なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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ちょっとわけわかんない方向に行こうとしてたからぎゅぎゅっと軌道修正してさっさと完結させちゃいます。
早回し早回し。
とかいいつつ全然進んでなかったりね。真の過去とかどうでもいーよって方はごめんなさいね。あとちょっとなので……。
あー、ラテン語ルビ振るの面倒すぎて死にそう



第七十二話 緑き息吹のウィリデ

 

 右腕から光の波を。左腕から水の波をそれぞれ放つ桃色の瞳の少女。

 床を舐め上げて迫る水流の先端。流れる魔力によって槍の形に定まったその横面をひっぱたいて逸らした真は、ふわりと僅かに浮いて虚空を蹴り、瞬動を行った。

 

「――!」

 

 少女の真正面。ロセウムと呼ばれた少女は即座に水の制御を放棄し、真へと手を伸ばした。張られた障壁をものともせず、真の貫手がロセウムの胸を貫く。

 一瞬の出来事だった。

 戦闘が始まって五秒も経たずの決着。光の波に対処しようとしていたシェリーは、それが空気中に溶けて消えると、真の所業を見て息を呑んだ。敵とはいえ、自分と同じくらいの年の少女が殺されるのを見ては、ショックを受けずにはいられないのだろう。

 だが真は、眉一つ動かさずに手を引き抜いた。真は大戦を生き抜いた戦士だ。人の死は身近にあった。殺しもしたし、奪いもした。だからといって人は人の死に慣れる事など早々ないのだが、真は人間ではない。神だ。その精神性は大きく人間側に傾いているものの、やはりどこか超然としていた。

 しかし今回真が表情を変えなかったのには他に理由がある。心臓を貫かれ、致命傷を負ったはずのロセウムもまた、あまり表情を変えていなかったのだ。

 少女から目を離して腕を見れば、袖に残る濡れ跡。水……。ロセウムは、その体を水と変えて、真の攻撃を無効化したのだ。

 

「う、ぐ……!」

 

 しかし次には、ロセウムは膝をついて胸を押さえた。服にすら傷一つついていないというのに、真に触れられた個所が異様に痛む。身体を内側から食い破られているかのような奇妙な苦痛に喘ぐ少女へ、真は何も言わずに歩み寄った。

 殺そうとしている。傍から見ていたシェリーには、そう思えた。事実そうだった。真は最初からこの女を殺す事に決めていたのだ。妹を誘拐した、その実行犯。許せるはずもない。今さら殺人への忌避もない真は、緩やかに腕を持ち上げて、秘かに闇を纏わせた貫手を放とうとした。

 

「うあっ!」

 

 はっとして顔をあげた少女が、苦し紛れに光の矢を放つ。闇の力を持つ真には効果的に見える魔法だが、しかし力量は真の方が上。光は真の首に当たると、一瞬表面に滲み出た闇に食われて、瞬く間に姿を消した。

 自らの魔法が通用しないと見るや、ロセウムは体を水に変えて離脱をはかった。高位水精霊化。体に穴を空けて真の放った突きを避けると、ザザザとさざ波のように振動して移動する。行き先は、この場にいるもう一人。銃を構えたまま動けないでいるシェリーだ。

 

「リ・シュタル・ディ・スペル・ヴァンゲイト――!」

「っ! レ・クィス・ラ・クィス・ラグナロク!」

 

 瞬時に照準を合わせて放った弾丸はロセウムの額を貫くも、魔力水となった今の彼女には牽制にもならない。幾重にも展開されている障壁を貫けはしても、彼女の詠唱も接近も止める事ができない。

 

水底の(イミ・アクア)――ッ!?」

 

 それはシェリーに限った話だ。膝から飛び込んだ真の蹴りを(あご)に受けたロセウムは、詠唱もままならず天井に叩きつけられた。体が潰れ、水として広がると、滴り落ちた水滴が集まって片膝をついたロセウムを形作る。赤紫に染まった顎を押さえる彼女の顔は困惑に満ちていた。

 

「ぐ、馬鹿な……! この状態の私は、無敵のは、ず……!?」

「――魔法の射手(サギタ・マギカ)収束(コンウェルゲンティア)光の202矢(ルーキス)!」

 

 銃口に光が集まり、一筋の光線となって放たれた魔法の矢がロセウムに迫る。自ら無敵と(うそぶ)きながらも、彼女は身をひねって光線を避けた。魔力ならば多少なりともダメージが通るのだろう。それを嫌った彼女の行動は、シェリーに冷静さを取り戻させた。ダメージを与えられるのならば、倒せない相手ではない……!

