なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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誤字修正。違和感のあった個所に加筆。


第三十九話 偽りの友情

 学園祭当日。

 大事をとって昨日は早めにベッドに入ったから、体調は万全だ。胸の中に流れる黒い何かも、今日ばかりは大人しい。ざわめく影は、通学路に所狭しと並ぶ生徒達に、体の中に引っ込んでしまった。

 教室に着くと、蝙蝠の絵がプリントされた変な帽子と黒い布の服……ローブを渡された。それで、ハルナに連れられて、ノドカや夕映と一緒にチラシ配りに行く事に。

 目的地に向かうまでにも、目的地にも人の波。向かう先からはパレードなんかも通ってきていて、さながら百鬼夜行のようだ。空には巨大なカボチャや楕円形のよくわからない飛行物体なんかが浮かんでいて、日常からかけ離れた様相を呈している。それらが日を遮ってできた影の中に入るたび、否応なしに感情が昂るのに、息を吐き出す。チラシ配りにも気合いが入りそうだった。

 そんな調子も、先生の姿を見かけるまでだったけど。

 胸がざわつく。ここ数日は、ずっとそうだ。先生の姿を見るとどうしてか不安になって、まともに立っていられなくなる。理由は……わからない。きっと友達とは何かという問いと、それは繋がっているのだろうけど、まだ何も答えはみつかっていない。

 いつも通りに戻ったテンションで道行く人に声をかけ、チラシを手渡す。大体の人は受け取ってくれるけど、時折迷惑そうにする人もいた。……それと、どうしてか私の顔をじろじろと見たり、私の名前を呼んだり、挙句の果てにはコスプレだとか呟く人もいて、失礼だと思った。

 というか、コスプレというなら、そこら中にたくさんいるし、さっきなんか、風見幽香の格好をした男の人が歩いて行った。私なんかよりあっちの方が余程コスプレだ。

 ……この考えも失礼にあたるのかな。

 不満を抱えたままチラシを手渡しては声を上げていると、良い集客になりそうだね、とハルナ。妖夢さんはなかなか有名なようですから、と夕映。そうなの? とノドカ。……悪い意味での有名じゃないといいんだけど。まあ、そんな心配は欠片もしてないけど。

 

「ん、そろそろ時間かな。妖夢ちゃん、先戻りな」

「あ……はい。それでは、これを」

 

 益も無い事を考えている内に、私もお化け役で入る為にクラスに戻る時間になった。持っていたチラシを三等分して三人に渡し、時間があれば一緒に回ろう、と約束をして、三人に背を向ける。

 

「…………?」

 

 たくさんの足音や人の声の中に、先生の大声が紛れた気がして……でも、聞こえてきたのは先生がいる場所とは違う方向なのに、気のせいかと切り捨てる。……気のせいでないなら、近くに先生が二人いる事になってしまう。たしかに気配を二つ感じるような気もするけど、まさか、私でもあるまいし、やっぱり気のせいなのだろう。ほら、こんなにたくさん人がいれば、先生に似た気配なんて幾らでもある。

 時間も差し迫っている今、雑念にとらわれていてもしょうがないので、一応パレードに夢中な先生を一瞥し、確認してから、教室へ戻る為に駆け出す。

 それにしても、人が多くて走りにくい。飛んじゃ駄目なんだろうか。……駄目なんだろうな。

 多少ずるをしながら急いで教室に戻れば、長蛇の列ができていた。うちのクラスは随分人気らしい。小走りで廊下を行きながらローブを脱いで髪飾りを外して、いつもの格好になる。その頃には教室の前、お化け屋敷の入り口に着いていて、鳴滝姉妹の妹の方に促されて一つ目の扉を潜り、中に入る。待機していた三人の内一人、委員長が、入って来たのが私だと知ると、角っこの方から道具を引っ張り出してきた。その場で簡単な化粧を施して貰って(より肌を白く見せる為らしい)、準備は万端。三つの扉の内の真ん中、「日本の怪談」の札が上にかかった障子戸を開き、暗い中へ入っていく。冷たい空気が剥き出しの肌を撫でた。

 そこにいた座敷童、もとい鳴滝姉妹の姉の方に挨拶してから、さらに横道に入り、自分の配置へ急ぐ。えーと、私は出口付近に立っていれば良かったんだっけ。

 ……そういえば、具体的にどうすればいいかの指示を貰ってない。一度通しで練習した時も、ただ立っていろと言われただけだし……そんなので怖がらせる事ができるのだろうか。

 格好も、白装束でなくて、これでいいのかな。明らかに洋風な私の服装は、和のデザインのここにあわないような気がするんだけど。最初にそれを聞いた時は、いいのいいのとみんなして口を揃えて言ってたけど……。

