体が小さく跳ねて、地面にぶつけられた衝撃で私は目を覚ました。
ドッドッと大きく脈打つ心臓に、一緒になって背中まで小刻みに跳ねるのに呻くと、肺がぎゅうっと締め付けられるような感覚に悲鳴が漏れた。
ヒュ、と吸い込んだ空気の中に紛れた悲鳴は、アスナが先生を呼ぶ声に負けて消える。
その声に意識を傾けると、途端に、周囲の音がどんどん大きくなって、普段と同じくらいに音を感じ取れるようになった。
体中が薄汚れている。露出した足や腕にざらざらとした砂のような物を感じて、そんな感想を抱きながら手をつく。上半身を起こそうとして、力が入らないのに腕が滑り、あごを打ちつけて呻いた。
指の先まで感覚はあるのに、曲げる事だってなんとかできるのに、寝起きの体のように力だけが入らない。
「――! よ、妖夢ちゃんっ!?」
馬鹿でかい声が上から降ってくるのに顔を顰めて、なんとか手に力を入れようとしながら地面を掴む。固くて、ツルツル。掴みどころが無いとはこの事か。
とにかく体を起こそうと足の先で地面を掻き、肩を擦りつけて少しだけ胸を浮かばせる。くすぐるように頬にかかる髪が煩わしい。ふー、と体の中の熱を吐き出すと、その髪が揺れて、口の中に入ってくるのにすぐ吐き出した。
「しっかりして! 大丈夫!? よ――え?」
必死に私に声をかけるアスナに答えようとして、ぐいと腕を引っ張られるのに頭が揺れる。無理矢理立たされた。掴まれた二の腕が痛むのにそちらを見れば、半透明の私が、冷ややかな目で私を見つめていた。
……はんれい?
アスナの戸惑う声。いや、アスナだけじゃない。みんなの声が、遠くに聞こえて……だけどそれは、私の中で渦巻きながら大きくなっていく歓喜に、追いつかなかった。
今がどうなっているのかも忘れて、波のように打ち上がる喜びに震える。
半霊。半霊だ。帰ってきた。いや、取り戻した? ついに。
私、なるんだ。
ううん、戻るんだ。
「――ぃ、ぎ!?」
ブチ、と何かがちぎれる音がした。私の背中から。私の、体の中から。
肉や骨の奥、もっともっと深い場所で起きた痛みに目を見開いて、広くなった視界の端に見えたものに、唖然とした。
繋がっている。
私と、半霊が。
それは、なんらおかしな事ではない。半霊はそのまま、私の半身。感覚ならば、繋がっていておかしくない。
だけど、私の姿をとった半霊の下半身は、お腹より下が揺らめいて黒く染まりながら、私の背中に繋がっていた。
全部は見えないけど、きっと、そう。
「あ゛っ、あう!」
ブチブチ、ブツリ。
半霊が腰を引くようにすると、深い所で何かが引っ張られてちぎれていく。
私の中の大事なものが引き裂かれて、剥がされていく。
抗えない激痛に背を丸めれば、半霊に押されて体を戻された。
私の顔を覗き込んでくる目に色は無く、生きているようには見えなくて、でも、何かを考える前に痛みが思考をばらばらにする。
何か大きなものが、私の真ん中に通っているものから抜け出そうとして、体の内側の色々な所に引っかかっている。それとは別に、細く、冷たく、緩やかに抜け出ていくものが大きいのの傍にあって、それが体の外に出て行くたびにぞくぞくと体が震えた。
なんともいえない感覚に、半開きになった口から舌が出ると、半霊は、私の頬に手を添えて、親指で舌を口の中に押し戻してきた。
そのまま、痛みでうめく私の口の中に指を置き続ける半霊に、何も言えず、何も考えられず、どれくらいかして。
ようやく全部が抜け切ると、知らずの内に膝をついていた。
背中が痛くて、体の中がカミソリでずたずたに引き裂かれたみたいに痛くて、泣き出してしまいたくても、傍にいる半霊が私を見下ろしているせいで、泣くに泣けなかった。
だって、泣いているところなんて、私に見られたくない。
