機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS   作:後藤陸将

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断章は後一話で完結となります。


PHASE-X7 カナード・パルス

「畜生!!やっかいな装備を使いやがって!!」

権藤の駆る陽炎改は宇宙空間を上下左右に不規則に飛び回り、自身の後を追うように放たれる緑の閃光を回避する。

「権藤!!逃げ回るばかりじゃ埒があかねぇぞ!!」

権藤と二機連携(エレメント)を組む結城もひっきりなしに回避運動を取りながら愚痴を零す。

「言われんでも分かっとるよ!!しかし、やっかいなもんだな、ドラグーンってやつは」

権藤は舌打ちをした。

既に敵の正体は分かっている。やつはYMF-X000Aドレッドノートだ。帝国軍がディセンベル市を占領した際に得られたザフトのデータバンクにこの機体についての記録も残っていた。それによると、この機体はザフトで初めての核動力を搭載したMSであり、第二次ヤキンドゥーエ会戦で猛威を振るったZGMF-X13Aと同じく、量子通信で操作される移動砲台『ドラグーン』を始めて搭載したMSでもある。

権藤にはドラグーン搭載のMSと相対した経験は無いが、その脅威は軍内部の戦闘詳報で目にしている。だが、1対1ではあの大日本帝国最強の撃墜王(エースパイロット)白銀武中尉(当時)ですら大苦戦した相手だ。戦闘詳報において白銀中尉は『緊密な連携のとれた中隊規模のベテラン部隊を相手取るようなもので、こちらも敵の移動砲台以上の数の精鋭を揃えて戦うことが対抗する最低条件となる』と評していた。

 

「こっちは付き合いの長いオッサンが4人、敵のドラグーンは腰と背中を合わせて6機……これは厳しいですなぁ」

「陽気なこと言ってないで作戦でも考えてくださいよ隊長ぉ!!こっちはいっぱいいっぱいですよ!!」

佐藤が泣き言を零すが、権藤は特に気にした様子は見せない。

「今考えとるよ。まぁ、ロートルの頭だからなぁ。如何せんいいアイデアが浮かばん」

「隊長ぉぉ!?」

必死になって逃げ回る部下を尻目に、権藤は考える。だが、元々科学技術に詳しい方ではないので、ドラグーンの技術的な弱点などは全く思いつかない。他人の経験から類推しようにも、日本国内でドラグーン搭載機との交戦経験があるのは先に挙げた白銀中尉だけだ。それに、彼は全方位からのオールレンジ攻撃を純粋な技量を持って突破して正面からこれを打ち破ったのであって、あまり参考にはならない。あの白銀武(変態)のように目玉が何個もついているパイロットは他にいないのだ。

「まてよ、目玉が何個も……」

その時、権藤は閃いた。そう、目玉を何個も持った変態は50万を超える帝国軍の中でもたった一人だけ。だが、目玉が2つしかない自分達でさえ、急場をしのぐくらいにはオールレンジ攻撃に対応できている。では、はたして、目の前のパイロットの目玉も二つ以上あるのだろうか。

権藤は敵機の動きとドラグーンの動きを観察する。観察に気を取られてライフルをドラグーンに打ち抜かれてしまうが、それでも知りたいことは知ることができた。

 

「おい!!佐藤、新城、結城!!アンチビーム粒子ディスチャージャー用意しろ!!同時に信号弾の発射準備だ!!俺が合図をしたら一斉に展開しろ!!」

「「「了解!!!」」」

4機は現在、ドレッドノートを四方から囲む陣形を取っている。これは、下手に一箇所に集まればまとめて撃墜されかねないという判断からである。また、囲まれている以上ドレッドノートはドラグーンの狙いを一機に集約することはできない。そうすればガードが空いた他の三方からの攻撃に対応できなくなるためである。

そしてドレッドノートのドラグーンは機体の後方と前方で同時に運様する場合、後方のドラグーンの狙いはやや粗いことは先ほどビームライフルを犠牲にした観察で確認済みだ。つまり、このパイロットの目玉は二つだけ、視野は常人のそれと変わらないということだ。そしてあの機体のパイロットはドラグーンの操作をその視野に頼っている。それならば、こちらにも打つ手はある。

 

 

