なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第四十八話 絶たれても断たれても

 体の熱で目を覚ました。

 布団の中が暑くて、たまらず掛布団を退けて、手をついて体を起こす。目の下あたりに違和感があって、触れると、水の感覚。

 涙……。

 腕で目元を拭い、小さくあくびをしてから、ベッドを下りた。

 なんだか不思議な夢を見ていた気がする。

 私が動いてるのに、動いているのは私じゃないような、そんな夢。

 ……夢なんて、全部不思議なものか。

 寝汗が気になったのでシャワーを浴びに行ってしゃっきり目を覚まし、ついでに顔を洗って、髪を乾かしながら歯を磨いて、その後は朝食に冷奴(ひややっこ)を食べた。

 ……最近ちょっとずつ暑くなってきてるから、食べたくなったのだ。冷奴。

 でもちょっと生姜をかけすぎて、酷い事になってしまった。洗い物を終えた今もまだ舌の感覚が戻らない。

 ひーひーと息を吐きつつ、壁にかけられた私の服をとり(今の今まで下着姿だった。……ちょっと怠け癖がついてる気がする)、着ようとして……私の服がかけられていた場所の隣を見上げた。

 そこには、新品の制服がある。ブレザーも、上着も、スカートも。ついでに、もいっこ隣には、それの夏服がある。

 全部昨日、晴子が私にくれたものだ。

 おとつい、彼女――私のそっくりさん――を斬り、ボロボロになってしまった制服を着替えようと寮に戻ろうとして、替えの服が全滅している事を思い出した私は、ぼーっとした頭で晴子のお店まで足を運んで、店内に入ってすぐに倒れてしまった。

 たぶん、貧血とかだったんだろう。傷は塞がっても血は戻らなかったんじゃないだろうか。感覚的には、全然平気だった気がするんだけど……晴子の気配を感じて、気が抜けちゃったのかも。

 それで、目が覚めれば、晴子の部屋で、ふかふかのベッドの上に寝かされていた。買ったばかりの新品のお布団と同じ匂いがしたのを覚えている。

 ベッドの横で、椅子に座ってどこかを見ていた晴子に声をかけて、それから、少しの間言葉をやり取りして、当然、話は私の服の事に及んだ。

 怒るかな、と思ったけど、予想に反して晴子は怒らなかった。それはたぶん、新しい服を作れたから、かな。夏服の事じゃなくて、コスプレみたいな、新しい服。(ゆかり)の服……。

 私には似合いそうにないから、やだなって思った。思ったけど、私に選択の余地はなさそうだった。

 だって、それを作って、私に着るように勧める晴子は怒ってないけど、断った後の晴子が怒ってないかはわからなかったから。

 わざわざお小言を貰うような選択はしたくない。それだったら、多少の事は我慢する。

 という訳で、昨日は一日紫の服を着て過ごしたのだけど(ほとんど家の中だったけど)違和感が酷くて、やってられなかった。

 ああいう服は、私の趣味ではない。やっぱり私には、私の服が一番だ。

 

 さて、気掛かりは斬れたし、特にやる事も無い。今日は何をしようかな。

 明日から学校だ。振り返り休日最終日だし、家の中にいるのももったいないかもしれない。

 といって、修行する気分でもない。……いや、走ったりくらいはしておいた方が良いだろうけど、なんだか、そういうのが必要ないような気がした。

 ……また、強くなった?

 気のせいかな。

 腕まくりして二の腕辺りを見てみる。……自分じゃわからないけど、きっと先生より細いだろう。筋肉がついているのか怪しい。指でつついてみれば、皮の下には確かに固い感触があって、いちおう筋肉はあるということがわかる。

 ……私の力ってどこからきてるんだろう。

 力こぶしを作りながら――作れてない――考えてみて、全然わからないのに、すぐ思考を放棄する。そんなこと考える必要なんてない。戦える力があるならそれを振るうまで、だ。

