なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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なんか違う



誤字修正。大量ってなんやねん。体調だ、体調



誤字修正。わからにってなんだよ。わかんないよ。



誤字修正。先生と小太郎君は何を躱していたんでしょうかねえ



第四十二話 空虚な戦い

 離れ島にやってきた。学園祭の圏内ではあるけど、比較的静かな島の奥に、秘密の催しがあった。マル秘コスプレコンテスト。

 コスプレって、この学園祭においてはかなりの人数がしていると思うのだけど、なんでそれを秘密にして集まっているのだろう。

 先生の先導で連れて来られた私達は、千雨さんを見つけて合流した。先生、なかなか強引だ。そこに、マキエも入って来た。先生を見かけて追って来たんだって。猫を思い起こさせる衣装を纏ったマキエが元気いっぱいに挨拶して来るのに会釈で返すと、どしたの? 元気ないね、と首を傾げられた。そう見える? まあ、その通り、とっても気分が悪いんだけどね。

 でも、お祭り気分に水を差さないように、普通に見えるようにしていたつもりだったのに、なぜマキエは気付いたのだろう。先生も委員長もコタロー君も、気付いてなかったみたいなのに。……ひょっとして、ばればれだったのかな。だとしたら、ちょっと、恥ずかしいのだけど。

 一人でもじもじやってる内に話は進んで、委員長とマキエが千雨さんの指導の下コスプレをして、コンテストに出場する事になった。いつになく活き活きとしている千雨さんを見ていれば、「あん、あんたも出んのか」と腹立ち紛れの様に話題を振られた。……なんで怒ってるの?

 首を振れば、千雨さんはそれもそーかと頷いて、それから、半霊を見てきた。……あげないよ。いや、いらないよ。そんな会話を交わしている内に、話に参加して来た先生によって千雨さんもコンテストに出場する事になった。

 小悪魔? っぽい衣装に身を包んだ千雨さんは、本気で嫌がってるようにも見えるし、どことなく嬉しそうにも見えた。かわいーですよと先生が褒めると、やかまし、と恥ずかし気。私も、かわいいと思う。思うだけだけど。

 壇上に現れた委員長とマキエが台詞と共に決めポーズをして、観客を沸かせ、次には千雨さんが出る。私には、てんぱっている様にしか見えなかったけど、実はあれは、キャラクターを再現していたらしい。凄い。私の体調の悪さも凄い。

 千雨さんが優勝して、マキエ達は準優勝。手に入れた像を私に見せてくれたので、そうなんだすごいねと褒めておいた。

 帰り際、へんてこコスプレ集団に呼び止められた。……幻想郷の住民を模した衣装を纏った男性が複数と、女性が複数。意外と、外の世界にもファンが多い? 八雲紫の格好をした女性が、「さっきの子……」と呟くのに顔を向ければ、前に出た風見幽香の格好をした男性が、幽霊部員さんですか、と聞いてきた。よくわからない質問。確かにそうだけど、なんでそんな事聞くんだろう。……あ、剣道部の人?

 

「お知り合いですか?」

 

 こしょっと先生が話しかけてくるのに、どう答えようかと迷っていると、お忙しそうですね、と男性。私は、別に、忙しくは無いけど。

 

「意外だなー、幽霊部員さんは男の方だと思ってたんですが……あ、また夜に会いましょう」

「……?」

 

 言ってる意味がよくわからないまま、その集団と別れて、島を出る。誰だったんだろうと記憶を探っていれば、コタロー君も悩んでいる様子。気になって話しかければ、「女装って俺が思ってるより普通のもんなんやな」だって。……さあ、どうなんだろう。

 流れで新体操部が屋外に開いているお披露目会に行って、マキエの演技を見た。前にも見せて貰ったけど、本当に体が柔らかい。どうやってるんだろう。

 そろそろ仕事に戻りますと言う委員長と別れて、その後三つほど回ると、それで今日はおしまいらしい。そうか、今日で全部回るんじゃないんだ。全部が全部、今日やる訳じゃないから。

 空も暗くなり始めて、花火が上がる頃に、唐突にカモ君が喋り出した。内容は、先生とコタロー君が交わしていた会話の続き。一日目お疲れ様、みたいな感じ。明日の格闘大会に備えて別荘で休むか、と提案するカモ君に、先生は少しの間悩んで、そうしましょうと手を打った。