「この人たち……巧い!!」

プレアはドレッドノートのコックピットで敵機の巧みな連携に舌を巻いていた。自分の能力やドレッドノートの性能に自惚れているわけではないが、並大抵のパイロットが相手であれば遅れはとらないと自負している。世界でも希少な空間把握能力の持ち主である自分の手でドラグーンはその性能の全てを引き出されているはずであるが、それでも敵機を撃墜することができないでいる。

プレアが苦戦している理由は敵機のパイロットの能力故ではない。確かに彼らの能力は低いわけではないが、別に並外れた技量と言うほどのものでもない。

だが、その巧みな連携は脅威だった。正しく阿吽の呼吸で繰り広げられるコンビネーション攻撃により、ドラグーンは封殺されていると言っても過言ではなかった。自身を取り囲むように布陣する4機のMSに対応するためにドラグーンを遊撃させているため、どうしてもプレアは決定打を得ることができないでいたのである。

自身の集中力もそろそろ限界が近い。一か八か、ドラグーンを一機に集中させるか――プレアがそう考えていたとき、敵機に変化が生じた。

 

「あれは……アンチビーム粒子ですか!!」

自身を取り囲む敵機の装甲のすきまから露出した噴霧器から噴射されている粉末を視たプレアは瞬時にそれがアンチビーム粒子であることを看破した。そしてその利用法にも当たりをつける。

「アンチビーム粒子を展開し、ドラグーンの攻撃を凌ぎながら一斉攻撃といったところですか……でも!!」

確かにドラグーンの火力はそう高いものではない。一時的とはいえ、砲撃仕様MSの全力砲撃をも封殺することができるアンチビーム粒子の幕をドラグーンの火力で突破することなどは不可能だ。敵機の狙いはドラグーンを封殺した間に接近戦に持ち込むことだろう。ビームを封じられた上で多人数相手の接近戦となれば、プレアの敗北は必死だ。

しかし、宇宙空間ではアンチビーム粒子はその場に停滞することはなく短時間で拡散してしまう。また、激しい機動をとっていれば粒子の拡散速度は増加する。つまり、敵機がアンチビーム粒子を展開している間逃げ回り、敵機に自分を追い掛け回させれば敵機の術中に嵌ることはない。

そう判断したプレアは即座にフットバーを蹴りとばすが、同時に彼の視界を白色の光の靄が覆った。そして、光の靄に彼の操るドラグーンの姿が覆い隠される。更にその隙を突いて全方位から敵機が長刀を構えて突撃してきた。

プレアは慌ててブースターを吹かせて距離を取ろうとしたが、機動性ではドレッドノートは陽炎改には及ばないため、距離を開くことができない。頼みのドラグーンは光の靄に包まれて現在位置を把握できない。レーダーではドラグーンの位置を把握できているが、レーダーだけを見てドラグーンを正確に制御することは難しい。

咄嗟にシールドを構えて敵機の襲撃に備えようとしたが、敵機はドレッドノートには目もくれず、その傍をすり抜けた。同時に敵機はバックユニットの突撃砲を起動させ、ドレッドノートとは見当違いの方向に火箭を叩き込んだ。同時に、ドレッドノートのレーダーが捉えていたドラグーンがレーダーロストする。そして、ドラグーンの爆散に伴い、爆風で光の靄が薙ぎ払われた。薙ぎ払われた靄の向こうでは、信号弾にも用いられる照明弾が煌々と輝いている。

 

「アンチビーム粒子の幕の中で照明弾を……なるほど、あの光の靄は照明弾の光を反射したアンチビーム粒子でしたか。そしてその靄で僕の視野を阻めてドラグーンを操作不能にし、その隙にドラグーンを撃墜したということですか。確かにドラグーンを失えばドレッドノートは脅威ではありませんからね」

敵の見事な戦術に感心していると、自分を包囲する敵機が回線を開くように要求してきた。要求に従い、プレアは回線を開いた。モニターに映ったのは不真面目そうな男の姿だった。

「こちらは大日本帝国宇宙軍第三航宙戦隊の権藤大佐だ。ドレッドノートのパイロット、投降する気はないか?」

「ドラグーンを失った以上、ドレッドノートはもう脅威ではない……そのようにお思いのようですね」

「あんたも分かってるでしょうに。これ以上抵抗しようがないってことは」

確かに権藤という男の言葉は否定できない。こちらの武装はビームライフル一丁に複合防盾ひとつ、ドラグーンを使っても撃墜できなかったMS相手に太刀打ちできるはずがない。だが、ここで諦めるつもりはプレアにはなかった。ここで彼らをできる限り引き止め、導師の逃亡を確実とすることが自身の残り短い命の最良の使い方であるとプレアは判断していたのである。

