なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第五十話  終わりの始まり

 吹雪の中、私に背を向けて立つ少女がいた。

 私の半身。

 だけど、彼女との繫がりを感じられない。

 あれも私のはずなのに。

 横殴りの雪と同じ色の髪を持つ彼女は、ゆっくりと振り返って、私を見た。

 

 

もっとつよくなって

 

 

 不気味なほど静まり返った雪原に、声が響いた。

 

 

 

 アスナと過ごす雪山での七日間は、なかなかに濃厚だった。

 アスナが凍死しかけていた。炎をかけてあげたらのたうち回って川に飛び込んでいった。

 アスナが餓死しかけていた。川魚を捕って来て手渡しても頑なに食べようとしなかった。

 アスナが圧死しかけていた。ごめんなさい。ちょっと刀を振ったら洞窟が崩れたの……。

 アスナが半身相手に延々話しかけていた。魔力切れを起こしてトリップしているみたいだったけど叩いたら治った。

 アスナが雪だるまになっていた。エヴァさんに攻撃されて、避けた際に坂を転がり落ちたらしい。枝が無いから完成しない、と残念に思っていたら脱皮した。

 アスナが、アスナが、アスナが、アスナが……。

 ただひたすら、目の前にいるのも隣にいるのも、おはようを言うのもおやすみを言うのもアスナだけだったから、自然とアスナだけを見ていた。

 修業とは名ばかりのサバイバルだけど、私は楽しかった。このかの温もりや先生の事を思って寂しくなることもあったけど、割と自分の事でいっぱいなアスナも、その時ばかりは私を抱きしめてくれるから。

 ……抱き付いたまま凍り付くのはやめてほしいけど。

 アスナにとっては過酷な七日間。半ば意地だけで生き抜いていたみたいだけど、終わった後に聞けば、ほんとは何度も諦めそうになったみたい。そのたびに私が平然としているのを見て、やっぱり諦めそうになったんだって。……あれ?

 一日の間に何度も死にかけるし、甘い逃げ道は用意されてるし、子供(……私のこと?)がいるから自分を保たなきゃいけないし。

 ボロボロになったアスナは、普段言わないような事までぼろぼろ零していた。

 ……正直アスナが死にかけた半分くらいは私が原因な気がしていたので、文句は全部受け入れたけど。

 一度、勝手に動く半身を追いかけてそのまま戦闘に入った時、アスナは私がいなくなった事で気が抜けたらしく、氷像と化していた。

 ……エヴァさんは二人で協力して、みたいなことを言っていた気がするけど、ひょっとしなくてもこれ、アスナ一人の方が良かったんじゃないかな、とひそかに思った。

 私は私で、いちおう修行にはなったけど、目に見えて何かが変わったって感じはしなかったし。

 あ、寒さには結構慣れたかな。

 まあ、寒さに慣れても、別荘の中も外も夏だから、余計暑く感じるようになるだけなんだけど。

 おかげで汗っかきになってしまった気がする。ちょっと動くだけでびしょ濡れだ。比例してお風呂が気持ち良くなるから、一概に悪いとは言えないんだけど。

 二日三日経てば、さすがに夏の暑さにも慣れて、あの吹雪の中の静けさが恋しくなった。あの中でぼーっとしてると、頭の中が空っぽになって、何も考えないでいられる。私にとってそれは凄く心地良い事なんだけど、エヴァさんはそれを良しとしなかった。

 それはただの逃げだ、と不機嫌そうに言われてしまった。自分の弱さから目を逸らす行為。

 そう言われてしまうと、強くなりたい私にはもう、あの吹雪の中に行く選択は無くなってしまった。先生やコタロー君は時々行っているみたいだけど。

 やる事も無いのでこのかに甘えたり、セツナに剣を教えてもらっているアスナにちょっかいをかけてみたりして暇を潰した。

 アスナはあの七日の中で、咸卦法(かんかほう)とかいう技術を極めたらしい。元からパワーもスピードもあったのに、それが段違いに上がると言うのだから凄い。

 興味を惹かれて手合わせを頼んでみたけど、断られてしまった。私相手だとやり辛いから、らしい。あと、目が怖いと言われた。……そう?