 そういえば私、最近別荘に行ってない。自由に使っていいと言われてるのに……まあ、時間が無いからなんだけど。

 それに、修行というか、体を動かすなら、朝で十分だ。あ、でも、先生の拳法を教えて貰うには、別荘じゃなきゃ駄目かな。先生、先生のお仕事忙しそうだし。

 中夜祭を挟んで、別荘へ移動する。

 中夜祭の事はあんまり記憶に残ってない。みんな、壊れてしまってるみたいに元気いっぱいで、ついていけなかった。手を引かれて巻き込まれたり飲み物や食べ物を押し付けられたり半霊を弄られたりで、目が回りそうだった。だから、二時間もしない内に眠ってしまったし、覚えていると言ったら、千雨さんがパソコンを読みながら顔を青褪めさせていた事くらいだ。

 別荘でも、私、休んでばかりだった。みんなが遊んだり修行したりしている間も、パラソルの下、椅子に寝そべって目をつぶっていた。波の音に合わせて体の中で寄せては返す影が、どうにも私の力を奪っている気がして、動く気になれなかった。

 そうしていると、やってきたエヴァさんが先生達と言葉を交わしたあとに私の下に来て、「早く手懐(てなず)けろ」と一言だけ言って帰っていった。手懐けろって言われても……何を?

 

 

 翌日の六時半から、武道大会の本選が始まる。

 寝ても覚めても重い気分を抱えたまま、このかや先生達と会場に来た。

 ここまで来ておいてなんだけど、正直今、動きたくないような……でも戦いたいような。

 わき上がりかけた戦いへの気持ちは、すぐに黒いものに覆い被せられて沈んでいく。どうしたって気持ちが浮かび上がらない。

 コタロー君の過去や、飲み物を買って戻ってきた先生とコタロー君の会話を聞きながら気持ちをやり過ごす。

 このかの傍にいたくないって思う心は、かなり収まったけど、それでもまだ近くにいるのは嫌で、必ず誰か一人を挟んで歩いた。このかは気にしていないようだけど、笑いかけられるたびに、自分が避けてしまっているという事に罪悪感を抱いて、だけど、どうしようもなかった。

 この気持ちを捨てる事ができれば、ずっと傍にいられるのに。

 傍にいて、それで、どうしたいんだろう。……そんなの、わからない。考えなきゃいけない事なのかな。考えないと、このかに失礼?

 ……失礼だよね。

 だって、私……。

 

 人のごった返す観客席から、選手の控室へと移動する。私達に応援の言葉をくれるこのかに小さく手を振り返しながら、このかと離れられる事に安心していた。……そんな自分を嫌悪してもいて、だから、気持ち悪かった。

 控室では、すでに本選に進んだ選手達がたくさん集まっていた。見知った顔もいる。フードの人も、いる。

 だから、部屋に入ってすぐ、壁際に沿って歩いて、角っこに立った。タカハタ先生が話しかけてきていたけど、その相手は大体先生の様だったから、私が離れてもきっと失礼にはあたらないだろう。

 そういえば、エヴァさんはまだいないな。

 壁の方を向いて、角を見上げながらそんな事を思っていると、外からアサクラさんの声。選手に呼びかける声。

 ルール説明、らしい。

 十五メートル四方の舞台。倒れてから、もしくは舞台の外に出て十秒経つと負けで――予選の時は、五秒だった――気絶したり、ギブアップしたりしても負け。制限時間内に決着がつかなければ、観客によるメール投票で勝者を決めるらしい。メール……ケータイか。

 あとは、大体予選と一緒。観客を考慮して戦って欲しいという言葉で締め括られて、一回戦の開始まで、五分間の待ち時間。

 その間に、クーフェさんやタツミヤさんが挨拶に来てくれた。たぶん、私が、みんなから離れてたから、わざわざ寄って来てくれたのだろう。嬉しく思う半面、煩わしくも思っていると、のっぽの人……ナガセさんと入れ替わりにフードの人がやってきた。なぜ、わざわざ、向こうから。ざわめく体に、でも、それは、向こうは私の気持ちなんて知らないから、と宥めようとしていると、しばらく私を見下ろしていたフードの人は、何も言わず、元の位置に戻って行った。私を見下ろしていたフードの中は不自然なくらい暗くて、顔が見えなかった。でも、口元が動いた気配はした。話しかけられた?

