なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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名前が判明する前に地の文で名前を書いていたのを変更しました。


第七十話  また別の妖夢

 ひらめく銀(せん)

 神力で作られた魔法障壁を切り裂いて迫る楼観剣を片手で持った杖、サーキュライフで受け止めた真は、その一撃の重さに眉を寄せた。

 気で強化しているとはいえ、その細腕からは想像できないほどの力。僅かに押された杖を、腕に力を込めて押し留めながら、前蹴りを繰り出して少女を蹴飛ばす。

 ふげ、と妙な声を出して三歩後退った彼女は、一瞬お腹に手をやったものの、怯まず再度真へと躍りかかった。

 重い。

 ビュビュッと風を切って振るわれる楼観剣の一撃一撃もそうだが、少女自体も相当重い。先程真が蹴った時、それなりの力を込めていた。普通の人間なら水風船のように破裂してしまう一撃だ。裏の世界の実力者といえど、神の膂力をもって蹴りつければ、相当なダメージを負うはずだ。だがどうだろう。この小柄な、言ってしまえば十になったばかりに見える少女を蹴りつけた真の足の方が、些細とはいえダメージを受けていた。なんらかの魔法によるものか、少女の体重は凄まじいものになっているらしい。

 

「シャアッ!」

 

 それでいて、この軽やかな動き。

 鋭く吐く息と共に、秒間三度刀を振るう彼女に、真の障壁は金の欠片を散らせて削られていく。尋常でない光景であった。ナギほどのパワーは無いにしても、何枚も障壁が砕かれている。だが真には焦りはなかった。なぜなら、真が意識して張れる神力の魔法障壁は数百枚に及ぶからだ。数枚斬られた程度では痛くも痒くもない。

 

「くっ、あっ!?」

 

 ズドッと重々しい音と共に着地した彼女へ瞬時に詰め寄った真は、杖を翻して少女の右のこめかみと左肩を打ち据えた。それだけで体を仰け反らせ、土煙を上げて後退する彼女に、真は嘆息した。

 強く、自分の意思をもって動く彼女は、今まで作った妖夢達の中で最も本物に近い。しかしながら、すでに本物(瑞希)を見つけてしまった以上、真は彼女を消去せねばならなかった。それが少し残念だったのだ。

 だが消す前に、聞かねばならない事がある。

 

「つあっ!」

 

 地面を陥没させるほどの力での踏み込みを経て、全力の突き。楼観剣に纏わった気の光は緑へと変わり、切っ先が障壁の一枚を容易く貫いた。二枚、三枚、四枚。重なり合ってより頑強な障壁が次々と割られていく。だが、刀の先端が真の胸に届こうとした時、二本の指先が刀身を挟んで止めた。人差し指と中指。それだけで少女は押すも引くもできなくなり、額に汗を滲ませて唸った。

 

「なんっ、なのよぉあんたは!」

「神」

 

 

 必死になって刀を抜こうとする彼女の言葉に端的に答えれば、あっそう! と顔の前に手を突き出されて、真は目を瞬かせた。

 次には、真の視界は真っ白に染まっていた。気の放出による光線だ。苦し紛れの攻撃だろうか、しかしそれは、真の長い髪をなびかせる効果しかなかった。

 

「ブレインカットォ!」

 

 視界が戻れば、今度は短刀を振りかざした少女が目前に迫っていた。技名と共に白楼剣が閃き、幾度も真の頭を斬りつける。ここまで近付けば、障壁による防御も最小限になってしまう。だがやはり、真は傷一つ負う事もなく、一睨みで少女を弾き飛ばした。少女の頭から離れた帽子が、くるりと回って飛行機の残骸を飛び越えていく。

 体勢を崩さずそのまま着地した彼女の手には、白楼剣と楼観剣が握られていた。攻撃を受けた際に真の指から奪い返していたようだ。手放したところで実力が覆る訳でもない。気にせず真は、肩で息をする少女へ一歩、歩み寄った。

 

「ふーっ、ふーっ、ば、馬鹿にしてくれるわね……!」

「お前は誰だ。何の目的で……飛行機を斬った」

「はっ、なに、質問? なんの意味があるの、それ。てゆーか、私が話すと思う?」

 

 真は、少女が最初に言った『依頼』という言葉が気になっていた。

 この少女の裏に立つ何者かがいる。そいつが、この飛行機を斬るように命じた。……なんのために? 誰かを殺したかった?

