なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第五十五話 作戦会議

「ご迷惑をおかけしました……」

 

 ネギに並んでみんなの座るテーブルの前に戻ってきた深月は、そういって深く頭を下げた。誰かが言葉を発するよりも早い行動だった。

 誰も、何も言わない。下を向いている深月にはみんながどんな顔をしているかはわからず、場の空気もいまいち読めなかった。ただ、自身に視線が集中している事だけを感じていた。

 しばらくして、おそるおそる深月が顔を上げれば、ちょうどこのかが立ち上がったところだった。カタンと椅子を揺らして下りると、深月に駆け寄り、その勢いのまま抱き付いた。

 

「妖夢ちゃん……!」

「……このか」

 

 うるうると涙を溜めた瞳で見られて、深月は申し訳なさでいっぱいになった。どうして逃げ出してしまったのだろうとか、心配をかけるべきではなかったのにと後悔の念が頭の中を駆け巡るが、今はただ、強く自分を抱きしめるこのかの背に腕を回した。

 アスナや他のみんなは、ネギが深月を連れ戻してくれたことに、そして、深月の問題の解決の兆しが見えている事に立ち上がったものの、二人が抱擁し合うのを邪魔するのも悪いと思って、それぞれの疑問や質問はいったん胸の中にしまい、抱き合う二人を眺めるにとどめた。

 やがて、どちらからともなく互いの肩に手を置いた深月とこのかは、至近で顔を合わせながら見つめ合った。先程ネギと深月がしたものとは違う感情のやりとり。姿は小さくなろうとも、このかの包容力は少しも衰えていない。深月は、そこに自分の全てを受け入れてくれる心を感じていた。余裕のなかった時には、それすら恐れていたというのに、ネギに激励され、エヴァンジェリンに叱責され、どうにか気持ちの立て直しを図り始めた今、これほど暖かく感じるものはなかった。

 同様に、このかも深月が戻って来てくれたことで安心していた。深月に対し、友達というより年の離れた妹や我が子に対する想いに近い感情を抱いていたこのかにとって、深月がまた自分を受け入れ、抱きしめることができるのは何より嬉しかった。感極まったように深月を掻き抱き、肩にあごを乗せ、頬を当てるこのかに、深月は困ったように笑った。

 

「……ごめんね、このか」

「んーん。妖夢ちゃんが戻って来てくれて、嬉しい」

 

 ほんとに?

 そう問いかけようとした深月は、痛いくらいに力のこもったこのかの腕に、開きかけた口を閉じた。聞かずとも気持ちが伝わってくる。想われているのを感じる。悲しくもないのに、深月の目から涙が一筋流れ落ちた。

 目を閉じて、そっとこのかと頬を擦り合わせた。

 

 

 このかが落ち着くと、ネギは一度、全員に座るよう声をかけた。深月のことを説明するためだ。それぞれ丸テーブルを囲んで座る白き翼のメンバーの前に、ネギと深月が立つ。メンバーといっても、全員揃っている訳ではない。秀樹に直接会った者だけがこの場にいた。他のメンバーは別荘の外だ。深月を見つけ、別荘に移ることになった際、それぞれがメンバーに連絡を入れているので、深月を探し続けているということはない。

 

「あ、師匠(マスター)

 

 ふわりと手すりに下り立ち、片膝と片手をついて座ったエヴァンジェリンにネギが顔を向ければ、眉根を寄せてしっしと手を振った。

 

「説明するならさっさとしてやれ。そしてそいつを連れてとっとと出て行け」

「……はい!」

 

 面倒くさそうに半眼になって言うエヴァンジェリンの言葉を励ましと受け取ったネギは、笑みを浮かべて頷き、みんなへと向き直った。誰もが、ネギの言葉を待っていた。深月のことを知りたいのは、みんな同じだった。

 

「まず最初に。秀樹さんが言っていたことは、少しだけ本当です」

「少しだけ?」

 

 茶々丸と同型の給仕が配るグラスを受け取っていたアスナが――その肩に乗っていたカモが、自分の分が無いのにキーキー抗議するのを無視して――聞き返す。

 少しだけ、とはどういう意味か。深月も、隣に立つネギへ意味を問う視線を送った。

 

「秀樹さんが深月さんに言ったことの大部分が、嘘だったということです」

 

 息を呑む声。それは果たして、誰の声だっただろうか。

 深月とは、妖夢さんの本当の名前だそうです。そう注釈を付けたネギは、注目を受けながら続けた。

 

「深月さんが去ってしまった後の戦いで彼が言ってたんです。深月さんは普通の人間なんだって。だから、最初にみなさんに伝えておきます。深月さんは決して秀樹さんが無から作り上げたものではありません」

「……そう、なの?」

 

 みんながみんな、ネギの言葉に少なからず驚いたが、一番衝撃を受けたのは他ならぬ深月だろう。あの場面で兄が嘘を言うとは思っていなかった。だから、兄が言った言葉をそのまま受け取ってしまった。自分は作られた存在なのだと。

