なりきり妖夢一直線!   作:月日星夜(木端妖精)

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第十話 VS吸血鬼

 月曜日。

 難解な授業には頭を悩ませて、休み時間にはこのかや他の女性とお話しして、授業をして、このかとご飯を食べて、授業をして。

 どうして、午後の授業はこんなに眠いんだろう。

 こっくりこっくりと船を漕ぎつつ、全ての授業を乗り切る。うーん……眠い。

 そう言えば、先生はどこに行ったのだろう。ネギ先生。今朝見た時はやけに元気が良かったけど……吸血鬼打倒の案でもできたのかな。

 はふ、と息を吐いて、目元を擦る。

 ん、ななめ前の席の人、確か……ちうだったか、が私を盗み見ていた。何なのだろう。よくチラチラ見てくるけど、言いたい事があるなら言えばいいのに。こっちも気になってしまう。……寝癖がついてるとかじゃないといいけど。

 

 放課後、セツナと共に人のいない小さな公園へとやってきた。変な力……気、というやつだろうか、それとも魔力か、不思議な力を感じるお札をそこらの木にペタペタ貼ったセツナが、人払いだ、と簡潔に説明してくれた。ああ、闇払いみたいな……違う?

 さて、と長刀(夕凪と言うらしい)を抜いたセツナに、今日は真剣で斬り合うの? と期待して聞いてみると、そんな訳ないだろう、とたしなめられた。

 

「見ていろ」

 

 ふっと息を吐いたセツナとその刀に、……これは、これが気か。内からじわじわとあふれ出す力が集まっていって、鋭い刃になる。

 一閃。短く息を吐くのと同時に空気を切り裂いて見せたセツナは、今のをやってみろと言ってきた。……今のを? そもそも私、気ってのがよくわからないんだけど。

 楼観剣を抜き、構え、見様見真似で精神を研ぎ澄まし……気、気、むむむ。

 はっ! と気合一閃。どうだろう。

 

「……気が乗ってないな。もう一度やってみろ」

 

 ……そう言われても。

 そんな簡単に出来るものなのだろうかと考えつつ、頭の上まで刀を持ち上げ、やけくそに妖力を乗せるイメージで力を刀に移す。それを十分鋭利なものにすると、ヒュッと振り下ろした。

 

「……やはり」

 

 少し驚いている様子のセツナを見るに、成功したのだろうか。 今込めたのは気じゃないんだけど……。

 それが神鳴流のオウギだ、とセツナが言う。はぁ、おうぎ?

 

「最も基本的なものではあるが、それ故奥が深い。私もものにするまで長い時間をかけたものだ」

 

 ふーん……? 別に、妖力なら感覚で引き出して乗せられるし、振るのは簡単なんだけど。

 今度はそれを飛ばしてみろ、なんてセツナが言う。うん、妖力が使えるとわかった今、弾幕を張るのはたやすいだろう。

 刀を振るのに合わせて妖力弾を五つ放つ。遠く見える木に当たって、パツンパツンと弾けた。威力は無いな。当然か、私の体には然程力は残っていない。

 

「……一発、か」

 

 ぽつりと呟くセツナに、妖力弾を作り、放つ事など基本中の基本と言うか、妖精程度でも出来る事よ、と教えた。

 

「成程、弾幕ごっこか。……経験は?」

 

 ……霊夢と魔理沙と咲夜……に敗れたな。

 あれ? 私、一度も勝った事無い?