 今日、この便に搭乗した人物に有名な人間や政治的立場のある人間がいるかは真にはわからなかった。だがどうにも、真にはこう思えてならなかった。

 ――三原親子の父が、飛行機を斬るよう命じた。

 それは真の狭まっている視野が導き出した答えだ。今日この日、さくら達親子が飛行機に乗るよう仕組んだ。そうして刺客を差し向けた。……なんのために?

 真には、いまいち理由がわからなかった。

 普通の人間ならば理由が判明しないと、その可能性は薄いと判断して別の道を考え始めるものだが、こうと考えた真はその考えだけを見て、思考を進めていた。妹が関わると、真は極端に視野が狭まってしまう。

 

「三原瑞希を殺すためか」

「――……なんだ、知ってるんじゃん」

 

 一瞬目を見開いた少女は、次いで、納得したように笑った。

 最初っからお邪魔のためにいたって訳ね。

 少しずれた事を言いながら白楼剣を後ろ腰の鞘に納めた少女は、とんっと地を蹴って、身軽に背後の鉄の壁へ飛び乗った。半円状の壁から伸びる分厚い鉄の足場だ。軽やかな身のこなしに反して、足場が大きくたわむ。少女は、揺れる足場へ逆手に持った楼観剣を突き刺すと、両手で柄を握って真剣な表情になった。

 

「……あんたさ」

「…………」

「人の秘密を聞くわりには、自分の事はテキトーに話すんだね」

 

 それがどういう意味を持った問いかけなのか、真にはよくわからなかった。考える必要もなかったからだ。しかし、少女としてはそうもいかないらしい。自分の力が通用せず、苦い思いをしているのもあるのだろう、聞かれるばかりではなく、真の情報も引き出そうとしていた。

 

「私は六花(りっか)ってーの。で、あんたは? 根暗闇子?」

「……永遠の夜で満たす者」

「あー? 何よそれ。通り名? かっこいーわねー。破滅を呼ぶ光(ライト・オブ・デストラクション)よか百倍いーわ」

 

 破滅を呼ぶ光。それが少女……六花の通り名だろうか。この日本に来てからろくな活動をしていなかった真には聞き覚えのない名前だ。

 真が名前を答えない気でいるのを気取ると、六花は大きな溜め息を一つして、後ろ頭を掻いた。さらさらと揺れる銀髪はどこも痛んだりはしていない。ただ、今まで作ってきた妖夢達よりも少しばかり長く、肩に届くか届かないかくらいまで伸びていて、毛先は不揃いだった。まるで自分で自分の髪を切ったような珍妙さだが、キャラクターとしての美しい顔と映える銀色が、そんな失敗を塗り潰していた。

 

「どうあっても自分の事は話さないつもりなのね。いーわよ、自分の胸に聞くから」

「…………」

 

 肩を竦めた六花は、言った通り、自分の胸に手を押し当てた。背を反らして見せつけるように胸を張り、僅かな膨らみに指を沈ませて見せて、それから真に流し目を送った。

 

「あらら。わかっちゃったわ、あなたの事が一つ。この私の方がおっぱい大きいみたいね、お姉さん?」

「……だから?」

「ガキに胸で負けてる癖に、えばってるのが滑稽だって言ってんのよ」

 

 そう嘲笑う六花に、真は表情を変えないながらも、こめかみをひくつかせた。女としての自分に大きく傾いている今の真に、女性的な魅力がないと突き付けるのは、『だからナギの気を引く事ができなかったのだ』と言っているようなものだ。明らかな禁句だった。

 ふっと鼻で笑う六花へ、腹立ち紛れに杖で地面を突いた真は、噴出する闇を濃く纏って彼女を睨みつけた。そうすると、六花の笑みはみるみる引いていって、代わりに冷や汗が流れた。

 

「ふ、ふん。まあいいわよ。仕切り直しね。さあ! ――いざ、まい……って、この口上嫌いなんだった。ぅえーと……おほん。行かせて貰うわ!」

「……来るが良い」

 