 

「く……!」

「マコト! サポートします、彼女を捕縛してください!」

 

 真に呼びかけながら、再度始動キーを唱えるシェリー。彼女を逃がせばドーンや組織全体に自分達の存在が知られてしまう。だから、ここでロセウムを捕まえるしかない。魔法の射手が通用するなら、戒めの矢も通用するのだろう。そう考えての発言だった。

 その考えは間違っていない。ロセウムが黙って立っているだけならばの話だが。

 未だ痛みが引いていないのか、胸を押さえてよろよろと立ち上がる彼女へ、再び魔法の射手が放たれる。だが、今度は魔法障壁によって防がれた。一瞬浮かび上がった光の膜の枚数は、彼女の魔法使いとしての異常な実力を示していた。

 ここに来てようやく真は、彼女がプリームムに似ていると気付いた。雰囲気から魂まで違う彼女だが、その実力はプリームムに迫るものがある。シェリーだけではとてもではないが倒せない相手だろう。そして、プリームム以下といえども、闇の衣を纏わず、神としての力を振るわない真でも手こずる相手だ。

 

「あっ!」

 

 振られた手刀が、水の触手を伸ばして逃れようとしたロセウムを捉えた。強い魔力が込められた、鋭利な攻撃はしかし、ただダメージを与えるだけのはずだ。そのはずなのに、胸の下に走った線からは赤い血が飛び散る。苦痛に顔を歪ませたロセウムが床に倒れ込むと、真は続けて炎の矢を放った。必死の形相で転がって避ける彼女の腕を穿ち、足を穿ち、蒸発させて体を削っていく。か細い悲鳴は、もはや恐怖一色に染まっていた。

 

 ――手こずる相手。そのわりに真が彼女を圧倒しているように見えるのは、実戦経験の差だろうか。ずば抜けた魔力と鍛えたかのような身のこなしをするロセウムだが、状況に対する判断力や詠唱のスピードは常人の域を出ていなかった。これはシェリーにも見られる事だ。二人ともが、まるで訓練しかしていないかのようで、才能を生かし切れていない。この戦いの中でも随所に見えるぎこちなさは、真にもどかしさを覚えさせた。

 

「はっ!」

 

 倒れたまま後退るロセウムが、腕の一振りで水の壁を作り出す。水流が後続の炎の矢を絡め取り、蒸発するとともに消失させていく。素早く立ち上がって、それでもよろめくように後退してロッカーの合間に入った彼女は、両手を彷徨わせ、体を戦慄かせて、真を見た。

 見開かれた目の中で乾いた瞳が揺れている。初めて抱く恐怖という感情に、戸惑いすら覚えていた。

 

 容赦なく。

 また一歩後退った彼女へ……足を引っ掛けて尻餅をついた彼女へと、真は指を差し向けた。指先に膨らむ赤い魔力に、滲み出た影が混じり合う。かつての旅で強者と戦い続けてきた真にとって、物理攻撃の効かない敵への対処法など幾らでも考えられた。神の力を経た今となっては、やたらと硬い龍種なんかより、よっぽど倒しやすい相手だった。

 

「ほ、捕縛を――!」

「ひ、」

 

 真が放とうとしている魔法が、戒めの矢や捕縛する類のものでない事に気付いたシェリーが声を上げようとした時には、熱線は放たれ、水となって回避する事も忘れたロセウムへと迫っていた。

 

「む」

 

 その時だ。飛来した白い光が熱線を遮った。

 それでも熱線は瞬く間に光さえ焼いて突き進むものの、遅れて下り立った者が腕を振り抜いて弾いた。バチリとプラズマが走る。瞬きの間に現れ、ロセウムを庇うように立ったのは、白髪の少年だった。

 

「緑き息吹のウィリデ……敵と接触」

「ウィリデ……っ、主様の命はどうしたのです!?」

「その主様の命でここに来たのだ。信用されていないのではないか?」

「そんなっ、そんなハズは!」

「冗談だ。だがそんな様子では嘘も真に変わるかもしれないな」

「う、ぐ、お前……!」

 

 表情を変えないままロセウムに手を差し伸べた少年は、これもまたプリームムに似ていた。そして、悔しげに一人で立ち上がったロセウムとも。

 双子か、はたまた兄妹か。真が見た限り、魂の質は似て異なる。同じ血を引いているのだろう。肉親であるのは明らかだった。服も、緑色という違い以外はロセウムと揃いの制服に似た物だ。迸る雷は、彼もまた高位の精霊と化せる事を表していた。