 ただ、自分が人工物か否かより、妖夢でなくなってしまった時に失う友や過ごしてきた時間のことばかりに気をとられていたので、それに対するショックはさほど大きくはなかった。

 とはいえ、その事実は十分に深月の心を揺らす要因になる。それが嘘であるなら、その方が良いに決まっている。

 深月に対して頷いたネギは、詳しい説明をつけ加えた。秀樹の言葉を、そのまま伝えた。

 

「じゃあ、お兄さんはなんで……深月ちゃんを妖夢……ちゃんにしようとしてたの?」

 

 うわ、ややこし、と顔をしかめながら言うハルナに、ネギは申し訳ないと言った様子で頭を下げた。

 

「すみません、その時は父さんのことで頭がいっぱいで……その理由を聞くことはできませんでした。すみません……!」

「いいよ、センセ」

 

 再度頭を下げるネギの肩に手を置き、頭を上げさせる深月。

 どうして兄が自分を妖夢として育てたのか……それは今、さほど重要なことではない。そう深月が伝えれば、質問を重ねようとしていた夕映や他のみんなも、それ以上の質問はやめ、ネギに続きを話すよう促した。

 

「……秀樹さんが言っていた中で本当のことは、深月さんが本当は『三原深月』であることと、深月さんを『妖夢』にして『楽園』に連れて行くという二点だけです。それ以外の深月さんに関する言葉は、恐らく深月さんを動揺させるための偽りの言だと推測できます」

 

 動揺させて、この麻帆良の地で築き上げてしまった『魂魄妖夢』を壊し、再び妖夢として作り上げる。それが秀樹のやろうとしたこと。

 

「楽園……楽園とはなんです?」

「それは……『幻想郷』、ですよね、深月さん」

「……覚えていたのですか」

 

 かつて、深月がネギを自室に招き入れた上でした質問。幻想郷を知っているか。

 ネギはその出来事をしっかり記憶していたらしい。一連の出来事で深月について考え続ける中、その記憶を引っ張り出したために、今、こうしてネギの口から楽園の名が出た。

 深月もあの日のことを思い出していた。

 あの日せっかく注いだがば飲みクリームソーダをネギが一口も飲んでくれなかったのを思い出して、少しむくれた。

 

「でも、わかるのはそこまでです。幻想郷とはどこなのか、どんな場所なのか……楽園なんて言うんですから、ひょっとしたら、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)のような場所なのかも……」

「あー、ちょい待ちちょい待ち」

 

 憶測を話すネギに、挙手をしながらハルナが待ったをかけた。

 

「幻想郷が何か、私知ってるよ?」

「ほんとですか!」

 

 白き翼の中で『魂魄妖夢』や『幻想郷』についての深い知識を持つのは、長谷川千雨を除けばハルナただ一人だ。深月はハルナの言葉にぎょっとして、すぐさま口封じをしなければと動きそうになった。慌てて一歩踏み出した足をそこで止めたものの、視線が集まるのや、嫌な汗が流れるのは抑えられなかった。それは、妖夢だった時の名残なのだろう。今はもう、妖夢ではないと言われても、ネギやこのかという逃げ場所があるので、何も恐れることはないのだ。

 

「幻想郷ってのは、東方っていう同人ゲーに登場するいわゆる箱庭なんだけど、そこは妖怪の楽園とも呼ばれていてー」

「妖怪の、楽園……」

「その楽園に付随する冥界って所に妖夢ちゃんが……あれ? つまり、あれなの? 妖夢ちゃんってやっぱり本物がいるわけ?」

「ホンモノー……?」

 

 あごに指を添え、ん? ん? と首を傾げるハルナの言葉に、のどかが復唱しながら深月を見た。

 『いどのえにっき』に魂魄妖夢の名が刻まれていたのを思い出したので、やっぱり深月は妖夢なのでは、と思ったのだが、のどかの視線に気づいた深月が手を振ることでそれを否定した。

 

「ここにいる妖夢ちゃんは妖夢ちゃんじゃなくて深月ちゃんだから幻想郷はなくて、でもお兄さんが目指さす幻想郷はあるから妖夢ちゃんはいて、お兄さんは深月ちゃんを妖夢ちゃんにして幻想郷に連れて行こうとしててー……あれー? 自分でも何言ってるかわかんなくなってきた」

「大丈夫ですハルナさん、ちゃんと纏まってます。秀樹さんも、妖夢さんには元となった本物がいると言っていました」

「でも、お兄ちゃん……ゲームしながら、私に『この妖夢を目指すんだよ』って言ってた……」

 

 かつての兄との生活を思い出しながら言う深月に、なおさらハルナは首を傾げた。

 

「……ああ、ハルナが混乱している理由がわかりました。順序がめちゃくちゃなのですね」

「え、なになに、どーゆうこと?」

 

 話を聞いていてもいまいちぴんとこなかったのか、アスナが手を挙げて説明を求める。何も言わないが、隣のセツナも目だけで説明を求めていた。

 一度グラスに口をつけて唇を湿らせた夕映は、テーブルにグラスを戻すと、指を折り立て、説明をし始めた。

 