 首を傾げていると、また入れ替わりで、今度は知らない男性。中華な感じのかっこの人。挨拶大会か何かだろうか。彼は、普通に挨拶してきた。もし勝ち上がって当たる事になったら、全力でやるからよろしく、みたいな内容。

 五分は、あっという間に過ぎて、最初の試合はコタロー君と……フード付きの黒いローブで、顔を隠してる人の片方。気配は、どことなく覚えがあるような気がするから、知ってる人……いや、あんな知り合いはいない、か。

 選手は、観客席ではなく、舞台にほど近い選手席という所で試合を見れるらしく、先生の後ろにくっついて移動した。だって私、場所知らないし……。

 ぽつんと用意されている長椅子に腰かけて、程良く緊張している先生の横顔を見る。それで、私も、強い相手と戦うというのを思い出した。

 エヴァさん。エヴァさんは、あの別荘以外だと、見た目相応の力しか出せないと言っていたけど、自信満々な様子を見るに、素でも強いのだろう。

 それに向けて、私も気持ちを整えておかないと……。

 エヴァさんには悪いけど、勝って、勝ち進んで、ローブの人をころ……倒さないと、私の気持ちは晴れそうにない。

 さっき来た時に、真偽を聞ければよかったのだけど……駄目。近いと、ほんとに、体がばらばらになってしまいそうなくらい苦しくなってしまって、何も言えなかった。

 だから戦って確かめるしかない。命を取れない戦いで、刀を抜けない戦いで、真偽を確かめる他ない。

 間違っていたら謝ればいい。そこまでいけば、影も大人しくなってくれるはずだ。あっていたなら……やるしかない。そうしないと、私がおかしくなってしまう。

 腕の中に招いた半霊を強く抱いて、体中に圧力を加えて気持ちを抑制する。そうして、じっと試合を見た。

 そうする事で、私はもっと強くなれるはずだから。エヴァさんも言っていた。私は、見ているだけで十分修行になる、と。それは、見ただけで、その技術を盗めるからだと言っていた。……一度見たのだから、それができるのは当たり前だと思うのだけど。そう伝えても、エヴァさんは呆れたようにあほかと言うだけだった。

 一試合目はコタロー君の勝利で幕を閉じた。突進ではなく、距離を詰める為の瞬動術。目の前でぴたっと止まるのは難しそうだ。

 二試合目は、ローブの人と、中華風の人。押されるローブの人に、ここで負けてくれるなと強く願っていれば、あっさり勝敗がついた。ローブの人の勝ち。重みの無い攻撃が中華風の人を沈めた。

 三試合目は、ナガセさんと胴着の男性。技名を叫びながら光弾を放つ男性に、あれって、スタンダードな技なのかな、と思った。

 そういえば、魔法は手から撃った事はあるけど、弾幕を手から出した事ってないような気がする。今度試してみよう。

 ナガセさんが、瞬動の完成系だという移動術で距離を詰めて勝負を決めた。ああ、気、なんだ。飛び出す時にばかり妖力を爆発させて、その後は勢いのまま突っ込む事が多かったけど、止まりたいなら、反対へ向けて気を放出すればいいんだ。

 四試合目は、クーフェさんとタツミヤさん。先生の師匠である拳法使いのクーフェさんの動きに注目しながら試合を追った。

 先生とは、またちょっと違う動き。それから、布を槍みたいに扱う技術。やろうと思えばできるだろうけど、バスタオルで戦う自分を思い浮かべてしまって、ちょっと、やろうという気にはなれなかった。

 それから、タツミヤさんの、えーと……ラカンセンとかいう技術も、真似しようと思えなかった。お金を飛ばそうなんてできないし、流石に、私にはできそうになかったから。

 勝者は、クーフェさんだった。幾つもラカンセンを受けてぼろぼろになっているクーフェさんが、あふれる歓声に、不思議そうに辺りを見回している。その理由はわからなかった。ひょっとして、戦いに集中し過ぎて、観客がいる事を忘れてしまっていたのかも。