 晴子も言ってた。『貴女は何も考えなくて良いの。ただ目の前の現実に向き合って歩いていけば、いずれ終わりがくるから』って。

 相変わらず言ってること意味不明だけど、最近発達してきた私の脳内晴子翻訳機にかければ、『がんばれー』って言ってるんだってわかったので、「うん、頑張る」って答えておいた。反応なかったけど。

 とにかく、晴子(いわ)く私は難しいことを考える必要はないらしい。……それって、難しい問題とかも考えなくていいんだろうか。

 私、あれが苦手。国語の『この人物がこの時どんなことを考えて行動したのか書きなさい』とかそういうやつ。

 ……人の気持ちなんてわかるはずないのに、無茶を言う。でも、問題としてあるってことは、それは解けるものなのだろうか。前のテストの時、このかの国語の点数は凄く良かった覚えがあるから、その時見せて貰えば良かったな。

 ああ、いや。見せて貰ったんだっけ。

 でも、私にはどうしてその結論に至ったのかさっぱりわからなくて、考えるのをやめてしまった……そう、やめたから、わからずじまいで終わっている。

 そういえば、このかにお勉強を教わる時も、国語に及ぶと、漢字の書き取りや音読なんかをやるばかりで、あまりテストに出る私の苦手なやつをやった事がない気がする。

 一番最初の頃はやったことがあるような気がするんだけど……あの時も全然理解できなくて、あてずっぽでものを言った記憶がある。

 ……それが原因な気がする。

 まさか、このかにお手上げだと思われてたりは……しないよね。

 ……あ。そういえば、もう少しでまたテストがあるのを思い出してしまった。……このかに勉強を教えてもらおう……。

 ん、先生に頼めば、先生も教えてくれるかな。……でも、先生に教わるのは、なんかちょっと(しゃく)だな。やっぱりやめよう。

 最初の予定は決まり。このかに挨拶しに行って、それから、てきとうに外を歩こう。たまにはお散歩だって良いだろう。

 壁を見上げながらつらつら考え続けていると、高いチャイムの音がしたので、一拍置いてから返事をした。このかだ。

 ドアの外にこのかや先生、それにアスナとセツナと、あとついでにカモ君の気配を感じる。それぞれ気配の大きい小さいはあるけど、どれも今まで以上にはっきりと感じられた。……うん、やっぱり私、強くなってる。

 内鍵を開けて扉を押し開けば、合間から差し込む光の中で、私を覗き込むこのかの姿。目が合うと、ぱっと笑顔になる。

 一日会ってないだけなのに、もう何日も顔を合わせていなかったような不思議な感覚がした。同時に、動悸が速まって、顔が熱くなる。

 そんな顔を見られてしまわないようにうつむくと、よかったあ、とこのか。

 どういう意味だろうと考えていれば、頭に手が置かれて、優しく撫でられた。じんわりと何かが浸透するのに、自然と顔を上げてしまうと、にっこり満面の笑みのこのかがいる。

 

「ちゃんと帰って来てたんやね。昨日はいなかったから……心配したえ」

「……昨日は、晴子の所に行ってたの」

「はるこちゃん?」

 

 聞き返すように首を傾げるこのかに、うん、と小さく頷く。そうすると、「そかそか」と囁くように言ったこのかの手が頭から離れてしまって、ぁ、と声を漏らしてしまった。……たぶん、聞こえてはいなかっただろうけど。

 

「妖夢さん、おはようございます」

 

 挨拶のタイミングを計っていたのか、先生が挨拶をしてきたので、私もおはようございますと返す。

 妖夢。……私が勝ちとった名前。私が私であるための名前。私がこれからもここで生きていくための名前。

 先生に名前を呼んでもらって、少し気分が良くなった私は、アスナが声をかけてくる前に先に挨拶をした。口を開きかけていたアスナは目を丸くして、でも、すぐに笑顔になって、おはよ、と優しく言ってくれた。

 その後にセツナに挨拶を投げかければ、なぜだか苦笑いと共におはようを返された。なんだろう。私に変なところでもあるのかな。……まあ、セツナが何を考えて笑っていようと私には関係ない話だ。

 これでみんなと朝の挨拶を交わし終えた。カモ君は無視。先生の右肩にいる本人(?)は特に気にした様子もなく動物をやっている。

 

「ウチらなー、くーねるはんのお茶会に招待されまして。妖夢ちゃんも誘おう思ってな」

 

 どう? と問いかけてくるこのかに、私も小首を傾げて返す。

 どうって……そもそも、クーネルって誰だろう。みんなの知り合いって事は………………魔法関係の人?