「妖夢さん改め深月さんを『妖夢』として育てようとした秀樹さん。この時の妖夢は、ゲームが元になっていますね」

「ふむふむ」

「そして彼は元となった本物の妖夢がいると言った。これはおそらく、本当にあるだろう楽園にいる妖夢さんを指して言っていると思うのですが」

 

 二本指を立てた夕映が、そして、と言葉を続ける。

 

「秀樹さんは深月さんを妖夢とする前から、何人もの妖夢を作り出しているのです」

「それはネギが秀樹さんから聞いた話よね? ほんとなのかしら」

「生命と魂を操る力があれば造作もないこと……そのような言葉を彼は口にしていました。実際、のどかさん、夕映さん、ハルナさんの三人は、彼に自在に操られていたように思えます」

「つけ加えるならば、その、私も途中から意識がなくなっておりまして……不甲斐ない話ですが」

「ウチなんか最初からぼーっとさせられてしまってたなあ」

 

 それぞれが、秀樹の()した不可思議な現象を伝え合った。操られている時、意識がどうなっていたのか、途中から意識を失った時、何か感じたのかなど。

 エヴァンジェリンがあくびをするくらい少しの間のやりとりの最中、それまでうつむきがちだった深月が、ふいに顔を上げて、ネギの服の袖を引いた。

 

「どうしました?」

「センセ……さっきからしてるのって……お兄ちゃんの話……ですよね?」

「そうですけど……もしかして」

 

 暗い表情を浮かべる深月に、それがなぜかを察したネギは、静かに深月に言葉の先を促した。

 こくりと頷いた深月が言い辛そうに口を開く。

 

「私……私、お兄ちゃんがそんな……変な力を使えるとか、知らなくて……私、信じられないです……センセ……」

 

 秀樹は、およそ七年に及ぶ深月との生活の中で、欠片も異質な力の存在をにおわせなかった。巧妙に隠し、長い年月をかけて深月を洗脳していたのか、それとも、ただ一人の人間として地道に深月を導き続けたのか……。

 今深月が思い出してみても、記憶の中の秀樹に怪しい動きや気配などはなかったはずだ。何も知らなかった昔では疑問に思えなかったが、今はおかしいと思えるようなことも、少ししか見つからなかった。

 だがそれも、魔法などとは関係のないこと。思い出の中の兄はいつも柔らかく微笑み、優しい雰囲気で深月を包み込んでくれていた。深月は、それが嘘や偽りだとは思いたくなかった。

 お風呂で泡塗れになって洗い合ったあの日。包丁の使い方や料理の仕方を手ずから教えてくれたあの日。シューティングゲームが上手にできなくてふてくされる自分にずっとくっついて慰めてくれたあの日。

 そして、毎年の誕生日には、兄が最も得意とするレアチーズケーキをバースデーケーキにして、一緒に誕生日の歌を歌った、そんな日々。

 偽りでも、うそっこでも、壊したのは自分だった。

 たとえ、最後の年だけ誕生日歌をカセットテープに録音していて……まるで初めから、自分では歌えなくなる状況を予測していたとして……。それを裏付ける言葉を、まさに今日、直接秀樹から告げられたとしても。

 結局妖夢になることを選んだのは深月自身だった。兄を手にかけ、その罪から逃げるためだけに、妖夢になった。その事実がいまさらながら、深月に重くのしかかった。

 秀樹は生きている。でも、酷く傷つけたことに変わりはない。せっかく作ってくれたケーキを踏み潰した事実も、カセットテープごとラジカセを叩き壊したのも、全部なくなったりしない。

 

「深月さん……」

 

 ネギが、壊れ物を扱うような手つきで、自らの袖を掴む深月の手をとり、両手で包み込んだ。

 

「大丈夫です、深月さん。僕達が深月さんのことを知らなかったように、深月さんも、お兄さんの全てを知らなかったというだけです。なら、これから知ればいいと思いませんか」

「…………」

「深月さんは、秀樹さんのこと、知りたいと思いませんか」

「……知りたいです。なんで私を妖夢にしようとしてたのか……どうして私を、楽園に連れて行こうとしてたのか……」

 

 深月は、何年も一緒にいた家族のことを何も知らなかったのが悔しかった。考えても意味の無いことなのに、もし秀樹の考えや力を知っていたなら、あんな風に傷つけずとも、もっと頑張っていたかもしれないのに、と、そう思った。

 ……でも。

 ネギから視線を外し、テーブルを囲むみんなを見る深月。

 こうしてここにやってこなければ、このかにもネギにもアスナにも会えなかった。学校に通うこともなかったかもしれない。たくさんの人と話し、そのたびに自分の世界が広がることも、なかったかもしれない。

 どっちが良かったのか、深月にはわからなかった。秀樹を傷つけた事を後悔しつつも、その先にある出会いをなかったことにしたくない。やっぱり私、悪い子だ。胸中でそう呟いた深月は、ネギの手に包まれた自分の手を引き抜き、もう大丈夫です、と伝えた。

 

「で、結局どういうことなのよ」

 