 戻って来たクーフェさんは、どうやら左腕が折れているみたいで、彼女の為に私達は一度医務室へ移動する事になった。

 彼女への処置が終わり、戻ろうとする頃には、次の試合も終わってしまっていたみたいで、その試合で壊れた舞台を修理する為に二十分ほどの休憩が入った。

 戻るみんなに反して、先生は残って何かをするつもりらしい。

 どうせ次の試合は先生の出番なので、時間までには戻るだろうから、先生についている事にすると、先生は腕を吊ったクーフェさんを伴って選手の控室に向かい、そこで、クーフェさんの指導の下瞬動術の練習をし始めた。

 先生が失敗して転がっていくたび、向こう側の扉が弾かれて外れてしまうので、それを直す役が、私になった。先生は練習だし、クーフェさんは、怪我してるから。

 結局、試合の時間が近付いてきて、コタロー君が迎えに来ても、先生は瞬動術を成功させる事ができなかった。飛び出すのにやたら魔力を使ってるから、止まれないんだと思うんだけど。……そこら辺の調節が難しい、だって。調節……私は飛び出すだけだから、そういうの、考えた事なかったな。

 選手席に戻る道すがら、アスナ達が待っていて、先生を激励(げきれい)した。エヴァさんも来ている。そのエヴァさんも含めてみんなが何かしら先生に言うから、私も何か言わないと、と思って、でも、何も思い浮かばないから、何も言えずじまいだった。どうしても何か言いたかったのに。なんでこういう時に限って、言葉が出てこないんだろう。せめて、頑張れの一つでも言えれば良かったのに。

 情けない。じわりと滲む涙を誤魔化す為に顔を背けて腕で擦る。でも、泣きそうになってる場合じゃない。先生の試合、見ないと……。

 

 先生と、タカハタ先生の試合は、凄いの一言に尽きた。だって、先生は、さっきまで瞬動を使えなかったのに、ぶっつけ本番で使えるようになって、何回も使うし……タカハタ先生も、未知の技術を使って応戦していた。解説の豪徳寺さんによると、居合抜きと言うらしい。刀の居合と同じ原理。それなら、私にも使えるかな、と思ったけど、私のスカートにはぽっけはついてない。胸ポケットじゃ、流石にできそうになかった。

 時間ぎりぎりまで続いた試合の勝者は、先生だった。先生、頑張った。だから、戻ってきた先生に、今度こそ、声をかけた。やったね、って。先生は、ただ嬉しそうに頷いてくれた。

 その後は、いっぱい謙遜していたけど、私に対しての笑顔には、そういうのは含まれてなくて。私、それが凄く嬉しくて。

 私も頑張ろうって思えた。

 アスナとセツナがタカハタ先生の下へ行ってしまうと同時に、集まってきた人達が先生に殺到した。さっきの試合を見て、みんな興奮している様子だった。とばっちりで私まで揉みくちゃにされて、なんとか二人で抜け出して、先生を医務室まで連れて行った。コタロー君とクーフェさんも一緒。

 用意されている消毒液や清潔な布などで、先生の細かな怪我を拭いて、バンドエイドをはってとやっていると、エヴァさんがやって来た。何かと思えば、先生にいっぱい言いたい事がある様子。先生が勝てたのは当たり前だとか、そういう事。でも、最後には褒めてた。気恥ずかしそうにする先生に、とりあえず私も、凄かったよと伝えておく。私だって、先生の試合でたくさん感じた事がある。その全部は話せないけど、少しでも伝えたかった。

 他にも何か言おうと考えていれば、たくさんの気配が近付いてきて、このかやハルナ達が部屋に入ってきて、先生に詰め寄った。みんな、心配していたみたい。

 遠巻きに眺めていれば、舞台の修理が終わって、次の試合が始まるから、選手は入場してくださいというアナウンスが入った。

 アスナとセツナの試合。そういえば、セツナ、刀を使わず戦うのかな。それは、そうか。刀は禁止だし。

 先生にならって、二人に応援の言葉をかけてから、選手席へと移動する。先生は、もうちょっとみんなとお話するらしい。一人で行くのは気が引けるから、コタロー君を見れば、なつ……ナツミさん? と話している。仕方なく、一人で医務室を出た。

 