 

「ダメージを受けているな。何故(なぜ)だ」

 

 差し伸べていた手をポケットに差し込んだウィリデが、隣に並んだロセウムに問いかける。奴です! すぐさま、彼女は真を指差した。

 

「奴は未知なる魔法で、この私を……最強無敵たるこの私に傷を!」

「未知の……いや、まさか。……英雄のお出ましか?」

「英雄? なんの話をしているのです! 協力して奴を……」

 

 もう一人の強敵の登場にたじろぐシェリーへ、寄り添うように真が歩み寄った。彼女を守る義理はないが、共闘している人間をみすみす殺されるのを良しとするほど冷徹ではない。彼らがどのような攻撃を仕掛けてきても対処できるように、その一挙手一投足を慎重に観察していた。

 さきほど言った通り、真は今の状態でもプリームムと渡り合う実力を持っている。畏れられ、神としての力を増した今なら倒し切れるかもしれない。しかしそれは相手が一人だけだったらの話だ。あのプリームムとほとんど同じパワーを持った人間が二人。しかも片方は体を雷と化し、雷速で動くというおまけつきだ。その上、彼の言動や物腰を見ればわかるのだが、こちらの少年はロセウムよりも場慣れしているようだった。

 

「一度引いて体勢を立て直す。腕に掴まれ」

「な、何を……怖気づきましたか!? それでは主様の命を遂行できないではないですか!」

「それもまた命令の内だ。いいから引くぞ」

「黙って見逃す訳ない! 戒めの(アエール)――!」

 

 味方同士で揉めて、腕を掴まれたロセウムがそれを振り払おうとした時、シェリーが動いた。彼らの会話から転移や何かを使われてしまうと推測したのだろう。銃を構え、すぐさま戒めの矢を放とうとして、少年が無造作に向ける指に言葉を詰まらせた。言い切れず、魔法が発動しない。いや、そう認識する前に、光が瞬いた。文字通りの光線。

 

「! ……やはり」

「まさか、雷速を見切ったというのですか!?」

 

 シェリーの襟を引いて、代わりに前に出た真が(てのひら)で光線を受け止めた。張った障壁は貫かれている。神力でなければこんなものか。詠唱無しに火傷した手の平を治しつつ、真は悩んでいた。今この場で女神となって、二人を始末するか。だがそうした場合、今助けたシェリーをも消さねばならなくなる。いざとなれば躊躇いはないが、そうまでして無駄に命を奪うのが最善の策なのだろうか。……妹を救うだけならば、そして、その後の事を何も考えないのならば、そうするのが良いだろう。だが諸々の事情を考えると、真は今ここで女神に変身する訳にはいかなかった。

 

「わかったか。俺でも危ういかもしれない」

「二人で……く、ならば、せめて!」

 

 ばっと水を撒いたロセウムが、瞬時に唱えた呪文によって爆発を巻き起こした。水煙が充満し、真とシェリーの体を濡らす。襟を引っ張られて咳き込んでいたシェリーは、そこに霧まで加わったためにいっそう(むせ)込んだ。

 爆発の直後に真が放った一睨み――不可視の魔力や神力を飛ばす、いわば気合い砲のようなもの――が水煙を押し晴らした時、そこに二人の姿はなかった。

 

「逃がしたか」

「げほ……ど、どうしましょう……!?」

 

 口を拭ったシェリーが、ほとほと困り果てたように真を見上げた。太ももに巻いたベルトに銃を戻しながら、追跡できません、と申し訳なさそうに呟く。

 

「最後のあれは、どうやら妨害のようだね。念話は……」

『あー……。あ、短距離念話なら繋がるみたいです。……長距離念話は使用できません』

 

 頭を押さえて「学園と連絡が……」と深刻そうに言うシェリーに、しかし真は、それはそれで好都合だと思った。この部屋に止まらず、施設内部に広がりつつある妨害念波は念話のみならず気配の察知すら阻害し、彼らの居場所を探らせない。それは不便だが、真には魂を見る女神としての技能があるので、人探しに不自由はしない。それでいてシェリーがどこかと連絡を取るのを封じられたのなら、これで心置きなく女神になれるという訳だ。彼女一人なら記憶操作でどうとでもなる。ただ、確実な操作を実現させるためには、シェリー自身が緊張や警戒なく真の魔力を受け入れる必要がある。心を開かせるのが必要不可欠だ。

