なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第十五話 揺れる心

 

 暖かい光が差し込む窓のそばの席。テーブルの上の細長いグラスが、光を跳ね返して、緑色の宝石みたいにきらきら光っていた。

 積み上げられた氷の間をぷくぷく泡が浮かんでいって、白いバニラアイスの島にぶつかって消える。

 長い長い銀色のスプーンで、真っ赤なさくらんぼを退けて、アイスに刺し込む。

 冷たいのが、スプーンを伝わって来るみたいで、ひんやりとした。

 

『さくらんぼは、最後にとっておくのね?』

 

 優しい声に、グラスに向けていた目を、少し上にずらす。

 向かい側に座る人の影。

 差し込む光が間を遮って、顔がよく見えない。

 でも、そんなの関係無かった。

 とっとこうと思ったのを言い当てられて、嬉しくなって何度もうなずく。

 足をぱたぱた揺らすと、ふふ、と笑う声が聞こえた。

 うん、とっておくの。それで、最後に食べるの。

 さくらんぼの茎を口の中で結ぶのに夢中になって、アイスが溶けちゃうから。

 

『今日は、遊園地に行きましょうか』

 

 ゆうえんち。とっても広くて、とっても楽しい所。

 行きたい。行きたい。

 うなずくと、また、笑う声。

 伸ばされた手に、私も頭を近づけると、ぽふんと包まれて、何度も撫でられた。

 暖かくて、気持ち良い……。

 するりと手が離れるのに、あっと声を上げてしまう。

 もっと撫でて欲しい。もっと、もっと。

 ぱたぱた足を揺らして、不満を訴える。手は、スプーンを持ってるから、振っちゃいけない。

 言わなくても伝わったのか、また、小さな笑い声。

 私まで嬉しくなって、一緒に笑う。

 銀の髪をほっぺに当てて笑うと、長い髪を揺らして、お母さんも笑う。

 日の光でできた仕切りの隙間から、黒くて長い髪が零れて、揺れているのが見えた。

 光が薄れていく。

 だんだん薄暗いのが伸びてきて、私とお母さんの間にあった光を、全部とっていった。

 

「妖夢ちゃんは、甘えんぼさんやね」

 

 グラスの向こうには、頬杖をついて微笑むこのかの姿があった。

 

 

 暗い中で目を覚ます。

 どこかから差し込む薄い光が、今はまだ、外が暗いのだと教えてくれた。

 抱いていた楼観剣を体から離し、かぶっていた布団を持ち上げる。こもった熱が外に出て、冷えた空気が、布団の中と、はだけた胸元に入り込んで来た。

 刀を支えにして身を起こす。瞬きすると、パタタ、と軽い音が鳴って、何かが目から零れた。視線を布団にやる。

 暗くて、よく見えない……なんて事はないけど、特に何かが落ちているようには見えなかった。

 小さくあくびを噛み殺して、腕で目元をぬぐう。熱い何かが肌に擦り付けられて、ぴくりと体が跳ねた。

 

「…………」

 

 しばらく腕を眺めていて、窓からの光に顔を上げる。

 立ち上がって、服の乱れを直しながら、窓の前に立つ。

 そっと見上げると、いつもより大きな三日月が、明け方の空に浮かんでいた。

 空の向こうが白んでいくのを眺めていて、ふと、懐の重みに、手を突っ込んで機械を取り出す。

 晴子がくれた機械。月詠の刀に突かれたのに、傷一つついていない機械。

 胸に押し当てて、昨日の斬り合いを思い返す。

 無様だった。

 何もできなくて、結局倒せなくて……。

 でも、怒りも情けなさも浮かんでこない。

 

『あてつけの剣では、ウチは斬れまへんえ』

 

