なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第六十五話 鮮烈なる英雄

「よお。お前がここの頭か?」

 

 三人と拮抗していたプリームムを瞬く間に押し切って壁の向こうへ吹き飛ばした少年は、次に真の前へ跳躍してきた。ナギの言葉は、魔力を隠そうともしない真をそう判断しての事だろう。

 

「だったらどうするのかな」

「ぶっ倒す!」

 

 単純明快な答えだった。

 どこか不快感を感じながら、真は眉根を寄せて、なぜ? と聞いた。

 

「ああ? んなもん、てめぇがワルモンだからだろーが!」

「そうじゃない。なぜお前達は戦う」

「あー?」

 

 怪訝そうに覗き見てくるナギに、真は変わらぬ表情で見返した。

 なんとなくナギ達の目的は覚えている。だが、直接その口から聞きたくなった。それがなぜかはわからない。ただ、もやもやとした不快な感情をぶつけたくなったのかもしれない。

 ナギはまた簡潔に、戦争を止めるためだと答えた。

 なんのために。再度疑問をぶつけようとして、真は目をつぶった。

 その問いに意味はない。ここで言葉を交わす事に意味はない。

 妹との思い出を甦らせる事だけに意味がある。完璧な魂魄妖夢を作り出す事に、そうして思い出に浸る事だけに……意味が……。

 ある、と、真は心の中でさえ言い切れなかった。

 

 建物が揺れる。

 ぱらぱらと降る何かの欠片が二人に降りかかると、誰かが放った魔法の余波がナギを襲った。

 

「っとぉ。んじゃ、始めっか」

「…………」

 

 やる気もない。その気もない。

 ただ感じる不快感のまま、そして、目の前で構えをとるナギに、真は緩やかに手を差し向けた。

 

 

 アルビレオが、詠春が、ゼクトが。壁から抜け出してきたプリームムと交戦する。三対一。さしものアーウェルンクスも、集った最強達に押され気味だった。

 

 

「うおっしゃあ!」

「っ、」

 

 では一対一のナギと真は。

 凄まじい魔力のこもった拳をいなし、飛び込んできていたナギを勢いのままに投げ飛ばした真がすぐさま振り返って構える。そこへ空間を蹴りつけ、虚空瞬動を行ったナギが再度飛び込み、真の懐に入り込む。インファイト。魔法を使う気配を見せない真に対し、ナギが選んだ戦法だ。魔法のぶつけ合いをしないとなれば、前衛後衛を一人でこなすナギにとれる行動は一つ。肉弾戦で圧倒する。魔法も体術も得意とするナギだからこそできる戦法だ。

 真は、常と変らぬ涼しい顔で猛攻を受け流していた。幼い頃、独自に編み出した体術だ。

 真の体はこと戦闘において無類の才能を発揮する。素人考えの受け流しを最初から実戦レベルにまで底上げし、何度かの戦いを経て成長したそれは、その道の達人の目から見ても及第点を与えられるレベルだろう。

 だが、ここ数年、地力を増してきた真の相手は、人型から巨大な怪物や異形の者に変わり、この体術を使う機会はそう廻って来なくなっていた。ゆえに、錆びついた技術ではナギの拳をいなしきれず、腕に痺れや痛みを残す。

 腹を狙った、構えも何もない殴りを腕で受け止めた真は、力技で拳を振り抜かれるのに、大きく後ろへ押し込まれた。

 

「お、手応えねーな」

 

 床を擦って止まる真の前にスタッと下り立ったナギが、自分の拳を見てそう言うと、次には長い木杖を振り回し、真へと構えた。

 

「お次は魔法合戦といこうぜ。後衛系だろ? お前」

「…………」

 

 ナギの言葉にイラッとした真は、いっそう口を引き結んで言葉を交わさないという意思表示をした。

 どれ程の力を持っているのか様子見をしようと相手の出方を見ていた真だが、これではまるで真の方が実力をはかられているかのようだ。真は、それが気に食わなかった。

 それに、杖。

 ナギは片手に杖を持ったまま戦っている。それで先の、真を押し切る力。片手だけでここまでされてしまっては、流石の真も苛々せずにはいられなかった。

 目的のために強くなったはずなのに、その目的は果たせず、次の目的を作れば、自分より若く強いものが現れ、止めようとしてくる。

 なぜ、何もかもうまくいかないのか。

 妹の蘇生から始まって、魂魄妖夢の生成。どちらも上手くいかない。作っても作っても作っても出来上がるのは物言わない狂戦士のみ。柔らかに微笑み、些細な事に慌て、凜として戦いに臨む少女の姿などどこにもない。妹が好きだと言った少女の姿など……。