 話の続きか、アスナが夕映に問いかける。なので夕映は、再び説明を始めた。ただ、ハルナがすでに混乱から立ち直っていたので、簡潔なものになった。

 ゲームが存在するずっと前から妖夢という存在を作り出そうとする秀樹。その時は楽園に存在する妖夢を元にしていたのだろう。そして深月を妖夢として育てる時、本物を知っているのにも拘わらずわざわざゲームを用意したのは、自然な流れで深月に妖夢という存在を教え込むためだったのだろう。

 纏めてしまえば、それだけの話。ただ、与えられた情報の順序がめちゃくちゃだったので、ハルナは少々混乱してしまったのだ。

 今はその先、なぜ秀樹は妖夢を求めるか、なぜ深月を選んだのか、に話は進んでいた。

 

「これはここで話さずとも、秀樹さんに直接聞けば済む話です」

「憶測だけで考えるのも難しことですからね。本人にしかわからないことも多いですから、考えるだけ無駄です」

「えーと、うん。それで、あれなのよね。私達、この後深月ちゃんを連れて秀樹さんのところに行くのよね?」

「おそらく戦闘になるでしょう」

 

 この後のことを確認するアスナに、セツナが難しい顔をしてそう言った。

 

「あ、そっか。秀樹さんは深月ちゃんを連れて行きたいけど、私達は……」

「渡すつもりはありません」

 

 きっぱりと、ネギが言いきった。

 

「秀樹さんには深月さんを深月さんとして扱うつもりはないようですし、そんな風に強引に連れて行こうとするなんて、僕は許せません」

 

 それに、まだ卒業もしてないじゃないですか。

 最後につけ加えたネギの言葉がいかにもネギらしくて、誰からともなく笑みが零れた。

 

「そーだなぁ、未だ碌に常識も身についとらんガキが、楽園だかなんだか知らんが、広い世界に飛び出したとして、野垂れ死ぬのがオチだろ」

「エヴァさん」

 

 手すりから下りて深月の傍に歩み寄ったエヴァンジェリンが、忠告のような言葉を口にする。

 

「あの男におんぶにだっこでいいと言うのなら、中退でもしてついて行けばよかろう。案外喜ぶかもしれんぞ?」

 

 それは明らかに深月を引き留める目的の発言だった。

 今の深月の譲れない部分を刺激し、卒業するまではついていかない、と言わせるための誘導のようなもの。何が目的か、エヴァンジェリンは気怠げにしつつも、深月を引き留めようとしていた。

 

「……何も知らないで、弱いままでお兄ちゃんについてくなんてやです。……センセ。私、まだみんなと一緒にいたい……!」

「その言葉が聞きたかった」

 

 強い笑みを湛えて言うネギに、え、と呆ける深月。時折見せるネギの『頼りな先生』の顔だ。

 

「僕、ちょっと独り善がりじゃないかなって思ってましたから……深月さんも秀樹さんと一緒に行く気はないんだって聞けて安心しました」

 

 深月を連れて行かせない方向で話を進めていたものの、肝心の深月の気持ちを聞いていなかったネギは、ずっとそのことを気にかけていた。深月の状態のこともあり、今まで聞けなかったのだが、深月の方から行きたくないというのならば、迷う必要はなかった。

 

「でも、どうするのよ。秀樹さんって大戦の英雄? ってやつなんでしょ?」

「ああ、それは確かな話だ。お前達もナギの奴の家で写真を見たろ」

 

 秀樹の手から深月を守ると決めるにしても、相手の戦力は強大だ。

 紅き翼の一員で、大戦の英雄。かつて京都修学旅行でナギの家を訪れた時、写真立てを指した近衛詠春が、僅かではあるが秀樹について触れた時、優秀な結界術師だと、そう説明した。それは一緒に写っていた幼き日のタカミチやその横に並ぶ一人の子供のように修行中の身だとか戦力外という訳ではなく、ナギや詠春、アルビレオ・イマに並ぶ力を持っていることの証明だった。

 具体的にどれ程の力を持っているのかはわからないが、今のネギ達で敵う相手かどうかは怪しい。

 

「ってことはやっぱ、白き翼(アラ・アルバ)全員集合! のちに強襲! するっきゃないかなー?」

 

 おどけて言うハルナの視線の先には、腕を組んで立つエヴァンジェリンの姿がある。『白き翼全員集合』の中にはもちろん、名誉顧問たるエヴァンジェリンも含まれているのだが……。

 

「は? なんで私がんな面倒くさいことせにゃならん。麻帆良の地が滅びる訳でもあるまいし、私は手を貸さんぞ」

「ですよねー!」

 

 エヴァンジェリンの答えは予想の範囲内だった。最初からずっと秀樹関連のことを面倒くさがっていたのだ、むしろ「私も混ぜろ!」などと言い出すのは想像もできないことだった。

 

「ふん、ちょうどいい。あっちの世界(魔法世界)にはお前達の想像もできない強者(つわもの)どもがわんさかいるぞ? ここいらで本物を経験しておくのも悪くないだろう」

「ほ、ホンモノー……」

 

