なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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一度修正した、スポーツドリンクの個所。
どうやらスポーツドリンクであっているらしいので再び直します。
……直します。


第十三話 修学旅行

『まもなく、京都――』

「着いたぁー!」

「京都着いたよ! ……大丈夫?」

 

 車内放送が一斉に上がる声に飲まれて消えると、背を沈ませていた座席がドンと揺れて、頭越しに声が降ってきた。

 顔を上げる気力も無く、気怠(けだる)さに前髪を掻き上げながら黙っていると、席の横に回り込んで来たピンク頭……佐々木マキエが人好きのするような笑みを浮かべて、表情とは裏腹な言葉をかけてきた。

 ぞろぞろと人が移動する気配。僅かに揺れる車内に重く息を吐くと、マキエの後ろから覗く四班のお仲間にさえ心配されてしまった。

 ……無視するのもちょっと心苦しくなってきて、私は彼女たちに目を向け、軽く頭を下げた。

 それをどう受け取ったのか、マキエは笑顔のまま大きく頷いて、私に手を差し出してきた。

 

「これからよろしくね! コンタクト……? ……よーむちゃん!」

 

 迷いなく伸ばされた手に、思わず向けてしまった目を、ゆっくりマキエの顔にやる。

 それから、その後ろの二人にも。

 黒髪を片側だけ結んだ女性と、色素の薄いショートカットの女性。いずれも四班のメンバー。

 ……まあ、どうでもいい事。

 

 立て掛けておいた楼観剣を掴み、足元にある旅行カバンを持ち上げて、席から降りる。

 それから、満面の笑みで私を見るマキエの顔を一瞥して、横を通り抜けた。

 

「……ありゃ?」

「あー、振られちゃったねー」

 

 外へと出て行く列が左右に揺らいでいるのを見つつ、待っているこのかの下に歩いて行くと、このかは困ったように笑って、私の肩に手を置き、私を反転させた。

 

「こらこら……無視はあかんよ」

 

 突然の事に訳がわからなくて目を白黒させていると、耳元に顔を寄せたこのかがそう呟くのに、きゅっと心臓が縮むような感覚を覚えた。

 ……今の今までそれが悪い事だなんて思っても無かったのに、このかに「あかんよ」と言われると、とても悪い事をしてしまった気がして、うつむいた。

 しかし、近付いてくる三人の気配に、すぐにこのかの声で顔を上げさせられた。

 

「ほら、嫌なら嫌って言わんと、まきちゃん達も困ってしまうえ?」

「あー、ごめんねこのかー。いきなりなれなれしくしすぎたかな? よーむちゃんも、ごめんね?」

 

 別に、嫌だって訳じゃないんだけど……と思っていると、マキエは後ろ頭に手をやりながら笑って、このかと私にそれぞれ謝罪の言葉をくれた。

 そう謝られてしまうと、困る。

 別に私は、嫌いだから無視したんじゃなくて、気分が悪かったから……それに、早くこのかの所に来たかったから……。

 

 謝るべきなのだろうけど、素直にそうできなくてまごついていると、「これから仲良くしてくれたら嬉しいんだけどな?」とマキエは言った。後ろの二人も、同意見のようだった。

 新幹線から降りながら、名前を交換する。どうやら、黒髪の方はユーナで、短髪の方がアコと言うらしい。どうでも……よくは、ない。

 一応、同じ班として気にかけてくれたというのはわかったし、今更好意を無下(むげ)にするのも気が引けるが……このかと一緒に動くのは最初から決まっていたから、一緒には移動しない事を伝えると、構わないと笑顔で言われた。気分を害した様子はなかった。

 ……先生の言っていた通り、良い人、なのだろう。

 

 大きな駅を出てバスに乗り、旅館へと向かう。

 マキエ達は、席が近くなったりすると積極的に話しかけてきた。

 

「ふふ、仲が良さそうで何よりです」

 

 傍を通った先生が、口元に手を当てて呟く。うるさいよ。

 