 まあ、もう始まっているんだし、考えても仕方ないか。

 

「…………」

 

 とは言っても。

 配置についたはいいけど、最前列のお客様は左右のどちらかに入ったのか、壁越しに小さな悲鳴が聞こえるだけで、ここには誰も来ない。三つのエリアが作られているとはいっても出口は一つだし、再準備に時間がかかるので次のお客様が入って来るまでは数分の時間を要する。

 半霊を泳がして時間を潰していたものの、ただ立って待っているというのは予想以上に退屈で(部屋でぼーっとしているのは平気なのに)、それに、上手く驚かせられるのかとか、驚いてくれるのかとかの不安もあって、それを紛らわせる為に半霊を腕の中に招いて、胸に抱いた。

 足下、膝より下に蔓延するひんやりとした白煙を眺めながら、手慰みに半霊を撫でていると、なんだか方向感覚がおかしくなって、どっちが入り口でどっちが出口かわからなくなってきてしまった。

 左右の壁を見ても、出口付近のここは装飾が少ないただの通路だし……判別する物が何もない。

 いや、私、ここに来てから一度も体の向きを変えてないから、お客様が来るなら、私が向いている方からのはずだ。

 ……本当にそうかな。

 自分の周りに半霊を泳がせていたのを思い出して、それで、本当にどっちがどっちだかわからなくなってしまった。

 仕方が無いので、目をつぶってその場でくるくると右回転して見て、十数える。数え終わったら足を止め、目を開いて、道に対して斜めだったので少し修正。……こっちが正面だ。

 少しぐらぐらする視界をまぶたで遮り、落ち着くために一心不乱に半霊を撫でる。……自分で自分の頭を撫でているような感覚は奇妙だけど、どうしてか少し落ち着いた。

 ……ただ、暗闇の中で一人立っていると、最近の悩みや不安が胸の中で渦巻いて、時折思い出したように蹲ってしまいたくなる衝動にかられた。そんな事をすれば、与えられた役割をこなせないので、我慢するしかないんだけど。

 ……でも、溢れる影を止める事はできなかった。

 暗闇より暗い炎が体の中からずるずると出てきて私に纏わり、揺らめく。……気持ち悪い。……でも、彼女達の声を聞いているのは、心地良い。

 影は何も言わないけど、何か言っているような気がして、半霊を撫でながらじっと影越しの通路の向こうを見つめていた。

 

「さあ、急いで! もうすぐ出口だよ!」

「ひえ~! ひえ~!」

 

 ……なんだ、この情けない声は。

 一心に半霊を撫でていると、複数の足音に……フウカの声と、知らない男性の……情けない声が聞こえてきた。……後ろからだ。

 あ、どうしよう。方向、間違っちゃってたみたい。振り向かないと。……あ、でも、振り向く動作なんて、怖さの欠片も無い。そんなのを見られてしまったらせっかく怖がってきたお客様に水を差してしまう。どうしよう。って、考える前に体を動か……あ、もう来てる。

 

「うわ、うわあーっ!?」

「ぎゃーっ!?」

 

 急接近してきた二つの気配が少し後ろの方で止まる。なんか、怖がられてる? ここら辺にそういうギミックはあっただろうか。

 ……というか、今、フウカの悲鳴も聞こえたような。

 お客様が怖がってるのはわかるけど、なんでフウカまで? なんて疑問を覚えつつも、とりあえず、ゆっくりと振り返ってみる。へっぴり腰でいる長身短髪の男性と、その男性の腕を引いて後退(あとずさ)るフウカの姿があった。……どう怖がらせようか、と頭によぎった疑問が、二人の様子に、どこかに消えていく。

 なんで怖がらせる前から怖がってるんだろう。……私、そんなに怖いのかな。

 昔に、寮の廊下ですれ違ったアスナや、部屋を訪ねてきた先生が私を怖がっていたのを思い出して、だけど、違うと気付いた。お化粧のせいだ。

 お化粧のせいで、私が怖く見えているのだろう。それに、ここに来るまでも、色々と怖い事があったはずだ。だから、敏感になっているだけで、けっして私自身が怖いという事はないはずだ。

 

「お、おほん! えーっと、彼女はこの屋敷に住まう幽霊仲間。どうやらあなたの危機に駆けつけてくれたみたい。彼女が出口まで案内するよ!」

「え、君はついて来てくれないの……?」

 

 半霊を撫でながら考えに耽っていると、唐突にフウカがそう言った。暗闇の向こう、横道に引っ込んで行こうとするフウカに、男性が震えた声を投げかける。……情けない人。でも、ここはそういう場所だ。

