更新遅かった割には進展なし。
というか超さんの口調がががぐわー。
この小説はどこに向かっているんだろう。
薄暗い店内に吊り下げられた電気の弱い光が広がる。
私の前に、晴子が背を向けて立っている。薄い明かりが髪の毛を流れて、足下を照らしていた。それはまるで、逆に足下から光が立ち上っているようにも見えて、幻想的だった。
「
……皮肉ね。あなたのために捨てたというのに、あなたのせいでまた悪い心が生まれてしまった」
振り返らないままに、ぽつぽつと晴子が話し出す。私はそれをぼんやりとしながら聞いていた。
「人間らしいと言えばそうだけど……でも、こんなに苦しいなら、いっそ
私に語り掛けているようで、しかし独白のような言葉。
棚に収まる洋服達に囲まれた中で、変わらず、私に背を向けたまま晴子が言った。
「まあ、人間より妖の方が、時には狂おしい程噛み合わない心を持ってしまうものだけどね」
呟きに似た小さな声。頬に掛かる髪が揺れると、晴子はゆっくりと振り返った。目が合う。
細められた緑色の瞳が、妖しく光っていた。
「わたしにとって夢の先は歩いて行ける地続きの場所。でも、隣に立つ事はできない……共に在る事が出来ないのは、悔しい事ね。
この指輪で繋がっていられるのがせめてもの救いなのかしら?」
左手の中指にはめられた指輪を撫でる晴子を前に、私は、一体なんの話なんだろうと考えていた。
話の前後がわからない。それどころか、どうして自分がここに立っているのかも曖昧で、でも、それが不思議に気にならなくて、なんだかお風呂に入っているみたいに体がふわふわするのに任せて、ただ突っ立っていた。
……少しして、ああ、と思い当たる。今のは、晴子の好きな人に関しての話なんだろう。
昨日あれだけ愚痴っておいて、まだ足りなかったのだろうか。
……あれ。何かがおかしい。
……そもそも、その話はもう終わって、私はお店を出たんじゃなかったっけ。
小さく首を傾げて見せた晴子が、なんだか満足気な顔で頷いて、それから私を指差した。まっすぐ突き付けられた指に
「あなたねえ。強くなりたいってのはわかるけど、無茶な事はしない。それと、自分を見失わない事。そんな猪みたいに突っ走ってばかりだと友達無くすわよ?」
……無茶な事?
なんの話か分からなくて、でも、考える前に、友達を無くす、という言葉に、ちょっと、むっとした。
私がやった事で友達が無くなるなんておかしい。そんな事は無いと思う。……そう言う晴子は、友達とかいるのだろうか。ずっとこのお店にいるみたいだけど。
「はあ? 私にだって友達くらいいるわよ。えっと、
憤慨したように指折り友達を数えようとした晴子が、人差し指を折ったままぴたりと止まる。
……ああ、いないんだ。友達。
「……! ……!!」
折った指をもう片方の指で突っつきながら誰かの名前をひねり出そうとしている晴子に、そういえば、さっき紫と言ってたけど……なんて聞く事もできず、口を閉じてじっと晴子を見つめる。
……やっぱり、晴子って妖怪なのかな。だとしたら、幻想郷の場所を知って……いても、教えてくれそうにない。なぜだかそう思った。
「うぐぐ~! ふ、ふざけんじゃないわよ!」
それに、たとえ幻想郷への道を教えて貰ったとしても、私にはまだやらなきゃいけない事が残ってる。だから、まだ帰る訳にはいかないのだ。
幽々子様だって、きっとそう言うだろう。
などと明後日の方を向いて考えていると、怒鳴られた。理不尽? 顔を真っ赤にした晴子がぶんぶんと腕を振りながら言う。
「いないんじゃないの、もういなくなったの! ずっと昔にね!」
ふうふうと息を整えた晴子は、それから、んん、と咳払いの振りをして、今の無しね、と謎の取り消し宣言をした。なんなんだろう。
「わたしはあなたの事、友達だと思ってるんだけど」なんて誤魔化すように言う晴子に、少し考えてから頷く。……まあ、友達、なんだろう。たぶん。名前で呼び合ってるし。それに、よく会う。
ああ、そんな事より、私、もっと強くなりたいんだけど……って、これはもう聞いたんだっけ。
それで、晴子に自分で考えろって言われて……私、速さが欲しいって思った。
「ふーん、速さが欲しい、ね。はいはい、それで?」
気をとり直したのか、いつもの気怠げな顔の晴子に、私は、その問いに答えようと小さく口を開いたまま考えた。
速さが欲しい。今よりももっと、ずっと。
前と同じ質問に、同じ答えを返す。
「……もっともっと速さが欲しい。誰よりも速くこのかの下に辿り着けるくらい……」
「守りたいから?」
「……、……うん」
「そうだ」とすぐに答えようとして、何故か、一瞬止まってしまう。
どうして言い淀んだのか自分でもわからなくて、それでも、わからないまま続けた。
晴子は、笑みを浮かべて頷いた。その手にはいつの間にか見慣れぬ物を持っていて、私がそれを見ていると、晴子はその青色の……機械のような物を差し出してきた。
「なに……」
私が問う前に、ぽんと放られた機械が、視界の外から伸びてきた誰かの手に受け止められる。
――!?