 いやいや、永い夜の異変では、たくさんの妖怪と……あれは、幽々子様が一緒だったけど……。

 ……おほん。

 

 今度は私の技をセツナに覚えて貰おうと刀を振ろうとして、そういえば今の私の技は、刀に頼り切ったものだと思い出して切っ先を下げた。

 今の私の妖力では、簡単な弾幕は作れても、スペルカードを再現するなんてとてもではないが出来ない。せめて空の飛び方を教えられればいいのだが……。

 

 今日はこれだけでお開きになった。セツナは私にすぐに強くなれると言うけど、どうだろう。実感がわかない。

 セツナは、次は無手での戦い方を教えてくれると言った。

 素手……か。刀を握れないのは不安ではあるが、自分の手でやるというのも楽しそうだ。

 

 次の日。

 登校中にネギ先生の傍により、吸血鬼の事を聞いてみたら、風邪で寝込んでいたと訳のわからない事を言われた。

 ……何があったんだろう。

 

 必死に授業をこなしていくと、英語の時間になる。先生の授業だ。現れた先生は、教室の後方を見て何かに驚き、エバがどーの、果たし状がどーのと騒ぐ。

 ……エバンジェリン? ああ、横の金髪少女だ。退屈そうな顔をして先生に言い返している。世話になったとはどういう事だろう。

 ……風邪? 先生が世話したのは、吸血鬼……エバが吸血鬼? ……ミルクじゃなかったんだ。

 よく見れば確かにあの日桜通りで見た特徴と合う。……だけど、敵意を欠片も感じない。逆にそれが不気味に思えた。

 セツナはこのかに危険はないと言っていたけど、実際どうなのだろう。このかの友達は襲われた。このか本人が襲われない保証は、セツナの言葉以外にない。

 私の視線に気づいたエバが、私を見て、フンと鼻を鳴らした。……イラッとした。

 放課後、今日はセツナとの稽古が無いのでこのかにくっついていると、今夜大停電なるものがあるので、その為の物を買いに行く事になった。お買い物だ。

 

「でも、妖夢ちゃんの部屋はいつも暗いし、必要ないかもしれんなぁ」

 

 ……エレベータも止まるらしいけど、私、使わないし。

 なんだ、いつもの状況がちょっと広くなるだけだ。でも、乾パンってのは買ってみようかな。

 

「ふっふっふ、こんな夜にはオバケが出るかもよ~?」

「こらこら、怖がらせちゃあかんよ」

 

 ハルナが両手を胸の前で垂らしてドロドロ~、なんて言うのに、このかの陰に隠れる。お化けなんて……怖くない。怖くない。化けて出ても、叩き斬ってやる。

 

 ――夜。

 外から放送が聞こえてくるのを、部屋の隅で膝を抱えて聞いていた。

 うう、いよいよ停電の時間だ。もう電気をつけてしまうって手は使えない。見栄を張って一人で過ごすなんて言わないで、このかの所に居させて貰えばよかった。そうでなくとも、布団にくるまって眠ってしまっていれば……。

 意地を張ってお化けに対抗しようとした結果がこれ! 馬鹿だわ、私……。

 時計がカチコチ音を鳴らすのにドキドキして、暗闇が動いているような気がするのに冷や汗を流す。……いつもは平気なのに、なんで今日に限って。

 ハルナの言葉を思い出して、ぎゅっと膝を抱きかかえる。……ハルナの馬鹿。このかの友達じゃなかったら、とっくに斬ってるんだから。

 

 ギシ、と床が軋む音に息をのむ。……そういえば、私の部屋には、キッチンには……!

 無意識にこのかの名前を呼んでいた。……そうだ、このかの部屋に行こう。もう、いい。負けでいいから、このかと一緒に寝させて貰おう。それで、頭を撫でて貰おう。

 力なく立ち上がろうとすると、視界の端に光が揺らめいた。

 

 ――人魂。

 喘息になってしまったみたいに、短く浅い呼吸を繰り返す。咄嗟に逸らした顔を前に向ける勇気が出ない。前を向いて、もし何かいたら、私……!

 刀を引き抜く。こうなれば、もうヤケだった。お化けでもなんでもかかってくればいい! 全部叩き斬ってやる!

 目をつぶったまま刀を振りぬこうとして、誰かに腕を掴まれるのに硬直する。……腕、触られてる。……誰もいないのに。私の部屋には、私以外には誰もいないのに……!