 新幹線を降りてからだいぶ気分も優れてきたけど、こうひっきりなしに話しかけられると、口を開くのも億劫になってしまう。

 無性に剣が振りたい。

 ああ、もし次先生が困っていたりしたら、手を貸す事にしよう。鳥くらいなら斬れるかもしれない。

 

 旅館で荷物を置いた後は、清水寺とやらに向かう事になった。

 忙しない。もっとゆっくり動きたいが、団体行動を守らないと怒られるらしいから、仕方なくだるい足を動かす。

 ……まあ、このかが手を繋いで引いてくれるなら、私はどこまでだって歩いて行けるんだけど。

 

 清水寺を前に集合写真を撮る。

 他のクラスは何か決まりがあって整列しているように見えたが、このクラスはお構いなしに並んでそれぞれポーズを取った。

 私も、このかの傍の手すりの上に立って、なんとか頭だけを出す。

 ピースサインとかは……やっぱり必要なんだろうか。

 それが終わると、また移動。制服を着ていない人も結構いて、人波に酔ってしまいそうだった。

 清水の舞台だかなんだか知らないが、そこから眺める景色は言葉には言い表せなく、いつか見た麻帆良の街並みの時と似た感情を抱いた。

 ……あの時と同じように、空は青い。幾分清々しさがある。

 清水の舞台から飛び降りるという言葉があるらしいけど、なるほど、ここから飛んだら、さぞ風が気持ち良い事だろう。

 興奮気味に手すりに寄って行くクラスメイト達を、委員長が押し留めるように声を上げていた。

 一番注意すべき先生が、手すりから身を乗り出していて今にも落ちそうなんだけど……まあ、先生なら落ちても大丈夫だろう。

 下に見える音羽の滝と言うのが、次に行く場所のようだ。

 はぐれないようにとこのかがしっかり手を握ってくれるのに、少し汗ばんだ手で握り返す。

 人の熱気もあるが、いつもとは違う場所と雰囲気で私も興奮しているらしい。きっとこれが、楽しいという事なんだろう。

 

 途中で恋占いの石なるものにマキエらが挑戦していたが、あんなに離れている所に目をつぶって歩いて行くのは、難しいというより無理なんじゃないかと思った。

 だって、目をつぶったら、真っ暗闇だ。

 私は闇には慣れているが、それでも目をつぶった状態だと思ったようには動けない。

 敵がいるなら話は別だが……。

 

 それにしても、音羽の滝。

 滝と言うのはもっとこう、崖から轟々と大量の水か流れ落ちて来るものだと思っていたのだが、この滝は、小屋とも言えない未知なる建造物の屋根から三筋に分かれてちょろちょろと水が流れているだけで、これを滝と言うのは厳しい気がした。

 ……いや、これが本物の滝なのだろうか。私は実物を見た事が無いから、判断がつかなかった。

 一人悩んでいる内に、並んでいた列の順番が回ってきて、柄杓を手に取り、流れ落ちる細い水に伸ばして汲み取る。

 それを口にしてみれば、気のせいかもしれないけど、普通の水とは違う味がした……ような気がした。

 きゃいきゃいと騒ぎながら、他のみんなは私の隣の方の水に柄杓を伸ばしている。縁結びの水はそう求める程に美味しいのだろうか。

 私が選んだのは学業の水。最近このかに勉強を教えて貰っているけど、難しいから、少しでも上手くいくように選んだんだけど……そっちの水は美味しい?

 気になって、いくつもの柄杓を流れて零れ落ちていく水を捉えて、いっぱい溜めたら、引き戻して、口に運んでみる。

 ……水?

