機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS   作:後藤陸将

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機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU
の原作キャラ紹介

そして番外編である
機動戦士ガンダムSEED ZIPANGU BYROADS
の最新話

更に更に!!昨日から投稿を始めたSEED ZIPANGUの続編

機動戦士ガンダムSEED DESTINY ZIPANGU

の第一話を今回同時に投降しました!!疲れた……


PHASE-X3 キラ・ヒビキ

 小さな会議室の中で、静かに火花が散っていた。

「…………本当に久しいですね、ラクス様。貴女が救世の道で己に降りかかる責任を重荷に感じ、投げ出してしまったのは2年ほど前のことでしょうか?」

「私は責任を重荷に感じて逃げ出したのではありません。私は民を誑かす道化(ピエロ)を演じることを強いられる未来を受け入れられなかっただけです」

マルキオはまるで聖人が愚かな罪人を諭すかのようなおだやかな口調で言った。

「ラクス様。貴女は救世の御旗を道化(ピエロ)だと……民を誑かす悪のように申されますが、それは違います。SEEDを、世界を救う力をもつ貴女が今の乱れた世に立つことは運命なのです。貴女の力がこの世をあるべき姿に変えるのですよ。ナチュラルもコーディネーターも等しく生きる、平和な世界をつくる指導者となるべきお方……それが貴女なのです」

「世界を変えるのはSEEDをもつものではありません。世界を変えるのは、その時代に生きる人々の意思です」

「…………古くはアレキサンダー大王、チンギスハン、ヴラド3世、アドルフ・ヒトラー、最近ではジョージ・グレン。彼らは皆、その一言で世界を変革した人々です。彼らの手によって世界は変革され、歴史が動かされたと言ったも過言ではないでしょう。そして彼らはSEEDを持つものであったと私は考えています。世界を、歴史を変えてきたのは彼らなのですよ。彼らのように人類に夢を、可能性を魅せて世界を正しい方向に導くお方が今、再び必要とされていると思いませんか?」

「私は思いません。彼らは確かに人を動かし、世界を変えました。しかしそれは彼らを支持する人々が世界を変えたというべきでしょう。そしてそれは運命で決められているわけではありません。彼らが望んで、自分自身で選択した道なのです」

 

 穏やかな口調で説得を試みるマルキオだが、ラクスも一歩も引かなかった。マルキオは心底残念そうに溜息をつく。

「……シーゲル様の崇高な理想を継ごうとは思わないのですか?」

「父は父、私は私です。そして何より、父は私に己の跡を継いで欲しいなどと考えていなかったと確信しております。ですから父の理想が例えどれだけ崇高なものであったとしても、私は父の果たせなかったことを継いでゆくつもりはありません」

ラクスの口から放たれた父の理想の拒絶を聞いたマルキオは驚きを顕にした。普段は能面のように決まった表情しか浮かべないマルキオが驚愕を隠せなかったのだ。その衝撃は如何ほどか。

「父は私をあくまで普通の娘として愛し、育ててくださいました。プラントの独立運動家の娘ではなく、シーゲル・クラインという人間の娘として。ですから、父の遺志を継ぐということは、私が普通の娘として幸せに生きることだと私は思うのです」

 

 マルキオは溜息を吐き、俯きながら口を開いた。

「ラクス様。正直、私は失望しております。貴女が今ここで立つことは世界を正しき方向に導き、多くの民を救うこととなるでしょう。貴女は民を苦しみから救いたいと思わないのですか?」

「確かに、今この瞬間に苦しむ民がいることは分かります。しかし、その民を救うために必要なのは世界を正すという名目で武力を行使することでは決してありません。粘り強い対話によって世界全体の問題を解決していくことが民を救うために必要なのだと私は思います」

マルキオは険しい表情を浮かべる。もはや彼女の説得は不可能に近いことを悟ったからだろう。そこで、彼は交渉の対象をラクスではなく、キラに変えた。

「キラ・ヤマトさん。貴方はSEEDを持つものとして、世界をあるべき姿にすることについてどのように考えますか?」

突然話を振られたキラだが、その動揺を努めて顔に出さないようにした。これは一年の間積み重ねた修練の賜物だ。

 

 対プラント戦争終結後に行われた宇宙軍の大規模な再編により、キラは当初少尉に昇進の上で安土航宙隊に配属される予定になっていた。しかし、これに当時のキラの上司である武が異議申し立てしたのだ。