 横目で三原親子の様子を窺い、弱まり始めたさくらの気配から時間が無い事を知った真は、再び両手で柄を掴む六花を見上げて促した。これ以上の時間のロスは許されない。しかし、先程から何度か試みている洗脳は彼女の精神力に押し返されている。神の力を目前にしてこれ程まで軽口を叩ける彼女は、見た目相応の年齢という訳ではないのだろう。そして、それなりの修羅場を潜っている……。

 だがそれでも、彼女では真に届かない。こうして倒されるまでの時間を引き延ばす以外、彼女にできる事はないのだ。

 金属を引き裂く音が響く。六花が走り出すとともに、分厚い鉄に刺した楼観剣を引きずっている音だ。その切れ味ゆえか、スピードは変わらず壁を蹴って跳び込んでくる六花に、迎撃をしようと杖を掲げる真。が、頭の隅に引っかかった小さな気配に、急遽背後へと杖を振り切った。

 肉を打つ感触。

 真の背に忍び寄っていた六花の半身が、杖の一撃を受けて吹き飛んだ。真は、振った勢いのまま一回転し、燃え盛る刀を頭の上に振りかざす六花へ、今度こそ迎撃と杖から神力の光線を放った。

 

「ぅく、ぎっ!」

 

 胴体を狙ったそれを、空中で身をひねって紙一重で躱した六花が、真に向き直る形で着地した瞬間、跳ね上がって斬り上げた。裂かれた障壁の金と火の粉の赤が混じり、薄暗闇を照らす。手の内で刀を回し、即座に振り下ろしに移る六花に対し、杖を持ち上げて防御する真。気と炎の混じり合った刀の切れ味は凄まじく、また、何かの技か、刀自体が障壁を裂く力を持っている。防御無視の鋭い斬撃。だが杖は斬れない。逆に、六花のやたらと重い体は真の腕の一振りで地面に叩きつけられた。うっと短く声を漏らして即座に転がる六花を放って、背後へ手を差し向け、光弾を放つ真。そこにはちょうど刀を後ろに流して走り寄ろうとしていた半霊の姿があった。人の頭よりも大きい光球を二つに切り捨てた半霊は、続く二発目を腹に受けて遠くへと吹き飛ばされて行った。瓦礫の向こうで眩い光が広がれば、六花の唸る声。半霊へのダメージが彼女にフィードバックしているらしい。げほ、と咳き込んだ六花は、しんどそうに刀を杖として体を起こすと、口元を拭い、真に顔を向けたまま、再び鉄の足場へと飛び移った。

 

「やるわねぇ……小手先の技術が通用しないこの感じ、おっとろしくて震えそうだわ」

「…………」

「あーあー、なんかもう大ボスって感じ! 聞いてないわよこんなん。あのジジィー……。……でも」

 

 依頼は絶対遂行するわ。どんなにうざい奴からの依頼でもね。

 口角を吊り上げて笑う六花の顔は、おおよそ魂魄妖夢のイメージに合わない悪人顔だった。幼い顔立ちゆえ、悪ガキという印象が強いが、内に秘める人格のためか、悪巧みする女子高生のような印象をも抱かせる。それでもまだ子供。真の敵ではない。

 もう終わりにしよう。そう思って杖を掲げる真へ、六花は同じ表情のまま待ったをかけた。

 

「待ってよ、もう。手加減って言葉知らないの?」

「ヴィタ・エト・モース――」

「うわこいつひっどい! もう、もう、もう! 知らないわよ剣士の誇りなんてっ!!」

 

 真の始動キーに反応した六花が左腰の鞘に楼観剣を収め、代わりに白楼剣を引き抜いた。詠唱される魔法がたった一人に向けるには過剰な威力を持っているのは、それだけ六花の言動が彼女の癇に障っていたのだろう。だが、その選択は失敗だった。六花を殺すなら無詠唱の奈落の業火でも放てば良かったのだ。

 高速詠唱を得意とする真だが、呪文の詠唱より六花が白楼剣を振るい、斬撃を飛ばす方が速い。だがその程度の攻撃では、真の体に傷一つつけられないだろう。だからこそ、前衛系を前にしての呪文詠唱だ。真には呪文を唱えながらも攻撃をいなす程度ならばできる自信があった。……しかしそれは、真に対して攻撃が放たれていれば、の話だった。

 

「なっ!」

「ごめんねー、私の剣って人殺しの剣なのよ。カミサマはお断りなの」

 