私の動きを真似するように一緒に膝をついた半霊が、見せつけるように私の口内から指を引き抜くと、僅かに光の糸が引いて、私達の間に落ちていった。
いつの間にか痛みは引いていて、残ったものも、洪水のようにどこかから流れ込む喜びに流されていく。
降り注ぐ雨が、私と半霊を取り巻く影に消される音だけが耳に響いて、私は嬉しくなった。
半霊が動く。
傍に転がっていた私の刀を拾い、私の手を掴んで手のひらを上に向かせ、そっと乗せてくるのに、力強く握る。
どこかで何かが破裂するような音がした。物と言うより、空気か何かが叩かれた音。
立ち上がって音の方を振り仰げば、空に、先生の姿があった。淡い光に包まれ、雄叫びを上げながら杖を片手に黒い怪物に向かって行き、殴りつける。
吹き飛ぶ怪物に追いすがり、殴って、追って、殴って。
先生、凄い。
喜びの感情の中に、そんな言葉が浮かび上がって、だけどすぐに消える。
迎撃態勢をとった化け物を前に、先生はまるで何も考えていないかのように正面から飛び込んでいく。あれでは殺して下さいと言っているようなもの。
怪物の口の中に光が満ちる。巨大な魔力。魔力に似た何か、別の物。それを使った魔法。
先生が危ないのに、喜びにまみれる心に呆然としていると、私の背に覆いかぶさるものがあった。半霊だ。感覚で理解するより速く、半霊の手が私の後ろ腰に括り付けられた白楼剣からリボンを引き抜いて行く。
時が止まった。
落ちてくる雨の粒の一滴一滴が視界いっぱいに広がって、遠くの空、黒い雲のすぐ傍で化け物が口を大きく開いている。人の頭よりも大きく膨れ上がった光の玉が少しだけ顔を覗かせているが、吐き出そうとしているのではなく丸呑みにしようとしている風に見えて、笑ってしまいそうなおかしさが心の下側をくすぐっていった。
するりと再度、白楼剣のリボンを引き抜かれるのに体が揺れる。そうして揺れている間にも、半霊が後ろから私の腰に手を回して、刀を持つ手と持っていない方の手をそれぞれ掴んだ。腕に押し付けられたリボンが溶けて消えると、膨大な魔力が体の中に流れ込み、う、と声を漏らす間に楼観剣へと流れていく。そう感じている間に、半霊によって私は変な構えをとらされていた。
右手は楼観剣の柄を、それこそ鍔に手を押し付けるくらいしっかり握って、刃を上向きにした刀を空へ、化け物へと斜めに持ち上げる。左腕を軽く曲げ、支えるように峰をしっかり握る。刀身を染め上げて輝かせる程強大な魔力は、刃先へ向かい、その先で球体となって膨れ上がっていた。まるで化け物の口にあるもののようで、だけど、まるきり違う破壊の魔法。
金色の魔法陣が球体を押し出すように大きく広がる。私よりも大きな黄金の円。漏れた魔力が雪のように私の方へ流れてくる。
そうやって驚いている間に、私の隣に並んだ半霊が、今度は自分の白楼剣からリボンを引き抜いて同じように構えた。刃先に膨れ上がる魔力も、私と同じ黄金色。
半霊が足を開き、腰を落としてどっしり構えるのにならって、同じように構えると、魔力が限界まで溜まったのがわかった。後は放出するだけ。
「――――っ!!」
刀身に張る力に体が強張り、だけど、期待もあって。
ついに、光があふれた。体に返ってくる衝撃はとんでもなくて、構えていたのに、ざりざりと少しずつ後退してしまう。
でも、支えた刀はぶれない。
止まった時間の中を、二つの光が伸びるようにして飛んでいく。金色の極光。極まった光の魔法。
通過した場所の雨を全て消し飛ばしながら、やがて光線は先生と化け物がいた場所を飲み込んだ。
だけど心配する事は無い。先生は、黒髪の少年に抱かれてその場から離脱しようとしている真っ最中。当たる恐れは、たぶん無かった。
瞬間、時間が動き出す。魔法の直撃とほとんど同時。数秒にわたり魔力を放出すると、やがて光線は根元の方から細くなり、消えた。
