なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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性懲りもなくライダーネタ。微クロス?
前話の後片付け話になってしまった。
なので今話では何も進展なし。
悪魔編に突入すらしていない。

読まない人用の今回のお話。
昨日のお話を先生と。
昨日の岩場に遭難者!?
遭難者が帰るお手伝いを先生とした。
先生と遊ぶ。
帰りの飛行機はやっぱり怖い。

次話は明日中に投稿します。
今度こそ悪魔編に突入できるといいなあ。


第二十九話 みちの先には

 意識が浮上する。目をつぶったまま布団の中で手を動かして、かぶっていた布団を少しずつ、時間をかけて首元までずらし、顔を出す。まぶた越しに目を焼く光が、朝の到来を告げていた。

 微睡みの中に揺蕩い、しばしの間、幸せな時間を過ごす。段々目が冴えてくると、丸めていた体を伸ばして、ぐっと伸びをした。布団の外にはみ出た足が少し寒い。それはきっと、布団の中がとても暖かいからなのだろう。それとも、南の島も朝は気温が低いのだろうか。

 うつ伏せに転がって布団に手をつき、体を起こす。と、ふんわりと良い香りがした。バニラみたいな、香水のような香り。夢の残り香。

 擦るように正座して、力が入らないから、猫のように背を丸めたまま目を擦る。滲んだ涙が手の甲を濡らして、その熱さに、ふあーあとあくびが出た。

 ん、おトイレ……。

 下腹部に感じる重みにベッドから下りようとして、その体勢のまま足を伸ばす。……あれ。淵に届かない。

 ちょいと顔を上げれば、ベッドの淵は手の届かない場所にあった。

 ……ああ、これ、私のベッドじゃないんだった。

 緩やかに頭を振って眠気を飛ばす。ここは、私に割り振られたホテル――正確には、ホテルではないらしいけど――の一室、300号室だ。一人で眠るにはとても広いお部屋で、昨日は疲れていたのに、しばらく寝付けなかったのを思い出す。でも、一度寝入ればぐっすりだったらしい。カーテンの隙間から見える外はすっかり明るくて、どうやら私は寝坊してしまったようだ。帰る前にもう一泳ぎでもしようと思っていたのに。……あ、腕時計。

 腕時計の存在を思い出し、寝る時に外して枕元に置いておいたのを探って時間を確認すれば、まだ八時前。帰るのはお昼過ぎだから、まだ十分時間はある。

 ベッドから下りてトイレに行き、用を足してから、備え付けのシャワーを浴びて水着に着替える。上から一枚羽織れば陸で行動する分には問題ないだろう。パーカー付きの薄い服を着て、前を閉める。歯を磨いたら、ベッドに立て掛けておいた楼観剣と白楼剣を体に括り付け、準備完了だ。

 外に出れば、強い日差しが私を出迎えた。照り返す海の青も、ずらっと並ぶ家屋も、日常からかけ離れていて、一気に私の心を浮き足立出せてくれる。

 高揚する気分のまま走り、大きな建物でお手伝いさんに頼んで軽食を用意して貰うと、すぐに口に詰め込んで砂浜に出た。案の定、みんな遊んでいる。昨日もそうしていたというのに、それ以上のはしゃぎようが遠目にもわかった。なんだかこっちまではしゃぎたくなってしまう。

 さて、と浜を歩きながら視線を巡らせ、先生の姿を探す。昨日はあんまり話ができなかった。そもそも先生、まだアスナと仲直りできてなかったみたいだし、あの怪物達の事、ちゃんと聞けてない。

 備え付けられたパラソルの下にある白い丸テーブルに上着を置いて、いざ出陣。えいえいおー、だっけ。昨日聞いた短い歌のような物を口ずさみながら何人も集まっている所に歩いて行くと、気付いたクーフェが挨拶するのに、そこにいたみんなが反応して、口々におはようを投げかけてきた。跳ね上げられた風船みたいなボールが私の下に落ちてくるのを受け止めてから、挨拶を返す。それから、手近な……えーと、名前が出てこないクラスメイトの一人に投げ返す。