 あの女の声が耳元でした気がして、目をつむる。

 あてつけの剣。

 私……そう言われて、そんな訳無いって思って……。

 でも、このかを守れるセツナを見て……このかに笑顔を向けて貰えるセツナが羨ましくて……妬ましかった。

 だからきっと、その言葉は正しかったのだろう。

 言い返す言葉も見つからないくらい正しくて……でも誰にも言われたくない事だった。

 左手に持った刀を持ち上げて、息を吐く。

 だから、なんだ。

 あてつけでも、敵は斬る。それだけの話。

 沈んだ気持ちを誤魔化すように、柄をコツンと額にぶつけ、もう一度息を吐いて、目を開ける。

 返事をするかのように、後ろで誰かの呻く声がした。

 空は大分明るくなっていた。

 

 朝の自由時間に、マキエ達に誘われてお風呂に入った。熱い湯をかぶっても、気分は晴れなかった。

 替えの自分の服に着替えて、朝食のために大広間に移る。

 その名の通り広い部屋には、所狭しと長机が並んで、沢山の女生徒が楽しそうにお喋りをしていた。

 やけに品数の多い料理を前にして座り、先生の音頭に合わせていただきますを言う。

 箸に手を伸ばそうとして、みんな好き勝手に席を移動するのを見て、ちょうど良い、と思った。

 お盆を持ち上げ、先生の姿を探す。わりと近くにいて、すぐ見つかった。

 足早に歩み寄って行くと、机にお盆を置いていた先生は、私に気付いて挨拶をしてきた。

 小さく返しながら、先生、と声をかける。

 

「なんですか? あ、一緒に食べたいんですか? いいですよー、はい、ここどうぞ!」

 

 違う。

 私がここに来たのは、今日の班行動の事で伝えたい事があったからで……。

 

「伝えたい事ですか?」

「私、今日はマ」

「おはよー妖夢ちゃん。ネギ君も、おはよ」

 

 ……キエ達と行動する、と言おうとして、不意打ち気味な背後からのこのかの声に、言葉を飲み込んだ。

 なんや眠そうやな、と先生に言うこのかの顔を見て、すぐ、目を逸らす。

 このかは……セツナが守るから、私は離れて見守ろう。そう思ったから、先生に伝えに来たのに……。

 このかの目の前でそれを言うのはとても嫌で、続きを促すように私を見る先生からも目を逸らし、うつむいた。

 この場から、今すぐにでも立ち去りたい。胸がキュッとなって、息苦しく感じるのに一歩下がろうとして、ぽんと頭に乗せられた手に、暖かいものが体中に広がった。

 誰の手か、なんて、見なくてもわかる。

 髪の毛越しに伝わる柔らかい手の感触に身動きが取れずにいると、このかが顔を寄せてくる気配があって、妖夢ちゃんも、と、声。

 え、なに……が?

 

 言ってる意味がわからなくて、手が離れていくのにあっと声を漏らしながら顔を上げると、助けてくれて、とこのかは続けた。

 昨日の話。

 このかは、私にもお礼を言ったんだ。私は……何もできなかったのに。

 遅れて走るばかりで、斬られそうになるのを防ぐばかりで……肝心な時にも飛び出せなくて。

 暗い気持ちが胸の内から吹き出して、でも、このかの笑顔に、全部溶けて消えてしまった。

 嬉しかった。

 お礼を言われて……頭に手を置かれるのが嬉しくて、気恥ずかしかった。

 火照る頬を隠すように手を当てると、このかはふっと横を向いて……嬉しそうな声で、セツナの名前を呼んだ。

 悪寒にも似た冷たい塊が背を滑り落ちる。

 このかが見ている方に顔を向ければ、ちょうど、そっぽを向くセツナの姿があった。

 そろりそろりと離れて行こうとするセツナを、このかと先生が追いかける。私はついて行けなくて、その場に佇んでいた。

 