 ……って、出口まで案内するだなんて、私、聞いてないんだけど。お化け役じゃないの? ……お化粧までしたのに。

 他の幽霊を静めなければとかなんとか理由をつけて去って行くフウカに取り残された私達。何をどうすればいいのかの確証が持てなくて不安に思っていると、それ以上の不安を抱えているのか、びくびくしながら男性が近付いてきた。

 …………。

 

「がお」

「ぎゃぁああああああ!!」

 

 ……ちょっとだけわいた悪戯心に任せて、片手をゆるりと上げて脅かせば、男性は近付いてきた動きのままに私の横を走り抜け、脱兎の如く逃げ去って行ってしまった。

 怖がらせるのに成功したというのに、なんだろう、この複雑な気持ちは。

 というか、案内……。

 まあ、いいか。どうせ向こうは出口だ。案内が無くても出られるだろうし、もう出ている頃だろう。

 でも、次はちゃんと案内しないと、と気を引き締め、半霊を撫でながら次のお客様を待つ。

 ……どうやら次の人は隣に入ったみたい。せっかくちゃんと案内しようと思って、台詞も考えていたのに、お預けだ。

 

「あ、センセだ……」

 

 騒がしいのが遠のいたせいか、一欠けらの不安が浮かび上がっていたのを、近くにある気配を感じて誤魔化していると、先生の気配を見つけて、そこに集中した。右隣。斜めの、ずっと向こう。

 遠くに聞こえるのは、先生の悲鳴だろうか。先生、怖いの駄目そうだもんね。なんで入ったんだろう。

 そういえば、生徒の出し物は全部回るよ、なんて言っていたような気がする。遊びたい盛りなのだろうか。……優しいだけ?

 そう、優しいだけ。先生の言葉のほとんどは優しさから来るもの。だから、きっと、ほんとの気持ちじゃない。

 

「…………」

 

 なんでこう、すぐに変な事を考えてしまうのだろう。気持ちが沈むと、せっかくのお祭りなのに、何も楽しくなくなってしまう。

 このかと回るのを想像して気持ちの立て直しをしようと考えたけれど、こんな黒い気持ちにこのかを使いたくなくて、すぐに頭に浮かんだ光景を振り払った。

 そもそも、晴子に友達とは何かを聞ければ……私がどこにいるのかを知れれば、こんな気持ちは無くなるはずなんだ。

 時間を見つけて、無理にでも行くべきだろうか。学園祭があろうとも、晴子はあのお店にいるような気がするし……。

 でも、また出かけているような気もする。

 

「ひー、本格派だよー!」

「急いで急いで! もーすぐで出口だよっ!」

 

 どうすればいいのかわからなくて、悩んでいる内に、お客様が来たようだ。三つの足音が正面から近付いてくるのに顔を上げ、その瞬間を待つ。

 やがて私の前に、フウカと一人の女性客が姿を現した。先程とは違い、女性客の方がフウカの腕を引いている。

 出て来た瞬間に私を見て、指差して悲鳴を上げる女性にげんなりしつつ、半霊を撫でて害意は無いとアピールする。フウカが後退った。……何? 逆効果? ……ああ、そう。

 

「お、置いてかないでよ~!」

 

 女性の頭の横側で結ばれた髪が揺れるのを眺めつつ――髪が短くても、あんな風に結べるのか――、台詞を言うタイミングを計っていると、二人の後方からばたばたと最後の一人が走って来た。……やぼったい走り方だ。

 ……というか、あれって……まさか?

 

「みっちゃん、置いてくなんて酷い!」

「ごめんごめん。結構怖くて」

「フランクで許します!」

「はいはい。さっきのクラスのね」

 

 きゃいきゃいと話す制服姿の二人の傍で、座敷童姿のフウカが台詞を言いたそうに見上げていた。言葉を挟む隙が無い。

 ……じゃなくて。

 気になったのは、遅れて来た女性の事。

 ふわっとした緑の髪に、特徴的な蛙の髪飾り。長い髪は、片一方だけ纏められて前に垂らされている。

 それは、記憶に新しい東風谷早苗の姿そのものだった。

 

「ん?」

「あ、よく見ると綺麗な子」

 

 東風谷早苗に見える女性が私に気付くと、もう一人も私を見て、そう言った。好機と見たのか、私を指差して出口までの案内役だと告げたフウカが舞台裏に去って行く。

 

「行っちゃった。ふー、やっと終わりね……もう二度とお化け屋敷になんか入らん」

「……んー」

 

 二人が近付いて来るのに、半霊を手放して身構える。……いや、その必要は、ないのだろうけど……どうして、彼女がここに?

