

今まで見た事のない表情を見せる女性の告白に、しばしカナードの思考は停止する。

「スーパーコーディネーターだとか、失敗作だとかは関係ありません。私は……」

 

 メリオルが最後の言葉を伝えきる前に、破局は訪れた。度重なる攻撃を受けたオルテュギアの艦橋直下の穿孔から真紅の火柱が奔騰し、船体に刻まれた多数の亀裂から漏れ出した閃光がオルテュギアを一瞬包む。そしてオルテュギアは暗き空に灯る星となった。

ハイペリオンのコックピットでカナードは身体を静かに震わせていた。

 

 この心の底から湧き上がる思いは何だ――カナードは自問する。

絶望や苦痛なら何度も味わってきた。だが、今自身の胸を満たす感情は憤怒でも、悲哀でもない。それよりも辛いこの感情は何なのだろう。

それはカナードが生まれて初めて味わった喪失感だった。愛も家族も何も与えられたこともないカナードの人生で、初めて与えられたものが自身を補佐する特務部隊Xだったのである。そして初めて自身の力の及ばなさから喪失したものもまた、特務部隊Xであり、その纏め役だったメリオルであった。

 

 自身にとってメリオルとはなんなのか――その問いをカナードは自身に投げかける。

初めて会った時の印象は、どこぞの情報統合思念体が情報爆発の原因を観測すべく送り込んだ対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースか国連の特務機関が開発した汎用人型決戦兵器の零号機パイロットかといったものだった。こいつも、自身をモルモットとしか認識していない腐った豚共の手下でしかないと想っていた。

そんな考えが変わり始めたのはいつからだっただろうか。気がつけば、傍にいることに不快感を感じることがなくなっていた。常に自分しか信じていなかったはずが、戦略や己の機体について相談するほどに彼女を信頼していた。

彼女が最後に自身に告白した愛というものが自身の中にあり、それがメリオルに向けられていたのか。それはカナード自身も分からなかった。肉親の愛も知らずに育った彼が他人に対する親愛や恋愛の情を理解することは難しいことであった。

 

 だが、一つだけ彼の中で確かなことがあった。紛れもなくメリオルと特務部隊Xはカナードにとって掛け替えの無い大切なものであり、キラ・ヤマトは自身の大切なものを奪っていったということだ。

 

「キラ……キラ・ヤマトォォ!!!!」

 

 カナードの胸を憎悪の炎が焦がす。喪失感を糧に憎悪の炎は更に大きく、強くなっていった。そして、憎しみにその身を焼きながらカナードはフットバーを蹴っ飛ばした。

再起動を果たしたハイペリオンは健在な背部スラスターに大きな光を灯し、急加速する。

 

「貴様だけは許さん…………貴様だけはぁぁ!!」

再起動し、突撃を仕掛けてくる相手にキラが棒立ちでいるわけがない。キラはフリーダムの持つ5門の火砲をハイペリオンに向けて放つ。だが、カナードにはフリーダムの動きが全て(予知)えていた。

スラスターの僅かな操作でハイペリオンは自身を襲う火箭を紙一重ですり抜ける。キラは驚きながらも追撃を続けるが、ハイペリオンはビームと実弾の弾幕をまるでサーカスをしているかのように軽やかな動きで突破する。

「俺はお前を許さない!!」

今、カナードはフリーダムの一挙一動を視ることでその先の動きを先読みできた。全ての攻撃を先読みされているフリーダムの攻撃がハイペリオンにあたるはずがない。ハイペリオンは弾幕をすり抜けながらフリーダムとの距離を詰める。

 

 実はこの擬似的な予知能力は成功作であるキラには存在しないもので、カナードが後天的に会得した能力である。

幼少期からユーラシア連邦の手によって様々な苦痛を伴う実験を施された影響で、カナードの脳内にある各種脳内物質を分泌する組織には変化が生じていた。そのため、脳内物質の分泌量にムラが生じ、感情が不安定になるなどの症状がでていた。

普段は薬などでその影響を最小限にとどめているのだが、『生まれて初めて味わう喪失感』は薬の効果など無視するほどに彼の脳の根幹を大きく揺さぶった。これまで強制的にその活動を封じ込められていた脳内物質分泌器官はかつてないほどの刺激を受け、暴走状態といっていいほどに脳内物質を大量に分泌した。

その影響を受けてカナードの感覚神経はSEEDの発現時を凌駕するほどに鋭敏化した状態にある。鋭敏化した感覚神経が捉えた膨大な情報とカナード自身の戦闘経験、超活性化した脳の処理能力が相手の動きを擬似的に予知できるほどの精度での先読みを可能にしたのだ。

一方、僅かな刺激も通常の何倍に増幅されて脳に伝えられるため、本来であれば自身の一挙一動が、周りの状況の僅かな変化が耐え難い苦痛であるはずだった。しかし、既にカナードの精神は肉体を凌駕しており、常人であれば耐えられない苦しみをものともしていなかった。

 

 熾烈な弾幕をすり抜けて接近するハイペリオンの姿に焦りを覚えたキラはアルミューレ・リュミエールを展開して突進を防ごうとする。だが、先ほどハイペリオンのビームランスを挟み込んだ際にフリーダムのアルミューレ・リュミエールハンディも損傷しており、バリアを展開することはできなかった。

アルミューレ・リュミエールが展開できないことに気がついたキラは、自身の目算が狂いすぐ目の前にまで迫っていたハイペリオンに対して反射的にES01ビームサーベルを抜き放った。

同時に、ハイペリオンは唯一残された武装である背部ビームキャノン『フォルファントリー』をフリーダムに放つ。

 

 ハイペリオンの展開した砲門から放たれた閃光はフリーダムの抜き放った光刃が届く前にフリーダムの胸部を正確に捉えた。だが、僅かに遅れてフリーダムが抜き放った光刃も寸分違わずにハイペリオンの腹部を真一文字に切り裂く。

 

 カナードは自身の視界を染める光に飲み込まれるその刹那の瞬間、ハイペリオンが放った必殺のビームがフリーダムのコックピットに――キラ・ヤマトに確かに届いていたことを見届けていた。

 

――――俺が磨き上げた牙は貴様に届いたぞ、スーパーコーディネーター!!

 

 カナードは不敵な笑みを浮かべながら光の中に消えた。




メリオル忘れてました…………完結までにまたさらに一話増えます。

次こそ完結させたいです……

スーパーカナードの元ネタは某幕末流浪人の義弟と警視庁警備部警護課第四係の某SPです。

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