なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

57 / 87
第四十九話 雪・山・修・行

 期末テストだとか成績発表会だとか(3-Aは学年三位だった)を経て終業式を迎え、それも終わると、長期間のお休み……夏休みというのが始まるらしい。

 配られた通知表を流し読みして、先生が保護者の方に読んで貰うどうのと言っていた気がするので、帰りの支度をしているこのかに見せに行けば、成績の良さを褒められて頭を撫でて貰った。

 ……何か違う。

 求めている物とは違う気がして、首を傾げつつ帰り支度をする。

 私の保護者って誰だろう、と考えつつ、教室内の確認作業をする先生を手伝い、それが終われば帰路につく。このかやアスナはこの後友人とカラオケだとかに行くらしい。私も誘われた。このかについて行きたかったけど、今は、通知表を誰に見せるべきかを解決したかったので断った。そもそも、私は歌は歌えないし。……あれ、カラオケって歌う場所だっけ。

 まあ、歌うにせよ歌わないにせよ、騒がしいのはちょっと苦手だ。特に気分が乗らない日は、周りの騒がしさに比例して私の気分が落ち込む。周りの人にはそれが体調を悪くしているように見えるらしく、そんな風にお楽しみの邪魔をするくらいなら、行かない方が良いだろう。

 珍しい事に、先生もついて行くらしい。この夏休みはできるだけ遊ぶの、とはアスナの言葉。なぜ先生の予定をアスナが決めるのかは知らないけど(薄々、先生とアスナが『教師と生徒』や、『友達』という分類とは違う関係なんだってなんとなくわかり始めた)、ならば尚のこと私も行きたい。私だって、先生と遊びたいし、もっと先生に近付きたい。晴子は友達を増やせと言っていたけど、すでに友達の先生となら、それ以上までいける気がする。私は……先生の事が好きだし。

 通知表の事なんてほっぽり出してしまおうか。しかし、それはなんというか……いけない事だと思うな。

 悩みに悩んだ挙句、結局行けたら行くという事にして、集合場所や時間を聞いてみんなと別れ、一路洋服のキハラへ向かった。

 保護者と考えて、なぜが晴子の顔が頭に浮かんだからだ。

 晴子は友達だけど、通知表を見せれば、何か保護者的な観点から有意義な事を言ってくれるかもしれない。学業や友人の事に関しては、晴子は特に口数が多くなるし。

 ああ、あとは晴子の好きな人の話の時とか。

 

「……貴女達が鋭いのは、こと戦闘に関してだけだと思ってたんだけど」

 

 ところが、カウンターに頬杖をつく晴子は、そんな訳のわからない事しか言わなかった。開いた通知表を覗き込んではいるものの、成績や先生のコメントに関しては何も言ってくれない。私の心が読めるのでなければ、晴子の口数の話の事でもないだろう。

 店内のやけにひんやりとした空気に腕を(さす)りながら晴子の顔を見る。

 えーと、それは、私の保護者が晴子であってるって意味でいいのかな。

 ……いや、晴子と私には血の繫がりとかは無いだろうし、そもそも、傍から見れば私の方が年上に見えるだろう。でも、私が保護者って、なんか変。何がかは、上手く言えないけど。

 それに晴子は妖怪だから、見た目相応の年齢だとは限らない。そういえば、晴子っていくつなんだろう。前に、随分長く生きているみたいなことを言っていた気がするけど。

 聞くのは野暮かな。でもちょっと、興味あるような。

 

「まぁ、なかなかできてるんじゃない? 少なくともどこかのミコサマとは段違いに頭の出来は良いわね」

「巫女? ……ミコ?」

 

 女性のデリケートな話になるから慎重に、なんて考えていれば、意外にも通知表の内容に言及してくれる晴子。……ミコって、あのミコの事だろうか。修学旅行の時の。

 記憶を掘り起こしてみれば、なんかへらへら笑っているのと、不注意からこけてる紫髪の女性という印象しか出てこない。情けなさに眉が下がってしまうのがわかる。なんか、あの時はもっと切羽詰った感情を抱いていた気がするんだけど……どうしてこう、言っては悪いが、間抜けな印象しか残ってないんだろうか。謎だ。