 にやりと笑って、白き翼のみで解決してみせろ、と無茶振りをかます師匠の姿に肩を落としたネギは、しかし現状、魔法生徒や魔法先生は姿を見せず、誰に助力を乞うこともできないことから、白き翼の力を借りる他ないと判断した。

 だができるなら全員を巻き込みたくない、などと思ってしまうのは、ネギゆえのことだろうか。

 言ってしまえば、秀樹はエヴァンジェリンと同格だ。そのエヴァンジェリンにネギとアスナのタッグで挑んでも遊ばれてしまうのだから、ここにセツナや古菲(クーフェイ)、長瀬楓を加えたとして、いったいどれほど対抗できるようになるかは定かではなかった。

 となれば、少しでも勝率を上げるために白き翼の全員でかからねばならないだろう。しかし非戦闘員のこのかや千雨、ハルナにのどかに夕映に、朝倉和美を抜けば、戦える人間は驚くほど少ない。彼女らを守りながら戦うのなら、いっそ一人でやった方がマシであるほどだ。

 

「やっぱりみんなでやるしかないっしょー」

 

 やけっぱち気味に先程と同じことを言うハルナ。彼女も彼女なりに考えて発言してはいるものの、秀樹が真の姿を現し、戦い始めた時、すでに彼女は秀樹の術に陥っていたため、相手がどれほど強大なのかをいまいち実感できていないのだ。だから、仲間である白き翼の全員でかかることを提案する。そこに他意はなかった。

 

「それはお勧めできませんねえ」

「あん?」

 

 その時、エヴァンジェリンの背後に音もなく現れる影があった。エヴァンジェリンが怪訝そうに振り返った先に立っていたのは、ローブ姿のアルビレオ・イマだ。

 

「うお!? き、貴様どこからわいて出た!」

「おお、エヴァンジェリン、古き友よ。人を害虫みたいに言うのはやめてくださいませんか」

「クウネルさん!」

 

 胡散臭い笑みを湛えて立つアルビレオに、そこにいた全員の視線が集中する。のどかの誘いを断って引っ込んでいたはずの彼がなぜここに現れたのか。それぞれの頭にあったのは、この疑問だった。

 予想もつかない怨敵の登場にエヴァンジェリンは毛を逆立てる猫のようになって、アルビレオに食って掛かった。

 

「どうでもいい! 貴様、あの場から動けないのではなかったのか! なぜ私の魔法球に入れた!」

「質問が多いですよキティ。なに、ただ夢に導かれただけのことです」

「夢だと! ぬ……」

 

 わけのわからんことを、と続けようとしたエヴァンジェリンの鼻先を、淡い光を放つ青い蝶が掠めた。ひらひらと飛ぶ蝶を目で追ったエヴァンジェリンは、一瞬毒気が抜かれたような顔をして、しかしすぐに眉をひそめた。

 

「なんの用だ」

「ええ、彼らに助言を、と思いまして」

 

 助言。アルビレオは、ネギ達に助言をしにきたのだ。夢の導きというのは理解できなかった面々だったが、深月は、青い蝶を見つけると、なんとなく晴子の顔を思い出していた。

 

「お勧めできない、とはどういうことですか? やっぱり……」

 

 ネギが代表してアルビレオに問いかける。やはり、非戦闘員は連れて行くべきではないのだろうか。そう続ける前に、それはですね、とアルビレオが人差し指を立てた。

 

「彼、ヒデキの持つ唯一絶対の力のためです」

「唯一……絶対の力……?」

 

 おうむ返しに問い返したのは、深月だ。同じく夕映が、アルビレオの言葉をそのまま呟いた。

 

「その力の前には千の軍勢すら木偶と化す……圧倒的な力です」

「おい。もったいぶってないでさっさと言ったらどうだ?」

「キティ、物事には順序と演出と過剰演出というものがあるのです。少しばかりもったいぶることも時には必要――」

「要するに固有スキルのようなものだな」

「あの……」

 

 アルビレオの言葉を遮ったエヴァンジェリンが説明すれば、「あー、エヴァちゃんのすっごい再生能力みたいなやつ?」とアスナ。

 

「ああ、私のは種族としての能力だが、人にも稀にその者だけが持つ力というのがある。ま、たいていはバッドスキル……役に立たんか害になる力ばかりだがな」

「ん、おほん。そう、彼の力はまさしく種族としての固有スキルなのです」

 

 今度はアルビレオが割って入った。せっかくここまで来たというのに、説明役を奪われてなるものかという執念が見えた。今、エヴァンジェリンはペースを握られないよう、積極的にアルビレオの役目を奪おうとしている節がある。なのでアルビレオは、非常に残念に思いながらも、お喋りを堪能するのはやめ、端的に話すことにした。

 

「『女神の絶対領域(Xフィールド)』……それが絶対の力、その名です」

 

 ひとたびその力が発動すれば、彼に敵対する者の人数がどれ程多くても意味を成しません。

 そう続けて言ったアルビレオに、反則やー、とこのかが声を上げた。その通り、反則級の能力だった。

 