 セツナ……どうすれば、セツナを超えられるんだろう。どうやったら、私がこのかを守れるんだろう。

 何を斬れば、もっと強くなれるんだろう。

 背に吊るした刀の重みを感じながら、頭の中で模索する。

 斬るのは……斬る相手は、誰なんだろう。無意識にセツナの姿を目で追いながら、ぐるぐる考えを巡らせる。

 しかし、結局考えてもわからなくて、今はただ、敵だとわかる奴を斬るために頑張ればいいか、と結論付けた。

 そのためには、やっぱりこのか達と一緒に行動しよう。セツナが離れて見守るというなら、私は近くで……うん。

 お盆を机に置いて座り、私はもう一度、いただきますを言った。

 

 

 量の多い料理をどうにかお腹に納めた私は、セツナともう一度仲良くしようと頑張っているこのかの邪魔をしようとも思えず、先生とアスナにくっついて歩いていた。

 朝の道と夜の道は、同じ道でもその姿を大きく変える。まるで別の道に見えて、迷ってしまう事もある。等間隔で扉が並ぶ廊下は、どこまでも同じ風景が続いているように見えて、迷路みたいだった。

 いや……別に、部屋までの道を忘れた訳ではない。私はちゃんと、一人で部屋に帰れる。

 ただ、戻ってもする事が無いし、どうせ後で合流するのだから、今の内から一緒にいてしまおうと思っただけだ。

 先生とアスナは、昨日の眼鏡の女達の話をしながら歩いていた。

 アスナは、敵をあっさり撃退できた事で軽く考えているらしく、敵の事よりも、セツナとこのかとの事を気にしているようだった。

 先生の方は、それとはまた別の事を考えているようだった。

 

「ね、妖夢ちゃんは、このかを桜咲さんにとられちゃうとか思ってない?」

 

 ……そういう話の流れでは無かったように思えるんだけど。

 むー、とうなっていた先生から視線を外し、軽く腰を折って私に顔を寄せるアスナを黙って見上げると、そうなんですか? と先生も話に乗って来た。……考え事はどうしたんだろう。

 首を振るか否定の言葉を出すか迷っていると、今はね、とアスナが言った。

 

「このかも結構、色々あるみたいでいっぱいいっぱいだってだけで、妖夢ちゃんの事をほっぽってる訳じゃないと思うよ」

「……わかってる」

 

 そんなの言われなくたってわかってる。

 さっきだって頭をぽんってしてくれた。

 このかはただ、またセツナと仲良くしたいと思ってるだけだ。そんなこのかを悪く思う訳がない。

 …………。

 

「別に、私は……このかと一緒にいないと絶対嫌って訳ではないし……」

「なに恥ずかしがってんのよ。いいじゃない、一緒にいたいって思うくらい。変な事じゃないよ」

 

 あまりに自然に聞かれたから、そんな風に答えてしまったけど、よく考えればこのかにべったりくっついてるのは変な事なんじゃないかと思ってそう言うと、アスナはそう言って私の頭に手を置いた。そのまま、頭を撫でられる。

 ちょっと乱暴な撫で方。頭の上でリボンがぴょこぴょこ揺れるのがわかる。

 でも、気持ちは伝わってきて……心が温かくなる。自然と目を細めようとして、先生が口元に手を当てて何か言いたそうにしているのに、顔を向けた。

 そんな先生の様子にアスナも気付いて、足を止めて先生の方を向く。ぱっと離れていってしまう手に、意図せずに声が漏れた。

 

「なによ、その顔は」

「いえ、別に……なんだか、今日のアスナさん、とっても優しいなーって」

「あー? どういう意味よそ、ってうわっ!?」

 

 アスナが詰め寄ろうとしたちょうどその時、先生を押し倒す勢いでマキエが飛び込んで来た。

 先生に抱き付いて、今日の班行動を一緒に回ろうと誘うのに、そう言えば、先生は五班と一緒に行動する訳じゃないのか、と思い至った。

 ……いや、それには特に問題はない、か。

 衝撃で落ちたのか、床に転がるカモ君の前に屈んで、乗れるように両手を差し出すと、ふいっと顔を背けてどこかへ行こうとした。

 その前にギュッと捕まえて立ち上がり、集まって来たクラスメイト達にもみくちゃにされている先生から離れる。

 あんな所をカモ君が歩いていたら、踏まれてしまって危ないだろう。そう思っての行動だったのだけど、カモ君は一声鳴くと、隣のアスナの肩の上に飛び移ってしまった。

 ……嫌われてるのだろうか。

 