曰く、これまで単機、もしくは国で五指に入るトップエースとの連携しか経験のないキラをいきなり通常の技量の部隊に配属しても本来の実力が発揮できない恐れがあるとのことだ。

そもそも、彼は軍人としての教育そのものが付け焼刃な状態だったと言っても過言ではない。実際、キラが軍人としての教育を受けたのは富士教導隊に預けられていた数ヶ月の間だけだ。

あの頃はともかくキラのエース級の戦力が惜しく、アークエンジェルに配属されている間だけなんとかなればいいという教育をしていた。朝から晩までほぼ詰め込みで教育をしたため、前線で戦う軍人としてギリギリ許される振る舞いをマスターするだけでキラには手一杯だったのだ。

結果、キラはおよそ一年の間訓練学校に叩き込まれることになった。といっても、通常の生徒とは異なったカリキュラムを組まれていたために他の学生とは比べ物にならないハードスケジュールだったのだが。

しかし、その一年でキラは日本軍の少尉として恥ずかしくない振る舞いを身につけることができた。ポーカーフェイスも教官にみっちり叩き込まれていたので、この程度では驚きを顔に出すこともなくなっていた。

 

「世界が平和になることはいいことだと思います。しかし、僕は僕です。SEEDを持つものとか、そんなものは関係ない。僕は貴方の言う救世とかに参加するつもりはありません」

きっぱりとそう言い切ったキラの言葉にマルキオは落胆した表情を見せる。

マルキオは自身が打ち立てたSEED理論を信奉していた。かつて視力を失ったことで彼が得た新たなる感覚は、彼にSEEDというものの存在を確信させたのだ。

しかし、実際にはどうだ。彼が信じていたSEEDを持つものは誰もが道を踏み外す。

誰もが救世を掲げるという己の使命から目をそらし、凡百の輩のように間違った世界をただ受容するだけだ。自分が果たすべき使命を、救われるべき命を見捨てて彼らは目先の自身の安寧に走る。これのどこが英雄なのだろうか。英雄であるべき者がこのような姿を曝すことは許されることではない。

マルキオは心の内に迸る憤慨を抑えながらキラに再度問いかける。狂った世界の申し子として生まれたこの青年ならばきっとこの世界を憂い、変えようとする志を持っていると信じて。

「貴方は、この狂った世の犠牲になったご自身の実の兄妹を前に、同じ台詞を言えますか?」

「……貴方の仰っている意味が分からないのですが。自分には兄妹などおりません」

マルキオからの脈絡の無い問いかけにキラは淡々と問い返す。しかし、マルキオはその答えに少し眉を顰めた。

「もしかして、貴方はご自身の出生について今のご両親から聞かされていないのですか?」

「自分はカリダ・ヤマトとハルマ・ヤマトの息子に間違いありません。失礼ですが、誰かと勘違いされていませんか?」

「いいえ。私が知るキラ・ヤマトという数奇な出自を持つ男性は貴方に間違いありません。しかし、そうですか。ご両親からは何も聞かされていないということですか」

「……先ほどから何を仰りたいのか、自分にはさっぱり分かりません」

キラに嫌疑の眼差しを向けられたマルキオは一息ついて語り始めた。

「……ならば、私の口からお伝えしましょう。貴方の本当のご両親と、貴方の出生の秘密を」

 

 

 

 時は19年ほど遡ってC.E.54。メンデルにあるG.A.R.M.R&D社の研究室で二人の男女が激しい剣幕で怒鳴りあっていた。男の名前はユーレン・ヒビキ。現在学会にその名が定着しつつある優秀な科学者である。

そして彼に激しい剣幕で詰め寄る女性はユーレンの妻、ヴィア・ヒビキであった。彼女自身も科学者であり、妻として、そして助手として公私両面でユーレンをサポートする優秀な女性であった。

 

「どうして!?どうしてあの子を奪ったの!?」

ヴィアがユーレンの胸倉を掴んで揺さぶる。

「返して!!あの子を返してよ!!もう一人の……」

ヴィアは涙ながらに訴えかけるが、ユーレンの意思は揺るがない。

「私の子だ!!最高の技術をもって最高のコーディネーターにするんだ!!」

「それは誰のため!?貴方のため!?」

「この子のためだ!!優れた能力と約束された輝かしい将来……それこそがわが子への最高の贈り物だ!!何故それが分からない!?」

ユーレンは熱弁するが、ヴィアは納得とは程遠い表情を浮かべている。

 