 

「――雷を纏いて吹き荒べ南洋の嵐! いくぜっ!」

「――おおいなるつばさをみよ」

 

 力強い呪文詠唱と、対照的な囁きの如き詠唱。

 放たれた魔法同士がぶつかり合い、喰らい合う。中級呪文に乗った魔力は尋常でなく、真が改良し使っている最上級の魔法と拮抗していた。

 

「おらぁっ!」

「っ、ちっ!」

 

 雷と風からなる魔法を拳一つで支えるナギに対して、真は媒体である指輪をした右手と左手で、輝く龍の魔法を支えていた。それでも押し切られる――そう予感した真は、その感覚に素直に従い、制御を放棄して右へ瞬動した。壁をも貫く嵐の横を、再度の瞬動でナギへと肉薄した。

 

「ぬお!」

 

 技後硬直を狙って放たれた首を狩るような蹴りは、すんでのところで体を投げ出したナギに躱された。追撃に無詠唱で魔法の射手・闇の21矢を放ち、串刺しにしようと上から襲わせた。手にした杖による飛行と加速で切り抜けたナギは、天井付近まで飛び上がると、旋回して真の前へ下り立った。

 指輪をした右手を前に出して構える真の横へ、弾き飛ばされたのだろうか、プリームムが床を擦りつつ現れる。

 

「まさか彼らに、これ程の力があろうとは……!」

 

 少しとはいえ汗を流して焦る様子を見せるプリームムに、真は珍しいものを見たと思いつつ、追って上階に飛び乗ってきた面々を見回した。

 

「何をしているかと思えば、もう一人いたのですね」

「下の奴らは片付けたぞ。やるなら全部やってからいかんか」

「ナギ、いけそうか」

「へっ、たりめーだエーシュン」

 

 ナギを中心に集まった四人が言葉を交わすのに、立ち上がって真のすぐ横へ歩み寄ったプリームムが、僕達を前に随分と余裕だね、と呟いた。真にだけ聞こえるようにした愚痴だった。彼はやけに真に対して好意的だ。真に何か感じるものがあるのかもしれない。

 

「む!」

「お?」

 

 そんな事はお構いなしに、真は待機させていた無詠唱の雷の暴風を四人へ放った。お返しのつもりだったそれは、ゼクトの張った障壁に容易く受け止められた。

 

「遅延でしょうか。かなりの術者のようです」

「油断するなよ」

「わかってる。つっても、やっこさん大して強くねーぜ」

 

 ……!

 ナギの言葉に、真は知らず歯を噛みしめていた。

 そんなに言うなら見せてやろうか。人が抗えぬこの神の、恐るべき真のパワーを。

 柄にもなくそんな事を思う真の横で、プリームムも詠唱を終えた魔法を発動させた。

 四人の中心、床が盛り上がると、噴火するように大質量の砂が噴き出した。一瞬前に反応して四方に散るナギ達、その内の三人にプリームムが襲いかかる。残ったナギは真が相手をする事になる。……ナギに憤る真を間近で見てしまった彼なりの配慮だろうか。

 

「プラクテ・ビギ・ナル。小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ……」

「もいっちょ雷の暴風!」

 

 初心者用の始動キー。素の状態の真と最も相性の良い物。

 憤りに任せて極悪な呪文の詠唱に入った真に、ナギは回避行動を取りながらも唱えていた魔法を放った。先程と同じ魔法。床を削って迫る魔法の威力は、今の真が詠唱せず瞬時に出せる障壁では受け止めきれないだろう。仕方なしに横っ飛びに避ける真の眼前に、ナギが現れた。勢いを乗せた蹴りを腹に受け、同時に放たれた雷の矢に痺れる真へ、飛び上がったナギが雷の斧をぶつけた。

 

「ぐ、う!」

 

 魔法耐性が高いとはいえ、直撃だ。ダメージは免れず、床に身を打ち付けて跳ね、なんとか体をひねって体勢を整え、着地した真は、さらに追撃を仕掛けようと踏み込んでくるナギを見て、咄嗟に上へ逃れた。