「それでももし寂しくなったら、話し相手くらいできるよ、私」

 

 肩のカモ君を突っつきながら、ね、とアスナは笑ってみせた。

 ……ひょっとして私、今、優しくされているのだろうか。

 小首を傾げると、いや、まあ、嫌ならいいんだけど、とアスナ。

 別に、嫌ではないけど……アスナには、どう話しかけていいのかわからない。

 

「よーよー姐さん。兄貴の言う通り、今日はホントに優しいな。母親みたいな心配ぶりだぜ」

「うるさいわね、ちょっと気にかけただけじゃないの!」

 

 よーよー、と腕を振ってそんな事を囁いたカモ君は、次には力いっぱい握られて潰れそうになっていた。

 母親……アスナが?

 喧騒に混じって、握ったカモ君に弁解するアスナを見上げると、それに気づいたアスナは、ふいっと顔を逸らして、頬を掻いた。

 

「ま、まあ、友達だしね?」

 

 疑問形で呟いたアスナは、誤魔化すように笑って、手を振った。

 いつの間にアスナと友達になっていたか知らないけど、好意を向けられるのは嫌じゃなくて、友達でいいか、と思った。

 そうこうしている内に、先生はノドカの誘いで、結局五班と行動する事になった。

 いつも内気そうな彼女が勇気を出して先生に声をかける姿は、私の胸に小さな何かを落としていった。

 

 

 奈良の観光。

 回るルートは決められているらしく、大して考える事もせず歩けるのは楽で良い。

 しきりにセツナを気にするこのかも、話しかければ優しく答えてくれて、微笑んでくれた。

 手は繋いでくれないけど……ううん、私、もうそんな年でもないんだ。そういうのは、初めから無くていいの。(妖夢)には、合わないだろうから。

 手が寂しいなんて思ってしまう自分を誤魔化すために、先生にならって鹿せんべいを買ってみた。思ってたより大きい。

 五班のみんなと足を踏み入れたこの公園――公園というよりは、広い道に見える――は鹿で有名らしく、そこかしこに鹿らしき動物が徘徊していた。

 鹿。名前は聞いた事あるけど、こんなに大きいんだ。そして、四足歩行……。おせんべいを食べると聞いていたから、てっきり二足歩行の生物なのだと思っていた。可愛いと言うから、小さいのだとも。

 わーわー嬉しそうに鹿に近付いて行く先生を見て、私も、せっかくおせんべを買ったんだから、あげようと思って後を追った。

 ……のだけど、先生がおせんべいを差し出す前にどつかれるのを見て、足を止めた。

 わらわら集まって来た鹿が競うように先生の手からおせんべいを奪おうとしているのを遠巻きに眺める。それは、戯れているというよりは、襲っているように見えた。

 ……あ、一匹こっち見た。

 なんだか怖くなって、私は持っていたおせんべいを、全部投げ捨ててしまった。

 

「ちょっ、わっ、あだーっ!?」

「……あっ」

 

 フリスビーみたいにひょろろと飛んでいった内の一枚が、鹿に服の裾を引っ張られて半泣きになっている先生に当たってしまった。

 追い討ちみたいな事をしてしまった……。

 それでも、まだ少し怖いので、みんなの下に戻ろうと顔を向けると、アスナとセツナの二人だけがぽつんと立っていた。

 

「このかなら、売店に行ったわよ」

 

 見回しながら歩み寄って行くと、アスナがそう教えてくれた。……他の三人は? ハルナにノドカにユエユエ。

 疑問に思いつつも、口に出してまで聞く事ではないと思い、アスナの横に立って、鹿に襲われる先生を眺める。

 