 確かに晴子の所で見た写真には彼女が写っていたけど……本当にいるとは思わなかった。

 私の前まで来て、腰を折って私の顔をまじまじと見つめてくる早苗を見返していると、ふと、彼女が蛇の髪飾りをしていないのに気付いて、それで、わかった。

 コスプレだ。

 

「……コスプレさん?」

「何当たり前の事言ってんの? 早苗」

 

 早苗のコスプレをした人が私をそう称するのにむっとして半霊をけしかけようとすると、横から覗き込んできたもう一人が、廻らせるようにして私と早苗もどきを見て、それから、「それじゃ、案内してくれるかな?」と笑いかけてきた。

 ……まあ、コスプレをしている人なんてたくさんいるみたいだし、気にする必要も無いか。

 踵を返し、彼女達を案内する為に出口へと歩く。ついて来ているのを気配で確認しつつ、「あれ、なんだろう。人魂?」「半霊じゃないかな。よくできてるわね」と、話す二人の声を聞いていた。

 やがて暗幕を一枚隔て、その先の扉をスライドさせれば、眩い光が差し込んできた。一歩踏み出せばすぐ廊下だ。目の前にある窓達が光を映し出していて、目に痛かった。

 

「あー、怖かった。中等部もなかなかやるねー」

「案内の子の手を引いて走ってっちゃうんだもの。怖がり過ぎなのよ、みっちゃんは」

「あんたは怖がらなさすぎ。ひょっとして、私がビビってるのを見る為に誘ったんじゃ……」

「じゃあね、楽しかったよー」

「おい」

 

 女生との会話を切って振り向き、歩きながらも手を振ってくる早苗モドキに、控え目に手を振り返しながら、そういえば、台詞言えなかったな、と思った。

 まあ、それは次の人に言えばいいか。……私の担当の時間、何時までだっけ。

 腕時計を確認しつつ、教室内に戻る。時刻は十時五十分に差し掛かろうとしていた。

 

 

「妖夢ちゃん、お疲れ様ー」

 

 廊下で待ち合わせていたこのかと合流すると、労いの言葉と共に飲み物を渡された。ペットボトルのお茶だ。お礼を言うと、気にせんでええよー、と笑いながら、ツバ広の帽子をかぶり直す。……魔法使いみたいな恰好。

 とんがり帽子にローブ。どちらも白に近いから、なんとなく魔女のイメージとは違うけど。それはどうやら、占いの為の衣装らしい。学園祭中はその格好でいる気なのだろうか。……似合ってるけど。

 ああ、似合っているといえば、さっき私達を手伝いに来た先生がしていた女の子の格好もよく似合っていた。……あ、だめ。笑っちゃいそう。

 だって先生、かわいいんだもの。それで私、先生に抱いていた暗い気持ちが吹き飛ばされて、だから今は、とっても気分が良いの。

 この気持ちでこのかと学園祭を回れるようにしてくれた先生にはお礼をしなくちゃ。ついでに、コタロー君と委員長にも?

 ……クリームソーダでいいかな。

 

「ほな、行こか」

 

 差し出された手をとって、並んで歩く。ざわめきの中で、どこか行きたい場所はあるか、とこのかが聞いてきた。と言われても……私、お祭りっての、よく知らないし……これといって行きたい場所は無い。このかと回れるのなら、そこが私の行きたい場所だ。

 

「ありゃ、妖夢ちゃん、結構恥ずかしい事言うなー」

「……そうかな」

 

 恥ずかしいかな。そう言われると、そういうような気がしてこのかを見上げれば、このかは頬を染めて笑っていた。

 そう言ってくれるのは嬉しい、だって。

 私にもこみ上げてくる嬉しさがあって、それを手を握る力を強める事で伝えると、私に笑いかけてくれた。

 優しい笑み。暖かい笑顔。……ずっと見つめていたい。

 私が足を止めると、つられてこのかも足を止めて、傍の教室を見た。出入り口が装飾されて、上に看板がかかっている。『3-D射的ゲーム』、とあった。まさしくお祭りやな、とこのかが呟くのに、射的って何? と聞けば、実際にやった方が早いという事で、そこに入る事になった。

 入ってすぐ受付があり、そこでお金を払って、銃を受け取るみたい。ああ、射撃? これ、本物なのかな。絶対に人に向けないように、と受付の人が注意するのを聞いていれば、その間にお財布を取り出していたこのかが代金を支払ってしまった。五百円が二人分で、千円。……慌てて私もお財布を取り出そうとすれば、今日は私に払わせて、とこのか。でも……。

 

「気にせんでええよ。その代わり、いっぱい楽しもうな」

「……うん」

 