 

「逃がすか!」

「こ、の……!」

 

 それでも床を踏み抜き、急制動の後に追って跳び上がって来るナギに、真は力を込めた腕を突き出した。

 

「うおっ!?」

 

 ガン、と不可視の壁をぶつけられかのように叩き落されたナギへ、真はがむしゃらに無詠唱の魔法の射手や中級の呪文を叩き込む。幾度か爆発を起こし崩れていく床の中に、落ちていくナギの姿を見た真は、ようやっと冷静さを取り戻して一階へ下りた。二階の床や柱が落ちてもうもうと埃や煙を巻き起こす中、ふぅ、と息を吐く。油断ではない。真には、煙の中で力を溜め、今まさに飛び込んで来ようとするナギの事は気配でわかっていた。

 拳を前に、煙を突き破って飛び出して来たナギへ、真は狙いすましたカウンターを叩き込んだ。魔力を込めた拳がナギの頬を捉え、反対に、ナギの攻撃は真に当たらない。

 

「うぉら!!」

「なっ、ぶ!」

 

 だが、ナギはそこで止まるような男ではなかった。

 攻撃が外れたと知るや、真の拳が頬に突き刺さるのも構わず足を振り抜き、真の腹に膝蹴りを叩き込んだ。それには辛うじて防御が間に合ったのだが、続く頭突きはどうしようもなく、鼻面にぶつけられた痛みに思わず目をつぶった真には、目の前で再度拳を振りかぶるナギの姿は見えていなかった。

 

 

 真がナギによって倒されると、プリームムは一瞬迷った後、ナギが腕をぐるぐる回して他の三人に加わるのを見て、口惜しそうにしながらも撤退して行った。仲間に見捨てられた形になった真は、しかし壁に背を預けながら、ぼうっとしていた。

 そこに先程までの怒りはない。

 戦って、負けた。負けた後に残るのは死だけだ。

 今までだって、真は戦いの先に相手を殺してきた。それが今度は自分の番になるだけの事。

 恐怖や絶望はなく、ただ、真は漠然と自分の行く末を考えていた。

 志半ばで死んでしまうのも、頑張って戦った末なら仕方がない。死んだら……瑞希に会えるだろうか。

 

 ……。

 真が女神の力を以て挑まなかったのには理由がある。

 失意や諦め、絶望の先にあるもの。それは、破滅願望だった。

 目的を諦めてはいない。新たな目標へ向けて日々術の改良や改善に励んでいた。

 だが真は、頭の中について回る疑問に耐えられなかった。

 こんな事してなんになる。ただ自分を慰めるだけじゃないか……。

 妹を救う事に繋がらない。あの日常を取り戻す事に繋がらない。

 ただただ、思い出だけを作り出そうとする虚しい行為。

 真は、それを虚しいだなんて思いたくなかった。自分の行いは正しいのだと、それが未来へ繋がっているのだと信じたかった。

 そうやってずっと自分を騙してきたが、もし……。

 もしその志半ばで、強敵に出会って殺されてしまったなら、それは仕方のない事だろう……。

 そんな風に考える事が多くなっていた。

 そして今、死が近付いている。

 それは今の真にとって終わりではない。

 きっと、妹へ繋がる輝かしい何か……なのだろう。

 

「よお。なかなかやるじゃねーか。この俺様とここまで張り合える奴がいるなんて思わなかったぜ」

 

 歩み寄ってきたナギに、真は焦点の合わない目を向けた。もはや死んだ気でいる真に見つめられて、お? と首を傾げるナギ。

 

「おーい、だいじょぶかー?」

 

 暗く沈んでいく真の心など知った事ではないとでも言うように、ナギは真の目の前で手をひらひらとさせたり、声をかけて揺すったりした。

 しまいには胸倉を掴んで揺さぶり、頬を叩こうと手を上げたりして……。

 イライラ。

 頭の中に広がった不快感に我慢できなくなって、真は振られた腕をがしっと掴むと、そのままナギの頬を叩いた。

 

「お、なんだ、元気じゃん」

「…………!」

 

 しかし、振った手は彼の頬を打ち据える前に、軽く止められてしまった。

 それでへらへらと笑われては、真のイライラは増すばかりだ。きっと睨みあげる真に、おーこわ、と手を挙げて見せるナギ。おちょくられている……? その内真はみじめになって、さっさと殺してくれと懇願しようか迷い始めた。