「最高のコーディネーター……それがこの子の幸せなの!?」

「よりよきものをと、人は常に進んできたんだ!それは、そこにこそ幸せがあるからだ!」

「誤魔化さないで!!それは貴方の望みに過ぎないわ!!」

「違う!これは」

「貴方は結局白神先生を超えたいだけじゃない!!白神先生の最高傑作を超えるコーディネーターを造ることが貴方の目標!!違う!?」

ヴィアの叫びにユーレンは驚きの表情を見せる。

「まさか……君は知ってるのか?」

「私は貴方の妻よ……貴方の執念が白神先生を超えることにあるってことはお見通しよ」

ヴィアは机に立てかけてある写真を手にとった。そこに映っているのは大学時代の恩師、今は亡き白神博士とヴィア、ユーレン。そして数人の仲間だ。

「貴方が白神先生を超えることに執心していることは結婚した頃から分かっていた。でも、その頃はその動機まではわからなかった。……最高のコーディネーターを造ることがどうして白神博士を超えることになるのかが分かったのは、白神博士が亡くなった後、英理加さんに先生の遺品の整理を頼まれたときよ」

 

 数年前、彼らの恩師である白神博士が癌により帰らぬ人となった時、ヴィアはその遺品の管理の手伝いを白神博士の娘、英理加に頼まれた。

学会にその名を轟かせる白神博士の遺した研究資料となると、その中には学術的に大変価値のある論文などがあってもおかしくない。しかし、彼の残した資料は膨大であり、とても一人娘である英理加に整理しきれるものではなかった。

博士の娘である英理加も高名な生物工学学者であり、その資料の整理に必要な知識と経験は十分すぎるほどにあったが、如何せん人手が足りなかった。そこで彼女はかつての父の教え子で、自分もよく知っているヴィアをその手伝いで呼んだのである。

そして白神博士の残した資料を探る中で、彼女達は白神が娘にも告げることが無かった歴史の真実を知ることとなった。

 

「白神博士もその生誕に少なからず関わった世界最初のコーディネーター、ジョージ・グレン。……ユーレン、貴方が最高のコーディネーターを造ることに固執するのは、先生の造った最高傑作であるジョージ・グレンを超える存在を造りだすためでしょう?」

そう、白神が遺した資料の中にあった規格が相当古い記憶媒体の中にあった資料の中にはジョージ・グレンの生誕に纏わる資料があったのだ。そしてその資料に記されたジョージ・グレンの開発チームの名簿の中には白神博士の名前もあった。

白神はあのジョージ・グレンを造り出した科学者の一人だったのだ。

 

「……私がそのことを知ったのは、偶然だった。ある日、掃除をしていた私と桐島は研究室で博士の机の上の本に挟まっていた一枚の写真を見つけたんだ」

そこに映っていたのは若かりし頃の白神博士と数人の白衣を着た男達、そして中心にいた金髪の赤子の姿。

「写真の裏に書いてあった日付は旧暦のものだった。そして写真に写った金髪の赤子、その背後にあったのは遺伝子組み換えに使用される設備だ。写真に写った白衣の男の中には見覚えのある生物工学学者も数人いたからすぐに勘付いた。あの赤子がジョージ・グレンだと」

ジョージ・グレンが生まれたのはC.E.が始まる16年ほど前と言われている。勿論、これは本人の証言でしかないために真実は不明だ。そして彼に続くコーディネーターが生まれたのはジョージ・グレンの手によってコーディネーターの調整法(レシピ)が公開されたC.E.15より後のこととなる。

後に生物工学の権威となった白神博士を中心とした高名な科学者達、そして遺伝子組み換えの研究施設、研究成果を誇るような表情を浮かべている男に抱えられた金髪の赤子。それだけでこの赤子の身元を察するには十分だった。

「私は桐島と二人で白神先生を問い詰めた。最初はしらばっくれていたが、マスコミに写真を漏洩するっていったら渋々ながら話してくれたさ」

勿論、桐島にもユーレンにも本気でマスコミに写真を渡すつもりは毛頭なかった。生物工学の権威である白神博士は学者の卵である当時の彼らの憧れであり、それに加え、あのジョージ・グレンを造った科学者であったとしたら、彼らにとっては世界で最も尊敬する科学者にもなる。そんな偉人をゴシップ好きなマスコミに売るような真似はとてもできなかった。

その心情を白神博士が知っていて、それでも尚真実を明かしてくれたのか、それとも彼らの嘘を真に受けたのかは分からないが、白神博士は彼の口から真実を彼らに伝えた。

 