え、い、いつの間に、ひ、人が!?
晴子の横に立つ人……男の人。前が開いた赤い上着に赤いズボンの人が、受け取った機械をお腹の前……形容しがたい何かに差し込んだ。
その間、私はただ、唐突に現れた不審者を呆然と見つめていた。
「変、身!」
何事か男が叫ぶと(やけにくぐもった声だった)、目に痛い光が目の前に広がって、三つの色が目まぐるしく変わっていく。
え、え、何? なんなの? 何が、起きて……。
光が収まるのが、咄嗟に顔を庇った腕越しにわかる。両腕の隙間から覗くと、さっきまで赤い人が立っていた場所に、よくわからない青い人型が突っ立っていた。目に当たる部分がぴかぴか光って、薄暗闇を照らし出す。
……信号機怪人?
展開に追いつけない脳が、率直な感想を導き出す。光の動きは、まるで車用の信号機みたいに見えた。
と、クスクス笑う声にはっと気を取り戻して、晴子を見た。晴子は、驚く私の様子を笑っているようだった。
「さあ、妖夢。修行のお時間よ」
これは、何か。なんのつもりなのか。そう問う前に、晴子が答えを出す。
……修行?
ふざけているのか本気なのか、晴子は、私にこれとおいかけっこをしろと説明した。この、得体のしれない青いのと? 理解できなくて苛立ちながら聞き返すと、見かけで判断しては駄目よ、と怒られた。
……とても速い、だって? どれくらい……。電車よりも? ああ、そう。
この二足歩行の怪人がそこまで速いだなんて思えず、私は胡乱気な目を青いのに向けた。青いのは、生きているのか疑わしいくらいに微動だにせず、ただ立っていた。
「それを追い続けてればその内足なんて速くなるわよ」
そんな馬鹿な事があるか。
ひょっとして私、からかわれているのだろうかと思っていると、さんはい、と変な調子で晴子が言った。
疑問符を浮かべるより速く、青いのが異様な動きを見せる。腕を持ち上げたかと思えば、その手がぶれたのだ。
ぶわ、と顔に風がぶつかってくるのに、ようやく、寸止めされたのだと理解した。眼前まで迫って戻って行った拳は見えていたものの、まったく反応できなかった。思わず細めていた目をさらに細めて、青いのを見る。
こいつ……速い。
心中でひそかに戦慄していると(……ほんとは、ただ驚くタイミングを逃しただけなのだが)、青いのが私の横を通って店の外の方へ歩き出した。妙にきびきびした動きを目で追っていると、「六日以内に追いつきなさい」と晴子が言った。
……ああ、あれについて行けばいいの? おいかけっこは今からが始まりって事?
疑問には思ったものの、それを聞いていたら、ずかずか歩いて行く青いのに追いつけなくなる。見失った青いのの行方を晴子が素直に教えてくれるか怪しい。
……本当にこれが修行になるのか、それで私が速くなれるのかはわからないが、私は晴子を信じる他ない。早いとこ、あの青いのを捕まえてしまおう。
洋服が吊り下げられた棚の合間を進む青いのに小走りで追いつく。すると青いのは、目に見えて足の動きを速めた。ん……こいつ……!
