勇者の父親になる筈の原作主人公がTSしてたけど、何か質問ある? 作:社畜のきなこ餅
ドレイク「俺、ドラゴンになっちまったよ……」
ゲマ「ほっほっほっ、いいえ違いますよ。神と魔物の力を持ったドラゴン、カオスマスタードラゴンです。ハッピーバースデー!」
ドレイク「ぶっ殺すぞ」(丹念にすりおろす)
大体こんな感じ。
静寂の中、女性のすすり泣きがデモンズタワーの最上階に響く。
すすり泣き続ける女性の名はリュカ、グランバニア王国の王女であり当代の天空の勇者の伴侶の一人であった。
リュカはただ、何故、どうしてと言葉にならない嗚咽を漏らしながら、漆黒の小山のようなものへ縋りつき泣きじゃくる。
月明かりを反射するソレは黒曜石の山、ではなく。巨竜へと変貌したリュカの夫であり、天空の勇者であった男の成れの果てである。
仇敵を討ち滅ぼした漆黒の巨竜は、再度翼を広げて飛び上がるとデモンズタワーの最上階へ降り立ち、変異した声帯で途切れ途切れにリュカへある事を告げた。
このままでは、自分は大事なモノを憎悪の赴くままに壊してしまうと、故に眠りに就くと言う事を。
そして、縋りつくリュカへ……グランバニアに居るマスタードラゴンと天空人に、自らを滅ぼすよう願うと体を丸め、深い眠りへと就いたのであった。
夜通しリュカは泣き続け、気が付けば夜が明けた頃様子を見に来たグランバニア王パパスとマスタードラゴンの化身であるプサンは……。
リュカが漆黒の巨竜へ縋りつく姿を見て全てを察し、震える声で目の前で眠り続ける巨竜がドレイクと関係ない存在である事を願いながら、リュカへ問いかけ。
返って来た言葉に、心身共にひどく打ちのめされてしまう。
そして、プサンは同時に理解をしてしまうのだ。
今の状態のドレイクならば、力が無い己の状態でも助力を願う事で、巨竜ことドレイクを打ち滅ぼせる事を。
プサンは、酷く残酷な選択を突きつけられる事となる。
世界の未来の為に、ようやく分かり合えてきた実の息子を殺すか。それとも己の責務を放棄し、子殺しをしないか、という選択を。
マスタードラゴンとしての力の大半を封じ、人間として地上を回っている間に出会い、そして愛した女性。
その女性を半ば捨てる形で、己の責務を優先したが故に苦労をかけてしまった子を殺さねばならないのか、とプサンは思考を巡らせる。
恨みも憎しみもあったであろうに、己の感情を飲み込み母の為だけに怒り、鉄拳を叩き込んできた息子のことをプサンは想う。
暫くの間、互いの間には奇妙な距離感があった、しかしドレイクに子が産まれてその中で家族として向き合った事で父親とは何か、と言う事をプサンは錯覚かもしれないが理解出来た気がしていた。
故に、プサン……否、マスタードラゴンは世界の守護者としてはあるまじき選択を選ぶ。
自らとグランバニアに匿われていた天空人でドレイクをここに封印し、変貌した息子を呼び戻す為の時間を稼ぐという選択を。
そこからの動きは、非常に早いモノであった。
ドレイクの眠りを邪魔しないよう、微睡に浸らせるよう封印の結界を、ドレイクがリュカを護る為に結界の要とした天空の剣を中心にして周囲へ張り。
プサンと天空人を主軸に置いた上で非常に強い神聖な魔力を持つマリア、そして天空人の血筋を引き強い魔力を持つフローラの4人で結界の維持を始める。
彼ら4人の生活は、かつて大神殿でドレイクを上司として慕っており、今回の戦いで運よく生き残れたモンスター達がサポートする形となった。
更にデモンズタワーへ、グランバニアやラインハット、そしてサラボナから派遣された兵士達が交代で行う事で、宝探しに来る冒険者をシャットアウトする。
時間稼ぎはコレで何とかする事が出来た事で、ドレイクを戻す為の手段を探す時間を確保する事が出来た。
しかし、調査は想うようには中々進む事はなく、焦燥と共に時間が過ぎていく中。
プサンは、マスタードラゴンの力を封じたオーブを、世界の果てとも言える場所にある塔へ封印した事を話す。
だが、そこへ至るには水底へ沈んだ天空城を空へ再度蘇らせる必要があり、道のりは非常に困難と言えるものであった。
だけれども、ドレイクとの別れから泣きじゃくり続けたリュカは、立ち上がると今度は自分が愛する人を取り戻すのだ、と決意を固めた事をきっかけに。
ドレイクに守られるだけだった事を悔やみ続けた彼の妻達は、リュカの旅路への同道を願い、そして遥かな旅路へと旅立つ。
「吉報を、お待ちしております」
「私達は同行出来ないのですが、どうかご無理をなさらないで下さい……」