穿たれた雲が、その部分からだけ光を降らせている。ベールにも見える光の中に、黒煙を上げて浮かぶ化け物の姿があった。
殺せなかった。
でも、いい。
だって、凄く気分が良い。気持ち良い。
抜けた魔力を補うように、刀を伝って体の中に入り込んでくる清々しい空気が、熱くなった体を一瞬冷ます。
でもすぐ熱に浮かされて、私は笑った。
揺らめくようにして人魂のような形に戻った半霊が私の周囲を飛び、顔の横で浮かぶ。背後に聞こえるアスナの呆然とした声が、余計に私の感情を押し上げた。
完成した。
何が、と問いかけてくる心に、私がよ、と短く答える。
私が完成した。
それは、とっても素晴らしい事だ。
だって、もう、私だ。私は妖夢なんだ。
妖夢なら、どれ程斬っても変じゃない。むしろそれは誇るべき事。
そしてもう、『あんなもの』は知らない。
どこか暗い部屋で、遠く懐かしい死体に、
刀を握ったまま両手を広げると、黒い影が霧のように広がって、そうすると、頭の中がすっきりした。脳の隙間に入り込む邪悪な何かが気持ち良くて気持ち良くて、ああもう、ああもう、ああもう。
「っ、ひぃ!」
空気を吸い込みながら刀を振るう。跳ね飛ばした雨が地面にぶつかってビチャビチャ音をたてた。悲鳴染みた声が喉の奥から漏れて、私は、空を見上げた。
元から黒かった体をいっそう黒くした化け物が私を見下ろしている。だらんとさせた長い両腕や足が、震えているのがここからでも見えた。
下りて来ないの?
心の中で問いかけて、答えが返ってこないのに、仕方がないから、私が行く事にする。
体の中から吹き出す闇を纏って飛翔した。
雨が私に降り注ぐ。影に遮られて、小気味良い音をたてる。化け物は動かない。
私が、雨の降らない場所に入り込んでも、化け物は震えているだけ。
いいの? 斬っちゃうよ?
刀を振りかざしながら、化け物の正面へと躍り出る。おもちゃみたいな化け物の顔が、ようやく私の方を見た。僅かに開いたままの口から魔力の残滓が漏れて、ついでに「オオ……!」と変な声も聞こえてきて。
遅い。
遅いよ。
長い腕が振るわれた時には、もう、肩から腹まで斜めに斬りつけていた。
ザリザリと鉄のような光の膜を削るだけの刀。攻撃は、届かない。化け物の腕も、身を屈めるような形になった私の頭上を通過していく。
恐ろしい風がカチューシャのリボンを引っ張って、髪も頭も痛かった。
「おかえし」
「ヌオ……!」
チャッ、と両手の内で刃を返した刀で、今度は逆に腹から肩までを斬り上げる。腰にスゥッと入った刀の感触が手に伝わると、ざわざわ胸がざわめき、悲鳴を上げたくなるような喜びが暴れまわった。
だけど、振り切られたままの腕に邪魔されて、ちゃんと斬れない。
それでも刀は振り切る。化け物は、腕に力を込めて、薙ぎ払いを仕掛けてきた。
振り上げた刀の勢いに任せて上昇し、足をお腹にくっつけるくらいに畳んで腕を避ける。風に煽られて体勢が崩れそうになったものの、すぐに立て直す事が出来た。
胸を張って体を反らし、頭の後ろまで刀を振りかぶる。
「あっはぁ!」
堪え切れない笑いが口から飛び出すのと同じくして、急降下しつつの唐竹割。咄嗟に首を傾けた化け物の角を難なく断ち斬り、そのまま巨体を股の下まで刀を滑らせた。薄く見える魔力にほとんど跳ね返される。さすがに硬い。
刀に振り回されるように一回転し、その後は一直線に地面へと向かう。ゴウ、と私に纏わる闇にぶつかってくる魔力は、たぶん化け物の追撃だろう。私に魔法は効かない。奴は私の後を追う他ない。
広い視界に、私が下りようとしている場所の少し遠くに先生と少年の姿があるのが見えた。なにやら取り込み中にも見えるので、着地してすぐ、先生達とは逆の方向に飛ぶ。