「残念ですが、お断りさせていただきます。どうせ投降したところでまともな扱いはされないでしょうし、自分にはまだやることがあるんです」

「けっ!ウチの国の民間人に手出ししといて、いい扱いをされるわけないでしょうが。それに坊主、お前さんは包囲されているんだ。わがまま言いなさんな」

「我儘ですか……ですが、我儘だと言われようが、やらなければならないことがあるんですよ」

そう寂しそうに笑いながら言うと、プレアは回線を切断した。プレアが降伏勧告を蹴り、戦闘態勢に入ったと判断した権藤達は咄嗟に身構える。だが、ドレッドノートは微動だにしない。

何か行動を起こされる前に四肢を斬り飛ばして無力化しようと考えた権藤がドレッドノートに向けて突撃しようとしたとき、コンピューターが警告音を鳴らした。警告音を聞いた権藤は制動をかけ、突撃を取りやめる。

そして警告の原因を示すウィンドウに目を通す。ウィンドウには、敵機が以上な熱をエネルギーを生じつつあることを示すデータが表示されている。

「敵機に熱反応……まさか核爆発か!?全機全門開放!!全力射撃!!」

敵機が核爆発しようとしていると判断した権藤は、敵機を今すぐに撃破しようとする。もしも核爆発をされたならば自分達も間違いなく無事ではすまない。だが、幸いにもこのあたりはNJの影響下だ。あの機体のNJCを破壊することさえできれば、NJの効果によって核分裂は起きなくなる。それゆえの全力射撃だ。

後先考えない全力の射撃は何とか攻撃を避けようとしていたドレッドノートを飲み込んだ。ボディには幾多の弾痕が穿たれ、そこから火を噴いたドレッドノートは一瞬で巨大な火球へと変貌した。幸いにも核爆発は起きなかったようだが、その壮絶な最後は権藤達の目にしっかりと焼き付けられた。

 

「全く……若けぇやつが無茶しやがる。だが、確かにお前さんは勇気あるもの(ドレッドノート)に相応しいやつだったのかもしれねぇな」

権藤はそう呟くと、最寄の母艦である飛龍へと針路を取る。先ほどの全力射撃で弾薬が尽きており、推進剤の残量も心もとない。既に彼らの継戦能力は完全に喪失していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 その頃、飛龍のMS隊は敵の巨大MA――――TSX-MA717/ZDペルグランデとの戦闘中だった。飛龍のMS隊はその数に物を言わせて全方位から絶え間ない射撃を続けていた。何機かはとりついてビームサーベルで斬撃を加えている。ペルグランデもドラグーンを使うことができるが、ドラグーンの数の数倍の敵機に群がられれば満足に運用できるはずがない。

その画はまるで血に飢えたピラニアが徒党を組んで自身より巨大な魚に群がる様を連想させる。俗に言うフクロにするというやつだろう。

パイロット達はいたって真面目に生命のやりとりをしているのだろうが、傍目から見ると死闘というより、食事に見えてしまうのは何故だろうか。マルキオ側が捨て駒として投入したペルグランデは結局、飛龍MS隊に大した損害を与えることもなく全方位からフルボッコにされて爆散した。

以外とあっけない最後である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キラ・ヤマトォォォ!!!」

ソウリュウ・タイプから発艦した蒼い翼の機体を見つけたカナードは一目散に向かっていく。自身の怨敵、自身の兄弟、自身の成功作――やつを倒し、自分は初めて何かを得ることができる。彼はそう信じていた。

「貴様は俺が討つ!!そして証明してやる!!俺が成功作だと!!」

カナードのハイペリオンはアルミューレ・リュミエールを全方位に展開し、背部のビーム砲、フォルファントリーを発射する。キラの駆るフリーダムはそれを回避し、ハイペリオンに向けてエクツァーンを撃ちこんだ。だが、光の幕の前に電磁砲は無効化される。次いでキラは背部のシュラークを起動させて打ち込むが、こちらもアルミューレ・リュミエールの前に弾かれて効果は見られなかった。