 銃を持ち上げて言うこのかに、素直に頷いておく。駄々を捏ねて、せっかくの楽しい気分に水を差すのもどうかと思ったからだ。……お金なら、後で返せばいいだけだし。

 でも、目の前で払われると、凄く申し訳ない気持ちになってしまうから、できれば私が払いたいのだけど。

 射撃ゲームには二種類あった。遠くの棚に置かれたお菓子やおもちゃを撃って、落としたら手に入るタイプのものと、迷路に入って、時折現れる的や移動する的を撃って得点を競い、決められた時間内に出口に辿り着ければ、それに応じて景品が貰えるタイプ。

 動かない方のゲームはいまいち楽しさがわからなかったけど、このかと話しながらだとそれも楽しく、また、迷路の方は普通に面白かった。

 ところで、この銃、おもちゃらしいんだけど……撃つと大きな音がするのはなんとかならなかったのだろうか。……不良品? 耳が痛くてしかたない。

 景品の食券をお財布に入れ、金色のメダルをポケットに突っ込んで3-Dの教室を後にする。その次は隣のクラスに入った。縁日、という看板の意味はわからなかったけど、中には様々な屋台が並んでいて、教室とは思えない別空間になっていた。店員さん代わりの生徒達は、何故かみんな着物を着ている。こっちもお祭りや、とこのか。……これが? 黒板の上に備え付けられたスピーカーから流れる音楽も相まって、なんだか不思議な雰囲気だった。

 

「お隣さんに対抗したんやろか。射的はないなあ。お、綿あめやっとる」

「綿あめ……」

 

 それは知ってる。雲の妖怪だ。……違う? 食べたら憑りつかれ……ないの? じゃあ、仙人になったりは……しないんだ。

 私が知ってる綿あめは嘘ばっかりだった。ほんとの綿あめは、甘くてふわふわで、後、べたべたしていた。……蜘蛛の巣みたいだな、と思ったのは秘密。

 先程も会った早苗モドキとその友人を隣にヨーヨー釣りに挑戦してみたり、型抜きというのをやってみたり(全然駄目だった)して過ごし、次は隣の教室。そこではボウリング屋さんをやっていたのだけど、私はボウリング遊びはあまり好きではないので、長居はしなかった。軽い昼食をとるために3-Gへ足を運ぶ。教室内がカフェ風に飾られている。白いテーブルと机が並ぶ光景には、ここが教室の中だと忘れてしまいそうだった。

 窓際の席で注文をして、ご飯を食べる。……クリームソーダは無かった。クリームソーダに似た食べ物であるコーラフロートというのはあるらしいから、それを頼んでみて、食べた感想。クリームソーダの方が断然おいしい。これは、なんというか……なんか違う。生徒の出し物でなくて、ちゃんとしたお店の物ならまた違うのだろうか。

 少しの休憩を挟み、校舎内を廻って、ひたすら遊ぶ。この学校はクラスがたくさんあるから、その分、色々な出し物があった。一部かぶっている所もあったものの、内容は多少違うので、楽しめた。

 校舎から出る頃には、私はすっかり気分を高めて、上機嫌になっていた。

 紙吹雪が小雨のように降り注ぎ、多くの人が行き交う広い道を歩きながら、アイスクリームを片手にこのかと話す。次はどこへ行こうか。何をしようか。

 浮ついた心のまま、目についた興味あるものを指差し、あそこに行きたい、と言えば、このかは私の手を引いて、そこに連れて行ってくれる。

 流れ流れて、特設の遊園地にやってきた。あの巨大な観覧車やジェットコースターは、この日の為に作られたのだろうか。入り口付近の看板には、長ったらしい説明書きがあったけれど、本場の遊園地とそう変わらないという事ぐらいしか読み取れなかった。

 メジャーな乗り物や見た事の無い乗り物、それと、施設なんかを廻る。胸にこみ上げてくる懐かしさや何かがずっとついて回って、気がつけばこのかの腕に抱き付いていた。休憩所のパラソルの中で見上げたこのかは、それでも笑って私を見下ろしていた。背後の夕陽がこのかを染め上げている。その笑顔が、誰かに重なったような気がして、私は目を逸らした。

 視線の先に、人ごみの向こうにジェットコースターへの入り口がある。私は身長制限に引っかかるから、乗れないやつだ、なんて思考を逸らして、頭の中に浮かんだ誰かを追いやる。気が晴れない。晴れて何があるのか。わからない……今すぐ知りたい。

 意識が別の所に飛んでいたせいか、足を出す際に床に突っ掛かって、倒れそうになった。手にかかるお盆の重みが一瞬消えて、慌てて抱えなおせば、乗っているグラスが小さく跳ねた。

 言い知れない不安があった。心の内側に大粒の冷や汗が流れ落ちていくような、嫌な感覚。思わず片手で胸を押さえると、大丈夫? とこのかが覗き込んできた。

 ……大丈夫だよ。

 私は、大丈夫。

 ……でも、このかは?