 舌の上を流れる水は、学業の方とは重みが違うような気がして小首を傾げる。

 騒ぐ程美味しいとは思えないが、明らかな違いがあった。

 柄杓の中身をくっと飲み干し、元に戻す。

 階段を降りてこのかの下に行き、他の女生徒達が滝の水を飲んで戻って来るのを待っていると、その内雲行きが怪しくなってきた。

 酔うのだ。みんな。

 縁結びの水を何杯か飲んだ人達は、足取りも覚束なく降りて来たかと思えば、滝を前にして酔い潰れてしまった。

 ……水で。

 

「どうしたんやろか」

 

 心配そうに言うこのかを見上げると、とりあえず、他の人の迷惑にもなるから、潰れてしまったみんなを移動させようと言うので、手伝う事にした。

 そのさなか、なぜか先生が屋根の上に登っているのを見つけて、何をしているのだろうかと疑問に思った。

 はしゃいで上に登ったのかな。先生なのに落ち着きがない。

 ……でも、ちょっと楽しそうだと思ってしまった。

 

 みんなをバスに運ぶと、もう旅館に戻る事になった。

 予定ではもう少し見て回るはずだったらしいけど、大半が眠ってしまっていては、戻らざるを得ないようだ。

 ……あはっ。みんな死んだように眠ってる。

 それが無性に可笑しくて、込み上がってくる笑いを口に手を当てて止めていると、先生に「大丈夫ですか?」と聞かれた。

 

「ふふ、大丈夫? うん、大丈夫……ふ、ふふ」

「いえ、そうなら良いんですけど……」

 

 何が言いたいんだろう。言いたい事があるならはっきり言えばいいのに。

 でもまあ、いつの間にかだるさも無くなってるし、気分は良いかな。

 先生が自分の席に戻って行く中、何度かちらちらと私を見るのがまた可笑しくて、笑いを堪えるのが大変だった。

 それから、旅館に着くまで、クラスメイトの寝息の中に、私の声が混じっていた。

 

 

 旅館に戻ってくると、それぞれの部屋に眠っている人達を運び込んでいく。

 それが終わってしまうと、休憩の時間になった。夕食まで部屋で待機するか、軽くなら旅館内を歩き回ってもいいらしい。

 

「エクストリーム……ふふっ」

 

 マキエらが寝こけているのを眺めているだけでも楽しいが、私は壁に背を預けて、小さな機械を何度も何度も鳴らして遊んでいた。

 カチリ、カチリとスイッチを押し込んで、響く音声を聞く。

 あー、楽しい。静かな部屋に、寝息に混じって男の人の声が聞こえるのが、おかしくってたまらない。

 平たくも厚い布団の柔らかさを感じながら、伸ばした足の先でシーツを擦ると、冷たくて気持ちが良い。

 それもまた、心をくすぐって、体を小さく捩りたくなるような楽しさがあった。

 この楽しさを、このかにもわけてあげたいな。

 なんて思いながら、もう一度手の内の機械を鳴らそうとして、大きな手に、私の手が包み込まれた。

 影がかぶさってくるのに顔を上げると、変な目と目が合った。

 

「あまりうるさくするのは、よくないよ」

 

 ……ああ、時々セツナと一緒にいる人。

 長い髪と黒い肌が特徴的……それと、かたっぽだけ目が変。変に感じるの。

 

「……あまり使うのもよくないと……言ってる意味わかるか?」

「?」

 

 クスクスと笑みを零すと、タツミヤだったかはそう言葉を続けようとして、途中で言葉を切り、私に確認してきた。

 意味……? 何を指して言ってるのか、わかんない。

 小さく首を傾げると、彼女は呆れたように「酔ってるな……」と呟いた。

 酔う? 私は寝てないし、そもそもお酒は飲んでない。酔ってないよ。

 

「……ふむ」

 

 一つ息を吐いた彼女は一度私から離れると、自分のカバンから何かを取り出して戻って来た。

 

「これを飲むと良い。すぐ酔いもさめるだろう」

 

 差し出された物を片手で受け取る。それは、ペットボトルのスポーツドリンク? だった。

 ただ、冷えてはいなくて、ちょっと(ぬる)いのが、プラスチック越しに伝わってきた。

 両手で持って、とタツミヤが囁くように言いながら、私の手をペットボトルに当てるのに、抗う理由も無いので、その通りにすると、するりと機械を抜き取られる。

 あ……。

 