「私はどうしてジョージ・グレンを造り出した先生が人のコーディネートから足を洗ってバクテリアや植物の遺伝子操作に進んでいるのかを尋ねた」

その時の白神の言葉をユーレンは今でも一字一句正確に覚えている。

「『人の遺伝子を操作することで、ジョージ・グレンが生まれた。彼の広めた調整法(レシピ)からコーディネーターが世界に浸透した。コーディネーターの増加に伴って過激なコーディネーター排斥思想が生まれた。そして世界は変わった。私達が変えたと言っても過言ではないだろう。そして当時の私は自身が世界を変える化け物を造り出したことに歓喜し、誇りを持ったものだった。』」

「『だった』……?まさか先生は……」

「そうさ。先生はこう続けたんだ。『しかし、ならば怪物を造った自分は何なのだろうか。キマイラやケルベロスを産み、ゼウスに戦いを挑んで地球を炎で包んだテューポーンのようなものではないかと思った。私は自分が怖かった、認めたくなかった。……人類を、地球を救う研究をしていると科学者でありたいと思った私は、コーディネーターを造ることを忌避するようになった』と」

 

 ユーレンの口調は次第に苦々しいものになっていき、その眉間に皺がよる。そして彼は吼えた。

「先生は!!ジョージ・グレンというものを生み出すほどのお力をお持ちだった!!それなのにつまらない感傷でわき道に逃げ出したんだ!!」

真実を告げられたときは当時のユーレンも激昂した。そして白神博士に食って掛かった。

「私は先生に詰め寄った!!先生ほどのお方がどうしてそのような感傷に囚われているのかと尋ねたんだ!!」

その時に白神博士が返した答えをユーレンは忘れていない。その時の言葉こそが彼を最高のコーディネーターの製造という狂気じみた野望に染め上げたと言っても過言ではないのだから。

「『君には、まだ科学というものが分かっていないようだな』……それが白神先生の答えさ!!」

ユーレンは机に拳を叩きつけた。

「下らない感傷でその力の使い方を見誤った先生が!!私に向かって科学というものが分かってないと!?逃げ出した先生が科学を語るのか!?」

「……だから貴方は最高のコーディネーターに凝るの?先生の最高傑作(ジョージ・グレン)を超えるコーディネーターを造り出して、先生の言葉を否定するために……」

「そうだ!!コーディネーターの調整法(レシピ)が世に出てからおよそ40年が経ったが、彼の伝えた調整法(レシピ)通りに造られたコーディネーターも、ジョージの調整法(レシピ)を元に各国の科学者の手で造られたコーディネーターも、誰もがジョージには及ばなかった!!確かに彼らは優秀だったし、それなりの功績を残したが、それでもジョージ・グレンの業績と比べればたいしたことはなかった!!」

 

 ヴィアも、いや、生物工学に携わるものであれば誰もが知っていることだ。ジョージ・グレンが全世界に広めた調整法(レシピ)に基づいて生まれたはずのコーディネーター達は確かにナチュラルとは隔絶した身体能力や頭脳を持っていた。しかし、彼らの能力はジョージ・グレンのそれに比べれば明らかに劣っていたのだ。

生物工学者はジョージのもたらした調整法(レシピ)を研究し、ジョージ・グレンの再来というべき性能を持つコーディネーターの開発に躍起になった。しかし、どうやってもそれは不可能だった。

「ジョージ・グレンを超えるコーディネーター……それを造るための答えが冷たい鉄の子宮だと言いたいの?」

ヴィアは目じりに涙を浮かべながらユーレンを睨みつける。如何なる事情があろうとも、夫のやろうとしていることを許すことは彼女にはできなかった。

「そうだ。現在の理論上で造り得る最高の能力を発揮できるように遺伝子を操作し、胎児の発育も人工子宮で完璧に調整することでスペックに寸分も違わぬコーディネーターを生み出すことができる」

そしてユーレンは続ける。

「妊娠中の母体だって人間だ。日常の僅かなストレス、運動、食生活、全てが胎児のいる子宮の環境に干渉する可能性を秘めている。それによって胎児の中に不確定要素が入り込むことになり、コーディネートどおりの子供が生まれなくなる例も多数報告されていた。しかし、人工子宮ならその心配はない」