 

『ようむ』

 

 泣き出しそうになる私に、透き通るような儚い声がかけられた。

 この声は……。

 薄く開いた先に見えたのは、淡く光る青とピンク。幽々子様が、浮いていた。

 脱力し腕が下りるのに、幽々子様の手が伸びてきて、目元を指でなぞられる。涙が出てしまっていた。

 はっとして、慌てて片膝をつく。ひ、酷い所を見せてしまった。

 さっきまでの恐怖心はさっぱり消えてしまって、ただ恥ずかしさが胸の中を満たすのに項垂れると、幽々子様の動く気配。

 見れば、玄関の方を指さしている。

 

「……? 幽々子様?」

 

 何を……。

 声を出そうとして、気付いた。魔力だ。

 大きな魔力が、二つ。それと、変な魔力がいくつか。それらがぶつかって、交差して、明らかに戦っている。

 ……もしかして、幽々子様。

 

「……斬れ、と言うのですね」

 

 こくりと、幽々子様が頷いた。

 ……はい。斬ります。斬りたいです。

 戦闘の気配に体が震えて、胸に手を押し当てる。

 ドキドキする。ああ、戦ってる! 強い力が!

 私もぶつかりたい。ぶつかって倒したい。

 幽々子様……。

 

「仰せの、ままに」

 

 私は部屋を抜け出した。

 

 

 幽々子様の導きに従って進む。

 だけど、途中からは必要なくなった。

 散乱した謎の機械とか杖とか……向こうの空で瞬く魔力とか、凍った地面とか。

 ジャリジャリ踏みしめて先を急ぐ。いけない、口元が緩んできた。

 ゴシゴシと腕で拭いながら、光る方へ。

 

 大きな力と力がぶつかり合い、弾け、風がこの橋の先まで届いてくる。

 ……あは、凄いわ、先生。こんなに綺麗な光……溜め息が漏れてしまう。

 でも……でも……終わりなの? 戦闘が終わる。戦いが終わってしまう。私の求めるものが……。夜が明けるように、全ての光が取り戻される。このまま終わってしまうの?

 それは、やだ。

 幽々子様……。

 

「いいかぼーや、私は諦めた訳じゃ……!」

「マスター……」

「僕の勝ちですよー!」

「もう、ネギ……あれ? 妖夢ちゃん?」

 

 四人仲良くこちらへ歩いて来る先生達に、私も近付いて行く。

 一歩進むたび、左右の明かりが消えていくけど、そんな事は気にならなかった。

 強い奴がいる。私がいる。やる事は一つなのよ。私達がする事は一つなの。

 

「あれ? なんでこんな所、に……」

「えっ、ネギ!?」

「ぼーや!?」

 

 スイッと飛んでいった幽々子様が先生に触れると、先生は糸が切れたみたいに力なく崩れ落ちた。

 殺した……?

 

「ちょ、ネギ、死ん……きゃあ!?」

 

 続いてアスナに触れた幽々子様が、不可視の力に阻まれて消し飛んだ。

 ……!!

 

 気持ちに押されるままに白楼剣を鞘ごと抜いてリボンを解き、風の力を解き放つ。風が進んでいくのと、パンッ、パンッと電気が割れて光が消えていくのは同時だった。背後の巨大な建造物も、ずっと向こうの建物も、全ての光が再び消える。

 

「あ、(あね)さん!」

「これは……マスター、停電です」

 

 エバンジェリンが黒いマントごと腕を振ると、風の塊は散らされてしまった。だが、目論見は成功した。ただ一人吹き飛んだアスナは、頭を打ったのか動かなくなった。それでいい。邪魔な奴はいなくなった。

 ……幽々子様、私、斬ります。

 

「……茶々丸、二人をどかして離れていろ」

 

 大きな力を滾らせてふわりと浮かび上がる吸血鬼に、刀を抜いて構える。この高揚感……これは、なんなんだろう。

 胸の内からあふれ出てくる、ゾワゾワとした気持ち。勝手に体が動き出してしまいそうな、嬉しいの。

 これ、なんなんだろう。

 