 ふいに、ふよっと漂ってきた半霊が肩を小突いてきた。それで、思い出す。ああ、あのローブの人の名前だ。

 その人にお茶会にって、なんでお茶会……?

 

「あの、結構みんな招待されてるみたいなので、妖夢さんも大丈夫だと思いますよ」

 

 次々にわく疑問に心の中で唸っていると、私が遠慮しているとでも思ったのか、先生がそんなことを言った。

 いや、別にそこは気にしてないけど。

 

「……うん。私もついてく」

「ほんま? ふふ、嬉しいなあ。妖夢ちゃんがいてくれたら、もっと楽しくなるえ」

 

 手を合わせて喜ぶこのかに、私も笑って同調する。

 ……なんだかこのかのテンションがおかしい気がするけど、それはきっと、このかに巣食っていた影とは関係ないだろう。

 学園祭中、このかの瞳の中に見た影。私と仲良くするように仕向けていた影は、今はもう、このかの中のどこにもない。……私の影がそう言ってる。……たぶん。

 だから今のこのかは、このか自身の気持ちで私と付き合ってくれているはずだ。

 このかを動かしていた影が消えた割には、以前と変わりないくらい私に好意を向けてくれているような気がするんだけど……ひょっとして、影がどうとか、全部私の勘違いだったりは……しないよね。

 準備はしなくてもいいので、その旨を伝えて、先生を先頭に出発する。目的地は図書館島の地下らしい。

 このかとセツナの間に入って、このかの手をとると、彼女は嬉しそうに微笑んで、手を握り返してきた。いつか感じた心地良さと一緒。

 やっぱり、このか……。

 このか、私のお母さんになってくれないかなあ。

 じっと見上げていれば、不思議そうに見返してくるこのか。

 ……さすがにこんなこと、言える訳ない。

 言えないけど……少しくらい、そういう風に甘えたって罰は当たらないだろう。

 腕を抱え込むように抱き付いて体を近付ければ、今日の妖夢ちゃんは甘えんぼさんやな、と言われてしまった。でも、いい。その通りだから。

 こうしたいから、こうする。受け入れてくれるのはわかっているのだから、遠慮する必要なんてない。

 唯一気掛かりなのは、後ろの服の端を凄い力で握ってくる人がいることぐらい。

 セツナの方を見上げれば、なんでもないような顔をして、前を行く先生とアスナを眺めていた。『眺める』なんて言うには、ちょっと目つきが鋭すぎるような気がするけど。

 

「…………」

 

 嫉妬かな。

 あんまり関係ないことを考えつつ、セツナの腕を掴む。そうすると、するりと離れて行こうとするので、すかさずその手をとって握った。

 びっくりしたように私を見るセツナに、微笑みかけてみる。……うまく笑えたかは、ちょっと自信が無い。

 

「あやー、せっちゃんにも甘えんぼ?」

「よ、妖夢……その、なんというか、困るのだが」

 

 困るのだが、なんて言ってるくせに、ちょっと嬉しそうなのは、私を通してこのかと繋がっているからだろう。セツナもこのかが好きなら、手ぐらい繋いでもらえばいいのに。このかは優しいから、言えばいくらでもしてくれるはずだ。

 なのになんでしないんだろう、なんて考えつつ歩いていた。

 

 

 今日のこのかやみんなは涼しげな格好をしているから、私もそろそろ夏服とかに変えようかな、なんて思ったり、そういえばセツナは武器みたいなのを装備しているけど、なんでだろうな、とか考えている内に図書館島につき、あれよあれよという間に地下へ下りて、なんかでっかいトカゲを鑑賞して、大きな扉を潜れば、そこは広い空間だった。

