なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第十九話 幻想との共闘

 空気を押し出すような拳に顔を庇う腕を打たれ、自分の腕に押されながら地を擦って後退する。

 

「とりゃぁーっ!」

 

 追い討ちにか大きく腕を振りかぶった少年を、私を飛び越した女性の飛び蹴りが襲った。硬質な物を叩く音が道に響く。女性の足は半透明の膜に阻まれ、少年には届いていなかった。だが勢いは殺せなかったのか、少年は背を反らして怯んでいた。

 ぐっと腰を屈め、足をバネにして前に飛び出す。私の上を女性が跳ねていくのを気にせず刀を振った。防御に回される腕を擦り抜けた刃が、胸をガリガリと斬りつける。

 まるで鉄を削ぐ感触に、小刻みに手が跳ね返されて、しかし振り抜く。地面を擦る耳障りな音。遠心力を乗せて蹴りを放つ。伸ばしきった足は手に阻まれたものの、少年はさらに後退した。

 足を戻し、流れるように地面に叩きつける。骨を伝う痺れを無視して大振りに刀を振り、刀身から妖力弾を飛ばす。

 全て手で弾かれた。この近距離で。

 

「いくよ!」

 

 後ろからの声に、直感に従って少年へと跳躍する。当然迎撃の姿勢をとる少年だが、強い衝撃が地面を伝うのに足下を揺らされ、体勢を崩した。

 そこを狙って、頭から股下まで斬りつける。屈み込むくらいに体勢を低くして振り切った私の前に、粉雪のような光の欠片がぱらぱらと零れ落ちてきた。

 魔力や気に似た力の断片。半透明の膜。それを身に纏って防御している……?

 考えながら、飛び上がりざまの斬り上げを繰り出す。掲げられた腕をガリガリ削ると、桜色の光の中に、薄い何かが混じって散った。

 無防備に浮かぶ私に、少年が腕を動かそうとした所で、横を抜けた女性が蹴りつけて不発に終わらせる。

 鍔に密着させるように柄を握り込み、体を捻って着地と同時に突きを放つ。私の隣で、まったく同じタイミングで女性も棒による突きを放っていた。

 二つを受けて大きく後退した少年が、勢いを殺しきらない内から二本指を差し向けてくるのに、女性が素早く何かを投げつける。空気を裂くようにして飛び、少年の指に張り付いたのは、御札のようだった。

 魔法が暴発して爆発を引き起こす。広がった煙に、今度も女性が何かをした。淡い光が女性と私を包み、しかし、黒い影が私を取り巻いて光を食い尽くす。直後、煙が私達を飲み込んだ。

 一瞬私に目を向けた女性は、しかし何も言わず、横薙ぎに腕を振るう。すると、私達の周りにあった魔法の煙は、その大部分が不可視の力に叩かれて霧散していった。

 今のは、と疑問に思う間もなく、女性は棒を持つ腕を高く掲げた。

 

「おっきいのいくよ!」

 

 掛け声に合わせて、棒から炎が立ち上がる。長く太い炎の剣。左手は胸の前で何かの印を切っていた。

 後ろ腰に手を伸ばし、白楼剣の鞘のリボンを引き抜いて、楼観剣の柄にぶつける。解き放たれた炎の力が刀身に渦を巻き、熱と火の粉を撒き散らしながら鋭く伸びた。それでも、私のより女性の炎の方が何倍も長い。

 大上段に振りかぶった刀を、鋭く息を吐いて振り下ろす。半月状に形作られた炎の刃が、空気を燃やしながら煙の中に切り込んでいった。

 同じく振り下ろされた炎の剣が煙を巻き込みながら地面を叩く。大きく爆発して、衝撃波と共に生まれた黒煙が漂っていた魔法の煙を飲み込み、壁まで広がってぐるんと巻いた。

 やったか!