 アスナは、本格的な戦闘はしてくれなかったけど、私の思いつきに付き合ってくれたりはした。アスナには魔法が効かないけど、それはどの程度までなのか、とか。ぽこぽこ魔法をぶつけると凄く怖がってたな、アスナ。

 あ、不可視の妖力をぶつけるのは効いた。気合いで吹っ飛ばしてるみたいな感じ。……魔法には見えないもんね、これ。

 その後はアスナはエヴァさんの修行で忙しくなってしまったので、このかや他のみんなについて回る事にした。

 このかも修行をしているみたい。治癒魔法の修行。小さな怪我でも大きな怪我でもなんでも、怪我を負うととことこ寄って行って、治していく。治される人がちょっと羨ましい。だからって、自分を傷つけたりしてわざと治療してもらおうとは思わないけど。

 ……ほんのちょっとだけ考えたのは、秘密。

 

 歩き回って、ネギま部なんていうへんてこな名前の部活に加入している人達とだいたい顔合わせを済ませ(とはいっても、みんな知ってる人なんだけど)、時には外に出てクリームソーダを飲みに行ったりして、数日。……別荘内でだと、十数日。お勉強を教えてくれる人がたくさんいるから、あっという間に宿題も終わってしまって、日課のランニングや刀を振ったり以外にする事が無くなってしまった。

 ノドカと夕映が一緒に魔法のお勉強をしようと誘ってくれたけれど、私には魔力がないので、遠慮させてもらった。白楼剣の力で魔法は使えるけど、私単体での魔法の行使は不可能だ。試しに杖を振ってみても何も起こらないし、呪文を唱えたってうんともすんとも言わない。……羞恥は起こったけど。

 魔法はさておき、彼女達と話すのも結構楽しい。話題はもっぱら魔法か先生の事だけど。ノドカは先生が好きなんだっけ。先生の事を口にするノドカは、いつもどこか恥ずかしそうで、それでいて嬉しそうだった。夕映は先生の事をあまり口に出さない。言ったとしても、ちょっと複雑そうだ。何か思うところでもあるのだろうか。夕映も先生の事が好きだったりして。もしそうだったら、私も先生の事が好きなので、おそろいだ。

 ……んー。

 何か違うような気がするけど、違和感の正体は掴めなかった。

 

 時間は跳んで、翌日。……翌々日? 昨日? 別荘の中にいると、時間の感覚が掴めなくなってくる。時差ボケというやつだろうか。みんなで花火をやったのが昨日なのは確かなんだけど。二人だけでひっそりやるのもいいけど、大人数でわいわいやるのも楽しくて良かった。……じゃなくて。

 とにかく、このか、アスナ、セツナの三人と共に外に出た日のこと。学園長の下に足を運び、正式にネギま部の設立を認可して貰った。英国文化研究倶楽部という仰々しい名前がついているみたいだけど、それのどこをどうもじったらネギま部になるのだろうか。謎だ。

 ネギマ串が好きな先生率いる部活……とか。率いるのはアスナだけど。ちらっと私を見た学園長は、もう一息じゃ、と呟いて、髭を撫でつけた。ちょっと意味がよくわからない……。まるで晴子みたいだ。……この考えって、どっちに対して失礼になるのだろう。

 

 場所は外のまま、顧問のエヴァさんの下にみんなが集まって改めて結成の宣言がなされる。私はそこで初めてこの部の設立の目的を知った。先生のお父さんを探し出すための集まり。先生の帰ってくる理由作りというのもある、らしい。アスナに聞けば、全部答えてくれた。一回説明したような気がするんだけど、としきりに首を傾げられたけど、最近忘れっぽくて、と誤魔化すと、大袈裟に心配してくれたので、そこら辺の曖昧さはうやむやになった。別に誤魔化す必要はないのだけど、なんとなく、自分の口からはっきり「覚えていない」とか、「聞いてない」とか言うのは憚られた。