 そんな彼女の名を聞き返せば、答えはなく、目をつむって通知表を閉じ、こちらへ滑らせる晴子。もう興味は無いようなので、カウンターの上から取り上げて膝に乗せた鞄にしまう。ちなみに、私もいつものようにカウンター越しの席に座っている。背もたれの無い高い丸椅子。

 鞄を閉じて晴子に目を戻しても、まだ目をつむっている。この短時間で寝てしまったという事はないだろうから、何か考え事でもしているのだろうか。一度こうなった晴子は、しばらくの間話しかけてもうんともすんとも言わなくなるので、暇潰しに天井付近を漂う半霊を眺めた。

 目的は果たしたので、もうここに留まる理由はないのだけど、さよならの挨拶もなしに出ていくのは憚られた。

 それからどれくらいの時間が経ったか。

 秒針の無い柱時計がお腹に重く響く音を鳴らしてから腕時計を見れば、このか達との遊びにはもう間に合わない時間になっていた。多少残念に思いつつも、代わりにこうして晴子と話して……話して? いられるのだから、まあいいだろうと思った。

 傍らに浮かべた半霊をつついたり、向こうの方の棚にあるおもちゃや人形を眺めていたりしていれば、ゆっくりと晴子が目を開いた。

 相変わらず、大人びた顔。

 妖艶という言葉が当てはまりそうな、そんな顔。ふとすれば、ただ眠たげにも見えるけど、ものは見ようだ。小さな口が開き、言葉を紡ぐ。

 

「わたしと貴女はお友達よね」

 

 それは、確認のようで、そうでない言い方だった。

 疑問でもない。肯定して欲しそうでもない。どんな言葉を返せばいいのか迷って、でも何も思いつかず、無言でうなずいた。

 

「貴女のお友達はわたしよね」

 

 ……。

 似たような言葉。

 でも、繰り返して言ったという事は、さっきの台詞とは何か別の意味が込められているのだろう。

 私にはその意味は汲み取れなかったけど……言葉通り受け取るならその通りだったので、同じようにうなずく。

 それを覚えておくことね。

 短くそれだけ言って、晴子はまた目を閉じて動かなくなってしまった。

 覚えておけと言うなら覚えておくけど……なんだろう。晴子は、私が晴子の事を友達じゃないと思うようになることを危惧しているのかな。

 ……そんな性格ではないから、きっと違う意味が込められているんだろうけど。

 それを考えろって事かな。

 あれ、でも晴子、難しい事は考えなくていいってこの間言ったばかりだ。

 まさかこれ、難しい事ではないの? 私にはさっぱり意味がわからないんだけど。

 脳内晴子翻訳機にかけても、『私達ずっと友達よね?』としか出てこないし……って、これはこないだどこかで耳に挟んだドラマのセリフだ。というか、そのまんますぎる。

 うーん……どういう意味なんだろう。

 口元に指を当ててしばらくの間考えてみたものの、結局答えは見つからなかった。覚えておけと言うなら覚えておくけど、それに意味があるとは思えない。忘れたって、友達でなくなるわけではないだろうし。

 手慰みに、傍を漂う半霊を捕まえて撫でていると、再び晴子が目を開いた。ねむたげに細められた目の合間に、緑色の光。薄明るい電気に照らされた瞳が光を反射しているというよりは、それ自体が輝いているような、不思議な目。それがなんでもかんでも見透かしてしまいそうに見えるから、私は何度もここに足を運んでしまうのかもしれない。

 ……理由のだいたいは服なんだけど。

 それにしても、今日の晴子はいつもよりダウナーだな。

 ……いや、ダウナーって言葉の意味はあんまりわからないけど、いつもの晴子は、もうちょっと目を開いているというか……眠そうにしているならしているで、あくびなんかをしたりするし、そうでなくとももう少しわけわかんないことを言うし。