 現状、シェリーは真に対して警戒心を抱いていない。恐らく、『レディ』の代わりに来たというのを信じ切っているのだろう。代わりに来た実力者たる真ではなく、真を送った『学園』側を信じている。だから、このままでは、真が彼女に魔法をかけようとした時、少なからず警戒されてしまうだろう。多少頭がパーになっても良いのならそれでもいいが、それはなんとなく気が引ける真だった。彼女とて、自分の魔法に自信がない訳ではないが……。

 これも、いざとなればリスクなど無視して記憶操作を施すだろうが、今のところ真にそうしようという気はなかった。やるなら完璧に。この一連の出来事が終われば、妹と暮らすのだ。清い少女に一片の悪い気でも入ったら大変だ。真も、これ以上はあまり悪さはできない。できる事なら最初から綺麗な体で妹と相対したいと思ってしまうのは、どういった心理からくる考えなのだろうか。

 

「でも、彼らは上か下に逃げたはず。追いましょう、マコト」

「……その前に」

「な、なんですか?」

 

 急いで出入り口へ向かおうとしたシェリーは、真に呼び止められるとびくりと肩を跳ねさせた。その様子だと、真の言いたい事はわかっているようだ。

 

「何を()いているの?」

「それは、速く彼らを! ……う、その。何を、と言われましても」

 

 真の問いに、振り返ったシェリーが勢い良く言おうとして、暗い瞳に見据えられて萎縮してしまった。さっきまでの戦い、そして今も、シェリーはずっと逸る気持ちに押されるように動こうとしている。

 その理由を聞いた真だったが、彼女が手を合わせて言い辛そうにするのを見て、複雑な事情があるのだろうと察した。これ以上聞くのも忍びない。そう完結させる真に、シェリーは一言だけ理由を話す。

 

「……この大きな事件を止める事ができたら……私も、胸を張って生きられるようになるのかなって……」

「…………」

「す、すみません、いきなり変な事を。先を急ぎましょう」

 

 胸を張って生きる。そう語る彼女は、そこに大きな希望を見出しているようだった。真から見て、これまでの彼女が胸を張って生きていけないような人間には見えなかったのだが、そこは人それぞれが抱えている事情や置かれた環境によるものだろう。彼女の言う学園とは、彼女にとって肩身の狭い場所なのかもしれない。真が何も言わずに頷くと、シェリーはほっと息を吐いて、出入り口へと急いだ。扉を開け、外へ出る。――敵地だというのに、外の確認もしないで出るとは、余程心に余裕がないか、抜けているのだろう。

 続いて真も外に出れば、左も右も三人ずつ警備員が詰め寄ってきていて、シェリーは冷や汗を垂らして太ももに手を伸ばしていた。迂闊だ。あのまま部屋にこもっていれば、一方からの敵だけに対処できたかもしれないのに。……外に敵がいる事をわかっていて黙っていた真にも非はあるかもしれない。

 

「動くな! お前達を拘束する」

「囲め! 逃がすな!」

「攻撃許可。殺しても構わん」

 

 手に手に持った特殊警棒をシャキンと伸ばしてにじり寄る警備員の物騒な言葉に、シェリーは内心悲鳴を上げていた。電流の走る警棒を持って武装しているとはいえ、彼らは普通の人間だ。魔法側の者ではない。そういった者に対して迂闊に魔法を使用するのは……。

 牽制にと構えた拳銃に、しかし警備員の誰もが怯みすらしない。顔を覆う防弾ヘルメットは黒く、表情もわからないので、シェリーは魔法を使うべきか銃を撃つべきか、悩みに悩んでいた。

 一方の真はといえば、集団のリーダーらしき男が無線機を手にして口元に持って行くのを見て、目つきを鋭くさせた。それだけで機械は故障し、受信ならまだしも送信ができなくなる。他の者の無線機も同様に故障させていく真に、ついに一人の警備員が襲いかかった。

 結果は言わずもがなだ。ここまで実力差がある相手に真が躊躇する理由など無く、前にいた三人をそれぞれ一撃ずつで沈めると、振り返ってシェリーを促した。胸元のナイフを引き抜こうとしていた彼女は、真の視線に顔だけで振り返ると、頷いて、即座に近くの一人に組みかかった。

 

「な、なんだこ、こいつの力っ!」

「お、おい! 離せ!」

 