 そうそう、後は、アスナの服の趣味が変わってたり、茶々丸さんが縮んでたりといった事も、そこで初めて知った。アスナとは親しくなったけど、ずっと一緒にいる訳ではないもの。知らないのも当然。……交友範囲が広くなったと考えていいのだろうか。友達百人には程遠いけど、私も結構やる。……なんて自分を褒めてみたり。ご褒美に後でクリームソーダをあげよう。あ、茶々丸さんは何があっても変じゃないので、特に思うところは無かった。こないだのは『のーかん』というやつだ。

 それから、魔法界だとかいうところに旅行に行くことになってたりするのも、初耳。そこに先生のお父さんの手がかりがある可能性が高いらしい。

 ……私は、どうすればいいのだろうか。影達を黙らせるためには先生のお父さんを斬らなきゃいけないけど、そんな事したら、先生、絶対私のこと嫌いになるよね。そんなの、考えるのも嫌なんだけど……。

 私の身体から影が抜けない以上、この悩みを解決する事はできそうにないので、結局その時に考えよう、と後回しにした。その時の事は斬った後に考えればいい。

 難しい事なんて考える必要はない。私はただ、前に進めばいい。晴子が言うならそれが正解だ。思い悩んで道を踏み外すことになれば、不幸しか待っていないだろう。だったら私は、私の刀を信じるしかない。

 太陽の光を透き通す半霊を眺めてふと、最近幽々子様の姿を見ていない事を思い出した。

 何度も私を導いてくれた、私の、尊い人。……私のお母さんになってくれるかもしれない人。

 あの人への想いが薄れている気がして、慌てて首を振った。そんなのは、ありえない。私が私であるためには、その想いは必要なものだ。このかがいてくれるのだとしても、それは忘れてはならない。

 そんなこのかに誘われて、お祭りにやって来た。大きな神社でやっている、大きなお祭り。学園祭の時のとはまた違った雰囲気。たぶん、あの時と違って、道を行く人全員の目的がお祭りだからなのだろう。たぶん。

 

 一緒に歩くこのかもセツナも浴衣(ゆかた)姿だ。素足に草履。手には巾着。お祭りの定番。……それくらい、知ってる。かくいう私も浴衣姿だ。このかに勧められては、断ることができなかった。ちょっと憧れていたのもある。毎年お祭りがある時、近所の子達が浴衣を着てお祭りへ赴くのを眺めていた。それが羨ましかったけど、私はあまり外に出てはいけないと、おに――…………。

 ……。

 ……。

 それにしても人が多い。はぐれないように、しっかりこのかと手を繋ぐ。握った手の内の温もりは変わる事なく私に安心感を与えてくれる。それが嬉しくて、意味もなく笑ってみたり。

 買い与えられたりんご飴を舐めながら道の端に延々続く屋台を眺める。人の息遣いを間近に感じられるのは、普段なら少しばかり鬱陶しく感じるだろうけど、今ばかりはそうでなかった。

 二人と連れ立ってお祭りの中をゆく。薄い草履越しにざっざっと石畳を擦る感触が気持ち良い。痛むのが早くなるかも、なんてちょっと心配してみたり。

 道の先に、アスナの背が見えた。茶々丸さんと何かを話している。近くの屋台では、先生とコタロー君が遊びに興じていた。金魚すくい。すくうのがすぐ破れるやつ。

 気配なく茶々丸さんが寄って来るので見上げれば、何やら差し出される。白い翼の形をした……何か。かわいー、とこのかが声を上げた。可愛いんだ、これ。

 どうやらこれはエヴァさんからのプレゼントらしい。部員の証。『ネギま部』改め、『白き翼』の部員全員に配っているらしい。名前の通り白い翼のバッジだ。微量の魔力を感じるのを見るに、ただのアクセサリーではないのだろう。きっと通信機能とかついてるんだ。私は詳しいんだ。……なんて。