 

「ぅおはよっ!」

 

 ボール遊びをしていた人達の傍に座っていたマキエが、立ち上がってすぐ駆け寄ってくるのに身構えると、手を伸ばしていたマキエは、私の目の前でブレーキをかけて止まり、おっとと、と恥ずかしげに太ももや足の砂を払った。

 

「よーむちゃん、一緒にビーチバレーしない? 楽しいよー!」

 

 小さくジェスチャーを加えつつ誘ってくるマキエにとりあえず挨拶を返し、遊びの誘いを断る。残念そうにするマキエに、今度はこちらが質問した。

 

「……え? 岩場? えーっと、ごめん! なんの話かな?」

「……忘れたの? 昨日、三人で泳いでいった場所」

「あ、あーあー、あれね! あはは、インパクト強すぎて逆に忘れちゃってたよ」

 

 言葉足らずかもしれない私の説明に、マキエは頬を朱に染めて後ろ頭を掻いた。忘れてた理由は意味がわからないけど、あれがどうかしたの? と聞かれるのに、もう一度行こうと思って、などとは言えず、少し気になって、と取り繕った。

 あの大きな岩場は、遠いといってもその大きさだ。浜から見える位置にあったはずなのに、ここに来るまで海を眺めていても、それらしいものがどこにも無い。場所を間違えているのかと思って、聞いてみたのだ。

 

「んー、あ、あれじゃない?」

 

 マキエは海を見てすぐ、斜め左の向こうを指差した。そっち? ……うん、確かに岩っぽいのはあるけど、でも、あんなに小さくは無かったはず。

 ……しかし言われてみれば、あそこだったような気もして、首を傾げる。それにしては、小さな岩だ。まるで縮んでしまっているかのようで、その分、遠くにあるのに目を凝らす。

 ……?

 あ、あの岩の上、誰かいる。

 

「え? ほんと? んー、見えないけど……妖夢ちゃん、目ーいいねー」

 

 そう伝えると、マキエは目の上に手をかざして沖を見て、そう言った。私の目がいいかどうかは知らないけど、どうやらマキエにはあれが見えていないようだ。

 昨日の怪物のどれかがまた現れているのかと思ったけど、違うみたい。普通の人間に見えた。

 でも、水着姿ではない。薄手の服を重ね着しているみたいだ。その場で膝を抱えて、ぼーっと海を眺めている。しかし、急に立ち上がったかと思えば、上着を脱ごうとして、途中でやめて。頭を乱暴に掻くと、海に飛び込もうと勢い良く走り出そうとして、急停止して、座り込んだ。せわしなく辺りを見回したかと思うと、がっくり項垂れて膝を抱える体勢に戻る。

 ……あの人、何やってるんだろう。

 まあ、たぶん私には関係のない事だろう。あんなに小さな場所になって、さらに人がいるのでは、もう怪物も妖怪も現れそうにないから、先生でも探して話をしようか。

 岩の場所を教えてくれたマキエに軽く頭を下げて背を向け、歩き出す。

 

「あ、まってまって!」

 

 と、腕を掴まれて止められた。何事かと振り向けば、私の肩に手を置いたマキエが腰を折って、私の体をじろじろと見てきた。

 ……いや、ほんとに何?