 背後に回って首を締め上げ、他の二人への盾にすると、拘束した男の姿勢を崩し、前へ投げつけた。ぶつけられた二人は溜まったものではなく、倒されて腰を打ち付ける。その間に駆け寄ったシェリーによって、二人は瞬く間に無力化された。腕をついて立ち上がろうとしていた最初の一人も、背中に膝を打ち付けられて地面に縫い止められ、眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)によって動きを止めた。

 

「ふぅ……すみません、なかなか判断がつかなくて……」

「……魔法の使用を許可する。これから出会う、敵対意識を持った相手には容赦なく魔法を使いなさい」

「それは、でも……良いのですか?」

 

 額を拭ってみせる彼女に、真はわざとそれらしい口調で命令した。このままでは、もたつくシェリーは足手纏いにしかならない。彼女を連れて動くしかない以上、彼女のせいで目的を遂行できなくなるのは勘弁願いたい真だった。気絶した警備員の記憶操作をその場から動かず片手間に済ませた真は、そこで、はて、と首を傾げた。

 ……わざわざ彼女と一緒に動く必要があるのだろうか。

 

 魔法を使っていいのか、と聞き返したシェリーは、真が後ろ腰で手を組んで「ふむ」と呟くのに、了解しました、と消え入るような声で言った。真に威圧したつもりはないが、先の驚異的な実力を持ったロセウムと似た立ち姿は、シェリーを委縮させるには十分だったようだ。

 

「……ワタシは上に行く。あなたは当初の予定通り、地下に向かって情報を集めること」

「ひ、一人で……ですか?」

「不安かな」

 

 まあ、不安だろうな。

 努めて命令形で、しかしできる限り優しさを込めて話す真に対して、シェリーは自信無さげに俯いたきりだった。彼女では、ロセウムやウィリデのどちらか単体に出会ってしまえばそこで終わりなのだから、不安に思うのも無理ないだろう。先程は真がいたからこそ乗り切れたのだ。その真と別行動になる事に対しても、不安を感じている様子。

 真は嘆息して、ではこうしよう、と提案した。

 

「一人付けるから、その子と共に行動しなさい」

「は? ひ、一人……えっと、失礼ですが、そんな人が、どこに……?」

 

 困惑するシェリーを無視して、真は頭上に影を集めて杖を引き摺り出した。あふれ出す闇の気配にシェリーが一歩下がる。困惑は深まる一方だ。それさえ無視して、目をつぶって胸元に抱き寄せた魔錫杖・サーキュライフに蓄えられた魂を核に、血と肉をよりあわせて、真は今ここに一個の生命を作り出した。シェリーの背後、頭より高い位置に暗い渦が巻き起こる。そこから身を丸めて飛び出してくる少女。渦巻く影が何条もの闇を伸ばし、糸となって少女の身体に巻き付き、衣服を形成する。少女が中空でくるんと一回転する頃には上着や袖、長めのスカートには色がつき、紅と白の鮮やかな二色を生み出した。

 トン、と着地する音に反応したシェリーが振り返る。そこには、ちょうど体を伸ばし、後ろ頭をポリポリと掻いて大きなリボンを揺らす少女が立っていた。

 

「え、え? い、いつの間に」

「今から彼女がサポーターだ。困った事があれば相談しなさい」

「え、あの、この子はいったい……?」

 

 困惑しきりのシェリーを無視して、杖を消し去った真は踵を返して踊り場を目指した。後ろでは「私は巫女、博麗霊夢。コンゴトモヨロシク」「あ、ど、どうもご丁寧に。シェリー・ルーンです、よろしくお願いします」と自己紹介がなされていた。そこに真が放った闇の気配に対する恐怖や疑問、不信感はない。よくも悪くもシェリーの天然さが、真の警戒レベルを下げていた。

 ひょっとしたら記憶を消さなくても報告を怠って怒られるくらいの事はするんじゃないか、なんて思ってしまうくらいには、彼女の言動は残念なものだった。人は見かけによらないものだ。最初と変わらないクールな見た目は、しかし今見るとなんとも頼りない。力を分け与えた楽園の巫女をつけたものの、少し不安に思ってしまう真だった。

 

 途中でエレベータの存在に気付いた真がそれに乗り込むと、上へ動くにつれてシェリーとの距離が開いていく。気配も遠退けば、短距離念話も届かない距離になる。

 ここからは一人だ。一人ならば心置きなく戦える。分厚い赤の扉の上、階層を表す数字に灯る光を見上げながら、真は今、妹がどのような姿でいるのかを想像していた。


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