 

「ううん、ウチも大丈夫や。全然疲れてへんよ」

「でも、このか……このかの」

「?」

 

 私を覗き込む瞳に映る影は。

 影は……黒くて、揺らめいていた。

 うまくは言えない。そうだと断言できる訳でもない。

 なのに私は、それがどこかで感じた事のあるものだとわかって、そしてそれが、このかを無理矢理にそうさせているのだと知ってしまった。

 染み込む水のように、静かに入り込んでくるその認識が、視界を歪ませる。

 きっとこれは、気づいてはいけない事だったのだろう。

 このかが、黒い何かに動かされて、私の相手をしてくれていたなんて。

 

「あ……」

 

 不意にこのかが倒れ込んできた。体中から力が抜けてしまったみたいに。

 両腕を広げてこのかを抱き留めれば、取り落とした私とこのかのお盆が地面で跳ね、グラスが砕ける音がした。靴下ごしに足にぶつかる液体の冷たさが、そのまま体の芯まで冷やしていく。

 だけど、重みと共に受け止めたこのかの体は熱くて、暖かかった。

 う、と呻きながらも、私の体を支えにして立ち上がったこのかは、駆け寄って来た店員を横目で見ると、辛そうな顔で立ち上がった。

 如何なさいましたかと問いかけてくる店員とは私が話し、割れたグラスや何かを引き受けてもらう。申し訳なさそうにするこのかを、近くのテーブルに運んで、椅子に座らせた。

 

「ごめんな、妖夢ちゃん……せっかくお祭り、楽しんでたのに」

 

 だんだん回復して来たのか、額に手を当て、眉尻を下げてそう言うこのかに、気にしてないと頭を振る。それから、目を見据えた。

 その中に揺れる影は、いったいなんなのだろう。……私は、何をしてるんだろう。

 何をどうすればいいのかがわからない。わからないなんて……この学園に来てからはずっとそうだったけど……でも、わき上がるこの気持ちをどうすればいいのかが、一番わからなかった。

 だって。

 嘘だったなんて。

 何を、喜んでいたのだろう、私。

 そもそも、私だって、このかそのものを相手にしていた訳じゃないのに。

 だから、きっと、これはその仕返しのようなものなのだろう。

 彼女の瞳の中の影を斬れば、何事も無かったように、元の彼女に戻ってくれるだろうか。

 一瞬よぎった考えに俯いて、でも、これ以上このかに気をかけさせたくなくて、すぐに顔を上げた。

 馬鹿だな、私。そんな事する必要なんて、もうないのに。

 ……駄目だ。何もわからない。自分がわからない。

 自分が今、ちゃんと椅子に座っているのかも、誰を見ているのかも曖昧になって、窓から差し込む光に照らされ、目元に影を落とすこのかは、このかじゃない誰かに見えて。

 

「自分が思ってるよか、疲れてたんかな」

「……きっと、そうだよ」

 

 このかの言葉に、反射的に答えを返そうとして、掠れた声が出た。

 ……このかの傍にいたくない。

 さっきから、そんな強い気持ちが私の全部を塗り潰して、今すぐにでも私をこの場から立ち去らせようとしていた。

 だけど、そんなの、このかに失礼だ。

 せっかく私に付き合ってくれていたこのかに……そんなの、全部、影がやらせていた事なのに?

 違う。

 違う、それこそ、嘘っぱちだ!

 そう信じたくて、膝の上で拳を握り込む。

 と、窓の外から眩い光が入り込んできて、顔を上げた。

 窓の外、観覧車の向こう。そこに、光の柱が立ち上がっている。誰のかは知らないけど、それが魔力だという事がわかって、誰の目にも見える場所にある魔法の力に、ただ事ではないな、とどこか遠い所で思った。

 席を立った。

 さっきよりもずっと顔色が良くなっているこのかが、どうしたのかと問いかけてくるのに、曖昧に答えて、駆け出す。あれを理由にしてこの場から去ろうと思ったのに、そんな事さえ言えなくて、自分に殺意がわいた。自傷する代わりに吹き上がった闇を纏い、外に出るより早く飛翔する。誰かの驚く声がくぐもって聞こえた。

 外に出れば、大勢の視線が集まる。でも、そんなの、気にしていられない。

 一度空高くまで飛び上がり、今や消えている光の下に先生やセツナの気配を感じて、闇を繰って飛んだ。耳元で唸る悲鳴に似た風の音が、胸の内を掻き乱して、煩わしかった。

 

 