 周囲の雰囲気に随分当てられてしまっているらしい。気分が高揚しているのがわかる。年甲斐もなくはしゃいでしまいそうだ。渡されたバッジを見つめつつ、努めて落ち着きを保とうとしていると、このかが私の手を引いて気をひいてきた。顔を上げると、「つけたげるえ」と私の手からバッジを攫い、襟元に止めてくれた。ゆったりとした手つき。ずっと身を委ねたくなるようなもの。すっと離れて行った手が名残惜しくてバッジに指を這わせれば、素直に楽しんでいいんだよ、と、このか。いつもみたいに優しく微笑んで私の肩を撫でた。

 そういう風に、なんでも『いいよ』って言ってくれるから、このかは好き。もちろん、他にもいっぱい好きなところはあるけど……私を受け入れてくれるのが、一番好き。

 だからやっぱり、このかには、私のお母さんになってほしい。

 それで、ずっと一緒にいるの。

 ずっと。

 

 英国行きまでにバッジを失くした場合は強制退部になると茶々丸さんから説明を受けて、ええっ、とみんなが声を上げる。私はと言えば、『英国行き』という言葉の意味がちょっとよくわからなくて首を傾げていた。

 ……ああ、英国(えいこく)って、魔法の国の事か。

 一人納得していれば、みんながばらばらに動き出すので、このかの手に任せて私も歩き始めた。とはいっても、あっちこっち寄り道しつつだから、全然前には進まない。進む理由も無いから、それでいいと思うけど。私はりんご飴をやっつけるのに忙しいので、しばらくはこのか任せだ。

 小物を並べたお店に引かれて行って、これが可愛いだとか、あれが似合いそうだとか、このかとセツナが言い合ったり(半透明なピンクの真ん丸いのを見つめてたら、このかがそれを買って私にくれた。髪飾りみたい。カチューシャの傍に結いつけてもらった)、大判焼きのお店でそれぞれ違う味のを買って食べ合いっこしてみたり(クリームソーダと書かれたのがあった。売り切れだった。……売り切れだった)、風船でできた刀を手にとってみたり、アスナが突進してきた委員長を放り投げるのを眺めたり。

 先生と合流した後は、焼きそばを食べたり、ヨーヨー釣りをしてみたり、なんだかんだ、学園祭の時よりも楽しむ事ができた気がする。

 気持ちに余裕があるからかな。今は、あの時みたいに煩わしいものなんて、ほとんどない。

 

 遅い時間になるとどうしても眠くなってきてしまって、こっそり袖で目元を拭っていると、すぐこのかにばれてしまった。もっとみんなと一緒に遊びたい。けど、気を使わせるのは嫌。帰ろっか、と語りかけてくるこのかに素直に頷いて、繋いでいる腕に身を預けた。じんわり熱い体が、このかの腕の熱にあてられて、もっと熱くなる。布越しでも感じられる温もり。目をつぶって顔を擦り付けると、あはは、とこのかがくすぐったそうに笑った。

 顔をくっつけたまま周りの様子を窺えば、にこにこしているこのかと、優しげに微笑んでいるセツナと、やけに嬉しそうにしている先生がいて、特に最後の人には何かを言いたくなったけど、眠気には勝てず、口を開くのも億劫なので、言わずにおいてあげた。代わりに半霊アタックをしかけるも、簡単に捕まえられてしまう。おっかなびっくりといった様子で半霊を抱える先生の困り顔が見れたので、それで良しとしよう。

 くねくねと先生の腕の中から抜け出そうともがく半霊の姿を最後に、私の意識は暗闇に落ちた。

 

 

 今日も今日とてエヴァさんの別荘に足を運び、みんなの修行風景を見て回る。開始十分でボロッとした格好になるアスナに合掌。気のせいじゃなければ、エヴァさんはアスナに特別厳しい。

 

「生温いぞ神楽坂明日菜。立て」

「うー、って、ちょっと! 立ち上がる時間くらいちょうだいよー!?」

 

 なまぬるいぞ。って、今日だけで三回くらい聞いてる気がする。吹っ飛ばされて、見学する私の前までころころ転がってきたアスナに向かって、空からでっかい氷の塊を投げつけるエヴァさん。

 ……それ、私にも当たるんだけど。

 わたわた立ち上がってカードを光らせ、ハリセンにするアスナを横目に、素早く腰に下ろした楼観剣の柄に手をかけ、地を蹴って氷塊へ突っ込む。抜刀。左右斜めに刀を振り抜き、八等分にした氷塊を蹴り飛ばしてから着地する。傍の木々を押し潰して落ちる氷が地面を揺らすのを眺めながら顎を擦れば、邪魔するな、あっち行け、とエヴァさん。ん、なんか機嫌悪い?