「大丈夫、盗らないよ」

 

 ぎこちない笑みを私に向けたタツミヤは、一転して真剣な表情で機械を見ると、おもむろにそれを振り始めた。

 端っこの方を手で持って、体温計を振るみたいに、ぶんぶんと。

 なんだ、タツミヤさんも遊びたいんだ。そうならそう言えば良いのに。

 

 機械が振られるたび、吹き出るように黒い炎が抜け出て私を取り巻くのを眺めながら、ペットボトルの蓋を開けて、口をつける。

 ……やっぱり、温い。

 あんまり美味しくないのに不満を感じて、それを解消しようと後ろ腰に手を伸ばす。

 一度柄に手をかけ、撫でるように鞘の方へ滑らせて、結ばれているリボンを手の平に擦り付けると、結び目を辿ってその端を掴んだ。

 リボンを解く。

 

「――!」

 

 解放された吹雪と暗闇が渦を巻きながらペットボトルに集まると同時、大きく飛び退(すさ)ったタツミヤさんが構えを取るのが見えた。

 気にせず、ぱっと魔力が弾けて、それと一緒に吹雪が消えた後のペットボトルに目をやる。

 ……うん、良い感じに冷えてる。

 ……冷えたけど。

 

「……寒い」

「言う事はそれだけかい?」

 

 なんだか、凄く馬鹿な事をしてしまった気がする。

 というか、してしまったのだろう。

 乱れた布団を足で直しつつ、呆れ顔のタツミヤさんを見上げると、肩を竦められた。どこかからうめき声が上がるのに、誤魔化すようにペットボトルに口をつける。

 ……冷えてても、美味しくない。

 

「何と言うか、まあ……」

「…………」

 

 歩み寄って来たタツミヤさんに、ほら、と機械を返されて、それを受け取ると、すぐに立ち上がった。

 楼観剣を掴み上げて、手早く背負うと、出入り口まで歩いて行く。

 

「……これ、ありがとう」

「礼はいいよ、まだあるからね。ああ、夕食の時間は七時だよ」

「それまでには、戻ります」

 

 振り向かないまま礼を言うと、そんな声が返ってきた。

 短く返し、部屋を出る。落ち着いた感じの廊下を行こうとして、向こうから同じ班の女性が歩いて来るのを見つけた。

 

「あ……」

 

 気にせず歩いて行くと、私に気付いた彼女は小さく声を漏らして、それから、あまり遠くに行かないようにね、と囁くように言った。

 言われなくても……というか、そんなに遠くに行くつもりはない。

 軽く頭を下げて、さっさと歩いて行く。

 特に目的は無い。ただ、ちょっと……火照った頬を冷ましに歩くだけだ。

 

 

「あ、妖夢ちゃん」

 

 食後にふらふら散歩していると、何やら騒いでいる先生とアスナを見つけた。

 椅子に乗って一息つき、足をふらつかせながら話を聞いていると、セツナがスパイだとかなんとか、変な方向に話が進んでいく。

 敵のスパイって、先生の立ち向かう困難の?

 そんな訳ないのに。

 だってセツナは、このかを守るので忙しいのだ。

 今日だって、陰からちらちらちらちら、鬱陶しいくらい覗いていたもの。

 スパイなんかしている暇はないだろう。

 

「あの、妖夢さんは何か知ってます?」

 

 かみなるりゅーがどうの、京都がどうのと騒ぐ中で、唐突に話を振ってくるのに、首を振ってやる。

 

「知りません」

「そ、そうですか……」

 

 本当の事を伝えて落ち着かせるのが良かったのだろうけど、あたふたしている先生は可笑しくって、教える気にはならなかった。ちょっと溜飲が下がる。

 まあ、スパイだかなんだかしてるセツナの事なんて知らないから、嘘は言ってない。

 なんてやっていると、女性の先生がやってきて、早く風呂に入れと先生に催促した。

 

「センセ」

「あ、はい、なんですか?」

 