「とはいえ、突破口もあるのです。それも単純……四人以下で挑むなら、彼のこの能力には引っ掛かりません」

「……それなんて無理ゲー?」

 

 というか、ゲームか何かですか、と呆れたように呟く夕映に、ボスか何かかしらねー、とアスナが同意した。誰も女神という単語には突っ込まなかった。

 

「戦闘相手が五人以上の場合、最も近い四人以外の相手の魂を奪い、戻す事で極度の疲労を引き起こし強制的に昏睡状態にする……私は直接受けた事はありませんが、どんなに強靭な体を持っていようと、防御無視で飛んでくるので防ぎようがなさそうでした」

 

 割と適当な説明に、しかしネギ達は渋い顔をした。これでは白き翼の全員でどころか、戦闘要員全員でともいかなくなってしまう。

 

「彼と本気で戦うというのならば、少数精鋭でいくしかないのです」

「しかし、今の僕達では……!」

「ネギ君、諦めるのは早いですよ」

 

 拳を握るネギに、アルビレオは優しく語りかけた。

 

「死中に活路を見出すのは英雄の常。みなを率いるあなたが挫けては、総倒れです」

「……そう、ですよね。まだ、何もしていないのに……」

「まあ、彼には他にも能力があって、たとえば強制的に魔力を暴走させることによって人体発火を起こす『超自然発火能力(パイロキネシス)』だとか、人の目を欺き世を忍ぶ『女神のお忍びお散歩忌憚(きたん)』とか、ああそう、彼の最大の魔法『月華天落(げっかてんらく)』などは街一つ消し飛ばす威力を持っていますね」

「えっ」

「……貴様、アル……クウネル。そんな一気に話してどうする。脅しているのと同じではないか」

「おや? 手短にするよう言ったのはキティではないですか」

「無駄な装飾はするなと言ったんだ! 誰が戦意を削ぐように話せと言った! 見ろこのぼーやの顔! 吸血もしてないのに真っ青だ!」

「それは大変ですね。キティ、血を分け与えてあげなさい」

「できるか! 私は吸血鬼だぞ、吸血鬼!」

「世間には増血鬼なるものもいると聞きます。私は、あなたはやればできる子だと信じてますよ」

「なんだそのパチモンは! ええいもういい! ぼーや、真に受けるなよ。こいつの言うことの八割はでたらめだ!」

「酷い言われようですねぇ」

 

 あまりにも一気に恐ろしい(?)能力を教えられ、震え上がるネギ。しかしよくよく考えてみれば超自然発火能力(パイロキネシス)は一度身に受け、対処法を編み出したし、お散歩忌憚などというものは恐らくあのフードコートでの状況であろうし、知らないのは最初と最後に語られた二つの能力のみだった。

 一つ目は言われた通り少数精鋭で挑めば回避できるし、最後のは、まさか連れて行こうとする深月ごと消し去ってしまうような技は使わないだろうから、結局怖いものは彼の素の力ぐらいだった。

 

「いける……の、かな」

「ふん、立ち直ったようだな、ぼーや。そうだ、相手が強者であろうとやりようはいくらでもある。油断や慢心の隙を突く。策を練って嵌める。行動を抑制し打ち倒す……古来よりそういった知恵を用いて化け物を滅ぼす者が英雄と呼ばれたのだ」

「いえ、英雄の定義は」

「うるさい黙っていろ! いーかぼーや、作戦だ! 作戦会議の開催をここに宣言する! お前ら、無い知恵絞ってあの男を打ち倒す方法を考えてみせろ!」

「いや、そんな無茶な……」

「口答えか神楽坂明日菜。ならまず貴様から何か案を出してみろ」

「無茶振り!? え、えーとぉ……今日やったみたいに私が秀樹さん捕まえて、ネギの魔法で拘束して、私のハマノツルギ(ハリセン)でえいやっとやっちゃって、その後に眠らせるとかってのはどう?」

「む……明らかに今その場で考えたような案だが、悪くない。ぼーやの馬鹿魔力で編まれた戒めの矢は私でもすぐには解除できんからな」

 

 三秒くらいかかる、と言うエヴァンジェリンに、ネギは首を振った。

 今の闇そのものを纏っているような秀樹に対して、戒めの矢は効果がないだろう。捕らえようとする傍から闇が魔力を侵食し、ぼろぼろに崩してしまう。

 

「そんなもの、そこのバカのバカみたいな魔法無効化能力(マジックキャンセル)でどうとでもできるだろう」

「いいえ、いかなアスナさんの力といえど、彼の闇を完全に(はら)うことはできないでしょう」

「なんだと? それほどまでに濃密な闇の力を扱うなど人間技ではないぞ。あの男は本当に人間なのか?」

「神ですね」

「そうか、神か」

「はい♡ 神、ゴッド、呼称はどちらでもお好きなように」

「神でいいだろ。って、あほかー! 真面目に話さんか貴様ー!」

 