 

「ごめん妖夢ちゃん、助かった」

 

 顔の前に片手をたてて感謝の言葉を口にするアスナにエヴァさんのことを聞けば、どうやらアスナが『合宿』を提案した事にご立腹らしい。……合宿って何。

 

「それを説明してる暇はなさそうねー……また後でね!」

「余所見をするな!」

「っ、とぉ!」

 

 私の疑問に答えようとしたアスナが、飛翔してくるエヴァさんに気付いて口早に断り、直後に掻っ攫われて行った。ザザザザと木々の間を真っ直ぐ押しやられるアスナを見送り、ちょい、と首を傾げる。

 エヴァさんが怒ってるの、それだけが理由かな。

 何かもうちょっと、気に食わない事とかあったんだと思う。なんとなくそう思った。

 

 

 お城の中、誰もいない食堂で椅子に座って足をぶらぶらやっていると、茶々丸さんがやって来た。ちっちゃい茶々丸さん。……いや、小さいと言っても、私よりは大きいんだけど。

 

「ここにいらしたのですね」

 

 前の、長い髪の彼女の方が好きだな、なんてちょっと失礼な事を考えていると、ぽそりと茶々丸さんが言った。小さくなっても声は変わらない。いや、変わったら怖いけど。

 テーブルを挟んで向かい側、表情を浮かべないまま立つ茶々丸さんを眺めていると、私が言葉を返さないのを疑問に思ったのか、僅かに首を傾げた。ガラス玉のような瞳に映る私もまた、茶々丸さんのように表情を浮かべていない。それを見ていたら、返事をするの、忘れてしまっていた。

 死人みたいな顔。半分あってて、半分間違ってる。でも、なんだか嫌。そんな顔は、嫌。

 だから口の端を吊り上げて無理矢理笑みを形作る。つられて茶々丸さんも微かに笑みを浮かべた。

 

「なんでもないです」

「そうですか。……妖夢さん、アスナさんが探していましたよ」

「合宿?」

「その内容を説明したいと仰っていました」

 

 前後の言葉を端折って単語で喋ってもわかってくれる茶々丸さん。便利。この察しの良さが私にもあれば、きっと友達百人作るなんて容易い事なのだろう。……茶々丸さんって友達……多いのかな。

 ……いや、よそう。世の中知らなくていいこともあるってカモ君が言ってた。

 つかつかとテーブルを回って横まで来た茶々丸さんが促すので、ぴょんと椅子から飛び下りる。と、目の前に手が差し出された。

 

「…………」

「…………」

 

 見上げれば、(ほの)かに何かを期待する眼差しが降ってくる。……手を握れって事かな。

 それ以外に考えつかないので、そっと手を乗せれば、それであっていたらしく、そのまま手を繋ぐ形に。

 思ったより冷たくなくて、硬くない。確認するように手をにぎにぎとやると、お返しにか、にぎにぎし返された。

 どこか満足気な茶々丸さんに手を引かれてお城を出る。途端にむわっと、熱と木々の匂い。お城の中は適度に涼しいのに、お外は暑くて敵わない。苦手ではないけど。ああでも、日焼けっていうのはしたくないな。痛いって聞くし。戦闘以外で負う痛みって、どうしてか我慢できないんだよね。

 ……ところで、茶々丸さんはいつまで私と手を繋いでいる気なのだろう。さすがにこのままみんなのところに行くのは恥ずかしいんだけど。

 繋いだ手を見ながらちょっとの間考えて、みんなの気配の下に近付いているのがわかり、それとなくその事を伝えてみれば、茶々丸さんは少しの間立ち止まって、特に何を言うでもなく手を離した。ふいっと前を向いて歩き出すのを見ていても、気分を害した様子には見えなかったので、なんとなく手を繋いでいただけなのだろう。