 一足先にお風呂に入るため、この場を去ろうとする先生に、お風呂は五班と一緒でいいのか、一応確認をとる。

 大丈夫ですよ、と先生は言った。

 

「それじゃ、準備しに戻ろっか」

 

 声をかけてくるアスナに頷いて、その後ろにくっついて行く。

 そういえば、さっき、セツナがこのかの昔馴染みだとか言っていたけど、どういう事なんだろう。

 そんな話は、セツナから聞いていないような気がするんだけど……。

 

「え? いやー、私も詳しくは知らないんだけど」

 

 それを聞くと、アスナは小さく首を傾げて、私にそう言った。

 知らないならいい。

 ……後で、直接本人に聞けばいいのだから。

 

 一度自分の部屋に戻ると、少しの間休んでから、替えの下着を持って五班の部屋を訪ねた。

 出て来たのは、このかとアスナだけだった。ノドカとハルナとユエユエは、少し遅れて来るらしい。

 セツナは、どこにいるかわからないのだそうだ。

 ひとまず、私達は三人だけで浴場へ向かった。

 

「……?」

 

 廊下の先に男湯と女湯の暖簾(のれん)が見えたくらいだろうか。

 手を繋いだ先のこのかがぴくりと小さく身を跳ねさせて、不思議そうに壁の向こうを見た。

 

「どうしたのこのか、忘れ物?」

「んーん。……なぁアスナ、お風呂場の方でなんか変な音せーへんかった?」

 

 音? とアスナが首を傾げると、なー、とこのかが同意を求めて来た。

 音……水の跳ねる音とかは聞こえたけど……特別なのは何も。

 首を振ると、アスナも同意見だったようで、気のせいじゃない? とこのかの肩を叩いた。

 少しの間不思議そうにしていたこのかは、脱衣所に入ってしまうと、気のせいと割り切ったらしく、その顔には笑顔が戻っていた。

 棚に並べられた籠に下着を置いて、刀を外す。

 このかの言葉が気になって、刀を外しながら耳をそばだてて浴場の方の音を聞き取ろうとしてみたけど、やっぱり水の音しかしなかった。

 魔力なら感じるんだけど……。

 刀を置き、上着に手をかける。一気に持ち上げようとして、ふと、何かの動く気配に棚の上を見た。

 ……今、何かいたような……?

 

「どうしたん?」

「大丈夫? ぼーっとして……」

 

 気にかけてくれる二人の方に顔を向けて、大丈夫だと伝えようとしたその時、視界の端に影が落ちていった。

 

「なっ!?」

「わっ!?」

 

 それは一つに(とど)まらず、床にも、このかやアスナの上にもお構いなしに降り注いできた。

 

「――ちっ!」

 

 頭の上に降って来たそれ――猿のような何か――を腕で払い、近くの床で走り出そうとした一匹を踏み抜くと、集まって来た猿が腕や腰に飛びついて来た。

 かと思えば、スカートに手をかけてぐいぐいと引っ張り始めるのに、首根っこを引っ掴んで止めようとすると、もう一匹がスカートの裾に飛びついて来た。

 これでは(らち)が明かない!

 

 このかが悲鳴を上げる。

 腕も足も振り回して猿を外しながら二人を見れば、既に下着姿になっていた二人に猿がたかって、下着を脱がそうと引っ張っていた。

 

「なによこいつらー!」

「きゃぁあ~!」

 

 訳がわからない。

 どこから湧いて来たのかもわからなければ、何の目的でこんな事をするのかもわからない。

 が、わからないながらも、このかとアスナを救うべく立て掛けておいた刀に手を伸ばす。

 ――あ?

 伸ばした手が空を切るのに一瞬よろめいて、スカートを引っ張られるのに転んでしまう。

 あごをしたたかに打ち付けて、まぶたの裏に星が舞う中で、一瞬、刀を持ち上げて飛び跳ねる猿の姿が見えた。

 

「この……うっとうしい!」

 

 ドロワーズに手をかけていた猿を手で払い、乗っかってくる猿も跳ね飛ばして立ち上がる。

 その刀に触れて良いのは、このかだけだ!