「……いいや。私、斬ります」

「よくも楽しい時間に水を差してくれたな、怨霊風情が。……いや、ただの人間、か」

 

 お前には興味がとかなんとか話すエバの言葉が遠のいていく。ズルズルと体の奥から暗い気持ちと影が引き出されて、力が満ちる。……気持ち悪い。

 でも、素敵。だって私、斬れるから。

 

「――妖怪が鍛えたこの楼観剣に、斬れぬものなど、ほとんどない!」

「ほざけ!」

 

 ビュンと弾丸の如く飛び込んできた吸血鬼……エバンジェリンに合わせて刀を振り抜く。手首にかかる衝撃。とんでもなく硬い手応え。

 走り抜けようとした体が少し浮いて押し戻される。離れていく黒色のマントを目で追いながら、足がつくとすぐに振り返った。

 

「刀か……どいつもこいつも」

 

 指から滴る血に舌を伸ばして舐め取ったエバが、おもむろに腕を掲げた。

 

「私と戦うか、人間。それもいい。だが、これを凌げなければその資格は貴様には無いぞ? リク・ラクラ・ラック――」

 

 ……呪文詠唱か。

 ブンと刀を振って弾幕を飛ばすと、片手で掻き消された。やはり駄目か。どうする……? 空相手じゃ、手が出せない。刀を投げるか……いや、それは駄目だ。

 素早い詠唱に頭を回転させる。斬り合う手は。

 

吹雪け常夜の氷雪(フレツト・テンペスタース・ニウアーリス)……さあ、どうする! 闇の吹雪!!(ニウイス・テンペスタース・オブスクランス)

 

 黒と白の混ざり合った魔力が、私に向けて打ち出された。

 回避行動を……!

 ズズズ! と影が炎のように吹き出すのに、ああ、と思い直す。必要ないか。何の危険も感じない。

 腕を広げて、魔力の直撃を受ける。視界いっぱいに広がる白と黒。魔法が私を飲み込んだ。

 ……冷たくて、気持ち良い。

 

「なっ、どうなってる!?」

 

 凍り付いた地面を踏みしめながら、煙の中から歩み出て、空中に浮かぶエバを見上げる。流石に驚いているようだ。

 ふと頬が熱を発するのに手を当てると、ぬるりと指が滑った。吹き荒んだ魔力の中、氷の欠片に薄く頬を裂かれたらしい。その傷痕を親指でグイとなぞり、吸血鬼の真似をして舐め取ってみる。

 ……不味い。こんなものを好む吸血鬼の気がしれない。

 ちっと舌打ちしたエバが再び呪文を唱え始めるのに、こちらも再び弾幕を放つ。二度、三度と刀を振ってみるが、全くダメージを与えられないどころか、注意を逸らす事さえ出来なかった。

 

魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾・闇の11矢(セリエス・オブスクーリー)……魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾・氷の11矢(セリエス・グラキアーリス)!」

 

 黒と白の弾幕。やはり楽園の吸血鬼なのか?

 黒いのは放って置いて、暗い影を突き抜けてくる尖った氷を避け、刀で弾く。

 避けられてはいるが……攻撃の術が無い。私も空を飛べれば、面白くなるのに!

 

「ほう、成程……どうやら物理は効くようだ。ならば」

 

 音もなく降り立ったエバが、私に手刀を向けて挑発的な笑みを浮かべた。

 

「体一つで相手をしよう。嬲り殺しにしてくれる」

「……なめるな、吸血鬼」

 

 後ろから吹き抜ける風が髪を揺らす。なびく金髪を気にも留めず、エバは「来い」とでも言うように腕を揺らした。

 地を蹴って飛び出す。頭は低く、体も低く。相手に迫れば、下げた刀を一息に振る!

 押し退けるように手の甲で刀の腹を叩かれ、逸らされてしまった刀を素早く返し、もう一太刀。一歩下がって避けられるなら、一歩踏み込んで斬るだけだ!