 

「さあて、ワルモノさんはここでどーんな悪い事してたんだ?」

 

 うざい。

 真が、人に話しかけられてはっきりそう感じたのは、これが初めてだった。

 尋問か何かか、質問をされた真は答えそうになってしまって、ぐっと唇を引き結んだ。

 だがナギは、そんな真をじーっと見て、ただ答えを待っていて……。尋問に纏わる暴力や暴言が飛んで来ないのに、真はようやくナギが十代前半の少年なのだと認識した。

 近くで見上げる顔。そこにはたしかに幼さがある。

 そんな少年がどうしてこれ程強いのか。

 腹立たしくも、しかし僅かに興味を惹かれる。

 半端に知識が残っているのもそれに拍車をかけた。

 

「……魔法の、研究」

「あ? 研究? お前研究職なのか? はー、まー、なんとなくわからあな。(くれ)(くれ)ぇ」

 

 うざい。

 真っ向から悪口を言うナギに、真は目を細めて睨み、無言の抗議を送った。

 

「で、なんの研究してたんだ?」

 

 視線をスルーされて、真はげんなりした。

 どうしても答えなければならないのだろうか。

 いや、そんな必要はない。何も話さず殺されるという選択肢もある。

 だが黙っていれば、きっとこいつはもっとうざい事をしてきそうで……それは心底嫌だと、真は思った。だから、悩んだ末にとりあえず聞かれた事には答えようと決めた。

 

 もともとこの組織に入ったのは静かに研究できる場所が欲しかったからだ。そう話す真に、組織に対する義理など無い。

 プリームム個人に対する恩は感じていない訳ではないが、それも薄かった。

 

「魔法」

「あ? いや、だから、なんの魔法の研究を……」

「魔法の基礎や成り立ち」

「あー? 意味わからん」

 

 丁寧に教えてやっているにも関わらず、首を傾げるナギに、真がどうやって細かく伝えようかと悩んでいると、建物内を探索していたアルビレオ達が戻ってきた。彼らの手にはそれぞれなんらかの資料や本、物品が握られている。

 

「ナギ、その者の言葉は、その通りですよ。これを」

「なんだこりゃ。魔法初級……学習用の教科書じゃねーか。って、これは複写か?」

「その通りです。彼はここで、本の内容を書き写したり、それらを覚えていたようですね。研究というより勉強です」

「そりゃあまた。悪の組織でお勉強たーご苦労なこったな」

「そのお勉強しかしていなかったようですね。この組織の活動に参加した記録が一つもありません」

「なぬ? 一つも?」

 

 ええ。一年前に加入した事の報告書、それ一枚きりで、他には何も資料が……。

 そう言ったところで、おい、とナギが真に声をかけた。

 

「あー……つかぬことをオウカガイしますが」

「……うざ」

 

 何やら改まって質問しようとするナギに、それまでの言動とのギャップを感じて、思わず本音を漏らしてしまう真。するとナギはむっとして、

 

「あ? てめ今なんつった?」

「魔法」

「それしか言えねーのかてめー!」

 

 胸倉を掴まれて顔を近付けられるのに、それがなんだか微笑ましく見えて、ようやっと気持ち的に優位に立てた真がわざとらしく言うと、たちまちナギが怒ってがくがくと揺さぶった。

 その程度でまいる真ではないので、無駄に力を入れたせいで息を荒げるナギを眺めつつ、内心笑っていた。

 

「でよ、まさかとは思うがお前……魔法使い一年生だとか言うんじゃねーだろうな」

「…………」

「だんまりかよ!」

 

 なんか言えよ、とつっつかれても、別にそうじゃないとしか言えない真は、つんつくつんつんされるがままで、詠春やゼクトがナギを止めるまで好きにされていた。

 つっつきから解放された真は、これ以上質問を繰り返される前に、さっさと説明してしまう事にした。

 魔法を使い始めたのは子供の頃から。ここで研究をしていたのは、それまで魔法の基礎を知らなかったから。

 

「では、今までどうやって魔法を?」

 

 真の言葉に興味を持ったのか、アルビレオが問いかけた。

 ナギも、気になるといった風に至近で真を見ている。

 