かつてデモンズタワーと呼ばれた塔の最上階で、ドレイクを封印する結界の要と言える働きをしているマリアとフローラに見送られ、リュカとビアンカ、ヘンリエッタとデボラは旅に出る。
その旅路は、決して楽なものではなかったが、互いに力を合わせて乗り切り、リュカが従えているモンスター達の助力もあって、何とかリュカ達は天空城復活を成し遂げた。
その最中で、リュカはかつてのサンタローズで。まだ人の姿を保っていた少年時代のドレイクと再会し、感極まって縋り付いて泣いてしまうという事もあったが……。
過去への旅路から戻って来たリュカの顔を見た、同じ男を愛した女性達は誰一人リュカの事を茶化す者は居なかった。
そして、リュカが天空城復活の鍵であるゴールドオーブを、過去への旅路にて回収し。
プサンは、僅かな間なら大丈夫だからと、天空人を沈んだ天空城へ送り出す。
決して負担が無いワケではなかった、だがしかし。息子の為に一際強い負担を強いられる事は、プサンにとって苦ではなかったのだ。
プサンにとっては、息子に出来る数少ない贖罪の機会だったのだから。
やがて、送り出された天空人によって天空の城が再度空へと浮かび上がった時には、ドレイクが眠りに就いてから3年の月日が流れていた。
そして父を取り戻す為の旅路、闘いに自分達も連れて行ってほしいと、訓練を経て強くなったドレイクの子達が各々の母親や親族へ強く願い出る。
彼女達は最初は、断固としてその願いを受け入れなかった、しかし……子供達もまた願っていたのだ。
不器用ながらに自分達を愛してくれた父を取り戻したいと、またあの大きな手で頭を撫でてほしいと、そして父親に帰ってきてほしいと願っていた。
やがて彼らの母達はその願いに折れ、父親みたいに無理や無茶をしない事を条件に同行を許可し……冒険の果てに、ボブルの塔と呼ばれる辺境の地にある塔から、ドラゴンオーブをリュカ達は手に入れる事に成功する。
本来ならば、そのオーブはプサンがマスタードラゴンへ戻る為の神器であったが、プサンはそのオーブを触媒に術式を組む事で。ドレイクの魂と心を縛っている進化の秘法を打ち砕く事を告げる。
ただし、恐らくではあるが現時点のドレイクを一度、打ち倒して力を弱めなければ。術式を発動しても無駄に終わるだろう、ともプサンは口惜しそうに扱ったドレイクの妻と子供達へ明かす。
眠りに就いた今のままならば、容易く殺害する事が出来る漆黒の巨竜と化したドレイク。
命を大事にするのならば、選択の余地などない内容であったが……リュカ達、そして子供達やドレイクの義父であるパパス達の決意は変わる事はなかった。
そして、ドレイクが眠りに就き約4年が過ぎた頃に準備はすべて整い。
ドレイクを正気を戻す為に、いざ決戦となった頃に続々とドレイクを戻す為の手助けをせんと、人々が集まってくる。
ラインハットからはヨシュアが、サラボナからは最近結婚したばかりのアンディが、そしてグランバニアからは兵士長となっていたパピンがリュカ達に手助けを申し出る。
彼らもまた、ドレイクへ拳と共に叩き付けたい言葉が無数にあったのだ。
ヨシュアは今も突っ走って自己満足のまま死にそうな親友を殴らないと気が済まなかったし、アンディはフローラを悲しませないという約束を破ったドレイクを殴るべくこの場所へとやって来た。
そしてパピンは、グランバニアが強大な魔物の群れに囲まれた際に、一歩遅ければ殺されていた自分を救い家族の下へ帰させてくれた恩人へお礼を言う為に、決死隊として志願したのだ。
直接的な救援以外にも、ルドマンは己の伝手と財力を駆使して装備や薬品を潤沢に手配しており、デールは進化の秘法を研究している研究者を招聘しては有効策を搔き集めては情報共有を行うことに腐心していた。
グランバニアの、大罪人を身内から出してしまった……一命をとりとめた大臣は、己の首を差し出す事を願い出たが。パパスとオジロンから功を以て罪を禊げと沙汰を下された事で、魔物へと堕ちた勇者の噂を吹聴する光の教団の手勢を暴き、撃退する事でドレイクの名誉を必死に守り続けた。
本来ならばありえなかった存在、この世界のイレギュラーとも言える存在であったドレイク。
自覚していようとしていなかろうと、幾つもの運命を結果的に捻じ曲げた男の旅路は、それでも無駄ではなかったのだ。
番外編の副題は、感想にて『tetukyojin』様から頂いたインスピレーションで決めました。
ドラゴンを救う為のクエスト、ドレイク抜きで妻達と子供達。そしてドレイクとかかわった人達が手と手を取り合って、成し遂げました。
戦力はほぼフルメンバー、ある意味でレイドボスイベントじみた展開です。