 

「うん、怪我は治ったんだね。良かった」

 

 ……怪我って、火傷や打撲の事か。あんなものは、一晩寝れば治る。

 しかし、心配してくれた事は素直に嬉しい。ちゃんとマキエに体を向けて、ありがとうを言う。

 

「――っ!!」

 

 するとマキエは、びっくりしたように目を丸めて、かと思えば勢い良く抱き付いてきた。

 なんだと思う暇もなく乱暴に頭を撫でられるのに、んぅ、と変な声が出る。

 

「もおー! かわいいんだから! このこのっ」

「ま、マキエ? ちょっと、ちょっ、うう」

 

 ぐりぐりと頭に顔を押し付けられると、流石にちょっと困ってしまう。でも、悪い気があってしている訳じゃないのはわかっているから、遠慮がちに声を上げると、あ、ごめんね? とすぐに離れてくれた。

 

「ふふー、遊びたくなったら声かけてね。妖夢ちゃんならいつでも大歓迎だよ! あ、それと、麻帆良に帰ったら、豪華賞品、楽しみにしといてね」

「……一位はアキラさんだったよね」

 

 豪華賞品って、競争の時の話か。

 私の問いに、マキエはどこか困ったように笑って、アキラさんには既に商品を受渡し済みだと言った。

 ではなぜ私にも豪華賞品とやらをくれるのかと聞けば、がんばりましたで賞だよ! と元気良く返された。

 ああ、そう。

 まあ、貰えるものは貰っておこうかな、と考えつつ、マキエと別れて、先生を探すために歩き始めた。

 

 先生は、案外すぐに見つかった。

 すぐ近くの岩場の裏で、このかやアスナ、それからセツナと一緒に遊んでいたからだ。ん、どうやらアスナとの仲直りは無事に終わったらしい。

 おはようの挨拶を交わした後、先生に寄って行って、問答も無しに腕をとる。え、なんですか? という先生の声も無視して、「少しの間借ります」とアスナに告げた。

 

「あーいや、別に私に言わなくてもいいけど……」

「なんや妖夢ちゃん、ネギ君と遊びたいんか?」

 

 「え、ちょ、ちょ」と意味のなさない声を上げる先生をぐいぐい引っ張りながら、アスナとこのかにてきとうに返事をして、浜に上がる。どうしたんですか、と先生が聞いてきた。どうしたも何も、昨日の怪物や妖怪の話の続きだ。

 

「……はあ。えと、すみません。ちょっと話が見えてこないんですが……」

「…………」

 

 先生、昨日話した事、もう忘れてるんだ。

 私の話、全然大事に思ってなかったんだ。なんだか悲しくなって先生を睨みつけると、あわあわと慌てて必死に思い出そうとして、最終的には、先生の頭に寝そべるカモ君が助け舟を出して、ようやく思い出したようだ。

 ふん。思い出したからといって、私の機嫌が直る訳では無い。

 私が痛い思いをしたって、先生はどうだっていいって言うんだ。先生、そういう人だったんだ。

 半分冗談交じりに非難していると、どんどん縮こまって涙目になる先生。……クラスのみんなが、先生をかわいいって言うのも、なんとなくわかる気がした。

 

「昨日は、アニキ、姐さんとの事で思い悩んでたんだ。大目に見てやってくれねーか」

「カモ君……!」

 

 再び助け舟を出したカモ君の首根っこを掴み、海に投げ捨てる。わああと声を上げて海に沈みゆくカモ君を助けに行こうとした先生の前に水を押し退けながら回り込んで、目を合わせた。たじろいで足を止める先生に詰め寄る。

 先生、カモ君に頼る前に、私に言う事、あるよね。

 

「あ、あの、妖夢さん?」

「……センセ?」

「あうう、ご、ごめんなさい!」

 

 私の名を呼ぶ先生に逆に呼びかけると、勢い良く頭を下げて謝罪してきた。おっと危ない。咄嗟に一歩引いて距離をとる。危うく頭突きされる所だった。

 流石、先生だ。生徒相手に謝るフリして不意打ちするなんて、見上げた根性ですね。

 

「えっ、ち、違いますよう! ほんとにごめんなさい。ちゃんと覚えてなかった僕が悪いですよね……」

「……ええ、そうですね」

 