「無駄だ!!このバリアを突破できるものか!!」

カナードはなす術もないキラのフリーダムを嘲笑する。だが、キラはまだ諦めたわけではなかった。脇腹の対艦刀を抜くと、二刀流の構えを取った。長刀の2刀流は元上司にして師とも言える男の本気の戦闘スタイルだ。

対艦刀を両腕に構えたキラはアルミューレ・リュミエールに向けて突進する。だが、狙いは光の壁を突破することではない。超電磁砲でさえ突破できない壁を対艦刀で突破できると考えるほど彼はお気楽ではない。狙いは、アルミューレ・リュミエールの発信機だ。これさえ潰せば、ハイペリオンを丸裸にすることができる。

当然、突進してくるフリーダムに対し、ハイペリオンはビームマシンガンによる弾幕で応戦するが、フリーダムは両腕のアルミューレ・リュミエール・ハンディを展開してそれを防御する。そして対艦刀による2連撃は正確に発信機の一つを捉え、それを破壊した。それに驚いたハイペリオンは後退し、フリーダムから距離を取る。

 

「フン……それでこそ俺が貴様を討ち取る価値があるというものだ!!」

自分が本気を出して初めて討ち取れる相手ではなければならない。いや、キラ・ヤマトを自分以外に討ち取れる人間が存在してはいけない。そうでなければ、自身が最強のスーパーコーディネーターであるということは証明できないのだから。

カナードはアルミューレ・リュミエールをビームランス状に展開し、フリーダムに対して突進する。キラはそれに対し、エクツァーンで迎え撃つ。カナードはエクツァーンを防ぐためにビームランスを解除し、再度アルミューレ・リュミエールを傘のように展開した。

だが、ハイペリオンの突進の勢いは衰えていない。ハイペリオンはアルミューレ・リュミエールを纏ったままフリーダムに体当たりを敢行する。更に、接触の直前にビームマシンガンを連射し、追撃をかける。

フリーダムは接触の瞬間にアルミューレ・リュミエールを展開し、ハイペリオンとの接触の瞬間に機体の姿勢を制御する。自身の機体はアルミューレ・リュミエールの影に位置するような姿勢を取り、ハイペリオンの銃撃をやりすごす。

だが、それだけでは終わらない。キラは銃撃が止む直前にシュラークを再度アルミューレ・リュミエールに向けて発射する。光の幕と接触したビームはその場で閃光とともに消滅する。そしてその閃光を目くらましにしてアルミューレ・リュミエールを解除したキラは対艦刀をアルミューレ・リュミエールの発信機に突き刺して左右の2機を破壊する。これでハイペリオンは5基の発信機の内、3基を失ったことになる。残りは2基では、キラのフリーダムリバイが装備しているアルミューレ・リュミエールハンディとスペック上では変わらない。

カナードは接近戦の技量差を持ってまんまとしてやられたことに憤怒し、顔を真っ赤にする。

 

 

 

『ハイペリオンのパイロットに降伏を勧告します』

その時、フリーダムから通信が入った。通信の相手は怨敵、キラ・ヤマトだ。やつは淡々と事務的な口調で降伏勧告をしてきた、おそらく、技量の差を示したので、こちらが諦めるとでも思っているのだろう。

 

「……降伏勧告だと」

 

『はい。このまま戦闘を続けても勝ち目がないことは貴方も理解したはずです』

屈辱だった。失敗作の自分に対して成功作であるキラ・ヤマトがその技術差をもって降伏を勧告してきたのだ。勝者から敗者に向ける憐憫、それがカナードには我慢ならないものだった。

 

「…………ざ……るな」

 

生まれから分かたれた成功作と失敗作の差、全てを賭けて挑んだ戦いで突きつけられたキラ・ヤマトとカナード・パルスの差。生まれからずっと差をつけられ、その差を埋めようと足掻いた果てに差し向けられた憐れみ。それはカナードに眠っていた真の能力を覚醒させるほどの憤怒の呼び水となった。

 

 

「ふざけるなぁぁぁ!!!」

 

 

 カナードの脳裏に種子が弾けるイメージが浮かぶ。同時に頭の中がクリアになり、身体はまるで水を得た魚のように動く。ハイペリオンはビームランスを展開し、フリーダムに突撃を敢行した。その乱れ突きをフリーダムはアルミューレ・リュミエールを展開してブロックする。