眉を寄せて、青いのの顔を見上げる。私には見向きもせずに歩いて行くその姿が妙に苛ついて足を速めると、同じように青いのも速く歩き始めた。
…………。
「……っ!」
無言で走り出す。
そういった気配は出していなかったはずなのに、どう察知したのか、青いのもほぼ同時に駆け出していた。
びゅん、と聞こえてきそうな速さであっという間に店を飛び出していった青いのを追って、私も店を出る。踏みしめたガラスがパキパキ音を鳴らすのが、体の中に響いた。
道の遠くへ消えていく青いのを追うさなか、ふと脇に立つ誰か――ああ、宮崎ノドカ――と目が合って……そこで、私の視界は暗転した。
◆
暗闇の中に揺蕩う私の意識は、消毒液の臭いによって引き上げられた。
だんだんとはっきりしてきた意識に、しかし目は開けないまま、自分の体の状態を探る。……ぬの……布団の中……に、いる?
「……!」
手を滑らせて布の感触を確かめていた私は、自分が刀を背負っていない事に気付き、かっと目を開いた。四方をカーテンに囲まれた空間が目に映る。
ここは……見覚えがある。たぶん、保健室……。
この学園に来たばかりの日もこうして目覚めた場所。なぜ、私がここに?
疑問を覚えつつも、手をついて体を起こす。ギィ、とベッドが小さく軋んだ。
その音に反応してか、カーテンの向こうにある人影が顔を上げるような仕草をした。――それでようやく私は、向こう側に人がいる事に気付いた――私のいるこの場所へ顔を向けると、腕が伸びてきて、カーテンが開かれる。
顔を覗かせたのは、見知らぬ……いや、知っているような気がする女性だった。
「やあ、やっと起きたみたいだネ」
そう言いながらくぐるようにカーテンを持ち上げて入ってきた女性をぼうっと眺める。頭の両側にあるお団子にカーテンが引っ掛かって、するりと落ちていくのを眺めながら、女性の名前を思い出そうと記憶を掘り起こす。
……ん、わかんない。
まあ、いいか。どうせ知らなくても問題ない。
「おおう、誰だって顔してるな。クラスメイトの顔を忘れたカ?」
「クラスメイト……失礼ですが、あなた」
あなたみたいな人、いましたっけ。
そう続けようとして、直前で失礼かな、と思い至り、口を噤む。と同時に、今まで忘れていたのが馬鹿みたいに、彼女の事を思い出した。
毎朝教室で中華まんを売ってる人だ。
思い起こされたイメージは、このかやアスナの背を追って教室に入った時の事。外と中を隔てる音の壁を潜り抜けると、騒がしさの中に中華まんを売る彼女達の姿を見かける事がある。丸い箱を片手に声を上げる彼女の姿は、結構印象深い。
それに、あの中華まんはなかなかおいしかった。
それ一つでお腹を満たせるものの味を思い出しながら、私の言葉の続きがわかったのか、苦笑している女性――チャオリンといっただろうか――の顔を中華まんに差し替えてみる。
……ああ、多分あってる。
「こうして面と向かって話すのは初めてだったカナ? ならば改めて自己紹介といこうじゃないカ」
……変なイントネーション。
どうしてかわざとやっているような節のある話し方に小首を傾げると、私は
チャオリンシェン。口の中で一度呟いてから、彼女の顔を見上げる。
「私は、魂魄妖夢」
「ウム。では、君を妖夢と呼ばせてもらおう」
茶目っ気たっぷりにウインクをしたチャオリン……超鈴音から視線を外し、ベッドを軋ませながら体の位置を直す。呼び方などはどうでもいい。それより、なぜ彼女はここにいて、私がここにいるのか。
そもそも、私の刀はどこに……。
何も握っていない右手に目を落とす。そのまま記憶の糸を手繰ろうとして、ぴりりと両足の先が痛むのに眉根を寄せる。
「なに……?」
「ん?」
掛布団を持ち上げて見てみれば、素足の、大体ふくらはぎや
それで思い出した。そうだ、私、昨日……。
私を覗き込んでくる超鈴音を無視して、私は少しだけ記憶の海に沈み込んだ。
――青いのを追っていた私は、その素早さに歯噛みしていた。
人もまばらなさびれた路地や、閉まっているお店の多い通りや、舗装されていない道なんかを、青い残像を残す勢いで青いのが走って行く。
素早く踏み込む技術を連発しても、到底追いつけない速さ。
徐々に力を取り戻して、少し強くなったつもりでいたけど、こんなスピードの差を見せつけられると苛つかずにはいられなかった。
いや、そもそもその速さを求めてこうして追いかけっこしている訳だが……これでは、いっこうに追いつけないだろう。
くそっ、追ってるだけで速くなどなれるものか!