 困ったように言う先生に、本当はそこまで責めるつもりじゃないんだけど、とりあえず便乗してうなずいておく。

 先生はしょんぼりとして肩を落としてしまった。

 う。

 ……こほん。

 お遊びはここまでにしよう。

 意外と上手く波に乗って泳いでいたカモ君を拾い上げ、先生の頭に戻してあげると、「あ……」と顔を上げた先生が、私を見て顔を綻ばせた。

 せっかくアスナと仲直りしたばかりなのに、落ち込ませてしまった事に罪悪感。先生の笑顔を見て、そんな気持ちになった私は、誤魔化すように、もう一度昨日の話を先生にした。

 先生は真剣に聞き入って、話が終わると、顎に手を当てて真剣な表情で考え込んでしまった。

 さっきとは違って、今度は、頼りな先生の顔。宝石みたいに綺麗な瞳の奥では、何を考えているのだろう。教えて欲しいな、なんて思ってしまう自分が体の中のどこか隅っこにいて、この目を取り除けば、その奥の考えが見れるんじゃないかと考えていた。

 寄せては帰る波に、浸かる足が揺らされて、ゆらゆらゆらゆら、体が揺れる。日差しだって、頭や肩を焼いて、存在を主張している。波の音と、遠くに聞こえる女性の声が、これが海なんだな、って感じの雰囲気を作り出していた。

 ……あ、これ、昨日も思った気がする。

 それで、先生はいつまで黙っている気なのだろう。

 目を伏せたり、小さく首を振ったり、「でも……」と呟いたり、先生の中ではどんどん考えが進んでいっているみたいだけど、待たされる私は退屈だ。でも、先生の前から離れて泳いだりなんかできないし、待ってるしかない。

 ね、とカモ君に声を掛けると、先生の頭の上でぐでっとしていたカモ君は、僅かに頭を上げて、その動作でバランスを崩したのか、ころころ転がり落ちてしまった。

 水面に叩き付けられるその前に体を掴んで止めてやると、ほっと息を吐く。……カモ君、体熱い。先生の頭なんかにいると、ずっと陽の光を浴びてしまうからだろう。

 冷やさないと焼肉になってしまう。そう思って下半身を海面に浸してやると、大きめの波がやってきてカモ君を飲み込んだ。

 幸い、胴体を掴んでいたから浚われたりはしなかったけど、カモ君は非難染みた目を私に向けた。

 ……ご、ごめんね。

 

「うーん……うん。たぶん、知らないと思います。……妖夢さん?」

 

 カモ君と見つめ合っていると、ようやっと自分の世界から帰って来た先生が話しかけてくるのに、カモ君を返す。

 そう、知らないの。なら、別にいいんだけど。

 

「話を聞く限り、誰にも感知できないように結界を張っていたみたいだし、"悪い"魔法使いなのかなあ」

「魔法使いみたいなのは、いましたけど……両方とも死んでしまいました」

 

 先生に聞くところ、私達がいたあの場所であった爆発や上がった火柱なんかは、先生達の誰も見ていなかったらしい。いくらなんでもそれはおかしいので、そういった、認識を阻害する類のものが設置されていたのだろうと考えた訳だ。たぶん、あの青い炎の壁がそうなんじゃないかな、と私は思ったんだけど、先生は違うと言った。じゃあ何かと問いかけても、答えは返って来なかった。

 まあでも、もう終わった話だ。敵は三人ともやっつけたし、一件落着…………ん?

 あれ、そういえば、あの鎧武者の妖怪はどうしたのだろう。島に残って何かすると言ったから、私達は帰ったのだけど……ひょっとして、さっき見た男の人って、あの妖怪なのだろうか。

 それを先生に話すと、……その人、遭難してるんじゃないですか? と答えられるのに、そーなんですかと呟く。

 

「え? 何か言いました?」

「……いえ、何も」

「……? そうですか。じゃあ、とりあえずその岩場の様子を見に行ってみましょうか」

 