 

「っ!?」

 

 全力で振り抜こうとした刀を腕で受け止められた。切り裂いた不可視の膜が粉々に砕けて地面に降り注ぐ中で、エバは笑みを浮かべたままに私の刀を握った。押しても引いても、びくともしやしない。馬鹿力め……!

 

「はっ、どうした、人間。非力なものだな。そらっ!」

 

 刀を引っ張られて腕が持っていかれる。手を離す暇もなく投げ飛ばされた。空中で身を捻ってなんとか着地すると、エバは目前に迫っていた。

 

「このっ!」

「反応だけは良いな?」

 

 叩きつけた刀が細い腕に阻まれる。押し切れないか……!

 なら!

 素早く逆手に白楼剣を引き抜いて斬りつけると、上半身を反らして避けられた。両の刀を渾身の力で突き出すと、飛び上がって避けられる。おのれ、ちょこまかと!

 

「ん? どうした、人間。所詮地を這う生物だ、届くまいよ」

「……」

 

 コケにされるのに頭に血が上るのを、大きく息を吐いて誤魔化し、白楼剣を鞘に納める。

 握る刀と黒い影が冷静さを失わせない。怒りに任せて振っても、吸血鬼は倒せない。しかし、小手先の術は通用しない。

 ……なら、全力で振り抜くまでだ。

 トッと降り立ったエバに大きく刀を振り上げて見せる。まだ何かする気か、とつまらなさそうに言うエバに、ほざけ! と叫んで返す。

 集った光を……力を、解放する。倍以上に伸びた刃が、私にも力を与えてくれる。

 ――断命剣。

 

「冥想斬……っ!!」

 

 突進してくる吸血鬼に、力の限り楼観剣を叩きつける。

 掲げられた腕と接触して、ゴリゴリと音を鳴らしながらも押し返そうとしてくるのに腕が軋む。

 あっという間に押し返されて、気が付けば腕をとられていた。

 

「いっ!」

 

 捻り上げられた腕から楼観剣が零れ落ちるのに、思わず声が漏れる。落ちるさなかに吸血鬼の足に蹴飛ばされて、銀色の尾を引いて橋の端近くの地面に突き立った。

 

 取りに行かなきゃ!

 

 握った拳をエバの顔に叩きつける。ビシ、と音がして、見えない壁に阻まれた。うぐ、こっちの手が壊れてしまいそうだ。それに、この透明な壁は何!?

 肘から先の腕が発する痛みと混乱に、パッと手を離され、今度は殴った方の腕をとられる。それが捻られると同時、飛んできた膝が肘の裏を打った。

 ゴキリと、鈍い音。膝が戻るのと入れ替わりに、反対の膝が私の腹を打つ。グシャリと潰れる音。上と下に圧迫された内臓が口から飛び出しそうになったけど、出て来たのは血液だけだった。

 

「……ぅぎ」

「闘志は消えんか。強いな」

 

 カッと燃えるような痛みに身を(よじ)って、更に這い登ってくる痛みにか細い悲鳴が喉の奥に響いた。

 息が苦しい。喉の奥が熱い。お腹は……何も感じない。

 なら、まだ戦える。痛いけど、でも、動けるなら。

 

「だが」

 

 ぐんと、折れた腕を引っ張られて、視界が回る。少しの浮遊感。体の中に溜まった血が内側を撫でると、何かに叩きつけられて一瞬意識が飛ぶ。かと思えば、次には空に放り出されていた。

 状況を把握する間もなく水面に叩きつけられ、暗い水の中に沈む。鼻と、開いたままの口から水が入ってくるのを止められなかった。

 それでも息は苦しくて、無事な腕で必死に水を掻く。つぶりかけた目に水面の薄い輝きが見えた。

 

「ぷはっ!」

 

 水滴を跳ね散らして顔を出し、なんとか息を吸い込む。不味い水の味と血が混ざりあって吐きそうだった。

 

「――貴様との戦いにも飽きたな」

 

 薄く開いた片目に、巨大な球体が映る。あれは……。

 

「さらばだ」

 

 大きな氷の玉が、落ちてきた。


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