 魔力の刃を飛ばす形となったため、私に手応えは無い。でも、これ程強力な攻撃なら、無傷とはいかないだろう。

 なんて考える頭とは別に、体はまだまだ戦闘体勢を維持し、動いていた。

 煙に(まみ)れていても感じる魔力が、敵が無事である事を知らせている。僅かに動いたそれは、私が左手で鞘を引っ掴みながら後方へ跳躍するのと同じくして、ボシュンという音と共に、煙を纏わせながら飛び出してくる。

 背筋につうっと冷たい汗が流れるのを鮮明に感じられる程、それはゆっくりと動いて見えた。

 体の線がブレて見える速さ。さっきも見たあれは、魔法か体術か。

 勢い良く刀を鞘に押し込めながらザザッと着地する。固く鞘を握る左手を這う僅かな痺れも、足の痛みも、意識の遠くにある。私の前で、刀身から追い出された炎が行く当てもなく広がりつつあった。

 

「よいっしょおーっ!」

 

 少年に反応した女性が棒を手放し、足を広げながらその進路上に立って少年を迎え撃った。体当たりをする勢いで腕を伸ばしながらぶつかって行ったかと思えば、少年は私の方へ放り投げられてきていた。

 理解できているのかいないのか、無表情のまま体勢を崩した少年がゆっくり近づいてくる。奇妙にも、私の呼吸にぴったり合うような距離。息を吐いて脱力した時には、もう目の前。

 柄の傍で遊ばせていた右手で柄を掴み、体を捻って低く飛び込みながら、全身で引き抜く。体の前面。刀の軌跡をなぞるように、少年の体に桜色が走り、大量の欠片が飛び散った。手応えは軽いのに、刀身から伝わるのは、分厚い鉄を削るような感触。

 

「――ッ!」

 

 足裏で地面を擦って勢いを殺しながら振り抜く。鉄と鉄を擦り合わせる耳障りな音が反響する。伸ばしきった体と足が、ちょっと気持ち良い。

 背後で同じく、地面を擦る音が……三つ。おそらく両足と片手。つまり、斬ったというのに体勢を整えられた。

 光が刀身に収まると、ぱあっと花びらが散る。――桜色の光の欠片。緩やかに動いていた世界が戻るのと、花びらの中を女性が突っ切ってくるのは殆ど同時だった。

 何かの力が飛んでいくのを感じて、ようやっと勢いを殺し切れた私は、立ち上がりながらに振り返った。

 ……光の壁。足と片手をついた状態の少年が四角い光の壁に閉じ込められている。空に伸びる四面の半透明は、ビルだか言う建造物を彷彿とさせた。

 

「三十五の必殺技の一つ、二重結界! どう? 指一本動かせないでしょ!」

 

 ……どう見ても二十個あるようには見えない。

 一本指を立てて、徹夜で作った御札がどうの、墨と格闘した苦労がどうのと得意気に語る女性の前で、少年は不思議そうに立ち上がってみせた。

 表情も無く、しかし多少の戸惑いを含んだ動きで自分の手を見て、その手を私の隣へ差し向けた。

 

「ぬわー!」

 

 向けられた手から放たれた光線が女性を撃ち抜いた。ついでのように、穴を開けられた光の壁が音も無く崩れ落ちる。

 …………。

 ころころ転がって行った女性を後ろに、刀を構える。あの人は大丈夫だろう。私は、こいつを警戒しないと。

 緩慢な動作で腕を降ろした少年は、次には消えていた。

 いや、視界の外へ……私の後ろへ伸びていく少年の姿が見えた。後ろに回り込まれた?

 見えた体勢から蹴りが来ることを予測して、防ぐために刀を動かす。しかし衝撃は襲ってこず、代わりに着地の音がした。

 わざわざ飛び上がって、攻撃体勢をとっておいて、何もしない……?

 疑問に思いつつ、いつでも攻撃されていいよう注意しながら振り返る。少年は、またもしゃがみ込んで止まっていた。

 その体をバチバチと青色の光が幾つか走り、それに痺れでもしているのか、動けないでいるらしい。円形の光が少年の周囲に浮かび上がっていた。

 あの円形の光、私の……女性の攻撃を防いでいた物の正体? 随分薄い。でも、性能は身をもって知っている。あれを突破して斬るのは中々骨そうだけど……どうやら、あんまり悩まなくても済みそうだ。

 煩わしそうに体を這う電気を払おうとして思うように動けないでいる少年の向こうには、私に向けて大きく手を振る女性の姿があった。

 口をぱくぱくさせている事から、何かを伝えようとしているのがわかったので、読み取ろうと注視する。

 ………………そういえば、石になるだとか言ってた魔法を受けたのに、なんでなんとも無いのだろう。

 どうでもいいか。

 

「んんっ。必殺技行くよー! 月の人ーっ!」

 

 なんて考えていると、伝わっていないのがわかったのか、女性は大きな声で呼びかけて来た。……月の人?