 遠く、周りにはどこからかたくさんの水が落ちてきていて、なのに霧なんかは立ち込めておらず、視界は良好だ。足下の道の外には雲みたいにいっぱいもわもわしてるけど。

 遠目に見える建造物は、どこかエヴァさんの別荘に似ているような気がする。

 頭に響く声に誘われて先を行くこのかに続き、塔みたいなのの中に入ると、外と隔絶した雰囲気が広がった。外は全体的に白いのに対して、中は茶色とか黒とか暗い目の色が多いからだろうか。壁は白いけど、部屋中に立つ本棚やそこに並ぶ本は茶色かったり黒かったり赤かったりしていて目に優しい。……ん、赤色は目に優しいのだろうか。……優しくない気がする。

 階段を上り、外に出ると、向こうの方にエヴァさんの気配が現れた。急だ。ここら辺は魔法の気配が充満していて、他の気配を感じ取り辛い。このかや先生達くらい近いとはっきり感じられるけど、この近さで感じても何も意味が無い。

 階段を一つ上った先には、柱とか、そういった支えの無い場所があって、そこにクーネル……ローブの人とエヴァさんがいた。ローブの人は、フードをとって素顔を覗かせていて、エヴァさんは謎の浮く球体に腰かけていた。足を組んでカップを口につける姿は絵になるとは思うけど、そんな場所でそんな姿勢でいると、角度によっては、下着が丸見えになるだろうから、はしたないと思う気持ちの方が強かった。だから何って訳でもないけど。

 エヴァさんは、なんか、下着を見せびらかす趣味を持っているんだと思う。前に私にもそうしていたし、先生にやっているのも見たし。……何が楽しいんだろう。恥ずかしくないのかな。

 みんなが揃ってお辞儀するのに合わせて、私も頭を下げる。ついでに半霊もひょこっと体を折ってみせる。横目で見たカモ君は相変わらず動物をやっていた。つまり、お辞儀をしてない。彼だけ仲間外れだ。

 ところで、エヴァさんの呼び方から察するに、ローブの人の本名はアルビレオ・イマというらしい。どうしてか偽名の方を気に入っているみたいだ。そんなの、私には関係ないんだけど。

 そういえば、彼を前にしても影は大人しいままだ。彼もやっぱり仇ではなくて、影もその事をわかったみたい。残るは先生のお父さんだけか。どこにいるんだろう。影を大人しくさせるには、先生のお父さんを斬るのが一番手っ取り早いんだけど……。

 ……あれ? でも、影がうるさくなるのってたいてい彼女達の言う『仇』を前にした時だ。先生のお父さんがどこにいるのか知らないけど、遠くにいるなら、わざわざどうにかしなくても影は大人しいままだろうから、斬らなくてもいいのかな。

 なんて考えながらお茶会に参加させていただいて、お高いらしい紅茶を飲みつつ初めて見るお菓子をぱくついていると、エヴァさんがローブの人に食って掛かっていた。

 話を聞いていなかったから流れはわからないけど、どうせおちょくられでもしたのだろう。前にもそうやっていなかったっけ。その時の記憶は曖昧だけど……うん、おんなじことをしていた気がする。

 そんな様子を延々繰り広げて何十分か。流石に疲れたのか、ふてくされたのか、端っこの方の席に着いて紅茶を飲みだすエヴァさんを尻目に、端の方の手すりの所で落ちゆく水を眺めていた先生が、意を決したようにローブの人に声をかけた。

 お父さんは生きているのか、という問いに、ローブの人は生きていると答えた。それがどれ程衝撃的な事なのか、私にはいまいちわからなかったけど……人の気持ちなんてわかるものではないから、きっと、おかしなことではないだろう。

 ただ、影が。

 

 

ママのかたきをとってね。

ぜったいだよ。ぜったいだよ。

パパのかたきをとってね。

やくそくだよ。やくそくだよ。

 

 