 戦いを織り交ぜた騒がしさの為か、ここまでくると、表面ばかりはだいぶ気分が盛り上がっていた。でも、中はまだ駄目。フードの人の気配が近いせいか、影が私を急かしていて、そのせいで、時折蹲ってしまいたくなる。

 だから、堪える為に、先生とお話をしたり、半霊を抱いて自分を律したり、観戦に集中して気を逸らしたりしていたのだけど……。

 それも限界が近い気がした。

 会場に現れたアスナとセツナの姿に、観客がどよめく。なんていうんだろう、ああいう服。セツナなんかは猫耳までつけていて、可愛らしい格好になっていた。

 そのアスナに近付く影があった。私の中の影じゃない。気配だ。ローブの人……。

 アスナや、セツナの傍にいたエヴァさんと何事か話したローブの人は、直後に忽然と姿を消してしまった。

 瞬間移動? ……なんの力も感じなかった。魔力も、気も、妖力も。どういう術なのだろう。

 ……やはり、彼が、仇なの? でも、影が言うナギという男は、あんな容姿ではなかったはず。……いや、ローブを着ているから、姿はよくわからないけど……でも、だって、先生のお父さんって、行方不明なんじゃなかったっけ。ここにいるのなら、先生が反応しないのはおかしいし、あの人が先生に挨拶もしないのは、もっとおかしい。

 だから、彼はナギ・スプリングフィールドではない。なのに、影は彼に反応している。

 私は……どうすればいいのだろう。

 

 試合が始まった。アスナはハリセンを、セツナは、刀代わりにデッキブラシを振り回して打ち合っている。……デッキブラシ……刀以外って選択肢もあるんだ。

 そういえば、今気付いたのだけど、先生とコタロー君、戻って来るの間に合ってない。それに、みんな、立って観戦してる。座ってるの、私だけ……。

 立たなきゃ駄目なのかな。

 逡巡しつつも見ていて、気付いた事がもう一つ。アスナが速い。昨日……でいいのかは知らないけど、協力して先生を止める為に戦った時より、明らかにスピードもパワーも上がっている。感じる気配も、より強いものになっていた。アスナの動きも、セツナの動きも、しっかり目に焼き付けておこうと少し顔を上げた時、彼が現れた。

 ローブの人。

 ……一人で椅子に座っていて良かった。みんなと一緒に立っていたとしたら、そのみんなの背後に唐突に現れたローブの人に、私は正気を保っていられなかっただろう。

 吹き上がる影を、半霊を抱きしめて必死に押さえ込む。視界の端にちろちろと火の粉の様に舞う程度。これくらいなら……誰にも、異常はばれないはず。

 誰か一人でも私を気にかけたら、連動してローブの人まで来てしまいそうで、そうならない事を祈りながら、飛び上がって空中で打ち合うアスナとセツナを食い入るように見つめた。声が遠のいていく。耳鳴りが、全部押し流す。胸の中が熱くなって、冷たくなって、冷や汗が背を流れた。じっとりと服に滲むのが寒気を誘う。

 とにかく、正気を保とうとしていて、でも、戦う二人の動きは見えていても、ただ記号の様に瞳の表面を撫でていくだけだった。

 

「桜咲刹那ーッ!!」

 

 視界の向こうで動いていた片方が、傍で発せられた大声に反応して動きを止めた。……私も、今ので、気を取り戻した。ぶれてもいない視界が鮮明になると、ようやくアスナとセツナが動きを止めてこちらの方を見ているのがわかった。視線を辿って右を見れば、ローブの人に組みつくエヴァさんの姿がある。組みついたまま暴れて騒ぐエヴァさんによれば、アスナが強いのは、ローブの人が助言しているからとかなんとか……。

 それが真実かどうかなんて、どうでも良かった。それよりも、凄く、眠くて……それになんだか、お腹が空いていた。妙な空腹感。私とは別の所に私のお腹があって、ぽっかり穴が開いているみたいな……。

 腕の中の半霊とも違う、遠い所。でも、凄く近い。それこそ、私自身の感覚のようで……。

 ぶつぶつと意識が途切れては、浮かび上がる。電気がちかちかするみたいに、視界が暗くなったり、鮮明になったりを繰り返す。頭痛がした。目をつぶっても、その感覚は変わらない。

 

「桜咲選手の勝利です――!!」

 