 とか思ってたら、好感度、と茶々丸さんが呟くのが聞こえた。

 ……なんの話だろう。

 歩くのに合わせて揺れる背中を眺めても答えなんて見つかりそうになかったので、てきとうなところに目をやって歩く事にした。

 するすると泳ぐ半霊の向こうには、どこまでも青い空が続いていた。

 

 

 解放的な広場。テーブルや椅子が並べられているところにみんながいた。

 茶々丸さんと別れてアスナの下に行けば、呼び出してごめんね、と開口一番謝罪の言葉。……別に、暇だったから構わないんだけど。

 アスナがみんなの方へ顔を向けるので、私もそちらを見る。私以外はみんな揃っている。椅子に座ってたり立ってたりと、思い思いの格好でアスナの言葉を待っていた。

 なんて言っても、アスナが何か大層な事を言い出すはずもなく、茶々丸さんから聞いていた合宿の説明をし始めた。纏めて言うと息抜きに海に行こう。先生に拒否権はない。……みたいな感じ。

 どうかな、とアスナがみんなに意見を求めれば、すぐさま賛成の声が返ってくる。先生は少し渋っていたけど、隣に立つコタロー君が何やら言えば、納得したように頷いた。

 それで明日の予定は決定。海に行く。……海って、南の島?

 ……では、ないらしい。当然飛行機に乗ることにもならず、ほっと一安心。私、飛行機はどうしても駄目だ。

 

 別荘を後にして寮に戻り、旅行鞄を引っ張り出してお泊りの用意をする。

 ……側面のポケットの中からチケットが出てきた。南の島で貰ったチケット。……ここにあったんだ。

 今度は失くさないようにベッドの脇の棚の上にでも置いておこう。ん、失くした訳ではない? こういう場合はなんて言えばいいんだろう。忘れてた?

 ところで、このチケットに書かれてる日付、四年後のものなんだけど、どうなってるんだろう。書き間違いかな。

 棚の上に置いたチケットを張り付けるように撫で付けてから、感じた疑問に首を捻りつつタンスの前に移動して下着類を取り出し、鞄に詰めていく。

 えーと、海ってことは水着が必要か。他には……替えの服も必要だろうけど、今の私の服って何着も無いんだよね。二着を着回してる状態だ。これ以上は晴子が作ってくれない。向こうで洗濯できるなら二着でも十分だけど……えーと、二泊三日だったよね……いちおう、紫の服も詰めておこう。あんまり好きじゃないんだけどな、この服。

 旅行用歯ブラシなんかは後で買いに行くとして、ひとまず自分の準備をおしまいとした私は、お隣さんに行く事にした。このかのところ。

 このかもアスナも先生もまだ準備中だったのでお手伝いする。私にできる事は服を畳んで鞄に詰め込むことくらいだけど。

 せっせせっせと作業を繰り返して、お喋りなんかも挟んでいると、結構時間が過ぎてしまう。別荘の中ではないから、進んだ時間はそのまま反映される。なぜか損した気分になった。

 時間の事を気にし始めると、今日が何日だったかも怪しくなって、カレンダーを確認しに行くために一度席を外すと(二十八日だった。七月の二十八日)、戻ってきた時にはもう、あらかた用意は終わっていた。後は私と同じく、旅行用歯ブラシやその他の細々としたものを買い揃えるだけ。ちょうど良いので、セツナも呼んでお買い物に行く事になった。ものの数分でやってきたセツナを加えて学園の方へ向かう。

 行きの電車の中、先生とアスナが遊ぶ遊ばないのやりとりをしていた。今朝から何度もやってるやりとり。必ずアスナに押し切られて頷く事になるのに、先生、飽きないなあ。

 電車を出れば、見慣れた通学路。今は走る事なくのんびり移動する。

 半霊を抱えて涼をとっていると、このかが興味を示したので、渡してあげた。ひゃっこい、とのこと。物欲しそうに見ていたセツナにも渡してみれば、おっかなびっくり腕で抱える。冷たいな、と普通のコメント。何でできてるか、なんて私に聞かれても……幽霊?