 まあ、生きてる以上は気分の上がり下がりはあるのだろう。今日は気分が悪いのかな。ん、悪いって言い方は、なんか違う気がする……。

 益体も無いことをつらつらと考えながら晴子と見つめ合っていれば、緩やかに視線を外され、ふぅ、とこれ見よがしに息を吐かれた。……気分が悪い、であっているのかもしれない。こんな晴子は初めて見る。

 ……あ、ひょっとして、晴子の好きな人と上手くいっていないとか……。

 クラスメイトの会話を思い出しつつそんな言葉を投げかければ、晴子は心外そうに「そんなの、最初からだわ」と言って指輪を撫でた。

 また会話が途切れてしまう。

 とはいっても、晴子とだったら、だんまりになっても苦痛にはならない。なぜかは知らないけど。

 ああ、そういえば、さようならを言おうと思って晴子が動くのを待っていたんだっけ。指輪に目を落とす今の晴子になら、挨拶すれば返してくれるだろう。

 このまま言ってもいいけど、まずは呼びかけて私を見て貰ってからの方が良いかな、なんて、わざわざ手順をシミュレートしつつ、晴子、と短く呼びかける。

 晴子はすぐに私に目を向けてくれた。ただ、私がさよならと言うより速く、晴子が口を開いた。

 

「貴女って、ほんと、めんどくさいわね」

「…………」

 

 お決まりの文句だった。

 しょっちゅう晴子は私をそう評するけど……私って、そんなに面倒くさいの?

 ……面倒くさいってなんだろう。何を指して言っているんだろう。さっぱりわからなくて首を傾げれば、衣擦れの音。持ち上がった晴子の腕を着物がずり落ちていく音。

 ぴんと伸ばされた一本指が、悪戯をするみたいに私の額をつっついた。

 

 

「わ、びっくりした!」

 

 びく、と横で体をびくつかせたのは、アスナだった。

 言うほどびっくりしたようには見えないけれど、と見上げると、驚き顔がすぐさま笑顔に変わる。

 

「妖夢ちゃんてば、いつもぬっと現れるわよねー。もうちょっと自分を主張してもいいんじゃない?」

「主張?」

 

 腰を折って私の頭を撫でるアスナの言葉に聞き返せば、曖昧な発言だったのか、んー、と考える素振りを見せるアスナ。……最近、アスナに会うたび頭を撫でられてる気がする。それは、嫌じゃないからいいけど……このかにだって、会うたびに頭を撫でて貰ってるし。

 でも、なんだかこのままだと、セツナや先生にまで頭を撫でられそうで、そればかりはちょっと嫌というか……。だって、恥ずかしい。

 このかやアスナはいいの。このかは、優しいし、お母さんみたいだし、アスナは……なんだろう。アスナに触れられると、気持ちがすっとする。心にのしかかる重いものや、体に流れる黒いドロドロが触れられている間は無くなる。だから、アスナもいいの。

 セツナや先生はそれがないから駄目。……って訳でもないんだけど。

 百歩譲ってセツナはいいにしても、先生は絶対やだ。

 だって、先生と私じゃ、そんなに背格好も違わないのに、撫でられるなんておかしい。先生だって、私に頭を撫でられるのは嫌なはずだ。

 ……喜んだりはしないよね?

 ちょっと私が撫でた時の様子を考えてみて、びっくりしたように私の手を振り払う先生や、嬉しそうに身を任せる先生を思い浮かべて、喜ばれたらなんかやだけど、嫌そうにされたらそれはそれで嫌だなあ、とか複雑な感情に悶々としてしまう。

 こんな事を考えていると脳みそが溶けて馬鹿になってしまいそうだから、無理矢理考えを打ち切って、私の頭を撫でながら考え事をするアスナを見上げる。

 結構時間が経っているのに、まだ、自分の言葉の意味がわからないのだろうか。

 怪訝に思いつつ思案に暮れる顔を見ていれば、たぶんだけど、アスナの考えはもう、別の場所に移ってしまっているのだとわかった。

 だって、さっきの『主張』がどうのという発言の意味を考えるだけなら、こんな悔しそうな顔はしない。

 どうしてそんな顔をしているのだろう。何かあったのかな。聞いたら教えてくれるだろうか。

 ……教えてくれるかもしれない。友達、なら。

 

「……どうして」

「……ん? なあに?」

 

 それでも言葉選びとは難しいもので、考え考え、ぽつりと呟くように声を出せば、耳聡く反応したアスナが笑みを作って聞き返してきた。

 どうして、そんな悔しそうにしてるの?