舌打ちする間も惜しんで、考えをめぐらす。どうやって追いつく。どう捕まえる。考えろ。
擦り抜ける風や、足下に流れる道に、着ている服の感触。色々な感覚が流れる中で、後ろ腰に差している抜身の白楼剣に気付く。
そうだ、魔法しかない。魔法でスピードアップをはかるしか、道は無い!
そうと決まれば、すぐさま刀身の根元に巻きつけられたリボンを抜き取る。一瞬でイメージを形成、解き放つのは、風と雷の魔力。
それを、雷だけ全部両足に纏わせる。風が前髪を巻き上げて吹き散ると、バチバチと耳をつんざく雷の音と共に、足を紫電が這う。
いつかどこかで見た、速く走る方法。いや、速く走っていた奴がやっていた事? 神経に電気をうんぬん、ちょっとよく覚えてないが、これで、どうだ!
地面に叩きつけた足の裏で、バチン! と電気が弾ける。跳ね上がる足を無理矢理動かして、前へ進む。速く……なっている気がしなくもない。
建物の合間に曲がって行く青いのを追おうとして、勢いを殺しきれず、足で地面を擦りながら曲がるべき場所を通り過ぎる。止まってすぐに白楼剣のリボンを解き、追加の雷を足に纏わせ、ついでに吹き散る風を背に受けて一気に加速していく。
角を曲がると、もうそこに青いのはいない。そうだというのを予測していた私は、すぐに気配を探り、もうかなり遠い場所まで逃れている青いのの気配を見つけて走り出した。
そうして追いかけっこを続け、その内に見覚えのある道に入り、人も多くなって来た時だっただろうか。
「――っ!?」
不意に足に激痛が走った。
無視して走り続けようとして、しかし足が言う事を聞かずにもつれてしまう。傾く体に、咄嗟に腕を出して顔を庇い、ごろごろ転がって……何かにぶつかった。そこで私の記憶は途切れている。
「思い出したカナ? 君のこの……」
怪我の理由を。
壊れ物を扱うように、そっと私の足下の布を取り払った超鈴音が、細めた目を私に向けた。
……思い出した。私、うろ覚えの知識で魔法を使って……それで失敗して、たぶん、頭でも打って気絶していたのだろう。
それで保健室にいるという事は、誰か……ひょっとして、彼女が私を連れて来てくれたのだろうか。
「安心すると良い。頭に怪我はないし、足の傷もほとんど治っている」
打っただろう頭を気にして手をやっていると、超鈴音が何かを弄りながら、そう声を掛けてきた。
足の傷……治してくれたのか、それとも自然に治ったのか……。どちらにせよ、お礼を言わないと失礼だろう。
でも、感謝の言葉をぱっと言えるほど、私はそういうのが上手くない。ので、口の中にわいた唾液を飲み込んで、一拍置く。
「……ありがとう」
「どういたしまして……と言いたいところだが、残念なお知らせがあるネ。……お、ゾロ目」
ピピピピピピと目覚ましのアラームに似た音を響かせる機械……晴子が出した、青いのの機械を弄っていた超鈴音がそう言って、ふと微笑んだ。私に向けられた機械の画面に、『9.9』の赤い表示。それと、なんだかおめでたいメロディ。……そういえば、青いのはどこに行った?
「君が私の屋台に突っ込んで来た時は心底驚いたヨ。怪我人はでなかたが、いくつか皿と料理が駄目になってしまったネ」
……。
青いのの姿を探してカーテンの隙間を見ていた私は、超鈴音の言葉に動きを止めた。
……屋台に、突っ込んだ? 私が?