 はっとして顔を上げれば、舞台上には、倒れるアスナと、すぐ傍で手をついて起き上がり、立ち上がるセツナの姿があって……いつの間に試合が終わったのかわからず、呆然とした。

 アスナも立ち上がると、お互いの健闘を称えるように握手をして、そこに、先生の言葉が飛んだ。アスナは負けてしまったと、先生は確かにそう言った。それでようやく、私はどちらが勝ったのかを知った。

 

「失礼」

 

 若い男の声が横でした。聞き覚えの無い声。何を考えるでもなくそちらを見て、すぐ傍に立つローブの人の姿に、影が…………大人しい?

 どうしてか影は、彼が近くに来ても、そうでない時の様にただただすすり泣いているだけだった。大きな袖に腕を通して私を見下ろすフードの人に、座ったまま見上げていれば、アスナ達の方をちらりと見やったフードの人が、静かに語りかけて来た。

 

「正直貴女には良い思い出が無いのですが……おほんおほん。えー……、あれです。私は貴女の敵ではありません。それだけを言いに来ました」

「……それは、どういう」

 

 意味?

 そう続けようとして、ローブの人が掻き消えるのに、その向こう側にいたエヴァさんに言葉が向かって行った。……一方的な人。敵じゃないって……なんで、そんな事。

 

「行くぞ」

 

 さっきの人より静かな声で、エヴァさんが呼びかけてきた。

 ああ、そっか。次は、私達の番、か。

 促されるままに、席を立つ。足が痺れていて動けないでいると、それをどう捉えたのかエヴァさんは先に行ってしまった。半霊を逃がして顔の横に浮かばせ、足をほぐしてから、後を追う。先生や、戻って来ていたアスナやセツナが応援の言葉をくれた。先生の横を通り抜ける時に、打って変わって、体調の方はどうですか、と心配そうな声。立ち止まって先生を見れば、先生も、私を見ていた。……当たり前か。

 頭の中が曖昧だ。変な事を考えてしまう。認識が追い付いていない事に、ちゃんとしないと、と自分に喝を入れつつ、舞台の方へ向かう。

 ……戦うんだっけ。

 まるで、丸一日過ごした後みたいに、この大会を見ていた事が地続きの現実に感じられず、再び私がその中に身を投じると言うのが、不思議だった。

 

 

とりかえして

 

 

 不意に、声が響く。私の中だけに、影の声。何重にも重なった私の声。

 それは……先生のお父さんから? それとも、あのローブの人から? ……エヴァさんからでは、ないよね。

 質問に、答えは無かった。ただ、胸がぎしりと痛んで、深く細い傷があるみたいにじくじく痛むのを手で押さえながら、舞台に上がった。ここからだと、周囲の観客の姿が良く見えて、それ以上に、向こうの床に引かれた線の前で待っているエヴァさんの姿が、頭から足まで全部見えた。足下を見て、線の位置を確認しながら、その前に立つ。どうしてか、このなんでもない線さえ煩わしくて、無くしてしまいたかった。

 影の声と同じように、エヴァさんの声も、頭の中に響く。私の刀は、なんの為にあるのか。その言葉。

 答えはまだ得られていない。なんの為か。それでどうするのか。どうしたいのか。全部、曖昧で、全部、はっきりしているはずなのに、嘘みたいにもやもやで。

 マイク越しの声も、観客の声も聞こえていないみたいに立つエヴァさんは、真剣な表情で……真剣な目で、私を射抜いていた。

 どうしてそうなっているのかがわからない。

 そんなの、当然だ。エヴァさんは、私じゃないから。

 自分の事もわからないのに、他人の事がわかるはずがない。

 ……何それ。そんなの、凄く、嫌。

 だって……だって。理由なんて見つからないけど、言葉も、見つからないけど、そんなの嫌なの!

 

「貴様は」

 

 影が膨れ上がって、外にあふれ出した。ぞわぞわと肌が粟立つ。足下が覚束なくなるこの感覚は、なるたびに気持ち悪いと思っているけど……だけどやっぱり、気持ち良い。

 炎のように揺らめく影が目の前を斜めに通り抜けると、エヴァさんは私達を紹介する声を意に介さず、まっすぐ通る声で話しかけてきた。

 

「まだ、手懐けられていないのか」

 

 ……また、それ?