これまでとはまるで異なる動きをするハイペリオンの猛攻にキラは目を見開いた。この現象には心当たりがある。防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の魔女の姉君曰く、火事場の馬鹿力というやつだ。

 

 

 

 

 昨年、模擬戦の最中に見せたドーピングのような異常なパワーアップとその際のバイタルデータの変化がきっかけとなり、キラは原因究明のために防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)への出向が命じられた。

その際に彼の主治医扱いとなったのは、防衛省特殊技術研究開発本部(ヨコハマ)の魔女の姉君である香月モトコだった。あの魔女の姉ということで妹の数倍ぶっ飛んだマッドサイエンティストであると考えて日々恐怖に震えていたが、幸いにも脳に電極をさされるようなことはなく、脳波を計測する装置やMRIを使用した詳しい検査が行われた。そして結果、モトコはこの急激なパワーアップの原因が脳のリミッター解除にあることを突き止めた。

 

 人間の筋肉は常に全力を出しているわけではない。平時は全力のおよそ数割のスペックしか発揮していないのである。これは、全力を出すことは筋肉にも負担を強いるためである。

同様の理由で、人間の脳にも普段はリミッターがかけられ、普段は能力がセーブされている。だが、人間は自身の生命の危機を感じた場合、生存本能からそのリミッターを解除し、限界を超える能力を発揮して生存を図ろうとする。俗に言う、火事場の馬鹿力というものだ。

そしてキラは意図的に自身に課せられたセーブを外すことができた。これは、スーパーコーディネーターとして生み出されたキラの驚異的な脳の基本スペックの賜物である。キラは脳にかけられたリミッターを解除し、その脳の処理能力を完全に引き出すことで驚異的な戦闘能力を発揮することができるのだ。

無論、モトコもキラの脳の驚異的なスペックから彼がただのコーディネーターではないことは見抜いていたが、彼女はそこを追求することはしなかった。彼女曰く、興味が無いとのことだ。

 

 実は、香月モトコは過去に植物状態となった患者に携わった際、植物状態になっていた間に流れた月日が患者とその周りの人間の人生を大きく狂わせていく様子を目の当たりにした経験があった。

そして、何もできないでいる自分に歯がゆさを感じていた。

実は、人間は脳の傷ついた部分の働きを別の部分で代替し、補完することがある。それは脳の眠れる力であり、現代医学ではいまだに解明のなされていない部分であった。

それゆえ彼女は妹から持ちかけられた脳の持つ眠れる力を引き出す研究に短期間とはいえ手を貸したのである。

 

 

 

 

 

「貴様に俺の気持ちが分かるかぁぁ!!」

カナードは吼えながらハイペリオンのビームマシンガンを連射する。

「俺は貴様の失敗作だ!!何年も俺はスーパーコーディネーターを研究するための非検体だった!!」

 

 それは自身の内に秘めていたキラへの羨望だった。

生まれから成功作と失敗作という絶対的な差をつけられた。失敗作たる自身はユーラシア連邦の実験動物(モルモット)、戦後のドサクサにまぎれて現在は狂信的なテログループの協力者だ。片やキラは一般家庭で一人の人間として育ち、普通の人間として家庭を持とうとしている。

この差はなんだろうか。

失敗作というだけで与えられるものも、得られる未来も差をつけられる。追いつこうと足掻いた末に、圧倒的な実力差から来る憐憫の眼差しを向けられる。

 

「失敗作というだけで俺は不幸を背負い、貴様は天から降ってくる幸福を教授するのか!?」

カナードのハイペリオンは緩急を織り交ぜた乱れ突きでキラのフリーダムの動きを封殺する。

「失敗作というだけで俺は貴様より劣るということが決まっているのか!?」

本来であれば、カナードはキラのような火事場の場家力――マルキオがSEEDと呼ぶ能力――を使うことはできなかった。マルキオに言わせれば、彼はSEEDを発現する因子を生まれつき持ってはいなかった。

だが、彼は本来は不可能であるはずのSEEDの発現を可能にした。彼のすさまじい執念が本来なら起きるはずのない能力を目覚めさせたのである。

 

 