 幸い、私のくだらない言葉は聞こえていなかったようで、すぐに流された。正直、口にした瞬間何言ってるんだろう私、って思ったから、聞こえてなくて本当に良かった。

 とりあえず私達は、岩場の見える場所で、かつクラスメイトに見られない場所まで移動して、海に入った。泳いで行こうというのだ。

 刀の重みはあるものの、不自由なく泳げる私に、先生が感心したような声を出す。そういう先生も、泳ぐの上手なんじゃないかな。……上手い下手は、私にはわからないけど。

 さて、昨日は島だった小さな岩場に近付いてみると、私達に気付いた男性が立ち上がってこっちを眺めていた。

 

「あ、君、昨日の……」

 

 上から降ってくる声には、まだ言葉は返さない。一応、昨日は助けて貰ったとはいえ、警戒を怠る訳にはいかない。

 その口振りからするに、やっぱりこの男性はあの妖怪だと確信する。岩場に上がると、本当に狭いのがわかった。私が五人も立てないくらい。端に退いた男性を一瞥してから、先生の手を取り引き上げる。バシャバシャと落ちた水が岩を濡らす。体に張り付いた水着を風が撫でるのが、変な感じ。

 所在なさげに頭を掻いていた男性に、大丈夫ですか、と先生が声を掛けると、微妙な返事が返ってきた。とりあえず、自己紹介を交わしてから事情を聞く。

 

「いやーそれがさ、昨日、帰ろうとした矢先に、この岩場がぐわーっと縮んでさ」

 

 それで、帰るに帰れなくて困っていたらしい。

 そういえば、この人は白い怪物が出した魔法陣から出てきていた。その白いのは黒いのとぶつかって爆発してしまったし、それで、帰れないのかな?

 でもそれなら、泳いで岸まで来れば良かったのに。

 ……泳げないのだろうか。

 アキラさんの言葉を思い出していると、そーいう事じゃねーと思うぞ、とカモ君。フェレットが喋った!? と男性……コータ。あ、フェレットじゃなくてオコジョです、と言葉足らずの説明をする先生。

 先生、それ、喋る説明になってない。

 ……あ、でもなんでカモ君って喋るんだろう。妖精だからってだけなのかな。

 ……ん? そういえば前、先生が「魔法がばれるとオコジョにされてしまう」とかなんとか言っていたような……?

 

「困りましたね。岸まで送り届けても、その後が……いいんちょさんに頼んで、相乗りさせて貰うよう頼もうかな?」

「……あ、はい。えっと、それがいいんじゃないでしょうか」

 

 こしょこしょっと耳打ちして来る先生に、考え事をしていた私は一瞬話しかけられてるとわからなくて、上擦った声が出てしまうのに、恥ずかしくなる。誤魔化すようにコータを見上げれば、とりあえず笑っとけ、みたいに笑いかけられた。視線をずらして、開いた胸元に見えるネックレスみたいなのを凝視する。居心地が悪そうに身動ぎするのが、なんだか面白い。

 

「あ、それよりさ! 昨日の、なんだったんだ? アレ」

「わかりません」

「……あ、ああ。そっか」

 

 コータの首元を見つめたまま、喋る気配に先んじて身構えていた私は、すぐさま答えを返す事ができた。……情けない答えだけど。

 ちなみに、先生は私では役に立たないと思ったのか、カモ君と相談していた。

 ……あれ、ひょっとして今の、話を繋げようとしてくれてたのかな。だとしたら、悪い事をしてしまったかもしれない。

 後ろ頭を掻きながら私に背を向けて、「こんな事してる場合じゃないんだけどな……」と呟くコータを見上げていると、続いて、「もっと長い道があればなあ」と呟くのに、道? と聞き返す。

 聞こえてるとは思っていなかったのか、驚いたように振り返ったコータが、あ、ああ、とうなずいた。

 

「百メートルくらいかな。もうちょっと短いくらいでもいい。そんぐらいあれば、帰れると思うんだ」

「え、そうなんですか? じゃあ、浜辺に移動すれば……」

 

 百メートルくらいの道?