 取り返そうとして跳びかかると、ぴょーんと跳ねて避けられた。

 

「ウキッ!?」

 

 と思えば、アスナが跳ね飛ばしたのか、別の猿とぶつかって落ちてくるのを押さえ込み、刀を取り戻す。

 間髪入れずに鞘を猿の顔に突き立てると、綿人形を突いたような手応えが伝わって来た。

 普通なら絶命してもおかしくない程頭が潰れている猿は、怒ったように手足を振り回して鳴いている。

 これは……本物じゃない!

 

「お嬢様!」

「大丈夫ですか!」

 

 柄に手をかけて刀を抜こうとした時、浴場へ続く扉を壊す勢いで開いて、刀片手にセツナが飛び込んで来た。

 続いて、先生も飛び込んでくると、何かに躓いたのかすっ転んで私の横に転がった。……格好悪い。

 じゃなかった。アスナがセツナの持つ刀に驚いている内にも、このかは丸裸にされてしまっている。

 このかに纏わりつく全ての猿を斬り捨てようと刀を抜きかけて、まさかこのかに斬りかかる訳にもいかないと思い止まり、自分の手で引っぺがす事にした。

 邪魔をしようというのか、跳びかかってくる猿を鞘で打ち落とし、このかを担ぎ上げる猿の一匹に手を伸ばすと、後ろで騒いでいたセツナと先生が倒れ込んでくるのに巻き込まれて下敷きにされた。

 

「~~~~っ!!」

「すまない妖夢!」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 謝るより先にどけ!

 また打ち付けてしまったあごを押さえながら先生を睨みつけると、二人はそそくさと退いて、先生は手を差し出してきた。

 腹立ち紛れにその手を思い切り引っ張って転ばそうとしながら立ち上がってやると、体勢を崩した先生は、事もあろうか私の肌着を掴んでバランスを取ろうとしてきた。

 ぐいと勢い良く引っ張られて、立ち上がったばかりなのに、また転んでしまう。

 

「あ~! ごめんなさい~!!」

 

 恥ずかしいやら打ったお尻が痛いやらで散々だった。

 謝る先生と一緒にアスナに助け起こされていると、刀を構えて飛び出していったセツナが、その一振りで猿を一掃し、このかを奪い返した。

 花びらの舞う中で駆け寄って行こうとすると、不意に視線を感じて足を止める。横を、先生とアスナが通り抜けて行った。

 木製の仕切りの向こう……すぐ傍に生える大きな木の上……何かの装束を着た何者かが、飛び降りるのが見えた。

 ……逃げたか。

 肩にずり下がった紐を戻しながら、このかの下に向かう。

 と、このかにお礼を言われたセツナが、何を思ったのか、走って行ってしまった。

 ……セツナ、恥ずかしかったのだろうか。

 

 脱衣所の中に姿を消したセツナに、あ、と伸ばした手を下げるこのかに、きゅっと胸が痛んだ。

 ――守れなかった。

 結果的には、このかは取り戻された。でも、私は何もできなかった。

 傍にいたのに……守ったのは、いつも遠巻きに眺めているセツナだった。

 何か悪い感情が胸の内に浮かぶのを、湯を蹴散らして紛らわして、このか達の下まで歩く。

 先生がこのかや私にセツナの事を聞くのを黙って聞いていると、このかは、セツナとの過去を語り始めた……。

 

「…………」

 

 幼い時からの繫がり……私には無いもの。

 瞳に涙を浮かべて、寂しそうにセツナの名前を呟くこのかに、ああ、そうか、と思い至った。

 このかも、セツナの事が好きなんだ。

 

 すとんと、固い何かが落ちる。それは、落ちたそばからドロドロ溶けて、体の内側に染み込んでいった。

 暗い空から降りてくる風が、纏わりついて離れない影を揺らめかせる。

 

 ……足が、冷えてきた。戻ろう。


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