 誰の事を呼んだのかと思っていると、薄い人型が幾つも重なってブレる……魔力の塊? のようなものが少年の背後に出現して、やがてそのブレが収まった時、見知らぬ女性が立っていた。

 太陽の模様のあるとんがり帽子に、長い緑の髪。青いスカートの下には、足の代わりに不定形の何かが漂っていた。

 ……ゆーれー? ……いや、気のせいだろう。少年の背に隠れて、足が見えていないだけだ。

 足を小刻みに動かして後退していると、幽霊の人(?)は、手に持つ、先端に三日月の付いた杖を地面に突き刺し、魔力の光を伸ばして少年を囲んだ。それだけして、ぱっと消えてしまう。

 たぶん、拘束したりする魔法でも使ったんだろうけれど……あの人はどこから現れて、どこに消えたの?

 

「じゃあ、全部乗せ!」

 

 ……女性の声に、考えていたものをどこかへ放り捨てる。きっと疑問に思っちゃいけない事なんだろう。それより、全部乗せってなんだろう。それが必殺技?

 女性は、淡く輝く御札を高く掲げ、魔力に似た何かを瞬時に高めて爆発させた。

 ぱっと御札が消えると、光の玉が幾つも舞う。くるくる、くるくる、赤青黄色。その一つが女性の背で弾けると、禍々しい黒い翼が展開した。

 硬質そうな、左右一対の大きな翼。表面に這う幾筋もの線には、血のように赤い魔力が流れている。漂う嫌な気配が、粘質な液体となって羽の先から滴り落ちたように見えた。

 ……気のせい?

 とぉー、と気の抜ける掛け声とは裏腹に、風を切る勢いで飛び上がった女性が、お腹にくっつけるくらいに両足を畳み、その頭上に集った光達が、それぞれ周囲を回転しながら両足の先に集まって行く。

 あれは……凄い力だ。今まで感じた事の無い、強い力。受けちゃいけない、綺麗な光。

 少年は、集まっては虹色の光を幾筋も伸ばす女性を、ぼうっと見上げていた。

 

「ライダー……じゃない! えーっと、夢想、じゃなくて、えっと、えーっと……キック!」

 

 虹の尾を引いて、女性は両足での急降下キックを放った。

 光が溢れる。洪水みたいに押し寄せて、無音の中で爆発的に広がり、視界を塗り潰す。

 私はただ、呼吸を整えながら楼観剣を正眼に構え、腰を落として集中した。

 分厚いガラスが粉々に砕けるかのような音が耳に届く。痛いくらい流れる虹色に、あの少年の物だろう光の欠片が乗って私を擦り抜けて行った。

 

「――くっ」

 

 続いて、少年自身も飛んでくるのに、楼観剣に溜まった力を解放する。いつもは伸びる桜色の光を、全て纏めて刀に宿し、少年の体に向けて振り抜いた。

 抵抗なく走る刀を返し、もう一閃。上下、斜め、横。めったやたらに振り回す。

 ただ、振る速さに体が追い付いていないのか、二、三回刀を振った時点で、少年は私の横を擦り抜け、地面に激突していった。

 

「ふぅっ……」

 

 大きく息を吐き、と同時に襲ってきた疲れに、肩を大きく上下させる。振り切っていた体勢を戻し、楼観剣を手の内でくるんと回して、ゆっくりと鞘に納めた。

 チン、と心地良い音が響くと、張り詰めていた緊張感がようやく抜け落ちていく。

 翼はどこにいったのか、もう光の欠片も宿していない女性が走り寄ってきて、やったね! と平手を差し出してきた。

 自然な動きに、考える前に体が動き、思わずパンと手を打つ。

 …………はっ。……何やってるんだろ、私。

 

「おー、まだ動けるんだ。やっぱり人間じゃないね」

 

 恥ずかしさを誤魔化す為に、背後にいるだろう少年に素早く向き直る。少年は、胸から上だけで倒れ伏していた。片方の腕や、切り刻んだ下半身はどこにいったのか……。それは、女性の言葉と、血溜まりの代わりにある水溜まりから、なんとなく窺えた。

 