 人の頭が宙を舞っていた。それは深月の前に膝をついていたさくらのものだった。

 六花の狙いは、ずっと彼女に定められていたのだ。それが彼女の受けた依頼……そう勘付くも、遅い。また真は間に合わなかった。神の力を持っているという慢心ゆえに。

 

「隙あり」

「――!」

 

 さくらの死に気をとられる真の懐へ、六花が潜り込んでいた。土を踏みしめ、完全な踏み込みの体勢。右手は収めた楼観剣の柄を握っていて――刹那、閃く。銀の光と共に鮮血が吹き散った。

 直前で体を逸らした真の右腕が肩から切り離されていた。持っていたサーキュライフごとその腕が地面へと落ちれば、切り口から吹きだす紅い血潮。楼観剣を振り切った六花の口が、にぃっと笑みを形作っていく。油断していた。

 

「……は?」

 

 ――そう、油断していた六花は、真の指が自身の胸に押し当てられるのに反応できなかった。直後に細い光線が胸を貫き、押し出された体に合わせて足が一歩下がる事で、ようやく致命傷を負った事に気付いて、呆けた声を出した。ノーモーションで不可視の力をぶつけられ、地面を跳ねて飛行機の残骸にぶつけられる六花。背を打ち付け、肺が圧迫されて吐いた息には血が混じっていた。

 

「ぐ、う゛……!」

「月華天落」

 

 打ち上げられた巨大な光弾が爆発と圧縮を繰り返し、膨張していく。魔力と神力が混ざり合い稲妻のように白光を散らす。迸る落雷の如きエネルギーが六花へ降り注ぐと、ばちりと弾けて、一瞬上がりかけた弱い悲鳴を飲み込んだ。小さな体へ無理矢理注ぎ込むように力そのものが流れ込み、その度に幾度も弾けて、六花の体は痙攣するように跳ね、地面に落ちると、体をびくつかせて壁にぶつけたり地面に打ち付けたりを繰り返した。

 

「…………」

 

 彼女の命の灯火が消えて行くのを最後まで見届けず、真は踵を返してさくらの遺体へ歩み寄った。死んだばかりの体はまだ温かく、切れた首から吹き出る血は、彼女の体だけはまだ生きている事を表していた。

 だが、おかしい。

 潰えたさくらの気配。その先に深月の気配はなかった。さくらの体が覆いかぶさるようにして、深月を包んでいたはずだ。この目で確かめなければ。漠然とそう思い、左腕でさくらの体を抱えた真は、目を見開いた。

 

「いない――瑞希……!?」

 

 たしかにここにいたはずの深月の姿が無い。近くには深月の腕が落ちているというのに、それだけしかない。気配の残滓はここに残っている。つい先ほどまで、ここにいたはずなのだ。

 困惑しつつも思考を回した真は、ふと暗い地面を濡らす血溜まりの中に、水溜まりを見つけた。

 ここ数日雨も降っていないのに、水溜まり……。それが飛行機に乗っていた誰かの持ち寄った飲料水などでないならば……。

 さくらを寝かせ、水溜まりに歩み寄った真は、膝をついて水溜まりを覗き込んだ。……魔力の残滓。何者かがこの水を用いて転移を行っている。

 そいつが瑞希を連れて行ったのか。真は、即座に追跡を開始した。精度を高めるためにサーキュライフを取り寄せ、杖を握ったまま揺れている右腕を引き剥がすと、肩に押し当ててくっつけた。破れ落ちていた闇の衣が自動生成され、右腕を覆っていく。

 杖を用いれば、水溜まりの向こう側に、すぐに魔力の残滓の持ち主を見つける事が出来た。深く探れば、幾度もの転移の行使がわかる。用心深い行動の意味は……。

 

「…………」

 

 目的は三原さくらの殺害と三原瑞希の誘拐か。……そんな思考は、真の頭には浮かばなかった。目的などどうでもいい。瑞希を取り戻す事だけが頭にあった。それ以外は怒りで満たされていた。

 愛する妹を自分の目前で攫う……腸の煮えくり返る所業。瞳に憤怒の情をたたえて立ち上がった真は、地面に転がる深月の腕、さくらの遺体と傍に漂う魂をサーキュライフに収めると、トンと地を蹴って水溜まりへと飛び込んだ。瞬く間に、その体は沈んで行った。


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