「完全に遊ばれてるわねー」

「ネギ先生……」

 

 二人して苦笑いを浮かべるので、真似して笑みを形作っていると、先生からのヘルプが入った。わーん、と泣き笑いのような表情で、困っているのがありありと伝わってくる。

 手を貸してあげたいけど、近付くのが怖くてアスナを見上げると、はいはい、と呟いて、すぐに救出に向かった。

 引きずり出されてきたネギ先生は、酷い目にあいました……と乱れたスーツを直しながら言って、私に目を向けて来た。

 おせんべいをぶつけた負い目があるので、さっと目を逸らす。

 先生は、気を取り直したように、それにしても、と声を上げた。

 

「今のところ、あのお猿の人が来る気配はありませんねー」

「……昨日の襲撃でこちらの警戒が上がっているのはわかっている筈ですから、今日は大丈夫だと思いますが……」

 

 ゆっくりと歩き始めながら、敵の話。

 ああ、そうだ。敵はまだ、このかを諦めてはいない。という事は、またあいつらは来るのだろう。

 あいつ……月詠の顔を思い浮かべながら、白楼剣の柄に手をやる。

 強い奴。……力量は、向こうの方が上だろう。

 でも、次は負ける気はなかった。……いや、次は斬る。

 確実に排除しなければ、このかの安全は確保できない。

 そこまで考えて、セツナなら、あの女を斬れるのだろうかと考えた。昨日はあの女と互角に渡り合っていたように見えたけど……。

 見上げるセツナは、アスナに「なに恥ずかしがってるのよ」と言われて、慌てて弁解していた。このかとの事……。

 セツナもこのかが好きなら、恥ずかしがってないでそう言ってしまえばいいのに。

 ……なんて、そう言えない理由があるのを知ってて、こんな事を思ってしまう私は、悪いんだろうな。

 

 このかの傍にいられない理由をぼそぼそと呟くセツナを見ていると、急に背を押されて転びそうになった。

 後ろを見ると、ユエユエとハルナが戻って来ていて、大仏を見に行こうと誘ってきた。

 訳がわからず目を白黒させていると、このかがセツナを追って行くのが見えて、それに気を取られている内に、どんどん背を押されて歩いてしまう。

 一緒になってハルナに押されるアスナが、困ったように理由を問うのが、耳に残った。

 

 

 結局、大きな建物まで連れて来られてしまった私達だけど、ここに来てやっと解放される傍から、アスナはセツナとこのかの事が気になると私に言って、走り出してしまった。

 追うか。でも、連れて来られたのに、すぐに出て行っていいの?

 一瞬躊躇して、見上げた先で、どこかを見ていたハルナが私を見て頷くのに、駆け出した。

 ……それにしても、なんで連れて来られたんだろう。

 

 相変わらず足の速いアスナを必死に追いかけて、来た道を戻って行く。流石に同じ場所にはいなくて、探し回る事になった。ほどなくしてセツナの姿を見つける。

 このかはいない。セツナの言動を見るに、()いたらしい。

 …………息を整えながら、アスナの隣に並び、先程と同じようにこのかに近付けない理由を呟くセツナを見る。

 魔法をバラす危険がとか、身分がとか、それらしい理由ばかりだけど、それが本心からの言葉でないのは、何を聞かずともわかった。

 

 『私の気持ちを信じてくれ』、と、私の肩に手を置いて言ったセツナの顔を思い出していると、近くの茂みがガサリと音をたてたかと思えば、ノドカが涙を流しながら現れた。

 ……何があったのだろう。

 

 彼女を落ち着かせるために、私達は近場の茶屋に足を運んだ。外に備え付けられた椅子に座るノドカにお団子と一緒に頼んだお茶を手渡すと、すぐに口をつけて、あちゅっ! と体を跳ねさせた。