 そんな風に囁くから。

 ずるずると心の内側に私を引き摺り込むようにするから、どんどん気分が落ち込んでしまう。

 紅茶の味がわからない。ただ、熱さだけが舌に伝わる。

 飲み込むと、喉を通ってお腹に滑り落ちて行った紅茶の熱がふんわり広がって、ほう、と息を吐いた。

 強い風が吹く。ドドドドと、重々しく落ちる滝の音に負けないくらい、ザザァと強い風の音。

 魔法か何かで規則正しく宙に浮き並ぶ赤い垂れ旗が視界の端に映ったので、見上げた。

 ゆらゆらはためく旗。……いつかどこかで見た。二対の旗。……ああ、コータ。

 そういえば、彼に貰ったチケットは、どこにしまったんだっけ。

 

 ぼーっと考え事をしていると、どやどやとクラスメイト達がやって来た。彼女達もローブの人に招待されたらしい。一気に騒がしくなって、ちょっと居心地が悪くなってしまう。このかも、他のお友達とお喋りし始めて、何をしていいかを見失ってしまった。

 そんなみんなから離れて先生が一人、滝を眺めている。

 やっぱり先生、お父さんの事を探しに行きたいのだろうか。

 先程もそんな会話が聞こえてきていた。

 先生にとって、先生のお父さん……影達の言う仇でもあるナギ・スプリングフィールドという人は、どれ程の大きさを持っているのだろうか。

 それは、私やクラスのみんなと比べても、優先したい事なのだろうか。

 私は先生にどこかに行ってほしくないな。

 先生は私のお友達だ。できれば傍にいて欲しいし、それに……先生がどこかに行ったら、このかも、アスナも、セツナも……みんな、先生について行って、いなくなってしまいそうだし……。

 ……でも、先生の事を考えるなら、先生のしたい事を優先させるべきだよね。

 私は私のやりたい事をやってる。先生もそうあるべきだ。

 でも、そうなったら嫌だな、なんて。

 ……ああ、やだ。

 やっともやもやから解放されたと思ったのに……またもやもやしだした。

 溜め息を一つして、胸に手を這わせる。彼女に刺されてから、迷いを断ち切られたみたいにすっきりしていたのに、ちょっとの事で迷いや悩みが浮かんでくる。

 生きている以上、そういったものとは無縁ではいられない? ……どこで、誰に聞いた言葉だろう。思い出せないや。

 思い出せなくてももやもやは消えない。

 先生に聞いたって、たぶん、これは晴れないだろう。

 だって、どっちを答えたって、絶対引っ掛かるから。

 先生がお父さんへの想いを我慢して私達と一緒にいる事を選んでも、私達を捨ててお父さんを追う事を選んでも。

 

 白楼剣の鞘に手を当てる。

 ……これで私の胸を刺したら、また、迷いは消えるかな。

 そうしたら私、どうするんだろう。迷いの消えた私は、先生にどっちの選択を迫るんだろう。

 一緒にいさせる気もするし、先生の背を押してしまう気もする。

 結局やらなきゃわからないことだ。

 でも……安易に、私の刀に頼ってもいいのだろうか。

 この刀は、大切なものだ。それの用途も、大切なことにするべき。

 先生の悩みも私の悩みも、凄く大切で大事なことだ。でもどうしてだろう。だからこそ、そうやって簡単に解決したくない。

 私なりの答えを出してみたい、という欲求が心の内にわいた。

 ……ああ、もう。

 晴子、言ってたのに。

 私は何も考えなくていいって、言ってたのに。

 私、考えずにいられないよ。何も考えずに生きるのなんて無理だ。

 だから私は考える。どうすればいいのか。

 この答えが出た時には、私も先生も笑えているといいんだけど。

 

 

 始まりはいつも突然だ、なんて、誰が言ったんだろう。

 どこで聞いたのかも、誰から聞いたのかも思い出せないが、その言葉は本当なんだろうな、と思ったのは、最近の事。

 何をもって『はじまり』とするかはわからない。

 でも、私にとって、それは『はじまり』以外の何物でもなかった。

 終わりの始まり。

 楽しい日々の終わりが目前にまで迫っているだなんて、この時の私はまだ、知らなかった。


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