 オープンカフェのような屋根の上に下りれば、先生と戦っていたアスナと、端にいたノドカが私の名前を呼んだ。ついでに、どうしてか半裸の女性の二人組がいて、長い金髪の方が、何者かと問いかけてきた。

 答えた方が良いのだろうか。とても、そんな気分ではなかった。

 それよりもなぜ、先生はアスナに攻撃を仕掛けているのだろう。振るわれる拳や足をハリセンで防ぐアスナが苦しそうにうめくのを聞いて、影が叫んでいる。どろどろと粘着質な何かになって胸の中に流れ込んでくる影。……先生の様子がおかしいから、私まで変になってしまいそうだ。

 アスナのハリセンを受け止めた先生が風の魔法を放つと、魔法はアスナにぶつかり、だけど避けて、四方に散った。余剰の魔力が花びらとなり、私の方へ流れてくる。ほっぺをくすぐるように流れていく花は、何度見ても本物にしか見えなかった。

 傍に倒れている白い丸机と椅子を蹴ってどかし、二人の下に歩み寄る。うつろな目をした先生が何をするより速くアスナがすり足で後退してきて、私の隣に並んだ。右肩から胸にかけて制服が消し飛んでいる。下着が見えてしまっているのに、恥ずかしくないのかな、と思った。

 ……いや、夕日の中でも、アスナの顔はなお赤い。流石に恥ずかしいらしい。

 

「妖夢ちゃん、なんでここに? あ、今ちょっとネギおかしいから、近付いちゃ駄目よ!」

 

 それだけ言って、静かな動きで側面を取ろうとしてくる先生へと、アスナが躍りかかった。重量感のある薙ぎ払いを仕掛け、しかし腕で流され、反撃の掌底を戻した手首で防ぎ、私の方へ弾かれてきた。

 手加減無しの拳法だ。エヴァさんに対してやるような感じの……それより、もっと、強いの?

 

「んっ……」

 

 ぞくぞくした。

 だって、遠慮の欠片も無い攻撃だ。それ、私も受けてみたい。……私もやってみたい。

 ああ、先生、おかしくなってるんだっけ?

 なら、治してあげないと駄目だよね。

 

「妖夢さん……妖夢さんも邪魔するんですか」

「センセ、知ってますか。おかしくなった物は、叩けばだいたい治るらしいですよ」

 

 やる気が届いたのか、先生の目が私を捕えると、体の中心を撃ち抜く熱があって、たまらず息を吐いた。せんせ……おかしい。こんな敵意を向けてくる先生なんて、おかしくってたまらない。

 さっきまであった不安や恐怖が、戦いに向ける昂揚感に飲まれて消えていく。頬が紅潮してしまうのが自分でもわかって、誤魔化すように口元を指でなぞり、頬を擦って、刀を抜いた。

 

「ちょ、ちょっと妖夢ちゃん! 斬っちゃ駄目よ!」

 

 ……それもそうか。

 先生を斬るのはまずい。斬りたいけど、たぶん駄目。なら、峰打ち?

 チャ、と刀を返すと、駄目だってば! とアスナ。

 

「私のこれでぶっ叩けば、治ると思うんだけど、っと!」

「うふふ……」

 

 言いながら先生へと駆け寄って行ったアスナが蹴りを放ち、躱されて反撃を受けてよろめき、追撃の掌底に弾き飛ばされるのに、仕方なく刀を収める。

 それを隙と見たのか、偶々かは知らないけど、先生は私へ体を向け、一息に距離を詰めてきた。

 大きく足を開いての踏み込みと共に放たれた拳を右手で左へ押しやり、膝蹴りを繰り出せば、もう片方の手で受け止められる。ついでのようにもう一歩踏み込んでくると、股の間に足を差し込まれて、動きを制限されてしまった。大胆ね……なんて。

 

「ふっ」

 

 二つの選択肢が見えた。先生の足を踏み台にして飛び、先生の背後を取るか、後退するかの二択。

 特に何を考えるでもなく、受け止められていた足を戻して地につけ、瞬動を行い、後退する。短距離の移動の為、飛び退るのとそう変わらず、距離はあまり取れない。先生は、私の動きに反応して、ざっと足を持ち上げ、息を吸い込んだ後に飛び込むような一歩で踏み込んできた。

 体ごと引き込まれるような呼吸。思わず、体を前に出してしまいそうになるのを抑えながら、(ふところ)に潜り込んできた先生の放つ掌底を胸に受ける。

 

「――!」

 

 背まで突き抜ける衝撃に、一瞬地面から足が離れた。反射的に細めた視界に、腕を伸ばしきった先生の姿。その無防備な後ろ頭へ半霊をぶつけてやれば、面白いくらいにバランスを崩し、私の方へよろめいてきた。