 結局上手い言い回しが思いつかず、ストレートに聞く事にした。

 本当は、もっと遠回しというか、相手を思いやった言葉選びをするべきなんだろうけど……難しい。

 どうしてって、とアスナが目を逸らす。視線が向いた先は、空が広がっている。今さらながら、ここがどこなのかという疑問が浮かび上がってきた。楕円状にある手すりの向こうは青く、延々海と厚い雲が続いている。アスナとの間に風が吹き込むと、ぱたぱたと髪がはためく。アスナの長い髪も持ち上げられていた。

 風が運んできたむしっとした熱さが肌を撫でる。本格的に夏に入ったとはいえ、今日はこんなに暑かっただろうか。

 ……あれ? そういえば、アスナは友達とカラオケに行くんじゃなかったっけ。

 こんな所で……何をやっているんだろう。

 

「さっき、さ」

 

 私の疑問などお構いなしに、今度はアスナがぽつりと声を出す。

 わからない事を考えていても仕方ないので、考えを打ち切ってアスナの横顔を見上げれば、途切れ途切れに言葉が続く。

 さっき、先生と手合わせをした。部長にふさわしいかのテストのため。結果は負け。決められた時間いっぱい奮闘したけど、結局ただの一度も攻撃を当てられなかった。

 

「そりゃ、ネギの奴だって頑張ってるんだってわかってるけどさ。私だって、刹那さんに剣を習って、咸卦法だって覚えて、強くなってるはずなのに……」

「だから、悔しい?」

「……そう、かな?」

 

 困ったような顔で首を傾げるアスナに、それがどういう気持ちの表れなのかを読み取れず、視線を外す。

 先生と手合わせなんて楽しそうだな、とか、美術部って格闘関係の部活だったんだな、とか考えて、それから、アスナが悔しいって言った理由も考えてみた。

 ……言葉通りの意味にしか思えない。先生に負けた。だから悔しい。それ以外に何があるの?

 でも、もしその通りなら、さっきのアスナの、『それであっているかわからない』みたいな答えは変だった。まるで、それ以外の理由で悔しがっているかのような……。

 手すりに手を乗せて海を眺めるアスナにならい、私も手すりの傍に体を寄せて海を眺めた。遥か下にある広大なもの。……ああ、だから、ここはどこなんだろう。南の島? 私はまた、私の知らない内に飛行機に乗ったのだろうか。だとしたら、帰る時は意識のある状態で乗らなければならない。

 やだなあ、やだなあ、と胸中で繰り返していれば、

 

「……きっと、ネギを守れない私自身に悔しがってるんだと思う」

「それが本音?」

「え? あ、う……ごほん」

 

 私に向かって、というよりは、海に……いや、アスナ自身に聞かせるような言い方。聞き返せば、口に出ていたのに気付いていなかったのか、取り繕うように咳払いをして顔を逸らした。

 それが凄く子供っぽく見えて、笑ってしまうと、ますますアスナは顔を逸らした。……それ以上は無理だと思うけど。

 海に目を向ける。

 アスナは、先生を守れないから悔しい?