 うーん……なんでそんなものが必要なのかは知らないけど、それぐらいなら、今の私には作れると思うけど。

 ところで、先生はどうやってこの人を岸まで運ぶつもりなのだろうか。

 見ていれば、先生は体に手を這わせ、あちらこちらにやって、ポケットに手を突っ込んで探り、あれ? と首を傾げた。

 

「あれ、練習用の杖が……あれ?」

「そういやアニキ、あれ、乾かしてなかったか?」

「あっ」

 

 ……どうやら魔法で運ぼうとしていたみたいだけど、杖が無くて駄目らしい。どうしましょうって、私に言われてもなあ。

 

「やっぱ泳ぐしかないかなあ」

 

 非常に嫌そうに言うコータに、その必要は無い、と声を掛けようとして、上手く言葉が出ないのに、やきもきする。

 う、今さらながら、この人に話しかけるの、ちょっと、怖くなってきた。

 いや、怖いというより、あれだ。初対面なのに、そんなに親しく話せないというか。

 少し考えて、一度先生に伝えてから、コータに私の言葉を届けるという少しばかりまどろっこしい手法をとる事にした。

 上着のボタンに手をかけていたコータが、どういう意味だ? とばかりに首を傾げるので、説明するよりやってしまった方が早いと思い、白楼剣のリボンを解く。

 さらに、腰に下ろした楼観剣を抜きはな……とうとして、この狭い場所で勢い良く抜いたら先生かコータのどちらかを突き落してしまいそうな事に気付いて(先生は水着だから大丈夫だろうけど)、ゆっくりと引き抜くのに変える。

 体勢を変えつつ抜刀すれば、妖夢さん? と不思議そうにする先生の声。

 何をするのかって、そんなの、見てればわかる。

 リボンを柄に叩きつけ、氷と闇の魔力を解き放つ。渦を巻く吹雪と暗闇が刀身に纏わるのを待ってから、二人に当たらないように一度地面へ向けて、海へ向かって振り上げる。

 へろっとした動きとは違って勢い良く走る氷の魔力が、広く幅をとりながら海面を凍らせていくのに、間髪入れず白楼剣からリボンを引き抜き、楼観剣の柄を握り締めて魔力を通す。

 同じように刀を振って、今度は岩の魔法を放った。

 それは凍った場所を頼りに広がり、岩でできた道を作り上げていく。先生か、コータか、あるいは両方から感嘆の声が上がった。

 刀を収めて二人を見れば、凄いすげえと口々に言われるのにちょっと気分を良くして、それから、コータを見上げた。

 道はできたけど、でも、これでどうやって帰るの?

 一応作っては見たが、これを利用してあの魔法陣をどう出現させるのか思いつかなくて、できた道に波がかかるのを眺めつつ考えていると、ちょっと不安だけど、とコータが言った。

 見れば、いつの間にか手に小さな機械みたいなのを持っている。

 それを放ると、ガキンガキンと大きくなって、瞬く間にバイクが出来上がっていた。

 ぽかんとしてしまう。

 だって、あんな小さいのが、こんなに大きいのになるなんて。

 

「ま、魔法ですか?」

「いや、なんていうか……科学、いや、なんだろう?」

 

 わからないんだ。

 喋っている間も、コータは手を止めずにもう一つ小さな機械と、へんてこな黒い板を取り出して、それをお腹につけると……あ、ベルトだ。

 じっと見ていれば、あっという間にコータが昨日の鎧武者な妖怪に変身してしまった。

 

「え、ええー! なんですかそれ!」

「変身ヒーローって奴か……?」

 

 先生とカモ君が驚くのに、コータだった妖怪は何も言わず、バイクに跨った。調子を確かめるように少し弄ると、振り返る。

 

「ありがとな。それじゃ」

 

 ブルルと、バイクがうなる。と、前を向いた妖怪が「あ」、と声を上げて、また私達……私? の方を見た。オレンジ色の目に日の光が反射して眩しい。

 目を細めていると、太ももや胸の鎧をぱたぱたと両手で探り、何かを探していた妖怪は、探し物をみつけのかうんと一つうなずくと、何かを投げてよこした。ひらひらと舞うそれを、手を伸ばして掴みとる。

 ……なにこれ。チケット?