「……まさか、やられるとはね」

「甘く見るからさ。特に、無視するとかね!」

 

 うつ伏せのまま、顔だけで私達を振り仰ぐ少年が小さく呟くのに、女性がそう返す。無表情だけど、どこか呆然としているようにも見えた。

 楼観剣の柄に左手を乗せ、重力に任せて右腕を垂らしながら少年を見下ろす。正直、斬った余韻に浸りたくて、この重要そうな話をし出しそうな少年が早く息絶えないものかと思った。

 ……というか、少年が見ているのは、私一人な気がする。

 さ、きびきび話す、と女性が急かすのに、少年は目をつぶって、それから、「君は」と言葉を発した。

 消え入るような声は、誰に向けた物でもないと感じられて、私はただ耳を傾けた。

 

「T2では、ないんだね……」

 

 ……それは、まあ、当然の話だ。その『てぃーつー』とかいうのじゃないのは、最初から明白だった。

 だって私は魂魄妖夢。それ以外にはなれないし、それ以外でいるつもりもない。

 ああ、半人前からは脱却したいけど。

 哀れな、と、囁くくらいの大きさで少年が言った。

 ……哀れ? 誰が。

 言葉の意味がわからず、ただ、立つ。少年も私を見上げるだけで、少しの間、何も言わなかった。

 

「……シネマ村に来るといい。お姫様はそこにいるよ」

 

 沈黙の後、それまでとは違って聞き取り易い声で言った少年は、それでもう用は済んだと言わんばかりに目を閉じ、水に溶けた。大方、魔法か何かで逃げたのだろう。

 それにしても……お姫様? それは、誰の事なんだろう。思いつかなくて、隣の女性を見上げる。

 女性は胸の下で腕を組んで、不満そうにしていた。

 腕に押し上げられて零れる胸の大きさに、ちょっと、呆然とした。

 

「シネマ村だって。目の前の敵より観光の話? まあ、お姫サマとか、話はよくわかんないけど……行ってみたら?」

「……どこだかわからない」

 

 行こうと思ってもどこだか知らないから行けないし、そもそもゲーセンに戻らなきゃいけない。

 この女性を斬るのは……いい、か。

 並んで戦う中で、不思議と、この女性に対する危機感はこれっぽちも感じなくなってしまった。本当に不思議な事だけど、もしかしたら、息が合ってたからなのかもしれない。

 それに、そうして戦ってみて、奇妙な感情を抱いた。……月詠とかいう眼鏡の女剣士と刀を打ち合わせた後に抱いた感情に似ている。一体感とか言うのだろうか。よくわからないけど、今は「斬らないと」という思いよりも、「斬りたくない」という思いの方が勝っている。

 見上げる私に、腰を折って顔を近づけて来た女性は、何々? 惚れた? と勝手な事を言っている。誰が惚れるか。

 ぶいぶい、とピースサインを押し付けられるのに首を振って嫌がってみせると、あ、そーいえば、と女性は顔を上げた。

 

「私、そろそろ帰らないといけないんだよね。れーちゃん達のお土産も買ってないし、時間が足りないなー」

「……私をはらうとか言ってなかった?」

「んー? 祓われたいの? ……嫌なら言わないの」

 

 女性の言葉に、もう一度首を振る。具体的に何を『はらう』のかは知らないが、されたいとは思わなかった。

 君は、祓っちゃいけないタイプみたいだし、と言われるのに首を傾げる。と、女性の体が光に包まれ、ゲーセンで会った時と同じ格好に戻った。ただ、破れてしまった帽子は無い。

 いつの間にかひらひらと舞っていた青い蝶を指先に誘いながら、それじゃ、と女性が歩き出すのに、なんとなく、呼び止める。

 女性は顔だけで振り向いて、私の言葉を待った。

 

「あなたは、誰」

 

 最初と同じ問い。女性は、んー、と空を見上げて、それから、あー? と声を出した。

 

「名前を聞いてるんなら、私に名前は無いよ。あだ名でいいんなら教えてあげるけど」

「それでいい」

 

 即答すると、女性はおかしそうに笑って、『巫女』と呼ばれている、と言った。

 ……あまりにもそのままなので、疑う眼差しを向けると、ほんとにそう呼ばれてるってば、と弁解された。自分の名前を憶えてなくて困っていたら、巫女っぽいから『ミコ』と呼ばれるようになった、と。