「フィーリング。……意味、わかる?」

 

 後半の確認はナギに向けたものだった。

 もはや余裕を取り戻した真は、ナギに対して苛つきや何かを感じている訳ではないが、さっきまで感じていたのはたしかなので、こうして意地悪をしている。これもまた、真には珍しい事だった。

 ……なんていっても、自分の本当の目的が叶えられないと知った時から、すでに真は昔の真とは別物になってしまっているのかもしれないが。

 

「……はっ、なるほど。お前も俺様とおんなじタイプって事か」

 

 無駄に偉ぶって自分を親指で指すナギに、ああ、と真は心の中で頷いた。

 強いの、それが理由か。

 自分と同じように、彼もまた天性の戦闘センス……魔法に対しての才能を持っていたのだろう。

 おもしれえ、とナギが言った。後ろに控えていた三人は顔を見合わせて、またナギが無茶を言いそうですよ、とひそひそ言い合った。

 

「よし、お前、俺について来い」

「……殺さないの?」

「なんでってそりゃー……あん?」

 

 真の問いにかぶせるように説明しようとしたナギは、真の言葉が予想していたものと違っていたせいか、一瞬固まった後に、何言ってんだこいつ、とでも言いたげな目で真を見た。

 

「聞いたとこお前はワルモンじゃねーみたいだしな。で、これ程の力を持ってるんなら、そりゃ俺達の下で一緒に戦った方が良いぜ、と提案をな」

「提案?」

 

 意味がわからない。聞きたい事が無くなったのなら殺すのではないのか、と困惑する真に、続きはアルビレオが引き受けた。

 

「提案……でしょうかねえ。ナギがこう言った以上、あなたがどんな経歴を持っていようと撤回されそうにないのですが……一応聞いておきます。世のため人のため、などとは言いませんが、その力を良い方向に使ってみようと思いませんか」

 

 言われて、即座に真は、自分は悪い事をたくさんしてる、と叫びたくなった。

 そうしてこの四人の男達に自分の罪を吐き出せば、きっと今、穏やかに言葉を投げかけてくれている四人は豹変し、自分を殺してくれるだろう。

 真は、それを……自らの死を、望んでいる。

 ……望んで、いるはずなのに。

 

「……わかった」

「よっし、んじゃ決まりだな!」

 

 今さら、死を恐れているのだろうか。

 妹が待っているかもしれないあの世へ行く事を、恐れているのだろうか。

 あの子が天国にいたとして、自分が落ちるのは地獄だから?

 あの世なんてないとどこかで思っているから?

 ……たぶん、きっと、どれも違う。

 

「俺はナギ。ナギ・スプリングフィールドだ。聞いた事あんだろ?」

「ないけど」

「ないのかよ!」

 

 あれ、俺有名になってるんじゃ、と零すナギに、そりゃそうじゃろ、とゼクト。活動を始めたばかりの俺達の名が広がっているとは考えにくい、と詠春。一部の組織では伝わっているようですが、とアルビレオ。

 それぞれがとりあえずと言ったように真に名を伝えると、今度は真を見据えて、名乗るのを待った。

 

「俺は……秀樹」

「ヒデキ?」

「響きが詠春の名と似ていますね」

「もしかすると……」

 

 成り行きだ。

 この組織に入ったのと同じように、真はこれを成り行きだと考えた。

 だからまた、いつかここと同じように抜ける事になるかもしれない。

 そんな相手に本名を名乗る必要はないだろう。

 

 旧世界がどうの、出身がどうの、やいのやいのと話し合って、真にも声をかけてくるのを否定しながら(この世界の真は魔法世界出身のため)、その距離感に困惑しつつ、真はナギが差し出してきた手を、少しためらった後に掴んで、立ち上がった。

 

「ほんじゃま、とりあえず飯だな」

「いや、ここの構成員を縛って突き出さねば」

「この男の素性を聞くのが先だと思うのじゃが」

「その前にナギ、まず傷を癒しましょう」

「…………」

 

 こうして紅き翼に加入した真。……いや。まだこの時は、この集団に名前はない。

 未だ失意や諦めの念を強く持つ真が、この名も無き集いに加わる事でどう変わっていくのだろうか。

 

 とりあえず真は、全員が全員自分を女だと欠片も見抜けていない事に、大丈夫かな、とちょっと不安に思ったりしたのだった。


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