 エヴァンジェリンが再びアルビレオに飛びかかり、胸倉を掴んでがくがくと揺らすのをぽかんとして眺める一同。深月などは、次々と明かされる兄の知られざる姿に呆然を通り越して達観していた。ほんとに何も知らなかったんだな、という感想しか抱けなかった。

 

「いえいえ、私は至って大真面目ですよ。人に(あら)ざる力を持つ彼が人でないのは当然のことでしょう。とはいえ、私もこれを知ったのはごく最近なのですが」

「……ちっ、それが本当だろうが嘘だろうがどうでもいい。こいつらが倒すことに変わりはないんだからな」

 

 床に下り、腕を組んで落ち着きを取り戻したエヴァンジェリンが不敵な笑みを向けてくるのに、ネギは秘かに「無理かも」と思った。神などあまりにもスケールが大きすぎて、もはやわけがわからない。それは、深月含め、全員が同じ気持ちだった。

 

「そうだな、私からも一つ案をやろうではないか」

 

 そんなネギ達の気持ちを汲み取ったかは定かではないが、エヴァンジェリンはネギを見て、その案を語った。

 

「ぼーや、私が教えた変装術はすでにマスターしたか?」

「え、はい。いちおうは……」

「ならばよし。その術でナギに扮装しろ」

「え? と、父さんにですか?」

 

 元から見た目はほとんど一緒なんだ、でかくなるだけでそっくりになれるだろ。

 言いながら指先を向けられて、ネギは困惑した。自分が父に変装することと秀樹を打倒することに繫がりが見えなかった。

 

「む……キティ。あなたは知っているのですか」

「まあ、な。昔に少しばかり奴について調べた事がある。どうやら奴はナギに執心していたらしいぞ?」

「ん? それってつまり……!?」

 

 調べたのはナギのことで、秀樹の情報を手に入れたのは副次効果だというのを伏せつつ語ったエヴァンジェリンに、ハルナは目を輝かせて反応した。

 

「え、お兄さんってつまり、そっち系の人なワケ?」

「な、何を言い出すですかハルナ。執心とは何も()()()()意味だけではなく……」

「でもさあ、あんな成りしてる訳だし、納得! って感じなんだけどなあ!」

「そっち系……? ハルナさん、そっち系とはなんです?」

「ねっ、ネギ先生も聞いては駄目です!」

 

 一人盛り上がるハルナに、口を塞ごうと奮闘する夕映。苦笑いに困り顔が乱れ飛び、一気に騒がしくなる中で、ネギと深月は意味がわからず顔を見合わせた。

 きゃいきゃいと声を上げるハルナと夕映にそろそろエヴァンジェリンが怒鳴りつけようかと思い始めたころ、アルビレオがおもむろに手を挙げ、場を静めた。

 

「それも、お勧めできないことです」

「なぜだ。私の案に文句でもあるのか」

 

 真剣な顔つきでエヴァンジェリンの案を採用しない方が良いと助言するアルビレオ。これにむっとしたのはエヴァンジェリンだ。ナギに恋慕するエヴァンジェリンは、かつてまみえた秀樹という男が同じようにナギを求めていると察し、勝手に敵愾心を燃やしていた。しかし十五年ほどの長き間麻帆良に閉じ込められ、学校生活を送る中で秀樹に対する様々な心は消えていったのだが、ここにきて現れた秀樹にかつての想いが再燃し、一泡吹かせてやろうと考えたのだ。

 どことも知れぬ場所に消えたナギが目の前に現れれば、激しく動揺することは請け合いだ。自分がそうだったように。

 

「動揺した隙を突けばあっさり倒せる可能性も出てくるんだぞ。どうだぼーや、良い案だとは思わんか?」

「え、えーと……どうなんでしょう」

 

 そういえば奴のローブがあったな、と案を通す気満々のエヴァンジェリンに、再びアルビレオが待ったをかける。

 

「危険ですよ。人の想いを利用しようなどと、リスクが大きすぎます」

「あー? リスク無き人生になんの価値がある? なればこそなおさら挑むべきだろ」

「エヴァンジェリン。私は面白問答をしに来た訳ではないのです。その方法で臨めば、あなたの愛弟子がこの麻帆良の地ごと消滅してしまうやもしれません」

「そうか、それは良いことを聞いた。ぼーやが失敗しようが知った事ではないが、この地が消えるというならば忌々しい呪いも共に消えるということだ」

 

 はっはっはと大仰に笑うエヴァンジェリンに、なおもアルビレオは食い下がる。

 しかしもはや、エヴァンジェリンはネギらにこの方法で行かせることで決めてしまったようだ。自身の存在と言葉が彼女を意固地にさせてしまったことを感じたアルビレオは歯痒く思うも、なぜその方法が駄目なのか、その真の理由を今ここでは話すことはできないので、その案が通ることに目をつぶるしかなかった。

 代わりに、ネギ達の勝率が僅かでも上がるように、秀樹の情報をさらに与えることにした。

 