 すぐには言葉の意味が理解できなくて、でも、一瞬後にはわかった。

 アスナと先生の関係。以前から、何度も聞いている言葉が頭に浮かぶ。

 パートナー。

 先生とアスナは、パートナーなんだ。

 それも……キスをしてまで繋いだ関係。

 その中で、先生の隣に立てないような自分に悔しがっているのだろう。

 氷解するように疑問が解けていく。それがあっているかどうかなんて、今はいい。だって、これはアスナの気持ちの問題だし……私がやれる事って、何も無さそう。

 だから、今度は私の問題。

 

「アスナ」

「……なによ」

 

 小さく呼びかければ、少し間を置いて、私を見るアスナ。ばつが悪そうなのはどうしてだろう。

 それより、私の疑問だ。ここって……。

 

「ここがどこかって、エヴァちゃんの別荘でしょ? なんか凄いおっきくなった」

「別荘?」

 

 確かに雰囲気は似てるけど、と、今まで見ていなかった方――つまりは、反対側――に体を向けてみれば、見慣れた城があった。

 ……いや、何か違う。私の知ってる別荘は、全体が見える位置にあった。山みたいなのに半分埋まっているなんてことはないはず。

 でもアスナはここを別荘と言うし……ちょっと、意味がわからない。

 秘かに混乱していると、城の中からエヴァさんが姿を現した。

 

「なんだ、来てたのか」

「……エヴァちゃん」

 

 じろっとアスナを見やったエヴァさんが、しかしアスナには声をかけず、私に話しかけてきた。

 来てたみたいです。なんて返そうとして、アスナの言葉にかぶりそうだったので、口の中に留めた。……来た覚え、無いんだけどね。

 

「行くぞ」

「え?」

 

 腕を組んだエヴァさんの説明なしの一言に、アスナが素っ頓狂な声を上げる。

 行くってどこに。私も疑問に思って、続きを催促するようにエヴァさんを見てみたけど、彼女は私達……というか、アスナが動くのを待つだけで、それ以上の説明は期待できそうになかった。

 思わずアスナと顔を見合わせる。

 

「……貴様にぼーやと同じ修行を受けさせてやる」

「え、ほんと!?」

 

 

 エヴァさんの言葉に、嘘は言わせまいと詰め寄るアスナ。エヴァさんはうざったそうにしっしと手を振りながら、ぼーやがうるさいからな、とだけつけ加えた。

 意外。一回テストを受けさせて駄目だったのに、もう一度チャンスを与えるなんて、なんだかエヴァさんらしくない。

 先生がうるさかったからって理由は何かの建前なのだろうか。

 ……ああ、違った。

 

「惚れた弱み、というやつ」

「なんの話だ」

 

 眉根を寄せて私を睨むエヴァさんが、踵を返し、アスナを先導する。今度こそ、と気合を入れるアスナの背を眺めながら、取り残されそうな私は、何をしようか考えていた。

 私も修行しようかな。必要はないと感じても、しなくていい事にはならないし……私だって先生の助けになりたい。

 それに、強くなるっていうのは、気持ちが良いし。

 あ、でも、夏休みの宿題があったな。あれ、やっつけちゃわないと。プリントとか、ここに持ってきてるだろうか……。

 

「おい、何をしている」

 

 読書感想文は国語の教科書を元にしたものでいいかな、なんて考えていれば、いつの間にかエヴァさんの顔が目の前に。

 不意打ちに心底びっくりして、ゆるゆる体を背けて驚きを表していると、腕を掴まれた。

 

「お前もネギま部の一員なら、サボりは私が許さん。神楽坂明日菜と同じ修行をお前にも課す」

 

 ネギ……なんだって?

 聞き返す前に、強い力に引っ張られてつんのめる。慌てて足を前に出して転ばないようにすれば、ずんずんと歩き出すエヴァさんが見えたので、私も歩き出した。

 

「ネギま部、とは」

「ん? そこの女が言い出したものだろ。お前も誘われたんじゃないのか? ……あ」

「?」

 

 足を止めるエヴァさんにならって立ち止まり、どこかばつが悪そうに頬を掻くエヴァさんを見る。

 

「いや、悪かった。てっきりお前も誘われてるもんだと……仲間外れだったとは」

「いや、誘ったわよ!?」

 

 エヴァさんが咎めるような目をアスナに向けるとアスナは慌てたように両手を振って否定した。誘った? 私を? ネギま部とかいうのに?