 別に、職業が巫女な訳では無いらしく、さっきまでの格好は、いわばコスプレのようなものだと語った。

 ……コスプレはこいつの方だったのか。

 

「君には、なんか懐かしい感じがするし……またどこかで会うかもね? それじゃ、ばぁい」

 

 しゅっ、と声に出してポーズを取った女性……ミコ、は、私を見ながら走り去って行こうとして、氷の壁にぶつかって転んだ。

 ……格好悪い。

 

 

 ゲーセンに足を踏み入れると、音の洪水が私を飲み込んだ。お店に近くなるにつれてその騒音は聞こえていたけど、中に入ると、比べられないくらいのうるささになる。

 一度入っているのだから知っているはずの騒音なのに、外へ出てまた入ってくると、まるで初めての体験のように感じられた。

 まあ、要するに、この音には一生慣れそうにない、という事だ。

 立ち並ぶ、商品とへんてこな機械が吊り下げられた箱の間を歩く。その先に、大きなテレビ画面と、ゲームをするための機械が見えた。

 ……しかし、プレイしているのは、先生でも、ましてやハルナやユエユエでもなかった。見知らぬ男性。

 みんなは……と店内を見回し、それだけじゃ足りなくて、歩き回る。人混みの中やゲーム機の間にも、このか達の姿を見つける事はできなかった。

 ひょっとして、みんな私を置いてどこかへ行ってしまったのだろうか。胸がきゅうと締め付けられるような寂しさを覚えながら、辺りを見回す。

 だとしたら、どこへ……。

 考えながら歩き回る。明滅する画面や横を行く人の姿が、視界には入っても、どこか遠くのものとして認識されていた。

 

 ……あの少年。

 自動販売機の前の椅子に座り、あの少年の言っていた事を思い返す。『お姫様』。もし、あの少年がこのかの敵なら、このかの事をそう呼んでるんじゃないかと思った。お嬢様もお姫様も、そう変わらないし。

 だとしたら、このかはシネマ村とか言う場所にいるのだろうか。

 敵の言葉をそのまま信じるのもどうかと思うけど、今、ここにみんながいない以上、私にとれる選択肢は、そのシネマ村だとかいう村に行く事だけだ。いくら考えを巡らそうと、それ以上良い考えは浮かばない気がして、椅子から飛び降りた。

 シネマ村に向かおうと出入り口付近まで歩いたところで、ふっと思い出す。

 ……行き方を知らない。場所を知らない。……どうしよう。

 立ち止まって悩んでいると、男性に声をかけられた。制服のような衣服を身に纏った、せいたかのっぽ。

 膝に手を置いて腰を折り、私に笑顔を近づける男性は、どうしたんだい、と優しい声音で問いかけてきた。

 答える必要は無いと思ったけど、しかし、これは渡りに船なのかもしれないと思い直した。この男性に道を聞けば、村への道筋がわかるかもしれない。

 思いをそのまま、男性に村の場所を聞く。どうやらそこは有名な場所のようで、少し行った先の、とか、通りを、とか説明しようとした男性は、もどかしそうに私に少し待っているよう言うと、店の奥へと走って行った。

 待つことしばし。紙を持って、男性が戻ってくる。それを手渡されたので、男性を見上げたまま開いてみる。見るように促された。

 広げた紙面に目を落とすと、それが地図だというのがわかった。所々インクが滲んでいて見辛い。そうでなくても、線がぐにゃぐにゃしていて、読み取り辛かった。

 ちょっと遠いけど大丈夫かい? と笑いかける男性に答えず、もう用は無いので礼を言い、ゲーセンを後にする。少し歩いてすぐ、白楼剣のリボンを解いた。風が広がると、誰かの驚く声がした。

 逆巻く緑の魔力を身に纏い、空へ飛びあがる。はためく服をそのままに眼下に目を向けると、沢山の人が一様に空を……私を、見上げているのが見えた。……何故見る。

 なんとなくスカートを押さえ、片手で紙を見る。……方角は、こっちであってるだろうか。こう進んで行けば……いや、空を飛んでいるのだから、障害物は無いと考えても良いか。もう少し速く行けそうだ。

 確認を終えた私は、紙を折り畳んで胸ポケットにしまい、シネマ村を目指して飛び始めた。


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