 手作り感のあるそれに首を傾げて、それから、妖怪を見上げる。

 

「何も無しにお別れじゃ寂しいからな。それ、渡しとくよ」

 

 今度会う事があったら、その時は、こっちに招待するぜ。

 なんてよくわからない言葉を残して、バイクを走らせた妖怪は、花にまみれて、いきなり現れた裂け目に呑み込まれて消えて行った。

 …………なんだったんだろう。

 先生と顔を見合わせて、それから、渡されたチケットを見る。

 ……この漢字、読めない。ブってのはわかるんだけど。先生に聞いてみようか。

 考えていると、ふと腕時計が目に入った。まだお昼までには、二時間以上もある。

 

「……センセ」

「あ、はい?」

 

 意外と冷静な先生に、遊びましょうか、と持ちかけると、きょとんとした先生は、すぐに笑顔になって、そうしましょうか、と笑った。

 

 

 先生と遊ぶ。

 何して遊ぶ?

 泳ぐ競争、ボール遊び、泥遊び。

 それとも、魔法で遊ぶ?

 刀を撫でた私に、先生は両手を振って、泥遊びにしましょう! と言った。

 冗談だと思われたのかな。

 冗談なんかじゃないよ。

 私、早く先生と修行したいな。

 先生と同じ事がしたい。

 そう考えてしまうのは、なんでだろう。

 ここ最近、先生とアスナが喧嘩していて、修行に身が入らなかったから?

 ……たぶん、そうなんだろう。

 見よう見まねで、波打ち際に先生と二人、協力して、お城を作る。

 でもこれって、泥でやるものなの? というか、すぐに波にさらわれて形にならないのだけど。

 でも、楽しいから、いいか。

 先生は笑ってくれるし、私だって笑う。

 作ったそばから消えていく泥の山が、なんだか無性に笑いを誘って、あはは、と声に出して笑う。

 そうしていると、わらわらとクラスメイトが集まってきて、誰が一番立派なお城を作れるか勝負しようという話になって。

 よーし、頑張るぞ、と乗り気な先生。

 でも先生、私達、基盤すら作れないんだよ? 勝負にならないんじゃないかなあ。

 なんて心配してたけど、その心配は無用だったみたい。

 どうしてか先生の顔が泥まみれだ。

 誰かが投げた泥団子で、泥まみれ。

 いつしか泥なげ大会に変わっていた。

 すぐそばに海があるから、どれだけ汚れても安心って事?

 私、汚れるのは嫌だから、先生を盾にするけど。

 酷い? そこにいる先生が悪いんだよ。

 わざとらしく怒って見せる先生に、わざとらしく怯えて見せる私。

 あ、先生、困っちゃったみたい。本気にしたの?

 やだなあ、先生。私だって、ふざけたりするのに。

 

 遊び疲れてくたくたになると、帰る時間になる。

 あ、そういえば、帰りは飛行機だ。

 行きは知らずの内に終わっていたけど、帰りはそうもいかないみたい。

 行きはよいよい、帰りは怖い?

 そんなおふざけ、してる余裕も無い。

 私、飛行機嫌い。大っ嫌い。

 なんでって聞かれても、よくわからないんだけど……。

 先生は平気なのかな。

 聞いてみれば、平気ですよ? って、言葉通りの顔。

 杖で飛ぶのと一緒なんだって。

 むむむ……じゃあ、私の場合は、魔法で飛ぶのと一緒?

 でも、飛行機って落ちるよ?

 落ちたらみんな死んじゃうよ?