 

「その記憶はない」

「神楽坂明日菜……お前は見所のある奴だ」

「ちょちょ、待った待った! えと、私、誘った……わよね? ほら、みんなに説明した時に、妖夢ちゃんもいたし……え、もしかして嫌だった?」

 

 目を白黒させて口早に確認してくるアスナに、首を傾げて見せる。

 それがいつの話か知らないけど、やっぱりそんな記憶は私には無い。

 そもそも、私にはこの場所に来た覚えさえないのだ。

 

「……」

 

 同情的な視線を向けてくるエヴァさんに言い知れぬむず痒さを感じつつも、ふと、晴子の眠そうな顔を思い出した。

 あの子に額をつっつかれてすぐ、そこの手すりの前にいた気がする。……何かされたと考えるのが自然だろう。

 でもそれがあってるなら、何のためにそんな事をしたのかわからない。というか、あの子、ほんとに自分が人間ではないのを隠す気があるのだろうか。

 っと、晴子のいい加減さに呆れている場合ではない。認識の齟齬のせいで気の毒なくらいに慌てているアスナをどうにかしなければ。

 

「……そういえば、そうだったね」

「そ、そうよね! 呼ぶの忘れてたりなんかしないわよねー!? あはははは!!」

「うっかり」

 

 うっかり。

 隣でエヴァさんが「白々しいな」と呟くのは聞こえないふりして、とにかくアスナに同調して事なきを得た。

 ところで、今さらながらにエヴァさんが言った「お前は見所のある奴だ」って言葉が凄く気になるんだけど。

 ……なんだったんだろう。

 

 

 雪山に放り出された。

 比喩ではなく、実際に吹雪が轟々と巻き起こる場所に、魔法陣を通ってやってこさせられたのだ。

 この地で七日間生き延びる事が私達の課題らしい。

 

「ぼーやの時はそこの犬も一緒だったからな。妖夢と神楽坂明日菜の二人で、というのはちょうど良い話だろう」

 

 そこの犬、とは、離れた所にいるコタロー君の事だ。隣には先生もいる。

 あれ、私達の修行だって言う割には、二人もいるんだ。すぐに帰ってしまうのだろうか。

 

「よよよよ妖夢ちゃんんはささ、寒くないの!?」

 

 がたがたぶるぶると震える体を抱きしめているアスナが、カチカチ歯を鳴らしながらも問いかけてきた。

 寒いけど。

 

「えええ、だだ、だって、そんな平気そーな顔して!」

 

 ……無理に喋らなくても。

 とはいえ、顔にぶつかる雪はうざいし、髪はばたつくし、夏服のままだから剥き出しの腕や太ももがきりきり痛むのは確かだ。半霊なんて、素っ裸でいるのと変わらないだろう。感覚が伝わってこないのが救いなのだろうか。まさか凍ってる訳ではないよね。

 それにしても先生やコタロー君は平気そうだけど、どうやって凌いでいるのだろう。そういう魔法?

 気とか魔力とか纏ったりしてるんだろうか、なんて考えつつ体の奥底の影に呼びかけ、出てきてもらう。

 ずずずっと吹き出してきた炎のように黒い影は、私に当たろうとする雪を溶かし、冷気を遮断してくれた。なんでか知らないけど、いつもの気分が悪くなるやつがない。

 ああっずるい! と手を伸ばしてきたアスナを怖がった影が引っ込んでしまうのに、すかさずアスナから距離をとっていると、咸卦法を使ってください! と先生。

 それに従ってアスナが気と魔力を身に纏う事で、ようやっと修行のスタートラインに立つことができた。

 どうでもいいけど、光を纏うアスナが格好良く見えて仕方ない。

 

「ま、せいぜいあがけ」

 

 そんなしょうもないことを考えていると、どこかつまらなさそうなエヴァさんの言葉で、私達は動き出すことになった。

 ……もうアスナが死にそうになってるのは……どうすればいいんだろうか。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。