 ちょっと大きめのお店でお目当ての雑貨を購入し、時間も時間なのでお昼にする事になり、すぐ傍の青空フードコーナーで昼食となった。

 

「あ……ネギ先生(せんせー)

「のどかさん、夕映さん、ハルナさん。みなさんもお昼ですか?」

 

 所狭しと並ぶ真っ白い机と椅子の中、見知った顔を見つけて寄って行く。口々に挨拶を交わすこのかやセツナを眺めていれば、やっ、とハルナ。あ、気配りだ。や、と軽く手を挙げて返しつつ、気の配り方を心のメモ帳に書き込んでおく。きっと友達作りには必要不可欠だろう。

 先生の聞いた通り、三人もお買い物を終えてお昼ご飯を食べているみたい。近くに寄った事で明確に料理の匂いが漂ってきて、空腹を実感した。そういえば、別荘の中でも延々ぶらぶらしていてご飯を食べていなかった。どうりでこんなにお腹が空いている訳だ。

 夕映の前に置かれている丸いお皿……浅い鍋? を見て、ぱえりあやー、とこのか。カルメン? 異国の料理っぽい。初めて見た。

 興味を惹かれたので、それを食べようと決めた。ぱえりや? とかいうの。

 夕映にどこのお店で買ったのかを聞いて、そのお店に向かう。三人程並んでいたけど、順番はすぐに回ってきた。ぱえりや……パエリア以外にも色々あるみたい。飲み物は……んと、メロンミルクとかいうのでいいか。……メロンソーダの親戚かな。

 小さな機械を渡されて席へと帰還する。私達の席は、夕映達のお隣さんがちょうどよく空いていたので、そこだ。機械が鳴いて料理の完成を知らせるまで、雑談に興じる。……私は、ほとんど眺めているだけだけど。時折このかやハルナが話しかけてくれるのに短く返す。ちょっと申し訳なく思うけど、私は会話を続けさせる(すべ)なんて知らないから、仕方がない。気配りならさっき覚えたんだけど。

 ぴーぴーぴろろと、私と先生の機械が同時に鳴いた。ので、先生が席を立つのに合わせて私も椅子から下り、先生の隣に行く。なんとなく、そうしたかった。他に理由はない。幸い向かう方向は一緒だ。不思議そうに私を見た先生だったけど、少し笑みを作ってみせれば、えへ、と笑い返された。……今、後ろで『好感度』ってハルナが呟いた気がする。人のざわめきの中にあって、特に注意して聞いていた訳じゃないから、その後になんて言ったのかはわからなかったけど。

 別々のお店でご飯を受け取り、合流して席まで戻る。先生は無難にラーメンだ。おいしそうですね、と話しかけてみると、やたら嬉しそうに、「妖夢さんのもおいしそうですね」なんて言って笑う。……先生、機嫌が良い? 今日の笑顔は、誤魔化し笑いとか困り顔とかじゃない。……それを不自然に感じてしまうのは、それだけ私に向けられてきた先生の笑顔がそういうものばかりだったって事なのだろう。

 と、先生の笑みが引っ込んだ。何か粗相でもしたかな、と自分の行動を顧みようとして、すぐに気付く。……あれだけあったざわめきが消えている。

 でも、周囲の人間はいなくなってなどおらず、思い思いに動いていた。その奇妙さに疑問を抱くよりも早く、音の洪水が戻ってくる。

 

「あ……」

 

 呆けたような先生の声に顔を向ければ、先生は、目を開いて前を見ていた。私達の席の方。視線を辿って、このか達と話している人がいるとわかった。

 

 その横顔には見覚えがあった。いつか写真で見た顔。先生のお父さんの別荘で見た写真に写っていた人。

 ……ずっと一緒に過ごしていた人。

 私達に気付いてこちらを見た男の人の顔に影がかかる。電気の無い中で見るみたいな顔。……血みどろの顔。

 黒く塗り潰されていたはずの目を私に向けて立つのは、あの日、あの日私がこの手で………した、人だった。


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