 ぐちゃぐちゃになって、誰が誰だかわからなくなる。

 腕がとれたりしたら、どれが自分のものなのかもわからなくて、きっと探すのも一苦労だ。

 あ、頭がとれたらどうするんだろう。

 真っ暗闇で、探せなくなってしまうだろうな。

 そうしたら私、泣いてしまう。

 元通りになれないのは嫌だから。

 でも、今は、いいかな。

 ううん、落ちてもいいって意味じゃなくって。

 ……先生、わざと言ってるの?

 ふふ、冗談だよ、センセ。

 だって、このかがいるから。

 このかがぎゅってしてくれれば、飛行機なんてへっちゃらだよ。

 ……まあ、嘘なんだけど。

 震えが止まらなくて、参ってしまう。

 気持ち悪くて、眩暈がして、体がふわふわして、怖くて怖くて、吐きそうだ。

 そうしたら先生、こっそり魔法を使ってくれた。

 気分を落ち着かせる魔法。

 気休めにしかならないけどって先生は言ってたけど、そんな事、全然ない。

 やっと、このかの体に触れられる。

 さっきまで無かった感覚が、さっきまでわからなかった体温が、こんなに近くに感じられるの。

 先生のおかげ。

 先生も、一緒にぎゅってしてもらう?

 ……いいの?

 ああ、そっか。

 先生は、アスナにぎゅってして貰うんだね。

 違うの?

 違うんだ。

 ……でも、聞いたよ?

 カモ君が言ってたよ。

 朝、先生とアスナが抱き合ってたって、言ってたよ。

 あ、カモ君。

 カモ君、後ろ。

 …………。

 さよならカモ君。君の事は忘れない。

 ごめん、眠くてすぐにも忘れそうだよ、カモ君。

 だって、暖かい。

 このかが、背中を撫でてくれると、落ち着くの。

 すっごく、眠たくなって、眠っちゃいそうになるの。

 ……先生、なんで笑ってるの?

 ……良い事思いついた。

 今度先生、斬ろう。

 

「……え? 妖夢さん、今、なんて?」

 

 暗闇の中に意識が沈む。

 耳鳴りの中に音が吸い込まれていって。

 浮遊感の中に体の感覚が溶けてゆく。

 お母さん。

 今度は、どこに行くんだろう。

 今度は、お父さんと会えるかな。

 幽々子様はいるのかな。

 おじいちゃんは、ちゃんと私に剣を教えてくれるのだろうか。

 不安で、だけど楽しみで。

 このか。

 このか。

 離したら、やだよ。

 

「……寝ちゃったんですね」

「ネギ、あんたも寝ていいのよ。疲れてるでしょ」

「いえ、僕は大丈夫です。それより、アスナさんは大丈夫ですか?」

「そりゃあね。誰かさんが帰ってくるの、ずっと待ってたからねー」

「えう、そ、それは、ごめんなさい」

「ま、許してやるわよ。待ってたのは私だけじゃないし。ね? このか、刹那さん」

「あはは、ウチも許したげるわ」

「いえ、私は別に、気にしてませんので……」

 

 ……うん、寝れない。

 騒がしくはないけど、騒がしくて眠れない。

 目を開けると、目の前には布がある。制服のお腹部分。

 頭の下には、このかの膝が。

 顔を向ければ、私が起きてるのに気付いたこのかが、髪を梳いてくれた。

 優しい手つき。

 髪と髪の間を滑り落ちる指は、こそばゆくて、でも、とても柔らかい。

 昔みたいに、もっと髪が長かったら、もっともっと気持ち良いのだろうか。

 髪、伸ばしてみようかな……なんて。

 髪から頬へ移動した指にほっぺたをくすぐられると、こしょぐったいだけじゃなくて、気持ち良くて。

 もう、全部気持ち良い。

 人を斬るのとどっちが気持ち良いかな。

 ……どっちも気持ち良い。

 斬られるのとどっちが気持ち良いかな。

 ……流石に、こっちの方が気持ち良いかな。

 このか。

 このか。

 離さないでね。

 離したら、怒るからね。

 絶対、離さないでね。


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