 何を手懐ければいいのかもわからないのに、何かができるはずもない。意味がわからないよ。

 目だけで訴えれば、ただ自然体で立ったまま、見つめてくる。これから戦おうというのに、闘志が欠片も感じられない。やる気、あるのかな。

 

「自分から動こうという気はないのか」

 

 試合開始の合図があっても、エヴァさんは動かず、話を続ける。

 何が言いたいのかはわからないけど、責められているのはわかって、むっとした。反応した影と半霊が交わるように蠢いて、泳ぐ。

 

「手を伸ばせば届く所に未来があるのに、貴様は何時まで経ってもうだうだぐちぐちと……」

 

 私に対する文句なのか、吐き捨てるように言っていたエヴァさんは、途中で言葉を止めて、小さく頭を振った。癪に障る動き。……なんで急に、エヴァさんは、こんな事を言い出したのだろう。

 初めに会った時以外は、もっと柔らかい態度だったのに、今は、硬い。私が何かした? 私のせいなの?

 それとも……私のせいにしてるの?

 

「やめだ」

「……やめ、とは」

 

 短く言うエヴァさんに、私も短く疑問を返す。話すのはやめって事? でも、言葉の意味がよくわからない。私が手を伸ばせば、未来に届く……そんなはずはない。だって、私が手を伸ばしても、その先にあるのは目の前の景色だけだ。未来なんてどこにも無い。

 

「苛々するよ……今のお前を見てると」

 

 私に対して怒ってるような言葉なのに、自嘲気味にそう呟いたエヴァさんは、次には最初と同じような表情で私を見て、「そろそろ自分を見ろ」と、それだけ言って腕を広げた。言い切る前には、気持ちが逸ってるみたいに腕が先に動いていた。五本の指から伸びる魔力と、細い何かが見えて、それが私を囲むように張り巡らされていく。……魔法の糸? 人形でも操るつもり?

 でも、エヴァさんは、チャチャゼロという名の人形は選手席に置いてきている。人形を取り出す様子も無い。スカートでもないから、そこに隠している訳でもない。

 どうするつもりなのだろうと糸の動く先を目で追っていれば、それが私に向かって来た。……攻撃? 敵意は感じられない。何かの魔法なのだろうか。

 黒い影を突き抜けて私に迫るそれを、半身になって避ける。絡みついてこようとするから、後ろに跳んで距離をとろうとすれば、後ろからも迫っているのがわかって、着地と同時に両足を揃えて地を蹴り、バック宙をして避けた。……いきなり仕掛けてきた。私、まだ、心の準備ができてないんだけど……。

 

『おおっと、これはどうした事だ魂魄選手! 見えざる攻撃を避けるかのような動きです!』

 

 そんなの、関係ないか。

 結局何が言いたかったのかわからないけど、エヴァさんは、修行の時とは違って、真面目な顔をしている。最初に大きく動いただけで、今は私を目で追いながら、しきりに指を動かしているだけだけど。

 糸で私を捕えようとしているみたいだけど、避けるのは容易い。あまり速くないし、向かってくるの、気配でわかるから。避けた先に用意されてるのも、飛び越えたり潜り抜けたりすればいいだけ。

 でも、これじゃ攻められないな。

 

「……」

 

 無言で一歩、歩み出てくるエヴァさんが視界の端に見えて、転がりから立ち上がった私は、そのまま瞬動で距離を詰めた。目の前で止まる為に妖力を噴出させようとして、でも、ぶっつけ本番でできそうにないのに慌てて床を踏みつけて急制動をかける。前に出る体に、咄嗟にそれを踏み込みとして、掌底を繰り出した。

 エヴァさんの腕が伸びてくるのが見えて――気がつけば、床に叩き付けられていた。腰に括り付けている白楼剣のせいで、打ち付けた腰が余計に痛い。それ以上に、何をされたのかがよくわからなくて、混乱しながらも転がって距離を取り、立ち上がった。カウンター? でも、弾かれたりはしてない。よくわからないまま倒されていた。まるで自分からそうしにいってしまったみたいに。