 ふーふーと息を吐きかけるのを見つつ、自分の分を抱えて椅子に座る。

 大丈夫? とアスナが問いかけると、落ち着いてきたのか、ノドカは涙を流していた理由を静かに話し出した。

 ……先生に告白した。

 ぽつぽつと小さい声で語られる話を短く纏めれば、そう言う事だった。

 予想外の言葉だったけど、そこまで驚く事でもなかったのに、オウム返しに叫ぶアスナの声にびっくりしてお団子を落としてしまった。

 あー……蟻にご飯を提供したと思って、諦めよう。もう一本あるし……。

 

 正確には、しようと思ったけど、できなかった。それで、逃げてきてしまった。

 お団子のベタつきに指を舐めながら、ノドカの話に耳を傾ける。

 話を振られたセツナが、どうして先生を、と疑問を言った。どう見ても子供なのに、と。

 好きになるのに年齢は関係無い、と誰かが言っていたのを思い出す。誰が言ったんだっけ……。

 ノドカは、先生の姿を思い浮かべているのだろうか、薄く頬を染めて、先生の事を評した。

 いつもは子供っぽいのに、時々びっくりするくらい頼りがいのある大人びた顔をする、と。

 頼りがい……。

 つい先程、鹿に襲われて半泣きになっていた子が、頼りがいのある大人……ノドカを悪く言うつもりは無いけど、それはないんじゃないかな、と、笑いを堪えつつ顔を上げると、横のアスナが見てわかるくらいに頬を赤くしていた。……あれ?

 先生の事を思い出したように呟くセツナの方を見る。最初は頼りなく思えたって、じゃあ、今は……?

 ……ひょっとして、私が知らないだけで、先生はそんなに頼りがいのある人なのだろうか。

 ……確かに、先生は強いし……そうなのかもしれない。私は、そんな先生を見た記憶は無いけど……。

 その内見れたりするのだろうか。ちょっと気になって、お皿に残るお団子を弄りながら、『頼りがいのある先生』の姿を思い描いていた。

 私達には無い目標、それを目指す姿勢……。それが、大人びて見える先生の正体。

 ノドカの声を拾いながら、膝の上のお皿に目を落とすまま、考える。

 目標、か。

 私の目標は……幻想郷に……冥界に帰る事、だ。

 ただ、今は半霊を取り戻すためにここにいる。その過程で、このかを守るために、ここに。

 その為の力は、全然足りないけど……それでも、守りたいんだと、胸の内で思った。

 

「アスナさん、ありがとうございます。話を聞いてくれて。魂魄さんも」

 

 お茶、ありがとうございます。

 そう言われるのに顔を上げると、ノドカは最後に、怖い人だと思っていたけど、そんな事は無いんですね、とセツナに言って、走り去ってしまった。

 行ってきますの言葉を残して。

 行くって、どこに?

 そう疑問を抱いたのは私だけではないらしく、とりあえず後を追う事になった。

 お団子を口に詰め込んでお茶で流し込み、お皿を返しに行って、その足でノドカの向かった先へ。

 途中、道なき道に入り込み、すぐに景色が明けると、果たして、そこにはノドカと先生の姿があった。

 急ブレーキをかけると、危うく木の陰から出そうになった体をアスナに引っ張られて戻される。そのまま、私達は木の陰から二人の動きを覗く形になった。

 

 もどかしくもあり、こちらまで恥ずかしくなってしまいそうな掛け合いの後……ノドカは、告白した。

 清々しいくらいに晴れた空へ響いて行った声は、私の耳の奥でも反響して……ノドカが返事を聞かずに走り去って行ってしまっても、尚聞こえ続けていた。

 だって、そんな。

 そんな、大きな気持ち。

 私だったら踏み止まってしまいそうな気持を、ノドカは出したんだ。

 

 視界の端で倒れる先生が見えても、私は、ノドカが去って行った方をぼうっと見ている事しかできなかった。


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