……私、そんな場所まで行っていただろうか。正直記憶が曖昧で、よく思い出せない。でも、彼女が嘘を言っている様子は無い。という事は……私。
「その……ごめんなさい」
僅かに残っていた怠さはさっぱり消えて、代わりにむくむく湧き上がってきた罪悪感に彼女を直視できず、少しうつむいたまま謝罪する。ふふ、と笑う気配があった。
「まあ、屋台に損傷は無し、妖夢サンも反省しているようだから、弁償して貰うとは言わんヨ。ただ」
カタコト。
音程の下がったり上がったりの言葉を聞きながら、超鈴音が一拍置くのに、顔を上げる。
にっこりとした顔が間近にあった。
……ただ?
「どうカナ? この機会に、労働の汗を流しては見ないカ?」
本日午前十時から午後二時まで、超包子で、ちょっとしたバイトをしてみないか。
そう言って私に場所を伝えた超鈴音は、その後に「来てもいいし来なくてもいい」というなんとも私の心を煽る言葉をつけたした。
行かなかったらどうなるんだろう。私、やらなきゃいけない事がたくさんあるのに……。
目の前の笑顔は先程からずっと変わってない。それが不気味で、それと、どこか怒っているようにも感じられるのに、私は目を逸らして、身動ぎするフリをしながらベッドの奥に逃げた。布団に足が擦れる。その感触が硬い事に強く意識を向ける。
そんな事しても、超鈴音が他の話題に移る気配なんてない。
私が悪いのだから、素直に従いたいのだけど、でも、青いのを捕まえなきゃいけないし、私、早く強くなりたいのに。
うつむいていたってやり過ごせる訳がないのに、もうどうしていいかわからなくて泣きそうになっていると、すっと体が離れる気配。それから、機械を押し付けられた。メーターみたいなTの記号の描かれた機械。角ばったそれが胸に痛くて、慌てて手を出すと、その上に乗せられる。
「興味深い物ネ」
言葉の通りのいかにも興味深げな声音に顔を上げると、顎に手を当てて小さく笑みを見せる超鈴音の顔。
彼女は、さて、と呟くと、横を向いた。……たぶん、カーテン越しの、出入り口の方を見ている。
「そろそろお暇させてもらうヨ、妖夢サン。来るにせよ来ないにせよ、私は待ているネ」
そう言って、入って来た時と同じようにカーテンをくぐって出て行こうとした超鈴音は、そのさなかに「そうそう」と振り返った。
「仕事をこなせば、それなりの報酬を用意する事を約束するヨ」
それだけ言うと、では、と小さく手を振って、カーテンの向こうに消えていった。布越しに映る影が出入り口の方に動いて行くのをぼうっと眺める。
なんだか、ばっと色々押し付けられて、さっと去られてしまった印象。どうして私がこんなに煩わしさを感じなきゃならないんだろう。
……それにしても、人手不足なんだろうか。……労働なんてした事無い私が行っても、邪魔になるだけだと思うんだけどな。
しばらくカーテンを眺めてから、一度シーツを撫でて、それから、ベッドから降りる。床がひんやりと冷たくて気持ち良い。ペタペタと二、三度踏み直してから前を向く。
カーテンをくぐって出ると、壁際の机の上に私の刀を発見した。部屋の中を見回しながら机の前まで行き、刀を手に取る。今、私の他にこの部屋に人はいないみたいだ。
「……ん?」
…………!
なんとなしに楼観剣の鞘に目をやった私は、そこに括り付けてあったはずの機械が無くなっているのに気が付いた。
な、なんで無いの……!?
晴子から貰った物を失くしてしまった事に、さあっと血の気が引く。
きっと、また怒られる。さ、探さないと……。
でも、どこで失くしたんだろう。そんな事、まったく見当つかない。
だって、取れるなんて思わなかった。もっとしっかり括り付けておけばよかった……。
しかし今更後悔しても遅い。この広い街で、あんな小さな機械を見つけるのは至難の技だろう。いや、落としたのは学校かもしれない。いや、ひょっとしたら、京都……。
何秒の間か、呆然としていた私は、時計の針が九時頃を指しているのに気付いて意識を取り戻す。
午前十時、
「……お仕事、しに行こう」
ぼそりと呟いて、刀を背負う。
結局探す事を諦めた私は、問題を先送りする事を選択した。
それが吉と出るか凶と出るか……答えは火を見るより明らかだけど。