直後に腕の先から飛び込んできた化け物が地面を破壊し、瓦礫を舞い上がらせた。蜘蛛の巣状に入ったひびが飛び退いた私の足元まで広がってくるのに、相当腕力が高いのだろうと予想する。
まあ、見た目からして化け物だ。その分、とても斬り甲斐がありそうなんだけど。
「ふっ、ふっ、ふ」
「……ふぅ。まさか、まさかだよ……私の拳を受けて、君のような幼い少女が、まさか生きているなど……」
肩を跳ねさせ、息を吐くように笑う私を前に、化け物は老人の姿に変身してそう言った。……ああ、ひょっとして、老人があの化け物になっていたのかな?
まあ、そんな事はどうでも良い。
気分が良いから、なんにも気にならないの。
「くふふ、私が死ぬ訳ないじゃない。私は、強いですからね。ふ、ふふ、お前は、ここで私に斬られておしまいなのよ」
「むぅ……! はっ!」
胸の前で拳を構える――ファイティングポーズと言うのだったっけ――老人に反応して、足裏に妖力を集中、肩に刀を担ぐようにしながら、瞬動をした。
真正面から飛び込んでいく。頭を狙って飛んできた光線パンチは、顔を傾けて掠らせながら躱す。一歩間違えれば頭が破裂してしまうだろう、このスリルがたまらない。
ああ、いい。いいよ、これ。私、これ、好き! 戦うの、好き!
背後で起きた爆発に勢いを増して、老人の前へ瞬く間に移動する。控えていたもう一本の腕が私の顔を狙うのが見えて、私は、心の中でふっと鼻で笑ってみせた。
同じ攻撃が通じるか。
上げていた足を、勢い良く地面に下ろす。叩き付けるように、踏みつけるようにすれば、当然体は引っ張られて、ぐんと体が深く沈み込む。逆立った髪の先を拳が過ぎ去って行く感触がたまらない。
最初に私に放たれた腕が引き戻されていくのを目だけで見上げながら、未だ伸ばされたままの腕へ、さっきのを踏み込みにして斬りつける。右へ振り切った刀が腕を弾いて、老人は体をひねるような形になった。その隙を逃す手は無い。返す刀で再度斬りつければ、僅かに筋肉を裂く心地良さが手に返ってくる。
にやにやが止まらない。嬉しくて楽しくて、だってほら、斬った空間も老人の体の中にまでも、桜色の光の帯が通って行く。きれい……これが、戦いというもの。こんなに綺麗で素敵なもの。
左へ振り切る刀に任せ、回転。遠心力を乗せた回し蹴りを老人に見舞えば、右へ体を捩っていた老人は、今度は左に体を持って行く羽目になった。半歩下がるのを視界に収めつつ、追撃にもう一閃。サァッと布と肉が裂け、鮮血が飛び散る。
瞬間、老人が下げていた足を戻し、私の前へ踏み込んできた。振り切ったままの私の胸に、老人の拳がめり込んで、まるで車にぶつけられたみたいに吹き飛ばされる。
視界が白んで、体中が何かにぶつかる衝撃に揺れて。
跳ね上げられた中で視界を取り戻した私は、痛みを抱えたまま体をひねり、両足から綺麗に着地した。膝を曲げ、屈伸。勢いの全てを地面に逃がす。
喉を昇る塊に息ができないでいると、口の中にあふれた鉄臭さに、ごぷ、と口から赤い水が漏れた。
血。血が、私の胸元を濡らす。胸元のリボンを赤黒く染め、重さに揺らす。
痛い……いたいよお……。
お胸が、痛いの。じんじんして、じくじくして、ずきずきして。
ああもー、ほんと、最高。
「妖夢さん!」
「おおー、大丈夫かチビ剣士!」
先生達が声を上げながら駆け寄ってくるのに、立ち上がって、そちらを見る。
心配そうな顔。雨に濡れた髪。血の気が引いて青い顔。水滴の伝う髪。
先生……。
声を返そうとして、口の中に満ちる血に邪魔をされる。ごくんと飲み込むと、私の下まで来た先生が、だ、大丈夫ですか! と私の腕を掴み、背中に手を当ててきた。
そんなの、当然だ。
だって、だって、びりびりってするの! 体の中があっつくて! わたし、わたし、戦うのがとっても楽しい!!