 つまっていた息を吐き出し、瞬時に息を吸う。左腕を上げ、曲げた右腕を胸元に、地面に足を押し付けた勢いのまま片足を高く上げて体を伸ばし、前準備。引き込む動き。

 再度息を吐きながら、同時に上げていた足を地面へ叩き付けて踏み込む。小さな気合いの声と共に拳を突き出せば、先生は幽鬼のような動きで体を回転させ、腕に掠りながらも横を取ってきた。流れるような裏拳は、先生にぶつかった勢いのまま私の後ろへ来ていた半霊が私となって受け止め、押し返す。と、押し返した手はそのままに、私達の間に体を割り込ませるようにして肩ごとぶつかってくる先生に、戻した腕で防ぎつつ、押されるままに後ろに跳んだ。

 少し高い段差の淵に足がぶつかる。……端っこだ。ちらりと後ろを見れば、下は見えないまでも、屋根の斜めと赤色が見えた。落ちた時の痛みを瞬間的に予想して、じんと熱が走るのに笑ってしまう。ほんと、ぞくぞくする。やっぱり戦うのは好きだ。こうしている間なら、何もかもを忘れていられるから。

 目を戻せば、緩やかな動きで私に近付こうとしていた先生がアスナの飛び蹴りに押し止められている。……邪魔だな。

 二人でやった方が良いのに、どうしてかそう思ってしまって、だけどアスナに申し訳なく思う気持ちは高揚を邪魔するだけなので、頭の外に追い出してしまう。

 白楼剣に手を伸ばし、リボンを解く。解き放つのは、先生がアスナに放ったのと同じ風の力。

 ちょうどアスナが飛び退ったところに、魔法を放つ。不可視の魔法は、だけど察知されて、先生は地面に身を投げて横へ転がり、魔法を避けた。後ろにいた二人組の女性に魔法が当たり、申し訳程度に残っていた衣服を花びらに変えた。

 先生が起き上がる前に、体を前に倒し、足裏で妖力を爆発させ、地を蹴って突進。先生の胸に拳を突き込もうとすれば、すんでのところで躱された。握り拳の表面を衣服が擦っていく熱が一瞬の内にあって、通り過ぎた後には、足で地面を擦り、勢いを殺して振り返った。だん、と地面を強く叩く音。先生の足。

 踏み込みと共に再び放たれた掌底を、白楼剣を鞘ごとかざして凌ぐ。があん、と鞘越しに通ってきた衝撃が全て返っていくと、腕を弾かれた先生は大きく体勢を崩した。

 

「つぁっ!」

 

 白楼剣のリボンを解き、風を足に纏わせて追撃の回し蹴り。防御も間に合わずまともに受け、吹き飛んでごろごろと地面を転がる先生の手から、小さな杖が零れた。

 すかさずアスナが攻めるのに、半霊を向かわせて援護する。立ち上がった先生がアスナと半霊の相手をしている内に白楼剣を戻し、再度の瞬動で距離を詰める。爆ぜた地面の破片が一粒、足に当たった。

 

「はっ!」

「たあー!」

 

 背後の半霊に気をとられている先生に、私とアスナの前蹴りが炸裂した。顔を歪めて後退しようとする先生の足を思い切り踏んづけ、アスナに視線を送れば、こくりと頷いて返される。……伝わったのかな。

 

「とりゃーっ!」

 

 小気味良い音が響いた。

 先生の横を駆け抜けざま、その額をアスナがハリセンで叩いた音だ。

 ハリセンを振り抜き、そのまま数歩進んで止まるアスナが先生の後ろに見える。

 何かの力の作用か、先生の体が薄く光って、まるで魂でも抜けるみたいに、魔力の靄が抜け出していく。

 それが、光の柱と同じ魔力だと気付くのに、そう時間はかからなかった。

 仰け反っていた先生の目から、妖しい光が消える。と、あれ? と先生が呟いた。

 前後不覚なのか、ふらつく先生の体を戻ってきたアスナが支え、そこにノドカも走り寄って来る。先生には、さっきまでの記憶は無いようで、アスナの怒りように困惑しているようだった。

 私はと言えば……戦いの高揚が抜け、波が引いた後のように心に空いた穴に虚しさを覚え、そこに流れ込んでくる気持ち悪い影に吐き気を催し、気を逸らすために、壁際に座る二人の女性を眺めていた。

 

 遠くに、このかの声が聞こえた。

 すぐ目の前。この屋上へと出る扉が勢い良く開かれると、息を切らしたこのかと、ハルナの姿。

 駆け寄ってくるこのかを前に、私は痛む胸を押さえて、俯いた。


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