 これが、エヴァさんの自信の秘密? 近付いてはいけないのかもしれない。半霊を飛ばしてぶつけようとする私に、糸が伸びてきた。狙い澄ましたタイミング。当然か。立ち上がる時は隙が大きい。そのまま飛び退けばよかったのだろうけど、攻撃しようとしたのが仇になったかもしれない。

 瞬動で逃げようとする前に、糸に絡めとられてしまう。一瞬、こんな細い糸で捕まえられても、と思ったけど、意外と頑強で、無理矢理外そうとしても外れなかった。両腕とも前で揃って縛られているために、白楼剣に手が届かず、魔法も使えない。踏ん張って引っ張ってみれば、食い込んだ糸に、体中に鋭い痛みが走った。何本絡まっているんだろう。これで、瞬動なんかした日には、ばらばらになってしまいそうな気がした。

 走り寄って来るエヴァさんを前に、目をつぶる。脱出の手段は、今のところ二つだ。一つは使いたくない。頭がおかしくなってしまいそうだから。だから、二つ目の手段。

 集中して……集中して。全方位へと、妖力を爆発させる。放たれた不可視の力が糸を吹き飛ばす。ついでに、エヴァさんも吹き飛ばした。飛び退るように吹き飛んだエヴァさんは、体勢を崩さず後退しつつ、咄嗟に顔を庇ったのか、かかげていた片腕を勢いよく振り下ろして、舌打ちをしていた。

 肩や腕についていた糸くずを手で払い、構えをとる。拳法の構え。それについての解説が入るのを聞き流しながら、エヴァさんの動きを見る。……忌々しそうに、私を見てきている。だから、なんでそんなに怒ってるんだ。

 ああ、そういえば、エヴァさん、この大会で勝ち進んで、先生とデートするとか言っていたっけ。先生があわあわしていたから、その事はよく覚えている。……そんなに、デートがしたいのかな。怖い顔するくらいに。……そんなに先生の事が好きなの?

 そうすると、私に対しての文句は、挑発か何かだろうか。行動を制限するとか、なんとか。

 でも、そんな事しなくたって、私の行動は制限されている。楼観剣は無いし、何より、体が重い。やる気も、あんまり無い。だって、楽しくない。全然、これっぽっちも。

 ずっと影を纏っているから、どんどん気分が落ち込んできているせいもあるし、考えなきゃならない事もたくさんあるから、戦いに集中する事さえできない。

 きっと、別荘の中でのエヴァさんとの戦いなら、全部忘れて、楽しく戦えるのだろう。

 ……あ。

 ふと、気付いた。

 ローブの人が影達の言う仇ではないなら、私、こうして戦ってる意味って、ないんじゃ……。

 そこに考えが至ると、余計にやる気が削がれて、影が重く圧し掛かってくるのにうめく。……意識が朦朧としてきた。

 駄目だ。今は、一応、戦いの最中なのだから……これでは、エヴァさんに失礼だ。

 そう思っていても、意識は闇に飲まれていく。これで倒れて、負けなんてなったら、流石に私、納得できないし、エヴァさんだってそうだろう。

 でも、抑えられない。堪えられそうにない。

 だったら、これで決める。それで倒せたら私の勝ち。外したら負け、だ。

 霞む視界に、力が上手く入らない手で、白楼剣からリボンを引き抜く。それさえままならなくて、もどかしい。指先に引っ掛かるリボンが溶けて消えると、解き放たれた風の力を右の拳に纏わせて、ついでに、あふれて廻る闇の力も加えていく。エヴァさんが笑っている……ような、気がした。

 前へと倒れ込む中で、足の裏に妖力を集中させ、爆発させる。加減がきかない。流れる視界の中で、地に足をつける事無くエヴァさんへと突進していく。ゆっくりと、初めてエヴァさんが構えらしい構えをとるのが見えて、私へと伸びてくる手に、頭の中に警鐘が鳴り響いた。このまま行っちゃ駄目。それは、わかってる。

 けど、もう遅い。

 どこに当てようかすら考えずに突き出した右腕の手首に、冷たい手が添えられる。私を背負うかの如く、流れるように反転したエヴァさんに手を引かれるまま――驚く程、抵抗なく――再び床に叩きつけられた。

 木片が飛び散るのに、自分の体が少し床にめり込んでしまっているのを知って……そこまでだった。

 私の意識は、瞬く間に影に飲まれてしまった。


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