「おいネギ、やっとる場合やないで!」
「あ、だってコタロー君、妖夢さんが……!」
「んなもん後や! おっさんはまだピンピンしとんのやで!」
「そ、そんな言い方ないじゃんか! 妖夢さん、歩けますか?」
「だーもう、見てみい! そいつむっちゃ笑っとるやんか! どー見ても平気やろ!」
ふ、ふふ……何やってるんだろう、この子達。
あわあわと私を見る先生に、老人と先生と私と、
それがなんだかおかしくて、口に手の甲を当てて笑う。口の中で蠢く血が、舌の上を滑って、にちゃりと音をたてた。
笑ってるのは、当たり前だ。だって、先生!
「ぐ、……お、終わりかね、ネギ君……先程のは、なかなか良かったと思うんだがね」
「くふ、は、あはは……」
おかしくておかしくて、笑い声を押さえようと胸に手を押し当てて必死にやっていると、先生に肩を軽く押された。薄目を開けてみれば、妖夢さんは下がっていてください、と言いながら、老人へと向き直る先生の姿。その前をひょろりと半霊がよぎっても、先生は気にする余裕が無いのか、それとも目に入らなかったのか、コタロー君とやらと二言程交わして……。
私が笑いを押さえている間に、どんどん事態が進んでいく。
苦し紛れに振った刀が雨を弾き散らし、上げた顔の先で影が蠢き、私の周りをくるくると半霊が躍る。
雷が落ちた。
ビシャアンと、すぐそばに。
それは、先生の魔法。先生の、雷の魔法。
コタロー君と協力して老人を攻めた先生が、踏み込んで肘打ちし、よろめかせてから放った回避不可能の一撃。
涙で滲んだ視界でそれを見ていれば、落ちた雷がバチバチと四散し、その一部が私へと流れてきた。なんだろうと見ていれば、足を這い上り、白楼剣へ染み込んでいくのに、ああ、奪ったんだな、魔法、と納得する。
「ぐ、オオ……!」
「はあっ、ふー……」
体のいたるところから黒煙を上げて、それでも立っている老人……いや、魔法の光の中で変身し、今は化け物、か。口からも煙が吹き上がり、体も脱力しているように見えるけど、まだ立っている。
「マ、マダ、ダ……!」
「……!」
震えながら低い声を発する化け物を前に、油断なく構える先生。
だけど、赤い光の灯った目が射抜いたのは、私だった。ぐわんと動いた顔が私を補足し、予備動作無しで飛びかかってくるのに、緩く腕を上げて構えとも言えない構えをとる。
まあ、立っているのを見た時から、なんとなく来ることは予想していた。
だって化け物は、私を殺さなきゃいけないみたいだったけど、私はまだ生きてるから。
きっと私を殺すまで動くんだろうな、なんて思っていた。
その予想は、どうやら大当たりのよう。
笑いが収まらないせいでせっかくの得物を盗られてしまうかと思ったけど……運が良い。
反応した先生が化け物を追ってくるのがわかる。コタロー君とやらが、遠くから光弾を飛ばしてくるのも見えた。その二つが、目の前まで来た化け物に遮られる。
叩き付けるような一撃。
回避も防御も行わない私の胸……というより、体に、巨大な拳が突き刺さる。
その衝撃に体がばらばらになってしまう前に、再び時が止まった。