「しゅーしん、しゅーしんなあ。秀樹さんは、ネギ君のお父さんが好きだったゆーことなん?」

「聞く限りではそのようですが……しかし、秀樹さんは男の方ですよね? にわかには信じられません」

「おや、刹那クンはそっちはいけないクチかい? おかしいなー、素質あると思うんだけど」

「な、なんですか素質って!?」

 

 しかし、先のエヴァンジェリンの言葉でこの盛り上がりである。アルビレオは、与える情報は絞らねばならないと考えた。

 アルビレオ自身も秀樹について知っていることは少ないが、その少ない情報こそが秀樹という人間……もとい、一柱の神の核心に迫るものであるから、下手なことは口にできなかった。

 

「思い出してみれば、秀樹さんはかなり中性的な容姿をしていましたね」

「神様に性別は無いとか? あ、てか、ひょっとして秀樹さんって幻想郷から来たのかなあ」

「『幻想郷』という地は、妖怪の楽園なんですよね?」

 

 ハルナがふと思いついたように言ったことに、ネギが聞き返す。ハルナは、幻想郷には人と妖怪、そして神や、様々な種族が混在していると説明した。

 八百万(やおよろず)……非常にたくさんの神様がいるのですね、と頷くネギ。

 

「謎が多いですね……」

「女は秘密を着飾って美しくなるとは言うけれど、お兄さん秘密多すぎないかにゃー」

「お兄さんなのに、女の人ー……?」

「あ、本屋ちゃんが混乱した」

 

 中性的な容姿で同性であるナギに執心していて、あれやそれで。

 話の方向はどんどん変な方に進んでいく。

 そこで、軌道修正を図るように、アスナが一つ思い出したことを話した。

 

「秘密と言えば、秀樹さんがパクティオーカードを使った時なんだけど」

 

 アスナは、秀樹がパクティオーカードを掲げた時、そこに描かれたドレス姿の秀樹と、書かれた名前を目にしていた。

 

「あ、あの距離で見えてたんですか? アスナさんってやっぱり目が良いですね……」

「まあね。でね、秀樹さんのカードには、えーと、エム……そうそう、『MACOTO』って書かれてたのよ!」

「マコト? ひょっとしてそれは……」

 

 秀樹さんの本当の名前?

 

 

 みんなの声が重なると、少し離れた所で成り行きを見ていたアルビレオが、感心したようにあごを撫でた。偶然とはいえ、未熟な彼女達が彼の秘密の一つを暴いたのだ。

 未だにアスナの肩にいるカモがむむと唸りつつ声を上げた。

 

「それが本当なら間違いねえ。パクティオーカードには真の姿と名前が載るもんだからな」

「マコト……さん、ですか。いっそう中性的な印象を受けるような……」

「彼の多くの秘密……その一端。お話ししましょう」

 

 やいのやいのと浮かび上がった本名らしきものについて話す面々に、アルビレオは静かに切り込んだ。

 全員の視線が集中するのを待って、アルビレオはわざとらしく咳払いを一つして、一人一人の目を見返した。

 

「ただし、これからお話しする事は正規の手段で手に入れた情報ではありません。彼、ヒデキがひた隠し、信頼するナギにのみ打ち明けた秘密の話。私のアーティファクトによってナギの記録から読み取った情報です」

「っ……!」

 

 息を呑んだのは誰だったか。

 知られたくない。そうして隠したものを、ただ一人に打ち明けた。それを横から覗き見て、盗み聞くような行い。一同は、暴いてはならない秘密があることを……自重せねばならない時もあることを、強く感じていた。

 

「ふん。何を大仰に。どうせ今までの情報も貴様の人生録とやらから読み取ったものだろうが」

「えっ、ええっ! そ、そうなんですか!?」

 

 目元を暗くし、剣呑な雰囲気さえ漂わせていたアルビレオは、エヴァンジェリンに指摘されると、ぱっといつもの胡散臭い笑みを浮かべて「まあ、そうなんですが」と肩をすくめた。エヴァンジェリンは不機嫌だとでもいうように顔を顰めて、ふんと息を吐いた。秀樹がナギと秘密を共有していたなどと聞いて、苛ついているのだ。

 

「え、ええんやろか、秘密知ってもうて……」

「き、聞いてしまったものは仕方がないというか……そう、仕方がないことですよお嬢様!」

「なんだかイケナイことをしてる気分ですー……」

 

 気まずい雰囲気が流れる。プライバシーの侵害だとか、そういったネガティブな単語が脳裏をよぎる。誰もが、これ以上無遠慮に秀樹の秘密に踏み込む事を恐れていた。

 しかしそれでも知りたい、知らねばならないと思う人間がいた。

 必ず秀樹を打倒せねばならないネギと、兄の真実を知りたいと願う深月だ。

 二人の表情を見たアルビレオは、良いのですか? と再度問いかけた。返事は、無言の頷きだった。

 

「では、お話ししましょう」

 

 それぞれが落ち着く時間を作るためか、そう言って一拍置いたアルビレオは、もったいぶるようにもう一呼吸間をあけ、口を開いた。

 

「彼……いえ、彼女の名はマコト。みなさんが気付きかけていたように、彼女は女性です」


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