「でも!!どうしてあの子を実験につかうの!?」

「それがあの子のためなんだ!!そして私の子が先生の(ジョージ・グレン)を超える!!白神先生が亡き今!!私が先生を超える方法はこれしか無いんだ!!」

 

 それは、ユーレンにとっては親心だった。誰だって自身の息子や娘には幸せになってもらいたい。ましてや初めての自分の子だ。コーディネートを生業とするだけあって、ユーレンという男は時代の潮流を理解していた。

何れ、自身がコーディネートした子供達が社会を回すときが来る。その時、ナチュラルとして生まれた我が子が幸せに生きられるのかと問われれば答えを出すことは難しい。同年代のナチュラルに比べて抜きん出た力を持つ者たちが社会を回すようになれば、能力の低いナチュラルは社会の下層へと追いやられる可能性は高いだろう。

自らの初めての息子が将来社会の下層に追いやられることなど彼には受容できることではなかった。この幸せを願う親としては至極当然のことであろう。そして彼は決めたのだ。ジョージ・グレンを超えるスペックを我が子に与えようと。

別にジョージ・グレンのような偉大な業績を積むことを期待しているわけではない。そのような実績を積むような子供であれば誇らしいのは確かだが、子供に将来への道を押し付ける気は彼には早々なかった。

彼の心にあったのは、その子供が望むならばどんな将来も切り拓ける力を与えてやりたい。そんな純粋な思いやりだったのだ。

しかし、彼は生物工学の観点でしか社会を見ることができなかった。社会の真の潮流、世論や政治が振り回す世界の実情を彼は掴み取れていなかったのである。そのために優れた能力が社会における最高の武器だと最後まで彼は妄信し続けることとなる。

 

「それは貴方のエゴよ!!貴方のエゴをその子に押し付けないで!!子供は貴方のおもちゃでも、実験材料でも所有物でもないわ!!それは……一つの命なのよ!!」

ヴィアは必死にユーレンに縋る。しかし、ユーレンは妻の言葉に耳を貸さない。

「もう実験は始まっている!!それとも、君はあの子を人工子宮から放り出せとでも言うのか!!」

「私のお腹にあの子を返してくれれば!!」

「もう無理だ!!無理に胎盤に移植する手術をすれば君も、そのお腹の中の子供も無事ではすまないんだぞ!!」

既に人工子宮に奪われた我が子も順調に発育している。今、我が子を自分の胎盤に移植する手術を行うとなると、母体への負担は大きな手術となる。そうなれば自分の命も、お腹の中のもう一つの命も危険に曝されるのだ。

「……私は君も、私達の子供も死なせたくはないんだ」

そう言うとユーレンは彼の腕を掴む妻の手を強引に払いのけて部屋を後にする。誰もいなくなった薄暗い部屋でヴィアは涙を流さずにはいられなかった。

 

 

 

 その数ヵ月後、ヴィアは一人の女の子を出産する。名前はカガリ・ヒビキ。同じ日に人工子宮からも男の子が取り出され、キラ・ヒビキと命名された。ヴィアは二人の子を分け隔てなく愛し、育てようとした。

しかし、その矢先に事件が起こる。ジョージ・グレンを超える能力を持つコーディネーターが生み出されたという事実が漏洩し、メンデルにあるG.A.R.M.R&D社はコーディネーター排斥団体の過激派の最大の標的となったのだ。

しかし、その最高のコーディネーターとやらが誰なのかという情報までは彼らは掴めなかった。そこで彼らはメンデルにいる全ての人間ごと最高のコーディネーターを抹殺するという手を取った。

使用されたのは毒ガスだった。それも、それ自体が触媒となり、酸素と反応して強力な毒素を精製する大気改造ガスだ。それがコロニー内部の空気循環システムに仕掛けられ、コロニー内部は紅いガスによって覆われたのである。

ヴィアは命の危険に曝された我が子を妹に預けて救命ポッドで脱出させた。そして自身は研究所の責任者の補佐としての責任を全うすべく、職員の避難誘導に従事してその命を落すこととなったのである。

 

 メンデルから命からがら脱出したヴィアの妹、カリダはG.A.R.M.R&D社の出資者の一人であったオーブのアスハからの接触を受けてカガリをアスハに預けた。彼が何を考えてカガリを引き取り、キラに庇護を与えたのかは分からないが、そのおかげでキラとカガリはそれから十数年の間、自らの出生の秘密を知ることもなく健やかに成長することができたのであった。




疲れた……正月のストックを使い果たしました。
しばらく忙しいので更新できなくなります。

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