ぶわ、と吹く強い風に服がはためくき、髪の毛が吹き上げられる。服を
当たる瞬間に時間が動き出す。
「オ……!」
どれ程の衝撃だったのだろうか。跳ね飛ばされたように、即座に空へ吹き飛んでいく化け物は、斬られたというより殴られたと表現した方があっているような気がした。
じゃあ、これで、斬ろうかな。
白楼剣からリボンを引き抜く。リボンはすぐに溶けて、パリパリとこそばゆいような白い魔力が手に宿る。
鞘に手を添え、柄に手を触れて雷の魔法を刃に送り、腰を低くしてから握り込む。
「衛星斬」
ぽつりと技名を呟く。たぶん、これは、その技。
たくさんの妖力を流し、足裏で爆発。瞬動を使って、遠く、雲の散った星空へ吹き飛んでいく化け物を追いかける。
ぐんぐんと距離は縮まっていく。あっという間に、黒く大きな怪人は目の前に。
斬れる。
そんな言葉と喜びが体の中で爆発し、同じく爆発するように抜刀した。鞘の中で暴れて弾けた雷の魔力が刀を後押しする。
一瞬だった。
見た目の強靭さも、その身を守っていた魔力も無視して、刀が化け物を左右に両断する。
勢いのまま化け物の横を擦り抜け、でも、そこで私の体は止まった。ちょうどいい。半転しつつ刀を振り抜いて、さらに化け物を斬る。
斬る。斬る。斬る。
めちゃくちゃに、右に左に、上に下に、斜めに横に。
気分のおもむくまま、刀の走るまま、化け物をばらばらにする。
残念。硬いこの感触は肉や骨ではない。まるで石のようで、残念だ。
でも、楽しい。刀を振るのが楽しい。桜色の光が縦横無尽に駆け巡り、化け物を蹂躙するのが、楽しくてたまらない。
「つぁっ!」
右上へ、刀を振り抜いた。それで最後。
奇妙にも無傷の頭と目が合って、微笑む。
細切れになった化け物が声も無く落ちていくのを、私も闇を繰って追った。
地面に下りる。ボトボト落ちる化け物の残骸と共に。
最後に、残骸の傍に転がって立った頭が、何か言葉を発しようとするのに、白楼剣を引き抜く。
「妖夢さん!」
刃の根元に結ばれたリボンを引っ張る。ほどけない。
一度にたくさん魔法を放とうとすると、リボンを解くのは難しくなる……なんてのはもう、夢の中で体験済み。
握り込んだリボンを勢いよく引き抜き、全ての魔法を解放する。
風も岩も炎も水も雷も。それぞれの魔力の色が交じり合い、眩い光となって、私の手に纏わるのに、白楼剣を振り上げる。追うようにして、楼観剣も、頭の後ろへ。
ぽぽぽ、と間抜けな音と共に、遅れて最近手に入れたばかりの魔法が解放される。
八つの光弾。色とりどりの光が私の周囲を回りながら上り、全ての魔法が白楼剣に流れ込むのを見てか、光弾の全てが同じように白楼剣の刀身に立ち上る光へと溶け込んでいった。
ついでに、楼観剣に溜まった力も解放すれば、頭の後ろで交差させた二本の刀は、虹色と桜色の光で辺りを照らし、光の線を撒き散らした。
駆け寄ってくる先生の気配に、危ないよ、と声をかけつつ、息を吸い込む。
――断霊剣。
「
交差させた二刀を振り下ろした先で、光の柱が立ち上がった。