 カナードの執念の攻撃は続く。乱れ突きから斬り上げ更に回し蹴りとハイペリオンに残された全ての力を引き出しながら彼は戦う。無理な機動、関節に負担をかける格闘技、アルミューレ・リュミエールの連続使用による損耗――ハイペリオンはキラの攻撃を受けるまでもなく、消耗していった。

「どうした、キラ・ヤマトォ!?貴様はその程度なのか!?」

だが、カナードは止まらない。ハイペリオンが刻一刻と自壊に近づきつつある中にあってなお彼は狂気に染まった眼で敵のみを見据えている。

彼の脳裏にあるのは目の前の敵に勝利することだけだ。その後、戦闘不能になって捕虜になっても別に構わない。キラ・ヤマトにさえ勝てるのであれば、彼にはもう未練はないのだから。

スーパーコーディネーターと互角に戦える力が自分にはあった。自分にはキラ・ヤマトを圧倒する力があった。その事実が彼にとっての全てである。

カナードは今、その力を存分に振るえる生命をかけた戦いだけを望む狂戦士(バーサーカー)となっていた。

 

 

 カナードの執念はキラの予想を遥かに上回るものであった。キラも両腕のアルミューレ・リュミエールハンディと各部のスラスターの微妙な調整でなんとかハイペリオンの攻撃を凌いでいたが、凄まじい反応速度で繰り出される攻撃に紙一重での対処を強いられたキラの精神力は次第に削がれていく。

彼には自分を恨む理由があることは分かる。だが、だからと言って彼に殺されるわけにはいかない。自分には待たせている女性がいるのだ。彼女を幸せにするのは自分だ。他の誰にもこの役目を譲るつもりはキラにはなかった。

 

 

「貴方の味わったものが分かるとは言わない……だけど、僕には生き残らなければならない理由があるんだぁぁ!!!」

 

 キラの脳裏に種子が弾けるイメージが浮かぶ。同時にキラの脳にあるリミッターが取り払われ、フリーダムの動きが数段尖鋭になる。

防戦一方だったフリーダムだったが、今度は一転して攻めに転じた。対艦刀を使ってビームランスを強引に左右に受け流し、更に一歩踏み込んでハイペリオンのボディに斬撃を叩き込む。間一髪で機体を後退させたハイペリオンだったが、これによってビームランスの内の一機が根元から切り取られた。

ビームランスによるダメージを受けた対艦刀は使い物にならなくなったと判断したカナードは残された最後のビームランスで突きを放つ。だが、ここでキラは予想外の手段に出る。両手から発生させたアルミューレ・リュミエールによってビームランスの発信器を挟み込み、それを破壊したのだ。僅かなミスも許されない神業であり、実行したキラの神経も擦り減らされていた。

その代償に、ハイペリオンは全てのアルミューレ・リュミエールの発信器を失っていた。ハイペリオンに残された武装はビームマシンガンとビームナイフだけである。

 

 あっという間にハイペリオンの最大の武器が奪われ、カナードは目の前の現実が信じられなくなった。確かに先ほどまで自分はキラ・ヤマトを圧倒していた。まるで鬱陶しい枷から開放されたような感覚で戦うことができたのだ。枷を取り払った自分は無敵だと、彼は信じていた。

だが、それは覆された。自分と同じように『急激なパワーアップ』を遂げたキラ・ヤマトによって。

 

「何なんだ……何なんだ貴様は…………キラ・ヤマト!!貴様はぁぁ!!」

 

 ビームナイフを両腕に握ったハイペリオンは最後の突撃を敢行する。だが、ハイペリオンとは違い、フリーダムには未だ遠距離戦闘用の武装が残っている。その状況でナイフを受け止めて接近戦をするつもりはキラには毛頭なかった。

エクツァーン、シュラーク、ビームライフル同時に展開し、キラはハイペリオンの四肢に狙いを定める。

 

「謝りはしない。君に同情もしない。恨むのなら恨んでくれて構わないよ。けど、僕は君を倒す」

 

 フリーダムから放たれた五条の火箭がハイペリオンから四肢をもぎ取り、その頭部を吹き飛ばした。




元ネタ解説

香月モトコ
香月三姉妹の長女。
『君が望む永遠』より


ペルグランデの描写が少ない・・・・・・というか、書きようがなかったんですが。


断章の最終話は週末に書き上げるつもりです。それではまた次回!

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